”辻元よしふみの世界”からあなたは帰れなくなるかもしれません。
氷点下一九六度で壊死した僕について
疣が消えました 右目の下にしつこく生えていたあの疣です
覚えておいでですか
ここには この街には昔 ほらあそこ 町工場があって脚を少し引きずる親父が
一日中旋盤か何かを回していた それに先の家には 三輪自動車が止めてあった
けれど もう動かなかったのじゃないかな 覚えておいでですか
今はねえ 別の街がある ぜんぜん別の街ですね
僕が居ない間に 変わっていくなあ 痕跡が消えていく どうしてコンピューターの
キーボードは僕の記述に適さないのか おもしろくないですね
疣をとるには氷点下一九六度の液体窒素で細胞を凍結し壊死させることです
教科書にはそう載っているんですね どうして一九六度なんですか
と質問する患者は居ません 医者に刃向かってどういう目に遭うというのか
考えるだに恐ろしい
皮膚科の女医さんはとても美人で私はどきどきした そして彼女が液体窒素を
入れているポッドにはかわいいクマさんが描かれていた 僕を いええ 僕の疣を
あなたの標本にしてください そう想ったけどつまらない疣は医学的に無価値です
痕跡がないといけませんよ なんにしても 僕が居ない間に消えていった者たちを
誰かが覚えておいてくれないと 不在というのはあり得ることでしょう?
僕の疣 もうなんの痕跡もないですよ 完全に消えてしまったんですよ
そんなみにくいものがあったのだっけですよ
誰しもにあり得ることでしょう あなたがいない間 一番あなたを愛している人ですら
実は二十四時間あなたのことを考えてはいませんよ ただの一秒 ただの瞬間も忘れて
いないなんて あり得ません お釣りはいくらだっけとか ええと暗証番号はとか
いろいろあるんですよ
そのままあなたが消え果てる とする 家に帰らなかった とする 会社に現れなかったとする
どってことないですよ そんなに重要な人
いませんよ
それでなんだっていうのか なんもないです ほら
奇麗に消えたでしょうが 疣 ほんとにあったんですよ
覚えていますか
あらら はて
ほんとに疣なんて
ありましたっけ? ああの この街でしたっけ
あなたなんていましたっけ
覚えていますか
僕は知りませんよ
それで僕は
僕はいましたっけ?
僕 ほんとにいたんですよ
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