異例の「特進」にご注意を
二〇〇三年新春号、の原稿を書いているのですが、実のところ二〇〇二年の後半にものすごい大事件がありはしないか、と心配です。二〇〇一年も、九月のテロが結局、その一年を特徴づける出来事となりました。アメリカは今、これを書いている現在、しきりにイラク攻撃の機会を狙っています。が、さすがに他の国ではそれを積極的に応援する声はなく、いい加減にしろよ、という雰囲気が濃厚ですね。
イラクが危険な軍事国家であって、核兵器開発をしている、というのは事実でしょう。だから先手をとってやっつけてしまおう、フセインの首をとってしまおう、ということですが、その「先手をとって」というのが日本
人にはついていけない。湾岸戦争の時はともかくも「クウェートに侵略した」というのがあったから、そういうけしからん国は成敗しよう、ということだった。今回になると、要するにアメリカの敵性政府のままでいるからけしからん、ということで、しかしアメリカの敵性国家であることそのものがけしからん、という話が日本としては(たとえ本質的にアメリカの属領であっても)分かる道理ではない。それはかつて、アメリカの敵性国家だった日本としては、そういう考え方にもなる。
それで思い出すのが、やはり真珠湾攻撃がらみのお話で、たとえば当時のアメリカ太平洋艦隊の司令長官は、慎重派のリチャードソン大将から、ハズバンド・キンメル大将に交代しています。リチャードソンが「真珠湾は敵の奇襲を受けたらひとたまりもない」と提言したのを、ルーズベルトが嫌って、わざわざお気に入りのキンメルを抜擢した。その抜擢の仕方というのが、少将だった彼を何十人抜きで大将にして、司令長官にしている。同じく、太平洋艦隊の戦艦戦隊の司令官もアンダーソン大佐を二階級特進で少将にして(アメリカには准将という階級がありますので)就けている。これらの人事は、平時の軍隊では異例なことです。いざ実戦・有事ともなれば、戦争に強い実力者を指揮官に抜擢して年功序列などと言っていないのがまともな軍隊のあり方。古くはシーザーやナポレオンも
戦時任官で偉くなった人たち。第二次大戦でもロンメル、ニミッツ、アイゼンハワーなどはみんなそういう例で、湾岸戦争の米中央軍司令官シュワルツコフもそういう人物でした。一方、最後の最後まで年功序列と学歴主義を貫いた奇妙な国が日本です。
が、そういう実力主義を重んじるアメリカであっても、平和な時代には、よほどの理由がない限り何階級も特進させたりしない。じゃあ、開戦が迫る時期に異例の特進者ばかりでハワイを固めたのはなんだったのか。これは要するにいけにえだったのではないか、と近年の戦史学者たちは言っている。ルーズベルトは真珠湾に開戦の場を「誘致」したのではないか、実際のところ彼は、前から日本海軍の計画を知っていたどころか、驚くなかれ山本五十六が頭の中のプランで真珠湾を空撃しよう、と考えているだけで、大西少将や源田少佐に具体的なプランの策定を命じる前に、もう構想を知っていたらしい、という説が出てきております。それほどアメリカの諜報網は充実していた。
そうなると、あれは奇襲でも何でもなくてむしろ、山本がはめられた、という話になってまいります。また、気の毒なキンメル長官や、やはり開戦直前に陸軍司令官になっていたショート陸軍中将は、二階級降格で退役させられている。まさにこれ、予定の行動だったのではないか。で、キンメルに追い抜かれて内心、おもしろくなかっただろうハルゼー
中将の空母機動部隊は難を逃れて、その後、大活躍している。これまたなぜか奇襲当日は真珠湾を離れて警戒任務についており、難を逃れているのが不思議であり、これは実戦型の指揮官である同提督を、空母と一緒に温存したのではないか。さらに、この後でルーズベルトはさっさと後任の太平洋艦隊司令長官を発令しますが、これが長年、潜水戦隊の司令官で非常に地味な提督だったチェスター・ニミッツ少将を二階級特進で大将にして抜擢している。これこそルーズベルトから見ると本命の抜擢人事で、本当に日本と戦うことを考慮した人の選び方だった。ニミッツは当時の米海軍きっての知日派で、若い日に士官候補生として来日し、東郷平八郎元帥のサインをもらって感激したり、後に同元帥の国葬に参列しているような人物。だから日本海軍の戦術など誰よりも熟知していた。地味なようで意外なようで、後知恵で見れば妥当そのものの人事なのです。もちろん大統領やキング作戦部長は彼に前から目を付けていただろう。しかし開戦までは地味なままにしておいた。で、お飾りの連中を真珠湾に置いておいた、と。
