”辻元よしふみの世界”からあなたは帰れなくなるかもしれません。

月は無駄に大きくて白い  (A・Tに) 

珍しくアルコールレスでお星様方は正常で生まれてこの方
自分は馬鹿のまま だなあと思いつつ歩を進める
いい加減にしてくれ な夜

月は無駄に大きくて白い

歩きながら一人の男のことを思い出してた
そう
三十七歳で死んだ男 さっき連絡があった
午前四時に死去
明日午後山形県で葬儀だって もちろん行けないよ だからさよなら
あんたが燃えちまうまでにこの詩を書き終えるつもり
別に親しくはなかった それにさ
もちろん特別に若いともいえない もっと早死にの人も多いさ
それにしてもさっさと飲んで
さっさと逝ってしまったんだな あんた
どんな人でしたか 酒を飲んでました
どんな人生でしたか 酒を飲んでました
と故人をしのぶ 
な夜

酒を飲んで酒を飲んで酒を飲んでいたっけなあ そういえば
あるころからどんどん痩せて痩せて痩せてなんもなくなってたなあ
いったいなにをしてたんだろう三十七年間
なにかをするには短く なにもしないではいられない時間
ただ飲んでいたのかねえ 自分を飲み干しちまったあんた
な夜

酒を飲んで自滅して名作を残す芸術家 破滅して傑作をものする画家
酒を飲んでただたんに自分を消しただけのあんた なんだったんかい
おしまいになっちまった他人の人生が辛いなあ
な夜

あるひと夏 恋人の写真を見せびらかしてたよなあ
実家に連れて行くとか言ってたよなあ でもそれから後
彼女のことをまるで言わなくなったような ねえ
なにがあったのか知らない あんたあれから
どんどん痩せていったわなあ はああ
な夜

金髪のコーカソイドの兄ちゃんがギター弾きながら
スタンド・バイ・ミーを歌っている そのへたくそなこと
ギターのストロークもへた 歌いっぷりもへた
馬鹿にしてるんかい 駅前広場がやけに狭い
な夜

売れ残りのウサギをペットショップで見たことがある
でぶでぶに肥えて子犬のようになって寝ていたなあ
あいつがとつぜん酒を飲み始めてやせ細って死んだら
ウサギは自殺したと言われるんだろうかなあ
などと うまい比喩も浮かばない 
な夜

地べたに座り込む女子高生の群れを見かける
時間はいくらでもあると思っていやがるな 汚れたパンツちらつかせて
無駄な酸素を消費して無駄な言葉を交換する無駄な若さがあぐらかいてやがる 
戦車に乗ってたら全員
轢殺してやりたいなあ 
な夜

はあ もうなんか思いつかないな 書くこともないし
そろそろこの詩も終わりにしたいし この詩が終わったら
あんたともお別れだ 
焼香代わりに贈るよ
あんたの自滅がようやく生んだのはこんな詰まらない言葉がいくつか
もうネタ切れの三十七年 もうなにも思い浮かばない三十七年
こんなもん書かせやがって大馬鹿やろう そんでさよならだ

月は無駄に大きくて白い
あんたがいくのはあのさきか それとももっとさきか
な夜

夜はひたすらけだるい。
 

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