”辻元よしふみの世界”からあなたは帰れなくなるかもしれません。


不定期日記 2016年〜

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2017年12月11日(月)
 このほど、東京・六本木のハイアットホテルにて、デザイナー、コシノジュンコ先生の御夫君で株式会社Junko Koshino代表でもある写真家・鈴木弘之氏の誕生パーティーが開催されました。70歳を迎えられたとのことですが、とにかくダンディーでカッコいい。そしてスリム。憧れますね。さらにまた、先日、文化功労者となられたコシノ先生もいつでもパワフル。とにかく素晴らしいひとときでした。

2017年11月11日(土)
映画「マイティ・ソー バトルロイヤル」Thor: Ragnarokを見ました。原題は古代ノルド語の「ラグナロク」つまり北欧神話に描かれる世界の終末、「神々の黄昏(たそがれ)」を意味します。
予告編で効果的に使用されていた、英国が誇るハードロック・バンド「レッド・ツェッペリン」の1970年の名曲「移民の歌」Immigrant Songが、本編でも重要なシーンで流れます。あの曲は、北欧からコロンブスの新大陸発見以前にアメリカ大陸に渡っていたとされるバイキングの人々をテーマにした歌詞でした。今回、神界アスガルドが存亡の危機を迎える中で、なんともうまい選曲ですが、独特の豪快なギター・リフとハイトーンの歌声が、戦闘シーンにまことにバッチリ、はまっておりまして、この映画のために作った新曲のようです。
本作はマイティ・ソーのシリーズとしては3作目、そしてマーベルのシリーズとしては17作目にあたるそうですが、「アイアンマン」以来、もうそんなに作ったのですね。
 監督はタイカ・ワイティティという人で、ニュージーランド出身、マオリ系の方だそうです。本国ではすでに監督・脚本家として多くの作品を作っており、俳優としても活動していて、近年では2011年の「グリーン・ランタン」で助演したほか、ディズニー系では「ドクター・ストレンジ」の補助監督、それから自らのルーツを生かして「モアナと伝説の海」の脚本にもかかわっており、実績を積んでのハリウッド大作抜擢となった模様です。
 いわれてみると、冒険アニメ活劇だった「モアナ」と、全く別の素材を扱っているにもかかわらず、なんとなくテイストが似ている感じがします。シリアスなシーンと、ボケとツッコミのギャグ・シーンが絶妙なタイミングで交互するところ、テンポが早すぎず、遅すぎずで、見ていて非常に分かりやすいところ。特にじっくり描くシーンと大胆に省くシーンが緻密に計算されているところ、それから、巨大な敵キャラとの決戦シーン。
 何よりも、いろいろあったけれど、最後は前向きに、ポジティヴに、という感じが、あの「モアナ」に似ているように感じました。近年、この種のヒーローものもすっかり現実的になって、架空の世界であっても、不条理なテロや暴力が横行し、陰惨な内容になりがちです。今作は、舞台が主に地球を離れていることもあり、物語が現実的になりすぎる弊を免れたようです。宇宙規模の壮大なスケールで、あたかも「スター・ウォーズ」シリーズの中の一作であるかのようにも感じます。
 今回は主に雷神ソー(クリス・ヘムズワース)と、超人ハルク(マーク・ラファロ)が活躍するストーリーです。2年前に、アベンジャーズ・チームとして参加した「エイジ・オブ・ウルトロン」での東欧の小国ソコヴィアにおける激闘の後、アベンジャーズは「キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー」で描かれたように、アイアンマン派とキャプテン派に分かれての内輪もめ状態に陥ったわけです。しかし、ハルクはソコヴィアの戦いの終盤で行方不明となり、ソーは仲間を離れて独自に「インフィニティ・ストーン」探索の旅に出たため、このヒーロー同士の内戦に巻き込まれませんでした。戦闘力でいえばアベンジャーズの中でもトップを争う2人が、内輪もめに関わらなかったというのは、全員にとって幸いなことだったのかもしれません。
 では、この2年間、ソーとハルクは何をしていたのかと言えば…。

ソコヴィアの戦いから2年。ソーは独り探索の旅に出ていましたが、そのうち悪夢に悩まされるようになりました。それは、古からソーの母星アスガルドにいつか訪れると予言される破局的な終末「ラグナロク」を予感させるものでした。ソーは炎の国ムスペルヘイムに行き、わざと捕らえられた上で、かつて50万年も前に父王オーディン(アンソニー・ホプキンス)に倒されたはずの炎の巨人スルト(声:クランシー・ブラウン)が復活していることを確認します。スルトが語るには、彼の王冠がアスガルドにある「永遠の炎」に焼かれたとき、スルトは完全に復活して強大となり、アスガルドにラグナロクをもたらす、というのです。
ソーはスルトを倒して王冠を奪い、アスガルドに帰還しますが、アスガルドと異世界をつなぐビフレスト(虹の橋)の番人が、今までずっとここを守っていたヘイムダル(イドリス・エルバ)から、スカージ(カール・アーバン)と名乗る粗暴な見知らぬ男に交代していることに不審を覚えます。さらに、王宮にはイタズラ者の義弟ロキ(トム・ヒドルストン)の巨大な黄金像が建てられ、ロキを讃える芝居まで上演されていました。ソーは、アスガルドを現在、統治しているオーディンが偽物であり、その正体はロキであることを見抜きます。
怒ったソーはロキを連れて、ロキが父王を追放したというミッドガルド(つまり地球)のニューヨークにやってきます。しかし、ロキがオーディンを預けた老人ホームはすでに閉鎖されて解体されており、さらにその時、ロキが何者かの魔術により姿を消します。
ソーは、ロキが取り落とした名刺に書かれている市内の住所を訪ねます。そこにいたのは地球を守る大魔術師ドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)で、ロキも危険人物として彼が捕獲したのでした。ストレンジは、アスガルド人が地球に訪れることが、いつも地球世界の混乱の元となっていることを憂慮していましたが、ソーがロキとオーディンを連れてアスガルドに立ち去ると約束したので、オーディンを保護しているノルウェーに、2人を転送します。
ノルウェーで再会したオーディンは、2人にラグナロクが近いこと、それは避けられない運命であることを告げると共に、自らの死が近いことも教えます。そして、オーディンが死ねば、その力で抑え込んでいたソーの姉、オーディンの最初の子であり、最強の死の女神であるヘラ(ケイト・ブランシェット)が復活すること、彼女がアスガルドに帰還する時、ラグナロクが始まるだろうことを語ると、光となって姿を消し、この世を去っていきました。
まもなくヘラが姿を現し、ソーとロキに襲いかかりますが、その強さは噂以上のもの。圧倒的な力の差にねじ伏せられ、ソーの必殺の鉄槌ムジョルニアも、赤子の手をひねるようにヘラに破壊されてしまいます。2人はビフレストに逃れようとしますが、ヘラも彼らの後を追い、途中でソーとロキを別の宇宙に放り出してしまいます。
アスガルドに現れたヘラは、その場にいたソーの忠臣ヴォルスタッグ(レイ・スティーヴンソン)とファンドラル(ザッカリー・レヴィ)を殺害し、最後まで決死の抵抗をしたホーガン(浅野忠信)と王宮の近衛兵も皆殺しにします。死体の山を見てスカージはヘラに恭順し、ヘラは彼に「処刑人」の名を与えて臣従を許します。ヘラはアスガルド王宮を支配すると、かつてオーディンに阻止された全宇宙征服に乗り出そうとしますが、外征のためにビフレストを起動するには、ヘイムダルが持ち出した大剣がなければなりません。ヘラはヘイムダルと、彼の下に集まる反抗勢力を捜し出すようスカージに命じます。
そのころ、時空を跳び越えたソーは、未知の惑星サカールに墜落します。そこはあらゆる次元の宇宙から廃棄物が集まる辺境のごみ溜め場です。ここでソーは、かつてアスガルド王家の精鋭騎士だったものの、今では落ちぶれて飲んだくれの賞金稼ぎになっている女戦士ヴァルキリー(テッサ・トンプソン)に捕らえられ、サカールを支配する独裁者グランドマスター(ジェフ・ゴールドブラム)に売り飛ばされてしまいます。グランドマスターは闘技場で戦う強い奴隷戦士を求めており、ソーもその一人とされてしまいました。
すでに少し前からこの星に来ていたロキは、グランドマスターに上手に取り入り、客分扱いの好待遇を得ていましたが、奴隷になったソーを全く助けようとしません。
闘技場の試合で、当地で最強のチャンピオン戦士と戦って勝利すれば、解放されると知ったソー。しかし、ソーの対戦相手として闘技場に現れたのは、2年前に姿を消してから行方不明となっていたハルクその人でした…。

 ということで、一癖もふた癖もありそうなキャラクターが次々に登場し、超豪華キャストが総出演、という感じです。女王様をやったらこの人、ケイト・ブランシェットの怪演ぶりは、なるほど、こんな人が出てきては誰もかなわない、と思わせるだけの存在感でして、ひょっとして、「ロード・オブ・ザ・リング」で彼女が演じたエルフの女王ガラドリエルが、フロドから力の指輪を受け取っていたら、きっとこうなっただろう、と思わせます。黒髪の彼女は珍しいですが、これもよく似合っていますね。
奇矯なキャラクターをやらせたらこの人しかいない、というのがジェフ・ゴールドブラム。こちらも、こんなおかしな役柄は彼しかこなせないだろうな、と思われます。そして、久々にこの世界に戻ってきたトム・ヒドルストンも大活躍です。このロキという役柄も、そもそも北欧神話でもイタズラと裏切りの神であり、描きようによっては全く嫌な奴になりかねず、何をやってもどこか憎めない感じのトムがやらなかったら、こんなに人気は出なかっただろうと思われます。
 一方、このマーベル・シリーズでも徐々に「リストラ」が進行しておりまして、これまでソーの恋人だったジェーン(前作までナタリー・ポートマン)は破局を迎えて別々の道を行くことになったそうです。アンソニー・ホプキンスもオーディンの死で本シリーズから卒業し、またソーの戦友3人も今作であっさりと命を落として退場。数少ない日本からの出演者、浅野忠信さんの登場もこれまで、ということのようです。
 今回のソーは、何よりも、今まで無敵の神であり、王位継承者であった彼がすべてを失い、頼りにしていた武器も、恋人も、仲間たちも、父さえも喪失して、一方でこれまで自分が知らなかった姉が現れ、弟には裏切られ、家族の絆も見失い、ゼロからの「自分探し」をする旅の物語でもあります。ヘラは彼に「弟よ、あなたは何の神なんだっけ? 教えて頂戴」と嘲ります。オーディンは「お前はハンマーの神なのか? お前の真の力はそんなものではない」と諭します。厳しい戦いの中で、一回りも二回りも成長していく彼の姿は本作で最大の見ものですが、それを見守るワイティティ監督の視線には、常に温かいものを感じます。
 これはマーベル全シリーズの中でも映画として、非常に上質の面白い一作になっていると思います。今後の展開にも期待されますが、私はワイティティ監督の今後の飛躍にも大いに期待したいところです。


2017年11月04日(土)
映画「ブレードランナー 2049」Blade Runner 2049を見ました。「ラ・ラ・ランド」のライアン・ゴズリングが主演、「メッセージ」のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督がメガホンを執り、制作総指揮に1982年の「ブレードランナー」を監督したリドリー・スコット、という布陣。さらに、82年版で主演したハリソン・フォードがデッカード役で帰ってくるという豪華さで、話題性は充分。
しかし制作費150億円超えという巨費を投じた費用対効果から言うと、今のところ二百数十億円の興行収入で、売り上げ的には一応、合格点ではあるけれども、必ずしも好成績とはいえない状況のようです。
批評家筋は絶賛し、実際に見た一般の観客の感想も、アメリカでも日本でも上々です。にもかかわらず、やはり3時間近い長尺と、難解とかマニアックとかいう先入観が仇になったのか、まあ少なくとも「大衆受けする映画」としての商業的成功はしていない模様です。しかし考えてみると、82年の「ブレードランナー」も、「エイリアン」のリドリー・スコットと、「スター・ウォーズ」「インディ・ジョーンズ」で人気絶頂だったハリソン・フォードの名前をもってしても、公開時点では決して売れ筋のヒット作品ではなかったことを思い出すべきでしょう。
本作は今時、珍しい硬派なSF作品であり、そういう意味では、時代に逆行したかのような硬派な作風を連発しているヴィルヌーヴ監督と、本作の底流に流れるDNAを作ったリドリー・スコットという2人のアーティストが作り上げた世界観が、お子様向けのポップコーン映画になりようがないわけであります。
そして、そのまた原形を作ったのが20世紀アメリカSF文学界を代表するフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』Do Androids Dream of Electric Sheep ? であることを思うとき、その感覚は一層、深まるものです。生前のディックは文壇で高い評価を受け続けていながら、どうしてもカルト的な作風と見なされて、ベストセラーには全く恵まれない作家でした。しかし、彼の亡くなる直前にこの小説が「ブレードランナー」というタイトルで映画化決定し、さらに彼の死後、「トータル・リコール」や「マイノリティー・リポート」など10を超える映画が彼の原作を基に制作されました。時代の先を行きすぎていた天才、ということなのでしょうか。
ディックの原作小説には、すでに「人間そっくりのアンドロイド」である「ネクサス6型」と、それを「解任」(つまり殺害)する処刑人というアイデアがありました。いかにも人間味のある、見た目にも人間にしか思えないアンドロイド。判別検査(フォークト―カンプフ検査)を実施し、彼らを殺し回る、非情な人間。その対比から、「一体、人間というのは何なのか?」という疑問が提示されています。また、自然の生態系は全て滅び、植民惑星で奴隷として働くアンドロイドたちはもちろん、動植物もすべてが人造の産物に置き換えられ、羊のような生き物も「電気羊」となっているような世界を描き出しました。この殺伐とした驚くべき世界観をディックが描いたのが、今から半世紀も前の1968年(昭和43年)である、というのは驚くべき事です。
1982年のリドリー・スコット監督の作品では、タイレル社が量産したレプリカント(人造人間)「ネクサス6型」が登場しました。それらはあまりにも人間そっくりであり、瞬く間に学習して人間らしい感情や自我を身に付けるために、4年しか生きられない寿命制限が設けられていました。植民惑星での奴隷労働から脱走してくるレプリカントを殺害する任務を遂行していた捜査官=ブレードランナーのデッカード(フォード)は、タイレル社が製造した新型レプリカントのレイチェル(ショーン・ヤング)と禁断の恋に落ち、一緒に逃亡するところでエンディングを迎えたのでした。
 その劇中の設定は2019年でした。まもなく現実の日付が追いつきそうな2017年に、その続編が登場したわけです。現実の世界では人造人間は実現していませんが、AI(人工知能)が支配する荒廃したディストピアの未来図、という程度なら、もはやカルトSFの特異な設定とは見なされず、主流派の科学者たちもおおっぴらに語るようになっています。ようやく時代がフィリップ・K・ディックの想像力に追い付いてきた現代。新作が描くのは、あれから30年後、2049年のロサンゼルスです…。

 2049年のロサンゼルス。地球の環境は一層、荒廃し、地球温暖化で海面が上昇。すでに富裕層は植民惑星に移住してしまいました。残っているのは、スラムに住まい合成食品で生きながらえる貧民ばかりです。
 2020年に長寿命の「ネクサス8型」レプリカントが起こした反乱により、レプリカント禁止法が成立し、その製造そのものが違法とされ、タイレル社は倒産してしまいました。逃亡したネクサス8型は2022年に大爆発を引き起こして電磁パルスをまき散らし、「大停電」により自分たちにまつわる電子情報をすべて消し去りました。こうして、多くのネクサス8型が身を潜める中、レプリカントは公式には人々の目の前から姿を消しました。
 しかしその後、昆虫を原料としたプロテインで人類の食糧危機を解決した天才科学者ネアンダー・ウォレス(ジャレッド・レト)は、倒産したタイレル社の技術を引き継ぎ、より安全で人類に絶対服従するように作られた新型レプリカント「ネクサス9型」を発表。人類の救世主である、という自らの権威を利用してレプリカント禁止法を廃止させました。合法化されたネクサス9型を大量生産したウォレスは、これを労働に使役して、植民惑星を全宇宙に拡大するという野望を抱いています。
 ロサンゼルス警察LAPDに所属するブレードランナーのK(ゴズリング)は、自らもネクサス9型のレプリカント。人類社会に潜伏している違法な旧型であるネクサス8型を「解任する」任務に就いています。警察の同僚は彼を「人もどき」と呼んで差別し、寂しいKの日常を慰めるのはウォレス社が製造したホログラム(立体映像)タイプのAI、ジョイ(アナ・デ・アルマス)だけです。
 ある日、ウォレス社と契約して昆虫を育てる農民として働いていた旧型レプリカント、サッパー・モートン(デイブ・バウティスタ)を処刑したK。モートンの庭の木の根元に箱が埋められていることに気付いたKは、上司のジョシ警部補(ロビン・ライト)に通報。その箱の中からは、一体の女性の骨が見つかります。
 驚くべき事に、その女性は妊娠して出産した直後に亡くなった形跡があり、しかもレプリカントであったことが分かります。「レプリカントが妊娠して、出産する」という衝撃の事態にジョシは取り乱します。レプリカントが産んだ子供は、すでに「生産された製造物」とは呼べません。こうなると、人類とレプリカントの定義が一層、曖昧になることは間違いありません。ジョシはKに、生まれた子供を見つけ出して、処分、つまり暗殺することを命じます。しかしKはためらいを覚えます。「子供を殺したことはありません。レプリカントから生まれた子供は、製造物ではありません。それは魂を持っているのでは?」とKは言いますが、ジョシは社会の安定を優先して、すべてを秘密裏に葬ることを決めます。
 Kは、30年前に旧型のレプリカントを製造していたタイレル社のデータを求めて、現在のレプリカント製造企業ウォレス社を訪ねます。そこに残っていた情報は、30年前に旧型レプリカント、つまりあの遺骨となっていた女性にフォークト―カンプフ検査を行うLAPDのブレードランナー、デッカードの声でした。ウォレス社長から全幅の信頼を得ているレプリカントの秘書ラヴ(シルヴィア・フークス)は、Kがもたらした情報に内心、驚愕します。ウォレスはタイレル社がかつて実現していた幻の技術を欲していました。同社の倒産と2022年の大停電により失われた、生殖能力のあるレプリカントの製造法です。レプリカントを大量生産するためには、自然に繁殖させるのが最も効率がよい、というのが彼の結論なのです。
手がかりを求めてモートンが住んでいた家に戻ったKは、木の根に彫り込まれた日付を見つけ、衝撃を受けます。そこには「6.10.22」とありました。つまり2022年6月10日です。おそらくここに埋葬されていたレプリカントの女性が亡くなり、子供が生まれた日付です。そして、それはK自身の誕生日でもあったのです。
そればかりではなく、Kには「子供時代の記憶」がありました。もちろん、初めから完成された大人として生産されるレプリカントは、実際には子供時代がありません。しかし、疑似記憶を与えることで、心の安定を保つ…それがこの時代の長命なネクサス9型には一般的にとられている措置でした。Kの記憶に拠れば、たくさんの子供たちに追いかけられたKは、この時代には希少品とされる本物の木で出来た小さなオモチャの木馬を、子供たちに奪われないように、ある場所に隠したことがあるのです。その木馬の足の裏にも6.10.22の数字が彫り込まれていました。
Kは、ウォレス社のレプリカント向けに疑似記憶を製作しているステリン研究所の天才技術者アナ・ステリン博士(カーラ・ジュリ)と会い、自分の「記憶」を鑑定してもらいます。その結果、Kの記憶は作られた偽物ではなく、間違いなく人間の実際の記憶である、ということが判明します。
警察の古い記録を調べると、この日に生まれた双子の子供が、ロサンゼルス郊外の荒廃地にある孤児院に預けられた、という情報が出てきました。双子のうち、女の子は8歳で亡くなり、男の子は行方不明、というのです。
疑惑にかられたKはジョシ警部補に、「子供を見つけて処分した」と虚偽の報告をしますが、精神が不安定になり、署内の検査で落第して、任務から外されてしまいます。一定の時間内に任務に戻れなければ、K自身が解任されるでしょう。
Kは問題の孤児院に行き、「記憶」にあるのとそっくりの場所を見つけます。そしてそこから取り出されたのは、まさにあの「木馬」でした! Kは激しく動揺します。記憶は現実だった。それはつまり、レプリカントの女性から生まれた行方不明の男の子とは、自分なのではないか?
Kは手がかりとなる木馬を密売人のバジャー(バーカッド・アブディ)に見てもらいますが、高レベルの放射能が検知されます。このような放射能がばらまかれた土地と言えば、2022年の大爆発の直下にあった都市、かつてのラスベガスのほかにありえません。Kは廃墟と化したラスベガスに残るホテルの建物で、一人の老人に出会います。それは、30年前にレイチェルと共に逃亡したブレードランナー、デッカードでした。一方、ずっとKの動きを監視していたウォレス社のラヴは行動に出ます…。

 というような展開ですが、今時のせっかちでハイテンポな映画に慣れていると、この映画のぜいたく極まりない演出には面食らうかもしれません。本当に70年代とか80年代以前の名作映画のような作りなのです。たっぷりと時間を使い、詩的な長いセリフを、余韻を残しながら話す。お金を掛けて、可能な限りCG処理に頼らずに本物のセットを組んで撮影する。それにより醸し出される情報量の多い映像美と音響の素晴らしさは、いってみれば最高級ブランド品を思わせます。そのためにテンポは遅く、見る者はそこで生まれる間において、じっと前のシーンの意味合いと、次のシーンへの展開を考え込むことになります。ヴィルヌーヴ監督の前作「メッセージ」もそのような映画でしたが、今作ではさらなる極致を目指しているのが分かります。
 空飛ぶ車や光線銃、そして人造人間、自立的に考えて恋愛感情まで抱くAI。その一方で世界はますます荒廃し衰退し、人類の存立が揺らぐ中で、レプリカントたちはどんどん存在感を増していく世界です。SFを超えたスピリチュアル的な観点から見ても、「分娩で生まれたレプリカントは、もはや魂を持った生命なのではないか」というテーマは、重いものがあります。逆に言えば、単に人間個人の意識を、単なる記憶のデータベースのように見なして、これを電子データに移植し、永遠にコンピューターネットの中で生きる、という研究も進みますが、その単なる記憶データの集積ははたして人間の意識と呼べるのでしょうか? 本作品で重要な役回りを持つ肉体を持たない立体映像のAI、ジョイは明らかに個性と自立的な判断を持ち、主人公に対して愛情を抱いていきますが、ではこの人工知能が持っている意識は? これは確かに人間ではないでしょうが、彼女には魂はないのだろうか? 作り物と本物、という区別をつける定義は、どうなっているのか。
 デッカード自身がレプリカントなのか、そうでないのか、という問題も、今作に持ち越されています。これはディックの原作自体で、処刑人自身が人造人間なのではないか、と疑われる描写があったところから1982年を経て、ずっと尾を引いている疑問です。
 そのような思いに捕らわれると、抜け出せなくなる魅力が、このシリーズにはあります。そういう硬派なSFならではの見応えが、まことに貴重なものだといえます。オリジナルを手がけたリドリー・スコットは最近の作品まで繰り返し、この人造人間というテーマを取り上げています。彼自身が、ディックが投げかけたこの種の問いかけにとらわれているのでしょう。そして、それは私たち観客にも及んでいるのですね。
 哀愁を帯びたゴズリングが、本作の主人公にぴったりはまっています。また当初案ではデヴィッド・ボウイが演じる予定だったというウォレス役を、ジャレッド・レトが熱演しています。注目なのがレイチェルの復活シーンです。これはよく似た女優の顔に、1982年のショーン・ヤングの顔をデジタル処理で貼り付けたようです。そして、75歳になるハリソン・フォードは文句なしの名演ですが、映画が2時間を過ぎるあたりまで出てこないのは驚きでした(とはいえ、そこから最後までまだたっぷり時間がありましたが)。
 とにかく、この難しい仕事をやってのけたヴィルヌーヴ監督に敬意を表したいです。次作というものがあり得るのかどうか、分かりませんが、もし「ブレードランナー2079」という企画があるとしたら、どうなるでしょうか。見てみたい気がします。


2017年10月29日(日)
映画「猿の惑星: 聖戦記」War for the Planet of the Apesを見ました。アンディ・サーキスが猿のリーダー「シーザー」を演じるシリーズの完結編です。
本作に至る新シリーズ3作と、オリジナルの、あのチャールトン・ヘストンが主演して、あまりにも有名な自由の女神のラストシーンで世界を震撼させた「猿の惑星」以来、同名シリーズを通算すると、9作品が作られたことになります。
旧シリーズで描かれなかった最大の要素が、「猿が進化して知性が高まったのはいいとして、では、人類はどうして退化して口がきけなくなったのか」という部分でした。今回の作品で、その謎がついに明かされることになります。

 前作から2年。そして1作目の主人公ウィルが父親のために開発した認知症治療薬が変異して世界中に蔓延し、猿たちの知能を著しく高めると共に、ほとんどの人類を死滅させてから15年の歳月が流れています。
 生き残った人類との平和的共存を望んだシーザー(サーキス)でしたが、人類への憎悪から反乱を起こしたコバ(トビー・ケベル)の謀略により、抜き差しならない殺し合いへと発展。この結果、人類はますます数を減らしながら、生き残った者は以前にもまして猿たちへの容赦ない攻撃をしかけるようになり、シーザーは仲間たちと森の奥地に姿を隠します。
 しかし、冷酷な人類軍の指揮官、大佐(ウディ・ハレルソン)は執拗に彼らの行く手を追い、ついにシーザーの妻コーネリア(ジュディ・グリア)と息子ブルーアイズ(マックス・ロイド=ジョーンズ)も命を落とします。
 生前にブルーアイズが見つけた砂漠のかなたの豊かな土地に、一行は移住することにしますが、復讐心にかられたシーザーは独り後に残り、大佐を殺そうと決意します。側近のモーリス(カリン・コノヴァル)は、個人的復讐に燃えるシーザーを「まるでコバのようだ」と諫めますが、結局そのモーリスと、ロケット(テリー・ノタリー)、ルカ(マイケル・アダムスウェイト)も加わり、4頭は大佐の居場所を追い求めます。
 途中で、口がきけない人類の少女を見つけた一行は、置いておくことも出来ず、彼女にノヴァ(アミア・ミラー)と名付け、連れて行くことにします。さらに彼らは、知能が高まり独学で口をきけるようになった新種の猿人、バッド・エイプ(スティーヴ・ザーン)と出合い、衝撃を受けます。バッド・エイプは大佐の基地を知っている、と言い、一行を導きます。
 彼らは、人類の軍隊が自分たちの仲間を処刑したと思われる痕跡を発見します。瀕死の兵士はノヴァと同様、口がきけず、シーザーは人類に何か異変が起きていることを知ります。シーザーたちは、ついに大佐の拠点を発見しますが、驚いたことに、新天地に向かったはずの仲間の猿たちは皆、シーザーが離れている間に大佐の軍隊に捕らえられ、檻に入れられていることが分かります。さらにシーザーも捕らえられてしまいますが、彼はそこで大佐から、人類たちが直面している状況、そして地球が「猿の惑星」になろうとしている驚愕の事実を聞くことになります…。
 
 ということで、あの「猿の惑星」の世界がとうとう到来するわけです。猿はますます知能が高くなる、しかし人類はどんどん数を減らし、ついに口をきけなくなって文明や文化を喪失する。その不可逆的な運命を知ってしまうと、狂信的な人物に思われた大佐にも哀れさを覚えてしまうものです。
 とにかくアンディ・サーキスの熱演がものすごいです。「ロード・オブ・ザ・リング」でのゴラム役でモーション・キャプチャーの第一人者と呼ばれるようになって、ついにシーザーという当たり役を手にした彼も、本作でひとつの達成点を示したように思われます。演技力と技術の融合がこれほど高いレベルで成し遂げられたことは驚異です。批評家筋からは、サーキスに特撮賞ではなくて、男優賞のオスカーを与えるべきだ、という声が出ているそうです。実際、サーキスはこのシリーズにただの一度も生身の姿で「出演」していないのですが、明らかにここにあるのは「名優の演技」そのものです。正当な評価をされるように望みたいですね。
 大佐役のウディ・ハレルソンは出演映画のたびに随分と印象が変わる演技派ですが、「グランド・イリュージョン」でマジシャン役を演じていたときの軽妙な彼とは全く別人のようです。狂気の中に漂う悲しみ、高級軍人、指揮官としてのカリスマ性と孤独、そして人類という種族の業の深さ、というところまで演じきっているように見えます。
 最初から最後まで、かなり長時間なのですが、一瞬の緩みもなく引っ張る脚本も見事ですね。人類文明の滅亡を描く終末的なお話で、下手を打てば単なる陰気くさいお話になってしまいますが、シーザー一行の探索の旅は昔の西部劇映画か「ロード・オブ・ザ・リング」のようであり、息詰まるようなストーリーにある種の解放感を与えています。檻の中から猿たちが穴を掘って脱出する顛末は戦争映画「大脱走」のようでもあり、大佐の軍隊の描き方や終盤の戦闘シーンは「地獄の黙示録」のようでもあり、強制労働させられる猿たちの待遇改善を求めてシーザーが反抗するシーンは「戦場にかける橋」のようでもあります。ちなみに「戦場にかける橋」は、「猿の惑星」と同じく、戦時中に日本軍の捕虜となった経験があるフランスの作家ピエール・ブールの小説が原作であることは皆様もご存じのとおりです。このことから、原作の「猿」には白人から見た日本兵のイメージが投影されているのではないか、という説があります。いずれにしても、このような、かつての名作映画へのオマージュを感じさせる工夫の数々が、本作を非常に奥の深いものにしているように思われます。
 そして何より、人間の少女の名前がノヴァであること、生き延びるシーザーの次男の名がコーネリアスであることなどは、明らかにオリジナルの第一作「猿の惑星」を想起させるアイデアですね。もちろん、そのまま直接的につながっていく伏線、とは限りませんが、これらの人物、あるいはその子孫が、やがてチャールトン・ヘストン演じるテイラー大佐の乗った宇宙船と遭遇する、のかもしれません。
 シリーズの謎の環が閉じて、雄大な日没を見ているような感じを受けます。このまま終わってしまうのか、それとも、シーザー亡き後の世界をまだ描くことはあるのか。あるいは途中の時代を描くスピンオフ、ということはないのだろうか。
 ちょっと、そういう期待もしてしまいますね。非常に感動的な、シリーズ完結にふさわしい作品でした。


2017年10月28日(土)
シャーリーズ・セロンが東西冷戦時代の秘密諜報員を演じた映画「アトミック・ブロンド」Atomic Blondeを見ました。監督は「ジョン・ウィック」のデヴィッド・リーチ。原作として、 アンソニー・ジョンストンとサム・ハートによるコミック『The Coldest City』があるそうです。
 「マッドマックス」最新作で頭を剃り上げて不屈の女戦士フュリオサ大隊長を演じ、アクション・スターとしても名声を得たセロンですが、本作のような本格的な武闘シーンをこなすことは、今までなかったと思います。ハリウッドでも最高の美女、という名をほしいままにしてきたうえ、これで最強の美女という称号も得て、それはもう無敵状態といえますね。徹頭徹尾、彼女の魅力を観賞するのが正しい作品だといえますが、本当にすさまじいバイオレンス・シーンに戦慄すら覚えます。東ベルリンの廃屋で繰り広げられる7分半にわたるノーカット一発撮影のリアルな格闘は、まことに鬼気迫るものがあります。
 なんでも同時期に「ジョン・ウィック2」の役作りをしていたキアヌ・リーブスを相手にセロンがスパークリングした、という話もあります。いっそのこと、次回作は競演してもらいたいものです。それほど激しい格闘シーンが延々と続きます。が、それだけでなくて、もっと驚かされることに、本作には百合シーン(つまり女性の同性愛)がかなり濃密に描かれます。セロンのお相手を務めるのは、「キングスマン」に出てからハリウッドで瞬く間に人気者となったフランスの女優ソフィア・ブテラ。こちらも元々が有名なダンサーで身体能力抜群の美女ですが、この超ド級美女の百合対決が見ものです。こういうのが好きな人は見逃せません。なぜ唐突に同性愛描写が、と思う人もいるかもしれませんが、「スパイは情報を得るためなら手段を選ばず、ためらわないで何でもやる」という一面を描きたかったのだ、といいます。
 体当たり演技に挑む彼女たちの引き立て役として、男優陣が配置されているわけですが、そこはしっかり芸達者な人たちが、手堅く演技しています。敵なのか味方なのか、最後までヒロインを翻弄する何を考えているのか分からない諜報員に、X-menのプロフェッサーX役ですっかり有名人になったジェームズ・マカヴォイ、またヒロインの無責任な上司役に、癖のある役をやったら当代一の名優トビー・ジョーンズ、という具合で、彼らの好演も非常に素晴らしいです。
 このお話は、1989年11月の10日間ほどの間にベルリンで起きた出来事です。この年、ポーランドとハンガリーで相次いで共産政権が崩壊。11月9日に東西ベルリンを分かっていた壁が破壊され、12月には米ソ首脳会談で冷戦終結が合意されました。それから1年もたたない翌年10月には東西ドイツが統一し、91年12月にはソ連も解体してしまいます。まさに激動の時代でした。今現在、40歳代以上の方ならリアルタイムの鮮明な記憶を持っている方が多いでしょう。
 この映画では、全編でうるさいぐらいに80年代の音楽がかかりますが、特に当時のドイツと言えばネーナの「ロックバルーンは99」ですね。その他、クラッシュとかデペッシュ・モードとか、あのあたりで子供時代から青春真っ盛り、といった世代には、ラジオやMTVで聞いた思い出のある曲が並び、印象的に使用されています。まさにその世代であるシャーリーズ・セロン本人もすごく懐かしい、と言っているそうです。
 本作の冒頭は、当時のレーガン米大統領がゴルバチョフ・ソ連書記長に「冷戦を止めましょう」と呼び掛ける映像で始まりますが、そこですかさず「本作は、その冷戦終結の物語ではない」というメッセージがかぶさります。
 ところがです、最後の最後まで見ていると、実はやっぱり「その物語」だったということになるのですが…。

1989年11月。東ドイツの政治体制は動揺し、市民のデモでベルリンの壁の崩壊も目前に迫っていました。そんな中、ベルリンで活動していた英国情報部MI6のエージェント、ガスコイン(サム・ハーグレイブ)は、ソ連秘密警察KGBの殺し屋バクチン(ヨハンネス・ヨハンネソン)に殺害され、東ドイツの秘密警察シュタージが収集した極秘資料、すなわち「世界中で潜入活動しているあらゆる国のスパイの名簿リスト」を仕込んだ時計を奪われてしまいます。しかしバクチンはKGBの上官ヴレモヴィチ(ローランド・モラー)にそのリストを提出せず、闇市場で売って大もうけしようと姿をくらましてしまいます。
このリストが世間に知れ渡れば、各国の疑心暗鬼や国民世論の混乱から、冷戦がさらに40年も続くほど世界情勢が一変するかもしれません。事態を憂慮したMI6の長官C(ジェームズ・フォークナー)は、主任のグレイ(トビー・ジョーンズ)に命じて、英国情報部で最強の女性スパイ、ロレーン・ブロートン(セロン)を呼び出します。ロレーンは西ベルリンに赴き、MI6のベルリン支局長パーシヴァル(ジェームズ・マカヴォイ)と合流しますが、彼女の赴任は初めからKGBに知られており、いきなり危険な目に遭います。実はロレーンはCからリストの奪取以外にも密命を受けていました。MI6に所属しながらKGBに情報を流している二重スパイ「サッチェル」の存在を確認し、その人物を確定したうえで、秘密裏に抹殺することになっていたのです。そこでロレーンは信用できないパーシヴァルと距離を置きつつ、独自の情報収集に当たります。その中で、フランス情報部の新米エージェント、デルフィーヌ(ブテラ)と知り合ったロレーンは、彼女の情報から、ますますパーシヴァルの怪しげな行動に不信感を覚えます。さらにロレーンは、デルフィーヌと仕事を越えた親密な関係となり、同性ながら激しい恋に落ちます。
ここで、英国情報部と協力関係にある米中央情報部CIAの幹部カーツフェルド(ジョン・グッドマン)がロレーンに接触してきます。例のリストが表に出れば、世界中の情報部員が命を落とすことになる、もちろん君も私も、と彼は警告し、CIAもロレーンの行動を監視していることをほのめかします。
その頃、パーシヴァルはシュタージの幹部スパイグラス(エディ・マーサン)と接触し、彼を西側に亡命させようと提案します。というのも、スパイグラスは例のリストに載っている諜報員全員の名前を暗記している、というのです。独自のルートで現地の協力者メルケル(ビル・スカルスガルド)や、表向きは高級時計店カール・ブヘラに勤める工作員「時計屋」(ティル・シュヴァイガー)の手引きで東ベルリンに潜入したロレーンも、結局、パーシヴァルの計画に協力してスパイグラスの亡命を手助けすることにします。
しかし、今回も情報はKGBに筒抜けになっており、ヴレモヴィチの率いる暗殺者たちが襲ってきて、ロレーンは絶体絶命のピンチに陥ります。彼女はスパイグラスと共に、西ベルリンに無事、脱出出来るのでしょうか。命がけの死闘が始まります。
そんな中で、パーシヴァルはまた不審な行動を取っていました。彼はリストを持っているバクチンと密かに接触していたのです…。

というようなことで、お話はこの後、あっと驚きの結末までノンストップで突き進んでいきます。
非情な内容なのにどこかにユーモアやペーソスがあった「ジョン・ウィック」と比べても、かなりストイックなスパイ映画です。殺伐とした作品であることは間違いありません。もしこれが男性スパイのアクションなら、全く陰気くさい作品になっていたことでしょう。やはりシャーリーズ・セロンあっての企画、といっていい一作ですが、とにかく一瞬も目を離せないほど、すさまじい描写の連続です。
そこへまた、美女2人の大胆な絡み…。なんとも見せ場を心得た映画です。爆音BGMとともに、大スクリーンで見たい作品ですね。
カール・F・ブヘラは実際に高級時計を提供して協力しており、また当時の東独の名車トラバントも500台も集められて登場しています。スーツを着たMI6の幹部の上着は、あのバブル期を思い出させるゴージ(縫い目)の低い大きな襟で、CIAのカーツフェルドはアメリカのエリート階級らしくボタンダウン・シャツを着ているなど、芸の細かい大道具、小道具、衣装も相まって、全力で1989年を再現しているのが興味深いです。言うまでもなく、東ドイツ軍の制服はカッコいいです。ナチス時代とほとんど変化していないので有名ですが、マカヴォイが制服を着ているシーンだけ異常にカッコいいのが笑えます!
スマホもパソコンもインターネットもない最後のアナログ時代。しかしそれ以外のアイテムはなんでも出そろっていて、時代劇と言うほど古くなく、しかし現代とも異なる独特の空気感がそこにはありました。冷戦期のスパイたちも、あの時代だからこそ存在できたといえます。
あの頃、自分もバブル期の街をさまよっていたんだな、と、世代的にもそんなことを思った一作でした。


2017年10月27日(金)
 先週21日に東京家政大で行った辻元よしふみ、玲子の講演「軍服 その歴史とイラストレーション」の会場での写真を服飾文化学会より提供していただきましたので、掲載します。台風接近の中、たくさんの御来場、改めましてありがとうございました。また、こういう機会があればぜひやりたいですね。

2017年10月24日(火)
 21日の私どもの講演会「軍服 その歴史とイラストレーション」につきまして、来場された甲冑師の佐藤誠孝様がTwitterでご紹介くださいました。引用させていただきますと「21日に十条にある東京家政大学にて軍服の歴史について研究者の辻元よしふみ氏と玲子氏夫妻の講演に行ってきた。軍服は個々の時代についての研究はあるが通史としてはほとんど無く、歴史の流れとともにダイナミックに変化する軍服を噺家並みのトークで面白く聴かせてもらった。雨であったが満員だった」。佐藤様、まことにありがとうございました。

2017年10月22日(日)
 皆様、昨日は東京家政大学で講演会「軍服 その歴史とイラストレーション」を行いました。取り急ぎ、雨の中、多数のご来場をいただきありがとうございました。天候が心配でしたが、講義室が人でいっぱいで、本当に満席状態になって、おいでになった皆様には厚く御礼申し上げる次第です。取り急ぎご報告でございました。私どもは会場で写真を撮ることができなかったのでとりあえず、講演終了後に池袋で、玲子の父と3人で記念撮影したものを掲げます。
 ありがとうございました。

2017年10月19日(木)
 改めまして宣伝です。
 10月21日土曜日に、東京家政大学(東京・十条)で、服飾文化学会の研究例会が開かれます。講演するのは私たち「辻元よしふみ」と「辻元玲子」。ご興味のある方はぜひおいでくださいませ。この日のために、初公開の描き下ろしイラストや資料も製作しました。
 ◆服飾文化学会 第18回研究例会
「軍服 その歴史とイラストレーション」
講 師 :辻元よしふみ氏(服飾史・軍装史研究家)
   :辻元 玲子氏(歴史考証復元画家)
日 時: 平成29年10月21日(土)13:30〜16:05
会 場: 東京家政大学 120-3B講義室(120周年記念館 3階)
参加費無料:学会員以外の参加歓迎

【辻元よしふみ】ユニフォーモロジーUniformology(軍装史学/制服学)とは何か? をテーマに、この研究の社会的貢献や、これまでの歴史復元画家と軍装史学者を紹介。「軍服はいつからあるのか」「近代的な軍服の登場とその背景」「なぜ初期の軍服はあんなに派手だったのか」など、各時代の軍装の特徴と変遷を解説します。

【辻元玲子】ヒストリカルイラストの社会的重要性、製作過程、一般絵画との描き方の違いについて。また、シュメール兵、グスタフU世アドルフ、スペンサージャケット等を例に、軍装史と紳士服飾史、婦人服飾史の密接な関わり合いについて、全て描きおろしのイラストエッセイで具体的に詳しく解説します。


2017年10月07日(土)
清秋の候、時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。

さて、このほど、辻元よしふみと辻元玲子は、東京家政大学(東京・十条)で講演会を行うことになりました。同封チラシの通りでして、10月21日土曜日に開催される服飾文化学会の第18回研究例会として、僭越ながら私どもが発表する次第でございます。
同学会の会員以外の方も参加歓迎、ということになっており、参加費は無料です。

ただ、このチラシでは時間帯が若干、間違っております。正しくは、下のような日程・時程となっております。

日 時: 平成29年10月21日(土)13:30〜16:05
会 場: 東京家政大学 120-3B講義室(120周年記念館 3階)1
講演題目:「軍服 その歴史とイラストレーション」
講 師 :辻元よしふみ氏(服飾史・軍装史研究家)
:辻元 玲子氏(歴史考証復元画家)

以上、ご足労ではございますが、もしご興味、お時間がおありの際には、ぜひ東京家政大学までおいでくださいませ。宜しく御願い申し上げます。



2017年10月01日(日)
 10月21日土曜日に、東京家政大学(東京・十条)で、服飾文化学会の研究例会が開かれます。講演するのは、なんと「辻元よしふみ氏」と「辻元玲子氏」のお二人! つまり私たちですが…。ご興味のある方はぜひ。
 ◆服飾文化学会 第18回研究例会
「軍服 その歴史とイラストレーション」
講 師 :辻元よしふみ氏(服飾史・軍装史研究家)
:辻元 玲子氏(歴史考証復元画家)
日 時: 平成29年10月21日(土)13:30〜16:05
会 場: 東京家政大学 120-3D講義室(120周年記念館 3階)
参加費無料:学会員以外の参加歓迎

【辻元よしふみ】ユニフォーモロジーUniformology(軍装史学/制服学)とは何か? をテーマに、この研究の社会的貢献や、これまでの歴史復元画家と軍装史学者を紹介。「軍服はいつからあるのか」「近代的な軍服の登場とその背景」「なぜ初期の軍服はあんなに派手だったのか」など、各時代の軍装の特徴と変遷を解説します。

【辻元玲子】ヒストリカルイラストの社会的重要性、製作過程、一般絵画との描き方の違いについて。また、シュメール兵、グスタフU世アドルフ、スペンサージャケット等を例に、軍装史と紳士服飾史、婦人服飾史の密接な関わり合いについて、全て描きおろしのイラストエッセイで具体的に詳しく解説します。


2017年9月26日(火)
 銀座に新しいテーラーが出来ました。
 「ザ・クロークルーム」というのがそれで、ギンザ・シックスのすぐそばにあります。このクロークルームというのは、元々オーストラリアのブランドですが、日本には初上陸。非常に感度の高い紳士服、レディースを扱っており、日本では基本的にビスポーク(注文服)のお店となっています。
 このお店、かつて「サローネ・オンダータ」を支えた島田氏と林氏が立ち上げた新店です。まずはお気軽に足を運んでみてください、とのこと。
 「ザ・クロークルーム」104-0061 東京都中央区銀座7-10-5 ランディック第3銀座ビル5階 TEL 03-6263-9976 MAP https://goo.gl/HtEp9N
 月曜日定休。12:00〜19:00(予約制)ということで、まずはお電話を。


2017年9月22日(金)
 映画「エイリアン:コヴェナント」Alien: Covenantを見ました。「エイリアン」シリーズの生みの親、リドリー・スコット監督によるシリーズの集大成的な作品です。
 コヴェナントとは「契約」の意味です。聖書で説かれる、神とユダヤの民との「契約」がその下敷きにあります。神との契約によって預言者モーゼに十戒が授けられ、その石板を入れた「契約の箱」(Ark of the Covenant=「インディ・ジョーンズ」に出てきた、あの失われた「アーク」のこと)を携えた人々は、神との「約束の地」を目指し遠い旅に出たわけです。これにちなみ本作では、人類にとっての約束の地を目指す植民宇宙船の名になっています。スコット監督はモーゼの出エジプトを描く史劇「エクソダス:神と王」を2014年に製作していますが、これも偶然ではなく、同監督にとって重要なモチーフなのでしょう。
 シリーズの第一作「エイリアン」が公開されたのは1979年。私が中学1年生のときでした。今よりもテレビで映画のコマーシャルがよく流れる時代でしたので、「宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない」というキャッチコピーと共に映し出される映像の気持ち悪さに辟易した記憶があります。その後、しばらくたって、この作品を初めてテレビで見たときも、悪夢に出そうな、トラウマになりそうな印象を持ちました。
 何よりも気味が悪かったのは、巨匠ギーガーがデザインした化け物ですが、それも意図的に、正体が分からないように映されているのですね。それがとにかく得体のしれない恐怖感を醸し出していました。
 この作品は、ちょうど「スター・ウォーズ」や「未知との遭遇」でSFが映画ジャンルとして確立した直後に登場し、ホラー的な展開の「SFスリラー」という新分野を切り開いたと言えます。この一作で、まだ無名だったスコット監督と、映画史に残るタフなヒロイン、リプリーを演じたシガニー・ウィーバーが有名になり、以後の多くの作品に影響を及ぼしました。たとえば、密室的環境からの逃避行という図式は、今、上映中のクリストファー・ノーラン監督「ダンケルク」にまで影響を与えているほどです。
 しかし、あれから40年余りでエイリアンはあまりに有名になりすぎました。一作目から20年近く続いたシリーズも97年の「エイリアン4」でついに完結したとされ、それからでもさらに20年がたっています。2012年に前作「プロメテウス」が公開された際には、エイリアン・シリーズに登場する悪徳企業ウェイランド・ユタニ社の前身会社、ウェイランド社が出てくることなどから、どう考えても同シリーズの前日譚のように見えるものの、監督も制作サイドも明確にシリーズの一部であるとは公言しませんでしたし、題名にも「エイリアン」の言葉は入っていませんでした。
 しかし、「プロメテウス」の続編である本作は、タイトルからしてエイリアン・シリーズの正統な一作であることを公式に明示しており、これにより、逆説的に「プロメテウス」も正統な前日譚であったことがはっきりした、という流れになっています。
 そういう経緯があり、前作は明らかにエイリアンだとしか思えないものの、神話的なタイトル通りにどこかシリーズのノリとは異なる深遠さというか、哲学的な香りが強い作風でした。しかし、今回の作品は明らかにそれが、バイオレンス・アクション映画であると共に、SFスリラーの開祖でもある本シリーズらしい展開に舵を切っています。要するに、より娯楽作品らしく、第一作に近い作風に回帰しています。これはもちろん意図してそのように製作されたものでしょう。
 というのも、本作の位置づけは、前作「プロメテウス」の時代設定(2089〜94年)の10年後、そして第一作「エイリアン」の時代設定である2124年からは20年前にあたる2104年、ということになっています。つまり、この映画から20年後に、あのノストロモ号の悲劇的な航海が起きるわけです。なぜ、エイリアンという化け物が生まれたのか、というのが「プロメテウス」と本作が担う最も重要なテーマになるわけですが、その副産物として、そもそも地球人類と言うものも、なぜ生まれたのか、という話にまで及んだわけです。
 「プロメテウス」では、考古学者エリザベス・ショウ博士(ノオミ・ラパス)が古代の遺跡の発掘成果を基に、地球人類を導いてきた神=異星人「エンジニア」の星を目指す旅を企図し、それを巨大企業ウェイランド社の総帥、ピーター・ウェイランド(ガイ・ピアース)が後押しして、宇宙船プロメテウス号が旅立つ話が描かれました。結局、その星でエンジニアたちは危険な生態兵器「エイリアン」のプロトタイプを開発しており、エリザベスと、アンドロイドのデヴィッド(マイケル・ファスベンダー)を残して探検隊は全滅。エンジニアの宇宙船を奪った2人が、彼らの母星に向けて出発するシーンで幕切れとなりました。
 よって、続編である本作では、異星人の母星に着いた2人のその後が描かれるのだろう、と誰しもが予想したのですが、それがちょっと違っていたのです。

 プロメテウス号が出発する以前から映画は始まります。ピーター・ウェイランド(ピアース)は自分が製作した人造人間のプロトタイプ(ファスベンダー)を起動させます。それは、自分自身でダビデの彫刻にちなんでデヴィッドと名乗ります。ウェイランドが「私がお前を作り出したのだ」と言うと、デヴィッドは「では、あなた方を作り出したのは誰ですか」と問います。その質問の中に、危険な兆候を感じ取ったウェイランドは不機嫌になり、デヴィッドに絶対的な服従を求めて威圧的な態度をとるようになります…。
 それからかなり後、プロメテウス号が行方不明になってから10年後の2104年。ウェイランド社の新型植民船コヴェナント号が、惑星オリガエ6を目指して宇宙を進んでいました。ブランソン船長(ジェームズ・フランコ)率いるこの船は、15人のクルーと、入植者2000人、人間の胚胎1140個を乗せた人類初の大規模植民を目指しています。クルーと入植者は冬眠状態で7年以上の長い航海を過ごし、その間は疲れを知らぬ人工知能「マザー」と、新型のアンドロイド、ウォルター(ファスベンダーの2役)が船を管理しています。しかし、予期せぬトラブルで船が損傷し、クルーが冬眠から強制的に蘇生される中、不幸な事故でブランソン船長は亡くなってしまいます。船長の妻で、惑星改造の専門家ダニエルズ(キャサリン・ウォーターストン)は半狂乱となりますが、船長に昇格した副長オラム(ビリー・クラダップ)は部下に冷徹な態度をとり、乗組員の間に不協和音が生じます。
 そんな中、これまで探査されたことのない星域から謎の信号が届きます。それはどうも誰かの歌声のようで、しかも、よく知られたジョン・デンバーの名曲「カントリー・ロードTake Me Home, Country Roads(故郷に帰りたい)」の一節のように聞こえるのです。調べると、その発信地の星は、海と陸地のある地球型惑星で、オリガエ6より植民に適しており、しかも距離的にずっと近いことが分かります。船長オラムは急きょ、この星に進路を変えることを決断しますが、ダニエルズは突然の方針変更を無謀な冒険として反対します。しかし決定は覆らず、コヴェナント号はその惑星に向かいます。
 地上に降り立った一行は、その星に豊かな植物が生い茂っている反面、鳥も虫もその他の動物も全くいないことに気付きます。さらに不思議なことに、地球の麦が繁殖しており、一体、誰がこれを植えたのか、疑問は尽きません。やがて彼らは、異星人の宇宙船の廃墟らしきものを見つけ、10年前に行方不明となったプロメテウス号のエリザベス・ショウ博士(ラパス)が身に付けていたものを発見。さらに、ホログラム映像でエリザベスらしき人物が「カントリー・ロード」を歌う情景を見て、これが発信源であることを確認します。
 しかし、この星の恐ろしさはここから徐々に明らかになっていきます。黒い粉を吸い込んだ隊員が不調を訴え、その身体を破ってエイリアンが出現。混乱の中、死傷者が続出して地上着陸船も破壊されてしまいます。妻のカリン(カルメン・イジョゴ)が死んだことで落胆し、指揮官としての自信を失うオラムをダニエルズは励ましますが、エイリアンに包囲されて探査隊は全滅の危機に瀕します。
 そこで、思いがけず一発の信号弾が発射されて、驚いたエイリアンは退散していきます。一行を救ったのは、プロメテウス号のクルーだったアンドロイド、デヴィッドでした…。

 ということで、エイリアンの星に足を踏み入れて恐怖に陥る、というパターンはまさに第一作「エイリアン」の再現で、この後、話を引っ張るのが、女性主人公ダニエルズである点も、非常によく似ています。
 大変、よくできた映画で、シリーズ集大成として恥じない出来栄えである、ということを先に記しておきつつ、率直な感想も述べてみます。
 どうも、あの79年の一作目の衝撃度とどうしても比較して見てしまうのですが、私たちはエイリアンというあの怪物を、今やよく知り過ぎてしまっているのですね。一作目で味わった、得体の知れなさが、もうここにはないのです。これは仕方がありません。人体に寄生して腹を食い破る誕生の仕方、ヨダレを垂らす特徴的な二重構造の口、細長い頭、悪魔のような尻尾、強い酸性の体液…、何しろ40年も愛されてきたキャラクターですので、今や、ゴジラとかガメラのような懐かしのモンスターなのです。どうしても「ああ、懐かしいな」と思ってしまう。それで、どうしても一作目のときの衝撃は蘇ってこない。ちょっとそういうもどかしい感想は否めないものがありました。本作を初めてのエイリアン映画として見る若い世代の方なら、全く違った感想になるのでしょうが。
 一作目から一貫して描かれる人造人間への親愛と不信感というテーマ。人間そっくりだが人間でない、という存在は、「ブレードランナー」なども制作したスコット監督がこだわりを持つテーマなのですが、一作目のアッシュ(イアン・ホルム)は、非常に人間らしく振る舞い、途中までロボットであることが全く分かりません。それがまた最後に頭部だけになって笑う不気味さを増幅させました。しかし本作に出てくる2体(デヴィッドとウォルター)は、初めからアンドロイドであることが分かっている。テーマとしては深化しているのですが、意外性はそこにはないわけです。このへんも一作目との大きな相違点ですね。
 なにかそういった要素もあって、残酷シーンは散々見せられながら、意外にも淡々とした、落ち着いた一作のように感じられたのは、私の世代的なものなのでしょうか。今時は残酷な映画も、ものすごい映像の刺激的な映画も次から次に作られていることもあり、そういう点では案外に、本シリーズの売り物だったショックがありませんでした。また、「エイリアン」第一作に続く前日譚、と言いながら、エンドシーンからそのまま、20年後のノストロモ号に直接つながるような話でもなく、これはさらに続編が作られるのでしょうか。もしこの作品で「完結」というと、ちょっと物足りない感じも受けます。
 「ファンタスティック・ビースト」でヒロインを演じたウォーターストンの、芯は強いのだけれど、どこか哀愁漂うヒロイン像は、リプリーのような豪快なヒロインとは異なる新魅な力を感じます。それから、同じく「ファンタスティック…」でアメリカ魔法議会の議長を演じていたカルメン・イジョゴが出ていたのも興味深いです。なんといっても本作の中心人物はアンドロイド役のファスベンダーで、難しい2役の撮影を見事にこなしています。
 早い段階で退場してしまうジェームズ・フランコはカメオ出演扱いですが、意外に出番は多く、一方、前作のヒロイン、ノオミ・ラパス演じるエリザベスは、展開上は重要な人物ですが、シーンとしては、ほとんど出番なし。私は前作でのラパスの熱演ぶりに、彼女が「新シリーズのリプリー」なのか、と注目していたので、この点はちょっと残念です。
 近年も意欲的に新作を発表しているスコット監督。もう一本、本作とノストロモ号をつなぐ作品でシリーズを完結してくれないだろうか、と私は密かに期待しております。


2017年9月14日(木)
 クリストファー・ノーラン監督の話題の映画「ダンケルク」DUNKIRKを見ました。さすがに鬼才の作品、戦争映画というジャンルに新たな可能性を拓いた傑作が登場しました。
 この作品は、1940年5月、第二次大戦の初期を舞台にしております。フランス・ダンケルクの海岸に取り残された英仏軍の兵士40万人。ドイツ軍が迫る中、彼らがいかに英国に生還したか…「史上最大の撤退作戦」が描き出されます。これまで、このダンケルクの戦いをテーマとした作品には1958年の「激戦ダンケルク」や、1964年の「ダンケルク」などがあります。後者は主演がジャン=ポール・ベルモンドでした。1969年の「空軍大戦略」も冒頭部分でダンケルクの撤退から話を受けて、その後の英独航空戦が描かれました。2007年の「つぐない」(キーラ・ナイトレイ主演)でも登場しました。しかし、この戦いを真正面からとらえた新作映画が、21世紀になって登場したのは、それ自体が驚きでした。
通常の戦争映画なら、陸・海・空の戦いを立体的に、時間軸の流れに沿って配置して描くものでしょう。しかしノーラン監督は、非常に思い切った手法を使います。地上戦と、海の戦いと、そして飛行機による空中戦ではどうしてもスピード感が違います。ノーラン監督は、この三つの様相を違う時間軸に置いて、地上戦は1週間、海の戦いは1日、空戦は1時間の出来事として描き出します。しかし地上での1週間と、時速500キロで移動する空中での1時間は確かに同じ濃度で、息詰まるような死闘が描かれるのです。そして巧妙な脚本に導かれて、地上の兵士の物語と、海を渡り兵士たちを救出に向かった民間船の船長の物語、そして英国空軍のパイロットの物語が、映画の終盤で一点に交錯していく。素晴らしい描き方です。こういう手があったか、という感じです。今後、この作品はいろいろな後続の映画に影響を与えそうに思います。
 さらに、本作で大きな特徴。それは「敵がほとんど登場しない」ということです。本作は戦争の初期の史実を基にしているので、イギリス軍、フランス軍と、ドイツ軍が戦っています。真珠湾攻撃は翌年末のずっと先のことですので、当然、日本もアメリカも参戦していない時期です。よって、英軍兵士たちを中心に描く本作で「敵」といえばドイツ軍なのですが、これが奇妙なほどにはっきり描かれない。いいえ、恐ろしい強敵の存在はこれでもか、というほどに暗示されています。しかし、個人個人としての「ドイツ兵」はほとんど出てきません。最後のシーンになって、不時着した英国のパイロットを捕えに来るドイツ兵の姿がほんの申し訳に映し出され、その特徴的なヘルメットからドイツ兵だな、と分かるのですが、そこでも故意にぼやけた映し方で、ドイツ兵の姿がはっきり登場しない。ドイツ軍の戦闘機や爆撃機、そしてどこからともなく飛来する銃弾、砲弾、さらに魚雷。こういう形で敵が描かれる。もちろんこれらは故意に採用されている手法です。本作は、制限時間が迫る中、絶体絶命の密室的な環境から脱出を図るタイプのスリラー映画(たとえば近年で言えばメイズ・ランナー)に驚くほど似ており、ノーラン監督も「いわゆる戦争映画ではない」と明言しています。つまり、本当の敵はむしろ「時間」であり、ドイツ軍は迷宮に配置されたトラップのような存在として示されている。これがしかし、非常に効果的なのは間違いありません。本作に影響を与えた先行作品の中に「エイリアン」が挙げられているのもよく理解できるところです。ドイツ兵は、どこからともなく襲いかかる恐怖のエイリアンのような存在として描かれているわけです。
 先ほども書いたように、ダンケルクの戦いは1940年の5月26日から6月4日にかけて行われたもので、まだ日本もアメリカも参戦していない時期の戦いです。当事国である英国やフランス、ドイツではよく知られていますが、英国人であるノーラン監督が製作会社である米ワーナー社に企画を売り込んだときにも「ダンケルクって何? よく知らないんだけど」という反応だったそうです。もちろん日本ではもっと知られていないでしょう。
 しかし、第二次大戦の流れを大きく変えたのが、このダンケルクの戦いです。破竹の勢いで進撃するナチス・ドイツ軍が瞬く間に全欧州を席巻し、このまま英国まで攻め込むのか、というところ、この戦いの結果、英仏軍の兵士35万人がフランスからの脱出に成功したことで、英国本土の守備は固められ、さらにちょうど4年後の1944年6月6日、ノルマンディーへの連合軍の上陸作戦につながっていくわけです。つまり、この「史上最大の撤退」ダンケルクが、4年後の「史上最大の上陸作戦」の布石となった。非常に重要な歴史の転換点だったのです。訓練され実戦を経験した兵士35万人、というのがどれだけ貴重で意味があるかと言えば、たとえば現在の日本の陸上自衛隊の規模が15万人であることを考えても理解できます。今の陸自隊員の倍ほどもの人数の兵士が生還できた、というのは大変な意味があったわけです。
 この映画の前提として、なぜか5月24日にドイツの地上軍が「止まった」という事実があり、これは第二次大戦の戦史の中でも大きな謎とされています。ここでドイツ軍が止まらなければ、40万人の全員が死ぬか、捕虜となったことでしょう。ドイツの装甲師団もここで一息入れる必要があった、というのが最大の理由でしょうが、ドイツ空軍の最高司令官ヘルマン・ゲーリング元帥が大言壮語し、空軍の力だけで敵を撃滅する、と高言したのも要因だったとされます。それで、本作でもドイツ兵がほとんど出てこない代わりに、ドイツ空軍機が多数、登場して執拗に攻撃してきます。
 実は本作を見た後、私にとって最も印象的だったのは、映像もさることながら「音」でした。ものすごい音響です。ドイツ軍の銃撃の重い音。ギャング映画などでの軽々しい音とは違います。耳に刺さるようなモーゼル小銃やMG34の銃声。それから、作中でも語られますが、英軍戦闘機スピットファイアのロールスロイス社製マーリン・エンジンの音と、ドイツ軍のメッサーシュミットBf109戦闘機のダイムラーベンツ・エンジンの音の相違、英軍戦闘機の7・7ミリ機銃の発射音と、ドイツ軍のハインケルHe111爆撃機が積んでいる20ミリ機関砲の重々しい音の違い…など、とにかく音が生々しいのです。
何よりすさまじいのが、ドイツ軍のユンカースJu87急降下爆撃機「スツーカ」が攻撃時に鳴らす「キーン」というサイレンの音。あのキューン、という音は連合軍の兵士を恐怖させ、トラウマになった者も多いと聞きますが、なるほど、この映画で聞くと、いかに恐ろしい攻撃であったかが体感できます。
 そしてこれは、音の再現のリアルさにもつながる話ですが、本作の撮影のために、実物の今でも飛行可能なスピットファイア3機、それから戦後もスペイン空軍で使用されているメッサーシュミット系の後継機(エンジンの形状が異なりますが、遠目では戦時中のBf109にそっくり)もそろえて、実機を飛ばして撮影しています。さらに大戦当時の民間船(その中には、本当に80年近く前のダンケルクの撤退に参加した船もあったそうです)や病院船、掃海艇、さらにフランス海軍の記念艦として保存されていた戦時中の本物の駆逐艦まで借り出されて、撮影に参加しています。「どうやってあんなリアルな船を撮影したんだろう、セットにしてはすごすぎるし、CGにしても生々しすぎるし…」と驚嘆したのですが、すべて実物で再現しているのですね、それはすごいはずです。
 何よりすごいのが、撮影はほとんど、実際にダンケルクの海岸で行い、エキストラもほとんどがダンケルクの市民だそうです。実際に史実があった場所、というのは当然、出演者たちに大きな影響を与えたそうで、それがこの作品のなんとも底知れない迫真力を生んでいるのは間違いありません。
 本当にクリストファー・ノーラン監督、恐るべし、です。すごい監督です。

