”辻元よしふみの世界”からあなたは帰れなくなるかもしれません。


不定期日記 2009年

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2009年12月30日(水)
 いよいよ年の瀬も押し迫ってきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。なんと私、今年は御用納めの28日で一応、仕事が終わりました。こんなことは何年ぶりかしら。ただし新年はもう早々から・・・うちの会社は正規の休みは1日元旦だけですので、まあ御察しの通りでありますけれど。
 2009年末を迎えまして、ちょっと南行徳(千葉県市川市)のダイエーへ。ここにあるウェンディーズに行ってきました。本当に最後ですからね、最後のお別れに行ってきましたけれど、お店のスタッフの方が、いつもより多い。最後だからもう非番というのはなくて、全員出勤しているのでしょう。そして31日の終業まで・・・。
 やはりいつもよりお客さんが多いように思いました。私も最後にウェンデイーズ・チーズバーガーとミネストローネを食べてきました。ニ度と食べられないと思うと感慨がありますね。ダイエーのあの中内さんがアメリカに行ってほれ込み、日本での出店の権利を手に入れたのがそもそもの日本での歴史だそうです。ちょっと黄色っぽいバンズ、ちょっと酸味の利いた野菜に四角くて歯ごたえのある肉。よくよく味わってまいりました。
 そういえばダイエーのこのお店では、なぜかもうすでにいろいろな福袋が山積みに。初売りを待てないのでしょうね、この不景気だと。一日でも早く特売をかけて少しでも客を呼び込みたいということなんでしょうか。
 ◆  ◆  ◆
 ということで、本年はなんといいましても2か月半も入院を余儀なくされたことが大きい一年でした、個人としましては。それで予定していた出版計画も狂い、妻にも版元さんにも御関係の皆様にも迷惑をかけてしまいました。原稿そのものはずっと先まで出来てはいるのですが、なにしろ妻のイラストの手を止めてしまったのが申し訳ないことでした。
 来年は元気で行きたい、と念願しております。幸い、その後の体調はよく、確かに無茶なことはできなくなった気がしますが、大きな問題もありません。
 また今年は歴史画家で妻・玲子が師と仰いでいた中西立太先生、画家の折本光太郎先生、絵本画家の水野二郎先生と、それから昨年末ではありますが私がお世話になった作家の早乙女貢先生の訃報が相次ぎました。御近所のホビーショップ・コンボイが閉店したのもかなりショックでありました。
 そんなこんなで、なかなかいろいろあったな、という感じであります。
 来年はこう、なすべきことを粛々と推し進めることができれば、と思っております。ことに2年越しになっております「軍服の歴史5000年(仮題)」を少しでも早く刊行いたしたいと考えておりますので、その節はよろしくお願い申し上げます。
 では2009年はこのへんで。皆様よいお年をお迎えください。

2009年12月27日(日)
ひとつだけ思うことですが・・・今の政権ですね、いろいろ問題はあります。そりゃもう明らかです。しかし我々、前の政権の時の、なんでもスムーズにスムーズに物事が進んだ状態を懐かしんでいてはいけないのじゃないか。どこからも異論が出ず、どこで決めたのかもよく分からず、なんかしらないが揉めることもなければ、ぐずつくこともなく、政策でも外交でも適当に話が決まっており、国民はなんでも事後報告で「あ、そんなことがあったのかしら」とか「おや、いつ決まったんだろう」とか、そういうことに慣れきってきたわけですけれど、あれが異常だったのかもしれません。
 ◆  ◆  ◆
 銀座のサローネ・オンダータが年内最後の営業日、ということでありましたが、じつは先日、頼んでおいた藍色のダブルのスーツが完成。受け取りに参りました。
 いいのですよ、実にこれが。すごい風格ですね。シャープな襟型が非常に気持ちよい仕上がり。どこの海軍の将校かしら、という感じになりました。前にお店の方から「襟のピークがシャープすぎて、お客様によっては好まれない方もいるのですが」とのことでしたが、ええ、何を言うんですか、このシャープなピークがあってこそのダブルでしょ、と。ネルソン提督の燕尾ジャケットなんて、もう鋭角三角形の、ジェット戦闘機の主翼みたいな格好をしていましたよ。これは英海軍の1795年モデル(だったかしら、とにかくそのぐらいの年代)で、英海軍のダブル・ジャケットってのはその流れを汲むもの。そして、英国紳士のダブル・スーツというのは、基本的にこれが原型。それが分かっていれば、ピークドラペルはとんがっていればいるほどいい、という話になります、由来に従えば。
 つまり、昔の燕尾軍服の場合、とんがった襟先をボタンで閉じてきっちり胸元を閉めることが出来た。その名残であります。
 ついでにいえば、ああいう燕尾式軍服の第二ボタンに、勲章を着ける風習がナポレオン時代に始まった。具体的にはナポレオンがレジオンドヌール勲章の末等レジオネラ章のリボンをボタンホールに通して飾るようにした。で、彼は前線で兵士を激励するとき、この末等をさっと外して兵隊に即席で授与したんです。勲章の戦時即時表彰の始まりですね。
 この名残が、今でも背広の襟に残るフラワーホールなわけ。これは後になって文字通りに花を飾ったりしましたし、日本じゃ社員章を付けたりしますが、もともとは勲章のリボンに付いているバラの花の形のロゼット(綵花=さいか)を飾る穴、の意味だった。
 それが証拠というか、ドイツ軍など第二次大戦期になっても、軍服の第二ボタンホールに二級鉄十字勲章や東武戦線従軍章のリボンを通して飾っていたわけです。
 ・・・と思い切り話が脱線しましたが、もうタキザワシゲルの藍色のダブル、最高によろしいですね。ボタンもちょっと目立つ色にしてもらったので、ブレザーとしても使えます。
 タキザワシゲル・モデルはシングルのイメージが強いですが、お店の人の仰るに「ピッティ会場などの海外ではダブルの方が実は人気が高いんです」とのことでして。
 ぜひ、ダブルも試して頂きたいですね、オーダーされる方には。
 

2009年12月25日(金)
 うちも今年はですね、お金ないからあんまり使う予定も気もないわけですけど。しかしたまたま、24日はお休みになったので、近所のホテルのクリスマスディナーというのを食べに行きましたけど。ベイホテル舞浜という・・・去年、非常によかったので今年も。なんか穴場的な雰囲気の良さがあるホテルですね。
 で、それから舞浜のイクスピアリという商業施設を少しぶらぶらしましたが、石鹸とか小物を少々、買っただけで帰りました。予算がないのに見ていても面白くないですからね。しかしそういうのは私らだけでなく、なんか全体にこういう場所でも活気がないというか、去年も同じ日に同じ場所に来たんですが、もうどこのお店も満席でごった返していたんですけど、今年はけっこう閑散としていて、まずい感じでしたね。
 ディズニーランドのお膝元でこうですから、後は推して知るべしでしょうか。
 ピエール・エルメのケーキを売っていたので買って帰りました。今年は我が家の「公式クリスマスケーキ」は浦安駅近くに最近できたUN樹(アンジュ)というお店のケーキにしましたが、これは非常に上品なもので、なんともクリームがおいしく、天皇誕生日の日の昼のうちに完食、すでに影も形もありません(笑)。で、その代わりというか、買ってきたんですけど・・・これもまた美味いです。ま、仮にもピエール・エルメですからね。
 そんなこんなで、連日、ケーキをたらふく食べて「うわあ、血中の糖度が高い、赤出しの味噌煮込みうどん食って中和してえ」という感じのクリスマスになっております。
 エルメでシュトーレンも買ってしまったんでけど・・・やばいかも、体重計に乗るのが怖いですはい。
 みんなが金を使わない、使わないと言っているといつまでたっても景気が良くならないというのは真理なわけです。ささやかながら今年はケーキ屋さんを応援しております・・・。
 ◆  ◆  ◆
 欧州もアメリカも記録的寒波襲来で、日本もこのところそれなりに寒く、こんな時期に開いたCOP15がうまくいかないのも道理というものでしょうね。説得力がないもの。私としてはなんによらず寒いくらいの方が好きなんで・・・先日は久しぶりに革のコートなんかも持ち出しました。本当に暖冬の年だと着る機会がないんですよね。
 本当はコートほどかっこいい服はなく、昔の人たちは年中、フロックコートだったわけです。なんか雑誌など見ると「カジュアル化だ、カジュアル化だ」と書いてありますけど、時代の流れを無視するのが私の主義なので、近頃は蝶ネクタイでベストにアルバートチェーンまで下げて平気で会社に行っております。地ごろちょっと髪が伸び、もみあげも少し長めにしたので、19世紀のヴィクトリア時代の人みたいになってきたような気が自分でもする。
 それでですが、「ヴィクトリア女王 世紀の愛」http://victoria.gaga.ne.jp/という映画がまもなく公開されるのですが、予告を見てもなかなか考証がよく出来ていそうで、見てみたいんですが、またまた全国で10館しか公開しないんですが・・・なんでこう、私が見たい映画ってこういうのが多いのかなあ、と。いつも苦労させられます。エリザベス1世、2世の映画は出そろったので、あとはヴィクトリア女王かな、と実は前から思っていた。やはり作ったんですね。

2009年12月18日(金)
 いやあ、ファイナルファンタジーVIIIを買ったので早速、やってみましたけど、すごくやりやすくなったのは確か、従来作より割とさくさくと進められる、というのは感じますね。ストレスなくできる、というか。ただまあ、今のところ序盤だからなんでしょうが、メンバーの離合集散が激しく、使えるメンバーも話の進行で固定されるのがちょっと面倒くさいといいますか、実際「アタッカー」という役どころのキャラが抜けてしまうと、もう戦力として成り立たないということが多く、タノむからライトニングさん、抜けないでずっといてください(ライトニングというのは元軍人という設定のクールで実力もあるかっこいいお姉さん。はっきり言って好みです、こういう方)という感じです。ま、いろいろまんべんなくやってみてね、という仕掛けなんでしょうけれど。
 まだまだ全然、進んでいない上に、私も一応、まっとうな勤め人ですので、まあ今後は週末にしかやれないと思うんですが、昨日は休みなので5時間ほどやってみまして、とりあえずここまではなんとか出来るな、と。挫折しないで進んでおります。ちょっとスノウ(いまどきあり得ない素手で戦う、個人的には要らないキャラの兄貴)が召還獣と戦うところでは面食らいましたが・・・何しろ戦わぬが勝ち、なんてね? 
 絵はすごいですね。もう映画。ゲームというレベルじゃない。いよいよ来るところまで来てますね、こういう技術も。人が着ている服の質感や縫い目まで分かる。すごいです。
 ◆  ◆  ◆
 先日、実家の父も私と同じようなことを言っていました。やっぱり地下鉄の遅い時間の電車が空いている、というのです。そっちの線も混むので有名な路線、年末ともなれば朝のラッシュと変わらないほどのごった返しとなるのが通例・・・今年は座って帰れる、といっておりましたが、まったく同じですね、私のほうと。
 確かにこりゃあ、不景気なわけです。
 ただ、先日、ちょっと書いた近所のA町の電飾については、少し後で行ったらかなりちゃんと「復活」していました。周りの様子を見ていたんだろうか。一応、皆さん、電飾をちゃんとやっており安心しましたが・・・でも8分咲きかな、やはりちょっとおとなしい感じはします。
 来年はもうちょっと何とかなって欲しいな、と思いますね。中国がなんとか立ち直っているというから、まあそこらに期待するしかないのでしょうが。
 

2009年12月12日(土)
個人的に衝撃だったニュースですが・・・「デフレ不況が米国発祥のハンバーガーチェーン「ウェンディーズ」を直撃した。米ファストフード3位のウェンディーズ・アービーズ・グループが11日、ゼンショー・グループとのフランチャイズ契約が12月末で切れるのを機に、日本国内の全71店を閉鎖することを決めた」(産経)という、これね。近所にダイエーがない人にはピンとこないと思いますが、ウェンディーズってけっこう好きだったのでショックです。まあ個人的位置づけですが、モスバーガーとマクドナルドの間ぐらい、という感じだった。なんとなく分かって頂けますでしょうか。ちょっと本格的すぎるモス、ちょっと商業的すぎるマックの間、という、ほどほどの手作り感がよかったし、ハンバーガーもほどよく美味しい、と思っておりました。実に残念です。
 なんか不況ってものをじりじり実感できるようになってきました。非常に簡単にいって今まで当たり前にあったサービスが無くなり、商品が無くなる。選択肢が無くなる。気がつくとどれもこれも一つしかなくなる。たとえばハンバーガーならマックだけ、衣料ならユニクロだけ。それでいいじゃないか、と思う人もいるんだろうが、そうなると結局、最後に生き残った企業は独占市場を牛耳るのだから、もはや少し前まで「お客様は神様です」などと言っていたのが掌を返すように、消費者にツケを払わせていく・・・「嫌なら買わなくて結構ですよ、でももう、うちしかこの分野の企業はないんですけどね」。これ、資本主義の自由競争を極限までやると、最後はそうなる、という定説のままになります。
 そうなってしまえば、もはや勝ち組企業の経営者と、その他大勢の貧乏人が残るだけとなるわけです。極論すればそうなる。
 文化ってものもこうして無くなっていくわけです。なんでもITなわけで、なんでも無料コンテンツなわけです。なんでもただはいいのだけど、今の若い人たちはもう、こうなってしまうと音楽をやっても作家になっても金もうけが出来ない。ひたすら仕掛ける側の「無料サービス」を受け取って、それに付随するあれこれの課金をされるだけの存在になっていくわけですが・・・これで世の中シンポした、と思っている人ってどれほどいるのだろうか。
 2012年に世の中パーになる、というお話がありますが、いっそそれでもいいんじゃないか、と近頃、思わないでもありません。
 ◆  ◆  ◆
 児童画界の重鎮で、戦前から活躍されていたイラストレーター水野二郎先生が先日、急逝されました。89歳でいらっしゃいましたが、最後まで締め切りに追われ仕事をしておられました。実は水野先生とお会いしたのは1回だけ、あと妻が電話でお話ししただけですけれど(といってもなんと30分も話して下さったそうです)、「今度、ゆっくりお話ししましょう」とおっしゃっていたそうですが、残念なことになってしまいました。
 いま、手元に先生の描かれた「ぽんたのじどうはんばいき」(ひさかたチャイルド刊)があります。もう四半世紀も読み継がれている絵本です。
 こうして素晴らしいお仕事は世の中に残っていくんですね。私どももこんな存在に近づければな、と改めて思いつつ、ご冥福をお祈りいたしております。

2009年12月10日(木)
 先日ちょっと書いた、「英国のマルセスフィールドでネクタイが生まれた」うんぬんという記述について、私は「マックルズフィールド」ではないのか、と書きましたけれど、もうひとつこれについて出てきました。
 これは、ファッション、服飾好きな人なら、すでにおなじみの一冊であるAllan Flusserの名著「Dressing The Man」の147ページから。The Macclesfield necktie,a silk group of patterns mede from small weaves of diamonds,squares,and circles,became espacially fashionable among well-dressed British men in the 1920s.
 というわけで、アラン・フラッサー氏も「マックルズフィールド」と書いている。そのマックルズフィールド・ネクタイというのが1920年代に流行ったというんですね、英国で。それはいわゆる小紋柄のシルク・ネクタイであった、と。ということで、私はやっぱりこれは、今言うところの小紋柄のネクタイは、英国最大のシルクの産地、マックルズフィールドで発祥しました、という話が正解だと思います。
 広い意味での今のフォー・イン・ハンド・タイがいつどこから発祥したか、というのはロンドンのフォー・イン・ハンド・クラブで、おそらく1950〜60年代ぐらいに、としかいえないのでありましょう。
 ◆  ◆  ◆
 ところでサローネ・オンダータで頼んでいた追加注文のグローブができた、という御連絡を早々にいただいたので、さっそく受け取りに行きました。すばらしいですね、今回も。ぴたっと吸いつきます。
 前にある百貨店で、若い紳士が店員さんに「手袋って、もっとぴたっとしないもんですかね」と不満を言っているのを聞いたことがあります。外国の映画で出てくるような、手の形にぴったりのグローブが欲しかったのに、合わないからがっかりしたのでしょう。やはりそれはオーダーで作るのが一番であります。オンダータさんならイタリア・マゾリーニ社の商品が3万円台で、高いので有名なベッカリーでも5万円ほどで出来てしまいます。
 しかも今回の私など、ダークブルーに、指の脇の部分は水色という、まず世間様では売っていない仕様。滝沢滋さん御本人のアイデアでそんなようにしていただきましたが、まことに正解。やっぱりどうせなら、そのへんで売っていないものがいいですね。
 そうそう。先日、私は近所のスーパーへ行って、寒かったのでこちらのグローブをしたままレジ袋に商品を詰め、さらにレジ袋の上部を手袋したまま結ぶことができました! ちゃんとチョウ結びです。よほどフィットしてないとできません。
 とにかくカッコイイ手袋が欲しい、という方は迷わずこちらで、とお勧めいたします、はい。
 恥ずかしながら、青い手袋が手に入り、前には青いベルト、それから青い帽子も手に入れまして、青いマフラーも買いましたので、・・・そりゃこうなれば青いスーツもなければ、ということで、オンダータさんで青いスーツもひとつ、注文いたしました。すごいぬめっとした感触で、日本の生地なんですが、それが最高で、和服の縞の紬みたいな色柄に感触なんですね。日に当たると不思議な青みがかかって、てらてらと光る。やれどこそこの有名ミルだとか舶来マーチャントだとかいっても、実は大手量販店のスーツでちゃっかりすごいブランドのが使われていたりします(ある紳士服量販店のモクソンとか、アーサー・ハリソンのスーツを私は持っています。仕立てはともかく生地がいいので今でもたまに着ている)。数の力があるので、どこの名門であっても日本の量販店には喜んで卸してくれるんですね。最近じゃビキューナの生地を使ったものまであるといいます。
 そんなわけで、単に有名ブランド、というだけでは驚くには足らず、それよりなにより物の良さ、であります。
 ◆  ◆  ◆
 先日、日本出版美術家連盟の忘年会が新宿のハワイアン・ダイニングTIKITIKIでありまして、私も参加いたしましたが・・・近頃はすっかり人ゴミと煙草の煙に弱くなりまして、残念ながら前半だけで退席いたしました。本当にいい会だったんですがね。
 特に入院してからは、酒、煙草のないクリーンな生活に慣れすぎてしまいまして。いいことなんでしょうが。
 それはともかく、妻も私も小松崎茂一門の先生方と親しくお話しできて感激でした。
 
 

2009年12月07日(月)
 銀座のサローネオンダータから来るニュースレター・・・季節の折々に来るのが楽しみなんですが、今日は「大雪」ということで新しいものが参りまして、スタイルクリエーションズ社長・滝沢滋さんのメッセージにこんな一節が。はばかりながらちょっと引用しますとですね、「執筆のために様々な角度で研究をすればするほど、日本の「洋服の歴史」とヨーロッパの服の歴史の格差を感じ、日本人は、一生学ばなければだめだなあ と感じずにはいられません。来春には発売予定の私の著書「気高き男の服(仮称)」!ご期待ください」とのことで、おお、前からそんな話も漏れ聞いてはいましたが、ついにご上梓されるようで。
 「気高き男の服」いいですね、実に。そういうことであってほしいのです、実際。精神的なものであってほしい。そして、おそらく滝沢さんの手にかかれば、そこいらへんのファッション関係の入門書なんかみんな吹き飛んでしまうでしょうが、きっと理論的に、男の服というのはこういうわけだからこういうものなんです、とピシっとやってくださるに違いないので今から楽しみです。流行でどうのこうのというだけのものじゃ、だめなんですよね明らかに。
 が・・・こうなってみますとです。私どもの「軍服の歴史5000年(仮称)」が、まるまる2年もかかっていますが、こりゃ先を越されてしまいますね、滝沢さんに。いやまいったなあ、同じぐらいになっちゃうかも。きっと出版記念会を盛大におやりになるころ、こっちは出ているかしら出ていないかしら・・・。なにしろこっちは欲張りすぎて5000年分の内容なんで・・・もちろん、19世紀の半ば以後の、普通の紳士服は滝沢さんの御本に一切お任せする次第です、はい。
 近頃、スタイルクリエーションズさんのサイトを見ていますと、いろいろ来年のご計画があるようです。中には「星野賢一さん」という期待の秘密兵器がいらっしゃるという情報も・・・。ひょっとしてですが、水落さんの後任の方、でありましょうか。滝沢さんが推すのならちょっとやそっとの腕前ではないのでしょう、きっと。
 こりゃあ、あれです。むかし、ソ連の指導部とか秘密兵器をあれこれ詮索する時代がありましたけど、スタイルクリエーションズ社の動向も目が離せませんですね。
 ◆  ◆  ◆
 「トラ!トラ!トラ!」のブルーレイ・バージョンが手に入りました。何度も何度も見た作品ですが、確かにぜんぜん違うというか、軍服のディテール、生地とか質感、縫い目や肩章の付け方なんてものまでしっかり見られます。室内の調度品もくっきりわかる。今まで見えていなかった背景がよく見えるのです。すごいですねブルーレイ。
 渥美清や芥川比呂志、松山英太郎の出ているシーンを何十年ぶりに見ました。ああ、これこれこれ。ここが見たかったんです。なんでカットしたんだろう。
 どんどん後戻りできない状況に盛り上がっていく日本側、いつまでも半信半疑のままで弛緩しきっているアメリカ側・・・。何度見てもこれ以上にすごい映画はもう作れないな、と思いますね。「パールハーバー」なんてまったくの駄作。CGじゃないですから、こっちはなにしろアクロバット・パイロットが2人も死んでいるそうですから、撮影中に。もう本当に命がけの撮影だったんです。迫真のシーンで、米軍機が大爆発して整備員が逃げ回るところがありますが、あれも実は事故で予期しない大爆発、人々は本気で逃げ回っていたんですってね。そりゃ真に迫っているわけです。



2009年12月05日(土)
 なんかこう・・・近所のホテルとか、なんか元気ないんですよ。なにがって、電飾です、電飾。クリスマスなのに、景気悪いんですよね。
それからご近所でちょっと有名な邸宅街、まあA町としておきますが、そのA町ってクリスマスの電飾が綺麗なんで有名だったんですけど、それで毎年恒例、というかA町巡りにわざわざ行ったんですが(すみませんA町の皆さん)、なんかこうね・・・全然、元気ないんですよ。いつももう、まばゆいぐらい、ミレナリオも真っ青というぐらいの電飾があふれていたんですが、今年はさっぱり。やっているお宅のほうが珍しいぐらいになっちゃって、やっているお宅も、庭先にぽつんと、1本だけツリーが立っているとか、いやあ、これはね、いろいろほかにも理由もあるんだろうけど、やっぱり「ボーナスも下がったし、クリスマス気分なんて浮かれたことやってられない」というようなあれでしょうね、きっと。こりゃいかんなあ、と私などもかなりショックを受けましたね。いや、本当に例年だとすごいんです、A町の電飾って。こう身近なところで見せられると、こっちもこたえてきますね。
そういえば、三越さんなんか4人に1人が早期退職に応募なんて話もあります。いやあまずいですねえ、これ。重衣料がぜんぜん売れないんですってね。そりゃまあ、ぜひ必要なものじゃないですから。
私なんかもせっかく持っているから、先週からコート着てます。着ないと勿体ないし。まあ夜勤が多いので確かにこのぐらい着ていてちょうどいいんですが、日勤の方だと必要ないかも、確かにね。
◆  ◆  ◆
それはそうとして、先日ちょっとふれた「坂の上の雲」がらみでひとつ。舞鶴の東郷カレーとか海軍カレーは今や有名、東郷提督が日本でカレーを広めた、というのはすっかり広まりましたが、なんでも乃木大将が善通寺師団にいたときに広めた「乃木うどん」というのがあるんですってね? 今日のニュースでやっていました、今の自衛隊の善通寺師団でお昼に乃木うどんを出したそうで。
讃岐うどんを広めたのは乃木大将、って話もあるそうで。陸海でうどんVSカレー対決ということらしいですけど、日露戦争の時期ってのは日本の食の変わり目でもあったんですね。そういえば、あの戦争で兵食に米の飯じゃなくパンを導入しようとしたのは森鴎外でしたし。


