”辻元よしふみの世界”からあなたは帰れなくなるかもしれません。

ほかの人は真面目にやっているのだろうか

 そろそろ、ドロドロの悲観論に酔いしれるのも大概にしようじゃないか、という雰囲気が出てきているようですね。確かに、週刊誌やテレビ番組が何かとあおり立てるような、大破局が目前に迫っているような、かつてのノストラダムス・ブームのようなものの言い方はうさんくさいわけで、それはその通り。それはその通りなんだが、じゃあ少々、景気先行指標が上向いたから安全だとか、株価がちょっとだけ政府の空売り規制で持ち直したからここで一服とか、そういう気分に流れてこれでOKと言えるかどうか、です。

 要するに「日本はこれでおしまいだ、だからもうどうにもならないんだ、ぐれてやる」というのはダメですが、「もう危機は去ったから安心して、まただらだらしていましょう。改革も何もやめにして楽に生きましょう」というのもダメに決まっている。

 なんて感じのことを詩にしてみましょう。

         だらだら

だらだらがいい だらだらのぼけぼけで
楽に生きていたい でもほかのひとは
がんばっていてほしいと
みんながおもってる いのってる
はる二〇〇二
さくらが超特急でさいてさっさと散っていった
そのあとも てきとうなはながさき てきとうに散っていくだろう
ずっとずっと世界は てきとうにあるだろう
なんにしてもほかのひとがきっと
がんばってくれているだろう

だらだらとだらだらと
ぼくはダメなひと
きっと
このよのおわりまで。

 なぜでしょうか。長い間、日本人は「自分はたるんでいるけど、優秀な警察官は、あるいは優秀な官僚や外交官は、銀行員は、学校の先生方は、お医者さんは、大企業は、食肉業者は、きちんとまじめにやってくれている。だから大丈夫」となぜか信じてきました。せいぜいダメなのは政治家ぐらいで。

 そんなことはなかったんですよね。みんなおんなじにんげんだった。どんな仕事をしていても人間の考えることは、楽してもうけたい、というそれだけ。猛烈時代、なんて実は例外的な時代だったか、あるいは神話だったのかもしれない、実は。さいきん、やっとそのへんがわかってきた感じですね。

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