 1940年5月末。突然、ドイツ軍が進撃を停止しました。英国兵士トミー(フィン・ホワイトヘッド)は自分の部隊が全滅し、命からがらダンケルクの海岸に到達。そこには40万人もの敗残兵がひしめいており、英国への撤退は遅々として進まず、トミーを失望させます。輸送指揮官のボルトン海軍中佐(ケネス・ブラナー)は、陸軍の撤退指揮官ウィナント大佐(ジェイムズ・ダーシー)と協議し、ドイツ軍が再び動き出す前に、少しでも多くの兵士を生還させる決意を固めますが、状況は絶望的でした。
トミーは海岸で、死体を埋めていた兵士ギブソン(アナイリン・バーナード)と出会いますが、彼はなぜか一言もしゃべりません。負傷兵が優先的に脱出できることを知ったトミーとギブソンは、担架を運びながらなんとか病院船にたどり着きますが、船は沈んでしまいます。さらにその船から逃れた兵士アレックス(ハリー・スタイルズ)を助けたトミーたちは、アレックスの部隊に紛れ込んで別の掃海艇に乗ることに成功。これでダンケルクから逃げ出せた、と思ったのも束の間、またもドイツ潜水艦の魚雷が襲ってきて、船は沈没。3人はダンケルクの海岸に戻ることになりますが…。
 ダンケルクで40万人もの兵士が取り残され、軍艦だけではとても輸送できないため、民間船が海軍に徴用されることになりました。ムーンストーン号のドーソン船長(マーク・ライランス)も、息子ピーター(トム・グリン=カーニー)、その友人のジョージ(バリー・コーガン)と共に船出します。途中、沈没寸前の船から一人の英国兵士(キリアン・マーフィー)を助け出しますが、彼は名前も名乗らず、船がダンケルクに向かうと知ると激昂して「英国へ引き返せ」と要求します。そんな中、ドイツ軍爆撃機が飛来し、船に危険が迫ります…。
 ダンケルクの撤退作戦を援護するべく、スピットファイアの3機編隊が英国の基地を出撃しました。しかし緒戦で隊長機が撃墜され、3番機のコリンズ(ジャック・ロウデン)もメッサーシュミットとの交戦で海に着水します。一人残されたファリア(トム・ハーディー)は燃料計が敵機の銃弾で破壊され、あとどれだけ飛べるのか分からないまま、英国の船団に襲いかかるハインケル爆撃機に向かっていきますが…。

 ホワイトヘッドとグリン=カーニーは、演劇歴はあるものの、ほぼ無名の新人です。一方アレックス役のスタイルズは、世界的な人気アイドルグループ「ワン・ダイレクション」のメンバーです。しかしノーラン監督は、スタイルズも選考の中で非常に良かったから起用したまでで、話題性での抜擢ではないといいます。ケネス・ブラナーとマーク・ライランスがさすがの存在感です。二代目マッドマックスのトム・ハーディーも、ほとんど表情の演技に終始する難しいパイロット役を好演しています。
 それから注目なのは、スピットファイア編隊の隊長の「声」で出演しているのが、あの名優マイケル・ケインです。ノンクレジットなのですが、特徴のある声ですぐわかります。1969年の「空軍大戦略」において、キャンフィールド少佐役でスピットファイア部隊を率いた彼が、ここで声だけではありますが英国空軍に「復帰」したわけです。こういう旧作へのオマージュも嬉しい配慮ですね。


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2017年9月03日(日)
原田眞人監督の映画「関ヶ原」を見ました。原作は司馬遼太郎が1964年から3年がかりで書いた壮大なスケールの大長編小説。映画化は無理、と言われ続けてきた題材です。何しろ登場人物がやたらに多い。史実を見ても、徳川家康が豊臣秀吉の亡き後、何年も掛けて諸大名を味方に付け力を蓄え、反対派の石田三成に挙兵をさせて関ヶ原の戦いでたたきつぶす、そして天下の覇権を握り幕府を開く・・・考えただけで面倒くさそうな話です。たくさんの大名や周辺の女性、庶民なども含め、とてつもない群像劇にならざるを得ません。
あくまで小説であり、エンターテイメントですので、その後の研究で史実としては疑問符が付くような逸話も多いのですが、別にドキュメンタリーではないので、そういう点でいろいろ文句を付けるのは野暮と私は思います。この原作を下敷きにする映像作品も、そういう意味で、あくまでも司馬作品の映像化であることを前提とするわけですが、それにしても巨大な作品なので、一筋縄ではいきません。
しかし今まで、一度だけこの映像化に成功した例がありました。おそらく現在、50歳代以上の方ならご記憶にあると思いますが、1981年にTBSが制作した超大型時代劇「関ヶ原」です。今でも時折、TBS系の放送局で再放送することもあり、最近になってブルーレイ版で再販されましたので、若い世代でもご存じの方もいらっしゃるでしょう。この作品が高い評価を受けたのは、まずテレビの特性として長尺番組でも放送出来る、ということで、このドラマは3夜に分けて、なんと6時間半ドラマとして放映されたわけです。時間がたっぷり取れれば、この壮大な物語も丁寧に描くことが出来ます。
それから、すごかったのが出演者です。今もってテレビ界では「奇跡のキャスティング」といわれているそうです。ざっと挙げただけでも徳川家康=森繁久弥、石田三成=加藤剛、島左近=三船敏郎、大谷刑部=高橋幸治、本多正信=三國連太郎、鳥居元忠=芦田伸介、福島正則=丹波哲郎、加藤清正=藤岡弘、細川忠興=竹脇無我、堀尾忠氏=角野卓造、山内一豊=千秋実、毛利輝元=金田龍之介、宇喜多秀家=三浦友和、直江兼続=細川俊之、小早川秀秋=国広富之、島津義弘=大友柳太朗、前田利家=辰巳柳太郎、豊臣秀吉=宇野重吉。女優陣では北政所=杉村春子、淀殿=三田佳子、細川ガラシャ=栗原小巻、初芽=松坂慶子。さらにチョイ役にもかかわらず笠智衆、藤原鎌足、木の実ナナなども出ており、ナレーションは石坂浩二。もう当時の映画界の大御所級、主演級スターが勢ぞろいしています。音楽は山本直純で、テーマ曲を演奏したのが、当時、水曜ロードショーのテーマ曲で有名だった世界的トランペッターのニニ・ロッソ。これがまた名曲で名演奏でした。
はっきり言って、これを見てしまうと「これ以上の映像化なんて無理でしょう」と思ってしまいます。私もそうでした。しかし、映画化となると、いろいろ話が違ってきます。「ロード・オブ・ザ・リング」みたいに初めから3部作6時間、という映画化もできなくはないですが、それはビジネスとしてあまりにリスクが高い。短くカットするとして、編集がものすごく大変になりそうです。
それから、TBSドラマの最大の弱点は、戦闘シーンの迫力がない、ということでした。この点では、本格的な「映画の絵」で見てみたい、と思った人も多いのです。
やはりテレビ画面の制約のせいもあったのでしょう、実際にはそのへんの映画以上の大人数で合戦シーンを撮ったそうですが、なんか物足りなかったのは事実なのです。ただ、あの合戦の実相を考えると、両軍合わせて20万の大軍と言っても、実態は各大名の軍の寄せ集めであり、統一した指揮などとれず、まともな戦術があったとも思えません。あちこちに点在した部隊が適当に遭遇戦を展開し、実際に戦闘に参加したのは半数にも満たない、ということだったようで、実はあの日、合戦場にいたとしても、ろくに戦闘もなく、なんだかよく分からないで終わった人も少なくない。そういう、この合戦の、戦闘としてのいい加減さを描く意味では、これもまた正しい映像的な描写だったのかもしれない。
そもそも関ヶ原の戦いというのは、実際には戦闘の前に、政治戦や外交戦のレベルで決着が付いていた。意外に戦闘そのものはつまらないものだった。司馬遼太郎のいちばん言いたいことはそういうことだったとも思われるのです。
ではあるのですが、これだけ進化している映像技術の世界で、大スクリーンで戦国合戦の本格再現をする監督はいないのか、というのは確かにあったわけです。黒澤明監督の亡き後、大スケールの戦国映画を作る監督はめっきりいなくなりました。ここで果敢にチャレンジした原田眞人監督の心意気はすごいと思います。原田氏はかつて、俳優としてトム・クルーズの「ラスト・サムライ」に出たことがあり、ハリウッドがこれだけやるのなら、日本人が合戦シーンを描かなければ、と強く思ったそうです。
今作を見ますと、私にはTBS版で描かれていた部分は外し、描けなかった部分を描く、という方針があったように思われてなりません。たとえば、TBS版で一番の見所だったのは、いかにも策謀家という感じの森繁さんの家康が、細川俊之さんの直江兼続による挑発「直江状」に激怒したふりをして豊臣家恩顧の諸大名を率い、会津の上杉家征伐に向かう。その前には、伏見城に置いていく芦田伸介さんが扮する鳥居元忠と涙の別れをする。というのも、わざと伏見城を無防備にして三成の挙兵を誘発するための策なので、元忠には城を枕に討ち死にしてもらう必要があるからですね。死んでくれ、という意味です。そして、栃木県の小山まで来たところで三成の挙兵を聞く、いわゆる「小山評定」のシーン。実は真の決戦はここであった、という名場面です。家康はあくまで上杉討伐軍の司令官であって、ついてきている諸侯は、三成を相手とした合戦で家康に従う義務はない。よって、この段階で諸大名が味方しなければ、家康はもうおしまいというわけです。ここのシーンで、丹波哲郎さんの福島正則が、あの押しの強い大声で「わしゃあ、一途に徳川殿にお味方申す!」と叫ぶと、たちまち会議の流れは決まる。そこで、直前に堀尾忠氏から聞いたゴマすりのヒントをちゃっかりいただいた千秋実さんの山内一豊が「拙者は居城の掛川城をそっくり内府に献上いたします」と言い、家康を感動させるシーンが続き、石坂浩二さんの涼しいナレーションで「この一言で、山内一豊は合戦の後、土佐一国を与えられる大出世をした」とかぶさる。まことに見事な展開です。
ところが、上記のようなおいしいシーンを、今回の映画は全く使っていない(!)。それはもう、故意に外しているとしか思えないわけであります。
今回の映画では、とにかく出演者がものすごいスピードでセリフをしゃべりまくります。ほぼ聞き取り不可能です。これはリアリティー追求の立場から意図的にそういう演出をしているそうです。そして、ほかにもたくさんあるドラマ的においしいシーン、三成が佐和山城に蟄居した後、大谷刑部が「昔、茶会があった。わしの飲んだ茶碗を皆、嫌うた。しかし三成だけは違った…。引き返せ、引き返すのだ! お互い目の見えぬ者同士のよしみじゃ、この命、くれてやる。受け取れ」と叫ぶ感動的な場面も、細川忠興の妻ガラシャがキリシタンゆえに自殺できず、家老の手にかかって死ぬシーンも、家康の使者・村越茂助(TBS版では藤木悠)が清州城で福島正則らを奮起させる名シーンも全部カット。だから大筋が分からない人には、何が何だかよく分からないかもしれません。しかしおそらく、そのへんを制作サイドは恐れていない。また、キャストとして役所広司さん以外はものすごい大物を起用していない。むしろ、実力はあるけれど、あまり色が付いていない役者さんを配置しているようです。このへん、TBSのものとは全く違う「関ヶ原」を作らなければならない、という方針を感じます。
原作小説から見てかなり大胆に設定が変わっているところもあります。原作では藤堂高虎が三成のもとに放った女性間者であった架空の人物・初芽。本作では、秀吉の命によって一族皆殺しになった関白・秀次の側室の護衛をする忍者として登場します。裏切り者として有名な小早川秀秋の描き方も、最近の学説などの影響もあると思いますが、新しいものになっていますし、家康を支持していたとされる北政所が三成の娘を養女として保護していた事実(これは史実で、この娘は後に弘前藩津軽家に嫁いでいきます)など、新しい要素も盛り込まれます。福島正則と黒田長政が水牛兜と一の谷形兜を交換する、などというマニアックな逸話が登場したりします。三成が側近の島左近をいかに口説き落としたか、という原作にないシーンも出てきます。登場する女性たちもかなりアレンジされていて、特に阿茶局なんてTBSでは京塚昌子さんがゆったりと演じていたのですが、今回は完全に忍びの者、家康の護衛役として登場します。
とにかく映像はすごい。スピード感がすごい。戦闘シーンがリアル。この点では今回の映画化は確かに意味があった、と思われます。長槍で突き合うのではなく、実際は槍を上から振って、相手の頭めがけてたたきあう、たたいて、たたいて、ねじ伏せるのが戦国の合戦の実相だと言います。そして接近したら殴り合い、小刀で首を取り合う。要するにルールのない喧嘩に近い。整然として指揮官の命令一下、部隊が連携して戦う近代軍とは全く異なる、雑然として荒っぽい戦国の戦がリアルに活写されているのが本作です。
姫路城や東本願寺など現存する桃山時代の遺構で撮影されたシーンも実に豪華です。セットではどうしても出ない重厚感がしっかり出ています。また、原作者の司馬遼太郎が子供時代を回想するシーンで、三成が秀吉と初めて出会った滋賀県の天寧寺が出てきます。TBS版でも本作でも描かれた、三成が鷹狩中の秀吉に茶を献じる有名な逸話の舞台ですが、注目されたのが、司馬の子供時代という場面。ここで、昭五式の軍服を着た日本陸軍の将校が登場するのです。あんなワンシーンでもきっちり時代考証した人物を出す、行き届いた映画作りの姿勢にはいたく感嘆しました。

太閤・豊臣秀吉(滝藤賢一)は、愛妾の淀殿が実子の秀頼を生むと、甥の関白秀次が邪魔になり、1595年にこれを切腹させます。さらに、その一族がすべて処刑される京都・三条河原の刑場で、主人を守れず絶望的な戦いをする忍びの者・初芽(有村架純)を目にした秀吉の側近、石田三成(岡田准一)は、彼女を自分の忍びとして取り立てます。さらに、処刑を苦々しい表情で見ていた筒井家の元侍大将で高名な浪人・島左近(平岳大)を見かけた三成は、これを口説き落として自分の右腕とします。秀吉は間もなく世を去り、天下は再び乱れる。そのとき力を貸してほしいのだ、と。
その頃、豊臣政権で最大の実力者、内大臣・徳川家康(役所)は、自分の扱いに不満を持つ豊臣家の一族、小早川秀秋(東出昌大)に接近し、味方に取り込むと共に、三成を憎むようにし向けます。
1598年、秀吉が逝去すると、家康は大きな影響力を持つ秀吉の妻・北政所(キムラ緑子)に接近し、徐々に秀吉子飼いの大名たちを味方に付けつつ、彼らと三成との間の溝が深まるように画策していきます。
いつしか、三成と惹かれ合うようになっていた初芽は、任務の途中で旧知の伊賀者・赤耳(中嶋しゅう)に襲われて行方不明となり、三成は心を痛めます。
家康に匹敵する実力者、前田利家(西岡徳馬)が目を光らせている間はそれでも天下は平穏でしたが、1599年に利家が亡くなるや、三成を憎む福島正則(音尾琢真)や加藤清正(松角洋平)ら武断派の大名たちが動き始めます。彼らに命を狙われた三成は家康の仲裁を得て奉行職を辞し、佐和山城に蟄居。家康はついに事実上、豊臣家の実権を握ります。しかしこの間に上杉家の家老・直江兼続(松山ケンイチ)と協議した三成は、家康に上杉征伐に向かわせ、その隙に挙兵して、上杉勢と三成の組織した西軍とで家康を挟み撃ちにする計略を練ります。病身の大谷刑部(大場泰正)は、正義の人ではあるが、まっすぐすぎる気性で人望のない三成を見かね、その味方をすることにします。1600年6月、上杉征伐に家康が出陣すると、総大将に毛利輝元、副将に宇喜多秀家ら大大名を据え、西軍を旗揚げした三成ですが、細川ガラシャの死により諸大名の家族を人質に取る策に失敗。そして一方、三成の挙兵を予期していた家康は、諸侯を味方に付け東軍を編成すると西に向かって進軍します。決戦の地は、関ヶ原。こうして1600年9月15日、日本の未来を左右する戦いが幕を開けますが・・・。

なんといっても役所さんの熱演がすごいです。ワンシーン、すごい太鼓腹が出てきて驚かされますが、あれはCG処理だとか。もともと大河ドラマの信長役で有名になった役所さんですが、老年期の家康役が似合う年齢になったのですね。岡田さんは自ら馬を乗りこなし、生真面目な三成の雰囲気がよく出ていますが、どうしても黒田如水官兵衛に見えてしまう(笑)。実際に、映画には登場しないけれど、官兵衛の方は関ヶ原の際に九州で大暴れしており、小説には登場します。秀吉を演じた滝藤さんの尾張なまりがあまりに見事です。本当に愛知県のご出身だとか。晩年の秀吉のイヤ〜な感じをよく出していました。
ところで、この7月に、本作中で重要な役「赤耳」を演じた中嶋しゅうさんが舞台で急逝されました。近年、急速に注目が集まっていた役者さんですが、残念です。ぜひ、中嶋さんの名演にも注目していただきたいと思います。


2017年9月02日(土)
「ワンダーウーマン」Wonder Womanを見ました。全米では6月に公開し、すでに興行収入800億円を超える大ヒット作品です。とにかく評判がよい本作ですが、コミックものの娯楽作品と侮るなかれ。非常にハードな戦争映画そのものでして、現実にあった壮絶な第1次大戦を舞台にして、そこにたまたまワンダーウーマンという架空の人物が入り込んできた、という史実ファンタジーという見方でいいと思います。よって、いわゆるコミック然とした雰囲気は微塵もないのが素晴らしい。
こういう作品が生まれた理由の一つが、いまハリウッドで最高の女性監督であるパティ・ジェンキンスがメガホンを執ったことにあるのは間違いありません。「モンスター」でシャーリーズ・セロンにアカデミー賞をもたらした同監督は、決して声高にフェミニズム的な主張を盛り込んではいませんが、しかし、まだまだ女性の権利が抑制されていた1910年代の英国(たとえば議会に女性が立ち入ることも、発言することも許されなかった、という描写が出てきます)を舞台に選んだことは、異世界からやってきたワンダーウーマンの個性を際立たせることに成功していて、巧妙です。本来、原作のワンダーウーマンは1941年、第2次大戦下で生まれたスーパーヒロインで、最初に相手にした敵は当然、ナチス・ドイツ軍だったのですが、本作がその前の第1次大戦をテーマとしたのも正解だったと思います。ナチス相手の作品はすでにたくさんあり、あのキャプテン・アメリカとも被ってきます。これが第1次大戦となると、時代背景にしても、コスチュームにしても兵器にしても、観客からすると一種の目新しさがあるのではないでしょうか。
本作は、なかなか第1次大戦映画としてみても秀逸でして、この時代を取り上げた作品としては、古典的な「西部戦線異状なし」とか、近年ですとスピルバーグ作品の「戦火の馬」などいくつかありますが、なかなか最新の映像技術を駆使して同大戦を再現している映画はありません。塹壕戦の悲惨な状況や、戦傷者の痛々しい姿、当時の最新兵器、たとえばドイツ軍のエーリヒ・タウベ戦闘機とか、マクデブルク級以後のクラスの軽巡洋艦、マキシム機関銃などなど、いかにも第1次大戦を思わせるアイテムが大量に登場します。
当時のドイツ軍の軍装もかなり正確で、将校と兵隊の制服の生地のクオリティーの差までしっかり見て取れます。連合軍側のスパイという設定の主人公(クリス・パイン)が敵のドイツ軍に潜入するシーンで、ドイツ軍パイロットの姿のときはエースという設定でプール・ル・メリート勲章をぶら下げて騎兵軍服を着ていたり、普通の軍服を着ているときはいわゆるヴァッフェンロック軍服をまとっていたり、と非常に芸が細かい。将校用のシルムミュッツェ(ツバ付き制帽)は上部にドイツ帝国、下部にプロイセン王国(もしくはその他の領邦国)を示すコカルド(円形章)を付け、下士官兵は同じ仕様だがツバのないミュッツェ(クレッチヒェン)を被っている、などしっかり時代考証しています。
今作の悪役はナチスではないので、それに代わるような人物として、実在のドイツ帝国陸軍・参謀本部次長(首席兵站総監)エーリヒ・ルーデンドルフ大将が登場します。ルーデンドルフの姿は、ちょっと軍服の襟の形状が第1次大戦期のものらしくなく、第2次大戦風なのと、将官用の襟章が第2次大戦期の「元帥用」らしいものを着けているのが減点ポイントですが(笑)なかなか雰囲気が出ています。襟元にプール・ル・メリート勲章と大十字鉄十字勲章、さらに黒鷲勲章の星章と、ホーエンツォレルン王室勲章らしきものの星章を帯びており、常装で礼装用のベルトを締めているのはご愛嬌ですが、実際にそういう例もあるのでまあいいでしょう。
しかしまあ、この映画でのヒンデンブルク元帥(参謀総長)とルーデンドルフ大将の描き方は、ちょっと問題が・・・。歴史に詳しい人、特にドイツ人が見たらどう思うのだろう、とはちょっと思いました。ルーデンドルフといえばやはり知将という印象。この映画に出てくるような粗暴な体力系武闘派というのとは違う感じがします。気に入らない部下を射殺するシーンまでありましたが、マフィアや蛮族じゃないのだから、ドイツ軍でそんな人殺しをしたら、いかに将軍だろうが参謀次長だろうが、即座に憲兵に逮捕されるのではないでしょうか。それに、2人とも戦後まで元気で活躍してくれないとその後のナチス政権が・・・おっと、このへんはネタバレなのでもう言いませんが、まあ基本的には娯楽作品の悪役ですからしょうがないのでしょうね。もっとも「史実のルーデンドルフ将軍」だとはそもそも断言していないので、パラレルワールドの同将軍ということなのでしょう。ただ、全体的に、やはりナチス・ドイツならともかく、ドイツ帝国軍をあんなに悪の軍団のように描いている点には、違和感があったのは事実です。
そういう点を除けば、第1次大戦映画としてシリアス作品から娯楽作品まで含めて最高レベルの映像表現になっていると思います。ヒーロー・アクションに全く興味がない方でも、戦史や軍装に興味がある方は必見の作品となっていると感じました。

時は現代。パリのルーブル美術館に「ウェイン財団」の車が到着します。財団の使者は、ここにいる美女ダイアナ(ガル・ガドット)に一枚の古い写真を渡します。それはバッドマンことブルース・ウェインから贈られた物で、第1次大戦中に撮影された乾板写真でした。そこに写っている若き日の自分と、すでに亡き仲間たちの姿を見て、ダイアナは物思いにふけっていきます・・・。
話は超古代に遡ります。世界を支配した神々の王ゼウスは、自分に仕える人間たちを創造します。人間へのゼウスの寵愛が厚いことを妬んだゼウスの息子、軍神アレスは人類に悪を吹き込み、堕落させます。それを見たゼウスは愛と勇気に満ちた女性だけの種族アマゾネスを創造し、戦乱に明け暮れる人類を救います。怒ったアレスは神々を戦争に巻き込み、アマゾン族を奴隷としてしまいます。やがて、アマゾンの女王ヒッポリタ(コニー・ニールセン)は妹のアンティオペ将軍(ロビン・ライト)と共に反乱軍を率いてアマゾンと人類を解放、アレスはゼウスに倒されます。しかしゼウスもアレスとの闘いで力尽き、地中海の人知れぬ海域にゼミッシラ島を作ると、アマゾンたちをそこに住まわせて世を去ります。それ以来、アマゾンたちは人類の歴史とかかわることなく、何千年もセミッシラ島に閉じこもってきました。ヒッポリタの手元には、ゼウスから授かった島でたった一人の子供ダイアナが残されました。
ヒッポリタはかつての戦乱の記憶を憎み、ダイアナが戦士となることを禁じていましたが、ダイアナは戦闘に興味を抱き、叔母であるアンティオペ将軍に密かに武術を習います。初めはそれに反対したヒッポリタですが、軍神アレスの復活を予期して、ダイアナを強い戦士に育てる方針に転じます。まもなくダイアナは、アンティオペもしのぐアマゾネス第一の最強戦士に成長します。
そんなある日、一機の戦闘機がセミッシラ島の沿海に墜落します。溺れかけていた操縦士を助けたダイアナは、初めて見る男性に動揺します。さらに、彼を追ってドイツ軍の巡洋艦が出現し、島の秘密を破ってドイツ兵が大挙、上陸してきます。いかに精強とはいえ、初めて見る銃や大砲などの近代兵器にアマゾン軍は苦戦し、激しい戦闘の中でアマゾン戦士もたくさん命を落としました。その中に叔母であり恩師でもあるアンティオペもいました。ダイアナは最初にやってきたパイロット、アメリカ陸軍航空隊出身で、現在は英国情報部で働く諜報員スティーヴ・トレバー大尉(クリス・パイン)から、外の世界では世界大戦が勃発していることを知り、軍神アレスが復活したことを確信します。スティーヴはドイツ軍のルーデンドルフ総監(ダニー・ヒューストン)が推進している最強の毒ガス開発計画を阻止するためにトルコの研究施設に忍び込み、天才女性科学者ドクター・マル(エレナ・アナヤ)の開発ノートを奪い取って飛行機で逃げる途中だったと言います。ダイアナは、自らが島を出てアレスを倒し、世界を平和に導こうと決意します。
初めは反対したヒッポリタも、ダイアナが外の世界に旅立つことを受け入れ、見送ってくれますが、「人間の世界はお前が救うに値しない」と言います。その言葉の意味はダイアナには分かりませんでしたが、深く心に刻まれました。
スティーヴの手引きでロンドンにやってきたダイアナですが、アマゾンの島で大らかに育った彼女に、女性差別の厳しい時代の英国は驚くべき事ばかり。議会に乗り込んでも女性に発言権はなく、軍の司令官たちも無責任で、あきれることばかりでした。しかし議会の大立者でスティーヴの上司であるサー・パトリック・モーガン(デヴィッド・シューリス)は、密かにスティーヴとダイアナを援助することにし、ベルギー戦線からドイツ軍の司令部に潜入し、ルーデンドルフとマル博士の計画を止める作戦を承認します。
スティーヴがこの作戦のために集めた面々は、モロッコ出身の詐欺師サミーア(サイード・クグマウイ)、飲んだくれのスコットランド出身の狙撃兵チャーリー(ユエン・ブレムナー)、アメリカ先住民で、故郷を捨てて欧州で武器取引をしている酋長(ユージン・ブレイブロック)と一癖ある者ばかり。最前線に達したダイアナは、そこで機関銃と大砲が血しぶきの嵐を巻き起こす凄惨な塹壕戦の現実を目にします。ルーデンドルフこそがアレス本人だと確信するダイアナと、あくまでも彼の毒ガス計画阻止を目的とするスティーヴの思惑は必ずしも一致しませんが、はたして彼らはこの大戦争を終結に導くことが出来るのでしょうか。

ということで、ダイアナ役のガル・ガドットはミス・イスラエルになったこともある極め付きの美人。まさにワンダーウーマンになるべくしてなった人で本当に魅力的です。そして本作では、スティーヴ役のクリス・パインがいい。「スター・トレック」シリーズのカーク船長でおなじみの彼ですが、今作は新たな代表作となったのではないでしょうか。激闘の中でダイアナに惹かれていく微妙に揺れる「男心」を見事に演じきっています。その他の配役も的確で、非常にいいですね。スティーヴの秘書エッタ役のルーシー・デイヴィスもいい味を出しています。2時間半とこの種の作品としては長尺ですが、いささかの緩みもなく、最後まで見事に引っ張る脚本も素晴らしいと思います。


2017年9月01日(金)
 2011年に亡くなったイラストレーション界の巨匠、梶田達二先生の作品展「機能美を追求し続けた…梶田達二 油絵展」が、池袋東武百貨店6階で開催中です。いつ見ても梶田先生の作品は圧倒的な美しさ、官能的と言ってよいほどの色気すらある帆船や飛行機、機関車…すごいです。今回はおなじみの日本丸や海王丸のほか、外国船、蒸気機関車、それに零戦や紫電改などの軍用機の絵が展示されています。
 本展は入場無料。9月6日(水)まで。展示作品は購入可能で、20万円台ぐらいからありました。年々、評価が高まる先生の作品は、入手が難しくなる一方。興味のある方はお早めに。

2017年8月19日(土)
このほど、幕張メッセで開催中の「ギガ恐竜展2017−地球の絶対王者のなぞ」というものを見てきました。日本の歴代恐竜展史上で最大となる全長38メートルの「ルヤンゴサウルス」をはじめ、日本初公開を含む恐竜の全身骨格などを多数、展示しております。
実際、このルヤンゴサウルスは本当に大きい! 恐竜展史上最大をうたうだけのことはあります。これほど大きいものは、確かにこの種のイベントでも見たことがありません。
 ほかにも、恐竜の卵の化石など、かなりレアな実物が展示されています。一方、復元模型や恐竜ロボットなどの展示品にも力が入っており、目を引きます。楽しい恐竜展ですね。
この恐竜展は9月3日(日)まで、会期中無休。開催時間09:30〜17:00で入場は閉場30分前まで。大人(高校生以上) 2,200円、子ども(4歳〜中学生) 1,000円 などとなっております。
この後、近くのマリブダイニングで食事をし、幕張アウトレットを見て帰りました。


2017年8月11日(金)
「トランスフォーマー/最後の騎士王」Transformers: The Last Knightを見ました。製作総指揮のスティーブン・スピルバーグが本作の脚本を「シリーズで最高!」と激賞したそうですが、確かに前作から脚本家を代え、スピード感と新鮮さのある作品になったようです。
 今作は特に、「歴史」というものが大きなバックボーンにある作品です。人類の歴史とあのトランスフォーマーの歴史が関わり合ってきた、というシリーズの核心部分の謎解きがなされるわけです。その舞台として歴史の国、英国を舞台としたのが本作の大きな特徴です。

 5世紀のイングランド。ブリトン人の君主アーサー王はサクソン人との戦いに苦戦していました。頼みの綱は大魔術師マーリン(スタンリー・トウッチ)。しかしマーリンの実態は大酒のみのペテン師にすぎませんでした。マーリンはサイバトロン星から飛来したトランスフォーマーの騎士団に頼み込み、苦境を救ってくれるように依頼。騎士たちはマーリンに、エネルギーを蓄えトランスフォーマーに指示を与えることができる杖を授けます。この杖の力でアーサー王は勝利し、マーリンの杖は歴史の彼方で伝説と化していきました…。
 そして現代。正義のトランスフォーマー、オートボットの指導者オプティマス・プライムは独り宇宙に旅立ち、前作で自分たちに刺客を放った「創造主」の真意を確かめに行きます。
 残されたバンブルビーたちですが、前作以後、関係が悪化した人類の側ではトランスフォーマーを根絶やしにする組織TRFが結成され、オートボットたちは追い込まれています。さらに前作で復活した悪のトランスフォーマー、ディセプティコンの指導者メガトロンも行動を再開し、状況は悪化するばかり。
 シカゴでの激戦の廃墟で、偶発的にTRFとオートボットとの戦いが勃発し、これに巻き込まれた少女イザベラ(イザベラ・モナー)を助け出したケイド(マーク・ウォルバーグ)は、偶然、サイバトロンの騎士から伝説の秘宝、タリスマンを授けられます。
 その頃、オプティマスはサイバトロン星で、数千万年前に地球の恐竜を絶滅させ、さらにトランスフォーマーを作り出した創造主クインテッサ女王に捕えられ、洗脳を受けていました。そして、女王はオプティマスに、地球人からマーリンの杖を取り戻すよう命じます。マーリンの杖はもともと女王の物でしたが、騎士たちが女王を裏切って奪い、マーリンに与えたものだったのです。この杖を手にすることで、女王は地球からエネルギーを搾り取り、サイバトロン星を復興させると宣言します。
 危機が迫ったことを悟った英国の貴族バートン卿(アンソニー・ホプキンス)は、オックスフォード大学の女性教授ヴィヴィアン(ローラ・ハドック)と、ケイドを呼び寄せます。バートン卿は長きにわたりマーリンの杖の秘密を守ってきたウィトウィッキー騎士団のメンバーであると言います。そして、伝説のタリスマンを手にしたケイドこそは、かつてのアーサー王と同様、トランスフォーマーの友人であり、地球を守るべき「最後の騎士」であり、そしてヴィヴィアンは実は魔術師マーリンの直系の子孫で、あの杖を起動できる唯一の人物だ、というのでしたが…。

 というようなことで、実際にはもっと話は盛りだくさんですが、アップテンポの脚本が見事につないで行って、十分に理解できます。このへんのさばき方は見事なものです。
 今作で何しろ面白いのは、歴史の取り上げ方です。冒頭のアーサー王と円卓の騎士の登場シーンは本格的な史劇そのものです。それから、バートン卿の屋敷には、今でも第一次大戦が続いていると思っていて、当時のマークW型戦車にしか変身できなくなっているトランスフォーマーがいたりします。ケイドをアメリカから英国に運ぶ超距離爆撃機YB−35や、ヴィヴィアンとケイドをマーリンの杖の在り処に導く英国海軍の戦時中の潜水艦アライアンス号なども、実はいずれも戦争中から現代まで、当時の兵器になりきったままのトランスフォーマーだ、という設定です。
 その第二次大戦中には、バンブルビーが連合軍の特殊部隊「悪魔の旅団」(後のグリーンベレーの前身)に所属していたとか、シリーズ3作目までの主人公サム・ウィトウィッキーが実は、アーサー王の円卓の騎士の流れを汲み、マーリンの杖の秘密を守護する秘密結社ウィトウィッキー騎士団のメンバーの末裔であったとか…まことに興味深い逸話で満載です。アメリカ独立戦争、ナポレオン戦争、二つの世界大戦など、歴史の要所でトランスフォーマーは暗躍し、人類の歴史に関わってきたという描き方が、非常に効果的です。
 今回、特に秀逸だったのがバートン卿の執事コグマン。これがトランスフォーマーで、バートン卿の家に実に700年も仕えている、という設定であるのも面白いところです。また二人のヒロイン、イザベラとヴィヴィアンも魅力的です。短い登場シーンでその人の背景や性格を的確に描いていて、こういう娯楽作品の枠の中で、うまい描き方だと感じます。
 今作では、シリーズ一作目からの出演者であるレノックス大佐(ジョシュ・デュアメル)やシモンズ捜査官(ジョシュ・タトゥーロ)が出ているのも嬉しいところ。
 今後、本作の流れを受けてさらにシリーズはクライマックスに突入していく予感がしますが、この出来栄えなら期待大ですね。


2017年8月05日(土)
「ザ・マミー/呪われた砂漠の王女」The Mummyという映画を見ました。主演はトム・クルーズ、共演にラッセル・クロウ、ソフィア・ブテラと豪華キャストで、古代エジプトのミイラが現代によみがえるストーリーを展開します。
 と聞けば、ああこれは何かミイラもの映画のリメイクなのだろう、とピンとくるわけですが、その通りでして、本作は1932年公開のミイラ映画の元祖「ミイラ再生」The Mummy(主演:ボリス・カーロフ)を下敷きにした作品。1920年代に大センセーションを巻き起こしたツタンカーメンの王墓発掘をイメージして製作されたものでした。そして、これのリメイクとして1999年以後、製作されたのがあのレイチェル・ワイズを有名にした大ヒット・シリーズ「ハムナプトラ」三部作だったわけです。それで今回は、モンスター映画の本家ユニバーサルの新企画「ダーク・ユニバース」シリーズの第一作としてのリメイク、となった次第。よって、同シリーズとして今後も、ハビエル・バルデム主演で「フランケンシュタイン」、さらにジョニー・デップ主演で「透明人間」などを予定している、とのことです。
 しかしそうなってみると、2014年に公開されたルーク・エヴァンス主演の「ドラキュラ ZERO.」Dracula Untoldはどうなってしまったのか、というのが気になります。確かあれがユニバーサルの21世紀モンスター・シリーズ第一弾だったのでは? 結局あれは盛り上がらなかったので「なかったこと」にされてしまったのでしょうか。実際、たまたま一作目が当たったので続編に至った、というのと違い、初めからシリーズ物で行く場合の第一作というのは責任重大。マーベルの「アベンジャーズ」シリーズも、トップバッターの「アイアンマン」が成功したからこそ、今日まで続けることができたわけです。
 そういう意味で、絶対に失敗できない、という意気込みでトム・クルーズを出してきた、ということなのでしょうね。

 1127年、ロンドン近郊、オックスフォードの地下墓地にて。密かに埋葬される十字軍騎士の胸元には大きなオレンジ色の宝石「オシリスの石」が輝いています。それは彼らが中東への遠征で掠奪した古代エジプトの魔石なのでした。この秘石は永遠に騎士団の秘密とされるはずでしたが・・・。
 それから時は流れ、現代。地下鉄工事の掘削機が偶然、十字軍の秘密墓地を掘りあてます。ここに重大なものが隠されていると察知したヘンリー・ジキル博士(クロウ)率いる極秘のモンスター対策機関プロディジウムは、工事関係者を墓地から追い出し、接収してしまいます。
 同じころ、イラクの反政府ゲリラが抑えている土地を進むアメリカ軍の偵察兵の姿がありました。ニック・モートン軍曹(クルーズ)とクリス・ヴェイル伍長(ジェイク・ジョンソン)の2人ですが、彼らは軍人とは名ばかりで、行く先々の財宝や文化財を手に入れては売り払うという泥棒そのものの行為を繰り返しています。
 今も、ニックが一夜を共にした女性から盗み出した地図を基に、グリーンウェイ大佐(コートニー・B・ヴァンス)の命令を無視して、財宝があるらしい村に突入し、ゲリラに取り囲まれて絶体絶命のピンチに。無人攻撃機の爆撃でゲリラは逃げ出し、地面に大穴が開きました。穴の奥からは意外なことに、なぜかメソポタミアではなくエジプト文明の遺跡が発見されます。そこにニックから地図を盗まれた考古学者ジェニー(アナベル・ウォーリス)が現れ、遺跡の重要さを力説。グリーンウェイ大佐は緊急に遺跡を調査するように命じます。
 ジェニーとニック、クリスの3人が遺跡の中に入ると、そこは巨大な墓であることが分かります。そして棺の中に眠っているのは、死の神セトと契約を結んで魔道に身を落とし、王位を狙って父親と弟を殺害した罪で、エジプトから遠く離れたこの地に、生きながらミイラとして埋葬されたアマネット王女(ブテラ)であることが分かります。
 大佐は輸送機でアマネットの棺を運び出すことにしますが、クリスは機内で異常な行動をとり始め、大佐を刺殺してしまいます。やむなくニックはクリスを射殺しますが、さらにカラスの群れが輸送機を襲い、ロンドン近郊で墜落することに。ニックはジェニーをパラシュートで脱出させますが、自分は飛行機もろとも地面に激突します。
 しかしどうしたものか、ニックは怪我一つ負わないで助かってしまいます。そこに出現したクリスの亡霊はニックに「お前はアマネットの呪いを受けた。だから死ななかったのだが、お前には死よりも恐ろしい運命が待っている」と告げます。
 同じころ、地上に落ちた棺から蘇ったアマネットは、人から生気を吸い取って力を取り戻していきます。憎悪に満ちた彼女の目標は、生贄としてニックを手に入れ、セト神にささげること。そして、その儀式のために「オシリスの石」を手に入れることでした。アマネットに襲撃されたニックとジェニーは危機一髪のところで、モンスター対策機関プロディジウムに救出されますが、責任者のジキル博士は、実は自分自身も極悪人の二重人格「ハイド氏」を抱えたモンスターなのでした・・・。

 というようなことで、なぜかここで「ジキル博士とハイド氏」の設定まで出てきて、ちょっと違和感はあるのですが、さすがにラッセル・クロウの演技力で見せてくれます。彼の着ているスーツが見るからに立派な仕立てなのですが、やはりサヴィル・ローのフルオーダー・スーツだそうですね。
 トム・クルーズはもうお見事。アクションシーンも難なくこなしていますが、本当は55歳ですからね。それで、劇中で「お前は自分が若いと思ってオレをなめているんだろう?」などとハイド役のラッセル・クロウから呼び掛けられるのですが、実はトム・クルーズの方が53歳のクロウより2歳も年上(!)。上官役のコートニー・B・ヴァンスは57歳で、ほとんど同年代。普通、ベテランの鬼軍曹役というならともかく、アウトローで女好き、命知らずな偵察部隊の若手下士官なんてチャラい役柄は、体力以前に雰囲気的に、50代の人は出来ません。もう日頃の鍛錬のなせる技ですね。
 「キングスマン」で一躍、売れっ子になったソフィア・ブテラはさすがにはまっていて、そもそもこの人ありきで制作が決まった映画だそうですから、素晴らしい存在感ですが、なにかここまでやるならもっと派手なアクションをしてほしかったですね。もうちょっとこの人を見たかった。最初のうち、完全復活するまでは干からびたミイラ状態なので、意外に彼女本来の姿が見られるシーンは少ないのですよ。
 もう一人のヒロイン、アナベル・ウォーリスも魅力的です。この人も近年、大注目されて売れっ子になりつつある人ですが、知性と気品がある人ですよね。こういう現代物でも、時代劇でもこれから引っ張りだこになりそうな予感がします。
 本作については、海外の批評で「いかにもシリーズ作品に続く、という感じの制約がスケールを損なっている」という辛口のものが見受けられますが、確かにそういう感じはあります。何か連続テレビドラマの第一話のような、話の決着の付け方が寸止め、という感想を持つ人はいるのかもしれません。比較するなら、「ハムナプトラ」の方が話としては大風呂敷で面白かったような気がするわけです。今作のアマネットは、要するに現代の世界で何をしたかったのかがイマイチ、薄弱な感じは否めないわけです。
 しかし、やはり出演陣の頑張りというもので、一本の活劇としてのレベルは非常に高い。やはりこれはトム・クルーズでなければ成り立たなかっただろう、という気がします。衣装担当は「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズのペニー・ローズが担当しています。古代エジプトのシーンの豪華な衣装や、騎士団の衣装などが素晴らしく、ミイラや現代の登場人物の服装もよく考えられています。たとえばラッセル・クロウにはサヴィル・ローの最高級ビスポーク、トム・クルーズには正規のアメリカ兵の戦闘服ではなく、現地で調達したらしい適当なジャケット、という具合です。
 いずれにしても、今後の大河シリーズの発端として、見ておきたい一作です。


2017年7月23日(日)
 おや、見慣れた絵だけど、ローマ軍団の百人隊長についている表題が「羅馬軍団百夫長」とは? そう、これは私どもの本『軍装・服飾史カラー図鑑』(2016年8月、イカロス出版)の台湾版なのです。
 台湾でのタイトルは『圖鑑版 軍裝、紳士服飾史』ISBN13:9789865688745 といいます。直訳ですね。出版社は楓樹林、翻訳は黃琳雅さんで、7月25日に刊行だそうです。
 前にも私たちの『図説 軍服の歴史5000年』(2012年、彩流社)が中国語版『図説 軍服歴史5000年』(東方出版)として出たことがありますが、海外の方に読まれるのは嬉しいです。
 詳細は以下のサイトにて。

http://www.sanmin.com.tw/product/index/006403335


2017年7月17日(月)
昨日ですが「第25回 日本テディベア with Friends コンベンション」(日本テディベア協会主催)を見に、東京・有楽町の東京国際フォーラムに行きました。テディベア作家・岡部紀代美様のご招待を受けてのことでした。
 日本のテディベア作家を中心に、海外・企業の様ざまなベアが集結し、ぬいぐるみで埋め尽くされる会場は毎度のことながら圧巻です。すごい熱気でしたね。
 会場入り口には、このイベントの名物のビッグぬいぐるみがありました。今回はマンモスや恐竜など、ベアではない珍しいものもありました。
 ところで、ずっと東京国際フォーラムで開催されてきたこのイベントですが、来年からは高田馬場の住友不動産ガーデンタワーにあるベルサール高田馬場に会場を移すそうです。その理由と言うのが、2020年夏の東京五輪のために、早くも来年、つまり2018年夏からは準備のために国際フォーラムが使用できなくなる、というのです。
 五輪のためにいろいろ影響が出てくる、イベント会場では深刻な問題があり得る、という話がありましたが、現実化してきましたね。


2017年7月14日(金)
 数日前ですが、東京・九段下の靖国神社にあります「遊就館(ゆうしゅうかん)」に行きました。というのも、現在、特別展として「甲冑武具展‐戦国時代〜江戸時代‐」というものをやっているからです(上から写真1)。もちろん常設展示はいつも通りで、「彗星艦爆一一型(写真2)」や「零戦五二型(写真3)」、「九七式中戦車(写真4)」といった目玉展示もいつもの場所にありますが、今ですと、常設展のほかにこの特別展示を見られるのです。
 靖国神社遊就館といえば、どうしても太平洋戦争関連の展示を思い浮かべますが、実は戦前には、武家時代の甲冑や武具の展示の方が多かったそうです。そもそも明治以後、文明開化の掛け声の下に、散逸してしまいそうな日本古来の刀剣や甲冑を保存することが、同館の設立目的だったからです。その反面、日本軍の軍服や装備などは、当然のことですが、その時点においては珍しくもなんともなかったわけで、あくまでも戦没者の遺品として大事にする、という意味合いであり、コレクションとしての積極的な収集や保存の対象ではありませんでした。
しかし戦後は、明治以後の戦争を中心とした構成になり、また、日本軍が消滅したことで、その装備品も歴史的資料性が高まったこともあり、そちらが展示の中心となる中、膨大な江戸期以前の甲冑や武具のコレクション展示は大幅に縮小されました。
しかしここには、あの小早川秀秋の陣羽織や甲冑(写真5)、織田信長の南蛮帽形兜(写真6)、加藤嘉明の富士山形兜、豊臣秀吉が京極高次に贈った兎耳形兜(写真7)、日根野備中守の唐冠形兜、落合左平次が長篠の合戦で鳥居強右衛門の最期の姿を描いた背旗図、ナポレオン三世から徳川幕府に贈られた騎兵用胸甲、福島正則の直筆書簡、非常に珍しい安土桃山時代の馬鎧一式(写真8)…といった、歴史ファンからすれば垂涎の超弩級コレクションがあり、今回は上にあげたようなものを中心に60点を特別展示しています。
この展覧会は、【会期】2017年12月10日(日)まで【開館時間】午前9時〜午後4時30分(入室は30分前まで)【拝観料】大人500円、大学・高校生300円、中学生以下無料。ただし、常設展拝観者および同神社の奉賛会員は無料、となっております。
歴史好き、特に戦国好きの人は必見だと思います。なお、常設展は撮影禁止ですが、今回の特別展はフラッシュをたかなければ撮影できます。また、大展示室の飛行機や戦車、野砲なども撮影できます。
そういえば、遊就館の売店では、私ども辻元よしふみ&辻元玲子の著作『図説 軍服の歴史5000年』を売っていました(写真9、10)。感激です。



2017年7月13日(木)
 少し前の話で恐縮ですが、「日刊ゲンダイ」の7月10日付け紙面、4ページの「街中の疑問」コーナーで、わたくし、辻元よしふみがコメントいたしました。
 今回のテーマは興味深いもので「なぜビールの売り子は帽子のかぶり方が変なの?」というタイトル。球場でビールを売る女性販売員の帽子の被り方についての記事でした。ここで私のコメントは、「深く被るほどサングラス効果と言って表情が読めなくなって、周りへの威圧感が増します。軍や警察の帽子がツバ深なのはそのため。逆にツバを上げるほど表情がよく見え、開放的で幼い印象になります」「メイドの髪飾りの変遷に似ています。あれはホワイトブリムといって、白い女性用の帽子が室内用に退化し、ブリム(ツバ)だけが残ったもの。メイドは仕事に従順であると同時に、女性としての愛嬌も多分に求められたため、髪を覆い尽くさない形式的な被り方が定着したと思われます」などとありました。


2017年7月12日(水)
 映画「ジョン・ウィック:チャプター2」JOHN WICK CHAPTER 2 を見ました。中年期に入って、ちょっとヒット作のなかったキアヌ・リーブスが、50代を迎えて本格的なアクション映画に挑戦し、従来にない孤独な暗殺者像を演じて大きな反響を呼んだ「ジョン・ウィック」(2014年)。好評を受けて早々に続編製作が決まり、キアヌにとっても久しぶりの当たり役となりました。
 それから3年。製作予算も倍増し、前作よりゴージャスな作品となって帰ってきたのがこの一本であります。
 前作からさらに柔術の特訓なども受けて、華麗な投げ技が増えるなど、アクションがますます激しく見応えあるものになっております。豪華なセットやロケ、夥しい数のエキストラ出演者など、明らかに規模の大きな演出の作品となりました。一方で、前作のちょっと貧乏くさい味わいが役柄に合っていたのでは、という感じもしないではありません。とにかく、このジョン・ウィックが成功し、短時間でスクリーンに帰って来てくれたのは嬉しいです。前作の出演陣も皆、作中で死亡していない人物は再登場してくれております。

 前作で愛妻ヘレン(ブリジット・モイナハン)との生活のために、すっぱりと引退した凄腕の殺し屋ジョナサン・ウィック(キアヌ・リーブス)。しかし、病魔のためにヘレンを失い、さらにロシア人の不良に妻が残した愛犬を殺され、妻との思い出が詰まった愛車1969年型フォード・マスタングも盗まれてしまいます。怒りにまかせて不良の父親タラソフが率いるロシア人マフィア組織をたった一人で壊滅させてしまったジョンは、さらに愛車を取り返すために、タラソフの弟アヴラム(ピーター・ストーメア)の組織に乗り込み、ここでも邪魔立てするアブラムの部下を皆殺しにしたうえで、矛を収めてアブラムと講和し、壊れかけた愛車に乗って自宅に帰り着きます。
 旧知の盗難車専門の修理屋オーレリオ(ジョン・レグイザモ)に愛車を預け、2代目の愛犬と共に、再び静かな引退生活に戻るジョン。もう二度と殺伐とした生活に戻る気はなく、ヘレンとの楽しく懐かしい日々の追憶にふけるつもりでした。
 しかしそこに現れたのは、イタリア系の世界的犯罪組織カモッラの幹部サンティーノ・ダントニオ(リッカルド・スカマルチョ)。サンティーノはジョンが闇稼業を引退する際に、手助けしてくれた恩人ですが、その折に、約束を履行する証として、裏世界の絶対的な誓約「血の誓印」を交わしていました。つまり、サンティーノは必ずジョンのために一肌脱ぐ。その代わりに、サンティーノが求める場合、ジョンは必ず何であろうとその依頼を無条件で引き受けなければならない、という相互契約を保証するものです。闇社会ではこの「誓印」は絶対的なもので、命に代えても守らなければならないとされています。サンティーノは誓印を盾に、ジョンに殺人稼業への復帰を求めますが、ジョンはろくに依頼の内容も聞かず、言下に断ります。
 当然ながらサンティーノは報復に出て、ジョンの家を焼き払ってしまいます。ジョンは闇稼業の連中が集まる「コンチネンタル・ホテル」に身を移し、愛犬をホテルのコンシェルジュ・シャロン(ランス・レディック)に預けると、ホテルの支配人であり、闇の世界で隠然たる力を持つウィンストン(イアン・マクシェーン)と面会します。ウィンストンはジョンに、闇世界での鉄則2か条を改めて再確認します。つまり「@休戦地帯であるコンチネンタル・ホテル内では人を殺すなA誓印は必ず守れ」です。これを破ると厳しい死の制裁を受けることになります。ウィンストンの忠告を受け、やむを得ずジョンは改めてサンティーノの依頼を受けることにします。しかしその依頼と言うのは驚くべきもので、カモッラの北米首席の座に就いたサンティーノの姉、ジアナ・ダントニオ(クラウディア・ジェリーニ)を暗殺してほしい、というものでした。
 イタリアに飛んだジョンは、コンチネンタル・ホテルのローマ支店に投宿し、支配人ジュリアス(フランコ・ネロ)の面接を受けた後、武器のソムリエ(ピーター・セラフィノウィッチ)、防弾生地を仕込んだ戦闘スーツの仕立屋(ルカ・モスカ)らに次々に会って準備を整え、カモッラの会合の場に潜入します。ジョンとは旧知の友人であるジアナは、ジョンが誓印を持って姿を現したと知ると、覚悟を決めて自決の道を選びます。ジョンが相手では絶対に助かる道はないと悟ったからであり、不本意な仕事を履行しているジョンに同情したからでもあります。
 しかしその直後、サンティーノの部下アレス(ルビー・ローズ)率いる一団がジョンを襲います。ジョンを殺して口封じをし、円滑に姉が亡き後の後釜の首席に座る、という算段です。怒りに燃えたジョンは敵を一掃しますが、今度はジアナの護衛でやはり凄腕の殺し屋カシアン(コモン)に付け狙われることになります。
 そればかりではありません。ジョンがアメリカに戻ると、サンティーノは闇世界のネットワークを通じて、ジョンの首に懸賞金700万ドルをかけてきました。ニューヨーク中の同業者たちが、次々に容赦なくジョンに襲いかかってきます。さすがに傷つき絶体絶命に陥ったジョンは、カモッラやコンチネンタル・グループとは関係がない独立闇組織のリーダー、キング(ローレンス・フィッシュバーン)に助力を求めます。キングはジョンに、一丁の拳銃と、わずか7発の銃弾を与え、サンティーノが潜む建物にジョンを送り届けます。こうしてジョンの壮絶なたった一人の戦争が始まるのでしたが…。

 とにかく前作では、理不尽な目に遭って怒りに燃えるジョンが、犬と愛車の恨みのために、84人(パンフレットによれば)の敵を皆殺しにしてしまったわけですが、今作ではさらにそれがエスカレートし、家を焼かれた腹いせに、国際的な犯罪組織を相手に、もうどんどん死体の山を積み重ねていく(同じくパンフレットによれば141人)、という展開になります。ジョン・ウィックと言う男は、右の頬を殴られたら殺せ、売られた喧嘩は殺せ、やられたら倍返しではなく、とにかく無言で殺せ、という信条の人です。絶対に手を出してはいけない相手なのに、なぜかバカな人たちが次々に彼を挑発してしまう(笑)。お前ら、そんなに死にたいのか? そんなセリフがつい、口をついてしまいます。
 そして、ジョンのすべての行動の根底にあるのが、たった一人の最愛の女性を失った悲しみと絶望、それだけなのです。その悲しみと怒りが、彼を挑発した馬鹿どもに次々に死の銃弾を叩き込ませるのです。闇の世界は理不尽ですが、ジョンと言う人物はそれを上回る理不尽さの塊のような人で、純真な悪人、善良無垢な犯罪者で人殺し。そこがとにかく新感覚です。
 前作ではホテルのサービスとして「ディナーを予約したい」と注文すると、死体と殺人現場を片付けてくれる、というのがありました。今回はさらに、お客さんのためにワインではなくお薦めの武器を見立ててくれるソムリエとか、戦闘スーツを誂えてくれる高級テーラーとか、殺しの仕事専門の秘密地図屋とか、さらに興味深い設定の裏稼業の住人が登場します。特に、女性オペレーターに電話すると即座にすべての殺し屋の携帯電話に、暗殺の依頼が届く「アカウント部」という組織の存在が非常に面白い。映画ならではの、実際にあるわけはないけれど、実在したら面白いような設定が目白押しです。
 追記しておきますと、仕立屋役のルカ・モスカは、実はこの作品の衣装担当者でもあります。つまりホンモノなのです。登場シーンの撮影場所も実在の老舗テーラーの店内だそうです。
配役面では、まず往年のマカロニ・ウェスタンのスターで「続・荒野の用心棒」Djangoのジャンゴ役で有名なフランコ・ネロの出演が目を引きます。数年前に「ジャンゴ 繋がれざる者」にも出ていましたね。ローレンス・フィッシュバーンは「マトリックス」三部作のモーフィアス役、ピーター・ストーメアは「コンスタンチン」のサタン役でキアヌと共演しています。
ニューヨークでジョンに襲いかかるスモウ力士の殺し屋を演じた日本人俳優YAMAとは、数年前に角界の不祥事疑惑で引退を余儀なくされた本物の元力士、元前頭・山本山関のことだそうです。なんと第二のキャリアとしてハリウッド・デビューしていたわけですね。これはすごい転身です。
 ただそれにしても、ニューヨークでは一ブロック歩くごとに、あんなにスマホを片手に暇を持て余している殺し屋がうろついているのでしょうか。不景気で、あまりおいしい仕事はないのでしょうかね。
 それに、これはちょっと結末部に触れることを申しますが、今回のエンディングは明らかに「続く」という感じなのです。「え、ここで終わりなの?」という感想は否めません。
 この点で肩すかしの感じはぬぐえないのですが、次作は楽しみでもあります。今後も続編や前日譚、ゲーム化の話などもすでに出ているとかで、ジョン・ウィック・シリーズはキアヌ・リーブスの50歳代のキャリアの代表作となりそうですが、既に年初の全米公開以来、大好評につき3作目の製作が確定し、脚本執筆も始まっているそうで、ここは今後の展開に期待するしかないですね。


2017年7月11日(火)
 パイレーツ・オブ・カリビアン・シリーズの新作「パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊」PIRATES OF THE CARIBBEAN DEAD MEN TELL NO TALESを見ました。原題は死んだ者は何も語らない、つまり「死人に口なし」の意味です。
2003年にシリーズが開始して以来、すでに14年。撮影開始時にまだ30代だったジャック・スパロウ役ジョニー・デップも50代半ばになっています。ディズニーランドの「カリブの海賊」を基に製作された軽い娯楽作品だったものが、こんなに長く続く大河シリーズに成長するとは、当初は誰も思わなかったと感じますが、今作は特に、大ヒットした第一作のテイストを取り戻しつつ、壮大なスケール感も加えた快作ではないかと個人的に思いました。
一作目の「呪われた海賊たち」にあった軽妙なコミカルな味わいとドタバタ感。あれがよかったという人は多いと思います。その後、二作目「デッドマンズ・チェスト」、三作目「ワールド・エンド」と予算が増えるほどに話が壮大になったのはいいのですが、ちょっと重々しくなり過ぎ、悲愴な感じになりすぎ、という声もありました。そこで、四作目の「生命の泉」では、出演陣も一新してリブートを図ったもののようですが、率直に言って番外編的な展開で、今度は地味になってしまった印象が否めませんでした。
 三作目は、それまでのシリーズを支えてきたウィル・ターナーとエリザベス・スワンの恋が成就はしたものの、ウィルが深海の悪霊デヴィ・ジョーンズの呪いを受け、幽霊船フライング・ダッチマン号に乗って永遠に海をさまよう身になることで、引き裂かれてしまう、という悲劇的な幕切れで終わりました。
 本作は、そのウィルとエリザベスの間に生まれた息子ヘンリー・ターナーが活躍します。そして嬉しいことに、ウィル役にオーランド・ブルーム、エリザベス役にキーラ・ナイトレイが復帰しています。このシリーズで名を上げて、今では押しも押されもしない大スターとなった2人がこの世界に帰って来てくれたことは、初期からシリーズを見ている人には感動的ですらありますね。

 幽霊船に捕らわれの身となってしまった父ウィル・ターナー(ブルーム)の呪いを解こうと誓った息子、ヘンリー・ターナー(ブレントン・スウェイツ)は、英国海軍に志願して水兵見習いに。彼は伝説の海賊ジャック・スパロウ(デップ)を探し出し、すべての海の呪いを解除するという幻の秘宝「ポセイドンの槍」を探し出すことを心に決めています。
ヘンリーの乗る軍艦は「魔の三角海域」に差し掛かり、恐怖の悪霊サラザール艦長(ハビエル・バルデム)の幽霊船に襲われ沈没します。サラザールは他の乗組員を皆殺しにした後、恨みのあるジャック・スパロウに、いつか仕返ししてやると伝えるように告げ、ヘンリーだけを解放します。
 生き残ったヘンリーは英植民地セント・マーティンの海軍施設に収容されますが、逃亡兵として処刑されることになります。そんなヘンリーを助け出したのは、18世紀にはまだ異端とみなされた女性天文学者カリーナ(カヤ・スコデラリオ)でした。彼女もまた、父が残したガリレオ・ガリレイの日記を手掛かりに、伝説のポセイドンの槍を見つけようとしており、ヘンリーに興味を持ったのでした。しかし、科学的な知識を持つカリーナは街の人々から誤解され、結局、魔女として告発されてしまいます。
 そのころ、セント・マーティンでは銀行の開業式典が挙行されていました。華々しく最新式の金庫が紹介されると、あにはからんや、金庫の中に忍び込んでいたのはジャック・スパロウその人でした。ジャックの金庫強奪の計画は失敗し、そのドタバタに巻き込まれたカリーナも捕まります。
 逃げ延びたジャックは、酒場でラム酒欲しさに、肌身離さず持ってきた秘宝「北を指さないコンパス」を手放してしまいます。しかしそれは大きな過ちで、コンパスは手放されると、持ち主が最も恐れる敵を解放する、という特性を持っていました。そして、魔の三角海域に長年、閉じ込められていたサラザールは行動の自由を得てしまいます。
 やがて、当局に捕えられたジャックは、見せしめとして、カリーナと共に公開処刑されることとなります。監獄でジャックは、伯父のジャック(ポール・マッカートニー)と再会します。
 処刑場に現れて、ジャックとカリーナを救い出したのは、ヘンリーと、ジャックの片腕ギブス(ケヴィン・R・マクナリー)たちでした。父の呪いを解きたいヘンリー、やはりまだ見ぬ父の残した日記の謎を解きたいカリーナ、そしてサラザールの呪いを封じなければならなくなったジャック。三者ともポセイドンの槍が必要であることで思惑が一致し、こうして一行は海に乗り出します。
 同じころ、サラザールの幽霊船に襲われた海賊バルボッサ(ジャフリー・ラッシュ)も、サラザールに協力して、やはり因縁のライバル、ジャックを追い求めることになります。こうして役者はそろい、伝説の秘宝が眠る未知の島を目指して、話は急展開していきます…。

 ということで、軍装史や服飾史の研究家として一言申せば、シリーズの初期からおそらく20年以上が経過していることを、登場人物の服装がしっかりと表現していると感じました。物語の途中、ジャック・スパロウが処刑されかけるシーンでは「最近、フランスで開発されたギロチン」が使われるのですが、ギロチン(断頭台)が登場するのは史実ではフランス革命後の1792年。すなわち、今回の映画の時代設定はほぼ、この前後で間違いありません。そして、本作で登場する英国海軍の軍人たちが身にまとっているのは、1774年〜1795年の間に使用された軍服に見えました。上の写真のような、紺色の生地に白い襟やベスト、白い半ズボン。金ボタンで金糸の刺繍に、金色のエポレット(正肩章)。そして、髪型は白い巻き髪のウィッグ、三角帽、という具合です。前作でバルボッサ船長が着ていたのは、明らかにこれより古いタイプ、1774年よりも前に使用されていたタイプに見え、さらにシリーズの初期でノリントン代将などが着ていたのも、やはりその頃の軍装に見えました。つまり、服装が新しい時代のものに変化しているようなのです。この後、1795年になると、あのネルソン提督がトラファルガー海戦で着ていたタイプの物に更新され、帽子の形も二角帽となってきます。
 今回の作品でも、ジャックや他の登場人物はほぼ、三角帽を被っています。しかしバルボッサだけは、当時、流行の最先端である二角帽(あのナポレオンが被っていたタイプ)を用いていて、彼が裕福で新しい物好きだったことを示しているようです。二角帽は、フランス革命を契機に「新時代の帽子」として世界的に急速に普及した形式です。
 こうして、徐々に服装が変化して行く様で、カリブの海賊が気ままに活躍する時代が終わりを告げ、近代的な国民国家と近代的海軍、特に大英帝国の海軍が世界の海洋を支配する19世紀が迫りつつあることを予感させているように思います。衣装を担当したペニー・ローズは、荒唐無稽な娯楽作品といいつつも、そのへんをしっかりと時代考証で裏付けし、見る人に感じ取らせようとしているのだと感じました。
 一方で、海賊退治を専門とするスペインの軍人だったサラザールたちの着ているのは、銀色を基調としたかなり珍しい服装です。18世紀末から19世紀初めのスペイン海軍の軍装は、下の写真に掲げたような、赤い襟が付いた紺色の軍服だったと思われるのですが、サラザールたちは恐らく、正規のスペイン海軍の軍人と言うより、海賊退治を専門とする私設海軍であり、国家の私掠船免許を持って正規海軍に準じた待遇を受けている民間船、という設定なのではないでしょうか。
 とにかく2人のオスカー俳優、ハビエル・バルデムとジェフリー・ラッシュの演技と存在感が圧倒的です。正直のところ、ジョニー・デップが食われてしまっています。ジャック・スパロウは徐々に本シリーズのアイコンとして、狂言回し的な立場になりつつある気もします。若い2人、「マレフィセント」の王子役で一躍、注目されたスウェイツと、「メイズ・ランナー」シリーズで有名になったスコデラリオの生き生きとした演技もいいですね。特にスコデラリオはハリウッドでも図抜けて目立つほどの美貌の持ち主。今後の活躍が期待されます。
 そして、出番は少ないながら、オーランド・ブルームとキーラ・ナイトレイの登場するシーンはとにかく感動的です。ここを見なければ、このシリーズを見てきた意味がありません。
 本作が、初期シリーズの味わいに対するリスペクトを持ちつつ、微妙な相違点も感じさせるのは、どこかこれまでと違う明快さ、脚本の分かりやすさがあると思います。監督はノルウェーから大抜擢されたヨアヒム・ローニングとエスペン・サンドベリの2人監督。脚本は「インデ・ジョーンズ」シリーズや「スピード2」のジェフ・ナサンソンが担当し、シリーズの中でも映画としての流れの良さ、ストーリーの無理のなさが本作の長所であると感じました。要するに、これまではどこか雑然としたストーリーが持ち味だったのですが、今回はスマートな作風に感じます。ここは北欧的な洗練が加わったのかもしれません。
 このシリーズが今後どうなるのか、継続するのか否かは分かりませんが、この時点でひとつの集大成的な作品として結実したように思います。若い2人の成長を今後も見てみたい、という気は大いにしますね。


2017年7月09日(日)
 暑いですね。いよいよ本格的に暑くなってきました。しかし、九州ではあれだけの被害をもたらす大洪水ということなのに、首都圏では水不足が懸念されています。本当に自然相手はうまくいかないものです。
 さてそれで、先日、GINZA 6(ギンザシックス)に行きました。開業後の喧騒も一段落して落ち着いていました。レストラン街の蕎麦屋さん「真田」でそばを食べましたが、これが非常によかったです。しかし撮影前にそばを食べてしまいましたので、写真にはビールしか映っておりません、あしからず(笑)。
 