2009年12月02日(水)
皆様、いよいよ楽しい年末を迎え・・・るのですけれど、ボーナス、どうでしたでしょうか? あるいは経営者の読者の方は、従業員の皆様にボーナス、はずめましたでしょうか、いやはや、私方もご多分にもれず・・・ま、やめましょう。いまどき、何をやっていてもいいことなんてなさそうですし。まあ上がったという方は少ないでしょうね。横ばいなら立派なもの。報道の通り、ぐっと下がった方が多いのではないかと。
 百貨店なんか軒並み、売り上げが前年同月の10%減、という状況だとか。こりゃもう日頃、割と金を使っている、わりと裕福な人らですら使えなくなっているのでしょう。
 それで私、夜勤が多いので、電車で間に合う時間は終電に近い列車に乗ることが多いのですけれど、以前はとても嫌でした。というのも、こちらは正規の勤務時間ですから、電車に飛び乗るぎりぎりまで仕事していたわけですが、一般の方々で11時すぎ、12時前後の電車に乗っている方といえば、まあ酩酊した方が多いわけです。それは別にわかっていることだし、自分だって日勤職場にいたころは散々飲んで帰ってたんだし、文句はないのですけれど、やはりなんか面白い気分ではない。酒臭くてふらふらしていて、声のでかい、そんな遊んでいた人たちと並んで吊革握ってるのはかなり面白くないもんです。
 が、近頃は異変を感じますね。ことにこのところ。終電近くの電車が空いているんですよやけに。前は私の利用している路線ってのは、終電までぎゅう詰め、ことに週末ともなると朝のラッシュと変わらないほどでした。それが近頃は本当に空いている。このところ何回か続けて座って帰れるん驚いています。おまけに酔っ払いが少ない。遊んでいない。みなさん本当にこの時間まで御苦労さまな方々ではないかと見受けられる。
 思うに、不景気なんでしょうね、やはり。
 そうそう、新浦安のメンズショップO・・・が閉店するというハガキが来ました。うーん、量販店というほどでもないが、高級店でもない中途半端さが今時、駄目だったか?
 7割引で投げ売り、というので見に行こうかな、と。ま、そんなときしか行かないハイエナのような私ですが(いや本当に、どこのお店にも最終SALEじゃないと姿を現さないケチくさいエセおしゃれ野郎、それが私でございます)。
 実際、以前にある閉店セールで、ボリオリとかリングヂャケットのものを定価の半値以下で買い込んだことがあります。品質的には最高級品で、お店には悪いが、あれはいい買い物をしました・・・。
 ◆  ◆  ◆
 もっともこういう時期に旗揚げした勇敢な人々もいらっしゃる。ハケットロンドンはテーラリングを始めたし、水落卓宏さんはDITTOSで独立されたし。そりゃこういう方々を応援して差し上げたい、のではあるが何しろこっちが素寒貧だから。
 ああ、そういえばヒロ・ヤナギマチのトライアルがそろそろ近づいてきたような。たぶん来年になるでしょうが、あれから半年か・・・。
 ということで、今年もそろそろ終戦ですね、私は。
 ◆  ◆  ◆
 NHK「坂の上の雲」始まりましたが、私はやはり仕事の都合でまず見られません。まあいまにDVD出ますよね。明治時代の軍装、見たいんですけど。よく間違って、太平洋戦争のころの軍装を描いてしまうイラストレーターや漫画家がいますが、明治期の日本海軍は襟章なんか付けてないですもんね。袖章はあるが、こっちも紺地の服に黒線。どうも米海軍の真似だったらしいが、さっぱり階級がわからない。ま、同じ船に乗っている同士だからそんなに必要ない、ということだったんでしょうが、当時は。なんでもやっぱり気になっていた明治天皇が山本権兵衛に「英海軍も金線だが、本当に黒い線でわかるのか」と下問されたとか。で、「じゅうぶんにわかりもす」とお答えしたそうですが・・・やっぱり分からなかったらしく、後に金の襟章を付けるようになりますね。
 NHKのガイドによればドイツのメッケル少佐も出てきて、ちゃんと参謀色(紫がかったピンク)の兵科色の軍服を着ています。これは見ものです。
 

2009年11月25日(水)
クエンティン・タランティーノ監督、ブラッド・ピット主演「イングロリアス・バスターズ」を見てきました。まあこういう映画によくある、連合軍の特殊部隊がナチス占領下のフランスに潜入して・・・というたぐいのお話でして、もともとは昔のイタリア製戦争映画「地獄のバスターズ」のリメイクなんですが、・・・もうほとんど原形は何にもとどまっておりません。全くのオリジナルと考えていいでしょう。で、リー・マーヴィンやテリー・サバラス、チャールズ・ブロンソンが出ていた「特攻大作戦」とか、クリント・イーストウッドが出ていた「戦略大作戦」のような、ならず者部隊が大暴れするお話、か思ってみたのですけれど、それらの影響は大いに受けているようだし、パンフを見てもその通りだそうですけれど、案外にそういう感じの話ではありません。
 往年の「生きるべきか死ぬべきか」にも似たところがあります(ヒトラーがあまりぱっとしない小さな劇場にお忍びでやってくる、という設定)し、その影響も大きいようです。
 が、私が見たところ、雰囲気としてよく似ているのは、むしろ「ナバロンの要塞」とか「荒鷲の要塞」・・・とくに悪役のナチス親衛隊将校が出てきて、連合軍側の工作員などと丁々発止の頭脳戦を展開するサスペンス的な部分、お話が次々にひっくり返る意外性などはそれらアリステア・マクリーン原作の戦争映画にもよく似ています。
 そこでこういうことがいえます。特攻大作戦みたいなおふざけの利いた娯楽戦争映画なのかしら、と思ってみる。すると実は、かなりサスペンスタッチの真面目な「ナバロンの要塞」みたいな話である・・・と。そんなわけで、ちょっと監督のイメージからもハチャメチャなものを期待していたのですが、ちょっと違うのですよね。
 もちろん出だしからエンリコ・モリオーネの音楽など使い、また最近の映画には珍しく冒頭にスタッフロールを入れるなど、わざと60〜70年代のB級戦争アクションの雰囲気を出しているのは明らかです(でも、それにしてもなんで出だしの音楽が「アラモ」なんでしょうか。ここまでくると関係なさすぎるような)。
 で、トータルの感想として、私としましては、個人的には痛快娯楽作にしてはかなり陰惨だし(とにかく人がたくさん死にます)、真面目すぎるな、と。一方でシリアスな戦争ものあるいはスパイものというには、今度は不真面目なんです。はっきりいってどっちつかずな中途半端さが印象として残りましたが、いかがでしょう?
 もちろん本作のメインはなんといってもブラッド・ピットで、癖の強い特攻隊長を好演しておりますけれど、なんといってもすごいのは、ドイツ軍親衛隊保安本部(SD)のランダ大佐を演じたクリストファ・ヴァルツという人。この人の演技でもっているような作品といっていいです。ドイツ語は当然ですが、英語、フランス語、イタリア語までばりばりとこなすのも見事。それからダイアン・クルーガー。本来はハリウッド映画では全くドイツなまりのない英語もしゃべれるし、またフランス人と結婚したぐらいでフランス人と変わりないフランス語もできるはずの彼女ですが、わざとドイツなまりの英語とかフランス語を披露しているあたりがお見事。その他、言語に関しては昔の映画によくある「みんな英語で押し通す」なんてことはしていないのが本作の立派なところです。
 そして、史実には全く基づかないというか、ほとんどファンタジーのような展開になる本作なんですけれど、軍服の類の考証はしっかりしていて、たとえば勇敢なドイツ軍の下士官は胸に白兵戦徽章や一級鉄十字勲章を、英雄と呼ばれる狙撃兵は、白い礼装に騎士十字勲章を、ランダ大佐は黄金戦功十字勲章を喉元にぶら下げるという凝りようです。もちろん彼はグレーの開襟制服の袖にSDの袖章を着けております。親衛隊の連中が白ではなくカーキ色のシャツを着こんでいるのも芸が細かい。
 で、これだけ言語とか服装は考証が行きとどいているのに・・・結末が史実とは全く異なってくるようなんですが、これでいいんでしょうか? 正直、私はちょっと納得いきませんでした。
 前半のサスペンスシーンも、ナチス将校との息詰まるやり取りはなかなか面白いのですけれど・・・やっぱりちょっと長すぎるかも。これならもっとコンパクトでもよかったかもしれない、と素人考えでは思った次第です。
 とにかく、先述のクリストフ・ヴァルツと、フランス人女優のメラニー・ロラン(すごい美人ですね)にとってはこれは出世作となるでしょう。確かに光っています。ヴァルツは特にカンヌで本作の好演が注目されたそうで、これから出てくるかもしれません。ダイアン・クルーガーも熱演です。そのへんは一見の価値がある一作、と思いました。
 

2009年11月21日(土)
 近頃ちょいと気になったのが・・・ネクタイの歴史でして。いえ、おおまかな流れはすでによく知られているし、私も自分の本なんかにけっこう書きましたけれど、要するに17世紀にフランス軍に加わったクロアチア傭兵・・・この人らは、国の実権をオーストリアに奪われて、長年オーストリアの敵国だったフランスを支援したわけですけれど、彼らが首に巻いていたスカーフがクラバットの名で広まった、と。それがフランス軍の軍装から一般に広まり、フランス革命期には詰襟の燕尾式軍服の全盛期だったためいったん廃れ、ネックストックという単純な首巻きになっちゃった。
 ところがボー・ブランメルという人がナポレオン戦争前後からクラバットを復活させ、大流行。で、1850年代ごろあたりから、今の背広の原型みたいな服が乗馬コートの原型として出てきたとき、これに合わせる新型の首飾りとして出てきたのが、今みたいなネクタイである・・・と。いわゆる「フォー・イン・ハンド」タイですけど、こちらもここ2、3年ですっかり、ロンドンにあった馬車愛好家の社交団体「フォー・イン・ハンド・クラブ」が発祥らしい、というのが定説化してきています、私なんかが3年ほど前にそんなことを書いた時にはまだ、日本じゃあまり人気がない説でしたけれど。
 フォー・イン・ハンドというのは四頭立てで御者が一人という、当時としては革新的な超高速馬車です。いわば暴走族のマフラーみたいなものとして登場した・・・。
 ま、そのへんはいいのですが、近頃また見かけるのが「ネクタイの発祥は英国のマルセスフィールド」という記述なんですね。これ、私にはよくわからないんですが何かに書いてあるんでしょうか。マルセスフィールドって? なんか英国の地名としてなかなか出てこないのですが・・・。あるいは今はない地名か? 
 ひとつありうるかな、と思うのはチェシャー州のマックルズフィールドMacclesfieldという場所。ここは絹織物の産地ですのでひょっとしたらここじゃないでしょうか? 第二次大戦中も唯一、ドイツ軍の空爆を免れた産地だといいます。
 たとえばこれはBYESさんがイタリア・フィレンチェのマニュファトゥーレ・クラバットというブランドを紹介する記事。「20世紀初頭、イギリスのマルセスフィールドで誕生したとされるネクタイのルーツに習い、四角いファブリックを7つ折りして縫製する伝統のスタイル。多くのメーカーが4つ折りをセッテピエゲと呼んでいる今も、頑なに7つ折りの本物を作り続けています」とあります。
 あるいはMEN’S EX男の傑作品メンテナンス大全集(世界文化社)の57ページには「セッテピエゲってなに?」のタイトルで「イギリスのマルセスフィールドで誕生したとされるタイのルーツに倣い、生地を七つ折した伝統のスタイル」とそっくりな記述があります。こんだけ書かれるとなにか定説なんだろうか、と思いますが・・・はて?
 にしても20世紀初頭、はないと思いますけれど。間違いなく19世紀にはあったはずなので、もっと古いでしょう。1890年代の英海軍の制服規則にはすでに普通の長いネクタイが載っています。それとも七つ折タイを商品化したのが20世紀初頭、ということかしら。
 ついでに、そのセッテピエゲというイタリア語に当たるセブン・ホールド・タイについてですけど、英文のサイトをみますと、1930年代にアメリカで生まれたスタイルで、アメリカン・クラシック・セブン・ホールド・タイなどと書かれているのが多いのです。
 どうなんですかねえ。それが本当ならイギリスでもイタリアでもなく、アメリカンスタイルなのかもしれませんよ。
 ・・・もうちょっと調べてみますが、私は20世紀以後の衣服には実はちっとも詳しくないので(苦笑)・・・ヴィクトリア時代を過ぎると軍服と平服にきっちり分かれるので、私としては急激に興味が薄れます(つまり軍装しか興味ないんですね)。
 にしても、マルセスフィールドってどこなんだろう?
 ◆  ◆  ◆
 昨日の「クリスマス・キャロル」について服飾史的に一言。あの話は1840年代後半のロンドンが舞台でして、スクルージという守銭奴爺いは、けちではあるけどちゃんと最新流行の服装・・・黒いフロックコートにトップハットといういでたち。首周りはクラバットです。まだ上に書いたように、背広に今風の長いネクタイ、というのはまだ出てきていません。あと10年ぐらいすると普及してくるけれど、それもどっちかいうと若い道楽貴族の服装であって、いってみれば暴走族ファッションみたいなもんだった。進んで取り入れるのはオスカー・ワイルドみたいなフツーじゃない作家なんかだった。とにかく1840年代というなら、フロックコートというのが最新流行ファッションでした。1850年ごろになって宮中でもフロックコートが正装になるんですね。
 で、彼の回想シーンで出てくる、かつて修行時代のの雇い主、フェジウィックさんというのがカールしたカツラに青いシングル・ジャケット、半ズボンという17世紀以来の古いファッション。おそらく1780年代ぐらい、ナポレオン戦争より前の時代を回想しているんですね。出てこないけど、かぶる帽子もきっと三角帽トライコーンでしょう。
 そしてです、スクルージの使用人ボブ・クラチットは、週給15シリングという薄給でスクルージに酷使されているかわいそうな人ですけど、彼は頭にはトップハット、しかし身に着けているのはフロックコートじゃなくて燕尾服です。これは当時としては時代遅れの、1800年代の初めごろ、ボー・ブランメルなんかが流行らせた服装。彼は買った当時は普通だったけど、1840年代には完全に時代遅れな服装をしているわけです。
 と、こんな感じで時代考証が完ぺきでしたね、あの映画は。すごいです。
 

2009年11月19日(木)
 ロバート・ゼメキス監督の最新作「クリスマス・キャロル」を見てきました。ディズニー製作のアニメ映画、というとちょっと甘っちょろいものを想像してしまう人もいるかもしれません。が、これはかなり違います。まあ一言で言うと「アニメじゃないけど、実写でもない」まさに夢のような映像です。ゼメキス監督は2年前の「ベオウルフ」で、従来のモーション・キャプチャーをはるかに超えるパフォーマンス・キャプチャーを実験しました。あの時点ではまだまだぎごちなさ、作り物臭さがあったわけですが、今回のは驚きました。もう19世紀のロンドン、ヴィクトリア朝時代の風俗ってこうだったに違いない、という完ぺきな映像が生み出されました。どんな大作映画のセットよりすごいです。そして登場人物の生々しいこと。しわやたるみ、表情のすみずみまで役者の演じた「演技」そのものが写し取られて、特殊映像に取り込まれている様は驚くばかりで、これからの映画はこういうことになっていくのだな、と実感させられます。
 つまり、ジム・キャリー演じる守銭奴スクルージは、腰は曲がり、やせ細って、鷲っ鼻の嫌な爺いで、ジム・キャリーがどれほど特殊メイクや老けメイクをしてもああはならないほど別人ですが、にもかかわらず、表情や動きがジム・キャリーそのもの、という摩訶不思議なことになるわけです。これはご覧いただくしかありません。
 そして、まさに時宜を得た企画というか、この経済危機の時代に本作が登場したのはタイムリーだったといえましょう。「お金がすべて、自由競争して強いものが生き残り、負け組は死んでしまえ」という考えがはびこったのはつい最近のこと。このお話はどう見ても19世紀ロンドンだけのことではない、むしろその思想がいきつくところまで来た今の時代にこそふさわしい。
 そして、ディケンズの創造したスクルージは、シェークスピアが生んだシャイロックと並び文学界における「強欲な守銭奴」の代名詞です。そして本作はこれまでにもなんと60回以上、映画やドラマ、ミュージカル、お芝居の題材となってきました。そんなものですから、ネタばれもなにもなく、あらすじを書いても無駄ですけれど・・・ただ、「強欲な爺さんが夢を見て改心しました」というだけの底の浅い話じゃないことは、この映像を見ればよくわかる。原作を忠実に視覚化するとこうなる、というのですね。実にすばらしいファンタジー作品で、またタイムワープもののSF的な作品でもあり、ディケンズという人がすごいビジョンを持っていたことが納得できました。なにしろ日本で言うと江戸時代末期、ヴィクトリア時代の原作ですからね・・・。
 また当時の思潮からみてスピリチュアル的な視点も大いに感じます。途中で「現在の精霊」がいうのですが「神とか我々の名前を利用しているやつらがいるが、あんな連中は全く我々とは関係ない」。これはつまり教会批判が根底にあるのでしょうが、最近の日本でぽっと出てきたスピリチュアリズム・ブームだけ見ていると背景がわからないですが、19世紀にああいう思潮が出てきたのは、それだけ人を食い物にし、がんじがらめにしてはびこっていた宗教観があった、ということでありましょう。
 それにしましても、一人七役をこなしたジム・キャリー、一人三役のゲイリー・オールドマンには脱帽します。彼らは演技もしているので、単なる声優出演ではありません。なんでも収録では、全出演者が一堂に会して、シーンごとのカットもなく、いっぺんに撮るのだそうです。だからある意味、普通の実写映画よりも演劇に近いそうです。
 本作はマイケル・ジャクソンのTHIS IS ITを抑えて日米で登場一位となったそうですが、それだけのことはあります。ぜひ大スクリーンでご覧下さい。
 
 

2009年11月17日(火)
 昨日ですが突然、コンピューターが不調となりまして・・・ウィンドウズ・ビスタ搭載だったのですが、とにかく動きが悪いというか遅いというか、かなり不満があったのですが、その思いが伝わってしまったのか、わずか1年半ほどで駄目に。信じられません。
 しかしまあ、それならちょうどいいわい、ということで本日、ウィンドウズ7搭載機を購入しました。もろもろの初期設定を済ませまして、いま、テスト的に更新しておりますけれど・・・いまのところ、実に快調です。世評の通り、7の方がビスタよりいい、というのは本当のような気がいたします。やはりこう、XPの後、ビスタをパスして7へ、という人が一番、よかったのではないか、ビスタを買わざるを得なかった人は損したのではないか、というのが率直な感想でございます。
 というわけで、ちゃんと使えそうですのでご関係の皆様、ご安心ください。

2009年11月16日(月)
コンピューターが不調でございます。しばらく間が空くかも知れませんがよろしくお願いいたします・・・。

2009年11月12日(木)
 ようやくながらマイケル・ジャクソンの遺作「THIS IS IT」を見てまいりました。一言で感想を言えば・・・「とにかく見ておいたほうがいい」というものです。
 私自身は熱いファン、というわけではないですが、「ビート・イット!」とか「ビリー・ジーン」はかつてバンドでコピー演奏した覚えもあります。ちなみにそのときのヴォーカルは女性にやってもらいました。
 演奏するだけでも大変な曲が多いのですが(特に初期の曲は、バックを務めるのがなにげにTOTOのメンバーで、聞き逃してしまいそうなバッキング・ギターがスティーブ・ルカサーで、リードはエディ・ヴァン・ヘイレンだったりと、初めからレベルが高い)それを歌い、踊り、のみならず、リハーサルではずっと自分がキューを出し、間奏の入り方やバッキングの演奏の仕方から立ち位置、ライトの照らし方、曲の要所要所のコードの変更、終わりの部分の余韻の持たせ方・・・あそこまで本人が仕切っているとは思いもしませんでした。演出するオルテガ氏は基本を設定するだけで、現場監督はまさにマイケル本人が全部、やっていたんですね、もう脱帽。まさい才能の塊のような人だったんですね。しかも50歳! 50歳にして、あんな激しいリハーサルを100時間も続け、しかも自分だけでなく、全スタッフの動きを把握し、指示を出し続ける・・・彼が常人でないことはわかってましたが、あれほどまでに・・・驚くべき記録です。
 しかも、そんな彼がもうこの世にはない、この映像の最後で「さあみんなで頑張ろう」といってロンドン公演に向けて一同が団結するのですが・・・信じられません。
 その後の報道によれば、ろくに食べ物も食べず、薬だけで生命を永らえていたといいます。もしツアーに入っても、やはりどこかで燃え尽きてしまったかもしれません。そんな恐るべき覚悟と気迫に満ちており、いわゆるミュージックヴィデオのような生ぬるいものではありません。見事なドキュメンタリー映画です。映画としての構成も見事で、残された映像と、本来はやるはずだった演出をうまくつなぎ、どんなショーを目論んでいたか全貌がしっかり分かるようにできているのが素晴らしい。
 そして・・・何よりマイケルについていきます、とすべてをささげているスタッフたち。あの見事なショーが、あそこまで完全に出来あがっていたものが、たった一度も実際にやれないままで終わってしまったミュージシャンたち、ダンサーたち、その他の人たち・・・彼らは「あの日」以来、どうなってしまったんだろうか。それを考えると暗澹としてしまいます。
 とにかく、こういう人と同時代に生きられてよかった、というにふさわしい巨星だったことが改めて実感できました。選曲もまんべんなく、上記の2曲はもちろん、初期のジャクソン・ファイヴの時代から最近まで、網羅されています。
 映画が終わると、会場では期せずして拍手が沸き起こりました。マイケルのラスト・ライブに対するもので、いわゆる映画を観終わった後の反応ではありませんでした。私にも、その場の空気がよくわかりました。
 二度と、このようなエンターテイナーは現われないでしょう。せめても、このツアーを一回でも二回でも実際にやらせてあげたかった、とだれもが思える作品です。

2009年11月10日(火)
 さて昨日ですが・・・待望のマッゾリーニのグローブ・・・手袋ですね、これをサローネ・オンダータさんに頼んでいたのですが、ついに日本に届いた、とのご連絡を、それも滝沢滋社長ご本人からいただきまして、取る物も取りあえず、オンダータさんに伺ったのであります。で、ご存じの方が多いと思いますが、オンダータさんはちょうど改装が終わったところでありまして、前よりさらに明るい感じになっておりました。
 ということで、注文しておいた品物ですが・・・嬉しいですよね、外国の映画で出てくる貴族とか高級軍人の手袋ですよ、ぴったりぴちぴちできついぐらいの。こうじゃないと。いかにも防寒用の子ども向けみたいな・・・というか、下士官兵向けというんですか(笑)、まあ別に私は将校でも何でもないですが、気分だけでも高級軍人ののりで、こんなグローブをはめるにしろ、胸元に挿すにしろ・・・今や暖冬でも何でも、粋なグローブは胸に挿すべきですよね、ことにツイードのジャケットなんて場合、変なチーフよりずっといい。
 すそ口にはボタンがあり、イニシャルも刺繍されています。やはりオーダー品は格別ですね、グローブとか靴ほどオーダーにふさわしいもんはないですね。私は上着なんて西友で買ったKYジャケット(カカク・ヤスイ)でも平気ですが、こういうものはそれ相応のものが好きですね。
 というわけで、先日、書いたように青い起毛のベルトを丸の内ソルフェリーノで買ったものですから、それに合うような青いグローブもついでに注文してみました。二色づかいでプルシャンブルーと、サックスブルーの縁取りを混ぜる感じに。いいですよねえ、それ。ちなみに・・・プルシャンブルーは「プロシャの青」で、サックスブルーは「ザクセンの青」つまりそれぞれの国の軍服のカラーが語源ですよ。
 しかしはるばるイタリアから到来・・・感激です。こういうのは病みつきになりそう。
 滝沢社長のやられることだから間違いの有ろうハズもない、と思っていたが本当にどんぴしゃに間違いがありませんでした・・・。
 ついでに、妻が描いた「アステカ戦士の図」を謹呈して参りました。もうすぐ次の本、刊行しますのでどうかもう少しお待ちを、と申し上げてきました、はい。「とても楽しみにしています。すごい資料価値の高い本になりそうですね。いずれフルカラーで出してくださいよ」とのことで・・・嬉しいですね、こういう方に言って頂けると実に。

2009年11月09日(月)
 「日本のスーツ作りには、詩的な発想が欠けていると思う・・・日本人は手段が目的になっちゃうんだよな。日本のもの作りで重要なのは厳密性なんだよな。車や家電製品はそれで上手に作れるけど、服は金属製でもプラスティックでもない」いい言葉です。今日、読んだMEN’S EX特別編集「本格スーツ大研究」から服飾評論家・池田哲也さんと対談しているイタリアのサルト、コンスタンティーノ・プンツォさんの言葉です。
 「ファッションを投資と考えるなら、安価でも1シーズンでみずぼらしくなるスーツを買うのはいかがなものか。気に入って買ったスーツだからこそ何度でも着たい。それならいいモノを買い、ケアをして長年愛用するのが正解です」これもいい言葉です。同じくMEN’S EX特別編集「男の傑作選 メンテナンス大全集」からジェレミー・ハケットさんの巻頭言です。
 2冊とも大変、よい本です。近頃ひさしぶりに満足いたしました。このぐらいやってくれれば言うことはありませんね。
 ◆  ◆  ◆
 日本の古いテーラーさんで作った背広で、生地はいいものを選んだし、作りもしっかりしている、しかし・・・なんかこう、硬いよな、ということがあります。肩が凝るというか、疲れる。いい服というのは何によらず、もっと柔らかい気がいたします、私の狭い経験でも。それから、テーラーに行ってゴチャゴチャ、細かいことを言い立てる服マニアって人もいらっしゃるみたいですがどうも私には理解できません。なんか評論家になっちゃう人がいるようですが、職業で評論している人はともかく、フツー人はともかくもプロに委ねる度量が必要じゃないでしょうか。何もかも自分の思い通りにしたいというなら、自分で作ればいいのでは? そんなことを上掲書籍の綿谷寛さんのイラストルポに登場した、ペコラ銀座の佐藤英明さん、テーラー&カッターの有田一成さんのコメントで感じました。
 特にペコラの佐藤さんのものを読むと、「ニホンのシタテヤ」というもの・・・これは「ベースボールとヤキュウの違い」みたいなものを感じました。日本ってなんによらず、そうですね。妻もクラシック音楽で散々、経験したそうです。なぜか西洋音楽なのに「ニホンのクラシック」という別物、国内だけに通用する別のスタンダードがあるのだ、と。ちょっと海外に留学するとすぐわかるそうです。上のコンスタンティーノさんの話にも通じます。
 ◆  ◆  ◆
 今日は・・・ちょっとまた日本橋高島屋と丸の内のブリックスクエアに出かけました。前者ではクリスマス限定の4色リバーシブル(!)・・・エンジ、紫、グレー、黒というニットタイを買いました。それから、ブリックスクエアのソルフェリーノを再訪、あの落合正勝さんが推奨していた江戸屋のブラシを買いました。これもなかなかその辺では売っていないので助かります。
 

