イマジンじゃねえ!
「怒」のテーマでなにか書こうと思いましたが、なにしろ一日に五、六回切れてる危ないオヤジである私は、ほとんど穏やかな状態の方が珍しかったりするので、とりあえずは触れないで書き始めます(?)。
ところでイラク戦争が三週間でほぼ終結を迎えてからかなりの日数がたちました。とにかく反戦運動をまともに展開するまでもなく終わってしまったので、意地悪な言い方をすれば(本当に私は意地悪です)戦争に便乗して売名行為をしてやろうと考えた芸能人とか文化人はなんにもできなくてご愁傷様だったというか。もちろん本気で平和を訴える人が今回は多かったんでしょうが、しかし明らかに「今、反戦ネタだと朝日新聞に載せてもらえる」とか「テレビ朝日のワイドショーに出られる」という計算でやっていた芸能人、物書きの類も見られ、あれは本当に興醒めでした。そういう意味では、日本の詩人が反戦詩を掲げるのはむしろ好感を覚えましたです、はい。だって絶対に売名になりませんもの、われわれの場合そんなもんじゃ(自虐的ですか)。なんにせよ、アメリカ人の中で少なからず反戦派がいたのは救いです。あのぐらいの反対派はいるべき。アフガンのときは本当に挙国一致だったから、あれでも少しは冷静になったんでしょう、あの国も。でも、フセイン像を引き倒すバグダッドのシーア派の人々なんて映像が流れると、みんな沈黙しちゃった。ドイツもフランスも慌ててアメリカとの関係修復を図る始末。あらあら。私は開戦前から思っておりました。結局、アメリカが不義だとか間違った戦争だとかいう倫理を説いても、現地の人のリアクション次第だ、と。あそこでイラクの人が喜んだら、もうなんにも言えなくなってしまう。で、ふたを開けたらやっぱりそうなっちゃった。開戦したころ、アメリカ人に日本のテレビがマイクを向けたら、言ってましたねえ。「君たち日本人なら分かってくれるだろ?」と。つまりこうです。「焼夷弾を落とし原爆まで落としたけど、結果として日本はアメリカに負けて良かっただろ? あれがソ連に占領されたり中国に支配されたら今頃どうなっていると思うんだい。今の生活を享受している日本人なら、戦争を否定できないはずだよ」。これを言われますと日本人はなにか反論できるのだろうか。自分で軍閥独裁を改められなかった、民主主義も平和憲法もみんなアメリカからいただいたわが国としては。イラク人も自分では自分の独裁者を倒せなかった。そういう半人前の国はアメリカが解放してあげなければならない。そういうふうに思っているのだよね、アメリカ人は本気で。そして日本人ほど、こういう言い方になにも言い返せない民はない。そういう前提があるから日本人が反戦活動をやっても説得力がまるきりない。悲しいけれどこれが現実です。なぜドイツでは今もロンメルが英雄か、なぜイタリア人はムッソリーニを公開処刑したか。そういうことがものすごく大事なわけですよ、国際関係のセンスとしては。日本人には一番苦手な感覚ですが。
しかしなんです、中東では、王政国家や独裁国家がアメリカを支持して、民主国家のトルコがアメリカにいささか歯向かったんだけど、どうするつもりなのか。現地の世論に従えばみんな反米になっちゃう。民主主義とは民意に従う政体。しかし一応、アメリカとしては「フィリピンが民主化したおかげで、米軍はスービック海軍基地から追い出された。でも、それでも民主化は結構なことだ」などとある高官が言っていた。本気かな、これ。