2017年6月24日(土)
 ガイ・リッチー監督の「キング・アーサー」King Arthur: Legend of the Swordという映画を見ました。これまでロバート・ダウニーJr.を主演に据えた異色の「シャーロック・ホームズ」シリーズを成功させた同監督のこと、英国をはじめ欧米文化圏の人にとってはあまりにも有名な「アーサー王伝説」を、かなり自由に解釈した作品となっております。
これまでに何度も映像化されてきた題材で、近年で言っても、2004年の同名作品はクライブ・オーウェンと、当時まだ10代だったキーラ・ナイトレイの共演で話題を呼びました。それだけに、思い入れが強い海外のお客さんの間では、このガイ・リッチー版の個性の強い作風について賛否両論あったようです。
我々、日本人からしてみると、そもそもアーサー王は(モデルになった話はあるにしても)史実と言うよりファンタジーの題材であって、指輪物語やホビットと大差ないように思われるので、特に違和感なく見られるのではないかと思いました。ただ、それにしても、通常、流布している伝説では5〜6世紀ぐらいが舞台の話が、バイキングが欧州に攻め込んできた8〜9世紀になっているとか、あの時代にはちょっと考えがたい東洋人の武術の名人がいるとか、というあたりはご愛嬌ですが、さらに設定面で、本来はアーサー王の姉の息子、つまり甥(であると共に、実はアーサーと姉との不義の子)として登場し、最後に激しく対立する騎士モルドレッドが、敵の魔法使いとしていきなり出てくるとか、普通はアーサー本人以上に活躍する大魔術師マーリンがほとんど登場せず、その代わりに弟子を名乗る女魔術師が一人登場するだけとか、アーサーの祖父の逆臣として語られてきたヴォーティガンが、今回は父の弟、つまり叔父さんであるがゆえに、話としてはむしろハムレットになってしまったとか・・・おそらくこのへんが、欧米の熱心なアーサー王ファンからは、あまりよく思われなかった点の一端かとも思います。
とはいうものの、先ほども申しましたが、そもそもアーサー王伝説自体が荒唐無稽といっていい話なので、ファンタジー好きの日本人の一人として、私などが虚心に見る限りに於いて、なかなか面白い作品になっていると思いました。上に挙げた変更点も、それで盛り上がっているとも見えますので、映画表現として否定するようなことでもないと感じます。ただ、聞いた話では、本当はマーリン役にイドリス・エルバを迎えたかったのだが、断られたために、マーリンの出番がほとんどなくなった、などと聞きますが、それが本当なら、ちょっとショボイ感じは否めませんね・・・。

ブリタニアの王であり、聖なる剣エクスカリバーの使い手ユーサー・ペンドラゴン(エリック・バナ)は、弟ヴォーティガン(ジュード・ロウ)や騎士ベティヴィア(ジャイモン・フンスー)らと力を合わせ、キャメロン城に攻め寄せた悪の魔術師モルドレッドを倒します。しかしその後、兄の存在を疎ましく思い始めたヴォーティガンは、邪悪な魔道の力を用いて兄夫妻を殺し、王冠を手に入れます。幼い王子アーサーは逃げ延び、ロンディウム(現在のロンドン)のスラムにある売春宿で孤児として育てられます。
それから年月が流れ、ヴォーティガン王は自らの野心のまま、国民を虐げ、巨大な魔術の塔を建造しています。しかし、その工事中に城の近くの湖が干上がり、湖底から、岩に刺さったまま抜けなくなっている聖剣エクスカリバーが発見されます。ヴォーティガンの悪政にうんざりしていた国民の間で、聖剣を岩から引き抜ける者こそ、真の国王であり、行方不明になっているアーサー王子だ、という噂が瞬く間に広がっていきます。
ヴォーティガンと手を結んで軍事力を提供する密約を結んだバイキングの指揮官グレービアード(ミカエル・パーシュブラント)と町でトラブルを起こしたアーサー(チャーリー・ハナム)は、捕らえられて聖剣のあるところへ連行されます。国中の若者がこの剣を岩から抜けるかどうか試すように、国王の命令が布告されていたのです。軍人トリガー(デヴィッド・ベッカム)が見守る中、アーサーは剣を握ります。周囲の人々が驚いたことにそれは岩から引き抜かれ、強烈なエネルギーを感じたアーサーは気絶してしまいます。
アーサーは、叔父であるヴォーティガンと対面します。当然ながら、その結論はアーサーを「偽物」として公開処刑する、というものでした。そのころ、反ヴォーティガン闘争を続けているベティヴィアの下を、一人の謎めいた女性(アストリッド・ベルジュ=フリスベ)が訪れます。彼女はただ、大魔術師マーリンの弟子メイジ(魔術師)と名乗り、ベティヴィアにアーサーを救い出し、協力するよう告げます。
ヴォーティガンの面前で、アーサーはメイジやベティヴィアの手により脱走に成功しますが、スラムで育ったアーサーには全く自覚がなく、暴君を倒すことにも、王位を継ぐことにも興味がない様子。そこでメイジはアーサーをダークランドに導きます。そこに行けば、アーサーは両親が命を落としたあの日、何が起こったかを思い出すはず。しかしその真実は、アーサーにとっては思い出したくない辛く悲しい記憶なのでした・・・。

というような展開ですが、ガイ・リッチー監督らしく、映像のフラッシュバックで前後の話を強引に進める手法があちこちに使われており、はっきり申して、おそらく予備知識がないとストーリーがよく分かりません。登場人物も多く、そのへんの取っつきにくさもやや敬遠された理由かな、という感じも抱きました。ただ、そういう実験的な手法はファンタジーと相性は悪くなく、むしろ世界観をよく表現しているという評価も出来そうです。このへんは好き嫌いが分かれるかもしれません。
「パシフィック・リム」や「クリムゾン・ピーク」で名を上げてきたチャーリー・ハナムとしては、170億円を超える予算の超大作に満を持しての登場、というところなのでしょうが、何かアーサー王としてのカリスマ性は弱い印象も受けました。アーサー王の話は、水戸黄門的なカタルシス、つまり、スラムで育ったけれど本当は王子、という貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)の要素がほしいところで、「実はすごい人だった」というのが前半の苦労と落差があるほど効果的なのですが、この作品のアーサーはずっと現代的な不良の兄チャン、という感じがして、そういう演出が新しいアーサー像ともいえるのでしょうが、ちょっと重みに欠ける感じはあります。
一方、悪役に徹したジュード・ロウはいいですね。それから父ユーサーを演じたエリック・バナも久しぶりに王様役ですが、はまっています。この2人は、確かに王様に見えるのですけど、チャーリーのアーサーには最後まで、何かが「ない」んです。王者としてのオーラとか風格というものでしょうかね。
それからメイジという謎の役柄のベルジュ=フリスベは非常に味がある女優さんで、いかにも魔術師という感じです。結局、この作品では何者か分からないままで終わってしまうのですが、後のアーサー王妃グイネビアにあたる人物のようでもあり、あるいは魔女モルガン・ルフェイのようでもあり、なんだかはっきりしませんね。またマギーという国王の侍女が出てきます。劇中ではかなり重要な役柄ですが、これを演じたアナベル・ウォーリスは、奇麗な女優さんです。この人、まもなく公開のトム・クルーズ主演映画「マミー」でも活躍しているそうです。
そして、今作で話題になったのが、あのサッカー選手デヴィッド・ベッカムの映画デビュー作だったということ。まあ、ちょい役なわけですが、けっこうセリフもあり、なかなか演技も悪くないようで、興味深いところです。
総括すれば、いろいろ分かりにくい面もあるのですが、ファンタジー作品としては秀逸な一作だと思います。元ネタに思い入れが薄い日本人が、先入観を持たず見れば、大いに楽しめる一級の娯楽作品だと思います。



2017年6月22日(木)
 今年2月に亡くなられた、学校法人駿台学園の前理事長・瀬尾秀彰先生を偲ぶ「瀬尾秀彰の思い出を語る会」が、東京・飯田橋のホテルメトロポリタンエドモントで開催されまして、生前、仕事の関連でかかわりのあった私どもも、末席に連なってまいりました。
 かなり強い風を伴う雨の中でしたが、数百人の方が参加されて、故先生の御人徳がしのばれました。素晴らしい会だと思いました。
 皇居の歌会始や、総理主催の観桜会などにもたびたび列席されたそうで、ほかにも広範な人脈を持って、たくさんの人と人の縁を仲介した方だった、と登壇された方々が異口同音に仰ったのが印象的でした。
 


2017年6月18日(日)
しばらくブログやSNSの更新をしていませんが、特に本人や周囲に大問題等があったわけではありません。なんとなくサボっていただけでございます(!)。
 ところで、先日は東京・赤坂の紀尾井ホールで素晴らしいコンサートを聴きました。「浜くんと仲間たちオーケストラ」の第8回公演というものですが、著名なホルン奏者であり、長野県諏訪市の日本精機工業の経営者でもある濱一氏が、幅広い交友関係を生かして日本を代表する演奏者を集め、オーケストラを編成し、開いているという豪華なもの。その顔ぶれがすごくて、N響や日フィルなどの首席奏者が続々と集まり、普通ならソロを取る人が当たり前のように楽団の一員として演奏する、という・・・まあ、エース・パイロットだけで編成した夢の航空隊、というのがドイツ空軍でありましたが、ああいう感じ。いわゆるドリームチームです。
 とりわけ、日本を代表する技巧派ピアニスト横山幸雄氏と、サイトウ・キネン・オーケストラに属するヴァイオリニスト会田莉凡(りぼん)さんの競演などは鬼気迫るものでした。ラフマニノフのピアノ協奏曲も凄まじかったです。
 客席にはコシノジュンコ先生ご夫妻もいらっしゃいました。といいますか、私どもが今回、行ったのは、たまたまコシノ先生のブティックに私どもが行った際に、濱一さんがおいでになっていた、というご縁なんですが、いや、これは本当にすごかったです。


2017年6月02日(金)
 ヒュー・ジャックマンが最後のウルヴァリン=ローガンを演じる「ローガン」LOGANを見ました。2000年にスタートした「X-メン」シリーズの9作目、そしてヒューのローガン役も17年にして集大成を迎えたわけです。
 それだけでなく、やはりシリーズを最初から支えたプロフェッサーXことチャールズ・エグゼビア役のパトリック・スチュワートも、本作でシリーズから降板することになりました。2人の出るX-メンはこれでおしまい、ということです。シリーズそのものは今後、どうなるのか分かりませんが、やはりシリーズの顔だった2人が去ってしまうのは残念ですね。
 それにしても、ローガンというのは不老不死で不死身のミュータント、という設定なので、17年の間、ずっと鍛え抜かれた肉体を維持し続けなければならなかったヒューの苦労は如何ばかりだったでしょうか? 実際のところ、限界を迎えつつあったわけです。
そこで今回はなんと変化球を投げてきました。つまり、不死身のはずのローガンがついに、衰えてきたらどうなるか。能力が低下して普通の人となってしまったら? 原作のコミックシリーズでも、そういうローガンの姿を描いた「オールドマン・ローガン」という番外編的な作品があり、今回の映画の参考にしたそうです。といっても、内容的にはほとんど関係なく、能力を失い老人となったローガン、という設定面で影響を与えたようです。また、別のコミック作品では、ローガンが絶命してしまい、その能力を受け継いだ少女ローラが、ウルヴァリンの名を踏襲してX-メンに参加する、というストーリーもあるそうで、今回の映画はそのへんも参考にしたようです。とはいえ、基本的には、日本を舞台にしたローガン・シリーズとしての前作「ウルヴァリン:SAMURAI」(2013年)でメガホンを執ったジェームズ・マンゴールド監督が、自由に脚本を練ったオリジナル作品です。
 これまでのX-メン・シリーズは、2014年の「フューチャー&パスト」で歴史が大きく変わることになり、それ以前にずっと描かれたマグニートー(イアン・マッケラン。若年期はマイケル・ファスベンダー)と、チャールズ率いるX-メンの抗争という歴史も、一応、なかったことになってしまいました。この作品で1970年代から2023年に帰還したローガンは、何事もなく平和に暮らす懐かしいミュータントの仲間たちと再会し、胸をなでおろしてエンディングを迎えました。
 しかし、今作は2029年が舞台。その平和な2023年からわずか6年後、にしてはかなり世界観が異なっているようです。ずっと荒廃して西部劇のような無法な光景が続く「別の時間軸」の未来が映し出されます。かといって、それ以前の設定であった、2023年でミュータントが壊滅した世界とも異なるようです。従って、本作はあくまでもヒューのローガンのためにわざわざ設定された「別の世界の未来」と考えて差し支えないと思われます。
 実のところ、今作のテイストは非常に西部劇に近く、製作の際に最も参考にされたのはクリント・イーストウッド監督の西部劇「許されざる者」(1992年)だったそうです。髭を伸ばしたヒューも、若いころに西部劇に出ていたイーストウッドに驚くほど風貌が似ています。さらに劇中では往年の名作西部劇「シェーン」のシーンが引用され、これが最後まで重要な話の核となりますが、そういう意味でも本作は近未来西部劇、といえるような一作です。
さらにまた、今作のもう一つの味付けとして異色と言えるのが、ロードムービー的な描き方です。そういう感じを強めるために、劇中でチャールズとローガンは逃避行のさなか、ある農家の夕食の食卓に招かれるのですが、そこでの会話は途中から脚本を作らず、即興で演技をしたとか。確かにそのシーンは非常に生々しいというか、作ったセリフではない臨場感にあふれており、2人が本当に父と息子のような絆で結ばれていたことが溢れ出るようにフィルムに記録されています。あれは素晴らしいシーンです。
 さてでは、本作の概要を簡単にまとめますと…。

 時は2029年。ミュータントがほぼ絶滅してしまった未来のお話です。なぜか2004年以来、新たなミュータントが一人も生まれず、X-メンの仲間たちもさまざまな原因で世を去りました。残されたローガン(ジャックマン)は、アルツハイマー病が発症して強大なテレパシー能力を制御できなくなった90歳のチャールズ(スチュワート)を匿いながら、富裕客向けの個人リムジン・タクシー運転手として細々と生計を立てています。ローガン自身も長年の無理がたたり、身体に埋め込んだアダマンタイト合金に蝕まれて、不死身の治癒能力が劣化し、急速に老け込んで、「死」を覚悟するようになっています。かつてはミュータント狩りをする人間の側についたこともあるキャリバン(スティーヴン・マーチャント)も、ローガンと共にチャールズの面倒を見ています。
 チャールズは最近になって、「新しいミュータントとテレパシー交信した。もうすぐ救いを求めてやって来る」と言うようになりましたが、ローガンもキャリバンも、それを痴呆老人の戯言と受け取り、相手にしませんでした。
 そんなローガンの元を、ガブリエラ(エリザベス・ロドリゲス)という一人の看護師が訪ねてきます。彼女はローガンに救いを求めますが、ローガンは拒絶します。続いて、トランジェン研究所から来たピアース(ボイド・ホルブルック)という男が、ローガンに接触してきます。彼は、ガブリエラという女がやって来たら、彼女が連れている少女を引き渡してほしい、と言います。
 そしてある日、一軒のモーテルに呼び出されたローガンは、ガブリエラと再会します。ガブリエラはメキシコ系の少女ローラ(ダフネ・キーン)を連れており、カナダ国境のノースダコタまで連れて行ってくれるようローガンに懇願します。
 その直後、ガブリエラは何者かに殺され、ピアースが率いる戦闘部隊が襲撃してきます。キャリバンは捕えられ、やむを得ずローガンは、チャールズとローラを連れて逃げることになりますが、戦闘に巻き込まれた際のローラを見て、ローガンは驚愕します。彼女は拳からアダマンタイトの爪を出して敵に斬り付けるミュータントであり、その戦闘スタイルはあまりにもローガンにそっくりでした。
 ガブリエラが残した画像により、ローラはトランジェン研究所で行われた人体実験によって生み出された「兵器」であることが分かります。その研究は突然、打ち切られ、ローラのような子供たちは全員、殺されることとなりました。ガブリエラはローラを連れて研究所を逃げ出し、ローガンを頼ってきた、というのです。それというのも、ローラの遺伝子上の父親はローガンであり、つまりローラはローガンの娘である、というわけです。
 その後、一行は親切にしてくれた農家、マンソン一家の厚意を受け、温かい家庭的な雰囲気に包まれて久しぶりの安穏を得ます。チャールズとローガンとローラは、一家の前で祖父、父と娘としてふるまいますが、実際になんとなく、本当に一家のような絆を感じ始めます。しかし、その場にもピアースたちの魔の手が迫っており、さらに、もっと驚くべきミュータント兵器がローガンを待ち構えていました…。

 というようなわけで、悲しい物語が終盤に向けてひた走っていくわけですが、とにかくコミック映画とかX-メンという枠組みで見るよりも、先に申しましたように、近未来の西部劇ドラマとして鑑賞した方がいい作品だと思います。もちろんこれまでのX-メンの世界を踏襲しているのですが、前に書いた通り、従来の大河シリーズの歴史の流れを必ずしも汲んでいないので、全く独立した「親子三代」の物語として見ても違和感がない作風となっています。
 今作はシリーズで初めて子供が鑑賞できない残酷シーンがある映画、というR指定になっています。このへんも、監督やジャックマンが熱心に上層部を説いて実現したそうです。つまり、完全に大人向けの映画、ということです。
 シリーズ最後となるヒューとパトリックの鬼気迫る名演技は、もうこれを見逃してはもったいない、と思います。17年間の思いが詰まった美しい幕切れとなりました。まことに感動的です。
 それから、本作で抜擢された子役、ローラ役のダフネ・キーンの戦闘シーンがすごいです。「キック・アス」のクロエ・グレース・モレッツを思い出させます。この子はすごい存在感ですし、このまま大きくなればラテン系美女に育ちそう。何年かしたら有名になっているかもしれませんよ。楽しみな新人さんです。
 これでX-メン卒業の2人も、もちろん、他の作品でさらなる活躍を見せてくれると思いますが、それにしても寂しいことです。彼らのシリーズ最後の雄姿を、しっかり目に焼き付けておきたいと思いました。


2017年5月27日(土)
 今年のアカデミー賞は、大本命の「ラ・ラ・ランド」に対して、社会派ドラマの「ムーンライト」(ノミネート8、受賞3)と「マンチェスター・バイ・ザ・シー」(ノミネート6、受賞2)が対抗という決選になりました。特に対抗の2作品は、米大統領選挙のトランプ旋風という背景があって、黒人の同性愛者を描くムーンライト、いわゆる非エリートの白人を取り上げたマンチェスター・・・が注目されたのは間違いありません。ラ・ラ・ランド自体も、そうした中で14ノミネート中、6部門受賞にとどまった感じはあります。もちろん、社会派の2作品の素晴らしさに異論はないのですが、あくまで賞レースとしてはそういう展開になった、ということです。
 それで、そういう非常に現実政治的な環境で、最も割を食ったと思われるのが、有力候補の中で唯一のSF作品だったこの「メッセージ」Arrivalであります。8部門ノミネートされて、結果的には音響編集賞ひとつだけ、ということになりました。しかし、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の才能が隠れもなく発揮されている傑作でして、本当に、もう少し平穏な年の賞レースだったなら、と思わせる一作です。
 とにかく静謐な迫力に満ちています。これ見よがしな派手な演出は一切なく、非常に淡々と、しかし実況のように真に迫って描く本作は、久々に見た硬派なSFで、2時間あまりが一瞬も緊張の途切れることなく過ぎ去ります。「2001年宇宙の旅」や「インターステラ−」「惑星ソラリス」に似ているという声がありましたが、その通りでしょう。またSFではなく、心霊的な世界を取り上げた「シックス・センス」に似ている、という評もありますが、これも結末まで見ると、なるほど、的を射ています。
 原題は「到着」の意味です。突然、地球に異星人の宇宙船が到着する、というのが話の発端ですが、それだけを聞くと、さんざん今までにあったSF作品のありがちなテーマか、と思うところです。しかしとんでもない。突如、巨大な宇宙船がやって来る、ということなら「インデペンデンス・デイ」や「宇宙戦争」と同工なわけですが、今回はああいう分かりやすい侵略もの映画とは異質です。本作の異星人は、そもそも敵なのか友人なのか、何をしに来たのか意図が分かりません。そして、SFものによくある、異星人がたちまちテレパシーで交信して来るとか、自動翻訳機で流暢な地球の言葉(大抵は英語)を操る、などということもありません。地球人は彼らと何とかして、相互理解を図らなければならない。万一失敗したらどうしようか。誤解を与えたり、相手を怒らせてしまったりしたら。そういう緊張のあまり、主人公たちは心身の不調を訴え、極限状態を味わうことになります。異世界の住人との意思疎通がどれほど困難なものであるかを、あくまでもリアルに描き出していく本作は、ひょっとすると国内のコミュニケーションすらうまくいかないドナルド・トランプ大統領に、今いちばん見てもらうべき作品なのでは、とすら思われるのです。

 著名な言語学者のルイーズ・バンクス博士は、一人娘のハンナを難病で失い、心の傷が癒えないまま空虚な日々を送っています。
ある日、大学でいつものように言語学の講義を始めようとすると、学生たちの数が妙に少なく、教室内にいる生徒の様子もおかしいことに気づきます。テレビを付けてみると、信じられない光景が映っていました。世界の12か国(その中には日本の北海道も含まれます)に1隻ずつ、異星人の巨大な宇宙船が到着し、大騒ぎとなっていたのです。
 まもなくアメリカ陸軍のウェバー大佐(フォレスト・ウィテカー)がやって来て、モンタナ州に飛来した異星人の声を聞かされます。それだけでルイーズに意味が分かるわけがなく、結局、実際に異星人と会見し、その言語を理解して、彼らが地球にやってきた意図を探り出すことを依頼されます。数学者のイアン(ジェレミー・レナー)も加わり、ウェバー大佐とマークス大尉(マーク・オブライエン)ら米陸軍の軍人が見守る中、異星人との接触が始まります。
 異星人は七本足のためにヘプタポッドと呼ばれています。その宇宙船でルイーズたちアメリカ人と会うヘプタポッドは2体で、イアンは往年のコメディアン・コンビの名前から「アボット」と「コステロ」という愛称をつけます。彼らの発声言語は理解不能で、一方、書き言葉の方は、地球の漢字のような表意文字であることが判明します。少しずつ時間をかけて、彼らの意思を探るルイーズとイアンですが、ヘプタボッドの言語には時制という概念がなく、過去も現在も未来も、同じものとして認識していることが分かってきます。そして、なぜか彼らの言語が理解出来るようになるほどに、ルイーズには、亡き娘、ハンナの幻影が以前よりも強く蘇るようになってきます。
 そしてついに、ルイーズは彼らに「地球に来た目的は何か?」と質問します。帰ってきた答えは「武器を与える」でした。
武器という言葉が、人々を動揺させます。世界中は混乱し、異星人の存在に怯え、容赦なく撃退すべきだという声も聞かれるようになります。やがて、12の国はそれぞれ疑心暗鬼となり、初めは協力し合っていたのに、お互いに通信を絶つ事態に。中でも、中国人民解放軍の司令官シャン上将(ツィ・マー)は、ただちに異星人に宣戦布告し、攻撃を開始すると宣言。事態が緊迫する中、錯乱したマークス大尉は宇宙船に爆弾を仕掛けようと企みますが・・・。
 
 本作の異星人は、我々とは時間というものの捉え方が異なります。原因があって結果がある、という因果関係の法則が支配する、この3次元時空を生きていないようなのですね。そんな彼らの言語を、言語学者が会得していく内に、当然ながら、思考回路もその言語に影響されて変化していく。外国語を真剣に学ぶと、誰しも思い当たる現象ではないでしょうか。明らかに、日本語で考えるのと、中国語で考えるのと、英語で、ドイツ語で、ロシア語で考えるのは違うことである、と。バイリンガルという人たちは、言語を切り替えるたびに、頭の中の基本システムを変更しないと思考出来ない、といいます。
 最終的にルイーズの認識が大きく変革するような事態となっていきます。そして、中国軍の司令官、シャン上将(上将というのは、他国の大将にあたる階級)が意外な形でルイーズの物語と絡んできます。このへんのスリリングな展開は見事です。
 ディズニー映画「魔法にかけられて」のお姫様役で一般に知られるようになってから後、演技派女優として大活躍のエイミー・アダムス。今回は、特に異星人とファースト・コンタクトする際のあまりにも重い責任感と恐怖で潰れてしまいそうなヒロインの心情を見事に描き出しています。初めは印象が悪いけれど、実は頼れる男、ジェレミ・レナーもいい仕事ぶりです。アカデミー賞俳優のフォレスト・ウィテカーが、厳しい軍規と人情の間で微妙に揺れる高潔な軍人役を好演しております。
 本作は、原作小説があるわけですが(そして、原作者が中国系アメリカ人であることを知ると、ヘプタポッドの感覚や、その用いる文字がなんとなく東洋風であることも理解出来てきます)映像化という面では、かなり難しい作品だと思われます。よくこれを描ききったものですが、次回作として「ブレード・ランナー」の続編を製作中のヴィルヌーヴ監督、きっとSF史に残る傑作を作ってくれるのでは、と期待されますね。
 それにしても。確かにこの作品の半月型の宇宙船はスナック菓子「ばかうけ」に似ています。ヴィルヌーヴ監督がちゃめっ気たっぷりに「日本の皆さんもお気づきのように、本作の宇宙船の形状は『ばかうけ』を参考にしました。本当だよ!」と明るく冗談を飛ばす映像を見ましたが、こういうユーモアもある監督であることを知ると、また作品の持ち味が異なって見えてくる気がします。


2017年5月17日(水)
 このところ何かと多忙で、更新が滞っておりました。
 ところで、2年前、2015年の6月25日に、私はこんな記事を書いております。
 「私の身内が先月から、千葉県柏市・柏の葉キャンパスの国立がんセンター東病院にお世話になっておりましたが、このほど、めでたく退院となりました。この病院の9階には「クロスワン」という食堂がありますが、病院の食堂にしてはかなり豪快なボリュームメニューが出ます」
 さてそれで、このほど、たまたま柏の葉キャンパス駅周辺に行くことがあったので、2年ぶりにこの病院上階の食堂「クロスワン」に行ってきました。
 相変わらず豪快な、ボリュームたっぷりの定食です。玲子は生姜焼き、私は黒酢から揚げをとってみました。いずれも730円ほどです。
 だれでも利用することが出来ます。お近くを通りがかった方はぜひ。

2017年5月04日(木)
 ローソンに行ったら、やたらかわいいリラックマの御饅頭を発見! なんでも6月12日まで、春のリラックマフェアというのをやっているんですね。しかしよく出来ています。食べるのがちょっとかわいそう…。

2017年4月29日(土)
 映画「美女と野獣Beauty and the Beast」を見ました。いうまでもなく1991年の同名の大ヒット・アニメ映画の実写版です。使用している楽曲も、基本的な筋立てや登場キャラクターも91年版のまま。では、どうして今、実写化したのか、と思うところですが、見てみるとなるほど、と思います。つまり、91年版を制作した人々が本当に見たかった映像は、こういうものだったに違いない、しかし当時の技術では、アニメにするしかなかったのだな、という事実です。要するに、人々の想像力に映像技術が追いついた、ということです。
 たとえば、今回の作品では、主人公である野獣が、非常にこまかい感情表現を顔の表情で示します。表情で喜怒哀楽を微細に表す。しかし、一昔前の着ぐるみでは絶対にできなかったことですね。下手なものをやると、そこで興ざめになってしまう。1946年のジャン・コクトー版「美女と野獣La Belle et la Bête」の野獣は、特殊メイクでなかなか健闘していましたが、あれも白黒画面だから通用した感が強いです。
原作アニメでは、野獣がベルの一挙一動に、怒ったり、すねたり、いじけたり、喜んだり、最後には惚れ込んで夢中になったり・・・そのへんの心理の変化がアニメ的手法で表情豊かに描かれ、それが重要なわけでした。今回は、ファンタジックな世界観と、実写のリアリティーを両立させる、それにより、これが文字通り、絵空事ではないリアルである、と見ている人をこの世界に連れ込んでしまう迫真力。30年近い年月が、そんなことを可能にする技術革新を実現したわけです。野獣役のダン・スティーブンスは、まず全身の動きのモーション・キャプチャーを撮り、さらに表情だけに絞った演技をもう一度、撮影したそうです。そういう努力を経て、実現したこの映像のすばらしさ。
 ゆえに、今作はあくまでも91年版を実写化した、あのイメージを大切に再現した、というスタンスを貫いています。昔のまま、であることに意味があるわけです。下手な小細工は求められていない。当初案では、ミュージカル要素を廃して、ストレートな芝居にするという計画もあったようです。つまり、より現実的な実写で、アニメとは全く違うものにした方がよいのではないか、という考え方もあった、ということですが、ビル・コンドン監督はその意見を押しとどめ、「あの91年版の物語と楽曲を、最新技術で実写化する」という方針にしたそうです。
 それゆえ、「これが、本当にやりたかったことなのだ」という意味合いで受け止めますと、この映画の凄みが理解出来る気がします。「今さらなんで」とか「二番煎じ」という批判が当然、予想される中で、こういう映画を作ってしまったわけです。すでに公開から1か月で、世界興行収入は1000億円を超える大ヒットだそうですが、今の時代に、この企画を成立させ、実行するディズニーの大胆さはやはり恐るべし、と思う次第です。また多くの観客も、コンドン監督の示した「91年版の再現」という方針を喜んで受け入れた、と見てよいのだろうと思います。

 昔、フランスのある領地を治める城の王子(ダン・スティーブンス)が、盛大な舞踏会を開きました。そこに現れた老婆(ハティ・モラハン)が、一夜の宿を求めますが、王子はそのみすぼらしい姿をあざ笑い、追い返そうとします。しかし、その老婆は実は強大な力を持つ魔女で、王子と城に呪いを掛けてしまいます。すなわち、王子は恐ろしい野獣に、城の使用人たちは時計や燭台といった道具の姿に。さらに、魔法の薔薇の最後の花びらが散る前に、王子が「真実の愛」を理解しなければ、王子は永遠に野獣に、そして使用人たちも生命を失い、そのままただの古道具に化してしまうというのです。
 そのまま年月が流れ、魔女の魔法により、王子と城の存在も世間から忘れ去られてしまいました。
 それから後、この城の近傍にある小さな村で。パリから移ってきた芸術家で職人のモーリス(ケヴィン・クライン)の一人娘ベル(エマ・ワトソン)は、村一番の美女として有名ながら、読書と発明を愛する、当時としてはかなり飛んでいる女性で、村の中では浮いた存在でした。しかし、そんな彼女に一目惚れしてしまったのが、戦争帰りの野卑な元軍人ガストン(ルーク・エヴァンス)。自慢の体力とハンサムな顔で、村の娘たちは皆、ガストンに夢中ですが、何よりも知性を重んじるベルが、暴力的で自分勝手な彼を気に入るわけもありません。ずっとベルへの片思いが続く失意のガストンを献身的になぐさめるのが、戦地からの旧友であるル・フウ(ジョシュ・ギャッド)。しかしル・フウは、実は同性愛の傾向があり、ガストンに友情以上の感情を抱いているようです。
 ある日、村の外に出かけた父モーリスは、森で道に迷い、見たこともない古城にたどり着きます。一夜の宿を借りようとしますが、そこには魔女の呪いで道具にされた使用人たち、時計になった執事コグスワース(イアン・マッケラン)、燭台になった給仕頭ルミエール(ユアン・マクレガー)、羽根バタキになった女中頭プリュメット(ググ・バサ=ロー)、ハープシコードになったお抱え音楽家マエストロ・カデンツァ(スタンリー・トゥッチ)、衣装ダンスとなった声楽家ガルドローブ夫人(オードラ・マクドナルド)、そしてポットになったポット夫人(エマ・トンプソン)、その息子のチップ(ネイサン・マック)といった者たちがおり、気味悪くなったモーリスは逃げ出します。帰りがけに、ベルから頼まれていたお土産のバラを手折ったとき、恐ろしい野獣が襲ってきて、モーリスは捕らわれてしまいます。
 愛馬フィリップが単独で逃げ帰ってきたことで、父に異変があったことを察したベルは、城に駆けつけます。そして父モーリスの代わりに、自ら進んで野獣の人質になります。
 こうして野獣の捕らわれ人となったベルですが、使用人たちの心を込めたもてなしに心を和らげます。その後、ベルがオオカミの群れに襲われた際に、野獣が助けてくれたことをきっかけとして、野獣が実は心優しく、教養も高い存在であることを知り、徐々に心引かれていきます。ベルと野獣がダンスを踊り、ついに恋の果実は熟したか、というそのとき、ベルは父モーリスがガストンの差し金で、森に置き去りにされて死にかけた挙句、精神病院に監禁されようとしていることを知ります。
 野獣は、ベルを愛するがゆえに、ベルが城を出て行くことを許します。使用人たちは落胆しますが、野獣は「永遠に君を待つ」と歌います。
 一方、ガストンはおのれがヒーローになるべく、城の野獣を討伐する、と村人たちに宣言します。野獣狩りの一行を率いて先頭に立つガストンを見て、ル・フウは「確かに野獣は存在するに違いない。しかし、ここにもっと危険な野獣がいる」と呟き、ひそかにガストンを見限ることにします。
 野獣に迫る危機。ベルは父を救い出せるのか、そしてガストンたちが野獣の城に迫る中、一体、どう対処するのか。クライマックスへと話は向かいます・・・。

 ということで、基本的な大筋は91年版のままですが、違いもあります。野獣と、ベルの生い立ちについて明確に詳述されている点が、大きな相違点でしょう。なぜこういうことになっているのか、どうして今のような生活をしているのか、という意味づけがアニメよりしっかりされています。ベルも単に文学好きな夢見る少女、というよりも、アニメ版以上に、今で言う「リケジョ」的な気質で、18世紀なら確かに地域社会で浮いていただろう、いわゆるいじめにも遭っていただろう、という面が明確に描かれます。
 野獣がアニメ版と違い、王子としての高い教養を失っておらず、そこから知的なベルと意気投合する、という描かれ方も、より説得力があるでしょう。
 この作品でほぼ唯一の悪役ガストンも、単なる無教養でガサツ、無益な殺生を好む狩人で、愚かな乱暴者であった91年版と異なり、戦争帰りで軍服を着ており、今で言うPTSDを患って、狂暴化しているような解釈になっています。そして、甚だ単細胞だったアニメのガストンとは違い、非常に狡猾で大衆煽動がうまく、悪巧みにたけた人物になっている点も、かなり印象が相違します。
 しかし最も相違する点は、アニメでは全くガストンの腰巾着に過ぎず、あまり意味のないチョイ役だったル・フウです。彼が同性愛者であり、最後はガストンの狂気に疑問を抱く、という描かれ方は新鮮です。同性愛的、といっても本当に全くかすかに、それと匂わせる程度の描写が数回あるだけなのですが、一部の国や地域ではこの点が「不道徳」として、本作が上映禁止になったそうで、それは残念なことです。
 豪華キャストの中でも、エマ・ワトソンはまことにはまり役。クール・ビューティーぶりがこの作品ではひときわ魅力的です。アニメのベルとイコールとは見なさない方がいいように思います。91年よりもさらに個性をはっきりさせたベル、というキャラクターだと感じます。野獣役のダン・スティーブンスも、非常に難しいモーション・キャプチャーをこなしていますが、人間の姿の美丈夫ぶりも見ものです。それから悪役ガストンを熱演したルーク・エヴァンスも特筆ものです。これまで二枚目俳優として「ホビット」シリーズなどで見せたヒーロー然としたキャラクター像とは真逆の役柄ですが、この人がしっかり「悪」でないと、物語が成り立ちません。しっかりいい仕事をしています。それに、酒場でのミュージカル・シーンで見せる歌唱やダンスは見事なものです。
 その他の出演者もイアン・マッケランにエマ・トンプソン、ユアン・マクレガーと鉄壁の布陣です。道具姿でも、人間の姿でも安心して見ていられます。
 とにかく豪華絢爛たる映像美です。これは大スクリーンで味わいたいですね。そして、往年の名曲を、イメージを損なうことなく再現している点も素晴らしい。しかし、最後のリプライ・ソングでは、「ラ・ラ・ランド」でも大活躍したジョン・レジェンドが歌っているなど、現代的な味付けも忘れていません。
 さらに注目したいのが、「アンナ・カレーニナ」で見事な19世紀のロシア宮廷衣装を現代的な解釈で表現してオスカーを受賞し、ほかにも「プライドと偏見」や「マクベス」など史劇を多く手がけているジャクリーヌ・デュランの衣装。古典的なドレスや、歴史的な格好いい紳士服を扱わせたら右に出る者がない、という人ですが、今作でも遺憾なく、歴史的衣装への深い教養と理解を基に、上手に現代的なアレンジを試みているのが素晴らしいです。原作アニメ通りに、ベルの日常着は青色、ダンスでは黄色、野獣は青色の衣装を基調としていますが、たとえばアニメでは19世紀風の燕尾服だった野獣のダンスの際の上着が、18世紀前半までに流行したジュストコールになるなど、時代設定に即したものに変更されています。
この作品は、フランス版の「美女と野獣La Belle et la Bête」(2014年)でも同じような解釈をしていましたが、ちょうど、男女ともに服装が大きく変わる時代が背景にあります。原作の小説をヴィルヌーヴ夫人が書いたのが1740年。それゆえに、この物語を映画やアニメにする場合、18世紀の半ば前後を背景とすることが多いのですが、この1740年代から1世紀ほどの間は、西洋の服装が大きく変化した時期でした。男性の服装で言えば、お城の王子や使用人たちは、17世紀〜18世紀中盤までに流行した半ズボンやホーズ(長い靴下)、くるくる巻いた白いカツラ、ジュストコールと呼ばれるシングルで、刺繍の入った豪華な上着、それに白塗りの化粧や付けボクロ、などをしています。一方、18世紀後半の、そろそろ王政が終わる時代、やがて革命から19世紀のナポレオンの時代、という頃にはフランスの服装が変化します。女性は大げさな宮廷ドレスから、シンプルな服装に変化し、男性たちもカツラを使わなくなり、男性の化粧も廃れます。半ズボンより長ズボンが普通になり、実用的な乗馬ブーツも流行します。衣服はアウトドア仕様のダブルの乗馬服が流行します。帽子も徐々に、三角帽から二角帽に変化します。本作もよく見て戴ければ、冒頭の王子の服装と、ガストンが着ている服装が上のような変化を示しているのが感じられると思います。もちろん、史実に基づいた劇ではないので、そこまで厳密ではないのですが、魔女の呪いのために経過した「時代の変化」を、服装でも表現しているのがよく分かります。そういう点もさすがに抜かりない、見事な映像作品ですね。


2017年4月22日(土)
 「グレートウォール THE GREAT WALL」という映画を見ました。万里の長城をテーマにした本作は、昨年、中国の映画館チェーンを経営する「大連万達グループ」の傘下企業になったレジェンダリー・ピクチャーズが、中国市場向けに製作した映画、という見方をされがちですが、そういう先入観を持たないで見てみると、これがなかなかの快作です。
 レジェンダリーと言えば、これまでも「ダークナイト」などのバットマン・シリーズや、「300 :スリーハンドレッド」「タイタンの戦い」「ジャックと天空の巨人」「パシフィック・リム」「GODZILLAゴジラ」「ドラキュラZERO」「インターステラ―」「ジュラシック・ワールド」「スティーヴ・ジョブズ」「クリムゾン・ピーク」「ウォークラフト」、そして公開中の「キングコング 髑髏島の巨神」…と、見ているとマニアックというか、必ずしも万人向けを狙っていない、というか、かなり趣味性の強い映画を数々、製作してきた会社でありまして、嗜好が合うらしく、私も今、挙げた作品は、ほとんど見ています。
 今回も、中国市場を意識して、といってもそれで単純に中国人観客への一般受けを狙った作風を打ち出してきているわけでは決してない模様です。特に今作は、チャン・イーモウ監督のハリウッド・デビュー作品という一面もあります。イーモウ監督の独特の芸術的色彩感覚と映像美は、これまでも「HERO」「LOVERS」「王妃の紋章」などの世界的ヒット作を生み出してきました。また、コン・リーやチャン・ツィイーといった女優をスターに育てた監督でもあります。評価は高い監督ですが、決して万人に受ける、という作風の人でもありません。
 また、日本人の立場から見ると、北京五輪ディレクターという「国策監督」であり、南京事件を取り上げた映画「金陵十三釵(きんりょうじゅうさんさ)」を作った監督である一方で、高倉健主演の「単騎、千里を走る」の監督でもあり、なんとも賛否両論の出そうな人ではあるのですが、まあ今回はそのへんも先入観を持たないことにしておきます。
 本作では、ジン・ティエンという国際的には無名の28歳の女優をフィーチャーしてきましたが、これが魅力的です。さすがにイーモウ監督はヒロインの描き方がうまい。レジェンダリーつながりもあるのでしょうが、この人は公開中の「キングコング 髑髏島の巨神」にも出演しており、さらに「パシフィック・リム」の続編にも出演する予定だそうで、一気に国際的なスターダムに上りそうな予感がいたします。
 本作は、火薬が武器に使用され始めた12世紀、宋の時代の中国を舞台にしております。厳密に言えば北宋(960〜1127)なのか南宋(1127〜1279)なのか、微妙な時代と言えますが、あるいはこの映画に描かれた事件が北宋の弱体化を招いた、という設定なのかもしれません。ともかく、火薬は唐代には中国で発明されたと言われます。中国の歴代王朝はこれを機密として、門外不出の扱いにしていましたが、モンゴル支配下の元王朝で銃器が開発され、13世紀にはアラブ世界、欧州に伝わり、それから17世紀ぐらいにかけて、欧州の軍の近代化が急速に進んでいくわけです。
しかし12世紀の当時においては、圧倒的に中国の方が先進的で、国家の正規軍である「禁軍」も存在したことに比べれば、十字軍時代の欧州の騎士団は、軍事的には古式蒼然たるものでした。おまけに金次第でどこにでも仕える傭兵稼業の兵士たちも跋扈して、混沌とした状況でした。このへんは、中国人向けのひいき目を勘案しても、確かに中国の方が先進的な国であった時期であると思います。そういう時代背景のもとに、建造に1700年もかかったという万里の長城に秘められた別の意味合いを語るのが本作であります。

 12世紀のある時。十字軍崩れのイングランド出身の傭兵ウィリアム(マット・デイモン)と、相棒のスペイン人傭兵トヴァール(ペドロ・パスカル)は、契約主の命令で黒色火薬を求めてはるばる欧州から中国を目指していました。火薬を持ち帰れば、莫大な報賞が約束されているのです。しかし馬賊に襲われて仲間は次々に命を落とし、最後は2人だけとなって砂漠地帯の山中の洞穴に逃げ込みます。ここでウィリアムは、得体の知れない緑色の化け物に襲撃されますが、剣でその化け物の片腕を切り落とし、撃退します。
 さらに馬賊に追われた2人は、宋王朝の軍隊が守備する巨大な「万里の長城」に至ります。後方から馬賊が迫る中、選択肢は他になく、2人はシャオ将軍(チャン・ハンユー)が指揮する宋の守備隊に投降します。
 守備隊の女性幹部の一人、リン・メイ司令官(ジン・ティエン)はなぜか流暢な英語を操り、ウィリアムたちを尋問します。守備隊の参謀であるワン軍師(アンディ・ラウ)は、ウィリアムがたった一人で化け物を撃退したという話を聞き、大きな関心を持ちます。その緑色の化け物とは、その時代から約2000年の昔、飛来した隕石から出現した異世界の化け物で、なんでもむさぼり食らう恐ろしい存在。中国では饕餮(とうてつ)と呼ばれる凶暴なモンスターです。アリの生態に似ており、1匹の女王が全体の頭脳として群れを支配しており、60年周期で繁殖して攻めてくるといい、ちょうどこの時が、再び饕餮が長城をめがけて攻め込んでくる直前の時期なのでした。長城も、異民族への備えだけでなく、むしろこの化け物を防ぐために築かれたのだと言います。
 饕餮の大軍が初めて攻め込んできたとき、ウィリアムとトヴァールは目覚ましい活躍を示し、シャオ将軍やリン・メイから一定の信頼を得て、自由を得ます。また、ウィリアムはここで一人の若い士官候補生ポン・ヨン(ルハン)の命を助け、彼から厚い信頼を得ます。
ところで、砦には思いがけなくも、もう一人のイングランド人がいました。やはり火薬を求めて中国までやって来て、ここの守備隊に捕まり、25年もの間、軟禁されているバラード(ウィレム・デフォー)という老人です。彼がいるために、リン・メイやワン軍師など、一部の者が、流暢な英語やラテン語を使え、欧州の事情にも一定の理解がある理由が分かります。バラードは仲間が出来たことに勇気づけられ、3人で火薬を盗み出して、次の饕餮の攻撃があった際には、ひそかに逃げだそうと提案します。トヴァールは一も二もなくその提案に飛びつきますが、ウィリアムは、命がけで人々の生活を守ろうとしている長城の守備隊を見捨てて逃げ出す行為に疑問を抱きます。
 ある日、饕餮の奇襲を受けてシャオ将軍が戦死し、リン・メイが後任として長城守備隊の将軍に就任します。
 やがて、ウィリアムが饕餮に襲われた際、胸に方位を知るための磁石を入れていたことが、饕餮の動きを鈍らせたのではないか、という事実が分かります。磁石の磁界が、女王の指令を受け取れなくする効果があるようなのです。
 この事実を確かめるべく、次の攻撃では饕餮を生け捕りにしよう、とウィリアムはリン・メイに進言します。しかし逃げ出すつもりのトヴァールは激しく反対します。すぐに饕餮の大軍が長城に攻め寄せますが、バラードとトヴァールは火薬を求めてこそこそと逃げだし、一人、残ったウィリアムは饕餮の群れの中に決死の覚悟で飛び込みます。それまで半信半疑だったリン・メイもウィリアムの勇気に心を動かされます。トヴァールも結局、ウィリアムの行動に従い、不本意ながら今回の脱走は見送りました。
 しかし、饕餮の攻撃はまだまだ続きます。饕餮の弱点が磁石にあることを知った朝廷の勅使シェン特使(チェン・カイ)は、自分の手柄として皇帝(ワン・ジュンカイ)に披露したいがために、生け捕りにした饕餮を宮廷に運び込みます。一方、リン・メイたちは饕餮の本隊が山脈に穴を開けて通路を造り、長城を迂回して都に向かった事実を知ります。その混乱に乗じて、またトヴァールとバラードは脱走を企てます。さて、ウィリアムはどういう選択をするのでしょうか。さらに、都を饕餮に襲われれば、中国はおろか、次は世界中が襲撃されて人類は終焉を迎えるかもしれません。リン・メイたちはこの危機をどう乗り切るでしょうか・・・。

 ということで、とにかく素晴らしい映像です。「王妃の紋章」でも圧倒されましたが、この色彩感覚と、人海戦術のすさまじさは中国ならでは。長城のセットにしても、ハリウッド側が張りぼてを提案したところ、中国側の大道具さんは、レンガを積み上げて本物の長城のようにセットを築いたそうです。一方でハリウッドの一流どころが全力で支援しており、原案はあの「プロデューサー」のメル・ブルックスとアン・バンクロフト夫妻のお子さんのマックス・ブルックス、脚本は「プリンス・オブ・ペルシャ」のカルロ・バーナードとダグ・ミロ、衣装は「アバター」のマィエス・C・ルベオといった布陣です。本編1時間43分という短い時間でたくさんの情報を処理する脚本は非常に冴えていてテンポが良く、現代的です。また、特に衣装は見事で、禁軍に属する五つの部隊の鮮やかな色彩の甲冑が、史実をふまえながらもスタイリッシュで、色彩の魔術師たるチャン・イーモウ監督のこだわりに応えた素晴らしい出来栄えです。
 アンディ・ラウやルハンといった、中国では大人気のスターやアイドルを起用しており、みんなとてもいい演技をしていますが、やはり外国人の目で見ると、今回はジン・ティエンのための映画、という感じ。本当に彼女が魅力的です。近年、ボーン・シリーズはもちろん「インターステラ−」「オデッセイ」「エリジウム」などいろいろな映画で大活躍のマット・デイモンも引き立て役に徹している感じです。
なんでも、出演者一行が宿泊したホテルにたくさんの花束が届き、それが大人気のアイドル歌手であるルハンにあてたものであることを知って、デイモンはびっくりしたとか。同時に、自分は中国ではあまり知名度がないことにがっかりしたそうですが(笑)、いえいえ、実は正義感の強い誠実な頼れる男、という役柄は彼にピッタリです。
 今、いろいろな話題作が封切りされていますが、アクション好きな方なら大画面で見てほしい一作ですね。私たちは「これは劇場で見て良かった」と心から思いました。


2017年4月15日(土)
千葉県浦安市のディズニーランド併設のショッピングモール、イクスピアリにある映画館シネマ・イクスピアリでは、今「舞浜で名画を! キネマ・イクスピアリ」と題して、毎月1本ずつ、1週間だけ限定で、最新の映画ではない少し前の話題作や、クラシックな作品を公開する試みをしています。今や、昔あちこちにあった「名画座」はほとんど壊滅してしまいましたので、大スクリーンで見逃した名作が再映されるのは素晴らしいことです。
 それで、この14日までやっていたのが、2015年に話題になったドイツ映画「帰ってきたヒトラーEr ist wieder da」でした。昨年夏に日本でも公開され、かなり評判になったのですが、私たちはこの時期、自分たちの本『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)の最終追い込みに入っており(刊行は8月)、この映画を見る余裕はありませんでした。
 それが、ここに来て思いがけない舞浜登場、ということで、見て参りました。
 もう昨年に流行った作品ですので、ここでくどくど説明する必要もないと思いますので簡単に書きますが、要するに、1945年に自決したはずのナチス・ドイツ総統アドルフ・ヒトラーが、なぜか2014年のベルリンに蘇ってしまい、初めは時代の変化に当惑するものの、迫真の「ヒトラー物まね芸人」として人気者になってしまう、という話です。インターネットにSNS、テレビが完備した現代こそ、プロパガンダの天才であるヒトラーには、まさに水を得た魚のように活躍出来る理想的な環境である、という現実。おまけに、時代は移民排撃と反グローバリズムに明け暮れ、まさにナチス時代前夜のような世相。テレビ番組に出演することになるや、嫌悪されるどころか視聴者から絶大な人気を得たヒトラーは、最後には彼を「本物のヒトラー本人が蘇ったのでは?」と気がついたテレビ局の契約社員を精神病院に送り込み、さっそうとオープンカーに乗って叫びます。「これは好機到来だ!」
 とにかくヒトラー役のオリヴァー・マスッチが素晴らしく、本来の彼は全くヒトラーに似ていないのですが、特殊メイクにより顔貌は40歳頃の最盛期のヒトラーにそっくり。声色といい、いかにも言いそうなセリフといい、演説の前にわざと黙り込んだり、初めに意表を突くようなテーマで話し始めたり・・・まことにヒトラーの言いそうなこと、やりそうなことを徹底的に再現して、現代の世相に持ち込んでいるのがすごいです。
 そして、実際にヒトラーの特殊メイクのまま、ドイツ各地で突撃撮影をして、道行く人に語りかけたり、政治家に突撃取材したりしているのですが、そこで当惑したり、腹を立てたり、逆にヒトラーに意外にも親しみを込めて接する市民の姿を描いていきます。このへんはもうドキュメンタリーですね。かなり、危険な撮影だったと思いますが、このマスッチ本人も、スタッフもすごい勇気ですね。
 終盤になって、おそらくテレビ局の経費で作ってもらった、という設定なのでしょうが、金色の「総統用鷲章」が輝く革製のコートに身を包んだヒトラーは、有名な肖像画そっくりで、知っている人ほど慄然とするでしょう。
 この原作は2012年に刊行されてドイツでベストセラーとなり、映画制作は2014年ということで、トランプ氏の当選とか英国のEU離脱といった動きが目に見えて表れるより前に作られたことを考えると、原作者ティムール・ヴェルメシュ、デヴィット・ヴェント監督始め、制作した人々の慧眼には恐れ入ります。
 そして、ずっと見ていると、まるでイタコが口寄せしているかのような巧みな演技力で語られる「ヒトラーの主張」が、かなり正しいもののように思えてくるのがすごいです。そういうふうに見ている人が思ってしまう、というのが映画の力ですね。
 名画シリーズのおかげで、公開時に見逃した作品を改めてスクリーンで見られて幸運でした。今後もこういう試みを続けて戴きたいですね。


2017年4月11日(火)
 セブンーイレブンで売っている「うさぎのムースケーキ」ですが、かわいすぎますね、これ。食べるのがためらわれます。期間限定のようですので、興味のある方はお早めに。

2017年4月06日(木)
 今日あたりから新学期、という学校も多いようですが、桜が咲きましたね。今年はかなり寒い日が多く、遅めの開花のところが多いとか。
 千葉県浦安市も、市内の川沿いに桜が延々と植えられている通りがあって、その名も「さくら通り」といいますが、テレビ局の取材が来ることもある桜の名所です。この季節になると、見事に咲いてくれます。
 私ども浦安市役所近くの桜並木を見てきました。ほかにも、立ち止まって写真を撮る人がたくさん見受けられました。

2017年3月25日(土)
 ディズニー・アニメ映画「モアナと伝説の海」MOANAを見ました。この作品について、絵柄からほのぼのした作風を思い描いたら大間違い、「マッドマックス」の新作と「もののけ姫」を合わせたような感じで、非常に硬派な冒険アクション・ムービー、という映画評を読んだことがありますが、それは言い得て妙です。実際、ヒロインのモアナは強い使命感でミッションを果たし、自分の共同体を守ろうとするのですが、そのへんはむしろ「風の谷のナウシカ」も思い起こさせます。16歳の少女、ということもあってか王子様は登場せず、甘ちょろい恋愛話もなし。おふざけ的な展開もあまりなく、スケールの大きな海洋冒険物語となっております。
 「アナと雪の女王」はまずもって音楽のよさがヒットの要因となりましたが、今作も音楽が素晴らしいですね。主題歌「どこまでもHow Far I’ll Go」や挿入曲「俺のおかげさYou’re Welcome」は普通に発表してもヒット・シングルとなりそうな見事な曲です。
 今作の基本テーマは、メラネシアの人々がはるばる大洋を越えて、ポリネシアの島々に到達する歴史的な事実を取り上げる非常に野心的なものです。台湾に住んでいた祖先の人々は長い時間をかけ、メラネシアからミクロネシアの島々に移住していき、フィジーあたりまで進出していました。非常に高い航海技術を持っていたからで、西洋人が15〜16世紀にもなって「大航海時代」などと言いますが、アジアでは紀元前に海洋進出をしていたわけです。パンフレットによれば「しかし今から約三千年前、彼らの航海は突然停止した。そこから千年もの間、彼らは海を渡ることをやめ、他島への移住活動も行われなくなった―いくつかの説はあるものの、その正確な理由を知る者は誰ひとりいない。そして今から二千年前に航海が再開され、タヒチ、ハワイ、ニュージーランドなどの発見につながっていく」
 すなわち、このアジアの大航海時代「千年間の中断」はなんだったのか、を描いたのが本作。そして、モアナの冒険こそが「航海の再開」の契機となった、という描き方なわけです。なかなか壮大ですね。
 したがって本作の舞台は、二千年も前のメラネシアのどこかの島、ということで、地球の反対側ではローマ帝国が全盛期で、キリストが処刑されていたころ、太平洋ではこんな時代だった、ということです。時代考証を経た細かい服装や、髪の毛の描写など実に緻密で、CGアニメだからこそ手間がかかっています。そのへんはむしろ、実写の方が簡単ですものね。特に水にぬれた縮れ髪の描写が大変だった、といいます。また全編のほとんどで登場する海、波の描写も非常に苦労したそうです。途方もない人々の作業の成果が本作なのでしょう。

 1000年の昔、母なる女神テ・フィティの「心」を、変身の名人で、いたずら者の半神(デミゴッド)であるマウイ(声と歌=以下同じ:ドウェイン・ジョンソン)が奪い取りました。しかしそのために恐ろしい「闇」が生まれ、炎の悪魔テ・カァが出現。マウイはテ・カァに撃ち落とされ、テ・フィティの心も深海に沈んでしまいました。それから以後、闇は徐々に広がり、島々に栄えた文明は一つ、また一つと衰退して消えていきました。人々は闇の襲来を恐れるようになり、遠洋航海をやめ、それぞれの島に閉じこもって暮らすようになりました・・・。
 それから1000年の後、楽園の島モトゥヌイの族長トゥイ(テムエラ・モリソン)とその妻シーナ(ニコール・シャージンガー)の一人娘、モアナ(アウリィ・カルバーリョ)は、小さいころから海で遊ぶのが大好き。ある日、人格のある「海」が幼いモアナに渡そうとしたのは、あの「テ・フィティの心」でした。
 しかし、外洋に一歩も出ない島の掟に凝り固まっているトゥイは、モアナが海に関心を持つことを許さず、族長の後継者として育てようとします。ただ一人、モアナの祖母でトゥイの母であるタラ(レイチェル・ハウス)だけはモアナの理解者で、モアナに「自分の心の声に従って生きなさい」と諭します。
やがて大きくなり、未来の族長としての自覚に目覚めたモアナは、もう海に出ようとはしませんでした。それをトゥイは喜びますが、ある日、突然、異変が訪れます。島の作物が育たなくなり、魚も一匹も取れなくなる異常事態が発生し、大騒動になります。「闇」がついにモトゥヌイにも迫ってきたのです。外洋に出ようと進言するモアナをトゥイは一蹴し、独断で海に出たモアナはたちまち嵐に遭い、海の恐ろしさを思い知ります。絶望したモアナにタラは、モトゥヌイの一族の秘密を教えます。すなわち、先祖たちは初めからこの島にいたのではない、はるか彼方の土地から船に乗って移住してきた旅人だったのだ、と。
そうこうするうち、タラは倒れてしまいます。タラは最後の力を振り絞り、モアナに「お前は海に選ばれた」と告げ、とっておいた「テ・フィティの心」をモアナに託して、冒険に出るように促して、この世を去ります。
こうしてモアナは、たまたま船に乗った鶏のヘイヘイと共に、遠くマウイが幽閉されている島を目指します。モアナが本当に「海に選ばれた」者ならば、テ・カァとの戦いに敗れて、神から授かった魔法の釣り針を失い、変身能力を喪失しているマウイを復活させ、その助けを借りて「テ・フィティの心」を元に戻さなければなりません。
苦労の末にモアナが出会ったマウイは、話に聞いていた英雄的な半神とはほど遠く、お調子者でナルシスト気味の相当に自己中心的なヤツで、自分が問題の原因を作ったにもかかわらず、何の責任感も感じていない様子。ココナッツの海賊カカモラたちの襲撃を、マウイと協力して退けた後、モアナは釣り針を手に入れて、華々しい英雄として復活するようマウイを説き伏せ、マウイもモアナの熱意に根負けして、ようやくその気になります。
しかし、その釣り針は深海の魔物の国ラロタイを治める巨大なカニの化け物、タマトア(ジェマイン・クレメント)が所持しており、取り戻すと言っても容易なことではありません。マウイの復活と、テ・カァとの決戦はいかに。そして世界を飲み込もうとする闇の襲来を、モアナは防ぐことができるのでしょうか。

ということで、実際にヒロインと同年齢のアウリィ・カルバーリョの歌声が実に素晴らしいです。そして、もう一人の主人公マウイを演じているのは、元プロレスラーで「ロック」と名乗っていたドゥエイン・ジョンソン。彼が主演した「スコーピオン・キング」がヒットしましたし、「ワイルド・スピード」や「ヘラクレス」にも出ていますね。今回は頼りがいがあるのかないのか、つかみどころのない英雄の役なのですが、非常にはまっています。それもそのはず、実はジョンソンの祖父はサモア系で、太平洋諸島の人々に崇められている英雄マウイは、彼にとっても子供のころから憧れの存在だったそうです。思い入れが深い役をゲットしたのですね。
ミュージカル的な演出で感動させるパートと、豪快なアクション・シーンが交互に繰り出されて、最後まで畳み込まれる快作でした。日本では春休みの公開で、子供向けのような扱いになりがちですが、それで見過ごしてはもったいない一作だと思います。
なお、本作は最後の最後に追加シーンがあるので、慌ててお帰りにならないように。また、冒頭におまけ的な短編映画「インナー・ワーキング」という作品が5分ほどあります。こちらは内容的に、本編となんの関係もないのですが、これがまたなかなか秀逸です。


2017年3月21日(火)
このたび、明徳出版社から『洋外紀略』(安積艮斉)が刊行されました。原書は幕末期に活躍した大学者、安積艮斉(あさか・ごんさい)が書いた本です。安積艮斉はこの時期で最も影響力のあった学者で、弟子には三菱グループの創始者・岩崎弥太郎、悲劇の幕臣として有名な小栗上野介、新選組の原型を組織した清河八郎、そしてあの吉田松陰など錚々たる人たちがいます。さらに、その松陰の門下生に高杉晋作や久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋、品川弥二郎らがいたわけで、いわば幕末の志士たちのゴッドファーザーのような人物です。
その艮斉さんが、当時としては異色の、海外諸国の事情を詳細にまとめ、国防の重要性を説いた一冊です。江戸にいてナポレオン戦争のこともアヘン戦争の経過も把握していた艮斉先生はすごい! 本書の名は森鴎外の代表作『渋江抽斉』にも出てくるぐらいで、当時において著名な本だったのですが、このほど、その艮斉さんの一族の末裔である安藤智重さんが原書の漢文を読み下し、現代語訳を完成させた次第です。大変な偉業です。
 なお、わたくしは僭越ながら帯文を書いております。こんな感じです。

「試みに鶏卵を机に卓(た)てんことを請う」
艮斎さんは、ナポレオンもピョートル大帝も、「コロンブスの卵」の話までも、知っていた。黒船が来航する前、もう世界を見通していた日本人が、幕末の江戸にいたのである! 
戦史・軍装史研究家 辻元よしふみ

 本書には、あのコロンブスの有名な「卵を立てる」逸話も紹介されております。幕末においてこんなことまで知っていた人がいた。驚きですね。

【基本データ】
『洋外紀略』(ようがい・きりゃく)安積艮斎 安藤智重 訳注 村山吉廣 監修 定価 2,916 円 (本体2,700 円+税) ISBN 978-4-89619-946-8 発売日 2017/03




2017年3月18日(土)
 映画「アサシン・クリード」ASSASSIN’S CREEDを見ました。ドイツ出身の人気俳優マイケル・ファスベンダーの主演作で、共演はフランスを代表する女優マリオン・コティヤール。またジャスティン・カーゼル監督は、同じ2人が主演した2015年の話題作「マクベス」の監督でもありました。
 この映画の元となったのは、フランスのゲーム会社UBIの代表作「アサシン」シリーズです。大ヒットゲームの映画化、というのは時々ありますが、やはりゲームと映画は異なる媒体なので、そのまま移植するわけにはいきません。
 ゲームの方は、人類の起源に異星人なのか超古代文明人なのか、とにかくいわゆる「神」のような存在が関わった、というのが前提の世界観になっております。そして、その「神」が残した情報をめぐり、古代から数千年の長きにわたり二つの秘密結社が抗争を続けており、その一方が人類を統制支配しようとする「テンプル騎士団」、もう一つが人類の自由意思を守ろうとする「アサシン教団」である、という設定です。
 この両者の戦いは現代にまで及んでいるのですが、テンプル騎士団が20世紀初めに創設したアブスターゴ財団が先端科学技術アニムスを開発し、遺伝子情報の中に残された先祖の記憶を再体験できるようになります。その結果、アサシン教団の戦士の子孫が、十字軍時代のエルサレム、ルネサンス期のフィレンツェ、産業革命期のロンドンに潜入し、先祖と一体となって歴史に介入し、現代の問題を解決していく、というのがゲームの基本的な話です。
 もちろん歴史上、実在したテンプル騎士団、暗殺(アサシン)教団をモデルとしているわけですが、史実とは関係なく、あくまでもゲーム独自の解釈になっているわけです。
 それで、今回の映画化では、上記の基本設定はそのままに、従来のゲームで登場したエルサレムやフィレンツェを選択せず、新たに15世紀末のスペインを舞台としています。つまりキリスト教勢力によるレコンキスタが成功して、最後のイスラム国家グラナダ王国(あのアルハンブラ宮殿で有名ですね。宮殿のシーンは映画でも登場します)が陥落、イスラム勢力が欧州から去り、スペイン王国が成立した頃、そしてまもなくスペインのイザベル女王の後援を得て、コロンブスが新大陸に出発する時期を舞台としています。