2009年11月06日(金)
アメリカで軍医少佐がご乱心とか・・・アフガンに行くのが嫌になったんですかね。しかしブッシュ時代にもこういうトラブルってあったんじゃないですかね、表沙汰にはならなかっただけで。それから、アメリカじゃもうたった1年でリーマンショックなんて忘れ、金融会社はボーナスを大盤振る舞い、おまけに金に任せて不足している新型インフルの注射もそういう会社で優先的にやっているとか。
なんかアメリカって国も、懲りないというかなんというか。大統領は新しくなっても中身はなんかこう、という感じですね。
 ◆  ◆  ◆
 「英国人女性リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)の殺害・死体遺棄事件で死体遺棄容疑で全国に指名手配されていた市橋達也容疑者(30)が、逃走以来、数度にわたり顔の整形手術をしていたことがわかった」というあれですが・・・もう逃げ回ってどうするんだろう、この人? この人、逃走したときってのは千葉県の行徳かなにかで、じつは我が家からはほど近いところなんです。裸足でこっちのほうまで走ってきたんじゃあるまいね、もうそのへんの土管の中で死んでたりしないだろうね、などと言っていたものです、当初。
 ◆  ◆  ◆
 ところで、関係ない話。ウィキペディアかなにかのナポレオンの項目で、それからメンズクラブか何かの記事でも「上着の袖にボタンを付けたのは、冬の戦場で兵隊が袖で鼻をすすらないようにナポレオンが付けさせた」という説が断言されていますが・・・どうも私は納得しないんですけどねえ。あれ、私は俗説だと思うんです。そもそも袖口にボタンを並べるなんて13世紀ぐらいから欧州では普通の流行。ルイ14世の時代にも、フリードリヒ大王の時代にも、軍服の袖にボタンがいっぱいついているのは当たり前でした。
 おまけに、ナポレオン軍の制服ってのも、ナポレオンが全権を握る前からああいう形なんですね、国民公会の市民兵の制服なんか既に。そういう意味でもナポレオンがオリジナル発案というのは信じがたい。
 もう一つ、あるサイトで「ビジネスシーンではひも靴が基本」とやっていまして・・・これはこういう話に興味ある人には常識ですよね。で、その理由として「昔の軍服はひも靴だったから、きりりと足元を締めるのが身だしなみになったのだ」というような説が。これも私は信じないんですけどね。ナポレオン時代ぐらいまで、軍隊の靴って今で言うモンクストラップ、つまりベルト靴なんですよ、ひも靴じゃなくて。あるいはボタンスナップ式の乗馬ブーツが基本でした。ナポレオン時代の最後の頃、プロシャ(後のドイツの中核)のブリュッヘル元帥が編み上げブーツを考案したのが、ブルーチャーという今のようなひも靴の原型でありまして・・・でも、これが一般に普及したのもずっと後ですから。少なくともこれが理由でビジネス靴になったというのは理解できません。なにしろヴィクトリア時代、日本で言う明治時代ぐらいにはビジネス靴はボタンスナップ式でしたからね・・・。
 なんかそんなこんなで、どうも私は違和感を覚えます。

2009年11月05日(木)
 さて、うちの奥方が銀座の歯医者さんに行くというので、私がお供して・・・先日、ファッション誌LEONに載っていた「ポール・スチュアートの紫のベスト」をクリスマスプレゼントとして買ってもらう、ということでついて行きました。
 ところでポール・スチュアートの路面店が、その歯医者さんのある場所にほど近い場所にあるので、そこで買えばいいかと思って、同ブランドを展開するSANYO SHOKAIさんに事前に聞いたところ、「同じポール・スチュアートでも、直営店と百貨店の店舗とでは、品ぞろえも違えば商品のルートも違い、互換性もない」と聞きました。同じブランドだがまったく別物なんだそうです。そういえば前にサンヨーのOBの方からもそんなことを聞いていました。
 で、問題のレオンに載っていたベストは百貨店オンリー、ということで日本橋高島屋の同店に行きまして、ありましたありました・・・少なくともそのお店じゃ最後の一点だったそうです。予約しておいてよかった。
 ◆  ◆  ◆
 ところで、そのお店の店頭にかわいらしいクマのぬいぐるみが・・・赤とか白の、クリスマス向けらしいのですが、いっぱい並んでいる。「これは買えないのですか」と聞くと、「こちらは非売品です」との返事。ところが、靴売り場でたまたま見かけた商品カタログをちらちら見ると、はっきり定価がついている。で、関係ない話ですが靴売り場の方に「すみません、このクマ買えるんでしょうか?」と質問すると・・・待つこと5分ほど、ようやく姿を見せた彼は「1階で販売しております」との返事。
 しかしねえ、ありとあらゆるお店にクマのぬいぐるみを配置しているのに、1階で販売してるのをなんで高島屋の人たちは知らないのでしょう? 朝礼かなんかで打ち合わせしないんだろうか?(サンヨーの人たちはまあ、仕方ないにしても)。 ま、ともかくそれで1階に行きますと、確かにお目当ての「クマ売り場」がありました。白、赤、茶色の非常にかわいいぬいぐるみで、着せ替え用の衣装まで10種類以上、販売しています。こんだけ大々的にやってるのに、他の売り場の人は知らないんですねえ。
 ともかくそれで、妻は当然ながら三色のクマを買い込んで、着せ替え服もゲット、御満悦でして「私へのプレゼントhこれでいいよ」と仰せでございます、いや、これで喜んでくれると私もまことに、いえいえいえ・・・。
 ◆  ◆  ◆
 日本橋高島屋を出た後、銀座に出て妻は歯医者へ。私はちょうどいい機会なのでポール・スチュアートの銀座店をぶらぶら。確かにぜんぜん共通性がないんですね。置いてある商品に。
 30分ほどで終わったという連絡があり(もう最後の仕上げで簡単なものでした)、銀座松屋前で待ち合わせて、9月にオープンした「丸の内パークビル」の「ブリックスクエア」に行くことにしました。丸ビルとか新丸ビルが出来たときの大騒ぎはないようですが、今度のパークビルは三つ目の大きなビルでして、広い公園のような中庭と、旧三菱一号館が記念保存されているユニークな場所であります。で、今まで丸の内界隈にはなかった店舗が集まっている、というのが魅力でありますが・・・タクシーに乗って「丸の内パークビルへ」というと運転手が分からない、で、「じゃあ丸ビルに行ってください」と言ったのだが・・・驚きましたね。それも分からないんだよね(笑)。いきなりカーナビをつけて、日本橋に行っちゃったから驚いてしまった。
 えらく遠回りして大手町を過ぎ、東京駅前のオアゾまで来たので「もうここでいい」といって降りちゃいましたけれど、ありゃあ新人ですねえ・・・。銀座から丸の内なんて隣町ですよ、本当に分からないんだろうか。台数ばかり増えて質が低下した、というのは本当なんですね。
 ◆  ◆  ◆
 それでブリックスクエアですが・・・ブルックスブラザーズの丸の内店がここで新装オープンしているので見に行きました。前よりずっと入りやすくなったよなあ・・・なんか前はちょっと苦手だったんですが、雰囲気。紳士物は当然、婦人物や靴もいろいろ面白いものがありました。記念としてボータイ(蝶ネクタイ)を一つ、エンジと黄色のだんだらというカジュアルなのを買い求めました。うん、ここへ来ればいつでも蝶タイなんてあるんだよね。
 それからぜひ行きたかったんがソルフェリーノという紳士雑貨店。イタリアの有名なネクタイブランド「マリネッラ」や、万年筆、小物、カフスやアクセサリーなどいろいろな国のブランド、あるいはオリジナルがいっぱいでございます。面白い品ぞろえでした。で、青いベルトが目にとまったので伺うと「じつはこんなものもございます」と見せてくださったのが、青いだけでも珍しいのだけど、青いスエードのベルト。これは珍しい。アンダーソンのベルトで、持つとしなやか、じつにいい感じ。迷わず即買いしました。ほかに、カフリンクスにイニシャルを入れてくれるサービスなんてのもいいですね。マリネッラのものもタイだけじゃなく、スカーフ、ポケットチーフ、眼鏡ケース、折りたためるクラッチバッグと、なんでもそろいます。もう六本木まで行かないでも大丈夫(?)。
 しめとして食事でも・・・ジョエル・ロブションも出店していますが、今日はMIKUNI丸の内へ。あの三國清三さんの新店舗ですけれど・・・徹底的に東京産の野菜や肉、魚にこだわる地産地消がモットーとのこと。たとえば「奥多摩ヤマメと東京小麦のクレープ、小平の葉ショウガと奥多摩・山葵のヴィネグレット和え」とか「伊豆大島・金目鯛のサヴィヨン仕立て、東京湾のアサリ、あきるの米を使ったサフランリゾット」という具合です。これが実によかったですね本当に。しかも内容から見てお安い。また来たいです。
 ミクニ店内にあまりに素晴らしい花が飾ってあるので気になりましたところ、同じブリックスクエアにあるハナヒロと提携しているとのこと。表参道のアニヴェルセルにもそういえばこのお店がありました。ということで・・・閉店間際の9時ぎりぎりにうかがって、小さな洋ランの一種の小鉢を買いました。妻が育て方を聞くと、もう時間が過ぎているのに懇切に教えていただきました。
 とまあ、こんな具合でひさびさに出かけましたけれど。妻などは絵ばかり籠って描いていたのでいい気晴らしになったと大満足してくれたようで、私も非常に機嫌がよろしいです。
 ブリックスクエア、ちょっと珍しいお店が多いのでぜひまた行きたいです。
 
 
 

2009年10月31日(土)
 なにやら日本シリーズとかで・・・私は普通なら興味有りません、で終わりなんですが今回はそうはいかないのです。片方は一応、関連企業ですし。片方も、近頃はちょっと北海道関係の仕事が多いものだから・・・ま、なんでもいいので早く終わって欲しい。
 ◆  ◆  ◆
 今日は久々に革ジャケットを着てみました。もう違和感ないですね。女性なんかは少し前から着ているのをよくお見かけします。なんでもそろそろ本格的な寒気がやって来るのじゃないか、とのことですね。
 何年か前まであった青・東駅伝という駅伝大会の取材で、11月初めに青森に取材に行ったことが何回かありますが、二回ほど雪を経験しました。そろそろそういう季節なんですね・・・妻は年末が迫って、うめいておりますけれど。締め切りが迫る、ということで。
 今はインディアンの軍装を描いて居るんですけれど、部族によっていろいろあり、それに髪に付けた羽根飾りなんかが、ちょうど近代的な戦功勲章みたいになっていて、何度敵を倒したとか、何回負傷したとかが一目で分かるんだそうですね。適当な羽を付けとけばいいというものじゃないようで。
 ◆  ◆  ◆
 雑誌LEONを久しぶりに読みました。正直に言いまして、昔のレオンはあまり好きでなかった。ジローラモさんのことは好きなんですけど、なんか以前のこの雑誌はおちゃらけが過ぎて好きになれませんでした。なのでここ1年ほどは読んでいない。あの経済危機の前のころから読んでいないんですね。
 で、「好きでなかった」と過去形で書いているのでわかるように・・・いい雑誌になってるじゃありませんか。今回の経済危機でかえって引き締まったいい誌面になった気がしますけれど。こういう感じなら毎回、買ってもいいですね。買ってみようか、という商品が確かに載っている。こういうものを読む人は、安けりゃいいという人種ではあり得ない。しかし今更、高いだけのこけおどしブランドにも興味がない、それにけっこう、服好きの人なんて一通りはなんでも持っているもんです。プラスアルファで面白いもの、というもの、粋なものじゃないと興味がでない、買わない。
 もう雑誌媒体も広告が取れずアップアップというところも多く、総合誌なんてどんどん厳しくなっていますが、こういう専門誌のたぐいは頑張ってもらわないと。専門誌がなくなると、その趣味の分野が一つ、失われるに等しい。ネットじゃやっぱりダメで、拠点というか牙城がないといけません。記事にしても商品紹介にしても、読者・消費者をなめたようなものはもう、ぜんぜんダメです、今では。
 妻が、そのレオンを見ていて、「あ、これはあなたに似合いそう」といい、クリスマスプレゼントに買ってやる、と申しております・・・こういう商品を載せてくれるのがありがたい(笑)。うん、これからレオンも毎月、買おうかな。

2009年10月29日(木)
 おおっと、ぼんやりしていたらもう月末だ。さてそれで、我が家はもう来る日も来る日も夫婦そろって原稿書き(描き)の日々でして、あんまりなんもほかのことはしておりません、最近。ではありますが、昨日は毎年恒例の年中行事・・・「インフルエンザの予防接種」をしてまいりましたけれど。なんかやっぱりだるいですわ・・・身体の免疫機能がいま、必死で予行演習をしているのですよね。もちろん「新型」じゃなくて「従来型」ワクチンです。
 しかし最近の報道で、やはり明らかに子供と大人じゃ罹患率に差がありすぎる、行動範囲が広く、満員電車や職場でウイルスに接する率は、毎日、学校を行き帰りしているだけの児童生徒より絶対、大人のほうが危険が高いはず。なのに子供の発症が多すぎるのは、子供にはそもそもウイルス免疫ができていない、というんですね。大人は年の功というか、やはり長年の蓄積でウイルス全般への普遍的な適応が出来ているから、新型であっても無から対応するのじゃない、だから子供より強い、と。
 毎年、予防接種している人はますます強いのは確かである、ともいいます。いろいろ懐疑的なことをいう人もいましたが、今年の傾向を見ていると、やっぱり何もしてない人より、手を打っている人のほうが強いらしい。
 ま、懐疑するにしてもしないにしてもです、どのみち今年はワクチンの在庫が薄いので、品切れも近い、というような話もあります。後でやりたいといっても品物がなければどうにもならないわけで、私はさっさとやりました。
 聞けば、私の母親の住んでいる町では、近所の学校で閉鎖になってから近隣住民が殺到、予約待ち状態で11月にならないと注射してくれないらしいです。
 むろん、かかるときにはかかるわけです。何をしたって運が悪ければ、かかるんでしょう。これをやれば絶対大丈夫なんてことはありません。
 何事によらず、いまどきは自分で判断する、というのが大事なんだろうと思います。

2009年10月26日(月)
 驚きました・・・アメーバニュースでこんな記事を見かけまして。「質問サイト「発言小町」で、「東京丸の内勤務の男性に質問!お小遣いいくら?」という質問にまつわる議論が盛り上がっている。質問者の夫は月に8万円の小遣いを使っているが、生活が赤字のため、妥当な金額を探るべく実際のサラリーマンの小遣いの額が知りたいという。なお、夫は32歳丸の内勤務で、生活費として入るのは月20万円弱くらいだという」ということで・・・。でまあ、寄せられた一般の声では「多すぎる」というのがほとんどで、質問者も「7万円に減額した」とのことですけど。
 32歳で、手取り20万弱で、は、8万円ですと? すごいなあ・・・。私は丸の内の隣の大手町勤務、42歳で、手取りは・・・まあ、とにかくこの人物よりは多いですが、月々の取り分は、この人物より少ないです、はい。
 みんなもっと貰っているんだろうか? 収入に対してどのぐらい確保しておいでなんだろうか。ふと気になりまして。
 私が何とかなっている理由の一つは、酒もたばこも今や全然やらない、ということ。それから外では食事もほとんどしない。もちろんギャンブルなんて一切やらない。いまどき無駄な出費は一銭もしたくないです。
 ◆  ◆  ◆
 けっこうひと雨ごとに肌寒くなってきました。10月に入り、朝晩は気温が下がっていましたが、日中がかなり暑かった。それもいよいよぐっと下がってきた模様。
 となると、そろそろグローブの季節か。まずグローブですよね? 違う? 私は防寒具というとまずグローブからしますよ。次にマフラー。コートの類は最後。
 ちなみに帽子とベストはデフォルトです、私の場合。つまり防寒具に分類しない。まだ暑苦しいという時期から常に着こんでいます。
 そろそろそういえば、オンダータさんで注文したグローブが出来るんじゃないかしら、というようなことを思い出した。オーダーした時は「ずいぶん先の話」と思っていましたが、月日の過ぎるのは早いものですね。
 


2009年10月18日(日)
 ぜんぜん何がどうということではないですが、オリンピック開催地がブラジルのリオデジャネイロということになり、けっこう「それでブラジルって何語だっけ?」という話が周辺にありましたので・・・南米ではブラジルだけがポルトガル語なんですよ。あとはスペイン語です。
 トルデシリャス条約というのを結んだスペインとポルトガルは、基本的にアメリカ方面はスペイン、アフリカ、インド方面はポルトガルの縄張りと決めたんですね。しかし、たまたまだが故意にだか、ペドロ・カブラルのポルトガル船団はアフリカ南端を目指す途中、大西洋を渡ってしまって今のブラジルに着いちゃった。で、ここだけポルトガル領になっちゃったんですね。1500年のことです。
 ついでに、ブラジルというのはポルトガル語で「赤い木」といって、ブラジル木という樹木があるんですが、その木の名前が国名になったらしい。
 それから・・・ナポレオンの時代、ポルトガルの王室は欧州を追い出されて、仕方なくリオデジャネイロに逃げ出したことがある。したがって、ナポレオン時代の数十年、ポルトガルという国は欧州にはなくて、ポルトガル女王はリオにおいでになり、ポルトガル王国とはブラジルのことでありました。
 いえ、今ちょうどスペインやポルトガルのことを調べて居るんでついでに書いてみました、はい。

2009年10月15日(木)
 つい先日、なんでも安すぎるだけ、という発想なのはどうか、と書きましたが案の定というか、朝日新聞でこんな記事を。「消費者の節約志向が強まるなか、格安商品の代名詞となったジーンズの値下げ合戦が激しさを増している。ディスカウントストア大手のドン・キホーテは14日、税込み690円の「驚安(きょうやす)ジーンズ」を発表。各社は「質の良さ」もアピールするが、消費者の評価が定まるのはこれからだ。・・・これまで「最安値」とみられてきた西友のPBジーンズの850円より160円安く、・・・ジーンズの低価格競争は、「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの低価格ブランド「ジーユー」が口火を切った。3月に990円で売り出すと、これに追随してスーパー各社が商品開発に走り、夏以降に1千円以下のジーンズが相次いで登場した。・・・各社とも、原料調達や縫製の工程などを見直し、従来の中国製などよりもさらに低価格を実現。「安かろう、悪かろう」に陥らないよう、伸縮性のある素材を使うなど機能面でも工夫を凝らす。だが、一部では洗濯すると色落ちしたり、サイズが限られていたりと、安さならではの難点もある。・・・ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は「格安ジーンズはたまにはくから楽しいはず。集中すれば、価値がなくなり売れなくなる」と、さらなる値下げ競争を牽制(けんせい)する」とのこと。
 10年前のデフレスパイラル入りのきっかけを作ったのもマクドナルドとユニクロで、このあたりが妙に躍進する時、経済は縮小再生産してどんどん落ち込んでいってしまうという、ひとつの法則がります、はっきり言って。火つけ人の柳井会長御自身が「やりすぎはだめ」とおっしゃっていますが本当にその通り。690円って、もはや使い捨ての価格ですし・・・そりゃそんなもの、誰も大事にしないから、ますますものを大事にせず、資材と燃料が消費され、しかも経済は縮小してしまいますよ。だから安いものを使い捨てするんじゃなくて、ある程度、いいものを長く使いましょうよ。消費者だって「安い安い」と思い込まされて気が付いたら結局、よけいなものをたくさん買い込んで損をしていた、というのはよくあること。
 私はそもそも、5、6年前にそれまで履いていたエドウィンとリーバイスのジーンズが擦り切れて以来、ジーンズは一つも持っていない。あんまり硬い服は実は好きじゃないもんですから。それに重いし。実のところ、リラックスの代名詞のように言われながら、案外に着心地がいいものじゃないし。 擦り切れたそれらだってどれも10年以上は履いていた。ジーンズなんてそもそも作業着で丈夫が取り柄、普通、5年や10年は平気でもつでしょう。あまりの安売りで飽和したら、買う人が一巡すると売れなくなってしまいますよ。
 私はこうなったら、むしろかなり高いジーンズでも・・・希少なブランドとか、オーダーしたものとか・・・なにかこの際、買ってみようかという気になりました。
 ◆  ◆  ◆
 先日出たメンズEXで、ファッションジャーナリストの故・落合正勝さんが愛したメローラのソリッドタイ、というのを取り上げていて懐かしいな、と思いました。亡くなってもう3年ですかしら。確かに遺影もみんなソリッドタイ。私自身、実はソリッドタイをいちばんよく締めます。ニットでもシルクでもソリッドがいちばん、合わせやすい。ことに、最近のようにジャケットやシャツがカラフルな傾向となるとタイは単色に限る、という気がするのですが。派手なタイを締めたければ、今度はシャツを単色にしなければ、となる。ところがお気に入りのシャツほど単色ってのはあまりない。
 いろいろと相応に名の通ったブランドのタイはみんな一本や二本は持っていますが、メローラのどっしりしていて締めやすいタイは確かにいいです。がまあ、上の話とは逆で、近頃は5、6000円ぐらいで出来のいいタイも見かけるので、私は最近は東京駅前OAZOのPUBSというお店で買っています。ソリッドタイも常備してていい。このお店の5周年記念モデルというのを前に買いましたが、表はソリッド、小剣はポルカドットという具合で、ちらりと下から水玉が見えるのが粋であります。それで5000円台。充分にいい出来ですんで満足しました。
 若いころは100円のタイもずいぶん、持っていましたが、やはり後で考えると費用対効果はよくないかも。安いから安易に買う、しょせん出来は悪いからすぐに飽きる、2、3年すれば箪笥のこやしにんる・・・。やっぱり安いのは嬉しいが、安すぎるものはダメ、ということでしょうか。
 


2009年10月12日(月)
 産経新聞によると「江畑謙介氏(えばた・けんすけ=軍事評論家)10日、呼吸不全のため死去、60歳。葬儀・告別式は近親者のみで済ませた」とのこと。驚きました。一度だけ仕事がらみでお目にかかったことがあります。まだまだお若く、特に極東の軍事バランスを考えると、これからの時代にますますお仕事があったと思うのですが、残念です。
 ◆  ◆  ◆
 PHPの『証言録 海軍反省会』をざっと読みました。この手の座談は、同じような顔触れで、けっこう30年ぐらい前には雑誌「丸」とか「丸エクストラ」とかに載っていたように思います。そういうことでいうと、すごく目新しい内容、という感じはしないし、中身も議論の仕方そのものを議論している個所が多く、また後知恵の言い分もあって案外まどろっこしい・・・のですが、本人たちの言葉づかいをほぼそのまま、書き出しているのが興味深く、戦史としてだけでなく、昭和前期の日本語の資料として興味深いのじゃないか、と思いました。別に極端な海軍隠語(MMK=もててもてて困る)みたいなおふざけはないのですが、今の日本人の言葉よりも、自分はこう思う、という所信がしっかり言えているように感じる。妙にぼかさないで単刀直入なのです。どちらかというとそういう興味で読みました。
 ◆  ◆  ◆
 小学館の「メンズプレシャス」が季刊化するとのことで、増刊号巻末の「こんな時代だからこそ、かっこいい男たちの生き方と、その男たちが愛したものをきっちり紹介していく雑誌の必要性を感じ」たという言葉に共感します。いまどき、ファッション誌やカルチャー誌も軒並み軽薄短小に流れて、リラックスなのか単にだらしなくなっているのか分からないものが見受けられる中、ぜひ頑張っていただきたいと思います。
 最近ほかの雑誌では、「ザ・スーツカタログ」(祥伝社)の座談会でのこんなやりとりが好きです。竹石(安宏氏=ファッションライター)「スーツ力アップにつながるアイテムといえば、何でしょうね?」村上(忠正氏=ファッションディレクター)「白いチーフじゃないでしょうか。実は(今号の)モデルカットにも、白チーフしか使っていないんです」実に共感します。私もほとんど昼間は白のリネンしか使わないし、光りもののピンバッジや光りものボタンの上着のときにはチーフは使わないですし、まあ派手なチーフは格の高くないパーティーや遊び用だと思っています。秋になってハンティング系の上着とか帽子をかぶることが多くなりましたので、なおさら使わない。スーツの時だけ白いリネンをいい加減に挿す。そのぐらいでいいですよね、あれは。
 にしても、ヨージヤマモトが経営破綻し、ヴェルサーチが日本から撤退し、ユニクロさんだけが独り勝ちになっている日本ですが、それはそれでひとつの流れですが、不況→低価格志向→量産廉価品を巨大なスケールメリットとグローバルな物流網で実現→ますます安物の大量生産に拍車→本格派の消滅→ますます単価が低まって不況進行→さらに低価格指向へ・・・こうなると、全てがデフレ・スパイラルに陥っていくに違いないですな。
 本当は今こそ、思い切って高いものをひとつ買って、それを10年以上愛用する、というほうがいいように思うのだが・・・なんでひたすら「安く、安く」という話ばかりなんでしょう? そりゃもちろん安いに越したことはないが、安すぎるものはなんによらず、どこかで無理しています。
 雑誌もどんどん休刊し、音楽はみんなネット経由で無料で流れて行ってしまい、みんなネット上の無料のコンテンツだけでいい、という話ばかりになっております。本当にそれで日本って国はやっていけるんだろうか、と悲観的な気分になります。
 そんな中で新雑誌を季刊化するというのは英断です。ぜひご奮闘いただきたいです。
 そういえば、我が家は「UOMO」(集英社)、「メンズクラブ」(婦人画報社)、「メンズEX」(世界文化社)と上の雑誌などを毎号、読んでいるけれど、これは特にうちの妻が描くときの参考写真に使えるから、というのが大きいです。写真的にはUOMOが非常に質が高くて使える、と申しております。
 ◆  ◆  ◆
 それにしても、最近はちょっと買い物や食事をしてカードを提示すると、「現金で」といわれることが多く、それも元からそうならいいのだが、前はカードOKだったのに使えないとか、金額制限があるとかいうお店が急に増えました。
 前の政権は景気は回復してきた、といっていましたがいやいや、リーマンショックから1年、ここにきてじんわりとそのへんの巷までようやく浸透した、というのが本当じゃないかしら。