で、私はいかに米軍がこの十年でSF未来軍隊に変貌しているか、なんでネオコン連中があんなに自信たっぷりなのか、について軍事お宅系であるから、前から知っていたつもりです。あれほどに強いのですよ、本当に。というか、私の考えではあれでもイラク軍は善戦した、と純軍事的には見ております。さすがにかつて世界でも第三位の陸軍力を誇った国です(フセインのイラクは実際に強大な軍事国家だったのです)。たった六個師団、しかも定数はそれぞれ一万人そこそこの劣勢な兵力で、アメリカの強大な部隊、特に第三、第四歩兵師団は歩兵師団と名乗っていても、完全機械化されたうえに機甲部隊も随伴した大師団であり、第一海兵軍は精強もってなる海兵隊数個師団と航空部隊によるきわめて強力な独立軍であり、そんな横綱クラスと正面からぶつかってとりあえず一週間、持久できたというのはむしろ大したものなのです。兵站線を狙われて炊事兵なんかが捕虜になりましたが、確かに今の米軍で唯一の弱点は兵站でしょう。「米軍苦戦」と伝えられたのもこのへんの戦況が伝わったころです。しかしまさに現代の電撃戦を金科玉条とするラムズフェルド・グループからすれば折り込み済みの話で、また今後は兵站の防御についても恐らく、米軍は手直ししてくるでしょうから。さあどうですか。無敵米軍。拍手して喜びましょうよ。パチパチパチ。なんで、ですって? 高みの見物をしてちゃいけないんですよ、皆さん。あれは「われらの米軍」なのですよ。日本に核弾頭が飛んできそうな今日この頃、小泉首相によれば「唯一、守ってくれる」軍隊なのですよ。嫌もおうもありません。われわれの生活はすっかりそういうシステムに組み込まれているのです(書いていてどんどんブラックになりますね、こういう話は)。
いわゆる平和勢力は今、まことに困ったことになっていることと思います。そういう人は「アメリカ嫌い」で「自衛隊嫌い」なのですが、これは要するに「病気嫌い」で「薬嫌い」であるようなもの、と解される状況になってしまった。アメリカが嫌いなら、米軍の庇護を離れ自衛軍を持つしかない。自衛軍が嫌なら、アメリカについていくしかない。困ったことですよ、これは。さぞや冷戦時代が懐かしいことでしょう。私も実際、いかにソ連があったほうが世の中、平和だったかと思っております。
SARS問題で分かるように、極東地域の最大最強の国家は独裁国家なのであります。公開処刑も粛清も拷問もある国です。病気の発生をひた隠しにしたかと思えば、今度は強引に抑えにかかり、飲食店は全部閉鎖、免許証は取り上げ、といきなり弾圧でなんとかしようとする。ああいう国家なんですね、あそこの国は。北朝鮮がなんとかやっていられるのもあそこの大国のおかげですしね。
そういう国がでーんと控えているのに、非武装中立などと言えるわけがあるものか。あそこの国は太平洋の覇権が欲しいのです、これは本当。あそこの海軍関係の論文にはそんなことばかり書いてある。
お隣の半島も、北朝鮮の核武装が本格化したり、あるいは統一国家になったら核オプションもあるかもしれません。
そんなことになったら、今の体勢のままでもアメリカ親分から「そろそろ日本も核兵器持っていいよ、持ちなさい」と言われかねないんですよ、この状況。自分で自分を守れというね。まして「アメリカから切れて独自路線でいきます」なんて言った日には。考えただけで恐ろしい。
ここ十年ぐらいでものすごく大変な選択を次々と迫られる可能性がありますね、日本という国。覚悟が必要、なのかもしれない。
軍事にまるっきり無関心な風潮も徐々に変わってきているように思います。これはむしろ健全だと思う。知った上で批判するのはいい。無関心なくせに好き嫌いだけ無責任に述べていていい時代ではないでしょう。
米政権で、パウエルやアーミテージなどのばりばりの軍歴がある人ほど戦争に慎重で、兵役逃れをやったブッシュ、ラムズフェルドにリチャード・パールらがどんどんやれ、と言っていることをよく見ないといけません。
まことに残念ながら戦争は好き嫌いで論じても意味のない時代になりました。詩を書くにしても自分の問題として考えないといけないと思います。今回の「怒りの結論」です。
最後に一言。ジョン・レノンの神格化をやめようよ、そろそろ。イマジンでは世界は救えません、絶対に。
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