 1491年、スペインで暗躍したアサシン教団の戦士、アギラール(マイケル・ファスベンダー)は、同僚の女戦士マリア(マリアーヌ・ラベド)と共に重要な任務を遂行していました。グラナダ王国の最後の君主ムハンマド12世(カリード・アブダーラ)の幼い王子が、スペイン国王の側近でテンプル騎士でもある異端審問長官トルケマダ(バビエル・グティエレス)に捕えられ、ムハンマドが所持している古代の秘宝で、それを所持することで全人類を支配できる「エデンの果実」がトルケマダ、ひいてはテンプル騎士団の手に渡ることを防ぐ、というのがその任務でした・・・。
 それから500年後。1988年のメキシコ・バハで、少年カラムはある日、父親が母親を殺害し、さらに謎の勢力に逮捕される光景を目にします。その場を命からがら脱出したカラムは、さらに30年後の2016年、中年の犯罪者となってアメリカの刑務所にいます。
 誕生日のその日、殺人犯カラム(ファスベンダー)は死刑の執行を迎えます。薬物を注射され、最期の瞬間を迎えた・・・と思った次の瞬間、自分はまだ死んでおらず、病院のようなところで蘇生したことに気付きます。その場にいたソフィア(マリオン・コティヤール)は、ここがアブスターゴ財団の施設であることを告げ、彼に祖先の記憶に退行する装置アニムスを取り付けます。この15世紀の世界を体験する実験の結果、カラムは間違いなくアサシン教団のアギラールの子孫であることがはっきりします。
カラムの体力の限界を迎え、ソフィアはそれ以上の実験を性急に続けることに反対しますが、アギラールはエデンの果実を手にした最後の人物、とされており、それを手に入れることに執着する財団の総裁でソフィアの父、アラン(ジェレミー・アイアンズ)は、アギラールがトルケマダの一派に捕えられ、火刑に処せられたとされる日付の歴史を再現することをソフィアに急がせます。というのも、アランは実は現代に続くテンプル騎士の一人であり、騎士団総長ケイ(シャーロット・ランプリング)から、まもなく開催される騎士団総会までに成果が出ない場合、財団への財政支出を打ち切る、と通告されていたのです。
一方、カラムは施設内に、かつて母を殺して姿を消した父ジョセフ(ブレンダン・グリーソン)がいることをアランから告げられます。30年ぶりに再会した父から、カラムはあの日の真相を聞かされます・・・。

ということで、トルケマダやムハンマド12世など、歴史上に実在した人物と架空の人物が入り乱れる歴史ファンタジーですが、馬に乗ったり弓を射たり、独特のアサシン・ブレードで戦ったり、とファスベンダーとしても今までで最もトレーニングが厳しかった映画だったそうです。アクションシーンがゲームそのままで再現されます。
当然、スタントの人たちも大活躍で、特にゲーム版での特徴だった、ワシのように高いところから飛び降りるイーグル・ダイブの再現ではデジタル技術は使わず、本当にダミアン・ウォルターズという人が37メートルもの高さから降下して撮影しているそうで、まさにド迫力です。
「マクベス」以来の共演であるコティヤールも、今回は冷静な科学者、という役どころですが、ファスベンダーとは息もぴったり、いい演技をしています。アイアンズとランプリングという2人の大物も抜かりがないです。特に70年代に「愛の嵐」で一世を風靡したランプリングも今や71歳ですが、相変わらずの美しさです。また、父ジョセフ役のブレンダン・グリーソンはハリー・ポッター・シリーズや「オール・ユー・ニード・イズ・キル」にも出ていたベテラン俳優ですが、スター・ウォーズのエピソード7や「レヴェナント」に出演して知名度を上げているドーナル・グリーソンのお父さんだそうですね。
しかし今作で注目なのは、やはり15世紀スペインのシーケンスでして、物語の大半を占める15世紀のストーリーでは、登場人物は皆、よくハリウッド作品でありがちな、なんとなく英語にしてしまうということはなく、スペイン語で押し通しております。素晴らしいですね。こちらでなんといっても光っていたのが、アギラールの仲間でおそらく愛し合ってもいる女戦士マリア役のマリアーヌ・ラベドという人。とにかくこの役柄にぴったりのミステリアスな美女ですが、経歴を調べてみるとスペインの人じゃなくて、ギリシャ系のフランスの女優さんだそうですね。イーサン・ホーク主演の2013年の映画「ビフォア・ミッドナイト」あたりがハリウッド・デビューで、近年、急速に評価が高まっている人だとか。このへんからぐっと出てくるかもしれませんね。
とにかく全編がゴージャスかつ奇抜な映像で埋め尽くされ、ゲームのファンもそうでない人も十分に楽しめる一作でしょう。なんとなくラストは今後も続きそうな感じで終わります。続編でさらに、別の時代を取り上げてくれると嬉しいですね。


2017年3月17日(金)
 先日、板橋区立郷土博物館http://www.k5.dion.ne.jp/~kyoudo/まで足を運びました。現在、同館で開催中の「特別展 武具繚乱 関谷弘道氏甲冑刀剣類コレクションを中心に」を見るためです。
 数年前に亡くなった甲冑コレクター、関谷氏が同館に寄贈した主に江戸期の甲冑の展覧会なのですが、さすがに20領を超える甲冑が並ぶさまは壮観です。鎌倉〜南北朝期の大鎧や胴丸はすでに国宝級、室町〜桃山期の戦国甲冑も今では博物館級となり、現在、一般の骨董市場などで売買されているのは、もはや実際には戦争が行われていない江戸時代に製作された、実用というより財産、贈答品、展示品として作られた甲冑なのですが、それも年々、海外などに流出し、おそらく10年もしたら多くの物が散逸してしまうだろう、と言われています。
 それを危惧した関谷氏は、私財を投じて膨大な江戸期の甲冑を収集したもので、しかし江戸期のこうした遺物は研究が進んでおらず(いまだ売買の対象物で、学者の研究対象になっていないのでしょう)それゆえに、それぞれの甲冑の出自・由来についても、不明瞭なのですが、それが逆に非常に興味深いです。本展の主要な展示物の一つである、長州藩家老・福原家所用の具足と思われる一品も、福原家の定紋ではない卍型の家紋が描かれた佩楯の由来がはっきりせず、その謎解きとして関連の古文書などが展示されており、こうした地道な研究が必要なのだな、と理解できる展覧会です。
 ほかにも彦根藩・井伊家の赤備えの甲冑だとか、土佐藩の上士が幕末になって製作させたらしい非常に珍しい具足とか、さらに足軽用の「御貸具足」とか、骨董としての市場価値はよく分かりませんが、今後、史料性が増していくことが確実なものが多数、展示されています。
 展示品をフルカラーでまとめた95ページもある豪華図録(しかも写真資料のPDFデータをディスクに入れたものまで付属!)が、たった1000円で販売されています。これだけで大変な値打ちものです。公立の資料館でなければ、あり得ない価格設定でしょう。この図録は通信販売もしているので、ご興味のある方は同館のサイトをチェックしてください。
 同店は3月26日まで。月曜休館。午前9時半〜午後5時(入館は4時半まで)。入場無料です。同館の最寄駅は西高島平駅ですが、この駅ではタクシーはつかまえにくく、歩くとしてもかなりアクセス的には遠いので、高島平駅か成増駅からタクシーで行かれることをお薦めします(成増駅からはタクシーで810円でした)。


2017年3月13日(月)
 ホワイトデーという時節柄、今回はドイツのチョコレート「ショカ・コーラScho-Ka-Kola」なんていかがでしょう? これは1930年代から販売されています。コーラの実を混ぜ、通常のチョコレートよりもカフェインが増量されており、このチョコを食べるとすっきり目が覚める、という優れもの。商品名は「ショコラーデ(チョコレート)」と「カカオ」と「コーラ」をつないだようですが、19世紀末から存在したアメリカの飲料「コカ・コーラ」をもじった要素もあるのじゃないか、とは思われます。
 このショカ・コーラは1936年のベルリン五輪で大会公式スポーツ食品として大人気を得まして、その後、ドイツ軍に納入され、戦時中にドイツ空軍のパイロットとか、潜水艦(Uボート)の乗組員、戦車兵といった「きつい任務」の兵士たちに公式食料として支給された「軍用チョコレート」でもあります。たとえば夜の当直勤務などで、眠気覚ましに支給されたわけですね。戦前や戦中のものは、パッケージにドイツ軍の鷲の紋章とか、柏葉のデザインなどが施されたものがあったようです。
 それで、戦後もずっと作られているわけで、日本でもKALDIコーヒーで販売しております。さすがにチョコ好きのドイツ人の作る物。そもそもチョコとして非常においしいです。そして、食べると確かにすっきり、目が覚める感じがします。コーヒーを飲みたいところだけれど時間がない、というような場合に非常にいいですね。


2017年3月06日(月)
 すでに手に取られた方も多いと思いますが、リクエストにこたえて過去の名著を復刊する「復刊ドットコム」により、1975年に刊行された中西立太先生の名作『壮烈! ドイツ機甲軍団』が現代に蘇りました。私も小学生当時、この本を読んで、ミリタリーの世界に興味を持った一人です。そして、今ではその影響で『軍装・服飾史カラー図鑑』とか『軍服の歴史5000年』とかの本を自分で書いているわけです。まさに中西先生のこの本こそ私の活動の原点です。
 中西先生ご本人から伺った話ですが、この『壮烈! ドイツ機甲軍団』は当時、韓国語版の話があり、原画一式を韓国の会社に貸したところ、そのまま立ち消えとなって原画もすべて返ってこなかったので、もう再販は出来ないんです、と仰っていました。今回は、今日まで現存していた本からデジタル技術で復刻したものと思いますが、本当によくやっていただきました! 中西先生はすでに亡くなられていますが、きっとこの復刊を喜んでおられると思います。

2017年3月04日(土)
 発売中の「週刊ダイヤモンド」2017年3月4日号(ダイヤモンド社)の109ページ、ブックレビューBook Reviewsにて、服飾評論家の遠山周平先生が、私ども(辻元よしふみ著、辻元玲子・画)の『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)をご紹介くださいました。
 「軍装史に関しては日本の第一人者といえる夫妻が3年半の歳月をかけて著した『軍装・服飾史カラー図鑑』は、どのページも眺めているだけで楽しく、また新しい発見がある。ディテールや後ろ姿まできちんと描き込まれた図版と適切な解説文によって、ネクタイ、ドレスシャツ、ジャケット、ボタン、カフリンクスの起源が軍服にあることを知ることができる。デザイナーや服飾関係者が座右に置くべき名資料となろう」という評をたまわりました。遠山先生、ありがとうございました。

2017年3月02日(木)
話題のミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」La La Landを見ました。先月末に発表された米アカデミー賞で13部門14ノミネート(あの「タイタニック」と並ぶ史上タイ記録)され、主演女優賞のエマ・ストーン、監督賞のディミアン・チャゼルなど6部門を制する快挙を成し遂げました。なお、私が見た千葉県市川市のTOHOシネマでは、パンフレットが売り切れとなっておりました。
前作「セッション」で一躍、有名になったチャゼル監督ですが、本当に作りたいのは実は、ミュージカルだ、といって奮闘した結果が今回の大成功。アカデミー監督賞受賞者としては32歳という史上最年少となりました。ちなみに、これまでの最年少者は1931年に第4回アカデミー賞で監督賞を受けたノーマン・タウログ監督。同じ32歳でしたが、チャゼル監督の方が数か月、若いとか。このタウログ監督もチャゼル監督と同様、音楽映画が得意な人で、特に60年代のエルヴィス・プレスリー主演の映画、たとえば「GIブルース」「ブルー・ハワイ」などは、この人が手がけたことで知られています。
ということで、最年少で受賞と聞くと、さぞかしトントン拍子のスピード出世、という監督なのかと思ってしまいますが、実は決してラッキーなだけの人ではなく、若いころにはジャズ・ミュージシャンを目指して挫折。その後は名門ハーバード大学に進み、映画の脚本を書くようになったけれど、あくまでも頼まれ仕事ばかり。そうした苦い経験をもとに自分で書いた脚本を売り込んで「セッション」の成功をつかみ、さらに「今時、ミュージカル?」という疑問の声を抑えて、執念でこの作品を作ったということで、かなり根性の人です。確かに、「レ・ミゼラブル」や「オペラ座の怪人」のように、すでに舞台でヒットして定評のあるミュージカル作品の映画化は近年でも珍しくありませんが、映画オリジナル脚本のミュージカル、というのは非常にまれです。
なお、本作はオペラのようにあらゆるセリフを楽曲にしている作品ではなく、普通のストレートな芝居のパートと、音楽のパートが交差する作品ですが、この辺が実に巧妙に使い分けされています。厳しい現実を描く通常のパートと、夢の世界を描くファンタジックなミュージカル・パート、というのが意識して配置されており、これが最後まで効果的です。
本作は、夢をつかもうと悪戦苦闘する売れない女優と、世間に才能が理解されないジャズ・ピアニストの姿が描かれますが、このへんも監督自身の下積み経験がにじみ出ているように思われます。「それでも、いつかは自分の夢をかなえたい」と思って奮闘している人すべてへの応援歌のような素晴らしい作品ですね。また、主演のエマ・ストーンも「アメイジング・スパイダーマン」で注目されるまでは苦しいオーディション巡りの日々だったそうで、その経験も大いに役作りに反映しているように見えます。本作は当初、あのエマ・ワトソンがヒロインという案もあったそうですが、結果から見てエマ・ストーンで正解だったように感じます。そういえばエマ・ストーンの方は、ギレルモ・デルトロ監督の「クリムゾン・ピーク」を主演する予定だったものを降板したことがありました。あちらはミア・ワシコウスカで正解だったように思われます。まあ、こういう役者と監督、作品の出会いも運命的なものといえますね。
ところでこの映画、恋愛ドラマとしてみると、けっこう切ない内容でもあります。全体に映像作りや音楽、色彩、衣装など、現代を扱っていながらどこか古き良き時代のノスタルジーを掻き立てる作品でもあり、あの名作ミュージカル映画「シェルブールの雨傘」にどこか似ている、という声が、見た人から上がっているそうですが、最後まで見るとそのわけが分かります。季節ごとに話が移ろう構成とか、何よりラストシーンの後味が非常に似ているのです。そして、なるほど、人生とは、いたるところで分岐点があり、そこで自覚的に動けた人が夢に近づいていけるのかもしれない。しかしまた、そこで何かを犠牲にしてしまうかもしれない。いろいろなことを考えさせられる作品です。ディミアン・チャゼル監督、後生おそるべし。32歳にして人生、ここまで達観できているとは・・・。
言うまでもないですが、アカデミー作曲賞、主題歌賞をとった音楽が本当に素晴らしい! 全英、全米のヒットチャートでそれぞれ1位、2位となっているそうで、これは映画サントラ盤として、やはりミュージカル映画の傑作「レ・ミゼラブル」以来のヒットです。あえていって今時、はやりの映画音楽然としたスコアからすれば、非常にキャッチーで耳につく旋律は、それこそ「シェルブールの雨傘」などの時代の作品を想わせますが、それが実に素晴らしく、感動的です。また、挿入曲としてジャズの名曲が登場するのはもちろん、冒頭のチャイコフスキー「1812年」に始まり、往年のa〜haのヒット曲「テイク・オン・ミー」やら、日本の滝廉太郎の曲まで使用しており、エンドクレジットで紹介しているので、いろいろ注目です。さらに、グラミー賞歌手のジョン・レジェンドがミュージシャン役で出演しており、「スタート・ア・ファイアStart A Fire」という曲を熱唱しています。これがまた、作品内では、主人公が正統派ジャズではない曲を不本意に演奏させられている、というシーンであるにもかかわらず、非常に名曲でカッコいいです。
作品の最初の部分、実際に高速道路を借りて、渋滞する車の屋根に上ってテーマ曲を歌う群衆、というシーンに度肝を抜かれます。あのつかみ方で、監督の才能がいきなり垣間見えますね。それから、ほかに驚くべき点として、ピアニスト役のライアン・ゴズリングはすべてのシーンでピアノを実際に弾いているそうで、ほんの3か月ほどの特訓であれを弾いているとは、恐るべき努力と才能です。また、ゴズリングもストーンも、演技を撮影しながら実際に歌って生録りを敢行したそうで、これは「レ・ミゼラブル」でも行われた手法ですが、事前に録音した音に口パクするのとはわけがちがいます。事実上、舞台でライブを見るような臨場感ですが、当然ながら出演者は大変です。まあ、今年はちょっとトランプ大統領がらみで政治的な側面も見え隠れしたアカデミー賞でしたが、ああいう背景がなければ、本作はもっと受賞数を増やしたのではないかと、その点が残念に感じます。

高速道路の渋滞の中、オーディションのセリフ覚えで夢中な下積み女優のミア(エマ・ストーン)の愛車プリウスを、売れないジャズ・ピアニストのセス(ライアン・ゴズリング)のオープンカーが追い抜きます。「何よ、感じの悪いやつね」。2人の出会いは最低でした。
ミアはカフェでアルバイトしながら、映画やテレビドラマのオーディションを受けては落選の連続。その日もオーディションを受けて手応えなしで、同じ女優志望のケイトリン(ソノヤ・ミズノ)らと、業界の関係者にコネを作るためパーティーに乗り込みますが、脚本家を自称する男グレッグ(フィン・ウィトロック)にしつこく言い寄られた以外、収穫なし。おまけに愛車を駐車違反で警察に移動され、失意のまま徒歩で帰宅することに。しかしそんな中、素晴らしいピアノの音が聞こえてきます。ふと通りすがりの店に立ち寄ると、演奏していたのはセスでした。
一方のセスは、姉ローラ(ローズマリー・デウィット)から「堅実な仕事に就きなさい」と諌められながら、ジャズ専門の店を開くという夢を諦めきれません。年末のその時期、クリスマス・ソングを弾くように店のオーナー、ビル(J・K・シモンズ)に命じられていたのに、勝手に自分の好きな曲を弾いたことで、その場で解雇。ミアは「あなたの演奏に感動した」と近寄りますが、セスはふてくされて彼女を無視し、店を出て行ってしまいます。こうして、2人の偶然の再会も最悪なものでした。
ところがしばらく後、ある野外パーティーで演奏しているコピーバンドの演奏に目を留めたミアは、キーボードを弾いているのがセスだと気付きます。この会場でも、グレッグにつきまとわれていたミアは、セスに友人の振りをしてもらい、2人で会場を抜け出します。
ここまで、ずっと好感度ゼロでありながら、偶然の出会いが何度も続いたことで、急速に感情が高まっていくミアとセス。お互いに売れない女優とピアニストである身の上で、夢を語り合ううちに意気投合していき、すぐに愛し合うようになります。
だが、そのままでは現実は何も変わりません。己が信奉する純粋なジャズだけを演奏する店を開きたいと考えるセスは、資金を貯めるために、旧友のキース(ジョン・レジェンド)が結成した新しいR&B系のバンドに参加。初めは乗り気ではなかったものの、このバンドが思いがけない成功を収めてしまい、長いツアーに出ることになります。ミアの方も、自分で脚本を書いた独り芝居を自費で上演し、一世一代の大勝負に出ようとします。こうして、徐々に2人の進む道は離れていきます・・・。

「セッション」のJ・K・シモンズが、チョイ役ながら顔を出しているのが嬉しいですね。それから、ヒロインの友人役のソノヤ・ミズノは東京生まれの日系英国人で、これまではモデル業中心でしたが(ユニクロの広告などでも活躍していました)本作が大注目となったので、映画界での活動も増えてきそうです。
ということで、この作品は映画館で見るべき一作だと思いました。もちろん、このような話題作は遠からずDVDになり、テレビでも放映するでしょうが、これほど計算されつくした映像と音楽を味わうには、テレビではいかにももったいないですね。


2017年2月27日(月)
 さて、美しい日本庭園の前にたたずむ駐留米軍の兵隊さん・・・? いいえ、これは私です(当然ですか)。そして、この場所はどこかといえば、赤坂のホテルニューオータニの日本庭園です。実はこの庭園は、熊本城主として有名な加藤清正の屋敷の庭だったそうです。その後、今度は大河ドラマで話題の女性城主・井伊直虎や、幕末の大老・井伊直弼で著名な彦根藩主・井伊家の中屋敷となったとか。実は最近まで、そんなに由緒ある場所とは存じませんでした。
 私は先日、年に1回の人間ドックを受けに、ニューオータニにあるクリニックに行ったのですが、その際に撮影しました。
 ついでに、ホテル地下のレストランに立ち寄ったのですが、これがすごいところに入ってしまいました。ものすごいステーキが出てきました。もちろん、かなり高かったのですが、ありがちな話で、つい入ってしまったので、今さら引き返せず・・・とはいえ、それで後悔しない素晴らしいお肉でございました。

2017年2月24日(金)
「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」Miss Peregrine's Home for Peculiar Childrenという映画を見ました。ティム・バートン監督の新作です。なんというか、X-Menとハリー・ポッターを足して、そこにタイム・ループもの(特定の同じ時間を何度も繰り返す)の要素を加えた、という感じの非常に独特の世界観です。話の内容的に、映像化がかなり難しそうなものなのですが、随所に工夫が凝らされており、映画として非常に面白いと思います。タイム・ループものでは、少し前の「オール・ユー・ニード・イズ・キル」などもありましたが、今回はダーク・ファンタジーとしての持ち味と、SF的な設定の融合が興味深いです。
 原作は2011年に発表されてベストセラーとなったアメリカの小説で、大筋はそのままなのですが、映画化に当たってかなり変更している点もあるそうです。現代のアメリカと、第二次大戦中の英国ウェールズが主要な舞台となります。その時代設定が原作とはちょっとずれているのですが(原作では1940年、映画では1943年)、ラストシーンの設定のための変更らしく、なかなかよく考えられております。
 
 2016年、アメリカ・フロリダに住むジェイク(エイサ・バターフィールド)は、周囲となじめない16歳の孤独な少年です。学校では友達もできず、家庭では両親とも疎遠。祖父エイブ(テレンス・スタンプ)に育てられたおじいちゃん子のジェイクは、ある日、祖父の身に異変が起きたことを知って、アルバイト先の上司シェリー(オーラン・ジョーンズ)と共にエイブの家に駆けつけます。
 家は荒らされ、エイブは両目をくりぬかれて瀕死の状態で倒れていました。彼はジェイクに、ウェールズのケインホルム島に行き、孤児院の管理人ミス・ペレグリンに会うように言い残して死亡します。その場で、腕の長い不気味な化け物の姿を見たジェイクは、拳銃を携帯していたシェリーに射撃するように言いますが、シェリーには化け物の姿は見えず、銃弾も命中しませんでした。
祖父の無残な死にショックを受けたジェイクは、両親の勧めで精神科医のゴラン医師(アリソン・ジャニー)の診療を受けることになりますが、もともと、浮世離れしたおとぎ話のようなことばかり語るエイブと、そのエイブに育てられたジェイクの正気を疑っていたジェイクの父親フランク(クリス・オダウド)は、今回の件でもエイブの言うことなど真に受けるはずがありません。やがてジェイクの誕生日に、叔母スージー(ジェニファー・ジャラッカス)からエイブの形見の詩集を渡されたジェイクは、その中に挟まれていた書簡から、祖父エイブが実際にケインホルム島のミス・ペレグリンと最近まで交流していた事実を知ります。
第二次大戦中に、エイブはミス・ペレグリンが管理するケインホルム島の孤児院で、奇妙な子供たちと生活していた、と聞かされて育ったジェイクは、それまでその話を作り話だと思っていましたが、それが実話であるかもしれないと思い立ち、ウェールズに行くことにします。意外なことに、現地に行って現実と空想の整理をすることは、精神的に良いことだ、とゴラン医師も後押ししたため、父フランクと共にジェイクはケインホルム島に渡ることになります。
島で、口実を付けてフランクと別行動をとったジェイクは、地元の少年たちの案内で孤児院の廃墟にたどり着きます。そこは大戦下の1943年9月3日に、ドイツ空軍の爆撃で破壊されたのですが、やがてそこで、かつてエイブから聞いていた奇妙な子供たち――空気より軽い少女エマ(エラ・パーネル)や、手から炎を発するオリーヴ(ローレン・マクロスティ)、透明人間のミラード(キャメロン・キング)といった人物に実際に会うことになり、1943年の世界に行き着きます。孤児院は爆撃前の姿で立っており、ジェイクを出迎えたのは学院長ミス・ペレグリン(エヴァ・グリーン)でした。超能力を持つ奇妙な子供たちを世間から隔離するために、安全な一日を選んで「ループ」を作るのが、ペレグリンのような鳥に変身できる種族「インブリン」の仕事であり、1943年9月3日を数えきれないほど長い年月、繰り返しているというのです。ドイツ軍爆撃機の爆弾が直撃する直前で、前の日に戻る・・・永遠に続く9月3日。しかしそれは、単に世間の人とドイツ軍から子供たちを守るだけではなく、もっと別の脅威からも守る秘密がミス・ペレグリンにはあるようです。祖父エイブが異常な死に方をした、と聞いたペレグリンと子供たちに緊張が走ります。
やがて、ジェイクは奇妙な子供たちを狙う恐怖の敵バロン(サミュエル・L・ジャクソン)の存在を知り、祖父の死にそのバロンと、彼が従える化け物ホローガストが関わっていた事実を知ります。近隣のループ地ブラックプールがバロンたちに襲撃され、管理人ミス・アヴォセット(ジュディ・デンチ)が負傷して逃れてくると、事態は緊迫化。さらに、親しくなったエマから「普通の人はループの世界に入れない」と聞かされたジェイクは、自分も「奇妙な子供たち」の一人であり、特殊な能力を持っていること、祖父エイブもそうであったことを悟りますが・・・。

ということで、物語は思いがけない方向に急速に動いていきますが、相当に複雑なお話を力技でまとめ上げている感じ。さすがティム・バートンなのですが、しかし、案外にティム・バートン臭さはない感じもします。そこはやはり、今回は常連ジョニー・デップが出ていないからでしょうか。
エヴァ・グリーンが何と言ってもはまり役です。尋常でない人物像ですので、このぐらい存在感がある人でないと全く務まらないでしょう。現在19歳のエイサ・バターフィールドは「縞模様のパジャマの少年」で見出された逸材で、マーティン・スコセッシ監督の「ヒューゴの不思議な発明」でブレイクし、「エンダーのゲーム」でも主演、そして本作と、まさに昇り竜の若手注目株。繊細な演技が要求される本作でも、見事に演じきっております。ヒロイン格のエマを演じたエラ・パーネルは「キック・アス/ジャスティス・フォーエバー」などに出た後、ディズニーのヒット作「マレフィセント」でアンジェリーナ・ジョリーが扮した魔女マレフィセントの少女時代を演じて、一躍注目されました。こちらも1996年生まれで、これから有名になりそうです。そして、重鎮サミュエル・L・ジャクソンとジュディ・デンチが作品をしっかり支えています。こういうファンタジーに説得力を与えるのは、実力派の大物俳優の存在です。いい仕事をしています。その意味では、二つの時代をつなぎ全体のカギを握る祖父エイブ役のテレンス・スタンプも重要ですが、1960年代から活躍する大ベテランの演技が光ります。また、冒頭で活躍するシェリー役のオーラン・ジョーンズは「シザー・ハンズ」や「マーズ・アタック!」にも出ていたバートン監督とは縁の深い女優さんです。
ところで、こういうファンタジー映画というと、第二次大戦下の英国が舞台、というものがけっこう多いですね。そして、ドイツ空軍が必ず登場します。今回もハインケルHE111の編隊がやって来て、爆弾を落としていきます。まさに今回の隠れた主役です。ちょっと思ったのですが、ハインケルの爆弾倉は縦に爆弾を積む独特の形式だったような気がするのですが、この映画では横置きのようで、あのへんはどうなんでしょうか。
ほかにも、戦時中に軍に入隊したエイブがミス・ペレグリンに電話をかけてくるのですが、その背景で星の徽章を付けた軍用車が走っていたり、第二次大戦中のアメリカ海軍の戦艦の艦上シーンで整列した水兵を将校が検閲していたり、と細かいところで、ほんのワンシーンでとにかく手を抜かないのが素晴らしい。おや、なぜこんなシーンで日本の紙幣が映るのだろう、と思っていると、その後で東京に話がつながっていくとか・・・実に芸が細かいです。一瞬も見逃せません。後で何回も見直す必要があるような、凝った作品です。


2017年2月18日(土)
 このほど私、50歳となりました。半世紀です。一昔前の松本清張さんの小説で、登場人物の描写として「もう50歳の老人だが」と書いてあったように記憶しています。平成の初めごろでも、会社の定年はまだ55歳が普通でしたよね。サザエさんの父、波平さんが、現役会社員(ということはまだ50歳代)なのにあれほど老人のように描写されているのも、つまり、ほんの数十年前まで50歳は立派な老人であった、ということを意味しているようです。
 それで、銀座・松屋百貨店のレストラン「イ・プリミ」で、サプライズとしてお祝いのデザートを出してくれました! 以前にちょっと「もうすぐ50歳なんだよね」と言ったのを、覚えていてくださったようです。イ・プリミの皆様、ありがとうございました!

2017年2月16日(木)
 日中は春めいた陽気になってきましたね、しかし朝晩はまだまだ寒いので、皆さまご自愛ください。さてそれで、私はこのほど東京・上野の東京国立博物館・平成館で開催されている「特別展 春日大社 千年の至宝」というものを見てきました。
 春日大社(奈良市)と言えば、「平安の正倉院」という異名があるほど、平安〜鎌倉、室町期の国宝・重文クラスの秘宝がひしめいていることで有名。特に歴代の公家や武将からの崇敬を集め、彼らが奉納した昇殿用の飾刀や、太刀、甲冑などは国内でも有数のコレクションを所持しています。今回はそれらを一堂に、おしげもなく展示してあるのですね。
 特に、展示物の入れ替えの関係で、初めのころの展示品と、後半の展示品は変わってしまうのですが、2月14日〜19日の間の6日間だけは、今回の目玉である国宝の4領の大鎧・胴丸が並ぶという、夢のような構成になっております。
 とにかく、その4領の甲冑はド迫力です。鎌倉期大鎧の作例として非常に有名で、かつての説では源義経が奉納したともいわれていた赤糸縅の大鎧・梅鶯飾および竹虎雀飾の2領は、このへんの時代が好きな方は何度も写真は見ていると思いますが、実物が目の前にあるとなんとも感無量です。また大袖付きの黒韋縅の2領の胴丸も、奇跡のコンディションです。まるで最近、製作されたような生々しさに目を見張ります。春日大社でも、この国宝の4領の鎧を並べて見せることはまずないそうで、きっと今回限りじゃないかと思われます。
 ほかにも、平安期の華麗な飾刀や、鎌倉期の毛抜型太刀、兵庫鎖太刀など、まだ後の時代の日本刀の形式になる前の古式な刀が多数、陳列されており、いやもう、平安〜鎌倉時代の源平合戦ごろが好きな人にはたまらない展示ですね。
 本展は当日券1600円で、3月12日(日)まで(月曜休)。午前9時半〜午後5時(入館は午後4時半まで)となっております。


2017年2月14日(火)
今日はバレンタインデーということで、KALDIコーヒーで見つけたのが個性的なロリポップ・チョコの数々。
 スター・ウォーズの人気キャラBB8型のもの、あひるさん型、それにちょっと気が早いですがおひな様型、というものもありました。

2017年2月10日(金)
 「ハンガー・ゲーム」で知られるゲイリー・ロス監督が、マシュー・マコノヒー主演で製作した映画「ニュートン・ナイト/自由の旗をかかげた男」FREE STATE OF JONESを見ました。大物俳優の新作なのに、都内でも2か所でしか公開されていないので、私個人としてはかなり遠出となる新宿・武蔵野館まで足を運びました。この映画館がまた、規模の小さいシアターでして、ちょっともったいないな、というのが正直な感想。
 とにかく、ほとんどの日本人が知らない人物の物語で、そしてご当地のアメリカでもあまり知られていない、というこのお話。映画としてどうこういう前に、まずはこの史実を知ってほしい、と強く思いました。南北戦争時代のアメリカ南部が舞台なのです。
 南北戦争という題材そのものが、日本ではいまいち、関心を引くとは言えません。その理由の一つとして、アメリカがこの内戦をしている時期、日本も幕末の動乱から戊辰戦争へと向かう時代であり、外国の戦争より国内の戦争に目が向いていた。それは当時もそうだったし、今でもそうだ、ということだと思われます。ただ、南北戦争のために、もともとアメリカ海軍のペリーが来航したことで始まった幕末の動乱に、結果としてアメリカが介入できなかったという意味合いがあり、さらに、南北戦争の後に余剰となった武器や軍装品が、戊辰戦争時の日本に大量に送られた、という点でも、大いに日本史にかかわりがある歴史イベントだと考えられます。明治初期、西郷隆盛が建軍した初期の日本陸軍の軍装に、アメリカの軍装、特に北軍の軍装の影響が大きいのも、間接的な影響と言えましょう。
 さて、この作品は、南北戦争のさなかに、戦争に嫌気がさして南軍から脱走したミシシッピ州ジョーンズ郡の貧しい白人農民ニュートン・ナイトNewton Knight(1837年〜1922年)が、同じく南軍の脱走兵士や、黒人の逃亡奴隷たちを率いて、南軍にも北軍にも属しない、人種差別や貧富の差を認めない独自の政体「ジョーンズ自由州」を樹立していた、という驚くべきテーマを扱っております。いわば正式な奴隷解放よりも前に、すでに実践していた人物が実在した、というわけです。
 しかし、こういう人物の存在は、敵対勢力だった南部側はもとより、奴隷解放の手柄のお株を取られてしまう北部側から見ても、邪魔なわけでして、そのためにこの自由州と、ニュートン・ナイトの名は正統アメリカ史から黙殺されてきたのだそうです。実際、ナイトの戦いは戦争の間だけで終わらず、奴隷解放と南北戦争の終結後も、実際には南部で続いていた「年季奉公」という名の事実上の奴隷制度や、法律的には認められた黒人選挙権の事実上の否定、さらにKKK(クー・クラックス・クラン)のような白人至上主義者による黒人の虐殺、私刑・・・こういったものとも戦わなければなりませんでした。そういう圧力の中、元奴隷の黒人女性を内妻とし、彼らの教育や、参政権の確立にも尽力して85歳で亡くなったナイトという人は、まことに強靭な人物だったのでしょう。
 そして、2017年の今、こういう作品を見ると、いわゆるトランプ大統領の支持層の中に今も見え隠れする白人至上主義者の存在があまりにも露わに見えます。ああ、もう150年も前から続いている「ニュートン・ナイトの戦い」は今でも終わっていないのだな、と感じるわけです。
 本作は、2016年に公開後、一部で大きな反響を得て、アカデミー賞も有力視されていたのですが、結局、2017年の賞レースにはノミネートされませんでした。思うに、あまりにも生々しい題材なので、今のアメリカ人には直視できなかった部分もあるのではないか、と思っております。また、史実としてはどこまでが本当にあった話なのか、ジョーンズ自由州なるものの実態という点で、学術上、いろいろ問題もあるともいいます。ただ、本作でも好演しているマハーシャラ・アリは、「ムーンライト」でアカデミー助演男優賞にノミネートされているそうですね。この人は「ハンガー・ゲーム」シリーズでも有名で、今後も活躍してくれそうです。

 1862年、南北戦争のさなか。南軍衛生兵として従軍するニュートン・ナイト(マコノヒー)は、「黒人奴隷を20人以上所有している者は兵役を免除する」という南部の新法に激しく憤ります。彼のような、奴隷など持っていない零細農家には、もともと何の関係もない戦争です。金持ちのために貧乏人が戦う、というこの戦争に疑いを持ったナイトは、わずか14歳で徴兵された甥っ子のダニエル(ジェイコブ・ロフランド)が目の前で戦死するのを見て、ついに脱走を決意。縛り首になるのを覚悟で、ダニエルの遺体をジョーンズ郡に運びます。
 しかし、久々に戻った故郷では、情け容赦なく物資や食料を徴発していく南軍補給官バーバー中尉(ビル・タンクレディ)の暴虐により、疲れ切った女性や子供の姿がありました。やがてバーバーに銃を向けたナイトはお尋ね者となり、妻セリーナ(ケリー・ラッセル)からも見放されて身を潜めることになります。一人息子が病気のときに介護して救ってくれた黒人奴隷の女性レイチェル(ググ・バサ=ロー)の手引きで、沼地の奥にたどりついたナイトは、逃亡奴隷のモーゼス(アリ)たちと出会います。運命を諦めきっているモーゼスたちに武器を調達したナイトは、彼らを追ってきた奴隷捜索隊の連中を血祭りに上げます。
 彼らの蜂起を知って、各地から集まってきた逃亡奴隷や脱走兵たちが集結し、軍隊規模にまで大きくなっていきます。激戦の末、バーバーの上官である南軍の残酷な指揮官、フッド大佐(トーマス・フランシス・マーフィ)を処刑したナイトたちは、さらに南軍の拠点を占領して1864年、ジョーンズ自由州の独立を宣言しますが、それは終わりなき戦いの序章にすぎませんでした。1865年、戦争が終わって、憲法の改正により南部の黒人奴隷はすべて解放されたはずでしたが・・・。
 さらに85年後の1950年代にもなって、また新たな問題が起きたことを映画は紹介します。ナイトの子孫であるデイビス・ナイト(ブライアン・リー・フランクリン)が、白人女性と婚姻したことが違法として、デイビスは逮捕されてしまいます。彼はナイトとレイチェルの間に生まれた二男の子孫であり、8分の1が黒人の血統である、よって白人との婚姻は違法であるというのです。この時代になっても、南部の州法では、白人と異人種との結婚は許されない犯罪行為だったのです・・・。

 凄惨な戦闘シーン、残虐行為や私刑、といったシーンが全編に出てくる重い作品なのですが、不思議とマコノヒーが演じていると、このどこか毅然としつつも飄々たる人物が映画の中心にいることで、単なる残酷映画じゃない説得力が生まれる感じがしますね。おそらくこの人が主演でなければ、うまく映像化できなかった作品じゃないでしょうか。モーゼス役のアリもいい味を出しており、レイチェル役のググ・バサ=ローもいいですね。普通にやってしまうと見るに堪えない陰気な話になりかねない本作を、俳優陣の持ち味で見事に作品として成り立たせている感じです。
 この作品で見る限りですが、ナイトという人は、間違っているものを見ると黙っておられず、困った人を見ると助けたくなってしまう、それで次々に面倒に巻き込まれてしまう性分の人に見えます。しかし、いつしか不満分子が彼の下に自然に集まってきて、反乱軍の大将に祭り上げられてしまう、というタイプのリーダーのようです。あえて言って、欧州ならロビン・フッド、日本史上でいえば平将門とか、西郷隆盛のような人物ですね。何か自覚的に戦略を描いたり、仕掛けたりしたわけではなく、時代が彼を求めていて、そのように自然に動いたらこうなった、ということ。その、いつの間にか、こうなっちゃったんだよ、というのを表現するには、器量の大きさ、人の好さ、自然さがないといけません。マコノヒー以外に、これほど的確にこれを演じられる人もいないでしょう。なお、本作でのナイトの主張は、人種問題よりもむしろ、貧富の格差の問題の方が前面に出ており、見ようによっては共産主義的な考え方に近いもののように描かれていますが、実在のナイトがそうであったのか、は私には分かりません。
 南軍の軍装が丁寧に再現されています。通常、南北戦争というと勝者である北軍側の描写が多く、その意味で、南軍側から描いた非常に貴重な映画です。私も、当時の南軍の灰色の軍装が、オーストリア帝国軍のものの影響を強く受けていたことは知っておりましたが、星章を着けている佐官以上の服装は調査したことがありますが、尉官以下についてはよく承知しておりません。この映画では、将校の下襟は黄色であったり、下級将校は襟にドイツ風のリッツェンを付けていたりするなど、軍服のディテールに目を奪われました。
 ところで、ナイトたちにしても、敵対する連中にしても、この映画の世界で物を言うのは、最後は銃なのです。要するに力こそ正義。たとえ黒人奴隷であっても、銃を持って武装していたら相手も言うことを聞くしかない。結局、西部劇の世界です。選挙の投票という最も民主的であるべき場でさえ、妨害する勢力も、投票しようとする側もどちらも銃を構えて恫喝しあうシーンがあります。南北戦争で銃器の扱いに手慣れた連中が、そのまま戦後も銃を構えた正義を主張し続けたのが西部劇的な世界で、いわば戦国時代の後に刀狩をしなかったらどうなったか、という歴史なのだと思います。アメリカ人が、今に至るまで銃による正義を主張し続けるのはなぜか、というのも、このへんに原点があるのだろうという感想も抱きました。
 アメリカ人が長らく自慢してきた自由とか平等とか、民主主義とかいう観念が一体、なんであるのか。外国人である我々から2017年の現代の目で見たときに、それが非常に綺麗ごとと矛盾に満ちたおかしなものに映るわけですが、歴史的に紐解くことで、もうこのへんからさほど進歩していないのだよ、という描き方をしたのが本作だろうと思います。このような時代に一石を投じた監督と出演者に、敬意を表したいと思いました。おそらく、アメリカの一部の人たちは、この作品の内容に反発したのではないかとも想像されます。
 せっかくこういう作品を日本でも公開しているのですから、少しでも多くの方に見てほしいと思いました。どう感じるのであれ、問題作であることは間違いないです。また、私個人としては、劇映画としても非常に見応えある一作だったと思います。


2017年2月05日(日)
 黒澤明監督の代表作を一つ挙げろ、といわれれば、人それぞれでしょうが、1954年の「七人の侍」を推す人は多いでしょう。私は個人的に、黒澤監督は特に戦国時代ものを撮るときが最も面白い、というのが持論でして、「七人の侍」か「隠し砦の三悪人」か「影武者」か、と感じております。おそらく、西部劇のような作品を日本で撮るなら、背景としては戦国時代じゃないのか、というのがあると思います。アウトローが跋扈していておかしくない時代、です。同時に、黒澤作品と言えばこの人、三船敏郎さんが一番、輝くのも戦国ものと思われるのですね。「七人の侍」はまた、Seven Samuraiの名で国際的にも有名であり、多くのハリウッド監督にも影響を与えたと言われます。先日のスター・ウォーズ新作「ローグ・ワン」の監督も、徐々にすご腕の仲間が集まってチームを組み、絶体絶命の困難な任務に立ち向かう、という要素で「七人の侍」を意識した、と発言していたようですね。
 それで、公開当時、その「七人の侍」に惚れ込んだ名優ユル・ブリンナーがリメイクに乗り出し、自ら主演してこれも西部劇史上に残る名作となりましたのが、1960年の「荒野の七人」The Magnificent Sevenだった次第です。こちらは、その時点でほぼ無名の新人だったスティーヴ・マックイーン、チャールズ・ブロンソン、ジェームズ・コバーン、ロバート・ヴォーンらの出演者が本作を契機に人気を得て、その後、そろって大スターになりました。
 そしていま、21世紀になってこの原案をそのままに、アントワン・フークワ監督の手で新作西部劇「マグニフィセント・セブン」The Magnificent Sevenが制作される、という一報を聞いて驚いたものです。ということで、見に行って参りました。

 南北戦争の余韻が残る1879年、アメリカ西部の小さな町ローズ・クリーク。この町にサクラメントの悪徳資本家ボーグ(ピーター・サースガード)が目を付けました。近くにある金鉱山の経営のため、この町を乗っ取って独り占めにし、拠点とする計画です。開拓した住民たちは3週間以内に立ち退くように強要されました。勇気ある青年マシュー(マット・ボマー)は抗議の声を上げますが、ボーグに射殺されてしまいます。
 マシューの妻、エマ(ヘイリー・ベネット)は、友人のテディ(ルーク・グライムス)と共に、ボーグの横暴から町を救ってくれそうな腕利きのガンマンを探すことに。そしてある町で、見事にお尋ね者を始末したチザム(デンゼル・ワシントン)を見て、懇願します。初めは取り合わなかったチザムですが、ボーグの名を聞くと心が動き、エマたちの力になることを約束します。
 さらに、チザムが追っていたお尋ね者のバスケス(マヌエル・ガルシア=ルルフォ)、早撃ちの名手でカードと女が好きなファラデー(クリス・ブラット)、南北戦争時代からのチザムの知人で、かつて南軍きっての狙撃兵だったグッドナイト(イーサン・ホーク)、その相棒でナイフの使い手である東洋人ビリー(イ・ビョンホン)、往年はインディアン狩りで名を上げたものの、今では時代が変わり失業している怪力男のジャック(ヴィンセント・ドノフリオ)、さらにひょんなことから仲間に加わる一匹オオカミのコマンチ族戦士レッド・ハーベスト(マーチン・センズメア)が集結し、まずはローズ・クリークを占拠しているボーグの手下、22人を血祭りに上げます。
 町の人々は怯えつつも、頼もしい7人のガンマンの登場に勇気を振り絞り、ボーグと闘うことを決意。
 しかし、怒りに燃えたボーグは百人を超える大軍を編成し、ローズ・クリークを襲撃することにします。決戦まで残された時間は1週間。7人のガンマンと、町の人々の運命やいかに・・・。

 というようなわけで、大筋の所では「七人の侍」「荒野の七人」と変わらないわけですが、細かいところはけっこう相違します。中心人物チザムが黒人である、というだけでなく、メキシコ人のバスケス、東洋人のビリー、インディアンのレッド・ハーベストまで参加してまさに多人種軍団になっています。あえて分類すれば、7人のうち4人が有色人種、というわけで、現代的な西部劇解釈、といえるかと思います。時代考証的には、南北戦争が終わり、奴隷解放令が出た後の1870年代末なので、黒人のガンマンがいてもありえない話ではないし、日本もすでに明治時代となっている時期、ビリーがどこの出身か明言されませんが、このぐらいの時代になると中国、韓国、日本などから来た東洋系のガンマンがいても決しておかしくはない、ということです。が、実際にそういうことがどの程度あり得たか、というとそれはまた別問題で、やはりこのあたりは、リアリティーと言うより、自身も黒人であるフークワ監督の意識、というのも反映しているのかもしれませんけれど、しかしパンフレットによれば、監督も出演者も、そんな人種的なことはあまり意識しておらず、ひたすら娯楽作品として面白い7人の組み合わせを考えたところ、いろいろな人種になった、と言っているようです。実際、フークワ監督の「トレーニング・デイ」でオスカー受賞したデンゼル・ワシントンがここで中心人物として起用された、というのは、あくまでも監督の人脈の中で最高の俳優を求めたらこうなった、ということなのかもしれません。
 今作が、二つの原典と違う点で言えば、経験の浅い若造、というのが7人の中にいません。「侍」における勝四郎、「荒野」におけるチコにあたる人物です。彼らは町の農民の娘と恋に落ちる、という話があったんですが、今回はそのへんバッサリとありませんし、必然的に未熟な若者の成長物語という部分もありません。それから、やはり「荒野」ではチコが担っていた部分と思いますが、「侍」で三船が演じた菊千代のような型破りな人物、というのもいません。まあ今作ではジャックがいくぶん、そうなのかもしれませんが、菊千代の人物像が「侍」で体現しているものが、いかに作品を深くしていたか、というところを思うに、ちょっと今作は物足りない感じもあります。ただ、そういう町の人との関わり的な部分をカットし、戦闘シーンを増量したことで現代的なテンポの映画になっている、のも事実なので、このへんは配分が難しいところです。
 一方で、旧作へのリスペクトという面も大いにあり、特にチザムが全身黒ずくめの衣装であることは、明らかに「荒野」でユル・ブリンナーが演じた7人のリーダー、クリスの影響でしょう。コマンチ族戦士の名前「レッド・ハーベスト」は、ダシール・ハメットのハードボイルド小説『血の収穫』Red Harvestに由来しますが、実はこの小説は、黒澤明監督の別の名作「用心棒」(1961年)の原案の一つとされています。
それより何より、本作では最後の最後になって、「荒野の七人」のあの1960年のテーマ曲(エルマー・バーンスタイン作曲)が思い切り、流れます。ずっと、この有名なテーマ曲をマイナー調にしたような曲が作中で流れていたのですが、やはり本歌取りだったのですね。ちなみに本作の音楽を担当したのはジェームズ・ホーナー。これまでどんな作品の曲を手がけたかといえば、「タイタニック」「アバター」「コマンドー」「コクーン」「マスク・オブ・ゾロ」「トロイ」「アポカリプト」「薔薇の名前」「フィールド・オブ・ドリームス」「グローリー」「ブレイブハート」・・・とまさに巨匠中の巨匠ですが、2015年6月に飛行機事故で亡くなり、本作が彼の遺作となってしまいました。
 「七人の侍」が西部劇と決定的に異なるのは、封建時代の日本の侍と農民は身分違いであり、農民が金で武士を雇用する、などというのが本来は非常識。そもそも、そこを乗り越えて共闘することが難しい、という要素です。ここがストーリー的にも面白いわけですが、やはり西部劇だとそのへん、あまり深くならないのは致し方ないですね。別にガンマンと町の農民で、どちらが偉い、というわけでもありませんので。
 ともかく、フークワ監督もデンゼル・ワシントンも、「この時代に、今後、西部劇が作れるかどうか分からないから、とにかくやった」と発言しているようです。本当にそれはその通りで、特撮が通用せず、ひたすらきついスタントやトレーニングで昔ながらの撮影をするしかない西部劇は、なかなか新しい作品が作られないジャンルとなってしまいました。これは日本の時代劇もそうでしょうが、やはり志のある人たちが作り続けていかないと、ノウハウが廃れてしまう分野じゃないでしょうか。そういう意味でもまことに貴重な一作だと思います。


2017年2月04日(土)
引く手あまた、今を時めく俳優の一人であるベネディクト・カンバーバッチですが、ついにマーベル・シネマティック・ユニバースの世界に登場! 同シリーズの通算14作目「ドクター・ストレンジ」Doctor Strangeで主演、ということで、カンバーバッチに以前から注目している我が家としましては、当然、見に行った次第です。
 考えると、テレビシリーズSHERLOCK(シャーロック)のシャーロック・ホームズとか、カーン(スター・トレック)、アラン・チューリング(エニグマ・ゲーム)など、天才的知性を持ち、高慢ちきで鼻持ちならないけれど、孤高の人で、不器用で、カリスマ性の高い魅力的な男、というのをやることが多かったカンバーバッチ。「ホビット」シリーズでの悪龍スマウグ役もまた、そういうキャラの一典型だったといえましょう。してみれば、天才的外科医から稀代の魔術師に転向したドクター・ストレンジというのは、まさにこの人のための役柄、という感じがあります。実際、もしカンバーバッチ以外の人がやったら、本当に単なるイヤなヤツ、身の程知らず、井の中の蛙・・・というキャラになりかねなかったと思われます。多忙を極めるカンバーバッチに三顧の礼を尽くし、テレビシリーズ続行中のSHERLOCKの制作サイドにも協力してもらい、なんとかスケジュールを調整して出てもらった、という関係者の努力が実った作品といえるのでしょうね。
 
 天才神経外科医の名をほしいままにしているスティーヴン・ストレンジ(カンバーバッチ)。今日もER(救急救命室)で、元恋人で同僚のクリスティーン・パーマー医師(レイチェル・マクアダムス)の懇願を受け入れ、主治医のウェスト医師(マイケル・スタールバーグ)の意向を無視して難しい手術を強行、見事に成功させます。
 地位、名誉、金銭をすべて手に入れ、成功街道をひた走り、いささか天狗になっているストレンジですが、あるパーティーに向かう途中、自慢のスポーツカーの運転を誤り崖から転落、九死に一生を得る重傷を負い、人生は暗転します。
 病院でウェストが救急処置をしましたが、彼の手に負えるものではなく、ストレンジは外科医として致命的な、両手の自由を失います。ストレンジは、あらゆる方法を駆使して手を治そうと試みますが、ついに望みを絶たれ、すべての財産も使い果たしてしまいます。ずっと見守ってくれたクリスティーンに八つ当たりして彼女も離れていってしまう始末。そんな中、ストレンジは担当の療法士から、脊髄を損傷しながら奇跡的に全快した人物がいると聞かされショックを受けます。その男、バングボーン(ベンジャミン・ブラット)はストレンジに、ネパールの「カマー・タージ」という秘密の僧院に行けば、回復の見込みがあると告げます。
 オカルト的な話には本来、懐疑的な唯物論者のストレンジですが、今はそんなことをいっている余裕はなく、ワラにもすがる気持ちでネパールに。そこで悪者に襲われて危ないところ、謎めいた男モルド(キウェテル・イジョフォー)が助けてくれ、カマー・タージに案内してくれます。そこで出会ったのは、何千年の時を生きていると思われるケルト人女性の大魔術師、エンシェント・ワン(ティルダ・スウィントン)でした。彼女は、傲慢で物質に偏重した考え方に満ち満ちているストレンジに、宇宙と生命の壮大な秘密を見せつけ、並列する多元宇宙の中に存在するこの物質世界はほんの一部でしかない、という真理を告げます。初めは受け入れられなかったストレンジですが、幽体(アストラル体)となって身体から離脱する経験を経て、いったん、その正しさを理解すると、エンシェント・ワンを師として仰ぎ、元より優秀な人物であるがゆえに、次々に奥義を学んでいきます。あまりに先走ったことを学ぼうとするあまり、書庫番のウォン(ベネディクト・ウォン)にたしなめられたりもしますが、短い期間にストレンジは多くのことを身に着け、エンシェント・ワンも彼の才能を認めるようになります。
 ところで、エンシェント・ワンには、かつて愛弟子であるカエシリウス(マッツ・ミケルセン)という男がいました。カエシリウスはその後、カマー・タージを離れ、暗黒の宇宙の意志であるドゥマムゥを信奉するように。彼はウォンの前任の書庫番を殺害してエンシェント・ワンの蔵書を盗み出し、禁断の儀式を行ってドゥマムゥをこの世界に導き入れようと画策していました。
 ロンドンのエンシェント・ワンの拠点を襲ったカエシリウスの一味を、たまたまそこに居合わせたストレンジがたった一人で迎え撃つ羽目になりますが、戦闘の経験のない彼はいきなり大ピンチ。カエシリウスの部下ルシアン(スコット・アトキンス)の攻撃で瀕死の重傷を負ったストレンジは、魔術を使ってアメリカの病院に飛び、クリスティーンに助けを求めます。しかしそこにアストラル体(幽体)となったルシアンが現れ、今度こそ絶体絶命に。ドクター・ストレンジは危機を脱し、世界がドゥマムゥの手に落ちるのを阻止出来るのでしょうか・・・。

 というような展開で、もう現在の映像技術の限界、というような、ほかで見たこともないような映像が次々に飛び出します。スピリチュアル世界そのものを扱った内容であり、また宇宙と生命の神秘そのものを扱っているテーマでもあり、ちゃちな視覚効果では子供だまし、という感じになりかねません。マーベルがこの題材を14作目まで温めていたのも、技術的な進歩がやっと、やりたいことに追いついた、ということだと思います。
 これを見せられると、ああ、よくいう「幽体離脱」という経験は、本当にきっとこうなのだろうな、というものすごい迫真性があります。ずいぶんそのへんのスピリチュアル的知見も研究して作られた映像なのだろうと感心します。
 原作コミックでは老人の男性であるエンシェント・ワンを大胆に女性にするとか、本来、悪役であるモルドを、少なくとも最初はストレンジの最も頼れる兄貴分として設定するとか、この映画ならではの変更点がいろいろありますが、これも計算しつくされてのことと思われ、非常によく出来ているな、と思いました。
 監督はスコット・デリクソン。キアヌ・リーヴス主演のSF「地球が静止する日」がいちばんよく知られている作品でしょうが、その他の作品ではホラーやオカルト系のものが多く、ジェリー・ブラッカイマー製作の実録ホラー「NY心霊捜査官」を監督して話題を呼ぶなど、実は心霊系が得意な監督です。そんなデリクソン監督が本作に大抜擢されたのも理解できます。実際、単なるヒーロー・アクションもの、という枠では捉えられないのがこのドクター・ストレンジという作品だと思われます。
 音楽も凝っていて、全体の担当はマイケル・ジアッチーノ。スター・ウォーズの新作「ローグ・ワン」もこの人のスコアでした。ちなみにこの人、テレビゲーム「メダル・オブ・オナー」で有名になってから映画音楽の世界に参入し、「カールじいさんの空飛ぶ家」でアカデミー賞を受賞、その後も「ミッション・インポッシブル」シリーズを手掛けるなど、今、最も注目される作曲家です。また挿入曲も興味深く、手術のシーンでかかる曲はアース・ウィンド&ファイアーの「シャイニング・スター」、車の運転中に流れるのがピンク・フロイドの「星空のドライヴ」・・・ストレンジは70年代ぐらいの楽曲が好きなわけでしょうね。
 カンバーバッチの説得力ある演技はもちろん、アカデミー女優のティルダ・スゥイントンや、「ローグ・ワン」でも演技が絶賛されたマッツ・ミケルセンといった実力派が固めて、決して子供向けの浅いコミック作品という感じにしていません。非常に深遠な哲学的な作品に仕上がっております。といって、娯楽作品としても極上で、アベンジャーズ・シリーズとの絡みもしっかり配置されており(ワンシーンですが、「マイティ・ソー」のクリス・ヘムズワースも登場します)まことに良くできた作品でした。
 そのヘムズワースの登場シーンでは、ソーの弟、ロキ(トム・ヒドルストン)の名前にわざわざ言及。次作ではこのへんと絡むのでしょうか、楽しみですね。
 そうそう。マーベルの総帥で、全ての映画にワンシーンは出ているスタン・リー氏(なんと94歳)が本作にも登場! ロンドンのバスの座席で、オルダス・ハクスリーの『知覚の扉』The doors of perceptionという本を読んでいる老人、という役柄でカメオ出演していますよ。この本というのは、『すばらしい新世界』などで知られる作家ハクスリーが、自身のメスカリン(幻覚剤)体験を描いたもので、人間の知覚がごく制限されたものしか認識していない、ということをテーマにした内容です。同書の題名が、ロックバンド「ドアーズ」の名前の由来であるのも有名な逸話です。


2017年1月27日(金)
 マーティン・スコセッシ監督の新作「沈黙」Silenceを見ました。「タクシードライバー」「ギャング・オブ・ニューヨーク」「アビエイター」などで知られる巨匠が、原作小説を読んで感動し、実に構想開始から28年もかけて映画化した、という作品。原作は言わずと知れた日本の文豪、遠藤周作先生です。原作小説は1966年に発表、ということで半世紀前のこと。そして、遠藤氏は1996年に亡くなっていますが、スコセッシ監督は91年、遠藤氏に直に会って、映画化の許可を貰ったそうです。遠藤氏の原作は、17世紀初めの実在の宣教師をモデルとして、小説的な脚色を加えたものですが、大筋の話は史実が下敷きになっています。
 スコセッシ監督の長年の執念の実現、というもので、これは1630年代末の日本を舞台にした時代劇でもあるわけですが、日本の観客から見ても全く違和感がない、といってよいのではないでしょうか。登場する江戸時代の農民や漁民、武士たち。その身に付けている衣装や刀、昔の日本で見られた小さな馬に、馬具。完璧な時代考証に驚かされます。
 私は、中学生時代に原作小説を読んで、非常に感銘を覚えました。確か、学校に提出する読書感想文のテーマにしたのじゃなかったかと思います。キリスト教という宗教の問題だけでなく、日本という国の特殊性、異文化の理解と衝突とか、人の生き方といったところまで、その年齢なりに考えさせられた作品でした。それで、私個人の当時の印象として、途中で主人公の書簡の形から、通常の小説体、さらにオランダ商人の書簡による伝聞・・・などと視点が変わるところがあり、けっこう読んでみると分かりにくいんですよね(それは、この映画化でもそのまま踏襲されています)。また、主人公が日本に来てから各地を転々とした後、捕えられた後もあちこちに連れ出されたりして、中編なのに登場する人もどんどん入れ替わるし、シーンもかなり展開する。よって、決して難解ではないのですが、意外に文章では理解しにくい印象もあったのです。しかし、今回の映画化によって、非常に分かりやすくなったと感じました。昔、読んだシーンが頭の中でつながった気がしました。これは、そういう意味で映画化に向いた素材だったのですね。
 特に私の中では、この作品のキーマンともいえる実在の人物、井上筑後守政重(1585〜1661)というのがなかなか視覚イメージしにくかったのですが、イッセー尾形さんが起用される、と聞いた時に「なるほど」と膝を打ちました。何を考えているのか分からない、底知れぬ狡猾さと、一見した人当たりの良さと、そして驚くほど深いキリスト教と異文化への理解・・・この謎めいた人物を視覚化するなら、確かにイッセーさんしかない、と思います。それが見事にはまっています。その他のキャストも素晴らしいです。名優リーアム・ニーソン、「スパイダーマン」で名を上げたアンドリュー・ガーフィールド、「スターウォーズ」新作で世界的な知名度を得たアダム・ドライヴァーといった若手、それに浅野忠信、窪塚洋介ら日本人俳優陣の頑張りも素晴らしいです。
 
 江戸時代初め、キリシタン弾圧が強化された徳川時代の日本。
15年にわたって、日本での布教活動の指導者だったフェレイラ神父(ニーソン)が捕えられ、キリスト教を棄てた、というニュースがイエズス会に衝撃をもたらします。1640年、マカオのイエズス会指導者、ヴァリニャーノ神父(キアラン・ハインズ)は、日本に潜入してフェレイラを救出したい、と訴えるフェレイラの弟子、ロドリゴ神父(ガーフィールド)とガルペ神父(ドライヴァー)の申し出を、あまりにも危険だとして止めますが、2人の熱意を受けて許可します。
マカオにいた日本人、キチジロー(窪塚)を案内人として中国船で長崎に潜入した2人は、隠れキリシタンの住むトモギ村の村長イチゾウ(笈田ヨシ)、モキチ(塚本晋也)らにかくまわれ、密かに布教活動を再開。しかし、身を潜めることしかできず、フェレイラの行方も皆目、わからない状況に2人の神父は焦り始めます。
彼らの動きはついに幕府の知るところとなり、キリシタン弾圧の責任者である長崎奉行・井上筑後守(尾形)が乗り込んできます。彼はイチゾウ、モキチ、キチジローらを捕えますが、キチジローはあっさりと棄教を認めて逃亡。イチゾウとモキチはロドリゴやガルペの見守る中、殉教してしまいます。
危険が迫る中、ガルペとも分かれて五島の山中を逃げ惑うロドリゴを、またキチジローが助けます。しかし、キチジローは、イエスを裏切ったユダのように「銀300枚」でロドリゴを裏切り、ロドリゴは役人の手に捕らわれてしまいます。
奉行所に連行されたロドリゴは、日本人信徒モニカ(小松菜奈)、ジュアン(加瀬亮)らと触れ合う中で、日本にもキリスト教がしっかりと根付いていると確信するのですが、それをあざ笑うかのように、「日本にはキリスト教は根付かない」とロドリゴに棄教を迫る通辞(浅野)、井上筑後守があの手、この手でロドリゴを揺さぶります。それは非常に狡猾で、通常の暴力的な拷問以上にロドリゴを心理的に追い詰めていきます。また、どこまでもつきまとってきて、信用すると裏切る、を繰り返すキチジローの姿も、ロドリゴに信教に対する疑問を抱かせます。そんな中、ロドリゴはガルペと、そして懐かしい師匠のフェレイラと悲しい再会をすることになります。
「神はなぜ沈黙しておられるのか? こんなにも私たちが苦しんでいるのに」根源的な疑問を抱き始めたロドリゴの運命やいかに・・・。

ということで、原作小説の流れを損なうことなく映画化されており、とにかく日本人としても安心して見ていられるのがすごい。ハリウッド映画にありがちな、日本語のセリフが変、などということは一切ありません。まあ、日本語のセリフ以外は、本来はポルトガル語であるべきところをすべて英語に置き換えているので、そこが興ざめではあります。いくらなんでもハリウッドの枠では、仕方ないんでしょうけどね。
本作を見ていて、おそらく本人たちもかつてはキリシタンであったと思われる通辞と、井上の言うところが妙に納得できるのが面白い。日本人としてみて、残酷な弾圧者ではありながら、その論理が非常に納得できるものに思われるのが興味深いです。要するに、お前たちの持ち込んだ宗教は、そもそも侵略の手先としての布教じゃないのか、そして、お前たちが押し付けてきたものは、あくまでもお前たちの宗教であり文化であって、現にお前らは日本と日本人のことを何にも理解していないではないか。お前らは日本を見下していて、日本語すら全く覚えようとしないじゃないか。それは傲慢じゃないか・・・という彼らの問いかけが、非常に日本人として納得できるんですね。近年でこそ、日本語堪能な外国の方も珍しくないですが、ほんの20年ほど前までは、自分は日本語が全くできないのに、日本にやって来て英語を教えてやる、という上から目線の勘違いな外国人がごく普通にはびこっていましたね。本作を見て、このへんは、外国人の観客、特にキリスト教徒の人はどう思うのでしょうか。
今も世界中で、宗教の名の下に殺し合いが続き、テロが頻発しています。人種問題やグローバリズムの限界というのも、アメリカでトランプ政権が誕生してから、ますます深刻化してきています。こういう時代にこそ、この映画は必要なのだ、というスコセッシ監督の思いが伝わってきます。30年近く、この映画化のために悩みぬき、考え抜いてきたものが、ここにきて一度に結実してきたのだろうと思われます。
日本の誇る文豪の作品が、深い理解を得てハリウッド映画化された、というのはそれだけで記念碑的な快挙ですが、とにかく遠藤周作とマーティン・スコセッシという2人の巨匠が投げかけている普遍的なテーマが圧倒的な迫力です。特に日本人こそ深く味わえる作品ですので、多くの方に見てもらいたいと思いました。


2017年1月26日(木)
 おや、いきなり「内閣総理大臣 安倍晋三、明恵」夫妻とか、「甘利明」前大臣の花が飾られている・・・。何事かと思われるでしょうが、これは昨日、六本木のホテルで開催されたオペラ「続・蝶々夫人 桟橋の悲劇」の制作発表会の入り口風景です。
 有名なプッチーニのオペラ「蝶々夫人」の続編を、鈴木弘之氏(写真家で、デザイナーのコシノジュンコ先生の御夫君かつ、式会社JUNKO KOSHINNO代表)が書き下ろし、それを作家・夢枕獏先生が脚本化、そして作曲家の松下功先生(東京芸大副学長)が作曲、という豪華なコラボが進行中で、この日はさわりの楽曲を披露し、台本を公開した次第です。
 集まった来客も豪華で、宮田文化庁長官(東京芸大学長)、田村観光庁長官をはじめ、神田うのさん、ドン小西さん、オスマン・サンコンさんといった方々のお姿を見かけました。
 ということで、日本オリジナルオペラを製作しようという壮大な試み。これからどうなっていくのでしょうか? 楽しみであります。

2017年1月20日(金)
 いよいよトランプ大統領が就任するわけですね。そもそも就任式で何事もなければよいのですが。まあ、こういう人が本当に表舞台に登場するのはサプライズでしたよね。
 ところで、先日、東京・市ヶ谷にありますホテル「グランドヒル市ヶ谷」にて、食事を致しましたところ、玲子が誕生日だったもので、デザートにハッピー・バースデイのチョコプレートを添えてくださいました。嬉しいサプライズで、ありがとうございました!