2009年10月09日(金)
 このところはなかなか、会社のほうも忙しく・・・疲労しました。まあそれはそれとしまして、先日、理科美術協会展覧会を見て参りました。http://www.tokyoartbeat.com/event/2009/8752
これは、図鑑などの精密画を手がけるイラストレーターさんたちの集団「理科美術協会」http://www.rikabi.jp/member/の展覧会で、通称「理科美展」というものです。
 同会員である水野行雄先生・・・プラモデルの箱絵や、モデルアートや学研の艦船イラストなどで著名な先生で、小松崎茂先生門下では艦船画で並ぶ者なし、という方ですが、この方からご案内をいただきまして夫婦共々、勉強しに行った次第です。で、台風の迫る前日、開会日に市ヶ谷の山脇ギャラリーにお邪魔しました。
 いやはや、水野先生の原画のド迫力たるや・・・印刷してしまうと随分、色が変わってしまうのだな、と思いました。本で見るよりも鮮やかで緻密な表現、筆の冴え。もちろん商業画ですからそのへんは織り込み済みなわけですが、やっぱり原画はいい。艦船ファン、水野先生のファンはぜひご覧になって頂きたいです。空母瑞鶴、戦艦大和、巡洋艦大井などの原画がずらりと並んでいます。
 そればかりではなく、梶田達二先生のご作品も展示されています。こちらはリンドバーグとセントルイス号、坂井三郎と零戦、さらに理科美展に合わせた動物画まで展示されています。ほかに精緻な航空機の復元画で活躍するリチャード・アンセル先生の貴重な研究成果も見られます。
 その他、そもそも図鑑などの原画ぞろいですので、ものすごいクオリティーの動物画や風景画がぞろぞろと立ち並び壮観です。要するにここには抽象画のたぐいは当然ながらなくて、徹頭徹尾リアリズムに徹した、この分野の日本最高レベルの作品がそろっております。「写真があるからどうでもいいじゃん」と本気で言っている人は、およそ美術というものが理解できない人でしょう。写真を撮っても、肝心のところがよく見えない、陰になって分からない、あるいは写っているけど細かすぎてディテールが理解できない・・・それが普通の写真でしょう? どんなに画素数が多い写真を撮ってもダメなものはダメ。なぜかといえば、カメラは何も「理解」したり「分析」したりしない。ただその瞬間に光線が当たって見えるものを、その瞬間に見えたとおりに写すだけで、解釈が入らない。
 精密画を描く画家は対象に魂を吹き込むまで観察し、凝視し、調査し、一枚の絵を仕上げるまでに気の遠くなるような情報を咀嚼して、画面に入れ込みます。
 そういう画家の執念まで感じ取れる作品群です。
 


2009年10月04日(日)
 何にも知らずに出社しましたら(というのは起きてすぐに食事も取らずに出社しました)中川昭一さんのお話で大騒ぎでありました。
 事件性は今のところない、と言っているようですね。しかしまあ・・・つい数か月前までは閣僚だったわけですが、今は要するに無職の人だったわけで、人生は無常といいますか、ご冥福をお祈りします。

2009年9月28日(月)
 映画「トラ・トラ・トラ!」の40周年記念DVDブルーレイ版というのが出る、というのでつい予約してしまいました。年末に出るそうですが、今までの普及版DVDにはなかった日本公開版とアメリカ公開版、ということは渥美清の出ているシーンも入っているのでしょう、それに初めて日本語吹き替えも入れる、とのことで、かつて地上波テレビでこの映画を見た人にはすごく懐かしいのじゃないでしょうか(私もテレビで見た印象が強くて、その後の普及版DVDは納得できませんでした)。
 ところで近頃は往年の名作映画のデジタルリマスターDVDが出てきて、けっこう楽しませてくれます。60年代、70年代の名作が続々と生まれたころの映画は、悪いけれど最近の映像ばかり派手だけど内容は五番煎じ、六番煎じ・・・といったものと違い、内容の良さは折り紙付き。いかんせん、画像が古くて、というのが技術の進歩で新作同然になるわけで、ありがたいことです。「映画って本当にいいもんですね」といえた時代はよかったですね。これ、音楽も同じですけど・・・今になってもビートルズやレッド・ツェッペリンのリマスター盤が売れるわけで、若い世代には申し訳ないけど、新しいバンドなんて今更、必要ないのじゃないかと思ってしまうのは確かです。
 ◆  ◆  ◆
 ということで、先日の「シェルブールの雨傘」に引き続き、今度は数年前にやはり公開40周年でリマスターされた「サウンド・オブ・ミュージック」を買って見直しましたけれど、いやあ、やっぱり面白いですねこれ。まずこのあふれるほどの名曲ぞろい、これには驚嘆させられます。駄曲が一曲もない、これはものすごいことです。特に「ドレミの歌」ですよね。特典映像でアンドリュー・ロイド・ウェーバーが何度も絶讃していますが「一オクターブでこんな名曲になっているなんて、本当にすごい!」のです。あまりにも普及しすぎて子供の音楽入門歌みたいになってしまいましたが、それだけすごい曲なんですね。今となっては、この曲が出来る前の音楽教育ってどこから始めたのか分からないぐらいです。もし劇中のようにマリア先生が思いつきでこの曲を作ったんなら、彼女は超天才ですけど・・・。
 特典映像で驚いたのは、クリストファー・プラマーは当時、なんと25、6歳で、ジュリー・アンドリュースは27、8歳だったという・・・ということは、マリアのほうがフォン・トラップ大佐より年上だったということ? 本物のトラップ大佐とマリアは20歳以上の年の差カップル(もちろんトラップが年上)ですが。二人の演技力はすごかったということですね。
 ちなみにフォン・トラップという人はオーストリア・ハンガリー帝国海軍のUボート艦長としてトップクラスのエースだったのですが、第一次大戦の敗北で失業してしまった、というのは海沿いの領土はハンガリーで、オーストリアとハンガリーが分離したために山国オーストリアの海軍というのは解散しちゃった、なにせ海がないんですからね。で、当時の写真を見ると、袖にはすごく太い金線1本と細い線1本。これ、他国の海軍だと将官かなんかに見えますが、旧オーストリア海軍のシステムじゃ少佐です。英語のウィキペディアにもコルベッテン・カピテンとある。つまり「小型艦艦長」の意味。これ、ドイツ語圏では少佐です。英語で海軍の佐官はレフテナント・コマンダー(少佐)、コマンダー(中佐)、キャプテン(大佐)なんで、海軍でキャプテンというと大佐だけ。しかしドイツ語ではコルベッテン・カピテン(小型艦艦長=少佐)、フリゲッテン・カピテン(中型艦艦長=中佐)、カピテン・ツー・ゼー(海軍大佐)というようなことで、つまり全部カピテンという言葉が付く。だからトラップさんがアメリカに行って、自分はカピテンでした、と名乗ったのは嘘じゃないが、厳密に言うと艦長でした、ということで大佐だったわけじゃない、というのが正解らしいです・・・。
 この映画の最大特長は、前半のメロドラマ調、ファミリードラマが後半は一転、サスペンス調、戦争映画調になるところです。そのぴりりとワサビをきかしているナチス親衛隊役の皆さんの熱演ぶりもなかなかのものです(実際、彼らの演技だけはミュージカルじゃなくて戦争映画になっていますね)が、コスチュームも本格的で、黒服の親衛隊将校は古参闘志章など袖に付けており、シャツもありがちな白シャツじゃなくてカーキ色! いやこれは結構すごくて、どんな映画でも黒服のナチスは白シャツがほとんどで、本来の規定通りにカーキ色を着込んでいる映画なんて、私はこのミュージカルしか知りません。白シャツは儀礼のときだけで、通常は親衛隊の母体だった突撃隊の名残でカーキ色、というのはあまりにマニアックですが、それをちゃんとやっているこの映画は油断なりません。
 ◆  ◆  ◆
 ところで・・・「ドレミの歌」については、私はかなり前から・・・まあ中学生ぐらいから不思議に思っていることがありました。
 まず、ドイツとか英国とか、ゲルマン系の国では音名はCDEFGABCで表し、イタリアやフランスなどラテン語圏と、中国、フランス、ロシア、そして日本などがドレミファソラシドを使うんじゃないか、ということ。前者は「移動ドmovable do」で、後者は「固定ドfixed do」なんていうそうです。で、アメリカは英語圏だから前者だと思いこんでいましたが、そうでもなく、両方使うそうで、それで一応は納得。
 しかしそうしてみますと・・・なんでドイツ語圏であるオーストリアでドレミなの? という気がしてきます。オーストリアはCDEF・・・じゃないのでしょうか?
 次に、ドレミと音階が上がるたびに、いろいろな言葉を当てはめていくわけですが、最後のシをティーと歌っている。で、「ティーにはお茶とジャムで召し上がれ」なんて歌詞を付けて、みんなで振りまでつけて踊ります。しかし、どうしてシじゃなくてティーなの?
 これも調べてみて分かりましたが・・・クラシックなんかではドイツ語でCDEFGABCのそれぞれのシャープ♯(半音上げ)をツィス、ディス、エイス、フィス、ギス、アイス、ヒス、ツィスと言いますけど、同じようなことは英語圏でもあるそうです。こっちは知らなかった。私は専らポピュラー音楽でよく使うように、AマイナーとかEメジャーとかいう表現しかないのかと思っていましたけれど、do,re,mi,fa,sol,la,siの音名の語尾を変えて表現する英語圏のやり方があるそうで、語尾にiを付ける。すなわちdoはdiになり、reはriになる。とすると、シsiが困るわけです(笑)。元の音とシャープの区別が付かない。で、仕方なくここは元の音をti、シャープのほうをsiにしたんですって。以来、アメリカではドレミファソラティドなんですと。
まあ、そんなようなことらしいですが・・・突っ込んだ話は音大出のうちの妻に任せますが、それにしてもなんで日本じゃ、ドレミファもあれば、ドイツ式のツェー、デー、アーとかツィス、ディスもあれば、英国式のエーマイナーとかシーメジャーとかもあれば、あまつさえ日本式のハニホヘトイロハまであるのか? で、クラシックの人らは日頃はドイツ語のはずなのに、なぜか曲名となるとベートーベン第5番「運命」ハ短調とかいきなり日本式で言い出すのか? こんなだから音楽の授業が分からなくなるんですね。おそらく明治時代に統一しなかったせいでしょうけど・・・。
 


2009年9月27日(日)
今年は北海道や東北では完全に冷夏、一方で沖縄は、いつも暑い同地としても異常な猛暑で今になっても連日30度超えとか。うまくいかないものです。関東でも、まだ昼の日差しは強く、日中は汗ばむのですが、ただ風が圧倒的に涼しい。だから外を歩く分には日差しが思わせるほど暑くない・・・ということで、もともと夏嫌いの私としましては(もう子供のころからはっきり言って夏大嫌いです)、さっさと冬物を持ち出して、着て歩いております。
「ちょっと早めに、もうきっぱり秋物、というのがいいですねえ」と、これはある人から言われました。実際、こういうところで考えのある人は、お洒落、というよりも、要するにポリシーある人に見えます。これが9月30日までなんにも考えずに半袖、10月1日からまたなんにも考えずに冬物・・・こういうのが自分は嫌いです。ま、それは一つには、私自身は実はかなり服装自由な職場にいるからかもしれません。周りの人に合わせる必要なんてないんです、うちの職場って。だから燕尾服にトップハットで通勤しようが、フンドシ一枚で通勤しようが、基本的に問題ありません。外回りの人以外は。もともと制服的発想がない環境だから、ひたすら周りに合わせる、という感覚が理解できないのだろうと自分で思います。私もごく若いころにはロッカー丸出しな格好で出勤してました。首から鉄十字勲章なんかぶら下げたりして。サイケデリックなブラウス着たりして。
その後、外回りの時代に思いっきりサラリーマン・スタイルになったんですが、30歳前後では夏なんて今のクールビズどころじゃない、ワイシャツも脱いじゃってTシャツにスニーカーで出勤してました。ズボンだけ紳士物。で、会社で着替える。
ちょっとコンサバな感じにし始めたのは30代後半、やっぱり年齢的にも、あと会社やら業界団体やらでちょっと役職なんかがつくようになってから、今のような割とクラシック調になりましたですね。逆に言って、たとえば普通の20代の無役の会社員なんかが、ブリオーニのスーツなんか着て、ジョン・ロブの靴なんか履いている、なんて図は個人的にはあまり感心しません。もちろんご本人の勝手ではあるんですが。
◆  ◆  ◆
余談ですが・・・ブリオーニって、既製であるにもかかわらず、けた外れなお値段とか(まず安くても50万円以下ってものはない。ジャケット1枚で50万円なんてのは当たり前)、こないだまで007が着ていたとかいう話題性の多い、いかにもイタリアン・ブランドかつナポリのブランドですけれど、そしてアドリア海に浮かぶブリオーニ島から命名した、とはどこの雑誌やサイトでも書きますが、地図で見るとブリオーニ諸島ってのは現在、イタリア領じゃない。イタリアから見ると対岸のクロアチアに近いところ。だから発音もブリウニ島だかなんだか、とにかくイタリア読みのブリオーニとはいわないようです、現在は。そしてナポリからは、別にすぐ近くではない。考えてみるとけっこう意味深なネーミングなのかもしれません。
歴史的に見ますと、当然ながらあのあたり、かつてはオーストリア・ハンガリー帝国(北イタリアからハンガリー、クロアチア一帯はもともとハプスブルク家の領地)の領内で、本来は採石場として有名だったとか。その後はオーストリア海軍の根拠地だったらしい。それが19世紀末にリゾート地開発されて、オーストリア・ハンガリーはじめ欧州のちょっといいとこの人びとの保養地になったそうであります。イタリア領になったのは第1次大戦後で、オーストリア・ハンガリーが滅びたからおこぼれを頂戴した格好。しかし第2次大戦後には敗戦国として手放すことになり、ユーゴスラビアを経てクロアチア領になっているという次第。よってイタリア領だったのは20年ちょっとの間だけ。
これはなんにも定かな話じゃありませんが、第2次大戦後、ナポリで新ブランドを立ち上げるに当たって、わざわざ失った領土の名前を持ちだしたというのも、単に高級リゾート地にあやかって語感がいいからというだけじゃなく、なんか意地みたいなものを感じるんですが、私は。そんな一筋縄な話じゃないのかも、と思うのです。やはりああいう時期に訴えるものがあったのだろうな、と。特にナポリっ子は敗戦後のイタリア王制廃止をいたく悲しんでいた、と聞くので、ますます「古き良き日々」を意識していたんじゃないかと推測されますね。
ローマとナポリとミラノの違いうんぬんとよくファッション系の記事で言いますが、実際、本土と沖縄ぐらいの差はあると思います。ナポリはもともとブルボン家の両シシリー王国、ミラノのほうはオーストリア領時代の中心地で、ローマについていえば、最高権威は昔も今もずっと法王様。そんなごちゃごちゃした中、統一イタリア王家はフランスからやってきてサルデーニャ島から地歩を固めたサヴォイア家という王家でした。ナポリあたりの人らから見ればしょせん外国の殿様、そんなに思い入れもあるはずがない・・・なのでしたが、第2次大戦後に王制廃止となるときシチリア、ナポリの人たちは断固、反対した。君主制の方がいいというのですね。ちなみに南部ではムッソリーニはあんまり人気がなかった。伝統的な君主制の破壊者に見えたんですな。しかし北イタリアは、オーストリアの支配下に置かれる前はナポレオンに占領されており、その前は共和国だったところが多い。フィレンツェとかヴェネツィアとかですね。やはり全然、南と北では感覚が違う。北イタリアでは王制廃止大賛成だった。こっちではムッソリーニは人気が高かった。
こういう国で「イタリア男は伊達」とか、「イタリアのファッション」などと、ひとつの一体的な文化の国として見るほうが、無理があるような気がします。
◆  ◆  ◆
それはそうと。私は先日、映画の帰りにポールスミスhttp://www.paulsmith.co.jp/のお店で素晴らしい色とデザインのオッドベストを見つけ、お値段も手頃だったので買いました。これがダブルの折り返しで上襟はスタンドカラーというナポレオン時代の軍服そのもののデザイン。色は英国風の大柄なチェックで、まことにいい赤茶色と青に近い緑が効いています。これはなかなかお洒落です。
さっそく着込んでみましたが、会社で若い女の人なんかから、次々に「いい色ですね」とか「かっこいいです」と言われました。こう見事にきまると嬉しいかも。上記ポールスミスさんのサイトの「コレクション」でモデルさんが着ているダブルのベストです。私は薄い緑のシャツに緑のネクタイ、このベストに茶色の上下、茶色のスエードのブーツ、なんて感じにしてみましたけれど。帽子はイタリア生地のハンチング。
会社ではジャケットを脱いでいる場合が多いから、私はベストに気を使っています。その方が結局、効果的。真冬になると今度はコートやマフラー、グローブに力を入れます。このへんが一番目立つから。
案外、ジャケットというのは弱いもんですね、ですから。・・・おお、今日はなんだかファッション・ブログ系の記事になったなあ・・・。


2009年9月25日(金)
 あの白土三平の名作「カムイ外伝」の実写版映画「カムイ外伝」を見てきました。こういう絶対的に磁場の強い、というか名声の高い原作漫画を元にした映画化では、必ず「原作のイメージと違う」とか「理解が浅い」とか、いろいろ出てくるのじゃないかと思います。
 私自身は実はカムイ外伝は、ほとんど何も知らないに近いので(ほんの何度か、さわりの部分を何かで読んだだけ)、全くの新作を見るのとそんなに変わりはありません。
 で、今作の場合はやはり原作ファンへの手当て、というのものか、カムイが抜け忍(つまり忍者集団を離れて掟破りの逃亡者となった忍者)となった経緯とか、得意技を冒頭に紹介し、原作漫画の絵も使用して違和感がないように配慮していることが目立ちました。
 このへん、丁寧な配慮だと思いますが・・・けっこう、まだるっこいというか、今回の本筋とは関係ないというか、そんな感じも正直、ちょっとしました。崔洋一監督も、脚本の宮藤官九郎さんもすごく苦労されたのじゃないでしょうか。
 で、その逃亡者で追っ手の刺客「追忍」に追われる身のカムイ(松山ケンイチ)が、ふとしたきっかけで、高松城主(佐藤浩市)の愛馬の脚を切って殺し、その脚を盗む漁民(小林薫)と行動を共にすることになり、瀬戸内海の漁村を訪れることになりますが、そこにはかつてカムイより先に抜け忍となっていた女忍者(小雪)がいて、漁民の妻となっており、その娘(大後美寿々)はカムイに好意を抱きますが、元女忍者のほうはカムイを刺客と勘違いして警戒する・・・というようなお話。これは原作漫画の中では、カムイ外伝の中でもちょっと脇道の外伝、というある一章を映画化しているようですね。
 とにかく松山ケンイチほかのアクションはすごくよろしいように思います。その割にCG処理も多いような気もします。ま、うまく組み合わさってはいますが。基本的にうまい役者ぞろいだし、演技面では文句なしなんですが、なんかけっこう話のテンポがよろしくありません、個人的には。
 佐藤浩市の殿様がなかなかいい味を出しております。ただこれは原作通りなんでしょうが、たかだか5万石の大名にしてはエラそうすぎというか、権力が有りすぎるというか、まあ、大名としてはあんまり大きくないように思うんですが。
 それから大筋は原作通りなのだろう、とこれも思うのですが、やはりお話はとにかく陰惨でございます。もうまったく陰惨。救いなし。
 ひたすら沖縄でロケしたらしい海の青が美しく、それが唯一の救いですか。ということで全くの「カムイ初心者」としての感想は「娯楽作品としてどんでん返し的な転換も多く面白かったけれど、とにかく後味は暗い話だった」というにつきます。熱烈な原作ファンの方はどうなんでしょうか?
 
 

2009年9月23日(水)
 中国であの毛沢東主席のお孫さんが将官に昇進した、なんて話をどこかで読みました。39歳で少将は、中国軍で最年少だとか。軍隊で将官というのは、まあ普通の会社でいえば重役になったようなもんです。かえりみれば自分は42歳。男の厄年で病気もしました。「裸の大将」で「で、それは兵隊でいうと大将か?」というセリフがありますが、今の自分は兵隊でいいますと・・・どうですかねえ? 二等兵ではないと思うけど、・・・ま、それじゃ上等兵ぐらいかしら。年齢だけは重ねました、という。
 ◆  ◆  ◆
 そろそろクローゼットの夏物と秋冬物を転換しております。まずは夏物の帽子をしまいこんで、秋物に替えました。数えてみると夏物だけで15個はあります。冬物も同じぐらいある。よく買ったもんだなあ・・・安物ばかりですが。帽子なんて風で飛ばされるかもしれずあんまり高いものは被りません。
 コート類も全部出してみましたが、革のコートやジャケットは、春にラナパーを塗っておいたおかげで状態もよく、すぐにも着られそうです。それからしまいこんでいたオッドベストのたぐいが・・・おやおや、こんなにあるのか! 自分でも驚きました。やはり15枚ほどあったりします。
 夏に買ったカラーパンツを点検し・・・今夏はずいぶんと色ものを増強しました。バナナリパブリックの深紅のもの、ハロッズで買った緑のもの、それからリプセットで仕入れた縦縞のもの、ダイエーで買った(!)オレンジ色のもの(これがなかなかいい色)など。そういうわけで今年は案外にこれらの各色を着まわしたため、例年よりも白やクリーム色のスラックスは汚れませんでした。
 全体に、あまり汗もかかず、即座にクリーニングに出さなきゃ、というものはあまりないですね。とりあえずハケットロンドンの白いジャケットと、西友で買った(!)水色のジャケットぐらいでいいか。例年だと塩を吹くぐらい着倒すブルックスブラザーズのブレザーも今年はほとんど汚れていないように見えるんで、まあ、いいか。
 ということで、そんなこんなをクリーニングの「ハッピー」に送り届けました。こちらは京都にあるクリーニング屋さんですが、高級な服でも水洗いする技術が売りのお店です。銀座のアルフレッド・ダンヒル内でも出店を出していますが、実はうちの妻がダンヒルの階段を怖がるので(階段の板と板の間を塞いでいなくて、下が隙間から見えるタイプ。おしゃれなお店には多いです)・・・かなり高所恐怖症なんですね。そんなわけで宅配で送ることにしました。
 ついでに下駄箱の中も大掃除。靴も全部とりだして、一斉手入れ(というとなんか警察の捜査みたいです)。アルフレッド・サージャントのブーツを出してみましたが、問題なし。近頃は靴の手入れなんてのも、まあ2か月に1回しかしません。最初にちゃんとやれば、あとはそんなに必要ない。そういうときは、ついでにすべての革の鞄、ベルト、時計のベルトや財布まで、持っている革ものを全部手入れします。すごい時間がかかります。なんか数ばかり増えちゃったもので。
 ・・・と、こんな具合で私もそろそろ秋冬体制にいたします。今は夏物のジャケットにベストなど合わせておりますが(夜勤が多いので深夜などけっこうこのぐらいでいいです)、徐々に冬物に移行いたします。
 

2009年9月19日(土)
 ひとつご報告を。うちの妻の辻元玲子さんが、このたび日本出版美術家連盟の会員になりました。商業画家、挿絵画家の伝統ある団体で、かつてはあの小松崎茂先生も在籍しておられました。今も上田信先生、大西将美先生、水野行夫先生ら錚々たるミリタリー系の先生がいらっしゃいます。先日、入会審査・面接を受けて合格したそうで(面接があるんですね、ペンクラブとか文藝家協会では面接というのはなかったですが)なにはともあれ、本人は喜んでおりますし、私もますます頑張ってくれるのじゃないか、と思っております。
 ◆  ◆  ◆
 このほど、新しいシャンプーを買い込みました。アメリカの「ハリウッド・セレブ御用達」といわれる(ホンマかいな)WENという商品です。前から気になっていたので、今まで使っていたものが切れたところで購入・・・さてそれで、使い心地ですが、これはなかなかすごいんじゃないですか。ほんの2回ほど試しただけですが、ものすごく効いています。具体的には・・・私は若いころ、かなりきつい天然パーマだったのですが、年を取って髪が弱々しくなると、ウエーブも自然になくなっておりました。が、今回、WENを使ったらたちまちウエーブが復活! それだけ髪が勢いを増したのだと思います。非常によいので少なくともしばらくこれで、と思っております。
 ◆  ◆  ◆
 先日、新浦安のマンション街にあるフレンチのお店「アルル」を訪れました。5年程前に今の家に引っ越すまで、新浦安のご近所にいたので、よく行ったお店ですが、とにかくシェフの腕前は確か、素材はいいし、満足感はあるし、いうことなし、なのであります。で、久しぶりにそちらに行ったのですが・・・あれ? なぜかシェフ一人だけ。前はかなりスタッフがいたと思うんですが・・・シェフが自分でメニューを持ってきて、お皿を並べて、料理して、片付けて、と大変そう。「実は、秋の就職活動とかで、バイトの子がみんな出払っちゃってまして」というんです。そうか、学生さんたちがみんな秋のシュウカツというやつなんですね。私らのころは基本的に春にやるもんでしたが。
 なにしろ今年なんかものすごく厳しくて、50社、60社受けるのは当たり前、なんて聞きますし、5次面接、6次面接・・・と8次面接まであるような会社もあるとか。そりゃいやになりますね。シェフも「ほんの1、2年違うとこうも違うんですかね。ちょっと前は売り手市場だったのに」と仰っていました。

2009年9月17日(木)
 鳩山首相、という言葉がまだ耳慣れませんが、まあ、いよいよということで・・・とにかくこれから、小泉時代なんて問題じゃないほど「抵抗勢力」が湧いて出てくると思います。ご奮闘をお祈りいたします。
 例のマニフェストというの、別にすぐに全部実現するなんて、そんなに有権者は思っちゃいない、と感じます。はっきりいって選挙向けの公約なんてどこの政党もあんなもんだろうぐらいは、誰にでもわかる。
 みんなが期待しているのは、普通の企業などでも、使い込みとか不正が発覚するのは、必ず経理担当者が異動になった時、なんですね。どんな組織でもそう。国に関してはそれが50年も本質的に同じ穴のむじなばかりでやってきた。
 そこらを暴こうとしたり、旧例をいじくったり、人事を変えようとすると必ず、「現実的じゃない」とか「国際的にどうのこうの」とか「効率が悪い」とか「混乱する」とか「株価が下がる」とかいって邪魔立てする人が、中央にも地方にもごまんと出てくるでしょう。その尻馬に乗って騒ぐ人も次々に出てくるでしょう。また、取るに足りないことをスキャンダルといって持ち出す馬鹿な人も、すでにいろいろ出てきているし、これからも出てくるでしょう。言葉尻をとらえて「だから経験がない素人は困る」とかいって揚げ足取りばかりする意地悪も出てくるでしょう。
 そんなわけで一定程度、混乱するぐらいのことは有権者も分かっていたはずですので、安定が好きでずっと50年辛抱してきた国民が、今度は少々、波乱があってもいいから、安定が揺らいでもいいから大掃除してくれ、それさえしてくれれば、ほかのことには目をつぶるのでやってみろ、というのがこないだの選挙結果なんですから、そのおつもりで頑張ってほしいですね。
 ◆  ◆  ◆
 以前、市川のニッケ・コルトンプラザにあった紳士用品店「コルレレCORRERE」が3月から船橋のイトーヨーカドー東館に移転・開業されました。ところがちょうど私が入院してしまったのでご挨拶できなかった。昨日、やっと船橋を通ったついでにうかがいました。すごく広いスペースになって、で、ちょっと変わった服が相変わらず並んでいます。店長さんが関西の人で、ちょっとセンスが違うんですね。色遣いなんかが違うと感じます。あるいは仕入れルートがちょっと違うのじゃないでしょうか、関西なんじゃないかな、と思います。実は前に書いたピンクのスーツ、というのもコルトンプラザ時代のコルレレで買いました。
 ちょうど秋冬の茶色い帽子がほしい、と思っていたのでご挨拶がてら、購入。こういう小物も充実しています。ジャケット類が豊富なのは前からですが、さらに今回から婦人物も扱われるようになったとのこと。お近くの方はぜひ。