そうなると、気の毒なのは真相を知らないで特進させてもらった生け贄の司令官(これは山一証券の最後の社長さんとか、今でもありますね、類似の話)たちと、戦艦の乗組員たち。あれほどの戦死者を出すことを大統領は容認できたのか、と思う人もいるだろうけ
れど、アメリカなんてそんなの平気なんですよ。国策のために人体実験とか犠牲をいとわない国柄ですよ、あそこは。また、類似の話と言えばイギリスの方にもあって、チャーチルはドイツ空軍のコベントリー爆撃を知っていたのに警戒警報を出さなかった。警報を出すと、ドイツの暗号をイギリスが読めることがばれてしまう。だからあえて何万人の犠牲が出ることを知っていてほっておいた。
アングロサクソンの冷徹さというのはこういうことです。
九一一テロも、CIAは事前に知っていたのではないか、という話が出てきていますがこういう実例があると、あるいはタリバンを攻撃するためにテロの実行をわざと見過ごしていた、というのも説得力がある話になってしまう。
なにが言いたいのかと言えば、太平洋戦争をなんであそこでやらかしたのか、という話が日本の側からして尽きないのですが、しかしあのタイミングでやらなくとも、遅かれ早かれ日本はアメリカにたたかれていただろう、と思われるわけです。向こうは敵性国を絶対に存在そのものとして許さないのだから。それを近頃のイラクに対する米政府のあり方から感じる。日本の第一撃を導き出すためには、どんな謀略でも使ってきただろう。そう考えてしまうと、山本五十六もつくづく利用された一人という感じになる。山本が解任されたりしたら、アメリカは困っただろう
なと思うのです。もっと凡庸な人、それは古賀嶺一でも豊田副武でも高須四郎でも、中将クラスで後任候補の顔ぶれを見れば絶対にあんな作戦はやらない。となると、日本はせいぜいグアムを攻めたりフィリピンを攻略したりするわけで、アメリカの世論なんて動くわけがない。フィリピンなんてそもそも独立が決まっていて、もうどうでも良かったわけです。ひとりフィリピン国元帥になっていたマッカーサーとか、中国軍顧問だったスティルウェルが騒ぐだけだったろうと思われます。でも、それではイギリスは困ってしまう、植民地を全部なくす前になんとしてもアメリカに立ってもらわないと困る。ドイツは本心ではイギリス攻略に興味がなく、ヒトラーはあくまでロシアが欲しかった。よって太平洋戦争は、主としてイギリスのエゴとそれにこたえる形で事実上、世界の覇権を握りたいアメリカの両政府が必要上、起こした戦略戦争だった、という見方は当然のように成り立ち、日本人はその前で踊らされたという意味ではタリバン以下の間抜け、とも。
二〇〇二年のひとつの特徴として、アメリカのニューエコノミーが単なるバブルだったこと、アメリカ企業も粉飾決算だらけで、なにも会計の不明朗は日本の専売特許ではない。そういうことが見えてきました。
二〇〇三年がどのような年になるのか。いずれにしてもわけのわからない独善に振り回されるのはもう真っ平ですね。
ありを焼き殺す 辻元 佳史
ありはちりちりと列を作って歩き
八歳のぼくは虫眼鏡を握りしめて
巨人のように彼らを見下ろす
もっと小さいころはただ踏みつぶして殺し
少し長じては水たまりをこしらえて溺死させる それがこのぐらいの知恵ともなれば
太陽光線を集めて その白熱した光の矢で
瞬間にありの胴体に小さな穴があき
それはかすかな煙をあげて動かなくなる
見下ろす 物言わぬ小さな隊列を
神のように だが 列はとぎれない
結局 群れは突然の死をも気づくことなく
ぼくは無力であり 昼下がりは長く
群れをなす生き物は嫌いだった。
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