2017年1月16日(月)
 我が家の玄関先の洋ランが花盛りとなっております。いつも寒い時期になると、奇麗に咲いてくれます。道行く人が「見事ですね」と声を掛けてくれることもあります。
 とりあえず、世間も我が家も、1月の半ばまできて、まずまず平穏、といえるでしょうか。しかしこの20日にはアメリカですごい大統領も登場します。どうなりますかね。考えても予測がつかないですね。
 まあ、私はとりあえず奇麗な花でも愛でております・・・。

2017年1月06日(金)
 多くの職場で仕事が始まったと思います。いかがお過ごしでしょうか。
 ところで、ダイエーでは、現在「ぬいぐるみを手に入れよう!」キャンペーンを実施していますが、いよいよ今月15日まで。最後のチャンスと成ってきました。今回は人気の高い「ピーターラビットのぬいぐるみ」がテーマです。
 ダイエーで買い物をして、1000円ごとにレジでシールを一枚もらえ、そのシールを集めて台紙に貼り、15枚集まるとメーカー希望小売価格3240円する、座高28センチのぬいぐるみが激安880円で買えます! 20枚集めると40センチ、5184円の物が1528円に、30枚集めますと、本来なら8100円もする55センチの巨大なぬいぐるみが、2639円でゲットできる、という仕組みです。28センチの物にはピーターラビットのほか、ピーターの従兄ベンジャミン・バニー、ピーターの妹フロプシーのものがあります。40センチの物はピーターとピーターの母親ミセスラビットの2種類、55センチの物はピーターのみです。つまり全部で3サイズ、6種類があるということです。
 私はこれまで、ベンジャミン、フロプシーと、ミセスラビット、ピーターラビットの55センチ、40センチを手に入れました。そしてとうとう、28センチのピーターも入手し、コンプリートしました。
 今回は特別出演として、やはり最近、手に入れたKALDIコーヒーのキャラクター「ヤギべえ」も写真撮影に参加しております。
 今回のキャンペーンは2017年1月8日までシール配布、同15日まで商品販売します。いよいよ本当に終盤ですので、興味がある方はお早めに。


2017年1月04日(水)
 この1月3日、2017年の「初映画」として「ヒトラーの忘れものLAND OF MINE」という作品を観賞いたしました。新年早々に見る映画としては甚だ陰惨な内容でしたが、しかし素晴らしい作品です。ぜひ多くの方に見ていただきたい一作です。銀座・和光のすぐそばの映画館「シネスイッチ」で公開しています。
 本作はデンマーク・ドイツ合作映画でして、デンマーク語の原題はUnder Sandet(砂の下)。ドイツ語の原題は Unter dem Sand – Das Versprechen der Freiheit(砂の下―自由への約束)というもの。そして、英語のタイトルLAND OF MINEは「地雷の地」というような意味合いです。このMINE(マイン、ドイツ語読みではミーネ)は地雷を意味する単語で、本作の隠れた主役です。第2次大戦中のドイツ軍の42年型対戦車地雷Tellermine 42 (T.Mi.42)や、対人地雷SミーネS-Mineが多数、登場します。
 邦題の「ヒトラーの忘れもの」というのは、なかなか秀逸だと思います。日本の場合も、捕虜となった日本兵が旧ソ連に強制労働させられたシベリア抑留がありましたが、本作で取り上げるのは、戦後になってデンマークの地雷除去を強制されたドイツの少年兵たちの物語です。よって、ヒトラーの忘れもの、とは、ドイツ敗北後もデンマークの海岸線に残されたドイツの地雷を表すと共に、祖国ドイツから見捨てられた少年兵たちを示すともいえます。
 大戦中、北欧進出を狙ったナチス・ドイツ軍は、足場として1940年にデンマークに進駐します。この際、デンマーク王国は何もできないまま、無抵抗でドイツ軍の軍門に下ってドイツの保護国となったため、王室が海外亡命することも、国軍が徹底抗戦することもありませんでした。つまり、デンマークから見るとナチス・ドイツは普通の意味で交戦国ともいえず、非常に微妙な立場となってしまいました。
 そのため、1945年にドイツが敗北し解放されたデンマークでは、この地域を管轄したイギリス軍の意向が大きくものを言いました。戦時中、連合軍の反攻を恐れたドイツ軍は、デンマークの海岸線に、実に200万個以上の地雷を敷設しました。これを除去するのには膨大な労働力と費用、時間を要しますが、英軍はデンマークに対し、地雷の除去を国内に残って武装解除されたドイツ兵たちにやらせることを提案します。戦争の捕虜を強制労働させることは国際協定違反ですが、この場合、デンマークから見てドイツ兵は戦時捕虜といえない、というのがその根拠でした。本来、後々になって面倒な国際問題になりかねない話ですが、デンマークとしては英国の「命令」を拒否する立場にはありませんでした。
 こうして、2000人を超えるドイツ兵が戦後も(建前としては自発的に)デンマークにとどまり、危険な地雷除去作業を強制されることとなりました。ドイツ軍のデンマーク占領部隊は後方任務だったために、二線級の兵力ばかりでした。ゆえに強制労働させられた兵士たちはプロとは言えず、ほとんどがヒトラー・ユーゲント(ヒトラー少年団)から徴兵され、急ごしらえで編成された国民擲弾兵Volksgrenadierに属する13〜18歳の少年兵たちだったと言います。
 デンマークとしては、自分たちの国の戦時中の不甲斐なさや、ドイツ軍への憎しみ、そして英国への卑屈な感情・・・さまざまなものが交じり合ったため、少年兵たちは歪んだ憎悪のはけ口の対象となり、1000人を超える者がここで悲惨な最期を遂げたそうです。

 1945年5月、ナチス・ドイツが降伏し、デンマークのドイツ兵たちも武装解除されて祖国に戻っていきます。その中に、ドイツ兵への憎しみを露わにするデンマーク軍のカール・ラスムスン軍曹(ローラン・ムラ)の姿がありました。
 デンマーク陸軍の工兵指揮官エペ大尉(ミケル・ボー・フルスゴー)は、ドイツの少年兵を集めて、地雷除去作業の訓練をさせます。慣れない仕事であり、すでに訓練中に地雷で爆死する者も出る中、エペは非情に少年たちをしごきます。
 そして、ある海岸に配属された11人の少年たちを監督することになったのが、エペの部下であるラスムスン軍曹でした。ラスムスンは、海岸に埋められた地雷をすべて除去したら、祖国に帰してやる、と少年たちに約束します。少年兵の中でも、将校だったヘルムート(ジョエル・バズマン)と人望のあるセバスチャン(ルイス・ホフマン)の間で対立が深まり、まともに食料も配給されない中、病気や飢え、疲労が重なり、やがて地雷で爆死する者もあらわれます。この過酷な状況を見て、初めはナチスに対する憎しみにかられ、彼らに辛く当たっていたラスムスンも、一人の人間として疑問を抱き始めます。祖国の戦争犯罪の償いをこの少年たちだけに一身に負わせる一方、自分たちはなんの責任も負わないデンマーク軍部の方針に、です。
 多くの犠牲を払いながら、ついにその海岸の地雷除去を完了した少年たちに、悲劇が待ち受けていました。さらに、少年たちへの「自由の約束」を踏みにじるような事態に・・・。少年たちは本当に祖国に帰ることができるのでしょうか。そして、最後にラスムスン軍曹がとった意外な行動は・・・。

 ということで、ひたすら陰惨なお話なのですが、デンマークの海岸線は抜けるように青い空と海、白い砂浜が広がっており、対照的なトーンです。本作は各映画賞で絶賛され、東京国際映画祭でも「地雷と少年兵」という仮タイトルで上映されました。アカデミー賞海外作品賞の候補作品にもなっています。
 衣装デザインも各賞を受賞するなど評価されていまして、少年兵たちの服装や、デンマーク軍兵士の軍装なども非常によくできています。
 まず、ラスムスン軍曹はデンマーク軍の兵士でありながら、英国軍空挺部隊の赤いベレー帽に、空挺部隊の徽章を付けた英国のバトルドレス(戦闘服)を着て、連合国を意味する星のマーク(本来、米軍のマークですが、この時期には西側連合軍一般を示す標章として使用されました)を付けたジープを乗り回しています。彼の立場は独特で、おそらく戦時中は英国に亡命して英軍兵士として戦い、エリート部隊である空挺部隊で活躍、祖国に英雄として帰ってきた、という設定です。だから、戦争中も何にもできずに傍観していたと思われる上官のエペ大尉やほかの軍人が、デンマーク軍の通常軍服を身に付けているのと際立った対照を見せています。ラスムスンと、他のデンマーク軍の将校たちとは微妙な力関係にあります。ラスムスンは軍人としては下士官に過ぎない一軍曹ですが、ドイツ軍との実戦を経験し、戦勝国の兵士として凱旋した人間であり、戦時中に何もしなかった軍部の上官たちに対しても物怖じしません。一方、エペ大尉たちの方も、英国帰りの軍曹に屈折した感情を抱いており、煙たく思っています。そのへんの人間関係も、この作品を深いものにしています。
 少年兵たちは当然、いろいろな部隊から集められた、という設定であり、同じ少年兵と言っても、国民擲弾兵の腕章を付け、立派な正規軍将校用の軍服に少尉の階級章を着けているヘルムートと、まだヒトラー・ユーゲントの黒いスカーフを首に巻いているセバスチャンの服装の対照性など、その人の立場を示す細かい設定がなされています。
 出演者たちは、長編映画初主演のムラをはじめ、ほとんどが無名の新人です。特に少年兵役にはドイツでキャスティングされ、全く演劇経験のない子供たちも含まれますが、そこに非常にリアリティーがあります。慣れない任務に駆り出される経験不足の少年兵、という役柄そのままだからです。
 ドイツの少年兵の悲惨を扱う映画では、過去にも名作「橋(ブリュッケ)」がありましたが、本作で扱うのは、戦後になってドイツとデンマークの友好関係の中で、両国のどちらの国民からもタブー視され、やがて完全に忘れ去られてしまった「不都合な真実」です。これを世に暴き出した問題作として、大きな反響を呼んだものです。
 なお、本作で名を上げたマーチン・サントフリート監督、次回作はなんと日本を舞台にするそうです。アカデミー俳優ジャレッド・レトや、浅野忠信を主演に据えて製作中で、今度は日本の戦後を背景にしたものになるとか。それはぜひ見てみたい作品ですね。


2017年1月01日(日)
 改めまして、あけましておめでとうございます。Happy new year!
今日は早朝のうちに近所の神社を巡りまして、初詣をしましたが、今年の元日は天気がいいですね。初日の出は午前7時20分ごろに見えました。
 今年がいい年でありますように。本年も宜しくお願い申し上げます。

2016年12月31日(土)
 さて、2016年も最後の1日、大晦日を迎えました。

 今年も熊本の大地震や秋の台風、先頃の糸魚川大火など、いろいろなことがありました。米大統領選や英国のEU離脱、相次ぐテロなど、国際的にも大揺れの一年。また、デビッド・ボウイさん、プリンスさんから、つい先日のジョージ・マイケルさん、キャリー・フィッシャーさん、そして彼女のお母様のデビー・レイノルズさん・・・多くのビッグネームが世を去りました。

 ひるがえって私たち夫婦はどうだったかと申しますと、まず8月に『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)を刊行出来ました。何しろ3年半越しの非常に苦労した出版計画だったので、本当に出せて嬉しかったです。10月には、推薦文をいただいたコシノジュンコ先生が発起人となって、この本の出版記念会をJunko Koshinoブティックで開催していただきました。この際には多数の皆さまにご来場賜り、まことにありがとうございました。さらにこの本は、世界的な高級ブランド、エトロETROのデザイナー、キーン・エトロKean Etroさんのお手元に渡りまして、同氏からは貴重なサインブックを頂戴いたしました。
それから、『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)も7月に3刷を出すことが出来ました。読者の皆さま、関係の皆さまに厚く御礼申し上げます。
また、今年は7月に、NHK BSプレミアムの番組「美の壺」の「華やぎのボタン」の回に出演し、英国海軍から徳川幕府海軍、そして日本海軍に至った錨の紋様がある金ボタンの歴史を解説いたしました。同じ月に、名古屋テレビの朝の情報番組「ドデスカ!」にも電話出演。「全力リサーチ」コーナーで、男性の夏の半ズボン姿について、18世紀末のフランス革命までは、男性の正装はむしろ半ズボンだった、といったコメントをしました。
そして今月には、朝日新聞12月2日付けの第3社会面「ニュース Q3」コーナーで、「ナチス風−批判浴びた欅坂46衣装」(秋山惣一郎記者)という記事にコメントを寄せ、さらに玲子のイラストも『軍装・服飾史カラー図鑑』からの引用という形で掲載されました。同様のテーマでは11月にも日刊ゲンダイ紙上でコメントしております。
小学館の「メンズプレシャスMen’s Precious春号」に、私が書いた「男心をくすぐる! ミリタリー・ウエア進化論」を掲載していただいたのも、今年の4月でした。

と、こうしてみると、なかなか盛りだくさんな一年だったような気がします。刺激もありましたが、かなりハードな一年でもあったように感じております。なんとか乗り切れましたのは、ひとえに皆さまの御指導・御鞭撻によるところと存じております。ありがとうございました。

さて、昨年の大晦日は、「リーガル」の年末キャンペーンで贈られるテディベアを紹介しましたので、今年も。2016年のクマさんはポンチョをまとったフォークロア・スタイルという異色のもので、この企画の20周年を記念した特別バージョンでした。今年もよく出来ていますね!

ということで、2016年もいよいよおしまい。来年はどんな年になりますか。皆さま、よい年をお迎えください。本年はまことにありがとうございました。


2016年12月29日(木)
 キャリー・フィッシャーさんが急逝されましたね。享年60歳。昨年、スター・ウォーズのエピソード7でレイア・オーガナ姫として奇跡のカムバックを果たし、今後もエピソード8、9と活躍されるはずでしたが、まだ若いのに・・・。ご冥福をお祈りします。
 そんな訃報が届いた今日ですが、スター・ウォーズのシリーズ最新作「ローグ・ワンROGUE ONE」を見ました。もちろん、初めからこの日に鑑賞するつもりだったので、フィッシャーさんの訃報と重なったのは偶然でしたが、この作品のエンディングには、若き日のレイア姫が登場します。CG処理で若い日の容貌を再現しているようですが、まさに最盛期のレイア姫と再会できて、胸が詰まりました。
 なんで、若き日のレイア姫が登場するのか、といえば、この「ローグ・ワン」という作品は、これまでの正統な「エピソード1」に始まるシリーズの歴史の中で、まだ描かれていない隙間の時代の真相を描き出す新しい試み「スター・ウォーズ・ストーリーA STAR WARS STORY」の一作目だからでして、本作はエピソード4(つまりシリーズの第一作)の直前の時代、帝国と反乱軍の全面戦争が始まる時期を取り上げております。
 第一作の冒頭、レイア姫はダース・ベイダーに追われて逃げており、R2D2に帝国の究極の最終兵器「デス・スター」の設計図を託して、オビワン・ケノービの助力を得ようとします。そこにルーク・スカイウォーカーやハン・ソロが絡んできて、おなじみのシリーズが始まっていきます。第一作というのは、いかに反乱軍が難攻不落の要塞デス・スターを破壊するか、ということで終始した作品でした(もしシリーズ化されずに、あの一本で終わっても違和感がないような起承転結になっていましたね)。
 しかしでは、その設計図というのは、どうして反乱軍側の手に入っていたのでしょうか? ダース・ベイダーが死に物狂いで追いかけるほどの機密情報が、なぜ? その「なぜ」という部分を解き明かすのが、本作なわけです。そうそう。デス・スターの司令官といえば、おなじみターキン総督ですが、こちらも1994年に亡くなっているピーター・カッシングの顔をCGで再現して登場しています。今の技術だと、故人でも映像で「復活」させることが可能なのですね。
メガホンを執ったのはハリウッド版「ゴジラ」(2014)で知られるギャレス・エドワーズ監督。原案ジョージ・ルーカス、脚本は「シンデレラ」のクリス・ワイツ。

 帝国では最終兵器デス・スターの製造が遅々として進みませんでした。建造の責任者である帝国軍先進兵器開発局のクレニック長官(ベン・メンデルスゾーン)は、開発途中で任務を放棄して隠遁してしまった旧友の科学者ゲイレン・アーソ(マッツ・ミケルセン)に、開発計画に復帰することを強要。この際、妻のライラは死に、一人娘のジン・アーソは逃げ延びて、反帝国ゲリラの首領ソウ・ゲレラ(フォレスト・ウィテカー)に救い出されます。
 それから15年後。帝国軍の労働収容所に捕らわれの身となっていたジン(フェリシティ・ジョーンズ)は、反乱軍の部隊に救出されます。というのも、帝国の技術者として兵器開発に当たっている父ゲイレンからメッセージを託された帝国軍の脱走パイロット、ボーディー(リズ・アーメット)が、惑星ジェダのソウ・ゲレラの下に身を寄せたとの情報があったからです。しかし、同じ反帝国の立場でありながら、反乱軍は過激な闘争路線を貫くゲレラとは疎遠でした。そこで、ゲレラが娘同前に育てたジンを彼に接触させ、ゲイレンの情報を聞き出そうと考えた反乱同盟は、情報将校キャシアン(ディエゴ・ルナ)と、ドロイドK-2SO(モーション・キャプチャー:アラン・デュディック)をジェダに送り込みます。
 ジェダで、盲目の戦士チアルート(ドニー・イェン)、その友人のベイズ(チアン・ウェン)を仲間に加え、帝国軍の追及を逃れたジンたちは、ソウ・ゲレラと会うことができ、ジンは父からのメッセージを受け取ります。それは、父ゲイレンが長年にわたって帝国に従うふりをしてデス・スターに重大な弱点を仕込んだ、という極秘情報でした。しかし、その弱点を正確に衝くには、デス・スターの設計図が必要です。
 同じころ、帝国の最高幹部である野心家ターキン総督(CG:ピーター・カッシング)は、クレニックを呼び出し、脱走兵ボーディーによる情報漏洩と、デス・スター開発の遅延についてくどくどと叱責していました。ターキンがこの件の手柄を独り占めしようとしていることを悟ったクレニックは、皇帝に直接、拝謁する機会を得るべく、デス・スターの試験射撃を実施することにします。その標的は、ボーディーが身を潜めた惑星ジェダでした。
 デス・スターの一撃でジェダは壊滅。危うく難を逃れたジンたちは、ゲイレンがいると思われる帝国軍研究所がある惑星イードゥーに向かいます。ジンはここで、懐かしい父と再会しますが・・・。
 これまで得た情報を基に、デス・スターの脅威と、その弱点について惑星同盟の評議会に力説し、ただちに戦闘を開始するよう求めたジンたちですが、この期に及んで帝国軍との全面戦争になることを恐れた評議会は意見が決裂。やむなく、正式な命令を得ないまま、ジンとキャシアンを始め少数の仲間たちは、特攻隊を編成して、デス・スターの設計図がある惑星スカリフの帝国軍要塞に潜入することに。基地を発進する際に、オペレーターから「そちらのコールサインは?」と聞かれたボーディーは、その場の思い付きで「はぐれ者の第1号部隊」つまり「ローグ・ワン」と名乗ります。かくて、生還を期し難い決死の作戦に、ローグ・ワンの面々は挑むことになります。
 そのころ、デス・スターをめぐる一連の動きを苦々しく見ていた一人の人物がいました。帝国の大立者で、皇帝の側近であるかつてのジェダイ、アナキン・スカイウォーカーこと暗黒卿ダース・ベイダー(声:ジェームズ・アール・ジョーンズ)その人です。クレニックの不手際と独断専行を厳しく叱責したベイダー卿は、自らこの件に介入する必要性を感じ始めていました・・・。
 
 ということで、これはもう典型的な、1960年代あたりに盛んに製作された、ドイツ軍の要塞に潜入して、自らの命と引き換えにしても連合軍を勝利に導く・・・というパターンの特攻隊もの、決死隊もの戦争映画そのものです。さらにまた、盲目の武芸の達人や甲冑のような装備を身に付けた荒武者のような登場人物、壮絶な死闘・・・と、日本人の心の琴線に触れる時代劇の王道パターンにもぴったりとはまります。原案のジョージ・ルーカスがあまたの戦争映画や時代劇映画を見て影響を受けていることは有名ですので、もう私のような、そういう作品が大好きな人間としては、まさにツボにはまった一作です。はっきり言って、今までのSWシリーズでいちばん、感動的だったとすら思います。
 そして、大戦争の緒戦であるために、強い帝国軍の描写が生き生きとしております。ターキン総督の元気なお姿を拝することができたのはもちろん、なんといってもダース・ベイダーが元気で強い。後の作品では、だんだん衰えていくベイダーの晩年が描かれていたわけですし、エピソード1〜3では逆に完成前の姿でしたから、暗黒卿としての全盛期の姿を描いたのは本作が初めてかもしれません。いやもう、強い、強い。惚れ惚れします。改めて、やっぱりダース・ベイダーさんがいないとこのシリーズは盛り上がらないな、と思いましたね。声を当てているのも一作目からの名優ジェームズ・アール・ジョーンズ。あのダース・ベイダーが帰ってきた、という感じでした。
 そして、最後に出てくる若き日のレイア・オーガナ姫。フィッシャーさんの悲報に接した直後なので、思いもひとしおでした。
シリーズとしては外伝的な位置づけなのですが、特に第一作(エピソード4)が好きな方は、これを見ない手はありません。お薦めの一作ですね。


2016年12月25日(日)
 今日がクリスマスで、いよいよ年末のラストスパート。いかがお過ごしでしょうか。
 ところで、ダイエーでは、現在「ぬいぐるみを手に入れよう!」キャンペーンを実施しています。今回は人気の高い「ピーターラビットのぬいぐるみ」がテーマ。
 ダイエーで買い物をして、1000円ごとにレジでシールを一枚もらえ、そのシールを集めて台紙に貼り、15枚集まるとメーカー希望小売価格3240円する、座高28センチのぬいぐるみが激安880円で買えます!
 20枚集めると40センチ、5184円の物が1528円に、30枚集めますと、本来なら8100円もする55センチの巨大なぬいぐるみが、2639円でゲットできる、という仕組みです。28センチの物にはピーターラビットのほか、ピーターの従兄ベンジャミン・バニー、ピーターの妹フロプシーのものがあります。40センチの物はピーターとピーターの母親ミセスラビットの2種類、55センチの物はピーターのみです。つまり全部で3サイズ、6種類があるということです。
 私は前に、ベンジャミン、フロプシーと、ミセスラビットを買いました。そしてこのたび、ピーターラビットの55センチサイズを手に入れました。他のものと比べると、でかいですね。
 今回のキャンペーンは2017年1月8日までシール配布、同15日まで商品販売します。いよいよ終盤ですので、興味がある方はお早めに。


2016年12月24日(土)
 メリークリスマス! Merry christmas! Frohe Weihnachten! イラスト:辻元玲子 illustration : Reiko Tsujimoto

2016年12月23日(金)
 皆さま、クリスマスを入れた3連休ですね。いろいろな過ごし方をされる方がいらっしゃると思います。天皇誕生日の今日、銀座から丸の内を歩いてみましたが、さすがにすごい人出です。一方で、地元の駅前などは閑散としているようで。
 私どもは、一足早く、22日に日比谷の帝国ホテルのレストランで、クリスマスディナーを兼ねた夫婦忘年会をやりました。この日は平日だったので、お客さんの入りもちょうどいい感じでしたけれど、連休に入ってからは、きっと怒濤の大混雑なのではないでしょうか・・・。
 今年もなかなか、大変な一年だったような・・・。おっと、まだ1週間以上ありますね、最後まで気を引き締めていかないといけません。

2016年12月16日(金)
 先日ですが、東京・永田町の衆院議員会館地下にある「第二議員会館食堂」というところに行く機会がありました。ご覧のように、玲子は「醤油ラーメン」600円、私は「カツカレー」896円と至って普通のメニューで、普通のお値段。しかし、お味はなかなかのものです。うまいです。どなたでも、しかるべき議員事務所の関係者とアポイントを取って入館すれば、利用出来ます。会館の地下には、お土産屋さんなどもあり、まあ私たちのような「お上りさん」向けにしっかり設備が出来ているのが印象的でした。

2016年12月09日(金)
 「五日物語−3つの王国と3人の女−」Tale of Talesという映画を見ました。イタリアの鬼才マッテオ・ガローネ監督が描く17世紀初頭(日本でいえば江戸時代の初め)を舞台としたダーク・ファンタジーです。原作は、ナポリ王国の傭兵から詩人となったジャンバティスタ・バジーレ(1575〜1632)が書いた世界最初の「おとぎ話集」です。「白雪姫」や「シンデレラ」「眠れる森の美女」「ラプンツェル」「長靴を履いた猫」など、後の時代にグリム兄弟やペローなどがまとめた有名なおとぎ話の原話のほとんどが、この五日物語(ペンタメローレ)に収められているそうです。
 原作本は、ある君主が五日間にわたって、毎日、十話ずつ面白い話を話させる、という形式で五十話の昔話が集められています。その中に、たとえば後のシンデレラにつながる「灰被り姫」(ツェネレントラ)といった物語があったわけです。
 それで、この映画では、あまり一般に知られていない「魔法の牝鹿」「生皮を剥がれた老婆」「ノミ」の三つの物語をベースとし、大胆にアレンジ。隣り合う三つの王国の物語として再構成しています。オムニバス形式ではなく、いずれも同時代の隣国の話で、直接のかかわりはないけれど話が交差し、最後には一つのエンディングに結びつく巧みな脚本になっております。

 不妊に悩むロングトレリス王国の王妃(サルマ・ハエック)と国王(ジョン・C・ライリー)の下に一人の魔術師が現れます。子宝を授かる方法を伝授された夫妻は、その教えに従い、国王は海に潜って海中の化け物を退治しますが、自分も命を落とします。王妃は魔術師に言われた通り、化け物の心臓を貪り食い、ただちに妊娠します。しかしなぜか、心臓を調理した下女も同時に妊娠。こうして、全く同時刻に王妃にはエリアス(クリスチャン・リーズ)という王子が、下女にはジョナ(ジョナ・リーズ)という息子が誕生します。
 それから16年後、エリアスとジョナは兄弟でもないのに、瓜二つの容貌に育ちます。下女の息子と兄弟のように交わるエリアスに対し、王妃の怒りが爆発します。やむなくジョナは城を出て行くことになりますが・・・。

 その頃、隣国であるハイヒルズ王国の国王(トビー・ジョーンズ)は、王妃に先立たれて一人娘のヴァイオレット王女(ベベ・ケイヴ)と暮らしていますが、父王は娘の気持ちに鈍感で、自分の趣味に没頭する子供じみた性格。ある日、一匹のノミに魅了され、それを溺愛して飼育するうちに、ついにはノミであるにもかかわらず、人間を上回るほど巨大に成長してしまいます。そんな変わり者の父親に束縛される生活を窮屈に思ったヴァイオレットは、結婚して城を出て行きたいと懇願します。
 しかし、娘を手放す気などない国王は、思いがけない方法で娘の夫選びをすることを宣言します。この国王の気まぐれのために、王女の夫と定められたのは、なんと山奥に住む恐ろしい人食い鬼でした・・・。

 さらに別の国、ストロングクリフ王国の国王(ヴァンサン・カッセル)は好色のために、王宮はハーレム状態。ある日、城下から美しい女性の歌声が聞こえてきます。その美声に聞きほれた国王は、声の主が住むあばら家に出かけ、想いを遂げようとします。
 実は、その美声の主は醜い老婆であるドーラ(ヘイリー・カーミッシェル)で、妹のインマ(シャーリー・ヘンダーソン)と2人でつましく暮らしていたのでした。しかし、インマの心配をよそに、国王の誤解に基づく申し出を一世一代のチャンスと考えたドーラは、暗闇の中で、という条件付きで王と一夜を共にします。ところが王は、ドーラが実は老婆であることに気付くと激高し、城の高窓からドーラを突き落とします。裸で傷を負い、泣いているドーラを見て、通りすがりの魔女が魔術をかけてくれます。こうしてドーラは若さを取り戻し、絶世の美女(ステイシー・マーティン)に生まれ変わります。たちまち国王の寵愛を得て、正式に王妃に迎えられることとなりますが、婚礼の場に招かれたインマは、美しく若返り権力を手にした姉に激しく嫉妬します・・・。

 というようなことで、三つのお話が進行していくわけですが、主に三つの王国の3人の女性の欲望や無知、執着心といったものから、人間の醜さ、弱さがあぶり出されていく展開で、お話としては極めて陰惨・残酷で救いがありません。カラッとして分かりやすく、爽快なハリウッド映画に慣れた人にはとっつきにくいでしょうが、そこはイタリア人監督による、美意識に満ちた作品です。いわゆる合理的な分かりやすさを求めてはいけないのだと感じます。別に難解な、哲学的な話はないのですが、すっきりと腑に落ちる謎解き、といったサービス精神は全くないと言ってよく、見る人の解釈や感性に多くを委ねる作風です。
 特に、中世のヨーロッパのおとぎ話などは、そもそもダークで不条理で、意味不明な展開になる場合もしばしばあるもので、本作はそういう中世的な要素から免れる考えなど、初めからないのだと思います。
 とにかく、この作品で最も見るべきは「美意識」そのものなのではないか、と思います。合理性という病に侵される前の時代の過剰な美。それ自体がテーマなのではないかとも思えます。13世紀の神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世(後の時代のプロイセン国王、フリードリヒ大王と同名ですが別人です)が築いた世界遺産、デルモンテ城や、断崖にそびえるロッカスカレーニャ城など、イタリアが誇る国宝級の城塞の数々でロケが敢行されております。
さらに登場する人々が身にまとうのは、まさに17世紀初頭のダブレットや半ズボンにタイツ、襟飾りといった歴史上でも最も華麗に男女が着飾った時代の装束。衣装デザインを担当したマッシモ・カンティーニ・パッリーニは、「ヴァン・ヘルシング」や「ブラザーズ・グリム」といった史劇でアシスタントとして修業を積み、本作では素晴らしいコスチューム・デザインが評価され、4つの衣装デザイン最優秀賞を受賞して注目を集めているそうです。やはりこの作品でとにかくすごいのは豪華絢爛たる衣装でして、これだけで一見の価値があると思います。
監督自身、「僕のアプローチはアメリカ的な映画とは対極にある」とパンフレットで述べています。英語を使っており、英語圏の出演者が多いのですが、絶対にハリウッドからは生まれない作風で、とにかくヨーロッパ、イタリアの美を感じさせる映画です。そういうものが好きな方には必見の一作と思います。


2016年12月02日(金)
 きょう2016年12月2日付けの「朝日新聞」朝刊の37ページに「ナチス風・・・批判浴びた欅坂46衣装」という記事が掲載されました。私、辻元よしふみがコメントを寄せ、さらに辻元玲子のイラストが『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)からの転載の形で掲載されました。
 朝日新聞デジタルの記事は下記。
 http://www.asahi.com/articles/DA3S12686244.html?iref=comtop_list_ren_n07

2016年11月25日(金)
 「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」FANTASTIC BEASTS AND WHERE TO FIND THEMを見ました。ハリー・ポッター・シリーズの正統な続編、というか前日譚にあたる物語で、脚本はJ・K・ローリング本人が担当。監督はハリ・ポタ後期作品を手がけたデイビッド・イェーツです。ハリーたちが学んだホグワーツ魔法学院の必読教科書である『幻の動物とその生息地』の著者、魔法動物学者ニュート・スキャマンダーの活躍を描く新シリーズ、ということです。原題は、この教科書のタイトルそのものになっております。一応、児童向けという前提だった(とはいえ、終盤になるとかなりダークなファンタジーになりましたが)ハリー・ポッターと異なって、まず20世紀初めを背景とする時代劇であり、またかなりダークな描写や、処刑シーン、一般人の死傷者も出るような凄惨な展開、それに恋愛模様も描かれて、かなり大人向けの内容になっています。

 時は第一次大戦の惨禍から10年ほどが経った1926年。禁酒法時代のアメリカ、ニューヨークが舞台です。アメリカでは英国と異なる独特の魔法文化が栄えておりますが、欧州よりも法的締め付けが厳しく、ピッカリー議長(カーメン・イジョゴ)が率いるアメリカ魔法議会MACUSAが厳しく一般人(米国ではマグルではなく、ノー・マジと呼びます)と魔法使いとのかかわりを規制。また「新セーレム救世軍」と名乗る、現代の魔女狩りを主張する過激な圧力団体も存在し、風土的に魔法に理解のない社会です。また、数年前から闇の魔法使いグリンデルバルドが姿を消しており、世界中の魔法界の警戒が高まっていました。
 ここに英国からやって来たスキャマンダー(エディ・レッドメイン)は、ふとしたことから偶然、銀行で知り合ったパン屋志望の復員兵士、コワルスキー(ダン・フォグラー)とトランクケースを取り違えてしまいます。スキャマンダーのトランクには、彼が長年、探索して蒐集した世界中の珍しい魔法動物が収められていましたが、コワルスキーはそれと知らずトランクを開けてしまい、動物たちが街に逃げ出して大騒動に。
 スキャマンダーとコワルスキーは、MACUSAの元捜査官ティナ(キャサリン・ウォーターストン)と、その妹クイニー(アリソン・スドル)の協力を得て、動物たちの回収作戦を始めますが、その頃、ニューヨークでは魔法がらみと思われる怪事件が続発していました。そしてついに、ショー上院議員が演説会の最中に明らかに魔法を使った方法で惨殺される悲劇が発生。ショーの父親の新聞王ヘンリー・ショー・シニア(ジョン・ボイト)は激怒し真相究明を誓います。スキャマンダーとコワルスキー、ティナの3人は、MACUSA調査部長官グレイブス(コリン・ファレル)に逮捕され、上院議員の死因や街で続く破壊事件の原因はすべてスキャマンダーの逃がした魔法動物のせいだと断定し、スキャマンダーとティナを処刑するよう命じます。この取り調べ中に、スキャマンダーはグレイブスが、自分とホグワーツ学院の恩師ダンブルドアの関係など、妙に英国の事情に詳しいことに不審を抱きます。
 クイニーの機転で脱出に成功した3人ですが、グレイブスに追われる身に。さらにそのグレイブスは、新セーレム救世軍の創設者ベアボーン(サマンサ・モートン)の養子で屈折した青年クリーデンス(エズラ・ミラー)と密かに接触し、何かを企んでいる模様です。
 スキャマンダーは自らにかかった濡れ衣を晴らし、動物たちを救い出すことが出来るのでしょうか。そして、一連の怪事件とグレイブスの関わりは・・・。

 ということで、さすがに横綱相撲というのか、最初から最後まで見事に見せてくれます。まさに王道の娯楽作品です。ローリング本人が脚本を担当しており、いわばこれ以上に作者自身の世界観に則った正確な映画化はないわけで、それはもう見ていて安心です。映像的にも、今の技術でなければ描けない魔法動物の数々には脱帽です。その中には伝説のアメリカの怪鳥サンダーバードのような有名なものも含まれます。
 1920年代を再現する映像や衣装に手抜かりはなく、「華麗なるギャツビー」に負けていません。出てくる人は皆、その人物の立場として考え抜かれた、しかも時代考証的にも妥当なものを身に付けており、さすがは衣装デザインにアカデミー受賞者のコリーン・アトウッドを起用しているだけのことはあります。
 なんといってもレッドメインははまり役。文句なしですね。それとチームを組む女性2人と一般人のバランスもとてもいい。最後まで見れば、この4人の人間模様が本当にいいんです。このへんが、子役を中心とした学園ものだったハリー・ポッターと異なる大人向け、という要素ですね。
コリン・ファレルは今回、基本的に憎まれ役、悪役と言っていいのですが、なかなかいいじゃありませんか。陰のある悪い二枚目、という感じで芸風が広がったかも。
 クリーデンス役のエズラ・ミラーは「バットマンVSスーパーマン」や「スーサイド・スクワット」で、アメコミ・ヒーローのフラッシュ役に抜擢され、知名度を上げてきた若手。今回の作品でもキーマンであり、これからますます活躍が期待されそうです。
 それから、ロン・パールマンが出てくるのですが、これまでもモンスター役をやってきた彼のこと、一体、どんな怪物役なのかと思うと・・・本当に意外な役柄です。声ですぐにわかりますが。
 注目なのが、カメオ出演であの人が出ています! 「パイレーツ・オブ・カリビアン」のあの人、といえば誰でもわかりますね。しかし、いわゆる顔出しだけのチョイ役ではありません。実は最重要な役柄です。

 ところで、この映画の背景には、あのヴォルデモートが登場するまでは最強最悪の魔法使いとされていたグリンデルバルトの存在がちらついています。この人物は後の時代にヴォルデモートとハリー・ポッターの戦いのカギを握った最強の魔法の杖「ニワトコの杖」を世に出した人物で、かつてダンブルドアとの戦いに敗れ、杖を奪われた人物、ということだそうですね。
 それに、設定としてダンブルドアは若いころ、グリンデルバルトと同志であり、それどころか同性愛関係にあった、という設定まであるとか。この世界も奥が深いですね・・・。当然ながら、今回もシリーズとして続いていくのでしょうが、若き日のダンブルドア先生、なんてものも出てくるかもしれませんし、その後のハリー・ポッターの世界につながっていく話も出てくるかもしれません。今後の展開が楽しみです。


2016年11月18日(金)
 ダイエーでは、現在「ぬいぐるみを手に入れよう!」キャンペーンを実施しています。今回は人気の高い「ピーターラビットのぬいぐるみ」がテーマ。
 ダイエーで買い物をして、1000円ごとにレジでシールを一枚もらえ、そのシールを集めて専用台紙に貼り、15枚集まるとメーカー希望小売価格3240円する、座高28センチのぬいぐるみが激安880円で買えます! なお、レジで「シールを集めています」と自分で申告しないとくれない場合が多いので、必ず申し出ないといけません。
さらに20枚集めると40センチ、5184円の物が1528円に、30枚集めますと、本来なら8100円もする55センチの巨大なぬいぐるみが、2639円でゲットできる、という仕組みです。そもそもダイエーで日用雑貨を購入している方ならすぐに集まるでしょう。
28センチの物にはピーターラビットのほか、ピーターの従兄ベンジャミン・バニー、ピーターの妹フロプシーのものがあります。40センチの物はピーターとピーターの母親ミセスラビットの2種類、55センチの物はピーターのみです。つまり全部で3サイズ、6種類があるということです。
 私は前に、ベンジャミンとフロピシーを買いましたが、今回はお母さんのミセスラビットをゲットしました。一回り大きいのでいかにもお母さんな感じ!
 今回のキャンペーンは2017年1月8日までシール配布、同15日まで商品販売します。興味がある方はお早めにどうぞ。


2016年11月11日(金)
服飾評論家の遠山信男先生からご連絡がありまして、
「M-43フィールドジャケットの話しをウェッブマガジンのBYRONにアップしました。辻元さんの本のことも軽く触れておきました。モード逍遥#20というコラムです」とのことで、さっそく見てみました。

https://byronjapan.com/


ポーランドの名匠で10月に90歳で亡くなったアンジェイ・ワイダ監督の名作映画「灰とダイヤモンド」を取り上げ、第二次大戦下のポーランドでレジスタンス活動をする主人公が着ていたM−41フィールドジャケットについて書いておられます。ぜひ皆様も、遠山先生の達意の名文をご一読ください。

該当の部分をちょっと紹介させていただきますと・・・。

「最近は若い男女の間でMA-1ブルゾンなどのミリタリーアイテムが流行しているけれど、『灰とダイヤモンド』のなかでマチェックが着たM-43のコーディネートは、現代でもまったく色褪せていない。

ジャストタイミングで『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)の出版記念パーティが南青山のジュンコ・コシノ・ブティックで催されたので、著者の辻元よしふみさんにお聞きすると「アメリカの戦争映画を観ますとね。ベテランの俳優は古参兵としてM-41を着ているのですが、新兵役の若い俳優はM-43なのですよ」という、例の特殊な映画通の答えが返ってきた。

M-43が米軍に採用されたのは1943年。それまで使われていたM-41はブルゾンタイプだったが、これは着丈の長いジャケット式。たいへんに機能性に富んだジャケットだった。しかも衿が、その後に登場したM-65のスタンドカラータイプと異なり、カラーとラペルで形成される背広型だったから、シャツとの相性が抜群なのである」

 私も、米陸軍のフィールドジャケットを一つ挙げるとするなら、実はM-41が好きですね。戦争の終盤、ノルマンディー上陸後にドイツ軍と死闘を繰り広げた時期の米軍の主力被服で、私の中でGIといえば、くすんだオリーヴドラヴ色のM-41がイメージです。


2016年11月07日(月)
 ダイエーでは、現在「ぬいぐるみを手に入れよう!」キャンペーンを実施しています(ダイエーは現在、イオン・グループの傘下ですが、この作戦はダイエー店舗独自のもの)。数年前に「テディベアを手に入れよう!」キャンペーンを実施して、大きな評判を呼びましたが、今回は人気の高い「ピーターラビットのぬいぐるみ」がテーマ。
 ダイエーで買い物をして、1000円ごとにレジでシールを一枚もらえ、そのシールを集めて台紙に貼り、15枚集まるとメーカー希望小売価格3240円する、座高28センチのぬいぐるみが激安880円で買えます!
 20枚集めると40センチ、5184円の物が1528円に、30枚集めますと、本来なら8100円もする55センチの巨大なぬいぐるみが、2639円でゲットできる、という仕組みです。そもそもダイエーで日用雑貨を購入している方で、時節柄、クリスマス・プレゼントを何にしようか思案中の人には、なかなか朗報かも。
 28センチの物にはピーターラビットのほか、ピーターの従兄ベンジャミン・バニー、ピーターの妹フロプシーのものがあります。40センチの物はピーターとピーターの母親ミセスラビットの2種類、55センチの物はピーターのみです。つまり全部で3サイズ、6種類があるということです。
 私は前に、ベンジャミンのぬいぐるみを手に入れました。そして今回は、フロプシーを買いました。こちらも細部までよく出来ています。ベンジャミンと並べてみても、表情の違いなどもよく出ていますね。このベンジャミンとフロプシーは、大人になって結婚することになっています。
 今回のキャンペーンは2017年1月8日までシール配布、同15日まで商品販売します。興味がある方はお早めに。


2016年11月05日(土)
 本日、発売の「日刊ゲンダイ」11月7日号(週末特別版)、4ページ下の「街中の疑問」コーナーにて、私、辻元よしふみが「欅坂46の衣装 どこがアウトなのか?」という記事でコメントしておりますので、ご覧いただけましたら幸いです。
 記事の一部を紹介しますと・・・。
「『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)の著者で服飾史評論家の辻元よしふみ氏はこう分析する。・・・ワンピースやマントは確かに黒色で、ナチスの親衛隊をイメージさせなくもありませんが、デザイン的にはごく平凡。帽子もどこにでもある19世紀以来の官帽子で、これがダメなら世界中のお巡りさんや警備員が訴えられます。ただ一点、帽子に付いていた“銀色のワシ”が決定的にアウトです」
「ワシのマークは・・・辻元氏によれば、そもそも古代ローマ帝国の国家章で、その後、ロシア帝国やナポレオン帝国、ドイツ帝国などが採用。米国がワシを用いているのもその影響だ。ナチス帝国もこれを流用。ワシが鉤十字をつかんだマークを親衛隊や国防軍の制服に採用したといういきさつがある」
「・・・ナチスのワシは足で輪の中の鉤十字をつかんでいますが、欅坂46のものは鉤十字を他のマークに差し替えています。デザイナーは“鉤十字を使っていないから大丈夫”と判断したのでしょうが、軽率でしたね」
「もし意図的な差し替えなら、それがナチスのマークで、“そのまま使ったらやばい”ということを把握していた証拠だ。過去には沢田研二も“そのまんま”な衣装を着てトラブルになった。写真や映像があっという間に世界中に拡散される今、・・・これからの忘年会シーズン、そのコスプレがアウトかセーフか、着る前に冷静に考えた方がよさそうだ」

 ということで、あくまでも「あの衣装」のどこがアウトなのか、について語っております。私はあくまで服飾史と軍装史の研究家ですから、欅坂46のその他の要素、歌詞とかパフォーマンス、全体のイメージなどについては承知しておりません。なんでもナチス式敬礼のような右腕を高く上げるポーズも披露していたように聞きますが、しかしおそらく、アメリカのユダヤ系団体サイモン・ヴィーゼンタール・センターも、日本のアイドルグループについて詳しく知っているわけはなく、最初はツイッターやブログに載った写真だけを見て「アウト」と判断したはずです。そして、彼らだって無闇に文句を付けて、逆に難癖だ、と反論されてしまっては元も子もないので、決定的にアウトだから自信を持って批判を始めたはずです。その決定的な部分は、どう見ても「ワシ」である、と申している次第です。仮にあの部分に、たとえばオレンジ色のカボチャとか、お化けとか、または漢字で「欅坂46」などと書いてあったとしたらどうでしょう? 少なくともアウト、というには根拠が薄弱で、また欅坂サイドもそれなりの反論が出来たに違いない。

 なお、ローマ帝国以来の歴代のワシの国家章・・・ナチス型のものは、非常にデザイン的に現代的な、直線的なデザインとなっております。アメリカをはじめ、ほかの国家のワシ(場合によっては双頭のワシ)は、もうちょっと翼や形状が丸いというか、柔らかい。よって、ワシのマークそのものも別にアウトではないのですが、直線的なデザインで、下部に丸いマーク(本来ならそこに鉤十字が付く)のワシは「ナチスのワシ」と見なされてしまうのは致し方ない感じがします。
 いずれにしても、ワシは「帝国」の意味合いが強いので、そのへんの普通のファッションに、安易にかっこいいという理由だけで取り入れるのはお薦めしません。当然ながら、欧米人はこのへん、日本人よりずっと知識があります。


2016年11月02日(水)
 アイドルグループ「欅坂46」がハロウィーンで使用した衣装が、ナチス親衛隊を思わせるとして問題になりましたね。ナチス親衛隊というのは、ドイツ国家の正規軍ではなくて、ヒトラーの個人的な私兵部隊です。
 それで、私も軍装史と服飾史の研究家として、「どれだけ似ているのだろう」と思ってみてみたのですが、正直のところ、黒いワンピースとマントは平凡なもので、あれだけなら全く問題にならなかったでしょう。確かにナチス親衛隊と言えば黒地に銀の装飾ですが、それがダメだと言ってしまったらリクルートスーツだってダメということになりかねません。
 完全にアウトだったのは制帽型の帽子ですね。これも、ああいう型の帽子そのものは、19世紀以来、世界中で使用されている帽子なので、特に問題ではない。あれがダメなら警察も消防も鉄道員もダメということになります。
 決定的にアウト、なのは帽子の正面に付いていた「銀色のワシ」、ですね。あれは確かにどうしようもない。いわゆるナチス型のワシです(ただ厳密に言えば、親衛隊型ではなくて、国防軍型のワシ)。デザイナーさんは不用意だったですね。もちろんナチスのワシは、脚で例のハーケンクロイツ(鉤十字)をつかんでいます。欅坂の物はよく見ると、あの部分をほかのマーク、欅坂を意味するKでしょうか、に差し替えている。鉤十字を使っていないから大丈夫だろう、と判断したのでしょうが、いかになんでもあのタイプのワシで、黒地に銀色、というのは、確かに似過ぎていると思われてしまいそうです。

 さて、あのワシは何の意味かと申しますと。
 「軍装・服飾史カラー図鑑」の188ページ上、185ページ下、183ページ解説、189ページなどに書きましたが、あのワシは「帝国」の象徴です。単なる世襲の王政ではなくて、基本的には共和制を前提として、選挙で選出された皇帝をいただく国家が、あれを継承するのです。
 そもそもは古代ローマ帝国の国家章でしたが、その後、その流れをくむ、あるいはその精神を汲むとする国家がワシを国家章にしてきました。ロシア帝国、ナポレオン帝国、歴代のドイツ帝国などです。アメリカがワシを用いているのも、インディアンがもともとハクトウワシを崇めていたことも理由の一つとしていますが、古代ローマ帝国の影響下にあるのは明白です。
 そして、ナチス帝国もこれを流用し、ワシがハーケンクロイツ(鉤十字)をつかんだマークを
採用しました。少なくとも1923年にはナチ党として使用し始め、問題になっている黒い親衛隊制服としては1932年、そしてナチス政権樹立後の1934年になると、本来、ナチ党と関係のなかった国家の正規軍(国防軍)の制服にも付けるようになります。
 今回の欅坂の制服の帽子についているワシは、どう見てもナチス型のワシなので、言い逃れできないのは無理もありません。
 日頃から日本のデザイナーも、もっと研究して、どこを参考にしたらOKで、どこをやったらアウトなのか、ひとつひとつのマークの意味はなんなのか、といったことをちゃんと理解していないから、こういうことが起こる。
 ぜひ、「軍装・服飾史カラー図鑑」を読んでいただきたいですね(笑)。




2016年10月30日(日)
 ハッピー・ハロウィーン! 辻元玲子の手描き水彩画で、ハロウィーンのご挨拶を申し上げます。

2016年10月29日(土)
 「スター・トレック BEYOND」STAR TREK BEYONDを見ました。2009年に再始動した「スター・トレック」シリーズの3作目、そして1979年の劇場版第1作「スター・トレック」から数えると、映画としては13作目になります。さらに言えば、最初のテレビシリーズ「スター・トレック/宇宙大作戦」の放送開始が1966年であるため、本作品はシリーズ50周年記念作品でもあります。
 2009年のリブートで、ロミュラン人ネロ(エリック・バナ)の策略によりバルカン星が滅亡し、スポック大使(レナード・ニモイ)が未来から戻ってきて時間軸が変化、従来のシリーズとは同じ世界ながら、歴史が変わってしまったことは、シリーズをご覧になった方には周知のとおり。その際に宇宙船USSケルビンが犠牲となり、船長代理のジョージ・カーク(クリス・ヘムズワース)が殉職。このために、本来の歴史なら父の背中を見て順当に宇宙艦隊に入隊するはずだったジョージの息子ジェームズ・T・カーク(クリス・パイン)や、若きスポック(ザカリー・クイント)の人生も狂ってしまう・・・そんな話でした。
 それで、09年の新シリーズ1作目では、とにかく「あのカーク船長」と「スポック副長」がエンタープライズ号に乗り組むようになるまで歴史が軌道修正される様が描かれ、13年の2作目「イントゥ・ダークネス」では、旧シリーズの2作目で登場した悪役カーンにベネディクト・カンバーバッチを起用、超強敵の出現により、カークとスポックの絆がようやく深まり、本来のエンタープライズ号の陣容が固まるところまでが描かれました。
 こうして、エンタープライズ号はついに、ジェームズ・T・カークの指揮の下、5年間の深宇宙探査の航海に出る・・・いってみれば、ここまでの2作で、ねじれた歴史が修正され、やっと最初の「スター・トレック」の航海の段階に戻った、というわけでしたので、実は本番と言えるのは今回から、なのですね。

 前作の後、5年間の深宇宙探査に出たエンタープライズ号。通常の攻撃的軍隊ではなく、あくまでも平和維持部隊としての重責を帯びる宇宙艦隊の任務には気苦労が多く、また無限に続く宇宙空間は果てしなく、船長カーク大佐は自分たちのあり方に疑問を抱くようになっていました。それを察した医療部長マッコイ少佐(カール・アーバン)はカークを気遣います。一方、副長スポック中佐も通信士・ウフーラ大尉(ゾーイ・サルダナ)との恋が行き詰まり、ひそかに悩んでいます。
 補給と休養のために立ち寄った惑星連邦の宇宙基地ヨークタウンで、スポックはもう一人の自分であるスポック大使(ニモイ)が亡くなったことを知り、ショックを受けます。彼はバルカン星の復興に尽くすために宇宙艦隊を辞職する考えを抱きます。同じころ、カークもヨークタウン基地の司令官パリス准将(シューレ・アグダシュルー)に異動願を提出。船長の任を離れてヨークタウン基地の副司令官にしてもらえるよう依頼します。こうして、カークもスポックもそれぞれ、エンタープライズ号を降りる決意を固めているさなか、それまで連邦が接触したことのない文明の異星人女性が救助を求めてヨークタウン基地に飛来します。
 未知の惑星アルタミッドで宇宙船が遭難した、という女性の訴えを聞き、エンタープライズ号は救助活動のために出動します。しかしその星でエンタープライズ号は正体不明の敵に奇襲されてコントロールを失い、あえなく地上に墜落。この星を支配するのはクラール(イドリス・エルバ)という狂信的な異星人で、なぜかエンタープライズ号、カーク船長のことまでよく知っており、惑星連邦と宇宙艦隊に対する憎悪をみなぎらせています。そして、エンタープライズ号が保管していた古代の恐ろしい兵器アブロナスを手に入れようと躍起になっています。
 クラールの捕虜となったウフーラ、操縦士のスールー大尉(ジョン・チョー)は敵の目を盗んでヨークタウン基地に救援信号を放ちましたが、それもまたクラールの罠で、宇宙艦隊が出動した隙を突き、ヨークタウン基地を襲撃するのが真の狙いでした。
 離れ離れに地上に降りたスポックは瀕死の重傷を負いますが、行動を共にしているマッコイの手当てを受けて、どうにかしてウフーラたちを救い出そうとします。
 一人で地上に降りた機関長スコット少佐(サイモン・ペッグ)は、この星で暮らす異星人ジェイラ(ソフィア・ブテラ)に助けられます。カークと航海士チェコフ少尉(アントン・イェルチン)も合流します。彼らが驚いたことに、ジェイラが住まいとしていたのは、100年も前に消息不明となった連邦の初期の宇宙船USSフランクリン号でした。彼らはこの旧式宇宙船を再起動し、クラールの手からウフーラやスールーらエンタープライズ号のクルーを取り戻そうとします。彼らの目論見はうまくいくのか、そして、ヨークタウン基地を守り抜くことができるのか・・・。

 というようなことですが、今回、注目なのが、脚本を書いたのはスコット役のサイモン・ペッグだということ。もともとスター・トレックの熱狂的なファンであるペッグの脚本は、現代的なスピード感にあふれつつ、セリフの端々に60年代、70年代のシリーズ初期にあったユーモア感覚や温かみを強く感じさせます。本作の持ち味に大きく貢献していると思います。
 実際、50周年記念作品ということもあり、昨年2月に亡くなったレナード・ニモイへのトリビュートとして、写真だけですがニモイのスポックと、おまけに旧シリーズのウィリアム・シャトナーらオリジナル・クルーの写真まで登場します。旧作との強いつながりを意識した配慮は見事なものです。
 今回、大いにフィーチャーされているのがマッコイ役のカール・アーバン。どちらかといえば脇に回りがちな船医という役どころですが、今回はクルーの中の兄貴分として、大きな存在であることをアピールしており、戦闘にも駆り出されて出番もたっぷりあります。「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズでローハン王国の騎士エオメル役に抜擢され、一躍有名になったアーバンですが、このシリーズのマッコイ役は、彼の新たな代表作となったようです。
 お子さんを生んだばかりだったというウフーラ役のゾーイ・サルダナは、アクションは控え目ですが、今作では新たな魅力を発揮しています。やはりお母さんとなったからなのか、優しさとか、情愛といった感情表現の深化を感じました。相変わらず美しい人ですが、内面的な美しさも感じさせるような役作りでした。聞けば彼女は今後、出世作「アバター」の続編に出演するようですね。
 新顔ジェイラ役のソフィア・ブテラは、大ヒット作「キングスマン」で義足の女殺し屋を演じて大ブレイクしたアルジェリア出身の新星ですが、もともとダンサーであり、切れのある動きは今回も見事なものです。この人は今後、このシリーズのレギュラーに入ってくるのでしょうか、楽しみです。ただ、何しろ4時間もかけた特殊メークのために顔は全然、分からないのが残念ですが・・・。
 悪役クラールを演じたイドリス・エルバは、今や引く手あまたの売れっ子俳優。この人物の正体が誰なのか、が本作の最大の見どころです。なんでも007ジェームズ・ボンドのダニエル・クレイグ降板後の有力候補の一人だとも噂されているエルバですが、本作品でも確かな演技力とスケールの大きさを見せつけており、そういう声が出るのも当然と思われます。
 それから忘れてならないのが、本作はアントン・イェルチンの遺作であること。今年の6月に27歳の若さで、不慮の事故で亡くなり、この作品でのチェコフ役が最後のスクリーン上での活躍になってしまいました。本作でも彼の存在感は非常に大きく、ロシア訛りの強い早口でまくし立てる生き生きとした演技に接すると、彼が実際にはもう鬼籍に入っていることが信じられません。あまりにもはまり役だったので、今後、このシリーズでのチェコフはどうなるのだろうと心配になってきます。
 作品の最後に、レナード・ニモイとアントン・イェルチンに対する献辞が置かれています。「IN LOVING MEMORY OF LEONARD NIMOY FOR ANTON」ジーンときますね・・・。


2016年10月20日(木)
 昨日の「辻元よしふみ、玲子『軍装・服飾史カラー図鑑』出版記念会」(発起人:コシノジュンコ先生)の模様の写真がさらに手に入りましたので掲載します。撮影されたのは川田工業代表取締役の川田忠裕様です。川田様、ありがとうございます。ステージ写真では、左からコシノ先生、辻元夫婦、そして乾杯の音頭を取られる防衛省陸上幕僚監部の濱崎1等陸佐です。

2016年10月20日(木)
 昨日、東京・表参道のJUNKO KOSHINOブティックにて、辻元よしふみ、辻元玲子の出版記念会が開催されました。発起人はコシノジュンコ先生です。各界から80人のお客様がおいでになりました。ご来臨頂きました皆様には厚く御礼申し上げます。取り急ぎ速報まででございます。

2016年10月16日(日)
 このほど、エトロ銀座本店にて、恒例のトランクショー、つまりミニ・ファッションショーが開催されましたので、見に行きました。玲子が着ている黒と赤のタキシード風のジャケット、それから私が着ている軍服風のジャケットなどは今季の作品です。私の着ているものは、一見すると地味のようで、接近すると往年のロックスター、ジミ・ヘンドリクスが着ていたようなハデ派手な装飾刺繍が入っています。19世紀ぐらいの軽騎兵用のドルマンDolmanと呼ばれた軍服に似ています。

2016年10月15日(土)
 さて、ここはどこでしょう? 古風なお城の天守閣が後方に見えますね・・・、まあ、お城に詳しい方ならすぐにお分かりでしょうが、愛知県犬山市にある国宝・犬山城の天守です。
 実はこのほど、親戚筋の要件があって電撃的に岐阜県可児市を訪れまして、そのついでに犬山市に行き、犬山城を訪問した次第です。私は若いころにここに来たことがあるのですが、かれこれ30年ぶりに、戻ってきました。
 しかし相変わらず、階段の急なこと。筋肉痛になりますね。昔のお侍さんは、甲冑を着こんで刀や槍まで持って、こんな急階段を上り下りしたのか、と思うと感慨深いです。

2016年10月06日(木)
Great designer Mr. Kean ETRO read
our book,”Military uniforms & Historical Costumes”. He signed historical book. Now I get the book!