2009年9月13日(日)
ある方に近況ご報告で書いたメールですが、皆様にも分かりやすいと思いますので、さわりを引用致します。

「・・・ところで妻のほうですが、もううんうんいっておりまして、ちっとも順調ではないのですが、しかしまあ少しずつは進んでおります。・・・しかしようやく山場のナポレオン時代を通過しました。フランス軍の元帥服とか軽騎兵の派手な制服とか・・・まことに難物でした。今はネルソン提督の制服を描いております。ネルソンのそばで当時の水兵・・・これもまだセーラー服じゃないピーコートというやつです、それが当時の敬礼・・・これまた
拳を握ってやる古い敬礼です、そういう絵を描いております。背景がないとしまらないので、ヴィクトリー号の甲板を描きましたが、これもあまりいいかげんなことは描けないので・・・。たとえば舵輪の上にぶら下がっているバケツはなんだとか、その前の海図台みたいなのはなんだとか、いちいち引っかかります。私は私で、ちょっと前まではハンガリーの勲章をまとめていました。ハンガリー語がとにかく分かりませんので、困りました。・・・終わったら今度はまた難物のイタリア半島。小さな国だらけなのはドイツと同様。歴史自体が頭に入りません。それで目下はヴァチカンの勲章をやっておりますが、これがもう総本山ですからかなり大変。面倒きわまりないです。そんなこんなのことを、楽しみながら苦しみながらやっております」

 とまあ、こんな感じでやっております。
 ◆  ◆  ◆
 最近、ファッション雑誌各誌をちらちら見ていて、まあこの時期になると秋冬の新作を先取り紹介、ということになりますが、気になったものというと、リチャード・ジェームズの2ボタンだけどダブルのスーツ、それからタキザワシゲルのダブルのベストを付けたスリーピース、それにハケット・ロンドンのいよいよ開始したスーツ・オーダー・・・ハケット氏ご本人がおいでになるとかですが、最低価格が20万円台から、ということで言うまでもなく万年素寒貧の私は手が出ませんけれど、いいですね。
 今年は出版もあるし、入院もしたしで、いつにもまして財政が厳しい私ですので、大して新しいものは仕入れることは出来ないでしょうが、見ているだけで楽しいです。

2009年9月06日(土)
 何事も幅広く知っていないと、と思うことがよくあります。たとえば、船乗り用語で「そのままの針路でOK」の意味の「よーそろー」というのがありますけれど、あれは「宜しく候」の意味で、幕府海軍から日本海軍に引き継がれた、というようなことは結構、知られていますが、そのまた語源というと神楽なんかを褒めるときの「よーそろー」というかけ声、あれらしいですね。幕末に神楽の用語を持ってきた、というのは有りそうな話です。
 ◆  ◆  ◆
 いや、先日の集英社UOMOという雑誌で、スタイルクリエーションズ社の滝沢滋さんが乗馬ライフについて語っておられましたが、氏が乗馬される理由というのは、西欧の服飾の原点は乗馬服であり、その伝統は古代ローマの騎士にまで行き着く、ということを仰っているんですね。で、そういう本質を知るには自分で乗馬をやるにしくはない、と。
 実際、西欧で騎士というものが最初に出てきたのは古代ローマ。エクィウスという身分で貴族と市民の間の階級だった。これ、共和制時代には市民が自弁で軍に参加したものだから、馬に乗れるというのは有る程度、裕福な家庭の人じゃないと出来ないことだった。ということで、騎兵になれるのは中流の上、ということだったわけです。もちろんそれより上の貴族は馬には乗れたけど、それは司令官とか将校として乗るわけです。旧日本軍で言う乗馬本分、つまり馬に乗れる身分、ということです。かつての日本の武士でも徒士と馬乗りの武士は身分であった。こういう身分で乗馬するしない、というのはありがちなことですが、ローマでは面白いことに、兵種+身分という混然としたものとして騎士が生まれたんですね。しかし、帝政時代にはいるとローマ軍は基本的に職業軍人の集団になって、戦術も歩兵中心となる。で、騎士というのは貴族と平民の間の階層として残るんですね。
 その後、騎士層というのが十字軍時代にカトリック修道会と結びついて、騎士団と、勲章制度というものを生み出す。西欧文化の中心にこの騎士制度というのは脈々と流れていくわけです。勲章を貰って騎士団に入り、騎士身分となる。これが立身出世の王道コースであった。英国など今でもそうです。
 その後も、近代以後になって「騎兵」という兵種は、決して身分階級とは関係ないものになっていくのだけど、つまりあくまで馬に乗る兵種であって騎士じゃなくても騎兵にはなれるようになるんですが、やはり馬に乗れる家柄ということから、貴族的な要素は残っていくわけです。これは第一次大戦後、騎兵というのが消滅するまで雰囲気として残っていたんですが、確かに、乗馬するときは背筋をすっと伸ばしていないといけないし、ダラダラしているわけにも行かない、そして歩兵と比べると高いところから見下ろすから、やはり意識として高くなる。
 第一次大戦でも、初期のパイロットは貴族出身で、騎兵から転身という人が多かった。たとえばあのマンフリート・フォン・リヒトホーフェンですね。やはり高い世界の住人、ということだったのでしょう。
 ◆   ◆   ◆
 今、次の本のために妻が色々、勉強して絵を描いていますが、歴史上、様々な騎士や騎兵が出てきます。ことに近代になってくると、ポーランドの有翼騎兵やウーラン、ハンガリーのユサールなどなど、馬の絵ばかり。
 こんなことを調べ始めると、やはり自分たちも馬に乗ってみるぐらいなことはしてみないといけないな、と滝沢さんの話を読んで思った次第でした。
 
 

2009年9月03日(木)
それにしてもインドネシア、地震が多いですね。震災も気になりますし、またインフルエンザが流行する今、被災者が感染するなんてことがなければいいですが。台湾の水害のほうも、そのへんが気になります。
 他人事ではなくて、日本でも流行期に入っちゃったわけですが、家に引きこもっているわけにもいかず、新型ワクチンというのもなんかかえって体調悪くしないかと心配だったりしますし、それもどうせ私どものような世代の人間は後回しですから・・・それは致し方ないですが、しかしなんであんなに学校というのは感染するのでしょうかね。やっぱりはっきりいって環境が悪いのでしょうか。学校と牢獄、兵営、病院というのはみな近代社会が生み出した市民統制のための施設で、本質は似たようなものといます。今となると学校が一番、収容している人間を大切にしない点で、遅れているのかもしれません。
 ◆  ◆  ◆
 先日の選挙で、11歳なのに投票してしまった小学生とか、逆に21歳なのに投票できなかった女性とかが話題になりました。自分たちの投票所のシステムを思い出しても、別にその人物そのものを見て判断しているとは思えず、投票整理券を持っている人と係員との引き換えのやり取りがきっちりしていれば、若く見えようが老けて見えようが間違いは起こりようがないと思われますが・・・やはりそのような投票所の係員はたるんでいた、ということなんでしょうね。
 ◆  ◆  ◆
 いまさらですが、選挙も終わりほっとしましたので、もう一度夏休み気分で、幕張メッセでやっております「恐竜2009 砂漠の奇跡!!」展を見てきました。http://www.kyoryu.jp/index.html
 何年かに一度、この恐竜展は行われますが、前回はチュアンジェサウルスというのが見もので、今回はマメキンサウルス、じゃなあった、マメンキサウルスの標本というのが目玉です。いや大きいこと大きいこと、全長36メートルですか、もう普通のカメラじゃ全貌が撮影できません。ちなみにマメンキというのは馬門渓、の中国読みだそうですね。いわゆるアパトサウルス系のひょろ長い恐竜ですけれど、体重も50トンはあったのじゃないか、ということはもう戦車並みです。なんでここまで大きい生き物がいたんでしょうか。
 あと、巨大な8メートルも体長がある羽毛恐竜ギガントラプトルとか、ティラノサウルスのご先祖と目される毛深いグァンロン(冠竜)とか・・・もうどう見ても鳥ですね。ほんのちょっと前までは「恐竜=鳥」説は異端、あるいは「そういう説もある」というものだったのに、今は一般常識と化してきました。要するに恐竜は全然滅びていなくて、鳥になっただけなんじゃないか、ということですが、したがって恐竜はかなり頭がよかったに違いなく、イメージもまったく変わってきましたね。
 それからもう一つの目玉はハドロサウルス「ダコタ」の化石展示です。なんと皮膚の跡が残っているんですね。ちゃんとウロコがはっきりわかる。
 あと、うちのカメ好きな妻が大興奮していたのが、カメの化石です。当時はまだ完全に首をひっこめることはできなくて、今でいうヨコクビガメのたぐいだったようですが、まったく構造的には今のカメと変わらず、恐竜より前の時代から今に至るまで生き残っている、という実はすごい生き物なんであります。
 化石ともに今のカメさんとスッポンモドキが水槽に入れられて展示されていました。ずーっとそこで妻が釘付けになっていたのは言うまでもありません。
 ちょっと今までより会期が短くなったようで、不景気なんでしょうか。それにしてもこの巨大なホールでしか展示できないスケール感はいつも見事で、ぜひこれからもやってほしいイベントだと思いました。

2009年9月03日(火)
 いやあ・・・ほっとしました本当に。結果がどうこうというより、仕事柄、この1年間は気になって仕方がなかった総選挙ですが、まあ割とあっさりと片づきまして・・・なにしろこのぐらい一方的な結果だと、仕事も非常に楽です。僅差が多いのがいちばん困る。
 今回の選挙でもちろん、いろいろ思ったことはありますが、ま、最も感じたのは「ネガティブキャンペーンは基本的にやらない方がいい」ということです。明らかに、それを言い立てている側の劣勢のイメージをかきたてます。いかにも正攻法では勝てない、という印象になってかえって悪い方に傾くように感じました。アメリカの選挙でも結局、劣勢の側がネガティブに走ってますますイメージを悪くする、ということが度々ありました。
 ヒトラーの時代じゃあるまいし、国民もかなりイメージ操作というものを理解するようになってきました。同じ手は何回も使うと効果が薄くなります。ネガキャン、ワンフレーズポリティックス、劇場選挙、国内に抵抗勢力、国外に仮想敵国を置いて煽り立てる手法・・・みたいなヒトラー式というか、ブッシュ・小泉式というのは、今後はかえって逆効果になると思いますね。
 ◆  ◆  ◆
 新浦安のアルマディオさんhttp://www.armadio.jp/で、青いシャツをオーダーしてみました。なんでも取り扱い生地を増やして、有名な輸入物ブランド生地でも1万5000円前後で作ってくれる、というので、なにせこういうご時世です、既製品なのにあれこれ理屈をつけて3万も4万もするシャツを平気で売っているお店もありますが、私は正直なところ、シャツに3万円以上出すのは自分の身分では不相応と思いますので(そりゃ社長さんにでもなれば、シャルベかなんかで単価5万も6万もするものを作るとか、いっそ海外の名の通ったお店で1ダースまとめオーダーするとかすればいいのでしょう)、しかしながら一方で、一日中、外で着ているのはジャケットよりシャツですから、ある一定の水準以上のシャツだと圧倒的に一日の疲労感が違う、というのは体感しているところであります。ちょっと見では1000円とか2000円のバーゲンもののシャツだって大した差はないのですが、やはりガチガチの接着芯の入った襟のシャツはだんだん、疲れてきますね。そんなこんなで、アルマディオさんのオーダーシャツは非常にうれしい値段設定であります。
 実際、たとえばカンクリーニなんかも扱っていらっしゃいます、こういうお値段ならお得ですね。

2009年8月24日(月)
なんとなく夏が終わってきましたかしら・・・今日は午後から完全に「秋風」となりました。今年は、思うに、少なくとも関東あたりでは冷夏というほどじゃなくて、「すごく普通の夏」といいますか、20年ぐらい前の夏ってこんな感じだったかな、という気がします。扇風機があればしのげる、最高気温もせいぜい30度をちょっと超えるぐらい、昭和から平成の初めはまだそんな感じだった気がします。
 西日本でも「まあまあ普通に暑い夏」だったと存じます。一方、東北、北海道はかなり深刻に農業被害が心配されているとか。
 今日、大手町の野村証券ビルの前の植え込みで、しきりにクツワムシが鳴いていました。あちこちでセミの亡きがらも見かけます。都心もけっこう虫はいるんです。
 ◆  ◆  ◆
 私は今日は、全身をピンクずくめにしまして・・・夏物のかなり遊び用のピンクのスーツがあるんですが、上着だけ、パンツだけで着ることが多く、上下そろい出来ることはまあ一夏にせいぜい2,3回。そろそろ出番も少なくなりそうだし、来週あたりからは白いジャケットとかリネンのストールみたいな、真夏という感じの服はそろそろやめて、秋色を出していくつもりなので、最後とばかりに着込んでみました。ついでにピンクの夏物の蝶ネクタイも締めてみました、はい。これも今年はそろそろおしまいか。
 ◆  ◆  ◆
 いよいよ選挙ですけれど、ま、なにも書きませんが、ひとつだけ思うのが、こういう時期になるとどのマスコミも「どぶ板選挙」などといいますが、私は40年以上、生きてきて、いまだに立候補者が家までやってきた、なんて経験はありません。
 はっきりいって国政選どころか、地方選、市議会議員選挙のたぐいでも、一度もありません。きっと、ものすごく「どうでもいい下層市民」なんでしょうか、私なんて。ま、別に来て欲しいとは思わないのだけれど、必ず「どぶ板」「どぶ板」と繰り返されるので、不思議な気がするだけです。
 

2009年8月20日(木)
映画「ナイト・ミュージアム2」を見てまいりました。2007年にヒットしたベン・スティラー主演のコメディーの続編です。今回は、前作で舞台となったニューヨークの自然史博物館からアメリカ最大のスミソニアン国立博物館に移動、スケールアップして、ということであります。具体的には、ニューヨークの博物館が展示物の見直しをして、前作でおなじみの「夜になると蘇る」連中がそろってスミソニアンに移管される、というところから騒動が始まります。一方、警備員だった主人公は本職の「発明」でついに成功、この2年の間にちょっとした会社のCEOに収まっており・・・と、そんな感じでございます。
 また例によっていろいろ出てくるのですが、見てのお楽しみ。今回のヒロインはアメリカの女流パイロット、冒険家として著名なアメリア・イアハートです。彼女を演ずるのはディズニー映画「魔法にかけられて」で喜々としてお姫様を演じていたエイミー・アダムズ。脚にぴったりしたパンツを穿いて登場ですが、なかなか決まっています。
 ほかにも巨大なリンカーン大統領とか、見ものはいろいろあります・・・が、今作は前と違って、すでに摩訶不思議な世界が前提となっているので、そのドキドキワクワク感は不足しております。
 それから、イワン雷帝とかナポレオンが出てきますが、特にナポレオンの扱いはちょっとひどいのでは? フランス人は不快に思うかも。
 ◆  ◆  ◆
 帰りがけに、デジタルリマスター版の「シェルブールの雨傘」を買いました。いろいろ見直して気づくことがありますが・・・考えてみれば、昭和30年代のフランス、自動車修理工場に勤める主人公自身は自転車通勤。あのころはそうでしょうね。しかし携帯電話が出てこないぐらいでちっとも古びていないのがすごい。
 女性だけでなく男性のファッションも見直すと決まっています、配色のセンスがすごい。

2009年8月14日(金)
 結構、色々な人が立て続けに亡くなりまして・・・。先日の大原麗子さんは驚きでしたし、今日の山城新伍さんも驚きました。それから作家の海老沢泰久さん、まだまだお若いと思っていましたが、この方は確か、私の母校である茨城県立下妻第一高校のOBだったと思います。まあ、そのことしか存じ上げないのでなんですけど、母校の物書きの出世頭という人が亡くなったのは残念です(ちなみにもっと古い世代だと、横光利一などと一緒に新感覚派でならした龍胆寺雄さん、なんて先輩もいらしたように思います。
 もうお一方、レス・ポール氏も亡くなりました、といってもあまり一般的にはピンとこない人名でしょうが、今、世の中に出回っているソリッド型エレキギターというものはほとんど、プロトタイプは2種類しかなくて、レオ・フェンダーさんが作ったフェンダー・ストラトキャスターという種類と、それからこのレス・ポールさんが作ったギブソン・レス・ポールというもの、なんですね。有名なレッド・ツェッペリンなんてバンドもこのギターがなければ、ジミー・ペイジの出したような、ああいう音にはならず、ああいう音にならなければ、ああいうバンドにならなかった、という具合です。
 ◆  ◆  ◆
 いよいよ終戦から64年の8月15日。終戦時に20歳の若者でも80代半ばでありまして、ある程度、責任ある立場にあって状況が分かっていた人となるともはや90代以上ということになりました。「今次大戦」という言葉もそろそろ死語でしょうね。
 ◆  ◆  ◆
 そして、ひとまず歴史の世界にお蔵入りしてしまうと、急激に記憶が薄れて分からなくなっていくものです。今、次の本向けにフリードリヒ大王の時代の服装なんかを調べていますけれど・・・このへんの時代になると、かなり資料が多いようで・・・案外に多くない! みんな分かったつもりになっているけれど、分かっていないことが多かったりします、ディテールとなると。
 ふと調べていて、戦前のドイツで作ったらしい「フリードリヒ大王」という白黒映画をドイツのサイトで発見。なんと太っ腹に全編90分以上を完全公開していまして、驚きました。どうもこれ、ゲッベルスがヒトラー総統を喜ばせようとして作ったものの一作みたいですね。大王がなんか、ヒトラーそっくりにアジ演説するんです。あんな人じゃないと思いますが・・・。それはそれとして、当時の敬礼の作法として、帽子(当時は三角帽というハットです)を脱いで右腕をまっすぐ横に突き出すようなことをしておりました。脱帽するのは知っておりましたけれど、ああいう風にしたんですかね・・・なんか、あれも帽子を手に持っていないと、例のハイル・ヒトラーになっちゃいそうですが。
 もっとも、ナチス式敬礼、などといわれているものも、本来は古代ローマ以来、存在している右手を掲げる敬礼が起源ですので、別にナチスがオリジナルじゃないのですが。
 それにしても、ものすごい数の兵隊さんが出てくる映画で、一瞬、CGかと思いますがあの時代にあるわけはなく、本物の兵隊が何百、何千人単位で出演していますが、あれもおそらく当時の本物のドイツ軍でしょうね、服装はコスプレしていても。戦闘シーンが迫力ありすぎますし。


2009年8月10日(月)
 なんか芸能界関係、いろいろありますが、コメントしません。こういうのはよく分からないと不用意なことは・・・。ただひとつ、酒井容疑者の件、逃げ回ったのは良くなかったですね。ところで、アメーバニュースというのでこんな記事を見かけました。「質問サイト「Yahoo!知恵袋」で「男がスカートって許せますか?」という質問に多くの回答が寄せられている。スカートをはく男性が原宿や青山などお洒落な街で増殖しているとの報道があったが、質問者は「やはり抵抗があります」という。スカート肯定派は「スカートは女性専用なんてルールはありません。それにズボンは男性専用となりますね」「スカートはいてる男の子の心意気は好きですよ。昔もスカート男居た記憶があるし何をいまさら・・・・って感じですね」「似合っていたら、いいんじゃない」との意見。否定派は「スコットランドの民族衣装なら見慣れてますが。。。ちょっと、ついていけません」「男の人はジーパンとかの方が絶対にカッコイイです!」「履くのは本人の自由でしょうが、いくらなんでもアホだと思います」といった意見だった」ということですが、・・・ああ、今頃こんなのが話題になってるんですか。
 いやあ、たとえば去年、エトロが発表していた新作は、男性用スカートのオンパレードでした。その他、けっこう定期的に「男性用スカート」というアイデアは持ち出されます。
 これだけ温暖化がどうのこうのいうなら、クールビズなんて中途半端な話よりこのぐらいやったほうがいいと、個人的には思っておりますが。というか、男性がズボンを穿くようになったのはいつ頃か、ご存知でありましょうか。
 シュメール人や、ギリシャ人、ローマ人、エジプト人など古代の文明国家の男性はみんなスカート着用だったわけです、歴史映画でご覧になるとおり。だいたい温暖な地で文明は生まれたので当然でありました。
 ズボンをまとうようになったのはアッシリア人とかゲルマン人とか、西欧から見ると「蛮族」と呼ばれた人々だったわけです。彼らは寒冷地であるとか、あるいは平原で騎馬に乗るとかいう都合でズボンをはき始めた。
 で、ローマ帝国が亡びるとゲルマン人がやってきて、フランク王国というのを築くわけでこれが今の西欧の各国の元祖です。これでめでたくズボンが定着するのか・・・というとウソでして、フランクの人々はローマ人を真似たのか、ワンピースみたいな上着と、長い靴下を穿いてズボンの代用とするようになった。つまり、スカートとタイツだったわけ。
 そのまま中世に至るまで、西欧人は実はズボンというのは穿いていません。股間の当たりまで届く長靴下をはいて、中央の急所の部分を「股袋」コッドピースという「急所隠し」で抑えておりました。実に変な格好でした。
 その後、ようやくズボンを穿くようになったのは16世紀も後半に入ってから。日本で言うと戦国末期です。日本の男性はとっくに袴を着用していたのだから、日本人のほうがよほど下半身はきちんとしていたわけです。
 しかしこの時期の西欧のズボンというのは半ズボンであった。それからずっと貴族は半ズボンで、防寒用とか労働用として下級の人が長ズボンを穿くようになりました。
 で、例のフランス革命で長ズボンの民衆が半ズボンの貴族を倒して以来、男性ファッションの基本は長ズボンになった。これ、やっと19世紀に入ってからのこと。それもナポレオンの時代には半ズボンへの揺り戻しがあったり、いろいろありました。
 ・・・ま、そんなわけで、案外、男性がズボンを穿くようになったのは、ここ400年ぐらいのこと、長ズボンについて、それが定着したのは200年ぐらいのこと、というわけであります。
 民族衣装として古代ケルト人以来のスカート風を残すスコットランドとか、あるいは半ズボンを墨守するドイツ・バイエルン地方とか、もあります。これらの地域ではそれが正装であります。
 日本人は洋服を着始めてようやく150年ほど、という歴史の浅い国なわけです。だから「よく分かっていない国の特権」として、いろいろやってみるのもいいんじゃないでしょうか。定着するものが出てくるかもしれませんし。服装というのも言語みたいなもので、共通コードと、突飛な流行語がせめぎ合って変わっていくのです。定着する言葉もあれば、1年で消えていく流行語もあります。
 ◆   ◆   ◆
 それよりこの時期、ファッション誌などでもなにかとポロシャツを推奨しますが、そしてもちろんポロシャツはいいギアだと思いますけれど・・・しかし、あきらかにすえた体臭をさせている男性が多くないですか、ポロシャツの人って。下着を着ないで、ざくざくした鹿の子の、案外に吸収性が悪く速乾性も悪いポロシャツは、汗がこもって嫌な匂いになりがちでは? 特にへそのあたりに汗だまりができたまま乾いて・・・うわ、気色悪い。素肌に着るとけっこう、肌触りも気になりますし。
 これも有名ブランドの高級品だと、もっと着心地が違うんですかね。私は安物をゴルフのときぐらいしか着ないので・・・。
 



2009年8月03日(月)
 今ちょっと機嫌がよいのですが・・・ある方のツテで、前から欲しかった松栄のモデルガンMP44を手に入れたからです。http://www5e.biglobe.ne.jp/~nakaya/shoei/shoei%5Bair%5D.htm
 現在、松栄さんではエアガンを製作しており、モデルガンの在庫はほとんどなかったのですが、ある方のご紹介をいただいて少ない在庫品から一丁、買わせていただいた次第です。私は勿論、実はうちの妻というのがとにかくこの銃が好きで、なにかというと自分の作品でも描いておりましたけれど、やはり絵を描くには実物に近いものが必要、とくに斜めとか後とか、そういう角度から見た絵が描きたい、というのですね。
 我が家はなにしろ画家がいるわけなので、今までもモーゼル小銃とかMP40短機関銃というのは持っておりましたけれど、MP44についてはなんといっても松栄さんのが素晴らしいと聞いておりました。しかしそれ相応のお値段、出来心では買いにくかった・・・のですけれど、人の御縁は大事ですね、話が進む時はとんとんと進みます。もう10年越しで欲しかったものなので、私も妻も大喜びしております。
 確かにいい感じの仕上がり、海外では博物館用のレプリカにもされているという出来栄えだそうで、手にしてみると誠に実感あふれるもの。ドイツ軍ファンが欲しがるわけです。
 次に出す「世界の軍服」で後期のドイツ兵の絵を起こす場合には、手にする銃はもう決まりですね。
 ちなみに、詳しい方には蛇足ですが、MP44というのは第二次大戦後期にドイツ軍が送り出した突撃銃、つまりそれまでの小銃と機関銃を合わせたような銃の元祖です。戦後になってソ連のカラシニコフAK47や、アメリカのM16など、この銃の影響を受けた突撃銃が開発され、銃の世界のグローバルスタンダードを築いた、という金字塔的な銃です。
 確かに60年以上前にこういうものを使っていたとは、見るからに時代の先を行くもので、ナチス・ドイツ軍はなんかやはりSFのような集団ですね・・・。

