”辻元よしふみの世界”からあなたは帰れなくなるかもしれません。

綺麗事は好まない

暮れにある印刷会社の「詩集を出しませんか」という勧誘があった。これは詩人という看板を出してる人には日常茶飯のことだが内容が目を引いた。
「年金財政が破綻しつつあります。これからは年金で詩集は出せません!」
 笑った。私が十年以上前から指摘していたことをようやく直言する業者も出てきたか。

なんでも、暴走族の数が減っているのだそうだ。なるほど、である。昨年の暴走数は九万何千人で、前年より四万人も低下しているのだとか。これについては、もちろん警察が努力していることもあるのだけれど、いまどきの若い者が暴走族の厳しい上下関係や、暴力団への上納金義務に耐えられない、ということがあるんだと。要するに、今時の駄目な子供はもう暴走族にもなれない(!)。
 いまや、いわゆるレールから外れた、という人も、行き場がなくなって族にでも入るか、ということにはならないですむのである。多様な生き方が許される社会、なんてキャッチフレーズを唱える学者先生は多いが、なんでもいいので多様に、と言われた場合にお金と家に不自由なく、それで親が寛容なら、一日中引きこもってコンピューター中毒になるのが最も手っ取り早いでしょうがね。そんで、くだらない掲示板でうその名前でうその内容でネタ飛ばしあって欲求不満の解消してりゃいいじゃないかね。というわけだから、族なんてもうはやらないのだな。

阪神震災から十年ということであれこれ言っている。たまたま国内外で地震が相次いだために、これまでになく関心も高い。が、なにをどうしたところで、たとえば電車に乗っているときとか、高速を車で走っているときに遭遇したら、もうどうにもならない。諦めるしかない。
 このように「いずれ死ぬかもしれない」という覚悟は、しかし今の日本人はもう少し日ごろから持った方がいいのかもしれない。なさすぎるのだ。べつに大地震が来なくたって、本当は確率的には、どんな人も急に落命する可能性は生きている限り常にある。
 そういうイメージがあるなら、たとえば引きこもりなどしていられないはずである。時間が惜しいから。人生は長くて退屈、という印象を持ちすぎである。今の日本の社会は。それで若い者が腐るのである。

 漫画やゲームに身をゆだねきって、遊び呆けている十代、二十代の人々が何百万単位で増殖しております。残念だが、ここから新しい芽が出てくる可能性は著しく低い。なぜか。学力が低下しているから、です。国語力や構想力、論理性、そして基礎教養、共感力がなければ想像力などはぐくまれず、ただ出来たものを受容するだけ、消費するだけの者が増えるのみ。近頃、コミケにずっと出ていてもそういう傾向を感じるのです。ひたすら自分の好きな領域に閉じこもる。それだけ。楽なところへ、楽なところへと逃避した結果、そういう最終消費者のポジションしか選べない、いわば寄生虫のような群れが重く社会にぶら下がってこれから毎年、年を取っていくのです。恐ろしい未来図しか想像できないのですが、私には。そして、コミックマーケットもそういうなかで衰亡し形骸化しレベルを下げていくでしょう。
 残るのは群れだけでしょうね。なにも生み出さない、群れです。衝突も議論も切磋琢磨も一切ない。ただの群れです。
 かつて、宮崎勤という一異常者の猟奇的犯行とされたものは、今やごくありふれた犯罪様式となりつつあります。幼女や小学生を攫おうとする者の犯行がほとんど連日、日本中で行われております。これらの人たちの大方はおそらく、己の内側で育ってしまった性的願望を成就するのほかになにもない空虚さに堪えかねて、ほとんど自滅的に変態犯罪を行うのですが、いまだに「常識的な大人」たちはこのへんの心情を理解しません。
 自慰すら満足に出来ない未熟なにんげんがどれほどたくさんいるか。
 そして、私はかかる中から次世代の漫画文化が生まれるとは夢想しません。楽観する人はどこかおかしいのです。日本では、漫画やゲーム分野すら次の世代には衰亡するでしょう。ほぼ確実です。そしてコミックマーケットも死ぬ日が来るでしょう。
 
私はいろいろ書きつつ、実際のところ本当ならもし裕福な家庭に生まれて金が定期的に入ってくる身分ならそりゃ引きこもりたいですよ。私は自分がいかに怠惰で、社会生活を憎んでいるか、ということを公言して憚らないのである。よって、現に引きこもっていられる連中が憎くてたまらぬ。なぜなら羨ましい人間たちだからである。
 おためごかしに、偉そうに、そういう者に説教面して言いたいのではない。とにかく羨ましくてならぬ。そして、そういう者どもの後生が筆舌に託せないほど不幸であることを望むのである。
 私は、率直なだけである。いつでもそう。奇麗事は好まない。
 ひとつだけ言ってしまえば……現代詩というのはこの「現代」という看板を早々に下ろすべきである。
 現代とは、詩に表現するような時代ではない、と私は近頃強く思っている。やってもいいが誰も喜ばない。違うか?
 あとはノスタルジーか、自慰か。暇な人がやればいいことだ。

 この三か月ぐらい、随分詩集を読んだ。なぜか秋から年末にかけて、詩集というものは出版される。やはり芸術の秋、か。いくらか賞の選考レース狙いの思惑、という人もいるかもしれない。そんなことはいい。私はそのたくさんを全部挙げても意味がないし、なんの応援もできず力もないので、ごく淡白に自分の心引かれたものを紹介する。「黄泉へのモノローグ」(坂井信夫)読ませる! 濃い文学。「都市、思索するペルソナまたは伴奏者の狂気」(相良蒼生夫)BGMはオペラ座の怪人がいい!「海馬に浮かぶ月」(尾世川正明)ひとつひとつの言葉、カッコよすぎ。いい詩集!「いのちひかる日」(小川英晴)極まるとひらがなになってしまう哀しみ、映像で言えばセピアにしたりの感じ!「返信」(佐川亜紀)ちょっとイデオロギー的にこの人を読む人も多いかもしれないが私は「フリーマーケット」などの言い当て感は一線、超えてると思うけれど!「あなたが迷いこんでゆく街」(岩木誠一郎)七〇年代の香りを私は感じる。この空気感は出せそうで出せない!「化石林」(渡辺力)びしびしと決めてくる言葉の力が快感。冗長な作品に飽きた人には超お薦め!「アイロニー・縫う」(高橋玖未子)ディテール描写が上手い。あるいは小説的な才能か!「偽夢日記」(一色真理)これは実に面白いです。掌編小説集として読んでよし。イヤーな感じのイメージをどんどん深層から引き出していますが、物書きはこうでないと。


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