2016年10月06日(木)
 イオングループの傘下に入り、徐々に姿を消しつつある「ダイエー」の店舗。千葉県浦安市でも、JR新浦安駅前の旗艦店と見なされてきたダイエーが、少し前にイオンに転換したばかりです。
 しかし、同じ浦安市では東西線浦安駅近くに数年前に新店舗が出来たばかり。おそらく、近く予想されるダイエー全店舗のイオン転換まで、ダイエーの名を残すのじゃないかと思います。
 さてそんなダイエーでは、ひさびさに先月から「ぬいぐるみを手に入れよう!」キャンペーンを実施しています。やはり数年前に「テディベアを手に入れよう!」キャンペーンを実施して、大きな評判を呼びました。このいかにもダイエーらしい戦術、恐らくイオンになったら踏襲されないと思われますね。
 それで今回は「ピーターラビットのぬいぐるみ」がテーマです。ダイエーで買い物をして、1000円ごとにレジでシールを一枚もらえます。そのシールを集めて台紙に貼り、15枚集まるとメーカー希望小売価格3240円する、座高28センチのぬいぐるみが880円で買えます! 20枚集めると40センチ、5184円の物が1528円に、30枚集めますと、本来なら8100円もする55センチの巨大なぬいぐるみが、2639円でゲットできる、という仕組みです。
 28センチの物にはピーターラビットのほか、ピーターの従兄ベンジャミン・バニー、ピーターの妹フロプシーのものがあります。40センチの物はピーターとピーターの母親ミセスラビットの2種類、55センチの物はピーターのみです。つまり全部で3サイズ、6種類があるということです。
 私も今回、帽子をかぶったベンジャミンのぬいぐるみを手に入れました。細部までよく出来ています。30センチ近い大きさで、このクオリティーで、880円は安いですね。
 このキャンペーンは2017年1月8日までシール配布、同15日まで商品販売します。前のテディベア・キャンペーンでも後になって欲しい、という方が多かったようです。興味がある方はお早めに。
 

2016年10月01日(土)
 いよいよ10月でございますが、少しは気温も下がってきました・・・けれど、蒸し暑いですねえ。私はまだまだ、夏物のコットンのスーツを着ています(とはいえ、アロハやポロシャツからスーツにしただけ秋モードには移行しております)。
 さて、10月1日の午後6時〜7時ごろ、アマゾンの「モード」分野にて、私どもの『軍装・服飾史カラー図鑑』が約1か月ぶりに、ベストセラー1位を獲得。8月上旬に出てまもなく2か月たちますが、各媒体様にて書評を賜り、新たな読者様との出会いも増えているのではないかと期待しております。次作があったら、こういうものを取り上げてくれ、といったお声も届くようになって参りました。ますますよろしくお願い申し上げます。


2016年9月30日(金)
 このほど発売の「モデルアートModel Art」2016年11月号(Nr.952)の書評欄に、辻元よしふみと辻元玲子の新刊『軍装・服飾史カラー図鑑』が紹介されました!
 紹介記事では「服飾史・軍装史研究家と、歴史考証復元画家のご夫婦コンビによる軍装史タイトルの3作目。古代ローマから現代までの服装から40種を選び、正確な色調から材質の感触までを正確に再現した労作。さらに資料の入手に一層の困難を伴ったという背部の描写まで含まれている。特徴的な古代の衣装について、構造や着用法も描かれており、一層興味を引く内容になっている」とございました。モデルアート様、まことにありがとうございました。

2016年9月29日(木)
 2016年9月26日付の「繊研新聞」の「新刊」欄に、辻元よしふみ、辻元玲子の『軍装・服飾史カラー図鑑』が紹介されました。アパレル界の専門紙に取り上げていただき光栄です。
 書評では「40テーマで古代から現代までの歴史を解説する――本書冒頭に年表「紳士服と軍服の変遷」を掲載しているので全体を把握しやすい。ローマ軍団百人隊長(1世紀ごろ)から始まり、現代スーツ姿の紳士までを掲載。巻末の軍人の階級入門一覧では日本陸軍、自衛隊、イギリス陸軍、ドイツ国防軍陸軍、企業をまとめ、軍隊の編成の目安も一覧にしている。また主要参考文献も掲載。オールカラー大判手描きイラストで後ろ姿やディテールも徹底再現されている」とありました。繊研新聞様、誠にありがとうございました。

2016年9月25日(日)
 「月刊モデルグラフィックス」2016年11月号(Number 384)の「MGスープレックスホールド」58ページにて、私どもの『軍装・服飾史カラー図鑑』(辻元よしふみ著、辻元玲子;イラスト。イカロス出版刊)を紹介していただきました。
「古代から現代まで、軍服や紳士服の歴史を紐解くオールカラー豪華版服飾史図鑑。服飾の解説とともに、軍服や軍装が紳士服の歴史のなかでどういう位置づけになるのか、軍装と一般の服のあいだの影響を明らかにしていく。イラストは全点手描きオールカラー。後ろ姿や着用方法、装飾品などのディテールも抜かりなく詳細まで紹介している」とございました。厚く御礼申し上げます。

2016年9月21日(水)
 発売されたばかりの「MC★あくしす」誌2016秋号(vol.42)の112ページ、および135ページに、『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版、税込3500円、辻元よしふみ/著、辻元玲子/イラスト)の宣伝が掲載されております。
 改めて内容をご紹介しますと、ドイツの武装親衛隊や昭5式軍衣の日本軍将校、現代の自衛隊儀仗隊などから、古い時代では古代ローマ軍団の百人隊長や十字軍の騎士、オスマン帝国のイェニチェリ、ポーランドの有翼騎兵、ナポレオン軍の華麗な軍装、フリードリヒ大王から第二次大戦期までの歴代のプロイセン〜ドイツ帝国〜第三帝国の軍服など・・・また、ボー・ブランメルをはじめスーツやフォーマル・ファッションなど一般紳士服の歴史も紹介し、紳士服の歴史の中で、騎士や軍人の服装がどんな位置づけになるかを詳細に解説しております。
 ご要望の多い「後ろ姿」や「剣や刀の帯び方」、「勲章や徽章、階級章」のシステムや由来なども可能な限り図解化。オールカラー手描きイラストで精細に表現しております。
 軍装に興味のある方、歴史的なコスチュームに興味のある方、一般の紳士服とファッションが好きな方、またファッション・デザイナー、漫画家、アニメーター、ゲームクリエイター、歴史的な設定の作品を書かれる作家の方・・・などにもぜひお読みただければ、と思っております。
 宜しくお願い申し上げます。

2016年9月18日(日)
 映画「スーサイド・スクワッドSUICIDE SQUAD」を見ました。原題は意味としては「自殺部隊」です。マーベルと並び立つアメリカン・コミック界の雄、DCコミックスが生んだヴィラン(悪役)を集めた悪人版アベンジャーズ、といったところ。スーパーマンやバットマンといったスーパーヒーローとは対極の存在。重罪人である彼ら彼女らに、死ぬのが必至のまさに「自殺的な」危険な作戦を遂行させる、死んでもどうせ元から死刑か無期懲役の連中だから問題はならず、万が一、作戦に成功して生き延びたら減刑してやる、といった条件で戦わせるという発想です。
が、こう聞くと思い出されるのが、かつての名作映画、1967年の「特攻大作戦」(ロバート・アルドリッチ監督)です。ノルマンディー上陸作戦の直前、警備厳重なドイツ軍の将校クラブを襲撃するべく、米軍刑務所に収監されている凶悪犯罪者の兵士が集められ、決死隊が編成されます。演じたのはチャールズ・ブロンソン、アーネスト・ボーグナイン、テリー・サバラスといった一癖ある俳優ばかり。リー・マービン演じる型破りの少佐がこれを統率していく過程が非常に面白く、映画はヒットしました。私はこの映画を小学生のころに初めて見て、「デス・バイ・ハンギング(絞首刑)」という英語を覚えました。というのも、兵士たちのプロフィールが冒頭に紹介されるのですが、どいつもこいつも「軍法会議の結果、絞首刑」ということで、デス・バイ・ハンギングという言葉を何度も聞くことになったからです。
それで、映画のパンフレットによれば、本作のヴィッド・エアー監督は「特攻大作戦を参考にした」と明言しております。もともと軍歴があり、脚本家として「U−571」、監督して「フューリー」といった純然たる戦争映画も手掛けている同監督は、アメコミの映画化というよりも、一種の戦争映画としてこの作品を作った、といいます。実際、本作のテイストには、ひとつひとつの戦場の状況把握、敵味方の心理を追う手法やら、非常時において、必死に戦う前線の兵士と裏腹に、ひたすら保身に走る上層部の姿、といった描き方に、戦争映画的なリアリティーを感じます。いかにもコミック的な非現実的ファンタジー、という作品ではありません。あえていえば、怪獣映画なのだけど、実際には戦争映画であり政治映画である「シン・ゴジラ」と、どこか似ているのではないでしょうか。

スーパーヒーロー、スーパーマンが死に、国葬が行われます。アメリカ国民は悲嘆に暮れていました(コミックの設定的には、レックス・ルーサーが送り出したドゥームズデイとの戦いで、スーパーマンが命を落とした時期、ということだそうです・・・結局その後、復活したようですが)。
そして、スーパーマン亡き今、また別の危険な化け物、通常の警察や軍隊では手に負えない未知の危険が出現したらどうするのか、が安全保障上の大問題になりました。
そこで、政府諜報部門の高官アマンダ・ウォラー(ヴィオラ・デイヴィス)は一計を案じ、かつて存在した秘密の犯罪者による特殊部隊「タスク・フォースX」を再編成することを軍高官に認めさせます。どうせ犯罪者集団なので、作戦上で問題が起きても政府は責任を問われることもなく、隊員が死傷しても知ったことではない。このアイデアの下、スーパーマンやバットマンに捕らえられ、連邦刑務所に収容されている悪人たち、特に釈放される可能性のない重犯罪者たちが集められます。
無数の生命を奪った暗殺犯で、狙撃の名人デッドショット(ウィル・スミス)、元は精神科医だったが、犯罪都市ゴッサムシティの闇社会の帝王ジョーカー(ジャレッド・レト)の愛人になることで悪に落ちたハーレイ・クイン(マーゴット・ロビー)、殺人ブーメランが武器のその名もブーメラン(ジェイ・コートニー)、ナパーム弾のように何者も焼き尽くしてしまう人間火炎放射器ディアブロ(ジェイ・ヘルナンデス)、ロープ使いの名人スリップノット(アダム・ビーチ)、爬虫類のような無敵のワニ男キラークロック(アドウェール・アキノエ=アクバエ)。
これを率いる部隊長は、リック・フラッグ陸軍大佐(ジョエル・キナマン)ですが、当然、普通のやり方でこの連中が言うことを聞くはずはありません。そこで、隊員たちには全員、首筋にナノ爆弾を埋め込み、責任者のアマンダか隊長のフラッグが端末を操作すれば、瞬時に爆発して頭部が吹き飛ぶ、という仕掛けにしました。さらにお目付け役として、フラッグの用心棒である日本人の女性剣士カタナ(カレン・フクハラ)が従い、命令に服さない隊員は容赦なく必殺の日本刀で斬り捨てる構えです。デッドショットが自嘲して言います。「つまり俺たちは、自殺部隊というわけだな?」
しかし実は、もう一人、本来は部隊の最強メンバーとなるべき候補者がいました。彼女の名は考古学者ジューン・ムーン博士(カーラ・デルヴィーニュ)。ただ一人、犯罪歴などない全くの善良な民間人です。しかし不幸なことに、ジューンはかつて密林の奥の遺跡で古代の危険な呪術の遺物にふれ、実に6000年以上も前から女神、魔女として君臨する悪霊エンチャントレス(デルヴィーニュの一人二役)に取り憑かれてしまったのです。ジューンはエンチャントレスをいつでも呼び出すことが出来ますが、呼び出したが最後、ジューンの意思は失われ、制御は出来なくなります。そこで、ジューンを保護したアマンダは魔女の弱点である心臓を手に入れ、魔女が従うしかない状況にして、無理やり言うことを聞かせることにします。さらにフラッグにジューンを警護させることで、アマンダのねらい通りに二人は恋に落ち、フラッグもこの危険な任務から逃れられない状況を作って、すべてを統制した、はずでした。
しかしエンチャントレスはそんな甘い相手ではなく、弟の魔神も現世に呼び出して力を増強させると、アマンダの支配から逃れて世界征服に乗り出します。
この状況で、タスク・フォースXに出動命令が下りますが、単なるテロリスト掃討が目的と告げられて、相手が何者なのかは知らされていません。施設に取り残された要人を救出しろ、という命令に従い彼らは出撃しますが、襲ってきたのはエンチャントレスによって醜い化け物に変身させられた無数の人々のなれの果て。話が違う・・・と混乱するメンバー。脱走を企てる者、疑問を持つ者、もともと強制的な命令に従っているだけの部隊の弱さというもので、メンバー間では不信感が募り、結束がバラバラになりそうな中、はたして彼らはエンチャントレスの完全復活を阻止できるのでしょうか・・・。

ということで、とにかくハードでダークなアクション映画ですが、単なるけれん味で見せるコミックものではなく、先にも書いたように、戦場ものとしてのリアリティーがある作風です。歴代の名優が引き継いできたジョーカー役を引き受けたジャレッド・レトは、本人も非常に重圧だったと言いますが、クレイジーかつ繊細な、新しいジョーカー像を生み出していると思います。
マーゴット・ロビーは「ターザン/REBORN」でターザン夫人ジェーンを演じていました。芯が強いとは言えヴィクトリア朝の貴婦人役だったターザンと違い、今回は作品中でも最も常軌を逸したキャラクターですが、設定的に単なる下品な悪役ではダメで、非常に高い知性とその裏返しの狂気を表現しなければならない難しい役所ですが、魅力的に演じきっています。ウィル・スミスの加入は、監督がキャスティングで最初に望んだことだったそうですが、根からの悪党でない、実は心優しい面や正義感も隠し持っている孤独な狙撃手、そして全体のリーダー的存在というポジションをしっかり固めています。
注目されたのが、今作が映画でニューという新人のカレン・フクハラ(福原かれん)。この人は日系アメリカ人で、どうもまだ大学生らしいですが、日本語もしっかり出来るようで、劇中の彼女の日本語セリフは安心して聞いていられます。今まで剣術の経験はないとのことですが、武術は習っていたそうで、見事な女サムライぶりです。日本人としては応援したくなりますね。
スーパーモデルのカーラ・デルヴィーニュは、映画デビューの「アンナ・カレーニナ」などではセリフもほとんどない役でしたが、いよいよ本格的な女優業に乗り出してきました。この人はやはり存在感がありますし、当たり前ですが奇麗ですね。もうちょっと魔女ではなくて、ジューンの状態の姿を見たかったと個人的には思いました。
またベン・アフレックが、ブルース・ウェイン(バットマン)として出演しています。
そもそも、私は「ターザン」のマーゴット・ロビーが出ていると聞いて、どのぐらい違うキャラになっているのか見てみたくて観賞した作品でしたが、これは一見の価値がありました。手応えのあるコミックもの、を見てみたい方はぜひ劇場の大画面でご覧を。


2016年9月17日(土)
 「キング・オブ・エジプトGODS OF EGYPT」という映画を見ました。「エジプトの王様」というタイトルなわけですが、原題をよく見ると「エジプトの神々」。実際、この話の設定ではエジプトを最初に統治したファラオたちは、本当に神々であって、肉体的にも巨人だった、ということになっております。だから時代考証的な古代エジプトではなく、ファンタジー的な古代エジプトということです。かつてレイ・ハリーハウゼンが作ったギリシャ神話やアラビア神話ベースの娯楽映画の現代版、という感じですね。「アイ,ロボット」「ノウイング」などで知られるアレックス・プロヤス監督の7年ぶりの作品です。
 古代神話ではあちこちに見られる兄弟神の相克の物語。エジプト神話においては、太陽神ラーの息子であるオシリスと、その弟のセトが対立します。オシリスがセトに殺されてしまうと、オシリスの妻イシスと、その子ホルスがセトを打倒し、オシリスは冥界の王に、ホルスがエジプトの統治者になる・・・そんな話です。この映画は、そのあたりのお話を大胆にファンタジー化したものです。これまでギリシャ神話や北欧神話はかなり題材として取り上げられてきました。エジプト神話というのは、エジプト生まれのプロヤス監督らしい着眼だと思われます。

 古代エジプト文明の黎明期。1000年にわたり善政を布いて民から慕われてきた全エジプトの王、オシリス(ブライアン・ブラウン)が退位し、息子のホルス(ニコライ・コスター=ワルドー)が王位に就くことになります。しかし実際には、ホルスには国王になるだけの器量がなく、愛人のハトホル(エロディ・ユン)は密かに危惧しています。
 即位式典の当日、荒涼たる砂漠の統治者でオシリス王の弟セト(ジェラルド・バトラー)が遅れて会場にやってきます。甥であるホルスの即位を祝いに来た・・・と見せかけて、その実は兄に対する反逆を企てていたのでした。砂漠の軍勢が会場に押し寄せる中、セトは兄オシリス王を殺害し、ホルスを叩きのめして、その両目を抉り取ってしまいます。失明したホルスは逃げ去り、王妃イシス(レイチェル・ブレイク)は自害。ハトホルはセトの愛人となります。クーデターを成功させたセトは人間たちを奴隷として使役し、権力欲を丸出しにして強権政治に走って行きます。
 セトの悪政を倒すには、ホルスの目を奪い返すしかない。セト専属の冷酷な主任建築士ウルシュ(ルーファス・シーウェル)に仕える女奴隷のザヤ(コートニー・イートン)は、ホルスの目を保管しているピラミッドの設計図を盗み出し、恋人である盗賊ベック(ブレントン・スウェイツ)に渡します。ベックはホルスの右目だけをなんとか盗み出し、ウルシュの追撃から逃れることに成功しますが、その途中でザヤはウルシュの放った矢を受け、死んでしまいます。
 悲嘆にくれたベックは、ホルスの神殿を訪れ、ホルスに右目を渡す条件として、ザヤを蘇らせるよう取引を試みます。ホルスは、8日以内ならば死者を現世に呼び戻すことができる、それまでに左目も手に入れるべく、協力するようにベックに要求します。
 2人は、ホルスの祖父である世界の創始者、太陽神ラー(ジェフリー・ラッシュ)の元を訪れ、セトのパワーの根源、砂漠のピラミッドの炎を消すことができる「創造の水」を入手します。
 その間、セトの暴政はエスカレートし、反逆する神々が続出。ついにセトの元妻であるネフティス(エマ・ブース)まで反逆に加担し、怒ったセトはネフティスの翼を切断します。
 さらにセトは、現在の愛人であるハトホルも、実際はホルスに今でも通じているのではないかと疑念を抱き始めます。ハトホルは殺される寸前、元々は冥府の入り口である西方の女王であった経験を生かし、冥界を潜り抜けてセトの元から脱出。そして、ホルスとベックに合流し、セトを倒すべく砂漠のピラミッドを目指します。しかしそこには恐ろしい怪物、スフィンクスが待ち構えており、謎かけに正解しなければ何人であっても生きて帰ることはできません。一行は、知恵の神であるトト(チャドウィック・ボーズマン)を味方に付けようとしますが・・・。

 というようなことで、とにかく派手な映像がこれでもか、と続きます。エンターテイメントとしてはこれ以上のものはないでしょう。まあ、変身した神々の姿がトランスフォーマーのロボットみたい、とか、エジプト神話の原話からかけ離れすぎている、といった批評もあるでしょうが・・・実際、原話ではオシリスの復活とセトの打倒、そしてホルスの即位に大きな貢献をした女神イシスが、この映画では、登場はするもののすぐに舞台から姿を消してしまう点などは、人によっては納得しないかもしれません。とはいえ、今作は神々と、とるに足りない人間の盗賊の間に生まれた信頼と友情、というところが焦点なので、神話の本筋としてはかなり異なった展開をあえて選んでいるのでしょう。
 物語の大詰め、分かっていても、ありがちな展開と言えば言えるシーンでも、感動的に描けているのはプロヤス監督の手腕なのではないでしょうか。うまいものだと感心させられました。
 配役ではやはり、太陽神ラーのジェフリー・ラッシュです。今回も一癖ある、本当は何を考えているか底知れない、誰の味方なのかわからない絶対神、という感じで、単純に善玉でも悪玉でもない、という超越的なキャラクターはこのアカデミー俳優にぴったりです。
 「マレフィセント」では冴えない王子様だったブレントン・スウェイツは、今回は体を張ったアクションで主演の一人として大活躍。そして「オペラ座の怪人」や「300」のジェラルド・バトラーは、今作では悪人そのもの、いいところは一つもない役柄ですが、こういう役をやってもカッコいい。もう一人の主演といえるニコライ・コスター=ワルドーは日本ではあまりなじみがないですが、人気テレビ・シリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」で活躍している人。映画では「ブラックホーク・ダウン」「キングダム・オブ・ヘヴン」「オブリビオン」などで脇役を演じています。ハトホル役のエロディ・ユンはフランスの女優さんで、本当にきれいな人です。これで国際的な知名度も一気に上がりそう。ザヤ役のコートニー・イートンは「マッドマックス」最新作で注目された新星ですが、モデル出身でまだ20歳。10年後が楽しみな人かも。
 私は本作を見て、悪人だが才気あふれる建築士ウルシュを演じているルーファス・シーウェルの、ちょっとしゃがれていて、しかしトーンの高い声とか、独特の嫌味な語り口とか、どこかで聞いたな、とずっと思っていました。経歴を調べて、「レジェンド・オブ・ゾロ」とか「リンカーン/秘密の書」の悪役を演じていたことを知り、ああ、この声と口調に聞き覚えがあるんだな、と思い至りました。ルックスではなく、声で思い出した俳優というのは、私の中では珍しい存在です。
 とにかく、大画面で楽しむべき大娯楽作品です。しかしそれでいて、神も人も人生において試練を乗り越え、最後にどう生きたかの裁定を受けなければならない、という世界観からは、人がこの人生で生きるというのはどういう意味があることなのか、といった問いかけも感じられる一作です。私はこういう作品は大好きですね。


2016年9月09日(金)
 「グランド・イリュージョン 見破られたトリック(原題:Now You See Me 2)」を見ました。ちょうど3年前、2013年秋のヒット作「グランド・イリュージョン(原題:Now You See Me)の続編です。原題は「さあ、よくご覧ください」というマジシャンの決まり文句ですね。フランス人監督の手になる洒落た感じの作風だった前作から、ジョン・M・チュウ監督に代わったことで、国際的スケール感の大きな、アクションも多い作風となりましたが、おなじみの出演陣がほぼ再集結し、何よりも最後まで目の離せないどんでん返しに次ぐどんでん返し、という意表を突く展開は今作にも踏襲。華麗なマジックの実演シーンも一層リアルになり、見応えある作品となっています。ことにマジックの監修には、当代一の人気マジシャン、デビッド・カッパーフィールドがあたっており、映画内でのマジックはすべて舞台で再現可能、という折り紙つきです。

 前作では、現役FBI捜査官にして、実は秘密結社アイのメンバーであり、世直し奇術師の集団「フォー・ホースメン」の黒幕でもあるディラン(マーク・ラファロ)が、偉大なマジシャンだった亡き父親の敵を討つべく、30年かけて練りに練った復讐劇だった、というのが落ちでした。そして、父を死に追いやった「マジック見破り人」ことサディアス(モーガン・フリーマン)はディランとフォー・ホースメンの罠にかかり、刑務所に収監されてしまいました。

 それから1年。じっとアイからの次の指令を待っていたメンバーたちですが、あまりに音沙汰がないために、ヘンリー(前作ではアイラ・フィッシャー)が待ちくたびれてフォー・ホースメンを脱退。アトラス(ジェシー・アイゼンバーグ)、メリット(ウディ・ハレルソン)、ジャック(デイヴ・フランコ)の3人もしびれを切らしていました。そこへディランから次の目標が示されます。IT企業オクタ社が発売する新型スマートフォンが、世界中の情報を違法に収集する計画の道具であることを暴くため、マジックを使ってオクタ社のイベントを乗っ取り、陰謀を暴け、というものです。
 ヘンリーに代わる紅一点として新顔のルーラ(リジー・キャプラン)を加え、フォー・ホースメンの4人はまんまとニューヨークで開催されたオクタ社のイベントをかき乱して乗っ取りに成功しますが、その途中で思わぬ妨害が入ります。そして、オクタ社の秘密を暴露するどころか、逆に世間では死んだと思われていたジャックが健在なこと、さらにFBI捜査官であるディランが実は「5人目のフォー・ホースメン」であることが暴露されてしまいます。ディランの上司であるFBI副長官ナタリー(サナ・レイサン)はディランを逮捕しようとしますが、ディランはすんでのところで会場を脱出。
 一方、屋上からの脱出ルートを使って逃げ出した4人は、逃走用のトラックに到着するはずが、なぜか見覚えのない中華料理店の厨房に着いてしまいます。そして、その地が近所の中華料理店などではなく、本当にマカオであることを知り愕然とします。待ち受けていたのはメリットの弟で、兄に遺恨があるらしい悪党チェイス(ハレルソンの一人二役)でした。さらにそのボスとして現れたのは、昨年、オクタ社の経営幹部から解任され、その後、死んだとされていたITの天才ウォルター(ダニエル・ラドクリフ)でした。
 ウォルターはフォー・ホースメンの4人に対し、マカオにあるオクタ社の施設から、世界中のコンピューターやネットの情報を違法収集するチップを盗み出すことを強要します。
 同じころ、ディランは仇敵であるサディアスを刑務所から脱走させます。サディアスはフォー・ホースメンの4人がマカオに拉致されたことを知っており、彼らの救出に手を貸すと申し出たのです。
 フォー・ホースメンの4人は、チップの売買に興味を持った南アフリカのギャングの関係者を装ってオクタ社の施設に潜入し、チップを手に入れることに成功します。しかし彼らはそれをウォルターに渡すことを拒みます。そこに現れたディランが盾になることで、4人は逃げおおせることに成功しますが、ディランはウォルターに捕まってしまいます。捕らわれの身のディランの前にウォルターと共に姿を現したのは、意外にも1年前にフォー・ホースメンの活躍で資産をすべて奪われ破産した悪徳保険王・トレスラー(マイケル・ケイン)でした・・・。

 ということで、この後、舞台はロンドンに移り、さらに大きな規模のマジック合戦が繰り広げられることになります。前作から続投の面々は息もぴったりで、新顔のキャプランも違和感なく溶け込んでいます。そしてマイケル・ケインとモーガン・フリーマンの大物2人は相変わらず余裕綽々の名演ぶりです。
 今作ではFBIを追われ、危機に陥るディランが中心人物と言え、まさに実力派マーク・ラファロの独壇場です。彼の芸達者ぶりが遺憾なく発揮されています。
 さらに何よりも注目なのが、ハリー・ポッターで知られるラドクリフの悪役ぶり。頭はいいが良心のかけらもない役柄で、科学はマジックに勝つ、と豪語するわけですが、少し前まで魔法使いの中の魔法使いを演じていた彼が、こういう役をやるのも興味深いですね。
 何かこう、あまりに簡単に誰にでも催眠術が利きすぎるのが「ほんまかいな」という感じもあるのですが、それにしても説得力のあるマジック描写は、伊達にカッパーフィールド監修とうたっていません。
 シリーズ化という考えが元々、あったものなのかどうか知りませんが、前作からの展開は見事といってよい脚本です(前作を見ていないと、ちょっと人物関係が理解しにくいかもしれません)。この調子で、ぜひ3作目も見てみたい、と私は思いましたが、どんなものでしょうか。東京五輪を前に、日本を舞台にして、なんて一作を見てみたいですね。


2016年9月08日(木)
 このほど発売の「歴史群像10月号」(学研プラス)のBook Review【新刊紹介】コーナーの123ページに、辻元よしふみ、辻元玲子の『軍装・服飾史カラー図鑑(イカロス出版)』が紹介されました。同誌では3名様にこの本をプレゼントします。
 書評では「軍服や紳士服を服飾史の視点からひも解く豪華オールカラー図鑑。古代ローマの百人隊長から極楽鳥のような色彩のランツクネヒト、ポーランドの有翼騎兵フサリア、陸上自衛隊第302保安警務中隊の儀仗服に至るまで40のテーマを収録、欧米で発展した軍装と紳士服の関係性を系統的に理解できる構成だ。立ち絵姿の大判イラストを中心に、後姿やベルト・刀剣類など、史料的制約から考証の難しい部分も徹底再現。着用の手順解説があるのもうれしい。」ということで、丁寧な紹介をいただき、厚く御礼申し上げます!


2016年9月01日(木)
 このところ諸事いろいろあり、映画を見られなかったのですが、ようやく2本立てで見てきました。公開からしばらく時間がたっていますので、間に合ってよかったです。

 まず「X-MEN : アポカリプス(原題 X-MEN : APOCALYPSE)」。2000年に始動した現在のX-MENシリーズも、ウルヴァリンの単独作品を加えると、通算9作目。一応、これでシリーズは完結した、ということになります。
 そもそもこのマーベル・コミックの映画化が商業的に成功し、ヒュー・ジャックマンやハル・ベリー、それに「ロード・オブ・ザ・リング」にも出ていたイアン・マッケランが世界的な映画スターとしてブレイクするきっかけにもなることで、「コミックの映画化は成功する」という機運を作りだし、その後のコミック系映画の隆盛を築いた歴史的シリーズだったと言えます。特にジェームズ・マカヴォイやマイケル・ファスベンダーを据えて1960年代の前史から再始動した新3部作は、前作で新旧メンバーが共演する夢の顔合わせを実現した上に、歴史が変わって旧シリーズの設定がいったん白紙になることで、今回の作品が成立しています。このため、旧3部作では主要メンバーだったキャラクターが敵にまわったり、逆に敵として登場した人物が味方となったり、ということが可能になって、作品の幅が大きく広がりました。
 
 古代エジプトで全能のファラオとして君臨したエン・サバ・ヌール(=アポカリプス。オスカー・アイザック)は、人類初のミュータントであり、何度となく他の肉体に転生を繰り返し現人神として生きてきましたが、思いがけず部下の反乱に遭い、永い眠りに就くことに。
 そして1983年。エジプトで蘇ったアポカリプスは、ストーム(アレクサンドラ・シップ)、サイロック(オリヴィア・マン)、エンジェル(ベン・ハーディー)の3人のミュータントを従者とし、現代の社会を征服しようと動き出します。彼が4人目の従者として白羽の矢を立てたのは、ポーランドで労働者としてつましく生きていたものの、ミュータントであることを周囲に知られた途端、家族を殺され、社会から追放されて人間に対する激しい憎悪を復活させたマグニートー(ファスベンダー)でした。
 エジプトで異変が起きたことを察知したプロフェッサーXことチャールズ・エグゼビア(マカヴォイ)は、その動きを探っていたCIAエージェントでかつての恋人モイラ(ローズ・バーン)と再会しますが、彼女の記憶はチャールズ自身が封印したままになっています。
 そんな中、マグニートーが動き出したことを知り、レイブン(ジェニファー・ローレンス)はナイトクローラー(コディ・スミット・マクフィー)を伴い、チャールズが主催する「恵まれし子らの学園」に向かいます。学園ではビースト(ニコラス・ホルト)、ジーン(ソフィー・ターナー)、それにアレックス(ルーカス・ティル)とスコット(タイ・シェリダン)のサマーズ兄弟がおり、チャールズの能力を駆使してマグニートーを探すことにします。しかし、この行いのために、アポカリプスはチャールズの精神の中に侵入し、その能力を利用して世界中の核兵器を無力化。さらにマグニートーの力を用いて地球上のあらゆるものを破壊し、世界を支配することを宣言します。
 学園は爆発し、アレックスは死亡。クイックシルバー(エヴァン・ピーターズ)の活躍によりその他の者は命拾いしますが、チャールズはアポカリプスたちに拉致されてしまいます。さらにそこに現れたのは、ミュータントたちの宿敵であるストライカー大佐(ジョシュ・ヘルマン)率いる特殊部隊でした。レイブン、ビースト、モイラが捕らわれの身となる中、ジーン、ナイトクローラー、スコットの3人はストライカーの基地内に潜入。そこで彼らが出会ったのは、記憶を失い生態兵器となっているウェポンXことウルヴァリン(ジャックマン)でした・・・。

 というわけで、人類が神だと思って崇拝してきたのは、一人のミュータントだったというのがこの設定。実際、アポカリプスの力は神のごとき全能なもので、これに対するミュータントたちは、まだX-MENとして正式に始動する前の未熟な若者たち。チャールズの強大な精神力がアポカリプスの手に入れば、もはや何者も抗しがたくなる・・・ということになります。かつてはマグニートーの手下として敵キャラで活躍したレイブンやナイトクローラーが今回は正義の側に、逆に一貫してX-MENチームの中核だったストームが敵側で登場するのが興味深いところです。前作で歴史が変わっているので、似たような話が微妙に違う結果になっていく妙味は、やはりこれまでのシリーズをずっと見ていた人ほど楽しめるもののように思います。

 次に見たのが「ジャングル・ブックTHE JUNGLE BOOK」。ウォルト・ディズニーの没後50年企画映画で、ディズニー本人が最後に手がけ、没後に公開されたアニメ「ジャングル・ブック」(1967年)の実写映画化です。原作は19世紀末にインド生まれの英国の文豪キプリングが書いた短編小説です。後に本作の影響を受けて、舞台をアフリカに替えてバロウズが書いたのが「ターザン」だと言われており、本作の方が野生児ものの元祖と言えるようです。

 インドのジャングルで暮らす野生児モーグリ(ニール・セディ)。彼は幼いころに黒ヒョウのバギーラ(ベン・キングズレー)に拾われ、アキーラ(ジャンカルロ・エスポジト)が率いるオオカミの群れで育ちます。母親となったのは優しい雌オオカミのラクシャ(ルピタ・ニョンゴ)。しかし人間の子であるモーグリを蛇蝎のように嫌悪するベンガルトラのシア・カーン(イドリス・エルバ)は、モーグリを殺すことを宣言。オオカミの群れに緊張が走ります。
 悩んだ末に、モーグリは群れを離れることを決意。バギーラはモーグリの命を守るには、モーグリを人間の世界に帰すしかないと決断します。しかし、バギーラはシア・カーンに襲われて負傷。たった一人で森をさまようモーグリは、大蛇のカー(スカーレット・ヨハンソン)から、シア・カーンがかつてモーグリの父親を殺したこと、そのときに父親がシア・カーンの顔に傷を負わせたために、カーンが人間を憎悪していることを聞きます。
 カーはそのままモーグリを食べようとしましたが、クマのバルー(ビル・マーレイ)に救われます。気ままに自由に生きるバルーと共に暮らすうちに、モーグリはジャングルの掟に縛られるだけの生き方に疑問を抱いていきます。
 そのころ、シア・カーンはオオカミの群れを訪れ、不意を衝いてアキーラを殺害。群れを乗っ取り、モーグリが復讐するために戻ってくるのを待ちます。
 同じころ、古い人間の寺院に住んでサルたちを支配している類人猿の王キング・ルーイ(クリストファー・ウォーケン)もまた、自分の野望のためにモーグリを利用しようと画策していました・・・。

 というようなことで、大筋ではオリジナル版と大きな相違はないのですが、何しろモーグリ以外のすべての背景、すべての動物や植物はフルCGである、というが驚きです。とうとう技術的な進歩もここまで来たか、という感を強くします。このリアルな森も川も、全くインドで野外ロケすることなしに(ただし当然ながら、現地取材は綿密にしたそうです)撮影されているというのは驚くべきことです。豪華絢爛たる声優陣は、さすがにディズニー映画というか、ちょっと考えられないほどの布陣ですが、これほど作り込んだ世界を生き生きと見せてくれるのは、これら名優たちの演技力のたまものでしょう。
 そして何よりも、モーグリ役のセディの熱演ぶり。よく演じきったものです。67年版の陽気な作風からはかなりシリアスになっていますが、しかし「あのテイスト」もバランスよく残している感じがします。まことに驚嘆すべき作品です。


2016年8月29日(月)
 台風10号がやってきますが、皆様、ご用心ください。
 ところで、「コンバット・マガジン」10月号のNew Bookコーナーにて、私どもの『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)が紹介されました。厚く御礼申し上げます、ありがとうございます。

2016年8月25日(木)
 私どもの新刊『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)が発刊して2週間。すでにご高覧いただけましたでしょうか。
 ところで本書は帯に世界的デザイナー、コシノジュンコ先生の推薦文をいただいております。
「軍服を男の美学とすれば、それは今の紳士服の基本でもある。こんな服装史料がほしかった!」
 このように、力強く本書のコンセプトをお示しいただいております。
 今回は、コシノ先生にお目にかかった際に、直筆サインをいただきました。「私の本じゃなくて、あなたたちの本なのに変じゃない?」と仰るところ、無理をお願いして書いていただきました。ご多忙の中、ありがとうございました。

2016年8月20日(土)
 このほどお土産品として何かないか、と百貨店で物色していて見つけたのが、東京・世田谷の「ラ・テール洋菓子店」が作っているという「ハニー・ベア」という焼き菓子。かわいいですね見るからに。食べても、名の通りに蜂蜜の甘みが濃厚でおいしいです。
 さてところで、今月9日に刊行した私どもの『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)ですが、けっこう一部のネット書店などで「欠品」の表示を見かけるようになりました。海外向けの楽天グローバルでも在庫切れの表示が出ているようです。ひょっとして、本書は海外のお客さんもいるのでしょうか?

2016年8月16日(火)
 皆様、お盆明けでお疲れ様でございます。コミケにご出展された皆様もお疲れ様でした。私たち夫婦も30歳代まではコミケにずっと出ておりました。
 ところで、8月9日に私どもの新刊『軍装・服飾史カラー図鑑』(辻元よしふみ/著、辻元玲子/イラスト)が刊行されてちょうど1週間。アマゾンでは昨日も「モード」分野で1位認定をいただいております。まことにありがたく、厚く厚く御礼申し上げる次第です。
 ドイツの国防軍陸軍や武装親衛隊、昭五式軍衣の日本軍将校、現代の自衛隊儀仗隊などから、古い時代では古代ローマ軍団の百人隊長や十字軍の騎士、オスマン帝国のイェニチェリ、ポーランドの有翼騎兵、ナポレオン軍の華麗な軍装、フリードリヒ大王から第二次大戦期までの歴代のプロイセン〜ドイツ帝国〜第三帝国の軍服など・・・また、ボー・ブランメルをはじめスーツやフォーマル・ファッションなど一般紳士服の歴史も紹介し、紳士服の歴史の中で、騎士や軍人の服装がどんな位置づけになるかを詳細に解説しております。お堅い説明ばかりでなく、漫画調のキャラクターで解説しているページや、豆知識コラムも随所に盛り込んで、気の向くままにページをめくっていただき、読み物としても面白く読めるように工夫してございます。
 ご要望の多い「後ろ姿」や「剣や刀の帯び方」、「勲章や徽章、階級章」のシステムや由来なども可能な限り図解化。オールカラー手描きイラストで精細に表現しております。
 軍装に興味のある方、歴史的なコスチュームに興味のある方、一般の紳士服とファッションが好きな方、またファッション・デザイナー、漫画家、アニメーター、ゲームクリエイター、歴史的な設定の作品を書かれる作家の方・・・などにもぜひお読みただければ、と思っております。
 引き続き、宜しくお願い申し上げます。台風7号が首都圏に接近しているとのこと、皆様、ご自愛、ご注意くださいませ。

2016年8月13日(土)
 宣伝です!『軍装・服飾史カラー図鑑』(辻元よしふみ、辻元玲子著。イカロス出版、税込3500円)が発売となりまして、今回はアパレル、ファッション関係の皆様からもご支持を戴いているようです。現代のフォーマル衣装や、スーツの原型には19世紀ぐらいの軍服がルーツになっている物が多いので、今回はそのへんも手厚く紹介しています。実際、19世紀になるまでは、礼服と言えば宮廷用の貴族の服か軍服が着用されたのですが、市民革命と産業革命をへた19世紀半ばの時代ともなると、一般の市民のためのフォーマル服やビジネス服が必要となり、現在の燕尾服やタキシード、スーツなどに変化していくわけです・・・詳しいことはこの本をご覧くださいませ!

2016年8月12日(金)
 昨日、江東区のショッピングモール「スナモ」にて、久しぶりにゼニス・インターナショナルさんのお店を発見。大人気の動物パンの新作「ふぐ」や「ライオン」「たぬき」などを買いました。カスタードクリームかチョコクリーム入りで、見た目が面白いだけでなく、味も非常によいです。

2016年8月11日(木)
 「山の日」ですね。このへんからお盆休み、という人も多いでしょうね。コミケもいよいよでしょうか。リオ五輪も佳境! そんな中で恐縮ですが、『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版、税込3500円)の宣伝をさせていただきます。
 本書には、メインの図解のほかに、「カッコいい軍服の描き方 将校と下士官兵の違い」とか「敬礼の仕方と歴史」といったコーナーも設けてあります。漫画やイラストを描く皆様の参考になれば幸甚でございます。

2016年8月10日(水)
 宣伝です!『軍装・服飾史カラー図鑑』(辻元よしふみ、辻元玲子著。イカロス出版、税込3500円)が発売となりました。アマゾンでは昨日、モード分野で1位となって「ベストセラー」認定をいただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。
 本書は最初に「年表」も設けております。本文で取り上げているものはリアル画で、それ以外のものはちびキャラで描き分けていますが、参考として掲げたちびキャラも、たとえばこの日本の大鎧の武士などのように、考証面では決して手抜きしないで描いております。

2016年8月09日(火)
 『軍装・服飾史カラー図鑑』(辻元よしふみ、辻元玲子著。イカロス出版、税込3500円)は本日、2016年8月9日、発売となりました。アマゾンでは午前11時51分現在、モード分野で1位となって「ベストセラー」認定をいただきました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。
 今回はプロイセン〜ドイツ軍とフランス軍(ルイ王朝とナポレオン時代)を多く扱っていますが、ナポレオンの宿敵、英国軍も紹介しています。伝統の真っ赤なジャケットが目を引きますね。

2016年8月09日(火)
 『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版、税込3500円、フルカラー230頁)がいよいよ発売されました! 日付が変わったとたんに、アマゾンでも売り出したようで、登場と同時に軍事分野で5位、書籍全体でも2万位ほどと健闘している模様です。
 本日は「ナポレオン軍(大陸軍)竜騎兵少佐」「ロシア陸軍元帥」「ルイ14世時代の三銃士」のページをちょっと紹介。いずれも、後ろ姿を苦労して描いております。とにかく昔の服装はバックスタイルの資料がなく、非常に苦労します。

2016年8月04日(木)
 今日も懲りずに宣伝です。イカロス出版様よりまもなく『軍装・服飾史カラー図鑑』(辻元よしふみ/著、辻元玲子/イラスト)が刊行されます。来週には配本を開始します。B5判オールカラー、230ページで3500円(税込)です。
 ドイツの武装親衛隊やアルゲマイネSS、戦車兵などおなじみの軍装は、十字軍の時代のドイツ騎士団の騎士に始まり、フリードリヒ大王時代の軍服からナポレオン戦争時代のプロイセン王国、ドイツ帝国を経て、どういう経過をへてこういう服に進化したのかを詳細にたどれます。昭5式軍衣の日本軍将校、明治6年の西郷隆盛の軍装、現代の自衛隊儀仗隊、英国近衛兵の連隊ごとに違う服装などから、古い時代では古代ローマ軍団の百人隊長やロビン・フッド時代の服装、オスマン帝国のイェニチェリ、ポーランドの有翼騎兵、ナポレオン軍の華麗な軍装、三銃士時代の服装、ベルサイユのばらで登場するフランス王室衛兵隊の軍装・・また、ボー・ブランメルをはじめ、今のスーツに至る紳士服の進化史やフォーマル・ファッションなど一般紳士服の歴史も手厚く紹介し、燕尾服やタキシード、フロックコートなどの歴史も紹介。そういう大きな紳士服の歴史の中で、騎士や軍人の服装がどんな位置づけになるかを詳細に解説しております。
 ご要望の多い「後ろ姿」や「剣や刀の帯び方」、「勲章や徽章、階級章」のシステムや由来なども可能な限り図解化。オールカラー手描きイラストで精細に表現しております。
 軍装に興味のある方、歴史的なコスチュームに興味のある方、一般の紳士服とファッションが好きな方、またファッション・デザイナー、漫画家、アニメーター、ゲームクリエイター、歴史的な設定の作品を書かれる作家の方・・・などにもぜひお読みただければ、と思っております。
 宜しくお願い申し上げます。

2016年8月04日(木)
 映画「ターザン REBORN」(原題:THE LEGEND OF TARZAN)を見ました。「ハリー・ポッター」シリーズで知られるデイビッド・イェーツ監督の新作です。
 ターザンと言えば、ジョン・カーターを主人公とするSFシリーズでも有名なエドガー・ライズ・バロウズが生み出した森の王者。誰でも知る物語で、何度も映像化されているわけですが、意外にも今世紀に入ってから本格的な実写映画化はこれが初めて。モーション・キャプチャー技術の進化によって、ターザンと動物たちとのふれあいなども、ごく自然に描けるようになるなど、今の時代にこの題材が取り上げられた必然性が分かる仕上がりになっております。
 
 1885年。ドイツ帝国の成立とフランスの没落など、勢力関係の変化が著しかった時代が本作の背景です。ベルリン協定により欧州列強国のアフリカ支配の図式が定まり、ダイヤモンドやオパールの眠るコンゴ盆地の広大な領地は、ベルギー国王レオポルド2世の私領として認められます。
 しかしベルギー王室は莫大な資産をつぎ込んだものの開発に失敗。負債をなんとしても取り返すべく、有能な外交官レオン・ロム(クリストフ・ヴァルツ)を現地に送り込みます。しかしこのロムは、単に国王のために働く忠臣ではなく、総督となることを夢見る野心家です。ロムは現地の有力な部族長であるムボンガ(ジャイモン・フンスー)と協定を結び、ムボンガが恨みを抱く一人の男を連れてこれば、ベルギー人に協力する、と約束します。その男とは・・・?
 同じころ、英国政府でもセシル首相(ジム・ブロードベント)がコンゴ問題に介入する糸口を見つけようと思案していました。その思惑に乗じて、現地で奴隷使役や人身売買などの不正が行われていないか査察に入りたいアメリカの外交官ジョージ・W・ウィリアムズ(サミュエル・L・ジャクソン)。首相とウィリアムズが、ベルギー国王の招待に基づくコンゴ査察官になるよう説得している一人の男・・・それは英国貴族院議員ジョン・クレイトン伯爵。しかしまたの名を、かつてコンゴの森林でジャングルの王者として君臨した「ターザン」(アレクサンダー・スカルスガルド)その人でした。
 初めは渋るジョンでしたが、ジョージの話を聞いて、現地の人の奴隷化を危惧し、アフリカへ戻ることを決意。やはりコンゴで育った妻のジェーン(マーゴット・ロビー)も、ジョンの反対を押し切って同行することになります。
 しかしこの「ベルギー国王からの招待」というのはロムの陰謀で、狙いはターザンその人でした。奇襲を受けて連れ去られる寸前、ジョージのおかげでジョンは命拾いしますが、ロムの軍隊はジェーンをさらって行ってしまいます。
 ジョンはジョージと共に、ジャングルに分け入り、ロムの後を追います。それはジョンの野生の目覚め、ターザンの復活を意味していました・・・。

 というようなことで、今作の特徴は、すでに文明社会に戻って英国の大貴族としての生活になじんでいたターザンが、再びジャングルに戻っていく、という点。だからこの作品のターザンは知性も教養も一流の人物で、単純明快な野生児などではありません。二つの世界に引き裂かれた矛盾ある存在、という原作で提示された通りのイメージで描かれます。いろいろな映画で大活躍する名優ステラン・ステルスガルドの息子アレクサンダーが、高貴さと野性を併せ持つこの人物の魅力を余すところなく好演しています。
 そして、なんといってもクリストフ・ヴァルツです。アカデミー賞を2度もとっているこの人、やればなんでも出来るでしょうが、やはり本作のような「一見、インテリ層で上品な紳士なのだけど、実はとんでもない怪物的な悪党」という役柄が一番、光ります。本作のロムという人物はまさにそのような造形で、ヴァルツが演じなければ成り立たなかったかもしれません。
 サミュエル・L・ジャクソン演じるジョージ・ウィリアムズも興味深い人物像です。博士号を持つアメリカの外交官で黒人、という設定です。しかしそれだけではなくて、映画の時代から20年ほど前には、南北戦争やメキシコ出兵、インディアンとの戦争で、悲惨な戦いを見てきた歴戦の勇士で、射撃の名手でもあります。「散々、インディアンを殺してきた俺は、今のベルギー人と全く同じだ」という彼は、黒人として迫害された立場と、メキシコ人やインディアンを殺害した立場を両方とも経験しており、そしてアフリカでの彼は、先祖がアフリカをルーツにしていながら文明社会の代表者であり、現地の人たちと交わる白人のターザンに比べれば、全くのよそ者です。こういう複雑な人物を配置したことで、作品に厚みが出ました。
 妻ジェーンを演じたのは、近年、注目されるオーストラリア出身のマーゴット・ロビー。生き生きとした演技が本作の魅力を大きく高めています。彼女は間もなく公開の「スーサイド・スクワット」でもヒロイン格で出演しているようです。
 首相役のジム・ブロードベンドは「ムーラン・ルージュ」「クラウド・アトラス」などで知られるアカデミー俳優。脇をしっかり固めて映画の格上げに貢献しています。
 今作は19世紀後半、ヴィクトリア時代を背景としており、ロンドンで主人公たちがまとう衣装は、素晴らしいの一言。ボタン配置がV字に配置される燕尾服など、私は欲しくなってしまいますね。また、冒頭ではベルギー正規軍の兵士たちが登場しますが、よく描けています。あのワンシーンにあれだけの軍服や小銃を用意するのは大変でしょう。
 また、当時の最新兵器としてマキシムが発明したばかりの機関銃が随所に登場します。まさに大量殺戮兵器の元祖である現代型の機関銃が出現したのが1880年代。世相も、戦争の形態も徐々に殺伐として、人間性を失っていく時代を象徴しているようです。
 あの時代の後、英国はアフリカでの勢力範囲を拡大していき、ズールー戦争やボーア戦争へと突入していきます。英国貴族であるターザンも、だんだん難しい立場になっていったのかもしれません。だから、ベルギー人を悪役とした今回の設定はなかなか巧妙だったといえます。実際にいわゆる「コンゴ自由国」ではあらゆる非人道的な政策がとられた、という話がありまして、史実をうまくとらえた脚本には賛辞を贈りたいと思いました。


2016年8月03日(水)
 イカロス出版様よりまもなく『軍装・服飾史カラー図鑑』(辻元よしふみ/著、辻元玲子/イラスト)が刊行されます。すでに早刷りが手元に届きました。来週には配本を開始すると思います。B5判オールカラー、230ページで3500円(税込)です。
 ドイツの武装親衛隊や昭5式軍衣の日本軍将校、現代の自衛隊儀仗隊などから、古い時代では古代ローマ軍団の百人隊長や十字軍の騎士、オスマン帝国のイェニチェリ、ポーランドの有翼騎兵、ナポレオン軍の華麗な軍装、フリードリヒ大王から第二次大戦期までの歴代のプロイセン〜ドイツ帝国〜第三帝国の軍服など・・・また、ボー・ブランメルをはじめスーツやフォーマル・ファッションなど一般紳士服の歴史も紹介し、紳士服の歴史の中で、騎士や軍人の服装がどんな位置づけになるかを詳細に解説しております。
 ご要望の多い「後ろ姿」や「剣や刀の帯び方」、「勲章や徽章、階級章」のシステムや由来なども可能な限り図解化。オールカラー手描きイラストで精細に表現しております。
 軍装に興味のある方、歴史的なコスチュームに興味のある方、一般の紳士服とファッションが好きな方、またファッション・デザイナー、漫画家、アニメーター、ゲームクリエイター、歴史的な設定の作品を書かれる作家の方・・・などにもぜひお読みただければ、と思っております。
 宜しくお願い申し上げます。

2016年8月02日(火)
 速報! 私どもの手元に『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)の早刷りが届きました! この作品のために、ほぼ4年の歳月を費やしました。実はここまで来るのに色々と紆余曲折があり、いま、完成品を見る思いは感無量でございます。
 230頁フルカラー、と頭で理解していましたが、できあがるとずっしりと重く、迫力がありますね。印刷も、手描きの原画を再現するのは非常に難しいです。軍服の生地の色は、非常に微妙なものが多く、また毛皮や羽毛などの装飾は、毛を一本一本、辻元玲子が筆で手描きしており、その繊細な部分の再現も難しいのですが、非常にクオリティーの高い技術で印刷していただきました。
 判型は、イカロス出版の雑誌などとほぼ同サイズです。各国の軍装に加えて、今回は一般の紳士服の歴史も抑えておりまして、フロックコート姿の伸子や、男性ファッションの世界で絶大な影響を及ぼしたボー・ブランメルの服装なども図解しております。同時代の一般人のファッションと軍服が密接なかかわりがあることをご理解いただけると思います。ブランメル自身、もともと騎兵将校であり、彼の好みが紳士服全般は言うに及ばず、後の時代の軍服の色調もシックな方向に導いたといえると思います。
 軍装の世界で絶大な影響をもたらしてきた、フランスとドイツ、英国の軍服の歴史も今回は手厚く紹介しております。フランス軍は、三銃士の頃のきらびやかな服装、現代的な軍服の走りとなったルイ14世の時代から、ベルサイユのばらの時代の軍装、そしてナポレオン戦争の華麗な軍服。ドイツについては、そもそもの「鉄十字マーク」の発端である十字軍時代の「ドイツ騎士団」の騎士に始まり、フリードリヒ大王の時代から、ナポレオン戦争で鉄十字勲章や現代的な軍帽が登場する時代、さらに日本ではあまりなじみのない普仏戦争からドイツ帝国時代の軍装を経て、第1次大戦、第2次大戦のおなじみナチス時代のものを紹介。英国ではナポレオン戦争時代の真っ赤な軍服と、ネルソン提督が着用した青い海軍軍服、さらに現代の近衛兵連隊の服制を、部隊ごとのボタン配置や徽章の違いまで、詳細に取り上げています。
 まもなく一般配本されると思われます。しばしお待ちくださいませ。

2016年8月02日(火)
辻元よしふみ、辻元玲子の共著『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版、フルカラー230ページ、予価税込3500円)の印刷中です。本書は8月第2週を目途に配本の予定です。
 本日は、第二次大戦時のドイツ軍戦車兵のページをご紹介します。
 そして、今日は本書の「著者紹介」テキストを掲載します。
 以下のような感じになっております。ご参考になさってくださいませ。

 辻元よしふみ
服飾史・軍装史研究家、ファッション・アドバイザー。1967 年岐阜市生まれ。早大卒。日本での軍装史研究の第一人者として、防衛省など中央省庁や企業のアドバイザーを務め、テレビ番組への情報提供などもしている。著書に『図説 軍服の歴史5000 年』『スーツ=軍服!? スーツ・ファッションはミリタリー・ファッションの末裔だった!!』(いずれも彩流社)など。監修・翻訳書に『華麗なるナポレオン軍の軍服』(リュシアン・ルスロ原著、マール社)など多数。また、日刊ゲンダイ(土日版)に「鉄板!おしゃれ道」を連載し、テレビ番組「美の壺」(NHKBSプレミアム)や「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」(テレビ東京系)などに出演した。日本文藝家協会、日本ペンクラブ、国際服飾学会、服飾文化学会、軍事史学会に所属。

 辻元玲子
歴史考証復元画家(ヒストリカル・イラストレーター)。1972 年横浜市生まれ。桐朋学園大学音楽学部演奏学科声楽専攻卒。日本で数少ないユニフォーモロジー(制服学)と歴史復元画の専門画家で、画家・中西立太の指導を受けた。防衛省はじめ省庁や民間企業のアドバイザーを務め、イラストを提供している。著書に『まんがで楽典』(全音楽譜出版社)。夫よしふみとの共著で『図説 軍服の歴史5000 年』『スーツ=軍服!? スーツ・ファッションはミリタリー・ファッションの末裔だった!!』(いずれも彩流社)、監修・翻訳書に『華麗なるナポレオン
軍の軍服』(リュシアン・ルスロ原著、マール社)がある。日本理科美術協会会員。

2016年8月01日(月)
辻元よしふみ、辻元玲子の共著『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版、フルカラー230ページ、予価税込3500円)の印刷中です。アマゾンなどではすでに予約を開始しております。すでにご注文いただきました皆様に、厚く御礼申し上げます。本書は8月第2週を目途に配本の予定です。そろそろ見本誌が出来てきそうな感じまで来ております。
 本日は、プロイセン〜ドイツ帝国で精強をうたわれた「第1親衛軽騎兵連隊」の軍装解説からサーベルや付属品、帽子などのディテール部の一部をご紹介します。この黒い制服が、後にナチス時代の親衛隊や戦車兵の「黒服」に多大な影響を与えます(本書では、人気の高いナチス親衛隊や戦車兵も後のページで登場します)。
 そして、今日は本書の「目次」テキストをご紹介します。
 以下のような感じになっております。ご参考になさってくださいませ。

読者の皆様へ 5
年表 紳士服と軍服の変遷 8
001 ローマ軍団百人隊長
Centurio 56
002 ドイツ騎士団総長
Deutscher Orden, Hochmeister 58
003 14世紀後半の市民
Medieval man, 14th century 62
004 ランツクネヒト
Landsknecht 66
005 16世紀 エリザベス1世時代の英国貴族
16th century, English nobleman, Reign of Elizabeth I 70
006 ポーランド有翼騎兵「フサリア」
Polish Winged husser “Husaria” 74
007 ポーランド・リトアニア共和国軍 ヘトマン(司令官) 
Polish-Lithuanian Commonwealth Army “Hetman” 78
008 オスマン帝国軍 皇帝親衛隊イェニチェリ
軍犬兵「サムスンジュ」
Ottoman Army Janissary Dog handler“Samsuncu” 82
009 ルイ13世時代の紳士(フランス)
French Gentleman, Reign of Louis XIII 84
010 ルイ14世時代初期の貴族(フランス)
French Nobleman, Early reign of Louis XIV 86
011 ルイ14世時代初期の王室銃士(フランス)
Mousquetaire du Roi 90
012 ルイ14世時代のフランス軍人
French Soldiers, Rein of Louis XIV 94
013 フランス衛兵連隊 将校 略装
Régiment des Gardes Françaises Officier petit tenue 100
014 プロイセン陸軍 第15親衛近衛連隊第1大隊
将校礼装 連隊長 将官
Preußische Armee 1.bataillons Leibgarde Nr.15
Galauniform der Offiziere Regimentschef General 104
015 プロイセン陸軍 第1近衛歩兵連隊
常装 連隊長 将官
Preußische Armee 1.Garde-Regiment zu Fuß
Dienstuniform Regimentschef General 108
016 プロイセン陸軍 総司令官 野戦装 元帥
Preußische Armee Oberbefehlshaber
Felduniform Generalfeldmarschall 112
017 ロシア陸軍(ルースカヤ・アーミア) 元帥
Русская армия Маршал 116
018 ラ・グランド・アルメ(大陸軍)
第1皇帝親衛擲弾歩兵連隊 大佐
La Grande Armée 1er régiment de grenadiers à pied de
la Garde impériale Colonel 120
019 大陸軍 帝国元帥 正装
La Grande Armée Maréchal de l’Empire, grand tenue 126
020 大陸軍 第19竜騎兵連隊少佐
La Grande Armée 19e Régiment de Dragons Chef d’escadron 132
021 大陸軍 第7ユサール連隊 少佐
La Grande Armée 7e Régiment de Hussards Chef d’escadron 136
022 英国海軍中将
Royal-Navy Vice-Admiral 142
023 英国陸軍少将
British Army Major General 146
024 ドイツ帝国陸軍 プロイセン陸軍 参謀本部 常装 大将
Deutsches Heer Preußische Armee
Generalstab Dienstuniform General 150
025 ドイツ帝国陸軍 プロイセン陸軍 礼装 元帥位の上級大将
Deutsches Heer Preußische Armee Galauniform
Generaloberst mit dem Rang als Generalfeldmarschall 154
026 ボー・ブランメル リージェンシー時代のダンディー
Beau Brummell Regency era, Dandy 158
027 ヴィクトリア時代の紳士
The Victorian Gentleman 164
028 ヴィクトリア朝後期〜エドワード朝 ディトー・スーツの紳士
Late Victorian era- Edwardian era Gentleman in Ditto suit 166
029 ドイツ帝国陸軍 プロイセン陸軍
第1親衛軽騎兵連隊 元帥
Deutsches Heer Preußische Armee
1.Leib-Husaren Regiment nr.1 Generalfeldmarschall 174
030 ドイツ帝国陸軍航空隊 騎兵大尉
Deutsche Luftstreitkräfte Rittmeister 178
031 ドイツ国防軍陸軍 参謀少佐、中将
Wehrmacht Heer Major in Generalstab, Generalleutnant 182
032 ナチス親衛隊員 保安部SS中佐 1939〜45年/
アドルフ・ヒトラー親衛連隊SS大尉 1936〜45年
Schutzstaffel Sicherheitsdienst SS-Obersturmbannführer
Leibstandarte Adolf Hitler SS-Hauptsturmführer 186
033 ドイツ武装親衛隊SS中尉
Waffen-SS SS-Obersturmführer 190
034 ドイツ国防軍 グロースドイッチュラント師団 戦車兵大尉
Wehrmacht Division Großdeutschland
Hauptmann der Panzertruppe 192
035 アメリカ陸軍航空軍 第8空軍 中尉
USAAF 8th Air Force Lieutenant 194
036 大日本帝国陸軍 陸軍大将
Imperial Japanese Army General 198
037 大日本帝国陸軍 歩兵第三聯隊 少尉
Imperial Japanese Army 3rd Infantry Regiment
Second Lieutenant 200
038 陸上自衛隊 第302保安警務中隊 3等陸尉、1等陸曹
JGSDF 302 Military Police Company
Second Lieutenant, Master Sergeant 202
039 英国近衛兵 近衛擲弾兵連隊 兵士  
Royal Footguards Grenadier Guards Guardsman 208
040 スーツ姿の紳士
Gentleman in Suit Present day 220
軍の階級入門 228
主要参考文献 229

2016年8月01日(月)
 8月に入りました。夏本番ですが、案外、このへんからあっという間に年末まで行ってしまう感じもあります。ところで、土用の丑にはウナギを食した方も多いでしょうが、近年では何しろ高い! わざわざウナギ味のナマズを開発しているという話もありました。
 我が家では、「豆腐ちゃん蒲焼」なるものを食しました。要するに豆腐で作った代用品の蒲焼です。ところがこれ、見た目は完全に本物そっくり。タレと山椒をかければ風味も十分。皮の部分は海苔で出来ていて、これもぬめり感があってリアルです。食感ははっきりいって、まだ歯ごたえのある豆腐というもの。ウナギと間違える、というレベルではないのですが、もうちょっとコラーゲン感が出ればさらに実感がでそうです。これで400円台ですので、雰囲気ものとしては大合格なのではないでしょうか。この商品は、ダイエー浦安駅前店で見つけました。

2016年7月31日(日)
辻元よしふみ、辻元玲子の共著『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版、フルカラー230ページ、予価税込3500円)の印刷中です。アマゾンなどではすでに予約を開始しております。すでにご注文いただきました皆様に、厚く御礼申し上げます。本書は8月第2週を目途に配本の予定です。
 本日は、本書の一部から「英国海軍中将」の刀剣やベルト、18世紀後半から19世紀半ばまでの英国海軍の階級章(正肩章=エポレット)の一覧図のところをご紹介します。このような階級章の紹介は、ナポレオン軍、王政時代のフランス軍、ロシア軍、プロイセン軍、ドイツ帝国軍などそれぞれの項目で掲載しております。
 また、昨日に引き続き、この本の「前書き」から、イラストを描いた辻元玲子の文章をご紹介します。本作はすべて手描き水彩画で、フルカラーです。当初は一部を白黒で刷り分ける計画だったので、イラストの一部は白黒画として製作しました。その後、全ページをフルカラーとすることにし、白黒画だったものもすべて着色しました。よって、白黒画の画材についても説明しておりますが、本書は結果的にはすべてがカラー画です。
◆  ◆  ◆
 イラストの作画を担当しました辻元玲子です。
 今回の本は、自分自身がイラストレーター、画家として、「こういう本があったらいいな」「誰かが時代考証を調べてくれたら楽なのにな」という部分を具体化したものです。従来のこの
種の本でいちばん不満なのが、肝心な部分の描き飛ばしや省略です。歴史的な人物となると、剣や衣装にこってりと刺繍や装飾が入っていますが、多くの画家が面倒くさがって省略してしまいます。しかし資料本としては、徹底的にディテールを描いてくれないと困るわけで、初めから省略されていたり、デフォルメされていたりしては、漫画やイラスト、アニメを描く人からすると参考にならないわけです。
 ですので、今回はとにかく目に見えるものは出来る限り省略しない、徹底的に描く、ということにこだわっています。たとえば軍人の制服のボタンには、大抵、紋章とか部隊番号が入っていますが、こういうところも省くことなく、極力、再現しております。勲章、金モール、服の縫
い目……可能な限り、この絵を元に映画や舞台の衣装が制作できるレベルで絵にする、というのが今回のテーマの一つになっております。
 そして、各項目でぜひ知って頂きたい知識については、硬派な文章を避け、漫画テイストで楽しくご理解頂けるよう、工夫して描いてあります。
 この本が、少しでも読者の皆様のお役にたちましたら幸甚です。また、皆様に喜んでいただき好評を博したなら、今回ご紹介した40種以外の軍人や戦士、かっこいい紳士、さらには貴婦人なども取り上げてみたいと思っております。日本の武士やお姫さまもいいですね。
 なお、辻元玲子はイラスト製作にコンピューター、CGは使いません。カラー画も白黒画もすべて手描きです。今回の使用画材は以下の通りで、カラー画はすべて水彩です。画用紙のサイズはすべてA4 判です。
[白黒画] ケント紙、日光丸ペン、Holbein スペシャルブラック(インク)
[カラー画] ぺんてる水彩絵の具、Holbein 透明水彩絵の具、筆(メーカーはいろいろ)、水
彩画用紙(BBケント、ヴィファール、コットマン、セヌリエ 等)
2016 年7月 辻元玲子

2016年7月30日(土)
 第24回日本テディベアwith Friendsコンベンションが有楽町の国際フォーラムで開催されております。G34出展の「おかべきよみ」様のご招待を受けて、今回も夫婦でみてきました。いってみればテディベア作家の皆様によるコミックマーケットのような催しですが、今回もすごい熱気でした。

2016年7月30日(土)
辻元よしふみ、辻元玲子の共著『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版、フルカラー230ページ、予価税込3500円)は、アマゾンなどで予約を開始しております。7月30日午前7時24分現在、書籍全体順位1854位、「軍事」分野で10位、そして「モード」分野で刊行前に1位を記録しておりました。もちろん、アマゾン順位はひとつの指標なのですが、多くの方からご支持と応援をいただいている証しでありまして、厚く御礼申し上げます。ありがとうございます。3年半をかけて取り組んだ甲斐があったと思える瞬間でございます。
 この本は現在、印刷中でして、8月第2週を目途に配本の予定です。もうしばらくお待ちくださいませ。


2016年7月30日(土)
辻元よしふみ、辻元玲子の共著『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版、フルカラー230ページ、予価税込3500円)の印刷作業中です。アマゾンなどではすでに予約を開始しており、昨日午後7時過ぎには発売前にして「モード」分野で1位、「軍事」分野で20位となりました。厚く御礼申し上げる次第です。本書は8月第2週を目途に配本の予定です。
 本日は、昨日に引き続き、この本の「前書き」から続きの部分を一部、ご紹介します。
◆  ◆  ◆
(前略)「この本1冊で全てが分かる本が欲しい」という読者の声をよくいただくのですが、申し訳ありません、そんな楽な近道はないのです。今回の本だってこの1冊に2人がかりで3年半もかかって、40項目しか取り上げていないのです。本当はもっともっと、いろいろなものをご紹介したいのですが・・・・・・。内容的にも、もっと深追いしたい点も多々あったのですが、ページ数が増えすぎてしまうこともあり、時間的にもこれ以上一冊にかけているわけにもいかず、本当はあれも取り上げたい、これも紹介したいと思いながら、泣く泣く40項目に絞ること自体に苦労しました。
 そこで、今作では出来るだけ原語の表記をご紹介することにしています。たとえば、「剣」というもの一つをとっても、ドイツ語ではシュヴェアトSchwert、英語ではソードSword、フランス語ではエペÉpée、などと表現も違います。元のつづりがわからなければ、調べることも出来ないのですが、今回は、こういう原語の読みやスペルを出来るだけたくさん、紹介しています。これは何も、外国語かぶれでもなければ、語学の素養があることをひけらかしたいのでもなく、今の読者の皆様なら、もっとつっこんで理解したい、となれば必ずインターネットで検索されると思うのです。だから、ぜひ本書の内容で満足しきるのでなく、読者の皆様も本書を手がかりに、それぞれの興味を持たれた分野、時代の単語を原語でネット検索して、研究を深めていただきたいのです。なぜならこういう専門用語では、日本語で検索しても手掛かりはほとんど得られません。その国の言葉で調べないと、有益な情報も画像も入手できないのです。ドイツの剣について調べたければ、「剣」というキーワードで検索してもダメで、Schwertという原語で検索する必要があるわけです。
 なお、本書では「刀」と「剣」という日本語をかなり漠然と使用しています。というのも、たとえばまっすぐな刀剣はなんとなく「直剣」ではなく、日本語としてこなれた「直刀」と表現したいし、軍用の刀剣も「軍剣」「制式剣」などというのは変で、日本人になじみのある「軍刀」「制式刀」としたいし、というわけです。そもそも、欧米語では日本語のように、片刃だから刀で、両刃だから剣、といった区別がありません。おおむねまっすぐなソードSwordか、湾曲のあるサーベルSabreか、しか問題にしていないのです。日本刀は反りがあるから、この分類でいえばサーベルなのですが、欧米では「サムライ・ソード」で通っております。要するに感覚的なものにすぎないようです。だから、本書でも日本軍のものだけは、軍が規定していた通りの用語をできるだけ用い、片刃=刀、両刃=剣を区別していますが、他国のものについてはあまり気にせず、刀帯、剣帯とか、刀緒、剣緒などと、なんとなく使用していることをお断りしておきます。

 最後になりますが、改めまして「制服学・軍装史学Uniformology」の開祖の一人、リュシアン・ルスロ氏の業績と、日本における歴史復元画の草分け、中西立太先生の御研究に感謝の念を表させていただきます。
 また、帯文に推薦の辞をお寄せいただき、格別の応援を賜りましたファッション・デザイナーのコシノジュンコ様に、厚く御礼申し上げます。
 さらに、日本でただ一人の西洋甲冑師、三浦權利先生からは、特にローマ軍の兜や脛当ての形状について直接、懇切な指導をいただいたほか、中世の甲冑についても実物を見せていただき、ご教示いただきました。心より御礼申し上げる次第です。
 また、私どもの取材にご協力いただいた防衛省陸上幕僚監部の皆様、いつも応援していただいている株式会社タキザワシゲル代表の滝沢滋様、靴に関する資料をご提供いただきましたヒロ・ヤナギマチ・ワークショップの柳町弘之様に別して御礼申し上げます。

2016年7月   辻元よしふみ



2016年7月29日(金)
辻元よしふみ、辻元玲子の共著『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版、フルカラー230ページ、予価税込3500円)の印刷が進んでおります。アマゾンなどではすでに予約を開始しておりますが、7月29日午後7時20分現在、書籍全体順位5822位、「軍事」分野で20位、そして「モード」分野においては刊行前に早くも1位を獲得しました! ひとえに応援していただいた皆様のおかげでございます。私どもも、新刊の発売前に1位をいただいたのは初めての経験です。この本は、8月第2週を目途に配本の予定です。


2016年7月29日(金)
辻元よしふみ、辻元玲子の共著『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版より刊行、フルカラー230ページ、予価税込3500円)の印刷会社への入稿が無事に済みました。アマゾンなどではすでに予約を開始しております。8月第2週を目途に配本の予定です。
 本日は、この本の「前書き」から一部をご紹介します。
 ◆  ◆  ◆
 ようやく『軍装・服飾史カラー図鑑』を皆様にご覧いただくことが出来ます。企画から丸3年半かかりました。それでも前の著作『図説 軍服の歴史5000年』(2012年、彩流社)は完成まで4年半もかかったので、少しはスピードアップしたといえるのかもしれません。
 今回は、これまで予算の関係で実現できなかったフルカラー出版、ということにしたので、それだけで大変なことになりました。昔の服の色調や素材の質感を再現するのだから、ひとつひとつ、リサーチが必要になります。「青」とか「赤」とか単純に言っては駄目で、たとえばプロイセン陸軍の軍服の「青色」と、英国海軍の軍服の「青色」は異なりますので、そこを理解して描く必要があるわけです。
 本書は料理でいえば「下ごしらえ」のようなもので、史実に基づいた漫画やイラスト、あるいはファッション・デザインをする方たちのために、時間と手間がかかる下調べをしてさしあげる、というコンセプトで製作しております。よって、今回は特に服や装備品のディテール、とりわけ「後ろ姿」を可能な限り紹介することにしました。これは口で言うほど簡単なことではありません。
 いま、昔の服の遺物がいい状態で現存しているのは、最も古くて18世紀後半のものです。日本で言えば江戸時代の後期あたりですね。それ以前のものは、たとえ存在していても、生地は色あせてボロボロ、刺繍も変色して、元が、金色なのか銀色なのかさえ分からなくなっている、というわけです。もちろんそれより以前の、16世紀だの13世紀だのとなると、昔の肖像画に頼るしかなく、ローマ時代ともなれば、レリーフしかないのです。
ところが、どこの世界に、高いお金を払って画家を雇い、わざわざ自分の背中やお尻を描かせる王様や貴族がいたでしょうか? だから歴史コスチュームの後ろ姿というのは、非常に再現が難しいのです。
 また、おおむね19世紀半ばより前の時代の人物は、腰に剣や刀を帯びています。これも時代により国により様々な様式があり、でたらめなものを描くわけに行かないのですが、おまけに、実は剣そのものより難しいのが、剣を下げるためのベルトや帯のたぐいです。こういうものも意外に記録が残っておらず、当時の絵でも、おそらく画家が面倒くさがったのでしょうね、わざと後ろに隠したり、手で見えなくしたりして、誤魔化していることが多いものです。今回はそのへんも、可能な限り「逃げることなく」徹底再現に挑戦しています。だからこんなに時間がかかるのです。
 そんなわけですから、図解を製作する画家・辻元玲子の負担は非常に大きいものです。絵に起こすための実物調査や細部のリサーチは、玲子自身が行っていることを特筆しておきたいと思います。今作はよしふみがプランを立て、基礎研究をして流れやシナリオを決めた後、ディテール調査と図解製作は玲子が中心に行い、その後、よしふみが解説文を付ける、という順序で作業を進めました。(以下略)



2016年7月28日(木)
 先週ですが、辻元よしふみ、辻元玲子の共著『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版より刊行、フルカラー230ページ、予価税込3500円)の印刷会社への入稿が無事に済みました。アマゾンなどではすでに予約をしているようですね。8月第2週を目途に配本の予定です。
 この本には緑色の帯が付きます。デザイナー、コシノジュンコ先生からいただいた帯文と、内容の説明を掲載しております。こんな感じになります。

2016年7月22日(金)
 「ミリタリー・クラシックス」誌2016夏号(vol.54)の67ページに紹介されましたように、イカロス出版様より8月上旬、『軍装・服飾史カラー図鑑』(辻元よしふみ/著、辻元玲子/イラスト)が刊行される予定で、まもなく入稿作業が完了するところまで来ております。B5判オールカラー、230ページで予価3500円(税込)の予定です。
 ドイツの武装親衛隊や昭5式軍衣の日本軍将校、現代の自衛隊儀仗隊などから、古い時代では古代ローマ軍団の百人隊長や十字軍の騎士、オスマン帝国のイェニチェリ、ポーランドの有翼騎兵、ナポレオン軍の華麗な軍装、フリードリヒ大王から第二次大戦期までの歴代のプロイセン〜ドイツ帝国〜第三帝国の軍服など・・・また、ボー・ブランメルをはじめスーツやフォーマル・ファッションなど一般紳士服の歴史も紹介し、紳士服の歴史の中で、騎士や軍人の服装がどんな位置づけになるかを詳細に解説しております。
 ご要望の多い「後ろ姿」や「剣や刀の帯び方」、「勲章や徽章、階級章」のシステムや由来なども可能な限り図解化。オールカラー手描きイラストで精細に表現しております。
 軍装に興味のある方、歴史的なコスチュームに興味のある方、一般の紳士服とファッションが好きな方、またファッション・デザイナー、漫画家、アニメーター、ゲームクリエイター、歴史的な設定の作品を書かれる作家の方・・・などにもぜひお読みただければ、と思っております。
 さらに詳細が分かりましたら、ご報告します。宜しくお願い申し上げます。

2016年7月16日(土)
 7月8日および12日、そして14日朝のNHK BSプレミアム「美の壺」の「華やぎのボタン」をご覧いただきました皆様、まことにありがとうございました!! 
 今後も、少なくとも3年以内に6回は再放送される予定です。NHK海外放送でも流されるそうです。
 番組中、私こと軍装史・服飾史研究家・辻元よしふみの登場したコーナー以外で、紹介されたお店ですが、最初に出てきたのが銀座のボタン専門店ミタケボタンさん。
http://mitakebuttons.com/cms/
 二件目に登場したボタン専門店は、目黒区にあるアンド・ストライプというお店のようですね。http://and-stripe-online.com/
 また、初めの方に登場した紳士服店は、表参道のボットーネさんというオーダーサロンのようです。http://bottone.jp/

ところで私の登場したパートの撮影は、私の家で行われました。6人のスタッフの方がおいでになり、我が家も室内の大片づけから、期せずして時期外れの大掃除となり、なかなか大変なことになりました。しかし、暗幕や照明の効果で、拙宅のなんでもない室内が、素敵な応接間のように見えたのは不思議です。

 ところで、アマゾンなどで品切れが続いていた前著『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)ですが、すでに3刷が売り出されております。今回は一部のイラストを差し替え、本文も手を加えて、新しい情報も盛り込んでおります。今のところ、長くお待たせしていた読者の方がいらしたのかと存じますが、アマゾンでは在庫に出ても、すぐに売れてしまう状態のようです。しばらくご迷惑をおかけするかもしれませんが、宜しくお願い申し上げます。

 また、刊行準備中の『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)はゲラ校正がほぼ完了し、いよいよ最終的な作業段階に入りました。8月上旬に出せると思っております。古代ローマ軍団から中世の十字軍騎士、オスマン帝国イェニチェリやポーランドの騎士、ルイ14世の時代の三銃士や貴族、ナポレオン戦争のフランス軍や英国軍、さらにフリードリヒ大王からナチス時代までの歴代プロイセン〜ドイツ軍の軍服、明治6年の西郷隆盛の軍装、昭5式の日本軍将校から現代の自衛隊儀仗隊、さらには民間人のスーツや燕尾服、タキシードなどのフォーマルウェアの歴史と軍装のかかわり、今日の紳士服まで盛りだくさん。勲章や装飾、階級章のシステムなどの詳細、さらに後ろ姿まで精密極まりない手描きの水彩画で図解します。乞うご期待!