2009年7月31日(金)
 先日ですが、スタイルクリエーションズ社の滝沢滋社長から「Mazzoleni Gloves ORDER EVENT !! 2009年7月31日 金曜日 17時〜19時 レセプション MAZZOLENI GLOVESのダニエラ女史を囲む会 皆さま是非ともご参加ください」というメールを戴きました。そんな次第で、サローネ・オンダータが入る虎屋ビルのほど近く、バーニーズニューヨークの入る交詢社ビルの前にあるサローネ・バーグレー(こちらはスタイル社の女性部門です)に伺いました。
 とにかく新しい店に入るのは苦手な小心者の私は、おっかなびっくりエレベーターを上がりまして、ドアを・・・ちょうど小さな覗き窓が開いているのでじろじろと中をうかがい(アホですね)、で、そっと中に踏み込みましたけれど・・・こちらのお店は初めてなんですが、広くはないですが明るくて居心地のいいお店であります。
 で、壁際の棚にずらり、と問題のマッツォリーニのグローブが並んでおりました。見るからに質の良さそうな、丁寧に作った感じのグローブです。
 昨日の靴の話でもそうでしたが、私は手も足も身体も「太くてがっしりしていて、短い」ので、大抵の既製品は長すぎて細すぎる、となります。グローブもしかり。けっこう持ってはおりますが、今までで一応、きっちりとしたフィット感があったのはメローラのぐらいでした。
 そんなわけで、オーダー手袋、かなり興味があった次第ですが・・・ぱっとお会いしたのは滝沢社長ご本人で、「ご体調はいかがですか」と聞かれ恐縮。「いやあ、かえって前より顔が大きくなったかもしれません」と申し上げましたが。で、せっかくなのでグローブを注文・・・いろいろ合わせてみましたが、基本的には女性サイズの方がよさそう、という話になりました。で、色調は、昨日ヒロ・ヤナギマチで頼んだばかりの靴に合わせてやろうか、という魂胆もあってボルドー系の赤茶色いものに。
 実になめらかでいい革です。しっとりしていて、まことに手触りがよろしいです。
 お値段ですが、ぶっちゃけのところオーダーで、デザインやら色やら、裏地の材質やら、ステッチの入り具合、おまけにサインまで入れて貰って3万2000円也、です。これは安いと思いませんでしょうか。というのも、そのへんでちょっと名の通ったグローブは既製品でも3万円ぐらいしますでしょう? 聞いたところ、ペッカリーでも4万円ほどで出来てしまうそうです。こうなったら英国の某社の5万円もするものを買うのは勿体ない、と思うところです。それも既製品はしょせん既製品、私は常々、ブランドそのものを購入してはいけない、と思っている方でして、物そのものの上質さを買いたい、と念願する人間です・・・貧乏人ですので。なので、こちらのオーダーグローブ、こいつはお薦めです。私はこうなったら、もっと変な色の(?)グローブもゆくゆくオーダーしてみたくなりました。真っ白とかピンクとか真っ赤とか。
 その後、日本酒を少し・・・というかけっこう、いただきまして、ほろ酔いで会社に行きまして・・・ま、あとはそれなりに。ご想像にお任せします。
 ところで、顔見知りのスタッフの皆さまともお話ししましたが、ある方が、私が不覚にもこぼした日本酒をご自分のハンカチでさっと、床のフローリングをぬぐっておられました。まことに申し訳なかったのですが、それよりなにより感心いたしましたところ「お客様の靴の底が汚れますといけませんので」とのこと。
 偉い。いや、なかなか出来ませんです、こういうことは。マニュアルで形式的にはきちんとしているけど、なんか身に着いていない、という接客業の方もけっこう見受けるわけです、世間的には。なんとか星のレストランとかいってもマニュアル的だったりして。そこが、こちらは違いますね、改めてスタイルクリエーションズ社さんの社風といいますか、まあこのところ流行った言い方で言えば「品格」ですね、その良さを感じました。
 うちらのような柄の悪い業界・会社にいますとなおさらそう思います・・・。いや、私が下品・野蛮な人間なだけですけれど。



2009年7月30日(木)
とうとうですが、ヒロ・ヤナギマチ・ワークショップの柳町弘之さんにビスポーク・シューズをお願いいたしました。前にも書きましたが、私と柳町さんは学生時代のバイト仲間でして、あちらが著名なシューメーカーになる前から、また私のほうは復職史や戦史の本を出すようになる前から、知り合いだった間柄です。
 さてそれで、私は靴のビスポークというのは初めてでしたが、思うに靴こそ個人あつらえにふさわしいものはないですね。服の類は、まあ少々あわなくてもかっこ悪いだけの話ですが、靴は合わないと健康によくありません、極端な場合、足の病気にすらなります。昔から「見てくれに投資するなら、まずは靴をいいものに」と言います。まったく正論です。しかしながらおいそれとはビスポーク、とはいかない。やはり世界でただ一人、その人だけのためにラストを削るとなると、そのへんのかなり上物の既製靴の4倍とか5倍の値段になってしまいます。
 とうとうこのたび、ようやくそれが実現した次第です。
 ◆  ◆  ◆
 私が履いていたトリッカーズの靴の減り具合と、私の足を少し眺めて、触ってからすぐに柳町さんは「辻元さんの足は・・・」と解説し始めました。いやあ、なんというかお医者さんの診断を受けている感じです。それによると@足長は短いので、通常、既製靴で合わせているサイズだとつま先が余るはずA甲は高く、アーチはしっかりしている。ガースは大きくなるため、ここで合わせるとどうしても既製品では足長の長いものを選ばざるを得なくなるBこのため、つま先やかかとがあまくなり、無理に靴ひもで締めつけて履くことになるCそれによって摩擦が生じ、かかとや指を痛める・・・ということでした。また、右足のほうが力が入っており、左足の中心がややねじれている、ということで、特徴としては「非常に硬い足で、力が入っている時と入っていない時で大きな差はない」タイプというようなことでした。いずれも、日頃から感じていることばかりで、あっという間に歩き方や足の癖を無抜いてしまいました。
 それから、紙をしいて足の形をとり、そこにいろいろ書き込んでおられましたが、もうそのへんになると素人には分かりません・・・が、おそらく足裏が接地するときの圧力のかかり方などを仔細に分析しておられたのだと思います。
 それから、いろいろと靴の形式や色について打ち合わせ。私が日頃はトリッカーズやチャーチを履いている、ということで、まあどっちかというと硬派路線で、という話になりましたが詳細はまた別の機会に。一応、こちらの得意技であるギリー系の靴、という方向でありますけれど。
 トライアルは来年の1月ごろ、ということで、まあ今のペースで大体、注文してから半年待ちということです。
 そうそう、初めてヤナギマチ・ワークショップを訪れてみたい、という方のために付記しておきますと、注文時に見積金額の半額をお支払いし、残りは受取時に、ということでありまして、カードもOKです。
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 帰りにミッドタウンに寄りまして、火龍園で食事(ここはいつでもうまいですね)、それからぶらぶらお店を見て歩きまして・・・ビームスでGENTLEMANという洋書を見かけ、妻の「イラストの資料になるかも」という声もあって購入。これはそもそもドイツで出版されたようですね。ああ、日本の雑誌の元ネタかしら、というような記事満載。それから私が自分の本に書いたようなネタ「ネイビーブレザーと軍艦ブレザー号」とか「モントゴメリーのダッフル」とか、「ウェリントン公のブーツ」といった話も載っております。
 さらにリチャード・ジェームスに寄って、目の覚めるようなアズーロ、というべき晴天の青色、紺色じゃなくて水色でもなくて、まことに美しいコバルトブルーのスーツを発見。あまりにいい色なので迷った挙句、注文しました。生地はロロ・ピアーナのリネンとか。
 とまあ、そんなこんなで帰宅しましたが・・・今日じゃなくて良かった。
 今日30日は、停電で京葉線が止まってしまって大混乱していたようですね。私は浦安市民ですので・・・先日はメトロ東西線も故障で止まりましたし。このへん、もっとしっかりしていただきたいです、電車。
 

2009年7月24日(金)
 いろいろありますが、まあなかなか忙しくしております。あまり更新をさぼっていると、また体調でも悪いのかと思われてしまいますので・・・。
 そういえば今日、ほかの事のついでにある百貨店に行き、これまたついでに、近頃ちょっと気が向いた日に締めているボータイ、というか蝶ネクタイですね、それを買ってみるか、と思いつきました。で、ふつうのネクタイ売り場で聞くと、フォーマル売り場にしかありません、というんですね。で、そっちに行きますと、確かにいろいろあるんですが「手結びはないんですか」と聞けば「ブラックしかございません」と。
 まあ、ちょっとがっかりしました。一応、百貨店と名乗ってるんだから、あまり売れないようなマニアックなものでも探せば出てくる懐の深さは欲しいものですが。
 安い売れ筋品ばかり並べれば並べるほど、そのへんのスーパーとの差がなくなってくるような気がするんですが・・・。
 ◆  ◆  ◆
 そうそう。丸の内ビルディングに開業以来、入っていたバセットウオーカーさんが26日に閉店ということで、こちらにもけっこうお世話になりましたので(そういえば、最初に買ったのはROTAのパンツでした。7万円以上しましたっけ。清水の舞台を飛び降りるつもりで買いましたが)顔を出しました。
 例の、近頃ここのお店の顔になっていたサイコ・バーニーちゃんのネクタイ(なんて言いましたっけ、このブランド。あ、ロバート・ゴドレーですね。元ラルフ・ローレンのデザイナーの)が何色かあったので、それがオール半額と聞いて、思い切ってまとめ買いしましたです。3本で2万円! 普通なら1本の値段に近い。さっそく先日の某レストランでの会食に締めていきました。
 そういえばバセットさんは蝶ネクタイもよく置いていたなあ・・・もう全然置いてなかったけれど。買っておけばよかった。お世話になりました・・・。ま、道を挟んだ反対側、ハロッズなんかの並びにもう一店舗、サルトテクニコ・バセットウオーカーというのがあるんですけど。しかしお店の人も言っていました、「ちょっとあちらは立派すぎて入りづらい感じもあるんですよね」と、同感です。
 しょうがない、今度、ハケットロンドンあたりで探してみるか。さすがにあっちにはあるだろうし。ビームスFのは売り切れたようだったし。
 ありそうでない、のですね、買おうと思って見ると。
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 そういえば。先日、舞浜のユーラシアでドクター・フィッシュを試してみました。ご存じでしょうか? 足の皮膚の角質を食べてくれるお魚さんのことでして、本名はガラ・ルファといいトルコ原産です。37度ぐらいの温泉の中で平気で泳ぐすごい魚でもあります。
 コイ科のようで、そういえば前にうちで飼っていたお掃除魚のアルジータに似ています。こいつが実際にやってみるとくすぐったいですね、最初は。しかしすぐに馴れまして、だんだん気持ち良くなってくる。
 ものの15分で、確かに靴ずれの後とか豆のあととか、きれいに滑らかになっておりました。なんでもクレオパトラも御用達にしていたとか。確かに素晴らしい効果。
 なんか汚い足ほど寄ってきそうで、群がられると複雑な心境ですが。

2009年7月18日(土)
 大雪山系での事故、本当に痛ましいことです。10人が亡くなられたといいます。それにしてもああいうことにまるで興味のない私は知りませんでしたが、あのぐらいの山に行くのって、旅行会社が企画してツアーとして行くものなんですね。ぜんぜん、そのへんは知りませんでしたが、なんか旅行会社のパッケージだと思うとなにか、緊張感がない感じもしますよね、自分で企画してアタックするのに比べて。
 でも観光旅行じゃない、リスクがあるよ、というわけです。なにしろガイドの方まで亡くなっています。最後は誰も他人をかまう余裕がなくなり、散り散りになって下山したという話でした。要は、最後は自己責任、ということ。
 厳しい話です。私はどうもそういうリスクをおかす気はしませんが。
 それにしても、なぜ中高年の登山好き、という方たちが多いのでしょうか。やはり暇ができてくるから? そのへんもどうも私などには理解しにくいですが・・・ま、趣味ってものは、ご本人が好きでやることでどうにもならないものですから。
 しかし夏山で凍死なんて・・・いや、確かに思いもつかないことで、恐ろしいことです。亡くなられた方の無念を思うと、やりきれません。

2009年7月16日(木)
 時事ネタは前の選挙ですっかり厭になった・・・のですがひとつだけ。思うに、私が何となく嫌悪していた連中で、しかも世間的には絶好調だったような人物が、気がついたらほとんど失墜・凋落しているのが面白いのですよなんだか。政治家、芸能人、財界人にスポーツ選手。わりとそういう傾向でして。
 案外、私は人を見る目があるのかもしれませんな(?)。といいますか・・・私はとにかくものの見方がひねくれていますから、要するにみんながいい、と褒めそやすものは大抵、嫌いなもんだから、結果として世間評価の浮き沈みのバイオリズムとずれるのでしょう。
 とりわけ政治の世界・・・いやはや。なんにしても面白いことになってきたような。
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 それはそうと、これは服飾にもドレスコードの類にもぜんぜん興味のない人、というかうちの母親が、ラクイラ・サミットでの麻生首相をみて「なんで麻生さんは、一人だけ白いスーツなんて着て目立とうとしてるんだろう? ああいう場ではダークスーツじゃないの」という感想を漏らしました。その後、メディアでも、ほかにも同じようなことを言っている人がいたようですが。
 まあ、白ということではないようだが、リゾート調の明るいグレーだったですね、ほとんど。そして他国の首脳は公式の席ではダークスーツを押し通していた。確かにね、なめられると思いますよ、そのへんは気を使わないと。特にあっちの人らはそのへん、すごく考えていますから。確かに妙にリラックスしたムードのサミットも今まであったけれど、今の情勢ではみんな真面目モード。麻生さんってのは、そのへんにも理解がある人なのかと思っていたが、なんか違っていたのかもしれない。
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 なんかファッション雑誌などを見ていても、「これからはどんどんカジュアルに、リラックスした方向になる」という人と「いや、これからはどんどん保守的でまじめになる」という人が全く逆のことを言ったり書いたりしているような気がします。私が思うに、これからは政治でも経済・文化、テクノロジーでも、「古い価値観が音をたてて崩れていく」側面と、それと拮抗するように「だからこそ守るべきものはきちんと守っていこう」という側面がともにクローズアップされてくるような気がいたします。あるいは、そういうことの表れが意見の相違になってでてくるのかもしれない。
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 実は公私ともに・・・いや。プライベートがかなり忙しいというか、充実しております。人と会う予定がいっぱいあったりします。いい傾向です。
 来週あたり解散だそうですが、私はもう政局なんかどうでもよくて、自分のことで頭いっぱい、でいこうと思います。

2009年7月08日(水)
 手塚治虫のマンガを原作とした映画「MW(ムウ)」を見てきました。原作は手塚作品の中でも際立って異色なピカレスクもので、MWというタイトルの真意もいまだあきらかではない、という伝説的な作品です。今年は手塚先生の生誕80年にあたるそうであります・・・しかしそうなると、まだまだお元気であっても全く不思議じゃないんですね。ということで、アニバーサリー映画なわけですが、こういう原作があるものの場合、原作を知っている人と、知らない人の感想はどうしても異なります。
 今回は、手塚治虫ファンクラブ会員である妻はもちろんのこと、私も原作漫画を読んでの上での感想なんですが・・・「これはMWなの?」というのが率直な感想ですね。
 まあ大づかみに言って、@米軍の毒ガス兵器MWというものがあってAその生産をしていた日本の孤島で毒ガス漏出事故があり島民が全滅しB生き残った少年二人のうち、一人が銀行員、一人が神父となってCその銀行員の方が、事件を隠ぺいした日本政府や関係者に復讐を果たそうとする――という骨の部分だけは、原作と映画は同じです。逆に言いますと、この「骨の部分以外は全くの別物」というぐらい、改作されております。まあですから、事実上、原案・手塚治虫だけど全くの新作、というぐらいのつもりでご覧になるべきだと思います、原作ファンの皆様の場合は。実際、主要な登場人物もみんな名前からして変えられており(主人公も結城美知夫→美智雄、賀来巌→賀来裕太郎など)そもそも同じものではない、という意図があるようです。
 特に原作漫画のいちばん大事な特徴は、生き残った銀行員と神父の二人は、同性愛者であり、愛し合っている、という点にあります。それで、銀行員が女たちを口説いて利用した後、平気で捨てるようなところも、神父が苦悩しながらも銀行員の犯罪に手を貸し続けてしまう点も、わかりやすくなるわけです。また、原作では米軍の高官にも銀行員が色仕掛けで接近するわけですが、このへんも同性愛という前提がありました。そのへんが、この映画では同性愛者という前提をカットしています。それで話としてはすっきりするのでしょうが、特に銀行員と神父の関係がどうしても不自然にみえます。
 それからもう一つ、これは私の仕事上からの感想かもしれませんが、架空の新聞社が重要なかかわり方をして出てくるのですが、なんか変な感じがしました。与党総裁候補の政治家までかかわってくるような疑惑の大ネタを、そのへんの部内の会議で使うか使わないか決めるなんて考えられませんね。
 秘密兵器なのに、米軍の管理エリアではどこに行っても、でかい文字で「MW」と大書してあるのもすごく変です。
 しかし、もしあれをMWとして見ないで、全くの新作の犯罪映画として見た場合はどうだろうか、と。すると、少なくとも前半は非常に面白いのじゃないでしょうか。ことに出だしのタイでのロケで撮った部分はスケールが大きくて非常によく出来ていました。しかしちょっと、肝心のクライマックスになるほど尻すぼみの感も・・・。
 それからこれも個人的感想ですが、主人公の勤める銀行が東京駅前OAZOだったり、最後のシーンがサンケイビル前だったり、とにかく大手町に勤める私にはおなじみの場所が多くて、なにやら「ご近所の話」のような親近感がわきました。
 主人公役の玉木宏さんは実に存在感があり、いい演技をしていると思いました。沢来刑事役の石橋遼さん、牧野記者役の石田ゆり子さんも熱演でよかったと思います。
 いっそのこと、あそこまでいじくるなら、MWは男MANと女WOMANを意味していて、あの毒ガスを吸うとみんな恋愛対象が逆転し同性愛者になってしまう、というような話にでもしてくれればよかったのに、と思います(笑)。それすごいですよ、MWを使用すると、結果として人類をみんな同性愛者にしてしまえる、という・・・いや、これではメル・ブルックスのコメディーになってしまいますか。それならMWは米軍じゃなくてナチスの秘密兵器だった、という設定にしないといけないかも(ブルックスの作品には必ず@同性愛Aユダヤ人Bナチスが出てきますから)。
 


2009年7月03日(金)
 『男は、なぜ缶コーヒーが好きなのか?―“違いのわかる女”の男と接する正しい方法』 (リュウ・ブックス アステ新書) (姫野友美著)という本を以前に読みまして、非常に面白かったのですが・・・つまり一般論として「なるほど。なるほど」と思って大いにうなずきながら読んだのですが、これ要するに、男というのは食事とか衣装とか、その他の洗剤やら薬とか、なんによらず「あまりこだわらない」傾向が強くて、一度決めたことをいつも繰り返す・・・たとえば「昼は○○庵のお蕎麦」と決めると、来る日も来る日も、というのが多いのだとか。で、そういう日常の些事は無視して、仕事に邁進するのが典型なんですと。とりあえず「缶コーヒー」ばかり飲むのもそういう行動である、と。

 いうわけですが、私は自分が全く当てはまらないのに気づいて、笑ってしまったのでもあります。まず私はちっとも仕事に邁進しません(笑)。それに私は飲み物でも食べ物でも、次々に替えていかないとダメ。よほどの気に入った処でない限り、同じところにはむしろあまり行かないぐらい。飲み物も缶コーヒーはまず飲まないですが、それ以外でも毎回毎回、違うものをわざわざ探します。

 石鹸とかシャンプーも次々に替えており、石鹸については世界各国いろいろ試しましたが、今のお気に入りは「アレッポせっけん」というシリアから取り寄せている天然石鹸です。こいつはいいですよ。マルセイユ石鹸などと似ているが、もっと純度が高いように思いますが。シャンプーも散々、いろいろなものを試し、実はドイツ製の「サイムスキン・シャンプー」が気に入って、これをメインにするつもりだったのですが、今年3月に日本から撤退してしまった。残念です・・・本当にいいもので、病院にまで持ち込んで、入院中もずっとこれを使っていました。これの弱点は、1本で2万円前後という価格でしたので、ちょっと日本では定着しなかったか。今のところ、次は WENというブランドのものを使ってみようかと思っております。もっとも、アフリカ・ガーナのシャンプーもなかなか捨てがたい。

 こんな人間ですので、「いつも同じ」なんてこともなければ、「ものにこだわらない」こともないのだが、その一方で、「こだわっていることを知られたくない」とも思う。このへんが天の邪鬼ですかね。よく「自分はこんなにこだわっているんです」と言いたがる人もいるが、あれはまた嫌い。

 先日、あるお店の女性店員さんと会話したときなど、「あら、素敵なカフリンクスですね」といわれ「ああ、これはノミの市で投げ売りだったもので安もんですよ(一応、本当はイタリア憲兵隊の特製カフスなんだが言わない)」「緑のシャツもいい色ですね」「こいつはそこのハロッズで売れ残ってたんですよ、人気がないみたいで(いや、すごく高かったんですけど)」「おしゃれな方はやはり麻のチーフなんですね」「ああ、これはね、朝、これしか見当たらなかっただけ。いつもそのへんにある普通のハンカチを突っ込んでますよ(それは割と本当ですが)」「コンビシューズもいい色ですね」「ああ・・・いやね、白い革が足りなかったんじゃないかな(もう無茶苦茶)」「それに、茶色のスーツがダンディーですね」「いえね、最近、茶色を着る男は仕事が出来ない、とかいう本が出回っているようなので、わざと茶色を作ったんですよ(そんなわけないです、気にもしないですがわざわざは仕立てません)」・・・・みたいな会話をしました。

 丸の内のアラン・フィガレさん、変なことばっかり言ってましたが済みません。本当は見事にこだわってます、いろいろ。しかし「靴の爪先を毎日ポリッシュで磨いてます」みたいなことは決して気取られたくない。それは野暮いです。

 にしても・・・アラン・フィガレ、どれもこれも発色がきれいで、いいですよ。


2009年7月01日(水)
ということで今年も後半戦。なんだか病気やらなんやら、振り回されて終わってしまいました・・・。しかし次の書籍の準備は一応、前進しております。これもなかなか亀の歩みとはいえ。
 政府がなんかごちゃごちゃやるのやらないのと言っていますが、選挙したらどうなんでしょうか。もう瑣末な話はどうでもいいような気がしますけれど? 某知事の動向も取りざたされますが、私はよく存じませんのでなんとも。地元の県民の皆さんはあれで納得されているのかしら、とも思います。
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 まあそんなことはどうでもよろしく、今週はなかなか個人的にいろいろ多忙でして。ある方の新居を訪問したり、逆にある方が拙宅においでになったり。
 そんななかでひとつ、活躍してくれたのが「ねんりん家」のバウムクーヘンでありました。といって、ご存じでしょうか。http://www.nenrinya.jp/
 東京駅の大丸に行くと、食品売り場の前に長い列が延々とできています。これ、年中いつに行きましても、365日、ねんりん家のバウムクーヘンを求めるお客さんの長い列になっているんですね。常にどんなに少なくとも10人以上は並んでいます。
 私は妙に人気のあるものは、斜に構えて嫌うような天の邪鬼なのですが、先日、「これだけいつも列があるのなら・・・並んでみるか」とできごころで買ってみました。
 確かにいいんですね。しっとりしていて、ちょっと普通にバウムクーヘンと言っているパサパサしたものとは別ものな感じです。うまいです。まあ極上ですね。
 ということで、最近はお使い物とか、贈答とかにここのバウムクーヘンの大きいもの、小さくカットしていない30センチ四方もありそうな大きなものを使っています。まあ首都圏にも何店もあるわけじゃなく、羽田空港では東京土産という扱いだそうで。
 いや、なかなかのものです。ついつい太っちゃいますけどね・・・。
  

2009年6月26日(金)
 訳あって、浦安市舞浜の、東京ディズニーランドそばにある「舞浜ユーラシア」に泊まっておりました。ここのスパにはほとんど週に一回は通っていますが、宿泊は初めてでありました。いやあ、いつも見慣れた施設ですが、泊まってみるとまたいいものですね。
 しかし、朝のニュースで驚きました。マイケル・ジャクソンさん急死、という一報ですけれど・・・まあ、すごいファンだったわけではないが、彼の絶頂期に青春期にありました私ども世代にはやはりショックがあります。ビート・イットなどはバンドでコピーもした覚えがあります。来日公演と言って大騒ぎしていたこともはっきり覚えています。いまだ50歳・・・とはいえ、正直のところ50歳にして、なにかすでにネバーランドの永遠の少年である彼には「似合わないな」という感もあり、70歳とか80歳になったマイケル・ジャクソンというのも想像できず、まさに人生50年、太く短く、余人の何倍もの濃度の人生を駆け抜けていったように思われます。
 帰宅しましてから、かつて「チャーリーズ・エンジェル」で一世を風靡したセクシー女優のファラ・フォーセットさんが62歳で亡くなった、という訃報も知りました。この人の全盛期というのも、私たちの青春時代で、マイケル・ジャクソンの躍進したころとも重なります。70年代後半から、80年代、というところですね。
 ◆  ◆  ◆
 そのユーラシアから、舞浜イクスピアリに出まして、映画「トランス・フォーマー リベンジ」というのを見ました。あのマイケル・ベイ監督の最新作で、映像革命と呼ばれた前作の続編ですけれど・・・おもしろい。これは理屈を言って見るタイプの映画じゃないので、もう娯楽度満点。もうロボットたちのトランスフォームぶりはあっけにとられるばかりで見事なものです。
 出演陣も前作から引き続き同じキャストの面々。ブルースクリーンを張り巡らし世界各地でアクションシーンのロケをしたそうで、撮影は大変だったようです。前作で知名度を上げたヒロインのメーガン・フォックス、前にもまして色っぽくなりました。この人はまだまだ伸びそうです。
 前作より「自己犠牲、献身、愛」といった分かりやすいメッセージが盛り込まれ、なかなか感情移入もできる映画です。お笑いの要素も強まりまして、サービス精神旺盛な一作になっております。実際、コメディー的なシーンが全体の3割ぐらいはあるんじゃないでしょうか。主人公の母親の描き方はちょっとやりすぎな感じもしないではないですが。あれではちょっと奇人変人です。
 今回ものすごいのは、クライマックスにかけて続々と登場する実際のアメリカ軍の装備の数々です。空母、潜水艦、航空機にM1戦車、無人偵察機・・・米軍の全面協力を得ているそうですが、軍のPRという面もあるのかもしれません。とにかく非常にミリタリー色も強いので、そういう観点でみるのも一興と思います。
 またヨルダン政府と同国軍の援助も受けているそうで、ピラミッドの空撮などはそれがなければありえなかったとのこと。確かにあのあたりのシーンは大迫力で一見の価値があります。
 ちなみに今作では、実名で「オバマ大統領」という名前がちらっと出てきます。また大統領命令を振りかざす邪魔な大統領補佐官が登場しますけれど・・・オバマのスタッフにあんな馬鹿がいるんでしょうか? いや、あのへん、アメリカはおおらかでいいですね。たとえば日本のパニック映画で、現職の麻生首相とか、その側近の人物とかを登場させることはなさそうですから。ブッシュ前大統領も、自分をこけにしたような映画がたくさん作られましたが、中には暗殺されちゃうようなものまでありましたけれど「娯楽は娯楽」といって無視していました。あのへんは余裕があっていい態度だと思います。
 ということで、迫力あり、笑いと涙あり、面白い一本です。

