”辻元よしふみの世界”からあなたは帰れなくなるかもしれません。

地域別年間総括「東京」
駄目だ、通じない…でも書くのね

 そういうわけで、二〇〇三年を総括するということですが、いろいろありましたね。世界的には、なんといってもアメリカがイラクに戦争を仕掛けた年、そしてその後の治安回復、復興計画の停滞および、パレスチナ問題も含めて、アメリカの中東政策が頓挫し世界的な求心力も低下した一年。アメリカ主導のグローバルスタンダードが一面で翳ってきた一年、ということができましょう。もちろん情報や金が国境を飛び越えて飛び交うグローバル化が後ろに引き返すことなど、もはやありません。しかしWTOがぶっ壊れかけていて、FTA花盛り。世界は新たなブロック経済化に向かっているのも確か。ほんの一、二年前に人々が思い描いていたのとは違う様相が出てきているのは紛れもありません。
 国際的孤立の中で、アメリカ人の、というかアメリカ政府の論理と言うのは、「君たち日本人なら、分かってくれるだろう?」というものです。焼夷弾を落とされ原子爆弾を落とされたとしても、君たち日本はアメリカのおかげで軍閥を解消して民主化し、繁栄を享受したじゃないか。イラクも同じだ。自分で自分の暴力的な政府と独裁者を倒せない未熟な国は、力づくでも解放してやる必要がある。それは正義の戦争なのだ、違うかね?
 これに対し、腹を立てる、声を上げる。それはいい。しかし考え方の合う身内で気勢を上げあっていてもどうにもならない。アメリカ人が恐れ入って戦争をやめるような論理がないと。しかしそんなものはあるんでしょうか。問題はそこなんですが……。
 今年の「東京の詩」の冒頭に『反戦アンデパンダン詩集』(創風社)を掲げるのは、一応、東京の版元から出ているので、ということです(そんなこと言ったら土曜美術や思潮社などから出た詩集はみんな東京の本になってしまいますが)。ま、アンソロジーなのでいいでしょう? とにかく大変な労作で、これを短い期間にまとめて出したこと自体、快挙です。で、その後の事態の推移で的外れな感じになっている作品もありますが、また先述の、普遍的な論理性を貫いている作品もあります。私の好みで一作を挙げれば、草倉哲夫「日米学生会議」が「駄目だ、通じない、届かない」という思いを伝えて印象的でした。
で、本当なら「これで一応声を上げてみた。日本の詩人も一応、やったんだ」で終わってはいけないのでしょう。化学兵器もフセインも出てこない今こそ、論理的に言うべきことがあるのでは、と思うのです。
 以下、まとまりなくとりとめなく、一昨年十月から二〇〇三年九月までの東京在住の詩人の詩集から、私の個人的なフェイバリットを挙げます。本当に個人的なリストですけど。
 武田肇『ブリオゾア、死の舞踏』(銅林社)にはドッキリしました。それは「紺サージの短いズボンの裾」とか「白いハイソックス」「ブリーフ」などへの偏愛をつづる「モテット、伴僧たちの冬の。汚洞の阿修羅―または交尾にも似た、抜歯術の日、小学六年生のぼく」…ヤバさに、くらくらいたしました。
 野村喜和夫『ニューインスピレーション』(書肆山田)はもう未踏の境地じゃないでしょうか。とんでもない言葉の組み合わせが自由自在に置かれます。なのに浮わつかない。すごい。「詩はやはりインスピレーションで書くものでしょう」その通り。強くうなずいた一冊でした。
 山田隆昭『座敷牢』(思潮社)のこの、物語の前の物語の奇妙さはなんだろう。ボルヘスの短編集を読むような。またほとんどホラーのような味わいすらあって。詩とはこういうもんです、という枠組みを平気で乗り越えていこうとする作品集。
 暮尾淳『雨言葉』(思潮社)。じっくり煮込んだなんともいえない味がある詩集です。エッジの立った前衛作、という感じじゃなく、しかし思いがけない言葉を繰り出してきます。私はこの詩集、大好きです。
 坂東寿子『花の音』(砂子屋書房)の誠実な詩群は、私みたいなひねくれ者の不良ロック詩人にも届くものあって、「心がみすかされるほどに 澄み切った青空」(雲の行方)などという切ない表現に惹かれます。
春木節子『Nとわたし』(土曜美術社出版販売)。とにかくこの「Nとわたし」というタイトルで延々と書いてきたものがついにまとまったんですが、私、ご本人に聞いたことがあります。「それで、Nって誰よ?」。で、ひとしきり、その座にいた人々が頭文字Nの男性を思いつくまま挙げてからかって笑ったような(すみませんでした)。もちろん特定の人じゃないでしょう。でも特定じゃなくても誰かかも? あはは。しかし読むと深い。精神分析のテキストを想起させるほど濃いです。
 池田實『うさぎ どうする』(思潮社)の言葉の奔流、現代社会のコラージュを溢れる語彙を駆使して試みながら斬る。まさに快作。
 村田正夫『イラク早朝』(潮流出版社)はもういつに変わらぬ村田節。小細工無しの直球が今回も押してきます。「啄木を入れれば完璧」のようなユーモアはこの詩人の作風ならではの面白さ。
 台洋子『Time over』(土曜美術社出版販売)の初々しいまでのピュア感覚は、実は今時、貴重であります。しかしこの一冊の中で、新鋭は明らかに深化し進化を遂げております。
 長谷川忍『遊牧亭』(土曜美術社出版販売)のブルージーな味、実に心地よい作品でした。
 また、個人集成として『葵生川玲 詩集成』(視点社)『井之川巨詩集』(土曜美術社出版販売)には大いに啓発されました。
 東京の詩人、といってなんの括りにもなっていないので、本当に個人的な列挙でした。しかしトータルで「東京の味」というのは? 私はあると思います。いかがでしょう。
     

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