2016年7月16日(土)
「ウォークラフト」WARCRAFという映画を見ました。日本では公開館が少なく、私も豊洲のユナイテッドシネマまでわざわざ出向きましたが、世界16か国でランキングの首位を奪い、400億円を超える興行収入を得た、ということで海外では大ヒット作品となっています。
 それというのも、この映画の元ネタは、全世界で1億人以上がプレイした、とされるゲーム「ウォークラフト」で、初めから話題性満点なのですが、どうしたわけかこのゲームは日本では全く盛り上がらず、知名度も低いので、温度差も無理もないところです。まあ、日本は世界でも有数のコンテンツ大国で、国産メガヒット・ゲームもいくらでもあり、あえてこの、ロード・オブ・ザ・リングLOTR(指輪物語)に強い影響を受けた世界観の作品に飛びつくような需要もなかったのだと思われます。
 しかしこのウォークラフトの人気が高い理由は、基本的に正義と悪の戦いを描いたLOTRとは異なり(原作は第二次大戦中に書かれているので、やはりナチスとの戦いを主眼に置いていたのだといわれます)、登場するどの勢力も必ずしも善でも悪でもなく、その者たちなりの戦う理由も大義もあるように描かれており、プレイヤーは人間のほか、オークにもエルフにも、ドワーフにもなれる、つまりどの種族でもプレイできるそうで、そういう相対的な世界観が現代的なのだといわれているようです。
 特にこの映画化にあたっては、2006年に最初の構想が持ち上がって以来、何度も練り直され、最終的に、先ごろ亡くなったロックスター、デヴィッド・ボウイの子息であるダンカン・ジョーンズ監督がメガホンをとるまでに、紆余曲折があったこともあり、LOTRの焼き直し的な初期の構想から、むしろ移民問題で悩む現代のテーマに差し替わっているのが大きな特徴ではないでしょうか。
 というのも、本作は荒廃した世界を捨てて、オークたちが人間たちの住む世界に押し寄せてくる、ということから戦争に発展する、という設定になっており、異民族との遭遇と、あくまでも戦うのか、共生の道を探るのか、といった問題が根底にあって、娯楽作品ながら考えさせられる要素が多い作風となっているのです。

 平和の地アゼロスには、勇敢な人間や俗世に交わらないエルフ、技術力に優れたドワーフたちが平和に共存する世界が広がっています。ダラランの天空城塞にあるキリン・トアの高等な魔法使いたちが世界を見守り、地上はストームウィンドの王都にある思慮深きレイン王(ドミニク・クーパー)が、王妃タリア(ルース・ネッガ)と、王妃の兄で騎士団司令官のローサー(トラヴィス・フィメル)、王国を守護するカラザンの塔の魔法使いメディヴ(ベン・フォスター)らに支えられて、長く繁栄を誇ってきました。
 しかしここに、異世界ドラエナーから、アゼロスには本来、存在しないオークの軍団が突然、出現します。オークは本来、武術と名誉を重んじる種族ですが、敵の生命を奪い取って恐ろしい死の魔力を発動する魔法使いのオーク、グルダン(ダニエル・ウー)が権力を握るようになると、ドラエナーは崩壊し死に満ちた世界に堕落してしまいました。グルダンは新たな力を得るためにアゼロスに侵攻しますが、オークの族長の一人デュロタン(トビー・ケベル)はグルダンの方針に疑問を抱いています。
 キリン・トアの落第生という駆け出しの魔法使いカドガー(ベン・シュネッツァー)は、オークが死の魔法を扱うことを知り、ローサーとレイン王に急報。守護者メディヴが召集されます。ローサー率いる偵察隊はオークの先鋒部隊と遭遇。デュロタンらと相まみえ、苦戦しますが、メディヴの魔法によりなんとかオーク軍を撃退します。この戦いで捕虜となったオークの一人、ガローナ(ポーラ・パットン)はなぜかオークと人間のハーフで、通訳として人間に協力するようになります。徐々にガローナとローサーは惹かれあうようになります。
 一方、自らも死の魔法を操るようになったメディヴの言動に不信感を抱いたカドガーは、キリン・トアの城塞に赴き、ことの真相を探り出そうとします。また、グルダンの侵略的な方向性に決定的な違和感を覚えたデュロタンは、人間と同盟を結んでグルダンを倒すことに意を決し、ガローナを介してレイン王との会見に臨むことになりますが・・・。

 というわけで、近年、この種のファンタジーもので大活躍のドミニク・クーパーや、「ミッション・インポッシブル」などで人気上昇中のポーラ・パットンが魅力的です。「猿の惑星」でもモーション・キャプチャーで熱演していたトビー・ケベルが、今回はオークの族長役で奮闘しているのも注目。ローサー役のフィメル、メディヴ役のフォスターもカッコいいですね。その他、超有名人や大物が出ているわけではありませんが、・・・いえ、実はノンクレジットのカメオ出演でグレン・クローズが出演していますが、それ以外には、主に新進気鋭の実力者という俳優さんたちで布陣が固められております。こういうファンタジーの場合、極端に色のついた人は使わない、というのが鉄則なので、新鮮かつ納得のキャスティングです。
 ゲームの原作があるとはいえ、映画として独立した世界観があり、予備知識は一切必要ありません。しかし、だからこそエンディングは「続く」という感じになっておりますので、これで終わられると困るというか、要するに続編を作っていただいて、この映画の世界観としての大団円まで見せてくれないと、欲求不満になりそう。
 まあ、そのへんが狙いなんでしょうし、ヒットしたのできっと続編を作ってくれるでしょう。期待しています。本作も、撮影した後で20か月も映像作りに費やしたといいますので、次作があったとしてもちょっと先になりそうですが、必ず、この後のアゼロスの歴史を見せてほしいと思いました。


2016年7月14日(木)
 7月8日および12日、そして14日朝のNHK BSプレミアム「美の壺」の「華やぎのボタン」をご覧いただきました皆様、まことにありがとうございました!! 
 今後も、少なくとも3年以内に6回は再放送される予定です。NHK海外放送でも流されるそうです。
 番組中、私こと軍装史・服飾史研究家・辻元よしふみの登場したコーナー以外で、紹介されたお店ですが、最初に出てきたのが銀座のボタン専門店ミタケボタンさん。
http://mitakebuttons.com/cms/
 二件目に登場したボタン専門店は、目黒区にあるアンド・ストライプというお店のようですね。http://and-stripe-online.com/
 また、初めの方に登場した紳士服店は、表参道のボットーネさんというオーダーサロンのようです。http://bottone.jp/

ところで、「美の壺」の「華やぎのボタン」で、私は日本のボタン文化の原点となった旧海軍のボタンの歴史を取り上げました。18世紀以来の英国海軍「王冠に錨」のボタンの伝統を引き継いで、最初に「錨に葵の金ボタン」を採用したのは、実は帝国海軍に先立つ徳川幕府の海軍だった、とご紹介いたしました。その後、明治3年に太政官布告で、日本海軍の最初の制服が制定されており、その際の金ボタンはすでに「桜に錨」だったのですが、このときは将校用もすべて、桜の位置が錨の上の方に付く、後の時代の下士官用のようなデザインでした。
 明治6年になって、桜の位置が中央のボタンが将校用となります。さらに明治の末になり、新たに下士官用ボタンが制定されたときに、再び桜の位置が上の方にあるものが採用されました。このまま昭和の戦争の時期まで行くわけで、有名な予科練の「七つボタンは桜に錨」というボタンも昭和17年に制服が制定された際には、下士官用のボタンでした。
 ところが、昭和19年後半になりますと、下士官用のボタンの桜も中央部に移され、桜の位置では階級の識別が出来なくなります。それで、今残っている予科練の制服も、時期によってボタンのデザインが「桜が上の方にあるもの」と「桜が中央にあるもの」の2種類があるわけです。

 ところで、アマゾンなどで品切れが続いていた前著『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)ですが、すでに3刷が売り出されております。今回は一部のイラストを差し替え、本文も手を加えて、新しい情報も盛り込んでおります。今のところ、長くお待たせしていた読者の方がいらしたのかと存じますが、アマゾンでは在庫に出ても、すぐに売れてしまう状態のようです。しばらくご迷惑をおかけするかもしれませんが、宜しくお願い申し上げます。

 また、刊行準備中の『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)はゲラ校正が済み、いよいよ本格的な作業段階に入りました。8月上旬には出せると思っております。乞うご期待!


2016年7月14日(木)
「インデペンデンス・デイ: リサージェンスIndependence Day: Resurgence」を見ました。1996年の大ヒット作品『インデペンデンス・デイ』の続編で、監督も同じくローランド・エメリッヒ。ビル・プルマン、ジャド・ハーシュ、ジェフ・ゴールドブラムら前作の出演陣が多数、集結していますが、前作が出世作となったウィル・スミスは出演していません。

1996年のエイリアン侵略から地球を守り抜き、ホイットモア合衆国大統領(プルマン)の下で高らかに「人類の独立宣言」を唱えた運命の7月4日から20年が経ちました。まさに人類勝利20周年式典が行われようとしている2016年7月。

この世界では、エイリアンの宇宙船の残骸から先進技術の一部を吸収し、それを元にして人類文明は反重力や光線兵器などを手に入れ、国家や人種、宗教的な対立を克服して平和と繁栄を謳歌しています。アメリカでは初の女性大統領ランフォード(セラ・ワード)が就任し、世界各国が協調して再度のエイリアンの侵略に備えるための組織ESD(地球宇宙防衛部)を設立、その部長には20年前の英雄の一人、デイビッド・レヴィンソン(ゴールドブラム)が就任しています。ESDは月をはじめとする太陽系の各惑星に前線基地を設営し、反重力戦闘機や次世代兵器の開発を推し進めています。デイビッドと共に戦ったスティーヴン・ヒラー海兵大佐(前作ではウィル・スミス。今作では写真で顔出し)は数年前に実験機の事故で殉職しています。

 突如、月で謎の出力異常が検知され、月面基地に破滅が迫りますが、ジェイク(リアム・ヘムズワース)とチャーリー(トラヴィス・トープ)の2人の中尉の活躍でなんとか危機を回避。このジェイクは、ホイットモア元大統領の娘で、今は現大統領スタッフを務めている元パイロット、パトリシア・ホイットモア(マイカ・モンロー)と婚約しています。また、スティーヴン・ヒラーの息子で、今はESDの最精鋭部隊であるレガシー航空隊の隊長を務めているディラン・ヒラー大尉(ジェシー・アッシャー)とは、飛行訓練生時代のいきがかりから対立関係にあります。一方、月面にやって来た同飛行隊に属する中国人の女性パイロット、レイン・ラオ大尉(アンジェラベイビー)を見たチャーリーは、彼女に一目惚れしてしまいます。

同じころ、アフリカはコンゴに墜落していたエイリアンの宇宙船が突然、起動したことを受け、デイビッドはエイリアンの研究を続けているキャサリン・マルソー(シャーロット・ゲンズブール)と共にこの船のシステムを調査。ここから宇宙のある地点に向けて謎の信号が発信されたことが分かります。さらに、アメリカにある秘密基地、エリア51に監禁されていたエイリアンの生き残りたちが騒ぎ始めたことから、20年ぶりにエイリアンの本隊が地球に来寇することが予想されました。土星基地からの交信が途絶え、間もなく月の上空に謎の巨大球体が出現。アフリカでの調査から、その球体は侵略者のものとは違うと考えていたデイビッドの意見を退け、ランフォード大統領は宇宙防衛軍総司令官のアダムズ大将(ウィリアム・フィクトナー)に破壊命令を下します。しかし、以前からエイリアンの再侵略を危惧していたホイットモア元大統領も、この時、デイビッドと同じ考えを持っていました。また同じころ、エリア51で20年前にエイリアンと接触して以来、意識を失っていたオーキン博士(ブレント・スパイナー)も、エイリアン再来の予兆を感じて奇跡の覚醒をします。

7月4日のアメリカ独立記念日、ランフォード大統領の演説が行われている中、デイビッドはジェイクと共に月面で破壊された球体の残骸を調査しますが、そこにエイリアン本隊の巨大母艦が出現します。母艦は月面基地を破壊し、さらに地球側の防衛システムも難なく突破して地球に降下、強力な反重力システムで世界中の都市を次々と壊滅させます。母艦は大西洋全体を覆うほどの巨大さで、そのまま海に着水します。地上を支援するべく飛行していたディランは、母親のジャスミン・ヒラー(ヴィヴィカ・フォックス)が犠牲となる瞬間を目撃して、己の無力さに打ちひしがれます。また、母艦の着水時に船で海に出ていたデイビッドの父ジュリアス(ハーシュ)は消息不明になり、デイビッドは父の死を覚悟します。

エリア51に赴いたホイットモアは、捕虜のエイリアンに捨て身の接触を試みます。その結果、エイリアンには彼らを統率する「女王」が存在することが判明。さらに、エイリアンは母艦から放つプラズマドリルで地下深く掘り抜き、地核を破壊することで地球そのものを滅ぼす計画であることが分かってきます。エイリアン女王を倒せば侵攻を止められるかもしれない。20年前と同じ独立記念日の7月4日、ジェイク、ディラン、チャーリー、レインらの攻撃飛行隊が、エイリアン母艦への総攻撃を始めます。しかしそのさなか、エイリアンの意図を察知したホイットモアは娘のパトリシアに叫びます。「これは女王の罠だ!」。壮絶な戦いがこうして始まりましたが・・・。

という感じで、前作から20年の間の映像技術の進歩をまじまじと感じる本作ですが、何しろたくさんの「おなじみの顔」が見られて、まぎれもなくあの世界なんだな、と思わせられます。それだけに、ウィル・スミスがいないのはちょっと残念ですね。なんといってもビル・プルマンとジェフ・ゴールドブラムを見ると、7月4日を思い出します! 

新顔で目を引いたのが、つい最近の作品でやはりエイリアン侵略ものの「フィフス・ウェイヴ」でも注目されたマイカ・モンロー。今回は大統領令嬢にして予備役の士官パイロット、という役どころですがカッコいいですね。中国人パイロット役のアンジェラベイビーも目を引く美貌です。この人は日本の芸能界でも活躍していて、日本語もできる人だそうです。今回の主演級の一人であるリアム・ヘムズワースは、どうしても兄のクリス・ヘムズワースに比べて影が薄かったわけですが、これでぐっと株を上げてくるでしょう。いや、本当に兄さんと雰囲気が似ています。

そして、癖のある悪役が多いウィリアム・フィクトナーが、今回は骨のある生粋の将軍役で好演しています。いつもと違う直球勝負が新鮮に見えました。

ざっと梗概を書くだけでも登場人物は多数にわたり、舞台も月面あり、ワシントンあり、コンゴあり、大西洋上あり、エリア51あり・・・と複雑なのですが、なかなか巧妙な筋書きで渋滞させずにさばきながら、本筋を紡いでいく脚本は見事です。この種のパニック映画は、あちこちでバラバラにいた、普通には集合できそうにない人物たちが、偶然の積み重ねで最後は一つの焦点となる箇所に集まってきて、大きなスケールの話が、しまいにはほんの数人の人物の活躍で結末が左右される、という風にコントロールしないと面白くなりません。今回も、最後の最後にはエリア51の前を走る一台の黄色いスクールバスの周辺で、人類の命運が決する数分間の死闘が繰り広げられます。こういうちょっと強引なストーリー展開がまた、娯楽作品ならではの味とも言えるでしょう。

しかしそんな娯楽作品中の娯楽作品ながら、この映画で繰り返し出てくるのが、異星人の侵攻以来、1996年から2016年までの間、この世界では人種や宗教、国籍、肌の色などを超えて人類がいまだかつてない平和を達成していた、という描かれ方です。おそらくテロも戦争も暴動も、人類共通の敵の出現により消滅したのでしょう。だから地球防衛軍の構成には世界各国が協力し、米中の2大国も信頼しあい、共同で月面基地を設立しています。このへんはもう、近年の実際の世界の荒れぶりと対比しての、エメリッヒ監督のメッセージというより、心からの願望かもしれないと強く感じました。


2016年7月13日(水)
 7月8日および12日のNHK BSプレミアム「美の壺」の「華やぎのボタン」をご覧いただきました皆様、ありがとうございました!! 
 さらに14日木曜日の朝6時半から再放送があります。見逃した方は是非ご覧ください。私、軍装史・服飾史研究家の辻元よしふみが登場したコーナーのほかにも、白蝶貝のボタンの作り方や、歴史的に価値あるボタン博物館の所蔵品など見所いっぱいです。大河ドラマで片岡愛之助さん扮する榎本武揚の懐かしい映像も登場します。

 ところで、アマゾンなどで品切れが続いていた前著『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)ですが、3刷が私の手元にも届きました。今回は一部のイラストを差し替え、本文も手を加えて、新しい情報も盛り込んでおります。今のところ、長くお待たせしていた読者の方がいらしたのかと存じますが、アマゾンでは在庫に出ても、すぐに売れてしまう状態のようです。しばらくご迷惑をおかけするかもしれませんが、宜しくお願い申し上げます。

 また、刊行準備中の『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)はゲラ校正が済み、いよいよ本格的な作業段階に入りました。8月上旬には出せると思っております。乞うご期待!

 ところで、「美の壺」の「華やぎのボタン」で、私は日本のボタン文化の原点となった旧海軍のボタンの歴史を取り上げました。18世紀以来の英国海軍「王冠に錨」のボタンの伝統を引き継いで、最初に「錨に葵の金ボタン」を採用したのは、実は帝国海軍に先立つ徳川幕府の海軍だった、とご紹介いたしました。徳川幕府では軍備の様式化を急速に進め、慶応2年(1866年)末には幕府海軍総裁・稲葉正巳が「海軍服章絵図」を作成させ、これが初の海軍服制となった、と軍艦奉行・木村摂津守の日記にあります。
 翌慶応3年にオランダから帰国した榎本武揚を中心に、新式海軍が形を成してくる中、榎本は「服章絵図」を具体化して、軍服を製作・普及させました。「葵に錨」の金ボタンも実用化されたわけです。図版は柳生悦子先生の『日本海軍軍装図鑑』掲載図です。明治2年(1869年)までの間、榎本たち幕府海軍の人たちは、このボタンが付いた軍服を着用しておりました。
 なお、榎本の軍服の、太線2本の間に細線3本、という袖のラインは、海軍副総裁(海軍大将ランク)の階級を示す階級線です。幕府海軍では軍艦頭(艦長)は細線3本で、後の英海軍の標準(艦長=海軍大佐=ライン4本)とは異なり、オランダ式の表示だったようです。
 さらにまた、桜を使いだしたのも幕府海軍のようで、少なくとも将官ランクの人は、制帽の帽章に桜と錨の紋章を付けた、とされています。この桜も、日本海軍に引き継がれて、明治3年末の日本海軍の制服誕生につながったのです。
 この榎本の幕府海軍時代の軍服は、現在、靖国神社が所蔵しております。



 


2016年7月12日(火)
 7月8日および12日のNHK BSプレミアム「美の壺」の「華やぎのボタン」をご覧いただきました皆様、ありがとうございました!! 
 さらに14日木曜日の朝6時半から再放送があります。見逃した方は是非ご覧ください。私、軍装史・服飾史研究家の辻元よしふみが登場したコーナーのほかにも、白蝶貝のボタンの作り方や、歴史的に価値あるボタン博物館の所蔵品など見所いっぱいです。

 ところで、アマゾンなどで品切れが続いていた「図説 軍服の歴史5000年」ですが、3刷が私の手元にも届きました。今回は一部のイラストを差し替え、本文も手を加えて、新しい情報も盛り込んでおります。宜しくお願い申し上げます。

 もう一つ、愛知、岐阜、三重にお住まいの皆様へ。きたる13日水曜日朝の名古屋テレビ「ドデスカ!」の「全力リサーチ」コーナーに、私が電話出演する予定です(内容変更などはご容赦くださいませ)。

 ところで、英海軍のボタンが日本海軍の「櫻に錨」のボタンのモデルになった、と番組中で紹介いたしました。番組ではほんのさわりだけ取り上げていただきましたが、より詳細に申しますと、最初に錨の紋章を使用したのはなんと1402年、スコットランド海軍だったといいます。1703年にスコットランド海軍はイングランド海軍と合併し、今の英海軍となります。
 英海軍が1748年に最初の軍服を制定した際に作ったのが、「バラの紋章」の金ボタンでした。さらに1774年になると、錨の紋章に変わります。1805年にネルソン提督がトラファルガー海戦で着ていた軍服のボタンも「錨だけ」のものでした。
 そして、ナポレオン戦争後期の1812年になると、「錨に王冠」のデザインとなります。これが今に至る英国海軍のボタンであります。





 


2016年7月11日(月)
 7月8日のNHK BSプレミアム「美の壺」の「華やぎのボタン」をご覧いただきました皆様、ありがとうございました!! 
 番組の冒頭で、私のコーナー「第二の壺」の前に登場された東京・銀座の「ミタケボタン」さんを訪ねてみました。
 もうお店の壁面すべてがボタンというものすごさ。聞くと、私の知り合いの百貨店や紳士服テーラーの方々もこちらでボタンを調達したことがある、と仰います。
 プロショップであるとともに、一般の方にも小売りするという意味で、本当に貴重なお店でして、私もちらちら拝見すると、明らかにいろいろな時代のアンティークボタンもあり、外国海軍関係のものも見受けました。
 オーナーの「ボタンニスト」小堀孝司様と記念撮影させていただきました。ありがとうございました。

 「美の壺」の「華やぎのボタン」は、12日火曜日の午前11時と、14日木曜日の朝6時半から再放送があります。見逃した方は是非ご覧ください。ほかにも、白蝶貝のボタンの作り方や、歴史的に価値あるボタン博物館の所蔵品など見所いっぱいです。

 ところで、アマゾンなどで品切れが続いていた「図説 軍服の歴史5000年」ですが、3刷が私の手元にも届きました。今回は一部のイラストを差し替え、本文も手を加えて、新しい情報も盛り込んでおります。宜しくお願い申し上げます。

 もう一つ、愛知、岐阜、三重にお住まいの皆様へ。きたる13日水曜日朝の名古屋テレビ「ドデスカ!」の「全力リサーチ」コーナーに、私が電話出演する予定です(内容変更などはご容赦くださいませ)。






 


2016年7月09日(土)
 NHK BSプレミアム「美の壺」の「華やぎのボタン」をご覧いただきました皆様、ありがとうございました!! すでにいくつか反響を戴きましたが、私が実際に話をしているインタビューのシーンはごく短い物でしたが、海軍のボタン関係の情報提供はほとんどすべて私がしております。実際には1時間半も収録したのです!!! なお、撮影に使った場所は我が家です。それから、大河ドラマで愛之助さん扮する榎本武揚の映像も、私が見つけ出してNHKさんに誓いませんかと提案した次第です!!!
 なお、私が着ていた服は、ちょっとその徳川幕府の海軍副総裁、榎本の軍服のような感じでしたが、実際には新宿丸井に入っているブランド「エクサントリーク」で売っていた19世紀風のフロックコートです。また、スタンドカラーのシャツと、あまり見えませんでしたが上着の下に着ていたベストは、タキザワシゲルのオーダー品です。ご参考までに記しておきます。
 まだ12日火曜日の午前11時と、14日木曜日の朝6時半から再放送があります。見逃した方は是非ご覧ください。私の登場シーン以外にも、白蝶貝のボタンの作り方や、歴史的に価値あるボタン博物館の所蔵品など見所いっぱいです。
 再放送の終了後には、撮影風景などもご紹介したいと思います。

 ところで、アマゾンなどで品切れが続いていた「図説 軍服の歴史5000年」ですが、3刷が私の手元にも届きました。今回は一部のイラストを差し替え、本文も手を加えて、新しい情報も盛り込んでおります。宜しくお願い申し上げます。

 もう一つ、愛知、岐阜、三重にお住まいの皆様へ。きたる13日水曜日朝の名古屋テレビ「ドデスカ!」の「全力リサーチ」コーナーに、私が電話出演する予定です(内容変更などはご容赦くださいませ)。






2016年7月08日(金)
「いよいよ本日放映!」辻元よしふみはNHK・BSプレミアムの番組「美の壺」に登場します。きょう7月8日午後7時30分〜 午後8時00分 美の壺「華やぎのボタン」です。

 わたくしは、この番組中で英国海軍、徳川幕府海軍から日本海軍に至った金ボタンの歴史を語っております。ぜひご覧になってみてくださいませ。ご多忙と存じますが宜しくお願い申し上げます。
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 ※NHK 美術番組「美の壺」 タイトル「華やぎのボタン」。
      【出演】草刈正雄,【語り】木村多江

 放送日 NHK BSプレミアム 2016年7月8日(金)19:30〜19:59
 再放送                7月12日(火)11:00〜11:29
 再放送                7月14日(木)06:30〜06:59

備考:これ以後、3年以内に少なくとも6回は再放送する予定です。

 宜しくお願い申し上げます。

 ※追記:辻元よしふみ、玲子の新刊『軍装、服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)が2016年8月上旬に刊行の予定です。

 ※前作『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)も3刷の印刷がすでに完了し、店頭やアマゾンの在庫に流通します。
 併せて宜しくお願い申し上げます。


2016年7月07日(木)
「あす放映!」辻元よしふみはNHK・BSプレミアムの番組「美の壺」に登場します。あす金曜日、7月8日午後7時30分〜 午後8時00分 美の壺「華やぎのボタン」です。

 わたくしは、この番組中で英国海軍、徳川幕府海軍から日本海軍に至った金ボタンの歴史を語っております。ぜひご覧になってみてくださいませ。ご多忙と存じますが宜しくお願い申し上げます。
 ところで、日本でボタンの普及の契機となったのが明治3年(1870)の日本海軍の金ボタン制定です。明治海軍の軍服に大きな影響を与えたのは英国海軍の制服。そちらは1748年に海軍卿アンソン提督によって最初のモデルが制定されていますが、最初のボタンの図柄は「バラの花」でした。写真は英国の海事博物館所蔵のものです。
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 ※NHK 美術番組「美の壺」 タイトル「華やぎのボタン」。
      【出演】草刈正雄,【語り】木村多江

 放送日 NHK BSプレミアム 2016年7月8日(金)19:30〜19:59
 再放送                7月12日(火)11:00〜11:29
 再放送                7月14日(木)06:30〜06:59

備考:これ以後、3年以内に少なくとも6回は再放送する予定です。

 宜しくお願い申し上げます。

 ※追記:辻元よしふみ、玲子の新刊『軍装、服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)が2016年8月上旬に刊行の予定です。

 ※前作『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)も3刷の印刷が完了し、これから店頭やアマゾンの在庫に流通します。
 併せて宜しくお願い申し上げます。


2016年7月06日(水)
「放送2日前!」辻元よしふみはNHK・BSプレミアムの番組「美の壺」に登場します。今週金曜日、7月8日午後7時30分〜 午後8時00分 美の壺「華やぎのボタン」です。

 わたくしは、この番組中で英国海軍、徳川幕府海軍から日本海軍に至った金ボタンの歴史を語っております。ぜひご覧になってみてくださいませ。ご多忙と存じますが宜しくお願い申し上げます。
 ところで、日本でボタンの普及の契機となったのが明治3年(1870)の日本海軍の金ボタン制定です。明治海軍の軍服に大きな影響を与えたのは英国海軍の制服。そちらは1748年に海軍卿アンソン提督によって最初のモデルが制定されています。写真は英国の海事博物館所蔵のものですが、デザインは古風ながら、すでに青い生地にたくさんの金ボタンを並べておりますね。
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 ※NHK 美術番組「美の壺」 タイトル「華やぎのボタン」。
      【出演】草刈正雄,【語り】木村多江

 放送日 NHK BSプレミアム 2016年7月8日(金)19:30〜19:59
 再放送                7月12日(火)11:00〜11:29
 再放送                7月14日(木)06:30〜06:59

備考:これ以後、3年以内に少なくとも6回は再放送する予定です。

 宜しくお願い申し上げます。

 ※追記:辻元よしふみ、玲子の新刊『軍装、服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)が2016年8月上旬に刊行の予定です。

 ※前作『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)も3刷の印刷が完了し、これから店頭やアマゾンの在庫に流通します。
 併せて宜しくお願い申し上げます。


2016年7月05日(火)
「今日もこりずにお知らせ」辻元よしふみはNHK・BSプレミアムの番組「美の壺」に登場します。今週金曜日、7月8日午後7時30分〜 午後8時00分 美の壺「華やぎのボタン」です。

 わたくしは、この番組中で英国海軍、徳川幕府海軍から日本海軍に至った金ボタンの歴史を語っております。ぜひご覧になってみてくださいませ。ご多忙と存じますが宜しくお願い申し上げます。
 ところで、日本でボタンの普及の契機となったのが明治3年(1870)の日本海軍の金ボタン制定です。そのときの海軍の制服というのが、後の時代の、普通に海軍の軍服というとイメージする物とはかなり異なっていて、立ち襟で裾が長いフロックコート、というかなり古風なもの。明治6年にはこの初代制服は改正されてしまうので、たった3年間しか着られなかった幻の軍服なんですね。

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 ※NHK 美術番組「美の壺」 タイトル「華やぎのボタン」。
      【出演】草刈正雄,【語り】木村多江

 放送日 NHK BSプレミアム 2016年7月8日(金)19:30〜19:59
 再放送                7月12日(火)11:00〜11:29
 再放送                7月14日(木)06:30〜06:59

備考:これ以後、3年以内に少なくとも6回は再放送する予定です。

 宜しくお願い申し上げます。

 ※追記:辻元よしふみ、玲子の新刊『軍装、服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)が2016年8月上旬に刊行の予定です。

 ※前作『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)も7月上旬、まもなく3刷が店頭に並びます。
 併せて宜しくお願い申し上げます。


2016年7月04日(月)
「今日もお知らせ」辻元よしふみはNHK・BSプレミアムの番組「美の壺」に登場します。

今週金曜日、7月8日午後7時30分〜 午後8時00分 美の壺「華やぎのボタン」

 暮らしの中に美を見つけ鑑賞する新感覚美術番組。今回は「ボタン」。真珠の養殖に使う「白ちょう貝」が、夏服にピッタリの極上ボタンに変身。欧州貴族の豪華ヴィンテージボタンも続々登場!魅惑のボタンの世界を紹介。【出演】草刈正雄,【語り】木村多江 

 わたくしは、この番組中で英国海軍、徳川幕府海軍から日本海軍に至った金ボタンの歴史を語っております。ぜひご覧になってみてくださいませ。ご多忙と存じますが宜しくお願い申し上げます。
 ところで、日本でボタンの普及の契機となったのが明治3年(1870)の日本海軍の金ボタン制定です。そのときのボタンとはどんなものだったかというと、すでに「桜に錨」です。しかし・・・ちょっと桜の位置が、かなり上の方にあったんですね。これ、後年では「下士官用」とされた3号ボタンに似ております。明治6年にはこのボタンは改正されて、桜の位置が下に下りてきます。ボタン一つとっても、いろいろ歴史があるんですね。

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 ※NHK 美術番組「美の壺」 タイトル「華やぎのボタン」

 放送日 NHK BSプレミアム 2016年7月8日(金)19:30〜19:59
 再放送                7月12日(火)11:00〜11:29
 再放送                7月14日(木)06:30〜06:59

備考:これ以後、3年以内に少なくとも6回は再放送する予定です。

 宜しくお願い申し上げます。

 ※追記:辻元よしふみ、玲子の新刊『軍装、服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)が2016年8月上旬に刊行の予定です。

 ※前作『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)も7月上旬、まもなく3刷が店頭に並びます。
 併せて宜しくお願い申し上げます。


2016年7月03日(日)
「お知らせ」辻元よしふみはNHK・BSプレミアムの番組「美の壺」に登場します。

7月8日(金)午後7時30分〜 午後8時00分 美の壺「華やぎのボタン」

 暮らしの中に美を見つけ鑑賞する新感覚美術番組。今回は「ボタン」。真珠の養殖に使う「白ちょう貝」が、夏服にピッタリの極上ボタンに変身。七色の輝きの裏に、驚きの職人技が!欧州貴族の豪華ヴィンテージボタンも続々登場!魅惑のボタンの世界を紹介。
【出演】草刈正雄,【語り】木村多江 

 わたくしは、この番組中で英国海軍、徳川幕府海軍から日本海軍に至った金ボタンの歴史を語っております。ぜひご覧になってみてくださいませ。ご多忙と存じますが宜しくお願い申し上げます。
 ところで、日本海軍のボタンと言えば「桜に錨」で有名です。特に「七つボタンは桜に錨」という歌詞で知られた旧海軍の予科飛行練習生。いわゆる「予科練」ですね。15歳ぐらいの少年を集めて、パイロット教育をしたわけですが、終戦間際にはほとんど特攻隊員の養成機関のようになってしまった悲劇でも記憶されています。
 実はこの「七つボタンの制服」、今でも自衛隊の航空学生の制服のモデルとして受け継がれているんですね。女性の学生さんも着ています。なにか「男装の麗人」という感がしますが、これは男装ではなくて正式な服装です。


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 ※NHK 美術番組「美の壺」 タイトル「華やぎのボタン」

 放送日 NHK BSプレミアム 2016年7月8日(金)19:30〜19:59
 再放送                7月12日(火)11:00〜11:29
 再放送                7月14日(木)06:30〜06:59

備考:これ以後、3年以内に少なくとも6回は再放送する予定です。

 宜しくお願い申し上げます。

 ※追記:辻元よしふみ、玲子の新刊『軍装、服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)が
2016年8月上旬に刊行の予定です。

 ※前作『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)も7月中に3刷となります。
 併せて宜しくお願い申し上げます。


2016年7月02日(土)
 「お知らせ」このたび、私が出演するNHK・BSプレミアムの番組「美の壺」の放送タイトルが決定いたしました!
 http://www4.nhk.or.jp/tsubo/x/2016-07-08/10/4516/2418193/

7月8日(金)午後7時30分〜 午後8時00分
美の壺「華やぎのボタン」

暮らしの中に美を見つけ鑑賞する新感覚美術番組。今回は「ボタン」。真珠の養殖に使う「白ちょう貝」が、夏服にピッタリの極上ボタンに変身。七色の輝きの裏に、驚きの職人技が!ルビーやトルコ石、宝石をちりばめた豪華ボタンや、色ガラス500ピースを精緻にはめ込んだ鮮やかなボタンなど、欧州貴族の豪華ヴィンテージボタンも続々登場!日常を非日常に変えてくれる、最新デザインのボタンとは…。魅惑のボタンの世界を紹介。
【出演】草刈正雄,【語り】木村多江 字幕放送字幕放送

わたくしは、この番組中で英国海軍、徳川幕府海軍から日本海軍に至った金ボタンの歴史を語っております。ぜひご覧になってみてくださいませ。ご多忙と存じますが宜しくお願い申し上げます。

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 ※NHK 美術番組「美の壺」 タイトル「ボタン」

 放送日 NHK BSプレミアム 2016年7月8日(金)19:30〜19:59
 再放送                7月12日(火)11:00〜11:29
 再放送                7月14日(木)06:30〜06:59

備考:これ以後、3年以内に少なくとも6回は再放送する予定です。

 宜しくお願い申し上げます。

 ※追記:辻元よしふみ、玲子の新刊『軍装、服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)が
2016年7月半ばに刊行の予定です。

 ※前作『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)も7月中に3刷となります。
 併せて宜しくお願い申し上げます。


2016年6月26日(日)
お知らせ:7月8日19時30分に辻元よしふみがNHK番組「美の壺」出演(NHKBSプレミアム)と、7月にも新刊『軍装・服飾史カラー図鑑』(イカロス出版、フルカラー230頁以上、予価3500円)が出る、さらに7月初めに前著『図説 軍服の歴史5000年』3刷が出るのに合わせ、辻元よしふみ・辻元玲子の公式サイト http://www.tujimoto.jp/ をリニューアルしました。
 「美の壺」では、明治3年の日本海軍の制服制定が、「ボタンの日」の由来になっていることにからんで、英海軍、幕府海軍、日本海軍の金ボタンを取り上げ、有名な予科練の「七つボタンの制服」なども紹介します。
 『軍装・服飾史カラー図鑑』は、古代ローマから現代の自衛隊(儀仗服)までさまざまな戦士や軍人の服装を後ろ姿や勲章、軍刀まで詳細に解説するほか、同時代の一般の紳士服とのかかわりや影響まで考察して、ミリタリーとファッションの両面で服飾史を概観します。

2016年6月24日(金)
 辻元よしふみ(佳史)でございます。

 さてこのたび、私は下のようなNHK・BSプレミアムの番組に出演します。

 明治3年11月22日に、日本海軍は制服を制定し、金ボタンを定めました。これを記念
して毎年11月に「ボタンの日」がございます。わたくしは、この番組中で英国海軍、
徳川幕府海軍から日本海軍に至った金ボタンの歴史を語っております。

 ぜひご覧になってみてくださいませ。
 ご多忙と存じますが宜しくお願い申し上げます。

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 ※NHK 美術番組「美の壺」 タイトル「ボタン」

 放送日 NHK BSプレミアム 2016年7月8日(金)19:30〜19:59
 再放送                7月12日(火)11:00〜11:29
 再放送                7月14日(木)06:30〜06:59

備考:これ以後、3年以内に少なくとも6回は再放送する予定です。

 宜しくお願い申し上げます。

 ※追記:辻元よしふみ、玲子の新刊『軍装、服飾史カラー図鑑』(イカロス出版)が
2016年7月半ばに刊行の予定です。
 ※前作『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)も7月中に3刷となります。
 併せて宜しくお願い申し上げます。


2016年6月21日(火)
 速報です! 本日、発売になりました「MC☆あくしず vol.41」(イカロス出版)の111ページ「萌え軍@インフォメーションズ」欄に掲載されましたように、辻元よしふみ、辻元玲子の新刊書籍『軍装・服飾史図鑑』(オールカラー、税込予価3500円)がまもなく刊行されることになりました! 現在、編集作業が進行中です。古くはローマ帝国の百人隊長や十字軍の騎士から、ポーランドの騎士やオスマン帝国の兵士、ルイ13世やルイ14世の時代の華麗な軍服、ナポレオン軍の軍服、それにプロイセン〜ドイツ帝国の歴代の軍服、第二次大戦時のドイツ親衛隊や戦車兵、昭5式軍衣の日本軍将校、さらに現在の陸上自衛隊302警務中隊の儀仗服まで、さまざまな軍人や戦士の軍装を紹介。ご要望の多い後ろ姿や、勲章、装飾、肩章、徽章などのディテールと、当時の階級システムなどの詳細解説、軍刀やサーベルの吊り下げ方などまで、徹底的に精緻なイラストと文章で示します。
 イラストは辻元玲子の手描き水彩画による、全点フルカラーです。さらに詳細が固まりましたら、続報を書きます。宜しくお願い申し上げます。


2016年6月19日(日)
 昨日から今日にかけて、千葉県浦安市では4年に1度の「三社祭」が開かれています。市内にある三つの神社の御神輿が市街地を練り歩きます。その数、80基とも90基ともいいます。今年は好天に恵まれて盛り上がっていますね。

2016年6月17日(金)
 公開から時間がたってしまいましたが、「スノーホワイト―氷の王国」という映画を見ました。原題は全然、邦題と異なりまして、THE HUNTSMAN WINTER’S WARといいますが、直訳すれば「猟師 冬戦争」といった感じ。あくまでも中心人物は「猟師」だったりします。この映画の前作にあたる「スノーホワイト」(2012年)も原題はSnow White & the Huntsmanつまり「白雪姫と猟師」でした。要するに、日本ではスノーホワイト(白雪姫)シリーズとして認知されていますが、基本的にはハンツマン(猟師)シリーズなわけです。
 実のところ、本作ではスノーホワイト(クリステン・スチュワート)は、前作の映像を使った回想シーン以外では登場しません。セリフの端々に上っているので、健在であることは間違いないのですが、今回の冬戦争にはあまり関与していない、という扱いです。
 ということで、ハンツマン・シリーズである、ということは、これは猟師エリック役のクリス・ヘムズワースのシリーズ、という理解でよいのか、ということになります。何しろマイティ・ソーのヘムズワースです。彼がヒーローであることは間違いない。
 しかし、どう見てもこのシリーズはシャーリーズ・セロン演じる悪の女王ラヴェンナの物語ではないでしょうか。本当のところ、前作は「ラヴェンナと白雪姫」であったし、今作は、あえていえば「ラヴェンナと雪の女王」のような気がします。

 スノーホワイトが邪悪な継母ラヴェンナを打倒した戦いしばらくたった頃。相変わらず独りで隠遁の生活を送る猟師エリックのもとに、スノーホワイトの恋人ウィリアム王(サム・クラフリン)がやってきます。ラヴェンナが残した魔法の鏡のせいでスノーホワイト女王は精神を病み、鏡を聖地に移送することにした、というのですが、その移送の軍隊が戻ってこないというのです。
 エリックは、ウィリアムが連れてきたドワーフのニオン(ニック・フロスト)とグリフ(ロブ・ブライドン)を伴い、鏡の行方を追います。スノーホワイトの軍が全滅し、鏡が奪われたことを悟った一行は、宿屋で刺客に襲われ絶体絶命のピンチに。しかしそこに現れた謎の女戦士サラ(ジェシカ・チャステイン)に救われます。彼女を見てエリックは驚愕します。それというのも、サラはかつて愛し合った仲であり、すでに7年も前に死んだと思っていたからです。
 話はかなり以前に遡ります。スノーホワイトの王国にやってくる前のラヴェンナは、すでに持ち前の魔力を使って多くの国を滅ぼし、玉座を乗っ取って暴虐の限りを尽くす悪の女王でした。その妹のフレイヤ(エミリー・ブラント)は心優しい女性でしたが、あることを契機に魔力に目覚め、冷酷な氷の女王に変貌してしまいます。北の国に自分の帝国を築いたフレイヤは、近隣の村から子供を連れ去って自分の親衛隊ハンツマンとして育成しました。その中に、幼いエリックとサラの姿もあったのです。
 フレイヤの軍では恋愛はご法度でしたが、2人は愛し合い、逃亡を決断します。しかしフレイヤに知られ、残酷な仕打ちを受けて引き裂かれてしまいます。
 その際に、もう死んだと思っていたサラが現れたことが、エリックを驚かせたのでしたが・・・。

 というような展開です。なんというか、雪の女王とロード・オブ・ザ・リングを足して2で割って白雪姫とくっつけた感じのお話、といえばいえるのですが、まあそういう展開的な部分はそんなに重要ではないでしょう。本作の魅力は何しろ豪華な出演陣、特に3人の女優の熱演ぶりです。アカデミー賞女優のセロンはとにかく美しい。もう本当に魔女ではないかというほどの妖しい美貌。これを見るだけで一見の値打ちありです。そしてとことん邪悪です。気持ちがいいほどの悪人。ここまで悪いキャラも珍しいぐらいですが、映画史に残る悪の女王になったと思います。
 そして、もともとは優しい女性だったのに、姉の影響もあって残酷な氷の女王になってしまったという、ちょっと可哀そうな要素もある役をエミリー・ブラントが好演。こちらも美しいですね。「ヴィクトリア女王 世紀の愛」や「プラダを着た悪魔」で有名になり、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」ではアクションにも進出したブラント。ますます芸の幅が広がりそうです。
 ここに、さらに近年では最も活躍している女優の一人、ジェシカ・チャステインが最強の女性戦士として花を添えています。こういう娯楽作品のアクション・スターを演じるのは彼女にとって珍しいと思いますが、これが実にカッコいいです。
 撮影現場では、パワフルな美女3人に圧倒されて、ヘムズワースはいじめられっぱなしだった、とか。まあそりゃそうでしょう。とにかく強い女性たちと、ちょっと間抜けだが最後には頼れるナイスガイ、という構図は、いかにも今時の設定ですが、見ていて安心できます。
 今作の設定で、どうしてエリックが前作の初登場時に、飲んだくれてダメな人になっていたのか、という謎も明かされることになります。
 細かいところを見れば、いろいろあるのでしょうが、とにかく前回のような陰惨さより、ドワーフ2人組の狂言回しも加わって、今作はかなり明るく痛快な娯楽作品になっていると思いますし、素敵なラブストーリーにもなっています。ぜひ大画面で、最強の美人姉妹と女戦士の活躍を見ていただきたい一作でございました。


2016年6月11日(土)
 マーベル・コミック・シリーズの新作映画「デッドプール」を見ました。主に「アベンジャーズ」シリーズの世界観と、「X-MEN」シリーズの世界観の二本立てで展開している現在のマーベル関連の映画化ですが、デッドプールはX-MEN人脈のキャラクターです。すでに「ウルヴァリンZERO」でライアン・レイノルズ演じるウェイド・ウィルソン(後のデッドプール)が登場していました。しかし、あくまでウルヴァリンの引き立て役であり、この作品の冒頭で「ウルヴァリンにとにかくゴマをすってスピンオフを作ってもらおうと運動した」とありますように、実際にいろいろ紆余曲折を経て、本作の映画化が実現した、という次第です。
 何しろデッドプールというのは、ミュータント・ヒーローの世界でも決して保守本流を歩んでいるキャラクターではなく、かなり型破りな人物です。一匹狼的なアウトローという意味ではウルヴァリンも幾分、そうなのでしょうが、デッドプールは正真正銘のアンチヒーロー的な存在で、しかもコメディー・ヒーローです。優等生的な要素はかけらもない、常に減らず口をたたいて暴れまくるとんでもない男です。さらにこのキャラは、原作コミックでも「第四の壁を破る能力」を持つ特殊キャラとして描かれています。つまり、物語の進行を無視して、突然、読者に語りかけるという、つまりその世界から超越しているというか、相対化しているというか、作品の中の役柄を演じながら自己批評しているメタ的なキャラなのです。よって本作でも、デッドプールはしばしば周囲の人間を無視し、物語の展開から逸脱して、観客に向かって説明を始めてしまいます。
 この特異な世界観を、どのように生かして描くか。デッドプールの映画化はその点が初めから注目されていたようですが、本作は見事にうまくいっているようですね。

 かつて軍の特殊部隊のエリート兵士だったウェイド・ウィルソン(レイノルズ)ですが、今はその日暮らしの何でも屋稼業で、旧友ウィーゼル(T.J.ミラー)の経営する酒場を拠点にして、ちょっとしたトラブルの解決から、しばしば傭兵として危ない仕事まで請け負っています。ある日、街で出会った高級娼婦のヴァネッサ(モリーナ・バッカリン)に本気で恋をしたウェイドは、ついに結婚の約束までしますが、幸せな日々は長くは続きません。突然、倒れたウェイドは医師から末期がんであることを告げられます。
 死を覚悟して絶望するウェイドですが、ウィーゼルの店を訪れたあやしげなエージェントから「がんを治す特効薬があり、うまくいけば不死身の肉体になれるが、その実験台にならないか」と持ちかけられます。迷った末に実験台なることを決めたウェイド。しかし、実験の責任者エイジャックス(エド・スクライン)は、自らも超人になる血清を肉体に投与してミュータント化した恐るべきサディストであり、瀕死の人々を集めては超人化実験をし、うまくいった者は売り飛ばす、といった非道な行為を繰り返す悪人でした。
 ウェイドも血清を投与された後、エイジャックスと、その手下の怪力の女性エンジェル(ジーナ・カラーノ)からなぶりものにされ、拷問のような虐待を受け続けます。そしてついに彼の肉体の中で超人因子が発動し、肉体が変化しますが、二目と見られないような恐ろしい顔に変貌してしまいます。
 怒りを爆発させたウェイドはエイジャックスの施設を破壊し、逃げ出しますが、恐ろしい化け物となってしまった姿でヴァネッサの前に現れる勇気が出ません。まずはエイジャックスを探し出し、復讐するとともに、顔を元に戻させなければ。ウェイドは自ら作った赤いコスチュームに身を包み、ウィーゼルの店で流行っていた死を賭けた賭博にあやかって、デッドプールと名乗り殺戮と破壊を開始します。しかしそんな彼の非凡な能力に目を付けたX-MENメンバーのコロッサスと、その教え子のネガソニック(ブリアナ・ヒルデブランド)が介入してきて、デッドプールをX-MENに勧誘してきます・・・。

 ということで、本作で主人公本人が何度も強調するように、「これはラブストーリー」です。実際のところハチャメチャなキャラによるギャグや、かなり陰惨な殺戮シーン、それに拷問シーンなどが延々とあって、中盤は決して明るいコメディーではなく、それにもかかわらず全編のトーンは純愛ものと言ってよい。何しろ、最後の決めはWHAM!の名曲「ケアレス・ウィスパー」だったりします。それがまたぴったりのムードの映画です。
 今まで、スカーレット・ヨハンソンの元夫、というイメージばかり強く、知名度の割に今一つ代表作のなかったライアン・レイノルズにとって、デッドプールは、はまり役にして当たり役となったようです。レイノルズ自身も、デッドプールの人格は非常に自分の地のままに近いと言っているようです。
 ヒロインのモリーナ・バッカリンはブラジル出身。これまでテレビ中心で活躍していた人のようですが、すごい美人! ハリウッドには、こんな人がまだ埋もれていたんだな、と驚かされます。これは本作で一躍、注目されるでしょう。
 「トランスポーター」シリーズで主演するエド・スクラインと、本物の武闘家で女優でもあるジーナ・カラーノの2人の悪役コンビが魅力的です。
 おふざけやパロディー満載の本作ですが、先ほども申したように中盤はかなり陰惨です。しかしここを乗り越えないと、最後が利いてこない。最後はとてもいいお話だった、と素直に見られる久々の快作です。
 ところで。デッドプールは背中に2本の日本刀のような刀を装備していますが、原作コミックではなんと、日本で修業したことになっているとか。しかもなぜか「相撲部屋」で修業したのだそうです。どうもそのへんは日本人から見ると違和感がありますが、彼が日本的な武器を操るのも、そういう背景があるからだと言います。
 さらに、デッドプールの戦闘中だろうが、シリアスな場面だろうが構わず放言を繰り出し続けるあのキャラ設定には、先日、亡くなったばかりの偉大なボクサー、モハメド・アリ氏が参考にされているのだとか。アリ氏もファイト中、ずっといろいろ相手を挑発するような放言を続けることで有名でした。もちろん口だけでなく、実力も伴っていたので人気があったわけですが、デッドプールもアリ氏の「有言実行」スタイルを引き継いでいるわけです。
 それにしても、私ぐらいの世代だと、久々にWHAM!を聞いてみたくなるような作品でした。なにがなし古き良き時代と、殺伐とした今とがクロスオーバーするような感覚を味わえる作品でした。


2016年5月29日(日)
 今日は、本当に久しぶりに東京・大手町のパレスホテルに行ってみました。数年前に新装なって見違えるほど最新鋭のホテルとなりましたが、新しい建物になってからは初めて行きました。実は、今から20年ほど前に、私たち夫婦が初デートしたのが、このパレスホテルの地下にあったアイビークラブというお店でした。1年ほどの交際で、来年には結婚20周年になります。
 それにしても、かつては当時的にもクラシックな建物でしたが、現在は本当にすごいホテルになりましたね。

2016年5月28日(土)
 映画「マクベス」MACBETHを見ました。マクベスって、あのマクベス? と思う方が多いでしょうが、まさにあの、シェークスピア作のマクベスです。なんで今、マクベスなんだろうと感じる方もまた、多いでしょうが、今年はシェークスピアの没後400年なんですね。そして原作のマクベスが書かれたのが410年前の1606年なんだとか。それを記念しての映画化製作ということでした。
 そんな4世紀も前に書かれた戯曲なのに、どうしてここまで普遍性がある作品なんだろう。本当に不思議です。シェークスピアには何か人知を超えた洞察力があったとしか思えないほどです。しかも、作品の舞台といえばさらに昔の11世紀、日本でいえば平安時代末の史実に基づいたお話です。しかしここで描かれるのは昔話ではなく、人間というものの心理の不思議さ、愚かしさ、脆さです。人生の先が見えないこと、行く末が分からないことが恐ろしいのは、あらゆる人間の本能的な恐怖でしょう。得体のしれない魔女の予言に突き動かされて、己の中の欲望に目覚め、悪事に手を染め、不安に押しつぶされて疑心暗鬼に陥り、ついには身を滅ぼしていくマクベス夫妻の物語は、21世紀になっても、おそらくこれから後の時代にも、目を背けたくなるほどの圧倒的な迫真力を持ち続けることでしょう。
 私は初めてこの戯曲を読んだとき、小学生だったのですが、マクベス、マルカム、マクダフと登場人物の名前が似通っていて、なんだか分からなくなった覚えがあります。しかし、これらの人物は中世のスコットランド王国で実在の人物名なので、仕方ありません。高校生時代に、当時、人気のあった文芸評論家・柄谷行人さんの評論『意味という病』を読んで、改めてマクベスの魅力に目覚めました。マクベスは自分で予言を成就させてしまうのだ、予言という、本来は空虚な言葉に自分で意味付けをしていくことで、予言が当たるのではなく、自ら予言を実現してしまうのだ、という見方に震撼した記憶があります。

 11世紀初めのスコットランド。ダンカン王(デヴィッド・シューリス)は外国の勢力と手を結んだ謀反人の攻勢に遭い危機に陥っていましたが、これを激戦の末に撃退したのが忠臣マクベス(マイケル・ファスベンダー)とバンクォー(バディ・コンシダイン)でした。2人は荒野で不思議な予言をする魔女たちと出会います。魔女はマクベスには「コーダーの領主」「王になるお方」と、そしてバンクォーには「子孫が王になられるお方」と呼びかけるのです。その直後、ダンカン王の使者が現れ、マクベスにコーダーの領主の地位を与える、と告げます。予言が当たった! ということは、次は自分が国王に・・・。それまで考えたこともなかった、自分の中の大それた欲望と野心が噴き出すのを抑えられなくなるマクベス。
 そんな折も折、ダンカン王はマクベスの領地を訪問することになります。マクベス夫人(マリオン・コティヤール)は夫以上に、自らが王妃となる野心を抑えられず、謀反をけしかけ、怯むマクベスに王の暗殺を唆します。
 ついにマクベスは王の寝所で、ダンカン王を刺殺し、その罪を現場から逃亡したマルカム王子(ジャック・レイナー)に着せます。王位継承者だったマルカム王子がイングランドに去った今、王家の血縁者であるマクベスは国王に指名され、戴冠します。
 しかし。国王になるという予言が当たった以上、次の予言もまた成就するに違いない。つまりマクベス夫妻の世継ぎが王位に就くことはなく、やがてバンクォーの子フリーアンスが王となるに違いない。マクベスはバンクォー父子も暗殺しようとし、バンクォーの闇討ちには成功しますが、フリーアンスは取り逃がしてしまいます。未来への疑心暗鬼に錯乱するマクベスと、その狼狽ぶりに動揺する王妃。不穏なものを感じた重臣マクダフ(ショーン・ハリス)はマクベス王に離反してイングランドにいるマルカム王子の下に身を寄せ、これに怒ったマクベスはマクダフの居城を奇襲。夫人(エリザベス・デビッキ)とその幼い子供たちを捕えます。こうして、さらなる悲劇へと物語は動いていきます・・・。

 配役は、ほとんどの出演者が英国出身である中で、主演の2人がドイツ人のファスベンダーと、フランス人のコティヤールというのが興味深いです。これがまた、英国勢で固めたシェークスピア劇という布陣であるよりも、テーマの普遍性を高めているように思われます。すでにこの2人の演技とチャレンジ精神は各所で絶賛されているようですが、当然と思われます。ことに、普通はかなりの悪女のように描かれるマクベス夫人ですが、コティヤールが演じることで単なる勧善懲悪的な安易なニュアンスではなくなる、という気がしました。
 元の戯曲は意外に短く(シェークスピアの戯曲の中でも最も短い方で、一説によれば、今に伝わっているものは、宮廷で演出するためのダイジェスト版であるかもしれない、といわれています)戦闘シーンのような派手な見せ場も少ないのですが、そのへんは映画らしく、凄惨な戦場のシーンを描きだし、なぜにマクベスがあのような心理状態であったのかを巧みに描き出すことに成功しています。一方で、本作でのセリフ回しは原作のままで、シェークスピアの書いた通りのセリフを使用しているようです。
 また、この映画では、通常は醜い老婆として描かれることが多い運命の魔女たちも、子供まで含めた編成で、割と若く、謎めいてはいるが綺麗な魔女たちになっております。これもかえって、マクベスの幻想なのか、現実なのかよく分からない「魔女の予言」というものを視覚化するうえで、効果的なのではないでしょうか。

