”辻元よしふみの世界”からあなたは帰れなくなるかもしれません。

ナヴァロンの秋

輝くエーゲ海 泡が抱きしめる雲と沈船といい女と
英雄の下ネタの数々 あはあ 溺れ死ぬ
ヤドカリの群れに水兵さんの群れ 群れ
嘘つきどもの集う盛り場
ナヴァロン島の巨砲の跡
オリーブオイルをがぶ飲みするには
私らの胃は華奢に過ぎる

懐メロ大会で白いスーツのおじさんたちがガナる
いい時代だった そんなことを何で持ち出す
さあて自由連想だ 目の前には輝くエーゲ海の
オリーブオイルと べたつく
ドイツ軍の要塞の跡 あれから六十年が過ぎ去った
そういえば 急降下爆撃機の翼の形
それに白いカモメ カモメは
嘘つきなヤツばかり

若い者を馬鹿にしてるんだ この島はいつまでも
ドイツ軍占領時代のあれこれの名所旧跡ばかりで
成り立っている もううんざりだ と若いアンドレアがうめいた
あいつらにはうんざりだ まずいメーゼにギターに宴会
外国人 特にアメリカや日本から来る連中
戦争経験者 知ったかぶりの ぼろぼろと
ぼろぼろと 剥落する
あんたたちの時代の綺麗事 あんたたちの世代のまずい事
本当はナチの連中に協力した者もたくさんいただろうに
添い寝までしただろうに

関係ない 私は休暇で来ただけなのだ 海水パンツは一枚きり
ニホンジンは美しいニホンゴに守られているのですよ
そろそろ秋で 金色の葉がちらちらと 覆い隠す
若いやつらに何が分かる お前らなんかに何が分かる
そんな頑なな老人が黙々と不味そうな魚のトロ箱を担って行く

ここですう。
ガイドの女性が素っ頓狂なニホンゴで教えてくれる ここが
かつてのドイツ軍司令部で あそこの岸壁 岩場が見えます
あれ あそこ ドイツの大砲 おおきいおおきい 大砲
史料によると一九四一年 ドデカネーゼ諸島を占領した
ドイツ軍はナヴァロン島にも進出 ケロス島との間の
水道海域を制圧するべく 三十八センチ列車砲二門を設置
多くの艦船を水中に葬ったが 連合軍の特殊部隊に破壊され
とかなんとか
いいや そんなことは映画で見てもらったほうが早い

グレゴリー・ペックはこういう映画につきものだった

語り継がねばならない大事なこと 六十年たった今
私たちは 美しいニホンゴで
ああそういうことは どうぞ
ほかの人に 頼むから
遠雷か ナヴァロンの幻の砲声か
違う 市民納涼花火大会が七時半から日の出公園で行われている
トウモロコシや林檎を焼いている イカも焼いている
早く切ってしまえ DVDは巻き戻さなくていいから楽だ
繰り言は誰も傷つかないようなことでまとめるから楽だ
ボリス・ヴィアンのセリフを思い出してみた
「北京にも秋にも無関係。だからこの小説の題名は北京の秋、なんだ」

ここでもたくさんの人 拷問にあいました たくさん死にました
ここ ドイツ軍のゲシュタポの司令部 ここは鉄条網 それに

はじめはそれなりに比喩を多用しようと思ったが疲れた
どうでもいいことだ どうせどう書こうと誰も読みはしない

ところで分かっていただけるだろうか
本当のところ 夏休みと言ってもどこにも行きはしない
花火大会の会場にすら足を運ばない だからそれゆえ

私は
ギリシアになんか行ったことはない

ギリシアには
ナヴァロン島なんて島は実在しない。 

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