風が強い日とそのつぎの朝
今日は記録的な強風が吹くでしょう
と朝から天気予報が大騒ぎしている
なるほど この新しい駅前通り
アメリカ西海岸な風情の木々がわさわさと揺れ動き
海から吹く風はそんなにも そーんなにも 強い
みんなはどんどん吹き飛ばされて
吹き飛ばされて吹き飛ばされて みんないなくなってしまうのは
どんなもんでしょうね 市長
ちらちらと水色のパンティーを見せながら短いスカートの
女子高生たちが 真っ先に背中のボタンを押し合う
羽根が生えるまでに三十秒 それが固まるまでにせいぜい十分
いちばんこの風を待っていたのはかのじょたちだろうね
ひゅうらひゅうら ひいいん どこかへ飛んでいけ飛んでいけ
さあもういいんだよ
大人たちも用済みなのだ 子供たちも要らないのだ ついでに
石油コンビナートも犬猫用の病院も施療施設もバス会社も
みんな消えてなくなってしまっていいのだ いいのだ
困ることなんてないんだ
布団がとび車がとびビルがマンションがクレーン車が
空中高く舞い上がる 音もなく退場していく
学校なんて要らないだろ 会社なんて要らないんだろ
自由に生きたいとみんな言ってたよね そうだよね
これで幸せなんだよね
お父さんがしらない女の人と飛んでいき
お母さんがしらない男の人と飛んでいったよ
電車もレールごと消えてなくなったよ 駅舎もじきに吹き飛んでしまうよ
それでいいのかい ってそれでいいんじゃないの
風が強くて 強くて もう目も開けていられない
電信柱が飛ぶ お巡りさんが飛ぶ 背広という背広のボタンがちぎれ
スカートというスカートの裾が裏返り
植木のサボテンが無言で高度五千黷ワで 高みを目指す
いい気味だ 結構な眺めだ
しかし しかし舞い上がってしまったら 飛んでしまったら
それは職場放棄だ 地方公務員法違反だ 職務専念規定に反する
と声をからしてスピーカーが呼びかけるが そいつは
市役所ごと吹き飛ぶ 吹き飛ぶ 消えてなくなる はじめからそんなもの
なんだかなあ あったのかよ この世の終わりなんてないのだよ あるのは
なんとなく こうして 消えてなくなる というか
いいやちがう そんなわかりやすいもんじゃなくて
というか それじゃ嫌っていうか嫌
ぼくは一番背の高いビルの一室にいて 町が吹き飛んでいくのをじっと
見守っていた それから食べさしのペペロンチーノ・パスタを温め直し
一番いいネクタイを締め直した
読みさしの新聞をきちんと折り畳むと テレビを消し
出ていこうとしていた彼女を呼び止め 食事をするなり性交するなり
なにかせいかつをしてみようと提案した そしてやっぱり無駄なことで
彼女はガチャンと鍵を掛けて そのまま化粧を整えて出ていくだろう
と思っていたら 本当にその通りにした むだ毛の処理まで丹念にして
最寄りのバス停留所から風に乗ってかなたに飛び去ってしまった
きっちりと整えた髪は乱れ よそゆきの服は風圧で引きちぎれて
でも最後までセクシーだったよ 君のこと忘れないよ さよなら
それでですね 市長 ぼくは行かない 行かないよ
目をつぶり 耳栓をし ベッドに潜り込んで
消えてしまうべきものどもが消えてしまうのをじっと待つことにする
そうともさ ぼくは行かない 行かないんだ
夕方には花火大会があるんだろう 補正予算は可決しているんだろう
ひゅうらひゅうら ひいいいん ひゅうううん
今日がおしまいになりあしたになって
なにもなくなってしまっての後
の つぎのひの 朝
ぼくは一人でここにいるつもり。
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【詩作メモ】「ここは海から吹く風さまに守られてるでな。腐海の毒も谷には届かぬ」とオオババ様は言った(風の谷のナウシカ)けど、過ぎたるは及ばざるがごとし。作者の住む町はびゅうびゅう、ごうごうと年中、台風のような音が鳴り響いています。
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