 ところで、史実でのマクベス王は1005年生まれだそうです。この年、日本ではあの陰陽師・安倍晴明(あべ の せいめい)が亡くなっています。そして35歳の時に、従兄にあたるダンカン1世を殺害して王位を奪い、52歳で戦死しているようです。つまり、マクベス王は17年間も玉座にあったわけで、実はこの戯曲に描かれたような短命政権ではありません。その後、短期間、彼の養子が王位に就いた後に、ダンカン王の息子のマルカム3世が即位します。このあたり、戯曲は史実通りということになります。ちなみに、マルカム3世の時代に、イングランドではノルマン・コンクェストということが起こり、フランスから侵攻してきたウィリアム
1世がイングランド王位に就きます。ウィリアム王はマルカムとも戦い、これを破っています。
 戯曲の中でも主要人物であるマクダフとバンクォーについてですが、彼らは歴史学的に実在が確定している人物ではない、とされます。しかし17世紀の当時、出版されていた英国史の本には登場している名前で、シェークスピアは当時の通説に従って、このお話を創作したようです。バンクォーという人物は、11世紀当時の王家よりも古い時代の王家の流れを汲む人物とされ、彼の息子、フリーアンスについては、この人自身も父親が殺されてから数年後には、死んでいるとされています。つまり、戯曲でマクベスが懸念したような事態、フリーアンスが王になることはありませんでした。しかし、そのまた子孫が生き残ってスチュワート家を創始し、14世紀にスコットランド王家となってスチュワート朝を開いた、と伝承されているそうです。
 それで、シェークスピアがマクベスを書いた当時は、このスチュワート家の子孫であるスコットランド王ジェームズ6世が、チューダー家のイングランド女王エリザベス1世の崩御した後を受けて、イングランド国王ジェームズ1世として即位(1603年)した直後でした。つまりスコットランド王としてはジェームズと名乗る6人目の王様だったが、イングランドではそれまでジェームズという名前の王様はいなかった、ということです。エリザベス女王はヴァージン・クイーンとして独身を貫いたので世継ぎがなく、一方でジェームズの祖父はエリザベス女王の父ヘンリー8世の甥(つまりエリザベス女王の従兄)であり、イングランド王位を継ぐのに十分な資格がありました。こうして、イングランドとスコットランドの王家は統合され、18世紀のアン女王までの間、スチュワート朝が英国を統治しますし、その後にドイツのハノーヴァー選帝侯家から迎えられた現在の英国王室も、スチュワート家の血筋を引くことから王位を継承したわけで、まさにバンクォーの子孫が英国王室の祖となった、ということになります。
 ですので、シェークスピアとしては、スチュワート家のジェームズ国王がスコットランドとイングランドの王位を兼ねて君臨したことに対し、いわばヨイショの一種としてこの戯曲を書いたとも言えます。この戯曲を見れば、いかにスチュワート家がはるか昔から予言されていた王位継承者としてふさわしい家柄か、またいかにイングランドとスコットランドは昔から関係が深かったか、という内容になっているからで、そもそもの創作の動機は、「王朝が代わっても、引き続き劇場のスポンサーになって頂きたい」という程度のものだったのかもしれません。しかし、不朽の名作というのはえてしてそんなもので、シェークスピア本人の意図も越えた、人というものの本質に迫る、21世紀になってなお映画化されるほどの作品に大化けしてしまったのでしょう。


2016年5月21日(土)
 先日、東京芸大にて面白いコンサートがありました。
 簡単に言うと、人工知能AIが操る自動演奏ピアノです。自動演奏ピアノ自体は、よくホテルにおいてあるので驚くこともないですが、これはそういうカラオケみたいなものとは違います。まず1997年に亡くなっている巨匠リヒテルの演奏をAIが再現し、さらに生演奏するヴァイオリンやチェロなどの弦楽器奏者とタイミングを合わせて、その場でライブ演奏する、というのです。
 弦楽器の奏者も、あくまで自分たちのタイミングや店舗で演奏します。当然、その日によって早い日も遅い日もありますが、AIのピアノはこれに調子を合わせ、まるで人間のピアニストが、というよりも、リヒテルが蘇って合奏に参加しているようなことになります。
 ヤマハが開発中の技術で、この日はベルリン・フィルの奏者たちとライブを行いました。
 またAIが一歩、進んできていますね。これができるなら、ピアニストも失業・・・?
 この日はほかに、松下功先生(芸大副学長)の曲「音舞の調べ」に合わせて、ベルリン・フィルの人たちと和楽の奏者がコラボ、さらにこの曲に合わせてコシノジュンコ先生のファッション・ショーまで開催されました。
 なんとも先鋭的、実験的で充実した時間でした。

2016年5月12日(木)
 映画「キャプテン★アメリカ/シビル・ウォー」CAPTAIN AMERICA : CIVIL WARというものを見ました。シビル・ウォーと英語でいえば、「内戦」という一般名詞になりますが、しかし通常は、まずアメリカの19世紀の「南北戦争」を意味します。また英国では17世紀の清教徒革命時の「イングランド内戦」の意味でもあります。要するに外国の侵略軍との戦争でなく、同じ国民同士の内輪もめ、同士討ちの意味です。マーベル・コミックの世界では、日頃は味方として悪人や宇宙からの侵略者などと協力して戦っているヒーロー同士が、考え方の相違から同士討ちを始める物語が展開されており、本作はその枠組みを取り入れたものです。
本作はマーベル・コミックス・シリーズ「キャプテン・アメリカ」の3作目であると共に、「アヴェンジャーズ・シリーズ」を含めたマーベル・シネマティック・ユニバースの通算13作目に当たります。しかしまあ、2008年に「アイアンマン」が世に出てから8年の間に、13作品ですか。よく続くものです。
 実際、本作のパンフレットによりますと、シリーズ全体で、作中で死亡しておらず、今後も映画に登場可能なキャラクターが現時点で65人もいる、のだそうです。もちろん回想シーンや過去に遡った作品などを入れれば故人も登場可能なので、何人になるかわかりません。なんとも巨大な大河シリーズとなったものです。
 キャプテン・アメリカは第二次大戦中に登場したスーパーヒーローの最古参。アヴェンジャーズ・チームの司令塔です。だから彼の登場するシリーズは、映画化シリーズの中でも骨格に当たるストーリーになっており、今作もマイティ・ソーとハルク以外はアベンジャーズのメンバーが総出演しているので、全体の展開上からも見逃せない一本になっております。
 逆に言えば、本作はこれまでの作品を全然、見ていないと流れが分かりにくいと思われます。ごく簡単に振り返りますと、第二次大戦中にナチスの特殊組織ヒドラと戦うために超人として生まれ変わったスティーブ・ロジャース(クリス・エヴァンス)は、特殊作戦部の英国人将校ペギー・カーター(ヘイリー・アトウェル)と恋に落ち、「キャプテン・アメリカ」と名乗って連合軍の勝利に貢献します。作戦中に幼馴染のバッキー・バーンズ軍曹(セバスチャン・スタン)を失い、自身も事故により極地の氷の中で永い眠りにつきます・・・。
 66年後、目覚めたスティーブは、すでに年老いたペギーと悲しい再会をします。彼は世界を守るための超人集団アベンジャーズに参加し、かつてペギーが設立した組織の後身「シールド」の一員として働くことになります。しかし、シールドの中にはヒドラの残党が食い入っていること、さらにバッキーが生き残っていて、ソ連KGBに巣食っていたヒドラ残党の暗殺者となり、現在に至るまで人殺しを重ねている事実を知ります。シールドはヒドラの画策が露見して解散し、アベンジャーズはアイアンマンことトニー・スターク(ロバート・ダウニーJr.)の財力に頼った民間組織となります。しかし、トニーは個人的に地球を防衛するシステム「ウルトロン」を開発したものの、これが暴走。アベンジャーズは人類を滅ぼしかねないウルトロンを止めることに成功はしましたが、東欧の小国ソコヴィアを壊滅させてしまったのでした・・・。
 ということで、何度も人類の危機を救ってきた超人たちですが、そのために払った犠牲も大きく、特に1年前の戦いで一国を滅ぼしてしまったことは、多くの人々に疑問を抱かせることとなりました。本作はそこから始まることになります。

 アフリカはラゴスで、元シールド隊員でヒドラ残党であるラムロウ(フランク・グリロ)のテロを未然に防いだアベンジャーズ。しかしワンダ(エリザベス・オルセン)の少しのミスがもとで、多数の一般市民を犠牲にしてしまいます。これを契機に、アベンジャーズを野放しの任意組織として放置しておくことは危険だ、という声が高まり、世界中の国がヒーロー集団を国連の管理下に置く「ソコヴィア協定」を締結することで合意。かつて陸軍軍人としてハルクを追ったことのあるサディアス・ロス国務長官(ウィリアム・ハート)は合衆国政府を代表し、ヒーローたちに協定書への署名を求めてきます。トニーは真っ先に署名に同意し、軍人でもあるウォーバード(ドン・チードル)、ヴィジョン(ポール・ベタニー)、ナターシャ(スカーレット・ヨハンソン)もこれに賛成しますが、これまでの経験から組織というものに懐疑的なスティーブは署名を拒否。サム(アンソニー・マッキー)とワンダも署名を拒みます。そんな中、ロンドンでペギー・カーターが亡くなった、という連絡が入り、スティーブは葬儀で彼女の棺を担ぎます。この場でスティーブは、かつてシールドの諜報員として自分の監視役「エージェント13」だったシャロン・カーター(エミリー・ヴァンキャンプ)が、ペギーの姪にあたる事実を知り驚きます。
 ウィーンでは、国連加盟国の代表が集まり、ソコヴィア協定の調印式が行われます。ここで謎の犯人による爆破テロが起こり、演説中だったアフリカのワカンダ国王が死亡。王太子のテイ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)は復讐を誓います。
 爆破テロの実行犯は、監視映像からウィンター・ソルジャーことバッキーであることを知ったスティーブは、彼を止めるべく行動を開始。一方、バッキーを逮捕または殺すことを求めるロス長官の指令を受け、トニーはスティーブと鋭く対立します。こうして、自由な行動を求めるスティーブ派と、国連および政府の管理下に入ることを主張するトニー派に分かれて、ヒーローたちは争うことに。
ブカレストでバッキーに接触したスティーブは、彼がウィーンの爆破テロの犯人でないことを確信しますが、ついにファルコンともどもトニーたちに逮捕されてしまいます。
 そんな中、謎の男ジモ(ダニエル・ブリュール)が暗躍。彼はKGBでバッキーを暗殺者として使役していた旧ソ連軍大佐で、ヒドラ残党でもあるカルポフ(ジーン・ファーバー)から、バッキーを洗脳するための暗号書を奪取します。さらに1991年にバッキーが関与したある事件について執拗に追いかけます。その年は、かつてトニー・スタークの両親が何者かに殺害された年。一連の事件の背後であやしい行動をとるジモは何者で、何を企んでいるのか。そしてスティーブは旧友バッキーを守りきることができるのか。シビル・ウォーはテイ・チャラがヒーローとなったブラックパンサー、引退したはずのクリント(ジェレミー・レナー)、さらにアントマン(ポール・ラッド)、スパイダーマン(トム・ホランド)らも加わって、どんどんエスカレートしていきますが・・・。

 今回のキーパーソンであるヘルムート・ジモを演じたドイツ人俳優ダニエル・ブリュール。見覚えがあるなと思ったら、「戦場のアリア」でドイツ軍隊長ホルストマイヤー中尉を、「イングロリアス・バスターズ」ではドイツ軍のツォラー狙撃兵を演じていました。そんなわけなので、この人が英語で演技しているのを私は初めて見たことになります。それから、今回はおまけ的に登場したのが、スパイダーマンことピーター・パーカーの叔母メイ・パーカー役のマリッサ・トメイ。1992年のコメディー映画「いとこのビニー」でアカデミー助演女優賞を獲得している彼女ですが、今回はトニー・スタークから「美人過ぎるおばさん」と呼ばれています。確かに51歳になった今も綺麗ですね。トム・ホランド主演のスパイダーマンでは、彼女が今後も出演してくれるのでしょう。
 それと、お約束のマーベル総帥スタン・リーさんが今回もしっかりセリフのある役で出演しています。93歳だそうですが、お元気ですね。
 という具合で、たくさんのキャラクターが出てきて大変そうなのですが、非常に巧妙な構成になっているためでしょう、これだけ多人数が絡んでも話がややこしくならず、ストーリーの展開ももたつくことなく、最後までぐいぐいと引き込んでいくのは見事なものだと思います。アメリカでの批評家筋や観客の評価も非常に高いそうです。テロリズムと復讐の連鎖、正義の相対性、そして組織と自由との対立・・・大変に重い課題が一本、背景に通っており、単純な勧善懲悪ものではない重厚さがあります。本作では、シンプルに倒していいような悪人、というのは出てきません。みなそれぞれの信念があり、想いがあって行動しており、その人の立場に立てば、こういう話にもなるだろう、と共感させられる部分が必ずある。みんな傷があり、苦悩があり、悲劇を背負っている、そういう描き方。混沌の現代ではヒーローものもこれほど深化するものなのでしょうか。
 といいながら、そこは娯楽作品で、笑えるシーンも実はかなり盛り込まれています。決して重々しいばかりの作品ではありませんが、見ごたえは相当にヘビーでもあります。単純明快なヒーローものだと思って甘く見ると、重い手応えに驚かされるかもしれません。


2016年5月06日(金)
 今年度アカデミー賞で、レオナルド・ディカプリオが念願の主演男優賞を初受賞、さらにアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督が「バードマン」に続き2年連続の監督賞、エマニュエル・ルベツキ撮影監督が、「ゼロ・グラビティ」「バードマン」に続いて3年連続の撮影賞という快挙ずくめとなった「レヴェナント 蘇えりし者」THE REVENANTを見ました。本編2時間37分、予告などを入れると3時間近くかかる長編なのですが、もう素晴らしい計算しつくされた映像と緩みない構成、そしてディカプリオはじめ出演者の熱演で、一瞬も目を離せないまま、全く気が抜けないまま、最後まで見てしまいました。
 ドキュメンタリー映画のように、長回しのカメラが食らいつくように俳優の演技をとらえていきます。これ、ルベツキ撮影監督の得意技でして、2006年の話題作「トゥモロー・ワールド」などで、息もつかせぬ凄惨な戦闘シーンを10分以上もワンカットで収めるというのが話題になりました。本作も特に、冒頭で主人公たちの一行がネイティヴ・アメリカン(いわゆるインディアン)のアリカラ族から奇襲を受けるシーンがあるのですが、もうここからしてすごいです。観客は一瞬にして密林の中の戦場に叩き込まれ、出演者たちと共に、音もなく飛来して命を奪う矢や投げナイフの恐ろしさに身震いすることになります。
 本作は、19世紀前半の伝説のトラッパー(罠猟師)で、クマに襲われて負傷し、仲間に見捨てられたけれど不屈の意志で生還した、というヒュー・グラントの有名な実話をもとにした作品です。アメリカではこの伝説は著名なので、この話の映像化は、これまでも何度もされているようです。ただ本作は、史実そのもの、でもなくて、社会派として知られるイニャリトゥ監督は、非常に厳しい文明批評的な、また差別と非寛容を主題とした哲学的な内容に仕上げています。舞台の設定である1823年は、欧州でのナポレオン戦争のどさくさにまぎれ、英軍がインディアン諸族と組んでアメリカ合衆国と交戦した1812年戦争の余韻が冷めない時期です。インディアン諸族も、英国と組むもの、フランスと組むものなどさまざまな戦略の元で動いており、アメリカ白人との間の関係は険悪さを増していた時代です。一方でナポレオン戦争の結果、独立したメキシコとの関係も、徐々に悪化して行ってあのアラモの戦いに繋がっていく、というような時代でした。かといって、まだ南北戦争の動乱もゴールド・ラッシュもかなり先の話です。本作で登場人物たちが手にしているのはマスケット銃で、いわゆる西部劇のガンマンたちが使っているような、性能の良いライフル銃ではありません。だから、典型的な西部劇、ではなくて少し前の時代の史劇、ということになるかと思います。

 1823年、ミズーリ川周辺で行動していたアンドリュー・ヘンリー隊長(ドーナル・グリーソン)率いる毛皮猟隊の一行は、娘を白人に拉致されて怒りに燃えているアリカラ族の族長エルク・ドッグ(デュアン・ハワード)の部隊に奇襲され、全滅の危機に瀕します。案内人のグラス(ディカプリオ)は隊長に対し、毛皮を運ぶための舟を放棄して、安全な砦まで山越えする案を進言。しかし、ポーニー族の母親との間に生まれた息子ホーク(フォレスト・グッドラック)を連れているグラスに対し、ヘンリーの補佐役であるベテランのフィッツジェラルド(トム・ハーディ)は強い偏見を抱いており、グラスの案に反対します。ヘンリー隊長はグラスの意見に従うことに決めますが、フィッツジェラルドはグラス父子へのわだかまりを隠そうともしません。
 しかし山中にて、子育て中で気が立っている親グマに出会ってしまったグラスは、死闘の末にクマを倒しますが、自らも瀕死の重傷を負います。このままグラスを連れて山越えをするのは無理だと判断した隊長は、ホークと、グラスを慕う若者ブリジャー(ウィル・ポールター)、それに高額な割増金につられたフィッツジェラルドの3人を残し、最期までグラスの面倒を見て、亡くなったら手厚く埋葬するように命令し、ほかの者を連れて出発します。
 当然ながら、フィッツジェラルドはグラスの面倒を見る気など初めからなく、人目を盗んでグラスを殺そうとしますが、ホークに見られてしまい失敗。そこで、口封じのためにホークを殺害し、その場にいなかったブリジャーには嘘をついて、アリカラ族が襲撃してくる、と信じ込ませ、2人でグラスを捨てて逃げ出します。絶体絶命のグラスは、息子のかたき討ちをするという復讐の一念だけで生き延びようと苦闘しますが、それは想像を絶する過酷な旅になろうとしていました・・・。

 ということで、いかに本作が映像も物語も演技も素晴らしいか、というのはすでに多くの人が語っていることでしょう。そこで、私は自分の肩書である服飾史家・戦史家・歴史家としてそれらしいことを書くことにしますが、まず本作の背景にあるのが、当時のアメリカ・カナダの毛皮猟。当時は毛皮の帽子が非常に欧州でもアメリカでも流行していました。1815年にナポレオンを破った英国近衛兵は、フランスの精鋭部隊にならい、勝利の記念にあの黒い毛皮の帽子を被り始めますが、そのように豪華な毛皮帽はエリート兵士の象徴であり、軍用として人気がありました。また一般の紳士も、この時代にはビーバーの毛皮を使ったトップハットを被っていました。そんなことで、ナポレオン戦争で荒廃していた欧州から、手つかずの自然がある新大陸には、毛皮の発注が引きも切らなかった。もちろんアメリカ本国の上流階級もしかりです。いい毛皮は驚くほど高値で売れました。ゴールド・ラッシュの前には、毛皮が宝の山だったわけです。
 そこで、1812年戦争でミズーリ民兵隊の英雄として知られたウィリアム・H・アシュレー准将が、同じくこの戦争で火薬や弾丸の納入者として活躍し、軍人としても有名だったアンドリュー・ヘンリー少佐(つまりこの映画に出てくるヘンリー隊長)と1822年に設立したのが、「ロッキー山脈毛皮会社」という会社。アシュレー将軍はこの会社のために、腕の良い探検家や毛皮猟師、特に罠猟師を公募し「アシュレー100人隊」などと呼ばれる精鋭を集めました。この中に、実在のヒュー・グラスや、当時まだ19歳の若者だったジム・ブリジャーなどがいたわけです。そして、グラスを見捨てた張本人のトマス・フィッツパトリックも。おや、ちょっと名前が違うじゃないか、とお思いでしょう。その通り、映画でトム・ハーディが演じたのはジョン・フィッツジェラルド。だから史実のフィッツパトリックとは違う、ということです。
 というのも、史実では1823年のヘンリー少佐率いる探検隊に参加したグラス、ブリジャー、フィッツパトリックは、実際にグラスがクマと格闘して負傷し、ブリジャーとフィッツパトリックが逃亡したのは本当で、その後、グラスが奇跡の生還を遂げたのも事実らしい。しかし、復讐するために2人を追い詰めた際、グラスは結局のところ、この2人を許してやった、というのが史実らしいです。
 結局、3人ともその後も生きていたようで、グラスは1833年にアリカラ族とのトラブルで殺されています。フィッツパトリックは毛皮会社を辞めた後、軍に入隊して兵士となったようで、グラスが復讐をやめたのも、現役軍人を殺すのはリスクが高いから、だったとか。ジム・ブリッジャーは1830年代から40年代にインディアン女性3人と結婚し、子供も何人ももうけたそうで、その後も西部開拓時代の著名な冒険家、ガイドとして軍の斥候などで活躍し、1881年まで生きたといいます。
 その後、欧州での流行は毛皮帽から、ビーバーの毛皮の代わりに絹の生地を用いたトップハットに変わりました。つまり、いわゆる「シルクハット」というものです。また軍隊でも英国の近衛兵のような特別な部隊を除き、一般の部隊では大げさな毛皮帽は急速に廃れました。これが1830年代から40年代にかけてのこと。この流行の変化に加え、競合する毛皮会社も多数、設立されたために、あえなくアシュレー将軍のロッキー山脈毛皮会社も1834年ごろに廃業してしまったようです。ヘンリー少佐はその前に会社から身を引いていた模様です。すなわち1823年の探検では最後まで無事だったし、その後も元気だった。1832年ごろに亡くなったようですが、史実では、1823年の探検当時、すでに40歳代後半の堂々たる将校で、映画に出てくるような経験の浅い青年、という人ではなかった模様です。
 さて、ディカプリオの熱演はいうまでもありませんが、ほかの出演者も9か月に及んだ過酷なカナダとアルゼンチンでの野外ロケによく耐えたな、というのが正直な感想です。照明を使わず、すべて自然光で撮ったという映像は本当にすごいものです。本作撮影時、カナダは暖冬で雪が少なく、本作の主要な部分は実は南米アルゼンチンで撮っている、とのことです。
 今回の敵役であるトム・ハーディは、今や「マッドマックス」役者。近年、立て続けに話題作に出て大活躍していますね。ヘンリー隊長役のドーナル・グリーソンはスター・ウォーズ最新作でもハックス将軍という重要な役どころを演じていました。ブリジャー役のポールターは「ナルニア国物語」シリーズで子役として一躍、名を知られるようになり、その後は引っ張りだこになっている若手の有望株。「メイズ・ランナー」でも大事な役に抜擢されていました。決して二枚目俳優ではないですが、映画作りに欠かせない演技派として大物になりそうな予感がします。そのほか、今作では多数のネイティブ・アメリカンやカナディアンが出演していますが、出身部族は必ずしも設定どおりじゃないのですが、皆さん本物の人たち。映画の重厚さ、リアリティーを増しているのは、こうしたネイティヴ系の役者さんたちの好演だと思います。
 アメリカ本国でも18世紀後半の独立戦争と、19世紀後半の西部開拓時代および南北戦争の動乱期に挟まれて、意外に知られていない19世紀前半、西部開拓時代の前史。スペイン人侵略者と現地の人の混血化が進んで成立したメキシコ出身のイニャリトゥ監督が描く北米史の一断面、というものが非常に興味深い一作だったのではないでしょうか。


2016年5月01日(日)
GW皆様いかがお過ごしでしょうか。けっこう肌寒いですね、今年は。北海道などこの季節に積雪だそうですが。さて、私は「フィフス・ウェイブ」(The 5th Wave)という映画を見ました。主演はクロエ・グレース・モレッツ。原作はアメリカで人気のヤングアダルト小説ということで、近年よくある、若者を主人公にした近未来ディストピアものの一つです。基本的には宇宙人による侵略もの、なのですが、「宇宙戦争」とか「インデペンデンス・デイ」とか、「宇宙戦艦ヤマト」のように、異星人が大艦隊を送り込んできて、正面から堂々の侵略戦争をするタイプの話ではありません。どちらかといえば「寄生獣」とか「遊星からの物体X」「光る眼」「ボディ・スナッチャー」といった、徐々に人類の中に異星人が紛れ込んで、いつのまにかすりかわっていく「浸透型」の侵略タイプの作品です。しかしその「浸透作戦」は最後の仕上げで、その前段に何回も攻撃の波「ウェイブ」があるのが、この作品の特色と言えます。
この映画に出てくる異星人は「アザーズ」と呼ばれています。つまり「よそ者、ほかの奴ら」です。いかにも招かれざる客、というニュアンスです。このアザーズは、突然、地球の軌道上に巨大な母艦を出現させ、しばらくは不気味に沈黙しておりましたが、まず第1波として電磁波攻撃をしてきます。これで地球の電気はすべて止まり、飛行機は落ち、車も停止し、コンピューターもスマホも使用不能、水も生活用の電源もライフラインはすべて遮断されます。今の日本などの地震災害を見ていても、これだけでほぼ、現代人の文明はアウトになるのは目に見えています。そして第2波は、巨大地震と大津波。世界中の島嶼部と沿岸部の都市は壊滅します。これで日本も山間部以外は全滅したことでしょう。第3波は鳥インフルエンザ。強毒性のウィルスを蔓延させ、人類が死滅するのを待ちます。ここまでで、設定では「人類の99%」が死滅したということになっております。ここにきて第4波が、「浸透作戦」です。生き残った人類のコミュニティーに異星人が忍び込み、一見すると人間かアザーズか分からない疑心暗鬼の中で、人類は自滅の道をたどります。そして仕上げの「第5の波」フィフス・ウェイヴが、完全な人類の絶滅を意図して開始される・・・そういう流れになっております。
 なんだか回りくどい侵略だな、と思う反面、慎重かつ高等な異星人ならやりそうな手にも思えます。極力、自分たちの手を汚さない、直接の侵略をしない、そして「人類だけを駆除し、人類以外の地球環境は出来るだけ保全する」作戦、なんだということです。基本的に災害や病気といった、地球ですでに人類が経験しているような手が使用され、そして人類は対処できません。第4波以後も、実際に自分たちが浸透して乗り込んでくるのではなく、本当のところは疑心暗鬼を招いて、人類が勝手に同士討ちを始めて自滅するのを待つ作戦、ということのようです。下手に自分たちの兵器や技術、戦法を人類に見せてしまうと、反撃に使われる可能性もあります。間もなく公開の「インデペンデンス・デイ」の続編では、20年前の異星人のテクノロジーを研究して、人類の軍備も革新されている、ということになっています。こういうことを防ぐために、この作品では人類を掃討するためのやり方も人類自身の発明した、おそらくアザーズたちから見れば超旧式の地球の銃や弾薬を用いることが基本となっている、というのが興味深いです。

 アメリカ・オハイオ州の閑静な街に住む平凡な女子高生キャシー・サリヴァン(モレッツ)。親友のリサとおしゃべりし、アメフト部のスター選手ベン・パリッシュ(ニック・ロビンソン)に憧れているものの、うまく接近できずに悩む。自分はサッカー部に所属しているけれど、あまり才能があるとも思えない。家族思いで頼りになる父オリバー(ロン・リヴィングストン)と、看護師としてバリバリ働く優しい母リサ(マギー・シフ)、5歳のかわいい弟サム(ザッカリー・アーサー)と共に暮らす4人のサリヴァン一家の何でもない日常。こんな生活がずっと続くと思っていたのですが・・・。
 ある日突然、地球の周回軌道上に出現した巨大な異星人の宇宙船。「アザーズ」と呼ばれるようになった彼らの母艦は、ちょうどオハイオ州の上空で停止します。脅える人々。だが実際の攻撃は苛烈を極めるものでした。ある日突然、襲ってきた第1波、電磁波攻撃で、人類の文明は崩壊。第2波の地震と津波でほとんどの都市は壊滅します。内陸のオハイオ州は海こそないのでそこまでひどいことにはなりませんでしたが、キャシーとサムにはエリー湖の水が襲ってきて、危うく命を落としかけます。そして第3波。ウィルスに感染して続々と人が死んでいきます。親友のリサは施設に隔離され、さらに看護師である母リサも亡くなります。
すでに人類の99%は死滅し、内陸部でわずかに生き残った人々は難民キャンプを築き、開拓時代に戻ったような共同生活で生き延びようとします。そこに突然、やってきたのがヴォーシュ大佐(リーヴ・シュレイバー)率いるライト・パターソン基地の陸軍部隊。アザーズの攻撃で車が使えないはずなのに、なぜこの陸軍部隊は平気なのか、といぶかる声もありましたが、すぐに「これで助かった」という安堵に。しかしそれも束の間、ヴォーシュが皆を絶望させるようなことを言い出します。アザーズの第4波が始まったのだ、と。それは地球人の中にアザーズが浸透し、身体を乗っ取り、地球人に成りすます作戦だというのです。疑心暗鬼に陥った大人たちは暴動を起こし、軍の部隊も交えた銃撃戦となって全滅。ここでオリバーも亡くなります。
 ヴォーシュは子供だけを選抜して、ライト・パターソン基地に連れて行きます。弟サムとはぐれ、父を失って一人ぼっちとなったキャシーは、気丈にも父の形見の拳銃と、軍の部隊が放棄していった自動小銃を手に、弟を取り戻すために基地を目指しますが、途中でアザーズの操る狙撃者に銃撃され、負傷して意識を失います。1週間後、気が付いた彼女は、自分が謎の男エヴァン(アレックス・ロウ)に助けられたことを知ります。
 一方、サムは基地でアザーズに反撃するための少年兵部隊に入れられてしまいます。サムの上官である分隊長は、あのベン・パリッシュでした・・・。

 ということで、実はクロエ・グレース・モレッツの成長ぶりが見たい、という動機で見たので、お話にさほどの期待はしていなかったのですが、良くできていましたよ。第4波までが長い、という声もあるようですが、この波状攻撃そのものが本作の特徴ですから。人類を十分に減らした後からでないと、第4、第5の攻撃はしないアザーズたちですからね。
 クロエは「キック・アス」からもう10年たつのですが、相変わらず映画の中で存在感がある人です。人を引き付けるものがありますね。超人的な「ヒット・ガール」とか「キャリー」と違い、なんでもない平凡な女子高生、という役どころはむしろ珍しいのですが、これが新境地となるかもしれません。5歳でデビューしてから芸歴すでに15年ほど。子役から大人の俳優になるのはなかなか難しいものですが、この人はうまくキャリアを重ねているようです。ベン役のロビンソンは「ジュラシック・ワールド」に出て有名になりました。それから英国からまた有望な俳優が出てきました、謎の男エヴァン役のアレックス・ロウ。これは人気が出てくるかも。それから、ベンの分隊の隊員リンガー役を演じたマイカ・モンローも注目の女優で、まもなく公開の「インデペンデンス・デイ」の続編にも出演しているそうです。
 最後は、明らかに「続く」という感じの終わり方ですが、続編の予定があるのでしょうか。実際、あの後、どうなるのか気になってしまうエンディングでした。


2016年4月28日(木)
 千葉県柏市に立ち寄ったので、本当に久しぶりに「柏そごう」に行ってみました。秋には閉店と聞いていますが、かつて柏市民で、その前には茨城県に住んでいた時代がある私としては、非常に懐かしく、閉店が残念でもあります。跡地が何になるかも、まだ分からないようですね。

2016年4月27日(水)
 お知らせです。2012年1月に刊行しました『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)ですが、2016年4月末現在、在庫が完売したために再増刷の準備中です。これを機に、若干の加筆や絵の修正なども検討しておりますが、もうしばらくお待ちいただければ、と存じます。

2016年4月21日(木)
 ちょっと間が空いておりました。今日は、銀座の「熊本館」に行ってみました。ほとんど品切れている、という情報が流れたのか、午後5時ごろに行ったところ、店内は空いておりました。ところがまさにそのとき、店員さんが「たった今、入荷しました!」といって持ってきたのがご存じ「くまもん」のぬいぐるみ(1994円)。これも昨日はいったん、品切れしていたそうですが、本日、再入荷したそうです。それで、このぬいぐるみを買って、ついでに些少ながら募金もしてきました。
 しかし、ほかの食べ物などは、今日現在はほとんど欠品していました。
 ◆  ◆  ◆
 実はこのところ、ちょっと風邪をひいて体調を崩しておりました。そこに熊本地震。言葉を失って本日まできてしまいました。
 ところで、今日、夫婦で出かけたのは、銀座に行く前に、ある出版社さんに原稿を入稿したのでした。ここしばらく、玲子は缶詰めになって絵の着色にかかりきりになっており、それで熊本館にもすぐに行かれなかった次第です。
 この新刊の原稿、4年もかかって仕上げましたが、ついに入稿となりました。間もなく、どんな本になるかをご紹介できると思います。

2016年4月07日(木)
 千葉県の浦安市には、駅前の順天堂病院前から川に沿って続く、その名も「さくら通り」という道があり、道の両側が延々と桜並木になっております。きのう夜桜を見てきました。このところ気温も上がらず天候不順ですが、この日はまずまずの天気でした。

2016年4月06日(水)
 お知らせです。きょう4月6日発売の小学館「メンズプレシャスMEN'S Precious」春号の中の特集「紳士のためのミリタリー・アウター」の143ページに、わたくし、辻元よしふみの文章が掲載されています。タイトルは「男心をくすぐる! ミリタリー・アウター進化論」です。ぜひご一読くださいませ。

2016年4月06日(水)
 このところ寒の戻りというのか、結構、肌寒い日が続きました。様子見していたらしい我が家の鉢植えの桜もようやく、咲いてくれました。毎年、咲いてくれるのが嬉しいです。

2016年3月31日(木)
 いよいよ3月も終わり、新年度ですね。先週まではまだ冬のコートが必要な寒気が残っていましたので、桜も今日あたりから本気で開き始めたようですが。我が家では一足先に、今年も洋ランが咲いています。

2016年3月25日(金)
 イアン・マッケラン主演の「Mr.ホームズ 名探偵最後の事件」Mr.Holmesという映画を見ました。サー・アーサー・コナン・ドイルの原作によれば、名探偵シャーロック・ホームズは、1878年ごろから元軍医のジョン・ワトスンと組んで、ロンドンはベーカー街221Bの事務所を拠点に活躍し、ワトスンの書いたホームズものの作品で一躍、有名人になりますが、仇敵モリアーティ教授との戦いの後に失踪。その後に活動を再開し、ワトスンが結婚してホームズの元を離れると、1904年頃には探偵業を引退し、サセックスの田舎で養蜂業を営んだことになっています。しかし、1914年の第1次大戦の時期には、政府に乞われて復帰し、ドイツのスパイ組織を相手にまたも活躍。国王からサーの称号を授かる話もあったのですが、辞退したようです。戦後はフェイドアウトして、いつしか忘れ去られていった・・・そういう感じです。
 さてそれで、本作の舞台というのはなんと、第2次世界大戦後の1947年。ホームズはまだ生きていて年齢も93歳! そして、第1次大戦の後の1919年に、彼が完全な引退を決めた痛恨の「未解決事件」の顛末を振り返っていく・・・そんな流れになっています。

 第2次大戦終結から2年がたった1947年。サセックスの田舎に向かう汽車に、93歳のシャーロック・ホームズ(マッケラン)の姿がありました。ホームズは、敗戦後の焼け野原の日本まで行って、梅崎氏(真田広之)の世話になり、記憶力の減退を抑えるのに効果があるという山椒の木を手に入れ、戻ってきたのです。
 久しぶりに家に戻ってみると、家政婦のマンロー夫人(ローラ・リニー)は相変わらず気が利かず、その息子のロジャー(マイロ・パーカー)は留守中に勝手にホームズの書斎に入り、書きかけの回顧録を読んでいたことを知ります。しかし、ホームズはロジャーが非常に高い知性の持ち主で、素晴らしい推理力と理解力を持っていることに気付き、気に入ります。
 ホームズが書いている回顧録というのは、30年近く前、1919年に彼が手がけた最後の事件に関するものです。実は少し前に、ホームズの兄で、英国政府で秘密の任務に就いていたらしいマイクロフト・ホームズ(ジョン・セッションズ)が亡くなり、彼が日々を過ごした「ディオゲネス・クラブ」に残された遺品に、かつての相棒ワトスンが書いたホームズものの作品集がありました。ホームズは改めてそれを読み返し、彼が完全引退を決めた1919年の「ケルモット事件」に関する記述が、どうも自分の記憶と合わない、と感じました。さらにワトスンの小説を基にした映画も見ましたが、鹿撃ち帽を被ってインバネス・コートを羽織ったホームズ役の俳優(ニコラス・ロウ)に違和感を持ったばかりか、事件の結末も全く真相と異なっている、と思ったのです。
 しかし、ホームズは記憶力が急速に減退していました。主治医のバリー医師(ロジャー・アラム)が心配するほどの症状で、もはや目の前にいる人の名前すら思い出せない状況。だからこそ、はるばる日本まで行って、特効薬とされる山椒の木を手に入れようとしたのです。
 老いたホームズは、ロジャーを助手代わりにして、「最後の未解決事件」をなんとか復元しようと悪戦苦闘します。記憶の中では、トーマス・ケルモット氏(パトリック・ケネディ)の依頼で、アン・ケルモット夫人(ハティ・モラハン)の行動を尾行し、アンが夫に無断で入り浸っていると思われる音楽家シルマー夫人(フランシス・デ・ラ・トゥーア)の身辺を探っていたところまでは、ワトスンの小説や映画と一致しています。でも、結末が違う。しかしその肝心の結末が、思い出せないのです。どうして自分は探偵業を引退することになったのか、その一番、大事な部分が思い出せないことに、ホームズは苛立ちます。
 一方、急速にホームズに接近していくロジャーの姿は、母親であるマンロー夫人を不安にしました。彼女はホームズには秘密裏に、転職先を探し始めます。そして、ロジャーと共にホームズの下を離れ、ポーツマスのホテルの従業員になる決意を固めるのでした・・・。

 19世紀末のヴィクトリア女王の時代に全盛期だったシャーロック・ホームズ。彼の二つの「戦後」が描かれているのが興味深いです。第1次大戦が終わった後の1919年当時、すでにトップハット(いわゆるシルクハット)を被り、フロックコートにボタンアップ・ブーツを身に着けた初老のホームズのいでたちは、かなり時代遅れだったと思われます。そして、第2次大戦も終わった1947年、英国の描写では、まだドイツ軍の爆撃機の破片が野原に見られる状態で、梅崎の招きで赴いた日本では、進駐軍が跋扈しており、原爆の緒とされた広島は一面の焼け野原、という状態。ヴィクトリア時代の英国紳士然としたホームズは完全に浮いた存在です。そんな中で、最後の自分探しに挑むホームズ。名探偵の最後の敵は、自分の老化であった、というのが非常にユニークです。
 特にホームズと日本の関わり、というのが驚かされる本作の内容ですが、原作でもホームズは、日本の武術を身に付けており、そのためにモリアーティ教授との戦いでも死なずに済んだ、ということになっています。戦後の日本を描く描写がなかなかの力の入りようで、闇市に群がる人々、復員兵にGIたち・・・ちょっと日本人から見ると、それでも「?」という部分もあるのですが、よくこれだけやるな、という気がします。実際に日本でロケしているそうです。
 梅崎氏の失踪してしまった父親にまつわる謎、というのが物語の中で並行して語られるのですが、これはどうも兄マイクロフトがらみの話であった、という流れになっており、マイクロフト・ホームズは要するに、後のMI6のような秘密組織を統括していたのではないか、という描き方が興味深いです。大いにありそうな話です。
 なんといってもマッケランの「老け演技」がすごいです。初老時代の演技とは全く異なるのですが、見事ですね。それにロジャー役の子役マイロ・パーカー君が素晴らしい。映画出演4作目だそうですが、これは注目されそうです。映画の中でホームズ役を演じるのが、「ヤング・シャーロック」でホームズ役だったニコラス・ロウだ、というのも面白いです。
 原作シリーズへの敬意と理解をしっかり表現しつつ、誰も見たことがないホームズの晩年を描く、というかなり困難な内容なのですが、出演陣の確かな演技力でしっかり見せています。いわゆる老人問題を描いた作品としても秀逸です。どんなに優秀な頭脳も衰えるのですね。辛口で知られる映画批評投稿サイト「ロッテン・トマト」でも、本作は非常に好意的に取り上げられているそうです。
 衣装の部分では、やはり1919年のホームズのフロックコート姿が素晴らしい。1947年のホームズが、相変わらず付け襟式のシャツを着ているのも興味深いです。梅崎氏役の真田広之の着ているダブルの背広も見事なものですね。


2016年3月22日(火)
 各報道によりますと、SF小説の新人賞である「星新一賞」に、人工知能(AI)が執筆した作品が1次選考を見事に通過した、とのことです。
 とうとう、こういう時代が来てしまいました!
 つい先頃、囲碁の世界でもすでにAIが人間の能力を凌駕しつつあることが明白になりましたが、本当に早い。みんなが予想していたよりもペースが速い、と感じませんでしょうか。
 2014年に公開された映画「トランセンデンス」は、まさにAIが人類の能力を超える時代を予想した内容でしたが、はっきり言ってあまりヒットしませんでした。でも、ほんの2、3年、公開が早すぎたのかもしれません。今年の公開ならもっと、切実なものがあったのかも。
 小説の新人賞公募に応募したことのある人なら誰でも分かることですが、1次選考を突破するのはきわめて大変なことです。普通はそこまで行きません。
 人間の作品よりいい出来栄えの作品を生み出すのも、時間の問題でしょうね。
 これまで、コンピューターの能力向上で、人間の仕事が奪われる、という話題では、割と単純な作業が議論の対象になっていました。
 しかし、これからは、人間でしかできない、とされていたことのほとんどが代替される可能性が出てきたと思います。非常に高度であるようで、実際にはパターン的な要素が強い仕事は意外に多いと思います。作家、記者、医師、弁護士や裁判官、株のトレーダー、パイロット・・・こういった、今まで難しい仕事だから待遇が良かった仕事、というのも脅かされるでしょう。
 今の子ども達はどうなってしまうんでしょうか? ちなみに、今の時代に必死に学ばれている英語の勉強なんていうものも、あと10年とか20年のうちに、そんなに重要でなくなるのは確実ですね。翻訳なんてAIにとってはむしろ、得意技でしょうから。

2016年3月12日(土)
 3月も半ばになって、冬の寒気が最後の意地を見せている感じのこの頃。気温が上がったり下がったり、体調を崩しそうですね。さて私は・・・いろいろなんだかやっておりますが、こういうところでご報告するほどでもない感じでしょうか。そこで記念写真を・・・これ、一目でどこだかすぐに分かる方はすごいです。ここは市ヶ谷の防衛省の中庭です。

2016年3月03日(木)
 3月3日は桃の節句、ですが私はそれとは何の関係もなく、赤坂のホテル・ニューオータニにある東都クリニックにて、心臓ドックを受けてきました。まあ半世紀ほど生きてくると、エンジンにもいろいろ老朽化が・・・。せっかくなので、同ホテルのメイン館に一泊しました。

2016年2月29日(月)
 米国アカデミー賞は、あの「マッドマックス」がなんと6冠となったそうですね! 娯楽作品でこれだけ評価されるのは非常に珍しいです。何十年もかけて復活させた執念が実った感じですね。執念といえばレオナルド・ディカプリオさんが「レヴィナント」でついにオスカー受賞というのも、もう5回目のノミネートだっただけに嬉しいでしょうね。すごい演技派なのに、なぜかアイドル枠に入れられて貰えなかったレオ様ですが、これで晴れてオスカー俳優です。アレハンドロ・イニェリトウ監督の2年連続受賞というのも快挙ですね。エンニオ・モリコーネさんが今になって、すでに貰っている名誉賞ではなく、作曲賞を受賞、というのもすごいことです。それから007の新作も主題歌賞をとって一角に食い込んだようですね。
 今回は、黒人の候補者が一人もいない、不公平だということで話題になりました。そのへんは米国内の今の雰囲気を現しているのかもしれませんが、結果を見るに、なかなか興味深いものになった感じがします。
 ところで、今回の写真は、先日のコシノジュンコ先生の祝賀会の後、会場にお祝いの花が多数あったのですが、帰りがけに、このまま捨ててしまうのはもったいないので、少し持って行って、と言われたので、いただいた百合の花などです、つぼみだったのが綺麗に咲きました。いい香りがします。

2016年2月27日(土)
 このほど東京・六本木のハイアットホテル東京で、ファッション・デザイナー、コシノジュンコ先生がポーランドのウッジ美術大学から名誉博士号を授与されたことを祝う会が催され、私ども夫婦も末席を汚して参りました・・・。
 ポーランドのコザチェフスキ大使から学位記を受け取ったコシノ先生は満面の笑顔。発起人を代表して安倍昭恵・総理夫人が挨拶され、稲田朋美・自民党政調会長や東京芸大の松下副学長といった方たちがひな壇に並びました。その他、まことに錚々たる方々が列席されて、私どもなど場違いかな、と思いつつ、あつかましくも楽しい時間を過ごさせていただきました。
 先生と記念撮影もさせていただきました。まことに素晴らしい会でございました。
 

2016年2月26日(金)
 「SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁」SHERLOCK : The Abominable Brideという映画を見ました。これは正確には、ベネディクト・カンバーバッチとマーティン・フリーマンが共演し、英国BBC放送で製作されている人気テレビシリーズの番外編、です。今年の元日に本国で放映され、特典映像を加えて4週間限定で劇場公開されています。このため、あくまでテレビ番組なので公式パンフレットは制作されていません。
 今や飛ぶ鳥落とす勢いで、断りきれないほどのオファーが舞い込む人気者となったカンバーバッチと、「ホビット」シリーズのビルボ・バギンズ役で映画史に名を刻んだフリーマンですが、2人にとって出世作となったのがこの現代版シャーロック・ホームズでした。気難しく変わり者の探偵ホームズは、もし現代人なら異常者に分類されるのでは、という見方を示し、現代に生きるホームズなら、スマホやPCを駆使してどんな謎解きをするだろうか、という斬新な描き方がこの現代版のヒットの理由でした。
 ところが、今回の特別版では、その2人のコンビが本来の19世紀末、ヴィクトリア女王治世のロンドンに戻って活躍する、というのだからまさに逆転の発想、英国の視聴者を大いに驚かせました。
 当然、「あのシャーロック・ホームズとドクター・ワトスン」なわけですから、トップハットや鹿撃帽を被ったホームズや、髭を蓄え、山高帽を被ったワトスンが登場するわけです。それがやっぱり決まっている! 正直に言って、カンバーバッチはこの19世紀のコスチュームの方がずっと似合っていますね。フリーマンも然りです。こういう特別篇はこれっきり、というお話ですが、ぜひこのシリーズの枠を超えて、正統派のホームズものを同じ2人で作ってほしい気がします。
 ところで、サー・アーサー・コナン・ドイル原作のホームズ・シリーズの原作小説の中に、『忌まわしき花嫁』というものはありません。これは今回の映画化のために特別に作られたストーリーですが、かといって全く根拠もないオリジナルでもありません。では何が元ネタかと言えば、『マズグレーヴ家の儀式』(1893年発表)という話の冒頭に出てくる、「このころ、ホームズは〇〇とか××といったいろいろな事件を扱って解決していた」といった形で名前だけ紹介される事件、いわゆる「語られざる事件」というものの一つだそうです。ホームズものは基本的に、ワトスン医師が小説化して世に発表している、という形式になっており、ホームズの担当したすべての事件を発表しているわけではないよ、ほかにもいろいろあったけれど、事情があってまだ書いていない事件がたくさんあるよ、といった前振りがよく冒頭に置いてあります。で、その中に「蟹脚のリコレッティとその忌まわしい妻の全記録」a full account of Ricoletti of the club-foot, and his abominable wifeというものがあるのです。こういう名前だけの事件が50〜80ほどはあるというのが定説になっているそうで、このタイトルだけから新たなホームズものを創作した、というのだから、大胆な試みです。ちなみに原典である『マズグレーヴ家の儀式』は、手紙の束をナイフで突き刺して保管しているとか、ペルシャ製のスリッパにタバコを入れているとか、壁に弾痕でヴィクトリア女王のイニシャルVRの文字が書かれているとか、ホームズの部屋のディテールが描かれている作品で、今回の映像化でも大いに参考にしたようです。
 さて、どんなお話かと言えば・・・。

 第2次アフガン戦争(1878〜80)に軍医として従軍し、負傷したジョン・ワトスン(フリーマン)はロンドンに戻り、旧友の紹介で風変わりな探偵シャーロック・ホームズ(カンバーバッチ)と出会い、ハドソン夫人(ユーナ・スタップス)が管理しているベーカー街221Bの下宿に同居することになります。
 それから時を経て、1895年末のクリスマスの時期を背景に、すでにホームズの物語を発表して有名になっていたワトスンが、「語られざる事件」の中でも特にホームズを悩ませた「リコレッティとその忌まわしき夫人」のケースについて語り始めます。
 突然、ベーカー街にやってきたレストレード警部(ルパート・グレイヴス)の口から、非常に奇妙な話を聞いたホームズとワトスン。それというのも、結婚記念日に、ウェディングドレスを着込んで両手に拳銃を握ったエミリア・リコレッティ夫人(ナターシャ・オキーフ)が乱心し、街中で乱射事件を引き起こしたうえ、頭を打ちぬいて自殺した、という事件が発生。ところがその夜、夫のトーマス・リコレッティ(ジェラルド・キット)の前に、死んだはずのエミリアが出現します。彼女はショットガンで夫を射殺し、そのまま姿を消しました。
 エミリアの幽霊が、夫を殺害したのか? オカルトじみた展開にホームズは興味を惹かれます。検視官フーパー(ルイーズ・ブリーリー)によれば、エミリアの遺体は間違いなく本人のもので、しかも夫が射殺された後、それまでなかった右手の指の発砲痕が増えている、ということでした。
 しかし、それ以上、はかばかしい進展はなく、しかもこのケースをまねたものか、リコレッティ夫人の幽霊による、とされる男性の殺害事件が5件も続きます。
 そんな中、ホームズの兄であるマイクロフト・ホームズ(マーク・ゲイティス)が一つの依頼をしてきます。リコレッティ事件の背景にはもっと大きな黒幕がいることを示唆したマイクロフトは、彼の知人サー・ユースタス・カーマイケル(ティム・マッキナリー)の妻、レディ・カーマイケル(キャサリン・マコーマック)からの依頼を受けるように弟を挑発します。ベーカー街にやってきたレディ・カーマイケルは、ホームズたちに、夫の元に「5粒のオレンジの種」が届いてから、夫の様子がおかしくなった、と訴えます。そしてカーマイケル夫妻の眼前に、あのエミリア・リコレッティの幽霊が出現したといいます。「幽霊なんてものは存在しない!」と言い放ち、ホームズはワトスンと共にユースタス邸に乗り込みますが・・・。

 といった展開ですが、実際にはかなり奇抜な描き方をしていて、それにあくまでもテレビ版の番外編でもあるので、現代のテレビシリーズとのかかわりも出てきます。「オレンジの種」だとか「ホームズがただ一人敬愛した女性、アイリーン・アドラー」の名前だとか、「宿敵モリアーティ教授」とか、ホームズものにおなじみの要素があちこちに登場。ちなみにモリアーティは後半に実際に登場します(演じるのは現代版シリーズで同役のアンドリュー・スコット)。1893年の『最後の事件』において、ホームズはモリアーティと戦いスイス・ライヘンバッハの滝壺に転落しており、本作はその後にホームズが「復活」した時期、そして1901年に『バスカヴィル家の犬』でホームズものが再開されるまでの空白期を舞台としており、そのへんを匂わせるセリフが多々見られます。またヴィクトリア女王の時代に大きなうねりを見せた「婦人参政権運動」を作品の背景としており、なかなか脚本は巧妙です。
 なんといっても19世紀を舞台としたので、英国の俳優さんたちが生き生きとして見えることは驚かされます。やはり大英帝国の時代、ですから。その時代の社会矛盾も含めて、ごった煮的な魅力が世紀末のロンドンにはあり、ホームズものの魅力にもなっていることを再認識させてくれます。このへんは現代版にはない持ち味ですね。
 特に大事なのがコスチュームですが、街中ではトップハット、地方に行くときには鹿撃帽にインバネス・コートのホームズ、ツィードのスリーピースに懐中時計の鎖を「ダブルアルバート」にして下げるワトスン、フロックコートやスタンドカラーのシャツに、アスコットタイを着こなした紳士たち・・・やはりこの時代の服装は、なんといってもカッコいいです。私は大好きです。ワトスンが警察の遺体安置所に赴く際に「ツィードで行くのは不躾かな?」というセリフがありました。TPOからいってツィードは当時的にはアウトドア用のカジュアル。こういうセリフがさりげなく出てくるのがいいですね。
 制服系では、冒頭のアフガン戦争のシーンで、軍医大尉のワトスンは真っ赤な英国陸軍の軍服を着ています。当時、いわゆるカーキ色の軍服はすでにインドで使用が始まっていますが、英軍全体で正式に採用されるのは20世紀に入ってからです。兄マイクロフトの執事はやはり真っ赤な18世紀半ばごろの様式の(つまり19世紀末当時としても非常に古風な)宮廷衣装ジュストコールを着込んでいます。詰襟にピスヘルメットの警察官もワンシーンですが、しっかりした着こなしで出てきます。
 また、ワトスン夫人のメアリー(アマンダ・アビントン)が大活躍するのですが、彼女、後半になるとヴィクトリア朝然としたロングドレスを脱ぎ捨て、当時のウーマンリブ運動の中で提唱された「改良服」のようないでたちで登場します。紳士服のようなジャケットとウェストコートに、半ズボン、というハンサムな服装です。実際にはこういう着こなしは19世紀の世に全く受け入れられなかったようですが(女性が公然と紳士的な服装をし、ズボンを穿き、脚を見せるようになるのはもう20年ほど後、第1次大戦を経ないと一般化しませんでした)しかし、可能性としてありそうな服装として、こういうものを持ち出してくるのも興味深いですね。さすがによく勉強している感じがします。
 キャストは英国のテレビ界で有名な人たちが中心ですが、レディ・カーマイケル役のマコーマックは、どこかで見た顔、と思えば「ブレイブハート」でメル・ギブソン演じるウィリアム・ウォレスの幼馴染で奥さんになるミューロンを演じていた人です。
 ところで、原作者コナン・ドイル本人は熱心なオカルト現象の研究家だったのは有名な話です。「幽霊なんて存在しない」と繰り返すホームズとは全く逆の人だったわけですが、今回、オカルト寄りのお話なのも、そのへんを意識しているのかもしれませんね。また、ドイルは婦人参政権運動には絶対反対、という立場の人でもありました。そこらへんを逆手に取ったような今回の企画なのでしょうか。
 なお、本作は冒頭に紹介映像、おしまいにメイキング映像が追加されています。本編が終わったところで、慌てて席を立たれませんように。


2016年2月13日(土)
 春の嵐が到来、といっておりますが、確かに気温が上がっています。しかも直後にまた気温は平年並みに戻るとか・・・体調管理が難しいですね。
 それはそうと、今年は日曜日なのであまり話題にならないバレンタイン・デーですが、この時期の前には、季節ものとしてチョコをいただくことも多いです。今年、私が獲得したチョコの中で目をひいたのが、いわゆる「缶ペン」つまり缶素材のペンケース付きのチョコ。写真にある「星の王子様」の絵柄のものがそれで、チョコを食べてしまうと缶ペンケースとして使用できます。これ、実用性もあってなかなかいいアイデアですね。

2016年2月04日(木)
 昨日は節分でしたが、皆様はいかがなさいましたか。我が家は「妖怪ウォッチ」の枡があったので、これでささやかな豆まきを行いました。しかし「年齢分の豆を食べる」というのは、もう無理ですね、50個近くになると。
 ところで、遅ればせながら去る1月25日付の日刊ゲンダイ「街角の疑問」コーナーに、久しぶりに私、辻元よしふみが登場しました。「ニットとセーターはどう違う」という内容でした。ここで特に私が申しましたのが、「ジャンパー」という言葉。英国では、日本人が思うような腰丈のブルゾンのことじゃなくて、被りのニットウエアの意味。女子学生の制服で見られるジャンパースカートというのも、被りのスカート、という意味だ、といったことでした。

2016年1月29日(金)
 アマゾンでまたまた私たちの「図説 軍服の歴史5000年」(彩流社)および、「華麗なるナポレオン軍の軍服」(マール社)の売り切れが続いております。
 その一つの理由が、この扶桑社の自衛官向け雑誌「MAMORU」の18ページに載りました、この本の紹介記事にあるようです。
 NHK時代考証部の大森洋平様(私どもの知人)が紹介してくださいました。本当にありがたいことです。


2016年1月22日(金)
 映画「クリムゾン・ピーク」CRIMSON PEAKを見ました。ギレルモ・デルトロ監督の最新作でして、トム・ヒドルストン、ミア・ワシコウスカ、ジェシカ・チャステインと出演陣には人気俳優が名を連ねています・・・が、何しろこの年末年始は007とSWという東西の2大横綱が新作を出しており、本作はかなり割を食ってしまいました。かなり公開館数が少なく、このあたりでも日比谷シャンテシネか柏おおだかの森ぐらいしかやってくれていない。ただ、私は公開から2週間もたった平日の夜10時に終わる回を見たのに、場内は結構な数のお客さんがいました。なかなか人気があるので、公開館数が徐々に増えていきそうな塩梅です。
 特にトム・ヒドルストンは、「マイティ・ソー」シリーズのロキ役や、スピルバーグ監督「戦火の馬」の騎兵大尉役で有名になった人で、日本でも「トムヒ」の愛称で、映画雑誌の人気投票でも毎度、1位を獲得するようなアイドル的な人気のある人。当然、日本のトムヒ・ファンは東宝さんにいろいろ館数の拡大を嘆願する動きもあったようで、そういうことも奏功したのかもしれません。
 デルトロ監督というと「パシフィック・リム」の成功がどうしても目立ちますが、本来は「ミミック」とか「パンズ・ラビリンス」とかホラー系の名匠です。今作も監督の趣味丸出しの、おそらく本人が撮りたいような映画を撮った、という作品のように見受けます。4階建ての邸宅を実際に6か月もかけて建ててしまうなど、凝りまくっています。とにかく映像美はことのほか見事ですね、衣装も素晴らしい。ゴシック・ホラーはこうでないと、という感じです。
 ◆  ◆  ◆
 20世紀初めのニューヨーク。実業家カッシング(ジム・ビーバー)の一人娘イーディス(ワシコウスカ)は、作家を目指す、当時としてはやや飛んでいる女性です。幼いころに母親を亡くしていますが、イーディスはその母の幽霊を見たことがあります。幽霊は彼女に「クリムゾン・ピークに気を付けなさい」というのですが、それが何の意味の警告かはわかりませんでした。
 社交界に背を向け、出版社巡りをするイーディスですが、女流作家には偏見がある時代、幽霊ものを書いて持って行っても、恋愛ものを書いてください、と言われてしまいます。幼馴染の医師アラン(チャーリー・ハナム)はイーディスに心を寄せていましたが、イーディスの方は今一つ乗り気でない様子。
 そんな中、英国から貴公子然とした準男爵サー・トーマス・シャープ(ヒドルストン)と、その姉のレディー・ルシール(チャステイン)がやってきます。社交界は色めき立ち、サー・トーマスに近付こうとする娘たちがたくさん現れます。イーディスも、ただの貴公子ではなく、風変わりな発明に夢中になる変わり者の面があるトーマスに惹かれていきます。
 娘がトーマスに接近していくのを気付いたカッシングは、探偵を雇ってシャープ姉弟の素性や過去を探ります。そして、トーマスに対し、資金援助をしてやる代わりに、即座に英国に帰ることと、娘と絶縁することを要求します。
 トーマスに冷たくあしらわれて傷つくイーディスですが、すぐにそれが、父に強要された演技だったことを悟り、旅立つ直前のトーマスを追いかけます。しかしそんな中、突然、悲劇的な事件が起こります・・・。
 それからしばらく後、英国の荒涼とした丘陵地帯の古い屋敷に、トーマスの妻となったイーディスの姿がありました。荒れ果てた邸は寒く、危険な秘密があるような気配が。霊感の強いイーディスは恐ろしい体験をするようになります。そして、赤い粘土質の丘の上に立つこの屋敷の一体が、冬場になると雪に粘土が染み出し、真っ赤になること。よって地元では赤い丘、クリムゾン・ピークと呼ばれている事実を知るのです・・・。
 ◆ ◆ ◆
 ということで、ホラーと言えばホラーですが、サスペンスもののような色合いも強いです。心霊現象的な描き方もありますが、一方で、謎を解いていく犯罪捜査もののような手法も見られます。まあ、そんなに心臓が弱い人は見られません、というような作品ではありません。
 トムヒ様はさすがに魅力的な貴公子を演じきっています。ファンは必見でしょう。ミア・ワシコウスカとジェシカ・チャステインも美しいです。それから、幼馴染の医師アラン役は、「パシフィック・リム」の主演だったチャーリー・ハナムです。
 とにかく今時、なんでこういう映画が出てきたのか、といわれると不思議な位置づけの一本なのかもしれませんが、ゴシック美の王道的な作風は今やデルトロ監督しか作り出せないもののような気もします。じわりと人気が出てきているので、御興味のある方はぜひお早めにご覧になってください。

2016年1月18日(月)
 午前2時半過ぎ、予報通り、雪になりましたね(都内で)。

2016年1月17日(日)
 昨年末から3週間もアマゾンAmazonで在庫が滞っていた私たちの著書『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)の在庫が復活しました。宜しくお願い申し上げます。

2016年1月11日(月)
 今日は「成人の日」でありますが、もはや30年近く前に成人しました私が何をかいわんや、ですのでそれとは何ら関係ないことを記します。というか、自分の覚え書き、メモとして書いておこうと思うのですが。
 昨日たまたま、仕事がらみで「シャルコー・マリー・トゥース病」という難病について調べる機会がありました。これは下半身が不自由になる萎縮性の難病でして、長い病名は、この病気の実態を解明した3人の神経科医、いずれも19世紀後半から20世紀初めに活躍したフランスのジャン・マルタン・シャルコー(1825〜93)、ピエール・マリー(1853〜1940)、英国のハワード・ヘンリー・トゥース(1856〜1925)の名にちなんでいるそうです。
 その中で、真ん中のピエール・マリー先生なんですが・・・この方は、最初に名の出て来るシャルコー先生のお弟子さんだそうですけれど、このマリー先生の写真というのをウィキペディアに見つけました。1900年ごろ撮影というので、40歳代後半、今の私ぐらいの年齢でしょう。
 それがカッコいい、そして今ではお目にかかれない感じのスーツを着ているのです。ご覧の通り、詰め襟を開襟にしたような襟の形は非常に小さく、左襟にあるボタンホールは、おそらく実際に使えるような大きいものです。よって、たぶん反対側の襟裏には実用のボタンがあり、上襟を立てて上のボタンを閉じると、5つボタンの学生服や軍服のように着ることもできるのじゃないでしょうか。
 その下、やたら小さな・・・Vゾーンと呼んでいいのかも分からないほど小さなVゾーンにはものすごくでかいネクタイのノット(結び目)と、スタンドカラーのシャツの襟がまっすぐ突っ立っています。時代的には付け襟なんでしょう。
 近年のモーダ系のメゾン、というのが作るやたらオシャレ系のスーツよりずっとソリッドじゃないでしょうか。そして、もともと詰め襟のコートから派生したスーツ、という流れをまだ色濃く残しているのがいいですね。超クラシックでいて、何か超モダンなようなこのマリー先生の着こなしは目を引きました。同じ時代の英国では、上から2番目のボタンだけ閉じて、下はすべてボタンを外す着こなしが流行でした(エドワード7世の好みだったとか)が、フランスではこのようにいちばん下までボタンを閉じる人も多かったように見受けます。スーツのボタンの下の方は外す、という英国式ルールが世界中に広まるのは20世紀に入ってからですね。
 それにしても、このぐらいの時代の学者さんは、自然科学系の人でもみんなオシャレですよね本当に。こういうスーツを作ってください、とお願いしてもどこのテーラーさんも困るでしょうかね。私なら欲しいですが、普通の人は着なさそうですし。
 私は、こういう「超クラシック・スーツ」とか、もっと前の19世紀初めに流行った「M字ラペル」(ゴージラインを挟んでMの字に切れ込みがある)の服など、出来るものならいつの日か、作ってみたいと思いますね、古い衣装の研究家としては。

2016年1月08日(金)
 実は私、先日の「4月並みの陽気」と、その後の平年並みへの冷え込みについて行けず、不覚にも風邪をひいてしまいました・・・。
 私の場合、風邪は大抵、喉からきます。お腹から来る人とか、いろいろあるでしょうが、個人的に自分の体質に合うのが、最近、妻が見つけた「アイストローチ」というトローチです。これ、かなり強力な殺菌効果があるようで、私には効きます。喉の不調が相当に緩和されます。万人に効くのかは分かりませんが。
 オレンジ味とか、蜂蜜味、レモン味などがあり、なかなか味覚的にもよいです。しかし販売元の「日本臓器製薬」さんという社名、かなりものものしいです・・・。

2016年1月02日(土)
 きょう1月2日から「初買い」ということで、百貨店で福袋を、という方も多いと思います。ところで、西武百貨店は1日から営業、ということで、私もさっそく船橋市の西武船橋店に行ってみました。
 ここでは、西武のキャラクター「おかいものクマ」の2016年新春バージョン、「弁財天おかいものクマ」さんが限定販売! 1日の夕方、これを買った時点で最後の2個、でしたのでおそらくもう売り切れではないでしょうか。

2016年1月01日(金)
 あけましておめでとうございます。2016年も宜しくお願い申し上げます。
 先ほど、近所の神社に初詣に行ってまいりました。当然、寒いですが、平年よりは厳しくない気温でしょうか。
 午前7時20分頃、初日の出も見えました。
 穏やかな元旦を迎え、今年はよい年であることを祈念しております。

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