2009年6月20日(土)
 今日、電車の中でふと、「できる男は茶色は着ない」という見出しを、反対側の座席の男性が広げていた夕刊専門紙の紙面で見かけました。で、なにしろ反対側からの盗み見なので詳細は不明なんですが、要するに小見出しもあわせて判断しますと、日本人男性はもともとドブねずみ色しか着なかったのですが、1997年頃から茶色が流行し、このころから茶髪も流行りだした、と。で、そのころに青春を謳歌した世代・・・つまり今から12、3年前に20歳前後だった人たち、今の30歳前後の人たちが茶色が好き、なのだということらしい。で・・・つまり、そのぐらいの世代の男性は仕事が出来ない、ということなんでしょうかね。
 ところで、その元ネタは、今月の17日に徳間から出版された「デキ男なビジネスマンはなぜか茶色を着ない」という、スタイリストの森井良行さんの著書らしいことが分かりました。ですので、そのへんの真意を知りたい人は森井さんのご高書をご覧ください。おそらくどうも、色彩学的根拠というだけじゃなくて、上記のような世代論的な背景を解説しているのじゃないか、と思いますが。私は今、知ったばかりですのでもちろん、未読です。
 実のところ、茶色は出来るとか出来ないとかいうより、なかなか着こなすのが難しいといいますか、要するにかなりおしゃれな人じゃないと決まらないのは確かですね。茶色は本質的にはビジネス用の色じゃない、カントリーサイド用の色である、といいます。つまりそのへんを踏まえた着方をしないとなんか珍妙軽薄な感じになりがちである、と。
 ま、私は仕事が出来る男だなどという自覚はないし、そもそも他人に思われたくもないので、どんどん茶色を着ます。特に好き、でもないけど2週間に一度やそこらは確実に身に着けます。ことに秋口からは、茶色のほうが多いぐらいかも。クリーム色のシャツにボルドーのタイ、それもニットタイやウールタイなんかを締めて、ちょっと上物の茶色のベルトに赤茶色のウイングチップ・・・なんてことでもいいし、あるいは緑のタイなんかでもいいかもしれないし。ぜーんぜん、気になりません。出来るだけ少数派であることこそ、むしろ好ましいとすら思えます。どんなにデキ男だろうが、お葬式かブルース・ブラザーズみたいな黒ずくめのビジネスマンの群れのほうがよっぽどイヤですけどね、私は。
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 ちなみに、最初のころの背広、スーツというのは、実は茶色っぽいものが多かったに違いないんですよね。ヴィクトリア朝の英国で、貴族の乗馬用シングルコートが流行しまして。これをディーサイド・コートとかツィードサイド・コートとかいった。Deeside、Tweedsideですね。そこらへんはよく、ファッション史の本に書いてあるが、外国人には分かることだから、それ以上の説明がなかったりするのですが、この言葉の意味はディー川のほとり、とかツィード川のほとり、の意味であります。ディー川はスコットランド屈指の大河、ツィード川はイングランドとスコットランドの国境となっている川でありまして、後者が冬の定番ツィード生地の語源でもあります。で、このあたりが絶好の乗馬、狩猟ポイントであった。従ってそういうところで着るための服、ということですね。ツィード川を渡るというのは英国ではルビコン川を渡るのと同義で、名誉革命の際に、近郊のコールドストリームからツィード川を押し渡ったスコットランド駐留連隊が、ロンドンに進攻して王政復古を支持した、以来、この部隊は名誉ある近衛コールドストリーム連隊を名乗っております。
 そのコートの裾を短くして、詰めていた襟元も開襟にしていったものが、今のスーツの原形であるラウンジ・コートというものである。というわけですから、その生地というのもフォーマル系の黒などでなく、茶色系であったに相違ないと思うわけです。
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 ところで、私の住んでいる千葉県浦安市でも、新型インフルエンザの発症が確認されました。市内にある私立T高校の男子生徒、とのこと。同校は数日、休校するようであります。いよいよ来ましたね、ご近所に。やはりちょっと、ぎょっとします。
 とにかく、最近は手を洗っています。これが結局、いちばん効果があるといいます。それも最低でも20秒以上、洗うべし、といいます。
 秋になれば間違いなく第二波、さらに強毒性のものも襲ってくるかもしれない、といいます。・・・ま、その前に日本はもっとしっかりした政府を作っておかないといけないかもしれませんが、何より先に。おっとっと。どうしても時事ネタを口走ってしまいます、いけない、いけない。

2009年6月19日(金)
あちこちから「夏物セール」というお知らせが来るようになりました。夏至を前にしてアパレル業界的にはそろそろ晩夏、なわけでしょうね。
 このへんが思案のしどころというか、頭の悩ませ所なんですが・・・。今季、というより来年も着るつもりで、できるだけ際物じゃない、オーソドックスでお値打ちモノ、というのを探したいわけです。一方、お店のほうでは、在庫になっても今後、使い道がなさそうなモノを売りさばきたいわけです。
 そこらへんが、お客さんとお店の人の駆け引きになってくるわけであります。
 私はとりあえず・・・今年はサローネ・オンダータのセールで茶色い夏物のスーツを買いました。これは少し前のモデルということらしいですが、もともと普遍的なモノを追求されている同ブランドですので、なんらの問題もなし。
 それからリプセットの先行セールで、麻でダブルの紺色ストライプ・ジャケットを手に入れました。けっこう、ありそうでなさそうな感じであります。これはもう最後の一着だったそうで。
 と、このへんで資金が尽きました・・・。いずれも大変な激安でありましたけれど、私も手元不如意につき。今年はいずこも不景気と思いますが、かえって「もう節約はイヤッ!」と叫んで衝動買いに走る人も目立つようになってきた、という話も。
 それに、景気は底打ちした、底打ちした、とさんざん政府が言っております。そんなの本当かいな、と思いますが。おまけに、まもなく消費税をどんどこ上げる、と連中は言っているわけで、その根拠として底打ちを連呼されてもなあ・・・。そんな気がいたしておりますけれど。
 世の中はいろいろあり、ことに北朝鮮はいろいろやっていますが、要するにお家騒動なんでしょうね。まあ、結局は権力争いで内向きのことしか考えていないのでしょうけれど、やりすぎないようにお願いしたいものです。そんなこんな、まあ、面倒くさいのであまり書きません。
 うちのサイト、ブログにたどり着く方、@歴史ものAファッション関係B映画・・・に関する検索語からおいでになる方が多いのですが、さらに近頃はC胆石、胆管結石、手術、ということでおいでになる方も多いです。よって、そのへんのネタを中心にするわけです。時事ネタはやめておきます、はい。

2009年6月15日(月)
 どうも前から気になるのですが、「じゃぱネットたかた」でテレビを紹介する時、いつも「どんな古いテレビでも●万円で下取りいたします」というのですが、そこでサンプルとして登場する古いテレビ、なんか数年前まで我が家にあったものに似ているんです。確証はないんですが、サイズといい、右下の緑色のつまみといい・・・似ているな、と。じゃぱネットでアクオスを購入したときに下取りに出したテレビ。ちょうどそのころから、番組に登場するようになった気がするのですが。ま、そういう気がする、というだけですが、いつもそう思って見ております。
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 ところで、いまニンテンドーDSの新しいゲーム「無限航路」というのをやっております。これ、スペースオペラ調のゲームで、ポケットゲーム用とは思えない壮大なスケールで宇宙の艦隊決戦を描く野心的作品です。なにしろプレイヤーは200種類もの設計図をもとに自分の率いる駆逐艦、巡洋艦、戦艦、空母までオリジナルで建造でき、それも5隻まで艦隊として編成できるというわけで、さらに部下に加わってくる士官たちを副艦長、オペレーター、航海長、砲雷長、医師、主計長、パイロット・・・などなど事細かに設定されている艦内配置につけることもできる、非常に本格的なスペースアドベンチャーとなっています。
 それはいいのですが、最初の中ボスである独裁者デラコンダの戦艦をなかなか攻略できず、そこができないと全然、先に進めず困っていました。このままではチャプター1で挫折だなあ・・・。
 が、ふと思いついたのです。このゲームの艦艇の兵装は射程が決まっており、遠すぎは勿論、近すぎる場合も発射できない。そこで、敵の戦艦は大口径砲しか積んでおらず、接近するとなにもできないことに気付きました。ひたすら前進して、敵に食らいつき、小口径砲でちびちびと攻撃し続けると、なんとほとんど無傷で勝利できてしまいました。大口径砲は役に立たず、結局のところ速射砲で決着がついた日清戦争の海戦のような展開です。
 私同様に、もしチャプター1で既に挫折しかけている方、試してみてくださいませ。

2009年6月14日(日)
 読売新聞の記事ですが「英政府は13日、6月恒例の叙勲名簿を発表し、モーツァルトなどの演奏で世界の第一人者とされるピアニストの内田光子さん(60)に、男性のナイトに相当する「デイム」の称号が授与されることが決まった。・・・デイムの称号は文化・芸能などで優れた業績をあげた女性に与えられ、これまでに女優のジュディ・デンチさん、オペラ歌手のキリ・テ・カナワさんなどが授与されている。一方、同日の発表ではゴルフ選手のニック・ファルド氏、俳優クリストファー・リー氏にナイトの称号が授与されることも決まった」とのこと。これ、正確に言うとデイム・コマンダー・オブ・ザ・ブリティッシュ・エンパイアDame Commander of the British Empire(大英帝国貴婦人指揮官章)というものを内田さんが授かることになった、という話です。大英帝国勲章の第二級に当たります。
 たとえば昔、ビートルズがもらったのはメンバー・オブ・ザ・ブリティッシュ・エンパイアMBEという最下級(五級)の勲章。だからナイトではなかった。ポール・マッカートニーがその後、サー・ポールになったのは別途、ナイト位を受けたからです。エルトン・ジョンはコマンダー・オブ・ザ・ブリティッシュ・エンパイアCBEといって三級勲章でやはりナイトではなく、こちらも別途でナイトになっております。サッカーのデービッド・ベッカムは四級のオフィサー・オブ・ザ・ブリティッシュ・エンパイアOBEで、いまだナイトになっていません。アンソニー・ホプキンスやショーン・コネリーも勲章の枠外でナイトになっています。おそらく上記のクリストファー・リーなどもこれが適用されてるんでしょう。英国の制度では、いろいろな勲章がありますが(ガーター勲章とか、バス勲章とか、この大英帝国勲章とか)これらの中で上級のものはナイトとかデイムというタイトルがついていて、騎士団入りできる。これが正規の英国王を君主と仰ぐ騎士団で、ほかに員数外で勲章を伴わないナイト位やデイム位も与えられるんですね。
 内田さんの場合、堂々の大英帝国騎士団に入ったわけで、ものすごく難しいことであります。しかし確か私の知るところでは、外国人の場合、英国か英連邦の国に帰化しないとナイト位をもらってもサーなんとかとは呼ばれないはず。米国人のビル・ゲイツ氏はナイトになっているけれどサー・ウィリアムとは称さない。内田さんの場合もそういうことになるんでしょう。つまり英国王の臣下ではないから、です。
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 丸ビルでぶらぶら歩いていましたら、ふと白くてとても軽やかな靴を発見。なんとも味があって、近寄れば山羊の革を使用しているようで・・・あ、やっぱり。レペットRepettoですよ。バレエ・シューズの老舗として有名なパリのブランドで、ブリジッド・バルドーだかセルジュ・ゲンズブールだかが履いていて有名になった靴ですな。で、ziziというのがかなり普通の靴っぽくて値段も高い。ソールもレザーだったりします。しかしここで見かけたのはソールがラバーのjazzらしい。こっちのほうがかなりお安いし、実用的にはここまで底が薄い靴なので、ラバーのほうがよさそう。ということで衝動買い。夏場の白いスラックスに合わせるとリゾートな感じで好さそう。ついでにハリソンの靴下で男ものには珍しい緑のものを見つけたのでこれも衝動買い。
 そういえば。本日は、何年か前にビームスで買ったボータイを襟もとに締めておりました。ボータイの手結びなど久しぶりにやりましたが、まだまだ大丈夫、ちゃんと一発で決まりました。しかも鏡も見ないで(まぐれかしら)。日曜日だから少々、このぐらい遊んでもいいですよね。え? お休みだったのかって? もちろん、そのまますぐに会社に行きましたよ。特に同僚からは何にも言われなかったので安心いたしました(?)。今後は土日なんかはボータイも使おう。いや、夏場なんて変なクールビズとかいうより、コンパクトなボータイのほうが涼しげじゃないでしょうか。実際、「前垂れ」がないと作業上も実用的です。そういえば前にサローネ・オンダータの水落さんに「ボータイはお締めになりませんか? 私は好きですが」と言われ「レストランとかパーティーなんかはともかく、なかなか会社にはしていけませんね」と申し上げましたけれど、はい、これからは平然としていきます。
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 最近といえば、懐中時計用のチェーンを金銀色の二本、買いました。一本1000円です。これに時計じゃなくて鍵を付けて、ベスト着用のときは昔の紳士のように、そうじゃないときにはズボンのポケットに、いまどきの若い衆のウォレットチェーンのように垂らしています。あくまで実用品ですが、なかなかいいものです。
 私は実のところけちくさいので、ポケットチーフのたぐいもわざわざ買うことは稀であります。白いリネンのもの以外は、ほとんど普通の(一応、ハロッズあたりで買った)ハンカチだったりします。ほかには・・・これ、邪道でしょうが、もう絞めなくなった古いネクタイを丸めて突っ込んでいます。若いころに大量に買った100円ネクタイなど、大いに使えます(苦笑)。それなりにきれいな発色ですから、ちら見せなら十分です。
 けちくさいといえば、近所の西友にて、最近話題の激安「290円弁当」を試食してみました・・・とりあえずシャケ弁当。これがなかなかウマい。立派にウマいですね。夫婦二人で食べて600円しない。ちょっと味付けは辛いですが、悪くない。煮物とか唐揚げも入っていて、ご飯もなかなかのもの。これではほかのお弁当屋さんが困っている、というニュースや記事を見かけましたが、なるほどです。よくこれで利潤が上がるものだなあ、と感心いたしました。

2009年6月09日(火)
 私が入院中に、英国の紳士ブランドであるハケット・ロンドンの丸の内店というのがオープンhttp://webuomo.com/news/article73しておりました。
 病院でも雑誌のたぐいは読んでおり、基本的にはどちらかというとイタリア系より英国系のほうが好みである自分といたしましては、元気ならすぐに見に行ったのですが、当然ながら行けるわけもなく、それよりなにより治療費やら入院費やらが大いにかかり(まあ、後で健保とか保険の特約なんかで取り返せるんですが)、ま、気にしつつここまできた次第ですが・・・。
 ようやく体調も良くなってきたことだし、会社の昼休みにちょっと足を伸ばしまして、丸の内まで出かけたついで、「そうだ、この際、ハケットロンドンを覗いてみようか」と思い立ちました。大手町とか東京駅のあたりから行くと、ちょっと離れたところ。新丸ビル、丸ビルを通過しハロッズを横目に、あれやこれやと立ち並ぶ店の数々・・・本当にこのへんは激戦区ですね。ブルックス・ブラザーズを通りソブリンハウスを通過し、バセットウオーカーを通過し、セルジオ・ロッシを通過し・・・リプセットの入っているオペークを通過しまして、バーバリーの店舗の向かい側、ビームスの並びにありました、ありました。ハケットロンドンですねえ。
 私はなんだかんだ、けっこう引っ込み思案です。初めて行く店、というのが苦手です。その割にどんどんどこでも行きますが(というか、一応、新聞社の人間ですし苦手だから、で引き返してるようじゃ話になりませんが)。で、ここもわざと通過した後、引き返しておっかなびっくり飛び込みまして・・・夏向けのハンティング帽とか、派手なクレリックシャツが目に付きます。それからずい、と中に進むと・・・いいですねえ。ぐっと腰のくびれた、スラントポケットが目立つジャケットがずらずら。今年流行というカラーパンツも淡い色中心に並んでおります。ちらちら見るに、英国製ばかりじゃなくイタリア製も多い。ちなみに店内のBGMはブリティッシュ・ロックなのは確かだが、最近のものは私は分かりません。私の脳内ディスコグラフィーは1990年ごろで止まっていますので。U2やデフ・レパードですら私の中では「わりと最近の新人」に思えます(!)。
 ひときわいい色の紺のストライプ・スーツがあり、なんか見たような生地だが、と思って裏を返すとロロ・ピアーナ。そういえば私の手持ちのスーツに同社のそっくりの生地があったのがデジャブ感を呼び起こしたらしい。しかし形が違うとぜんぜん違いますね。なかなかにかっこいいです。特徴であるという袖口のボタン(四つのボタンが二つずつ、二組に離れて付いている)も面白い・・・なんでも英国軍のレッドジャケット、あの近衛兵が着ている赤い軍服の袖口を真似しているそうですね。軍服だと、あの離れたところにラインが入ったりするわけです。
 お店の方が、話しかけてきて「ところで、着てらっしゃるお洋服が素敵ですので・・・ひょっとして業界の方でしょうか?」と聞かれてびっくり。いやまあ、その手の内容の本を書いているから無関係、じゃないけれども同業者じゃありません、近所の新聞社のモノですといって名刺交換。「決して怪しいモノでは・・・、いや、ひょっとしてかえってあやしいですかね」(笑)と申し上げました。
 そこで、非常にいい色のクレリックシャツ、胸にハケットロンドンのマーク付き、というのが目に付いたので、赤と青とどちらも気になりましたが、青のほうを購入。首周りに合わせますと当然、袖が長いのですが「袖の処理は当方負担でやらせていただきます」というので、えらい、ここはえらいですね。さらに「御試着してみてください」というからこれまたえらい、実にえらい。シャツでちゃんと試着させてくれる、えらいお店です。
 それからカフリンクスもちょっと目に付きました・・・明らかに英国の勲章のリボンを使用しているのじゃないか、と思われるものがいくつかありました。本物かレプリカかは知りませんが、略綬の配色だと思います。
 ということで、また一軒、立ち寄り先が増えましたけれど・・・医療費が返ってこないともうこれ以上買えないかも。それはともかく、落ち着いていていいお店です。
 

2009年6月07日(日)
 先日、妻がユナイテッド・アローズで衝動買いしたクマのぬいぐるみの話、ですが、やはり単なるぬいぐるみじゃなくてカシウエアhttp://www.kashwerejapan.com/top.htmlという今、評判のバスローブやタオルのブランドのものだったんですね。なんでも、カシミアも真っ青なほどのよい手触りで吸水性も抜群、というものなんですと。確かにぬいぐるみのクマちゃんもいい手触りです。
 で、本当はこのぬいぐるみにもクマちゃん専用のバスローブがあって、それだけで1万円ぐらいします・・・ま、いずれ買ってあげます、余裕があれば(笑)。このブランドが有名になったのは、最近のアカデミー賞の引き出物、といいますか、出席者用のギフトに選ばれたんですってね。いや、そういう物とは知らず、失礼いたしました・・・。アローズさんでもここのバスローブやタオルを扱っているわけですね。
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 ところで蚊の季節になってきました。近辺でもそろそろ飛び回りだして・・・と思っていましたら、昨日、家の中に侵入してきた蚊に今夏初、さっそくやられました! 私、けっこう敏感肌ですので蚊に食われますとかなり腫れ上がります。ものすごく嫌いです(そりゃどなたも嫌いでしょうが、かなり憎悪しております)。
 で、業務用の蚊取り装置(誘因光線など出して蚊を集めて駆除する機械ってのがあるそうです。ひょっとしたら買うかも)なんかも検討していますけれど・・・それよりなにより、蚊に刺されてしまったものをなんとかしたい。
 ところがここで、すごく効く物が見つかりました。というか、ちょっと前から我が家ではアフリカ・ガーナから取り寄せている「100%シアバター・クリーム」というものをクリームとして愛用しております。よくシアバター配合の商品を売っていますが、なにしろ100%ですからすごいです。また洗顔用には「アフリカン・ハーブ・ソープ」という、これもガーナの薬草で作った石鹸を使用しています。いずれも蚊や蝿の多い現地では必携品なんだそうですが、このハーブ・ソープで蚊に刺されたところを洗い、100%シアバターを塗り込みましたら、あら不思議、ぜんぜんかゆくなくなりました。そして一晩開けてみますと・・・おお、本当にほとんど治っている。腫れが引いてかゆみもないのです。これはすごく効きました、私には。

2009年6月04日(木)
 映画「スター・トレック」を見てまいりました。私はスタートレック・シリーズのファンではなく、実のところこれまでの作品はテレビも映画もほとんど見ておりません。カーク船長とかミスター・スポックという人物がいるのは知っている、という程度。じゃあなんで見たのかというと、妻がエリック・バナのファンで、本作にも出演している、と聞いてのことです・・・。
 で、そのエリック・バナはロミュラン人という設定で、特殊メークをしており、はっきりいって誰だかわからない有様。バナのファンとしてはちょっと納得できない、というのが妻の感想です。ですが、映画としては面白くできておりました。シリアスな話あり、コミカルなシーンあり。ただ一方で、従来のスタートレック・ファンはどう思うのかは分かりませんです。だいたいこういう定評のあるシリーズについては、昔からのファンがなかなか納得しないものなので。
 基本的には、USSエンタープライズ号の処女航海と、カークがキャプテンに昇進するまでの「ビギニング」ものであり、あの人物の若いころはこんな感じ? という興味をひかれる人が多いに違いありません。しかし、未来で起こったある事件により、歴史が変化してしまった世界、という話になっております。したがって従来のスタートレックの通史から少し外れた世界ということになります。
 本作では、若き日のスポックが出てきますが、さらに元祖スポックのレナード・ニモイが出てきます。もちろんスポック役です。そこらへんの詳細についてはぜひ本編をご覧いただきたい、ということで・・・。
 最後の最後になって、メンバーが揃ったカーク率いるエンタープライズ号が宇宙に発進していきます。そしておなじみのテーマ音楽が流れ、いつものシリーズだとオープニングにあたるような映像がエンディングとなる・・・そんな感じです。
 まあそもそも、お試し的な気分で見ましたので、映画として非常に楽しめました。いい映画だったと思います。繰り返しになりますが、従来のシリーズに思い入れが強い人の反応はちょっと分かりません。私などは、ちょっとさかのぼってこれまでのスタートレックを見てみたいと思いました。
 ちなみに本作は「スター・トレック」で、従来作は「スタートレック」と、ナカグロのあるなしで邦題を微妙に区別しているみたいですが・・・。

2009年5月31日(日)
 先日、入院の後養生ということで、伊豆・修善寺にあります山手スピチュラルホテルhttp://www.spituralhotel.com/に行ってきました。ここは伊豆・シャボテン公園グループが経営するホテルで、「心身求養」をコンセプトに、疲労回復とか、私のような病後の療養などに最適、という温泉宿であります。ゴージャスな宿ではなくて、とにかく落ち着ける宿、というのを求めていましたので、これはぴったりなのでした。
 修善寺までは東京駅発の「踊り子115号」で直通、駅に着くと迎えの車が来てくれていました。そこからホテルまでは・・・かなり遠い、というか伊東市に近いところまでどんどん山を登っていきます。その小高い山の頂にスピチュラルホテルがあります。
で、到着するとさっそく、食事のアレルギーチェックの確認があります。こちらは予約時に向こうから「アレルギーのある食材はありますか?」と質問されますので、その再確認をするわけです。その後は宿のスタッフは丁寧だけどよけいなお節介は一切しない、ということを徹底。こちらから呼ばなければまったく来ません。それがポリシーで、布団をしくのも自分でやりますけれど、その分は料金設定も非常にリーゾナブル、実に落ち着けます。
 窓から見える山並みは美しく、ちらほら遠くにホテルかリゾートマンションらしきものが見えるだけで、人工のものなどほとんど見当たりません。静かそのもの、ホーホケキョ、などと鳥のさえずりも聞こえてきます。
 なんといっても素晴らしいのは「心養料理」をうたう食事で、実に目にも舌にも見事な料理が出てきます。実のところ、これまでいろいろ泊まってみましたが、最高に素晴らしいものの一つ、と言い切ってしまいましょう。
 朝も和洋折衷で食べきれないほど出てきます。これまたまことに美味しい。
 温泉設備は、たまたま閑散期だからですが、もう貸切同然でした。露天風呂と大きな内風呂を飽きるほど堪能いたしました。
 翌日は、グループのシャボテン公園まで車で送っていただき、もう言うことはありません。ぜひまた行きたいホテルだと思いました。
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 シャボテン公園では、いろいろ珍しい動物に、チンパンジーや鳥のショー、樹齢数百年というサボテンの数々、それから妻がお目当てにしていたサボテンの即売・・・3鉢ばかり買い込みまして、名物の「サボテンカレー」を買って、伊東駅から踊り子号で東京に戻りました。
 いやあ、いい養生になりました。いよいよこれで、会社に復帰します。




2009年5月30日(土)
 先日来の私の入院騒ぎで、当初予定では今頃には出ていてもよかった新刊書が出せないでいることは既報の通りですが、これでご迷惑をかけている方のお一人が、スタイル・クリエーションズ社の滝沢滋代表です。というのも、その新刊の推薦文を紳士ファッションの専門家のお立場から書いていただいているからで、同社の滝沢代表のブログでも前に紹介されているとおり。ところが肝心の本がなかなか難航している・・・というわけです。
 が、先日はその滝沢代表から「ブログで読んで心配していましたよ」とのメールをいただきました。なんとも申し訳ない次第と感じているところです。
 その滝沢代表は、おそらく今年も6月16日からイタリア・フィレンツェで行われる世界最大規模の紳士服見本市ピッティ・イマジネ・ウオモの準備にお忙しいところと思います。氏のタキザワシゲル・モデルの紳士服は日本では初めてこのピッティ・ウオモに出展したという快挙を成し遂げたのでありました。
 あまりこういう方面に興味のない方にたとえを申し上げれば、本場アメリカのモーターショーに初めて打って出た日本の自動車メーカーとか、あるいは日本のコミケに外国からやってきて出店している人とか、まあそんな具合で、その場に出ること自体がきわめて難しいスペシャルなイベントであり、そこで堂々と老舗の連中と渡り合い、受け入れられるというのは大変なこと、というわけです。
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 ところで、フィレンツェというのも不思議な町ですね。イタリアというのはローマ帝国の後は小国乱立してまったくばらばらだったのですが、教皇領、神聖ローマ皇帝領にあちこちの小国が延々と駆け引きをしていたわけです。その中にあって、フィレンツェというのはなんといっても商工業者の街で、最盛期には共和制をとって君主をいただかない国でありました。が、実質的な君主だったのがあのメディチ家、というものです。
 そうはいってもメディチ家はなんの称号もなく、よく最も有名な人物は豪華王(イル・マニフィコ)ロレンツォ・デ・メディチなんていいますが実際には王様ではありません。ローマ帝国の皇帝がまず名乗った「第一人者」といった名誉称号すらなかったようですから、まったくの一市民。それが事実上の君主として君臨していたわけです。
 で、メディチ家の居館がピッティ宮殿といい、ピッティ・ウオモの会場なわけでありますけれど。面白いことにその「ピッティ」というのは、実はメディチ家の敵であったピッティ家が建てた邸宅だったものを、後でメディチ家が買い取った、ということです。ということでピッティ、ピッティと言いますがあれはメディチ家のライバルの富豪の名前なんですな。
 メディチ家というと何か深い意味合いがありそうに感じるが、英語でいえばメディシン家です。要するに「薬」家で、先祖が薬屋さんかお医者さんだったらしい。らしい、というのは実はぜんぜん分かっていない。メディチ家の紋章として有名な六つのパッレ(玉)も意味が分かっていない。先祖にちなんだ丸薬か、血を吸い出すための吸い玉ではないか、あるいは財をなしたころ中核をなしたメディチ銀行を示す金貨の意味じゃないか、と推量されていますが本当はまったくなぞの多い家なんです・・・というか、決して名門じゃなく、成り上がりなので由来が不祥なんですな。
 で、後になるとこの家は念願のフィレンツェ公、トスカナ大公に成り上がり本物の君主となるのですが、結局、最後の頃は後継ぎの子供がそろいもそろって男色に走り(!)、家系が絶えてしまう、という自然消滅をたどった珍しい君主家です。
 イタリア、と一言でまとめることは実は難しいお国柄です。が、その中でもファッションの国を自負する御当地で、フィレンツェのピッティ宮殿を会場とすることには異論がないというのは、やはりほかの・・・たとえばドイツやフランスとは明らかに違ういかにもイタリア半島的な特色が、フィレンツェ共和国とトスカナ大公国の歴史にあるからでしょう。
 


2009年5月29日(金)
 さて皆様。のほど主治医より「心配なし」といわれ、産業医の許可も得て6月より復職することも決まりました。何かとお騒がせいたしましたが、本当にありがとうございました。ご激励いただいた方々には厚く御礼申し上げます。職場も、とりあえず負担の大きい宿直、泊まり明け勤務からは外してくれるとのことで、これで今回の胆石も一つの決着、となりそうです。
 ◆  ◆  ◆
 ということで、私たち夫婦の「戦史・服飾史研究」および「歴史イラスト」の作業も再開できる、というわけですが、うちの妻も、私の病気がらみのミッションはすべて終了し、やっと絵に取りかかれる、と申しております・・・。しかし今、やっている企画は古代から(それはもうシュメールとかアッシリアとか)から始まり、最新の自衛隊や米軍の装備まで網羅したような本を書いているので、いま、やっとエリザベス女王の時代あたりをやっておりまして、ようやくグスタヴ・アドルフの時代、つまり近代的軍隊のとば口が近くに見えてまいりました・・・。しかしその前に、ランツクネヒトやらスイス傭兵団やらに大いに手こずり、ことにスイス傭兵は国がらみ、州邦ごとに組織していた傭兵なのでいい加減なならず者集団の傭兵とは趣が違い、軍装や軍旗などもかなり決まっていて、軍服統一の走りと見られる要素も強いもので、ことにドイツ語圏のサイトなど調べ始めるとどんどん深みにはまって抜け出せなくなった、と申しております。
 なんによらず、どこの国についても現地の情報を原語で探さないと本当のところが分かりませんね。たとえばスイス傭兵はドイツ語でReislafer(aはウムラウト付きでライスロイファーとなります)と呼ばれます。で、今のドイツ語ではReisは英語のRiceつまりお米のことです。ロイファーはrunnerのことです。そこで英語で直訳すればRice Runnerとなり、「お米走り人」ということになってしまいます。実際、ライス・ランナーという見出し語を掲げている英語圏の情報もけっこうあります。
 しかしよくよく調べると、ReisはもともとはReise(ライゼ)で、旅行とか戦争の意味であったことが分かります。つまり本来はライゼロイファー(遠征に従軍する者)の意味だったわけですが、これが訛って変形したのでしょう。しかし英語圏の人では、このへんがすでに理解できないのですね。その情報をまた日本人が安易に英語から移転すると、「お米走り」などという意味不明の解釈が広まってしまう・・・。
 結局、こういうことが始終、起こっているのが日本の現状なんだろうと思う次第です。ほかの文化的なことや、政治・経済にまつわるニュースでもしばしば日本で一人歩きする滑稽な解釈というのは、この時代になっても理解不足に由来することが多いように思います。
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 会社で産業医と面談した帰り、久々に丸の内を歩き、それから東京駅の大丸に行き、またまた新丸ビルに戻って、いろいろ悩んだ挙句、バナナリパブリックのクリーム色で白いパイピングが入ったジャケットを買いました。
 妻はユナイテッドアローズで、服やアクセサリーには目もくれず、かわいらしいクマのぬいぐるみを売っていたので衝動買い。これしかしアローズの特注なんでしょうか。セレクトショップのぬいぐるみというのも珍しいかもしれない。
 なんやかやで携帯電話の歩数を見ると1万5000歩以上、歩いていました。これだけ歩ければもう健康状態も大丈夫、でしょうか。
 ◆  ◆  ◆
 ところで、先日、前の私どもの本の出版以来、ご縁のある新浦安のセレクトショップ「アルマディオ」さんから葉書をいただいて「お久しぶりです、お元気ですか?」と書いてあり、これはご説明しなければ、と思いましてうかがいまして・・・「実はお元気じゃありませんでした。それでご無沙汰していました」という話になったのですが、このアルマディオさんがサイトを開設されました。こちらはリチャード・ジェームズなどの上質なスーツのほか、オリジナルのスーツやシャツのオーダーもしておられます。http://www.armadio.jp/
 私も快気祝いとしてイタリア製のちょっとかわいいハットを一つ、買いました。こちらはピンバッジなどのアクセサリーも面白いものを置いておられます。お近くの方はぜひご覧になってください。



2009年5月23日(土)
 これはまた驚きました。産経新聞によれば「韓国の聯合ニュースによると、盧武鉉前大統領は遺書を残していたもようだ。盧前大統領はこの日午前、側近1人と登山をしていたところ、山の麓に落下、病院に運ばれたが死亡したらしい。前大統領は頭を強く打つなどしており、韓国南部・慶尚南道金海市内の病院に運ばれた後、釜山大病院に移されたが死亡が確認された」ということですが、なんとも悲しい最期です。正直に言って、在職中の政策はなんだか「?」という点もあり、特に日本としては危なっかしくみえることもあった前大統領ではありますが、それにしてもこういう人生の終焉は悲惨ですね。
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 インフルエンザとか、民主党の代表選とか、まあいろいろあったわけですが、そこらは何を書いても面倒くさそうなのでパス。それよりなにより、私はとにかくなかなか脚力が戻りませんけれど(やはりちょっと出歩くと足が痛くなりますね)、元気にやっております。まもなく完全復帰する見込みであります。
 ただひとつ書いておくと、今回のインフルエンザはとりあえず弱毒なので、まあこんな感じですんでおりますが、もし強毒になるとこれではすまないな、と。予行演習としてはあまりうまくいかなかった、というか教訓にしないと大変なことになりますね。なんとしても高校生の発症が多いのは事実で、学校単位で行くとどうしても集団で感染するわけです。米大陸に近くないのにこんなにあっという間に蔓延したのは、日本独特の集団行動の結果でしょう。やはりそのへんは学校というものがもっとシビアに考えてもらわないと。本当に命にかかわる場合、旅行どころじゃないと思うわけです。そもそも海外に行きすぎに見えるなあ。私が高校生時代には海外に行くなんて、ごく一部の私立の話だったんですが。

2009年5月15日(金)
 なかなか2か月以上も寝て暮らしていたので、体力万全とはいきませんが、少し近くを出歩いてみております。まあやはり、足腰が弱っているのと、食後に休みが必要、という感じですが、しかし1週間が過ぎてかなり感じが戻ってきました。
 先日など、携帯電話の万歩計を見ると9000歩以上歩いていましたので、まあこのぐらい歩ければなんとかなるかな、と。ただ、疲労がまだちょっと早いかな、という自覚がありますので、とにかくゆっくりやらしていただきます。
 といいつつ、2か月もの間、自分の仕事も、また毎日、病院に来てくれた妻のほうの仕事も停滞しておりましたので、そのへんも少しでも取り戻せるように、と思っております。
 ところで、入院中に私は、結局のところテレビはつまらないので(今やどこの病院も床頭台にテレビ設置が標準ですが、本当に入院患者の人がみな怒っているんです、暇つぶしにならない、というのです)とうとう携帯ゲーム機を買い込みました。それも二台も。PSPとDSです。そしてほとんどの時間を、ゲームをして過ごしました。
 特にDSの「シムシティDS2」と「レイトン教授の最後の時間旅行」、PSPの「戦国天下統一」「注文しようぜ! 俺たちの世界」「羊くんならキスしてあげる☆」にはお世話になりました。本当にこのへんがなかったら乗り切れなかったと思います。ほかにもいっぺんに10本ほどソフトも買い込みましたが・・・まあ我ながらなんですね(笑)。
 ◆  ◆  ◆
 そういえば、前の胆石症の記録で書き落としたことがあるので補足。まず胆石発作のある人は@油ものA乳製品B卵、とくに卵白・・・だからホイップクリームなんかも×、です。これらは胆嚢を収縮させ石を動かします。また、手術の前にはへその掃除をされました。なんでだろうと思っていましたが、へその穴を切開したのでなるほどでした。ほかに普通は胸や腹、脚などを除毛しますが・・・私の場合は日頃から自分で無駄毛を剃っているので、看護師さんに「わ、きれい。まったく必要ないですね」と感動されました。

2009年5月10日(日)
 先日、病院を退院した後、その足で舞浜イクスピアリの映画館に行き、映画GOEMONを見てきました。病院から映画館はほど近く、このところ検査や退院のたびに、気晴らしに映画を見ていた次第です・・・。
 で、そのGOEMONですが、信長、秀吉、家康が出てくる戦国ものですけれど、どちらかといえばファンタジーのような、大筋は史実を下敷きにしているがパラレル世界のような感じのお話で、まあゲームなんかでよくあるようなデフォルメしたお話です。
 で、あの大泥棒・石川五右衛門が実は織田信長の元家臣で、信長の死後に泥棒稼業に入ったけれど、あることから本能寺の変が明智光秀の単独犯行じゃなく、バックに意外な人物がいたことを知る、という展開です。恩人である信長の敵を討つべく、五右衛門は天下人・秀吉が住む大坂城に乗り込んでいく、ちょうどそのころ、信長の姪にあたる浅伊茶々は秀吉の側室になるよう強要されているところでありました・・・という感じです。
 で、もう出演者は皆さん熱演・快演ですが、なんといっても中村橋之助の信長がかっこよすぎ。それに、さすがに歌舞伎の人、例の敦盛の「人間五十年・・・」が決まりすぎ。いや本当にかっこよくてぞくぞくしました。基本的に信長は回想シーンでしか登場しないのだけど、全編を通して陰の主役は信長ですね、この映画。それに、みんな衣装も建物も相当にデフォルメして安土桃山+近未来SFという風情の演出なのに、信長だけは変な感じがしないのがすごい(笑)。西洋風の甲冑にマントを着こんだ信長は、彼だけぜんぜん「いつもの信長」といいますか、「信長ってあんなもんでしょう」というか、けっこう大河ドラマなどでも織田信長だけはどんな変な格好して派手な城に住んでいても違和感がないので、この映画でも信長だけはぜんぜん意外でもなければ変でもないのがかえっておかしかったです。
 紀里谷監督にはこのノリで信長だけの続編作ってほしいぐらいです。
 そういえば、信長が金のハクダミをした頭蓋骨で酒を飲むシーンが本作にも出てきますけれど・・・あの頭蓋骨って浅井長政のものでは? となると浅井茶々、つまり淀殿の父親なんですけど・・・。
 さらにいえば・・・ラストシーンで意味深なんですが、茶々は生き延びるわけで、あのあとで伊武さんの家康と大坂の陣を迎えるんでしょうか? 映画の中のセリフで「真田幸村」という名前も出てくることだし、あのまま平和になるわけじゃないと思いますが、そのへん考えてしまいます。
 ま、そのへんはともかく、非常によくできた娯楽作品で、また真面目な戦国ものが好きな人でも大いに楽しめると思います。史実を大胆に再構成したストーリーですがなかなかによく練れており、面白いです。
 前作ではなにかと当時の奥さんの名前にかくれて、それに「新造人間キャシャーン」というちょっとマニアックな題材、あまりに陰惨な展開のため正当な評価を受けなかった紀里谷監督も、今回は適度に暗く適度に明るく、適度に爽快、適度に悲しく、娯楽作品としていいバランスを保っており、文句なく本領発揮、を感じさせます。次にどんな作品を作るのか、期待を抱きました。

2009年5月09日(土)
 ということで、ようやく退院いたしました。御関係の皆さま、ご迷惑をおかけいたしましたがいろいろお気づかいをいただきましてありがとうございました。
 ・・・と、こう書いて、詳細をご存じない方もおいでのはずなので書きますと、3月の半ばからここまでに入院3回、手術2回、ということになりました。病名は胆石症、胆嚢炎、および総胆管結石、ということでした。
 ◆  ◆  ◆
 3月13日、夜になって腹部に激痛が走りましたが、3時間ほどで回復したため「もしまたこういうことがあったら病院に行こう」と思いそのまま観察。
 そして3月18日朝、再び同じような激痛があり、タクシーで最寄りの病院に、と思いましたが我慢しがたく、救急車を呼びました。
 担ぎ込まれた病院で「右腹部が痛いなら胆石の可能性も」といわれ、自分もひょっとしたら、と思いました。翌日、CT検査と超音波検査で胆石と断定、肝機能の数値が極度に悪くそのまま入院、絶飲食で点滴、となりました。
 このU病院で、3月19日から27日までお世話になりましたが、肝機能が安定したためいったん退院。土日をはさみ30日に、U病院の紹介状を携えてJ大学病院を受診しましたところ、手術を前提に検査、と指示されまして、またレントゲン、CT、心電図などの測定をするとともに、総胆管結石がある以上、外科的手術の前に十二指腸乳頭部の切開手術(EST)を内科で受けてくれ、といわれました。
 そこで4月1日に内科を受診し、6日に入院、即日にESTを施行と告げられました。これは内視鏡で口から十二指腸に達して総胆管と十二指腸の間の乳頭部という部位を切開、これ以上胆嚢から胆石が落石してきてもつまらないようにする措置です。
 まずは麻酔薬でうがい、ついで麻酔ゼリーを5分間、口に含み、さらに麻酔薬を飲み干しまして・・・しかしマウスピースは大きなもので、生まれつきものを飲み込んだり口を大きくあけるのが苦手な自分には地獄の苦しみでしたが・・・その後、点滴で傾眠状態に入って内視鏡そのものは難なく入りました。しかし・・・切開となると激痛が走り、どうも私はそのへん、麻酔の効きが悪いらしく、ふつうは記憶に残らないのでしょうが、はっきり記憶に残っていまして、「ぐわああ」とうめいてもがいたのを覚えております。
 いやあ、案ずるより産むがやすし、は嘘ですね。完全に産むより案ずるがやすし。
 とまあ、かなり苦痛を伴う切開術でしたがなんとかクリア。その後、合併症などもありうるので10日まで入院しました。
 13日に再び外科に戻って、さらに検査を求められましたが・・・なんと上部消化器を念のために検査するため、またも内視鏡を、と言われこの世の終わりのような絶望感にとらわれました。
 が、医師の指示なのでしかたなく15日にまたも内視鏡検査。今度は傾眠にしないで試しにのんでみましたが、まったくダメで内視鏡を吐き出してしまいました。そんなわけでまた点滴をやり・・・30分で終わるはずが、麻酔さめるまで2時間ほど、またまたひどい目にあいました。いや本当に内視鏡にはトラウマができてしまいました。
 さらに肺活量検査やエコー検査をやって、4月27日に入院、28日に腹腔鏡下胆嚢摘出術、と決定しました。これは大きく回腹せず、胸の中欧、右胸部、それにヘソの部分をレーザーメスで切開し、腹腔鏡を差し入れ、肝臓を持ち上げて裏側の胆嚢を探り、胆管をクリップで閉じて、胆嚢を切り取り、ヘソを切り開いた穴から取り出す、というものです。  
 事前にいろいろ調べて、全身麻酔による胆嚢の手術にはイメージがありましたが、とにかく自分の場合は胆石の中では、黄疸まで出たかなり重症のほうなので、炎症、癒着の程度によってはよくある「日帰り胆石手術」のような簡単にいかないことも想定され、かなり不安でした。
 手術前日、ひそかに恐れていた「浣腸」とか「2リットルに及ぶ下剤」とかはなく(下部消化器の手術ではそのような苦痛を伴う準備措置があるようです)、単に錠剤を飲むだけですみました。麻酔医、執刀医の説明があり(例によっていろいろリスクを聞かされ、脅されますがまあ想像の範囲内です。全身麻酔の手術ですから万一の場合があるのは当然です)、午後9時から絶食、0時から絶飲食。
 翌28日朝、まずは点滴、それからこれも恐れていた「鼻管」・・・これは胃液を吸い出して万が一の嘔吐の場合、胃液が肺に入ることを防ぐ措置です・・・を医師が鼻から通そうとしましたが、ものすごく苦痛でやっぱり駄目。とにかく私には口や鼻から何かを通すのは全部ダメなんですが、そこで、この管も麻酔で気絶した後に入れてもらうことにしました。
 ほかに、麻酔中に尿管・・・つまり膀胱にチューブを入れ小水を採るものですが、意識がある場合には激痛を伴いますがこれも気絶中に、さらに麻酔をかけると喉に気管挿入といって太いチューブを押し込み呼吸をコントロールしますが、これも気絶中にやります。もちろん普通の状態じゃ絶対にそんなもの、喉に押し込めません。よく全身麻酔の手術ではたばこを吸う人は危険、というのは、気管挿入すると痰が多く出るので危険が伴うのだそうです。また術後も喉がどうしても傷むため、痰で苦しむことになります。
 9時に手術室までベッドで運ばれ、そこで浴衣を脱ぎ、手術台に横たわりました。
 一番心配していたのが麻酔の効き具合で、前に歯医者でも、また前回のESTでも点滴程度ではかなり意識が残っており、自分は効きにくいかも、という不安がありました。よくいわれる「3つ数えてください」というのはここの病院ではなく、
 「はい、そろそろ効いてきましたか」と聞かれました。「うーん、ダメなようですな」
「・・・そろそろ、効いてきましたか」「いやあ・・・まだ駄目ですね」
「・・・・・・そろそろどうでしょうか」「うーん・・・まあ、そろそろ・・・」
 こういうやりとりを3回、したところで私はようやく気を失ったようです。
 そして、この効いたか、効かないかというやりとりがまだ繰り返されているのか、と自分では思っているうちに(つまり4回目の質問が来るのかな、と思った瞬間に)意外なことに医師から聞かされた言葉は「はい、辻元さん、終わりましたよ」でした。
「お、そうですか・・・なんか、やり取りしてる間に終わりましたね」
「やり取りしてる間、ですか?」と医師がちょっと面白がるように言いました。
「何時ですか」「11時半です」「おや、早いですね。じゃあ順調だったんですね」
「はい、順調でした」
 そんなやりとりをしましたので、まったく意識ははっきりしたまま病室に戻りました。
 しかし徐々に麻酔がさめてくると激痛が襲ってきました。いかに腹腔鏡下の手術とはいえ回復しているのだから当然です。幸い、これも鎮痛剤を入れてもらって30分ほどで緩和。
 24時間後、心電図と尿管を抜いてもらい・・・この尿感を抜く、というのがまたかなり激痛というか、気持ち悪いのですが、とにかく抜いてもらい、まもなく点滴も終わって、術後1日で、早くも立って歩けるようになりました。傷口は痛いですがまあ、それほどのこともありません。29日の昼からは食事も再開しました。場合により肝臓にドレーン(管)が残る場合もあるようですが、今回はそれもありませんでした。
 そして・・・以後の経過は良好で、合併症も起こらず、傷口も問題なく、5月の7日午後に退院となったわけです。
 ◆  ◆  ◆
 結局、入院日数はトータルで25日、手術2回、検査はもろもろで20回ほど。大変なことになってしまいました。世間一般では胆石というとごく軽い病気と受け取る人が多いようですが、それは発症していない状態で、私のように総胆管がつまり黄疸が出て肝臓の合併症までいっているとそう簡単ではすみません。このように2、3か月はかかってしまいます。手術の経過によればさらにもっとかかったかもしれません。
 実はここ1年ほど、ストレスがあったり少し重いものを食べると胃が痛い、と思っていました。特に日頃から早食いで体力に自信があって無理をしてしまうような人のほうが、かえってこの病気にはかかりやすいものです。私もそうでした。
 3月ぐらいからかなり悪くなっていたようで、3月13日の最初の発作以前、たまたま撮った写真を見ても、顔がむくんでいてどす黒いというか、悪い顔色なんです。この段階で気づいていればもっと楽にすんだのでしょう。
 そして、発作が起こらなければもっと悪くなるまで気づかず、最悪の場合、命取りになったかもしれません。不幸中の幸いだったのかもしれない、と思っております。なんにしても胆石の激痛(それは本当にきついもので、脂汗がにじんで立っていることも座っていることもできないような苦痛です)も結局、2回経験しただけで済みました。
 ◆  ◆  ◆
 と、こんな具合で私の胆石症との戦いは一応、終わりました。2か月も寝ていたので体力が低下しておりますが、徐々に回復していくと思います。もし、これから胆石や全身麻酔の手術をされる方のために、一応、経過を書いておきました(私も手術の前にいろいろな方のブログやサイトを拝見して参考にしましたので)。
 ご参考になりましたら幸いです。個人的には、全身麻酔もかなり不安なものですが、2度の内視鏡のほうがいやな記憶が残りましたね。
 
 
 

2009年4月24日(金)
SMAPの草なぎ剛さんの泥酔騒ぎは驚きました。だれもが「ひょっとして」と思ったことでしょうが、今のところ薬物という話はないようで、それにしてもかなりストレスが溜まっていたのだろうか、と思ってしまいます。
 ◆  ◆  ◆
 そういう話も他人事ではなくて、ストレスはトラブルのもと、万病のもとです。前にも記しましたが私は先月半ばから病院に通っており、もう少し時間がかかりそうです。実はちょっと入院もしておりました。そのへんはすっかりけりがついてからご報告いたします。
 ◆  ◆  ◆
 通院の傍ら、退院後は絶対安静、という状況ではないので、暇を見て映画を三本ほど見ました。今更ながらなのですが、自分の覚書として書いておきます。
 @ワルキューレ トム・クルーズがヒトラー暗殺を企てたシュタウフェンベルク大佐に扮したあの映画です。演出上、ハテナという点もないではないですが、軍服や車両、航空機などは時代考証もよくできており、ことにユンカース三発機とメッサーシュミットの編隊飛行などマニア必見でしょう。もういろいろ言われているでしょうから蛇足を付け足しませんが、私が最も感心したのは、オルブリヒト将軍がフロム大将の名をかたって命令書にサインし発効させるシーンです。当時のドイツ軍の命令書は、発令権のある人物が、万年筆ではなく色鉛筆で書くことになっていました。しかも署名の横に○とか▽とか符号をつける。これは発令日によって「鉛筆の色」と「記号」が決まっており、一部の幹部しかその色と記号を知らないため、偽命令は出せないことになっていたんですね。ただ、あの場合はオルブリヒトはフロムに次ぐ予備軍のナンバー2だから、当然、正しい色と記号を知っていた。
 映画では青鉛筆で、署名の横に○を付け足していました。あのへんまでちゃんと描いているというのは実にマニアックです。
 Aレッドクリフ2 もうなにも付け足すべくもなくヒットしているようですね。なにか三国志というよりノルマンディー上陸か硫黄島上陸を描いたような戦闘シーンは圧巻。なんか実際にはあのラストシーンの後、劉備と孫権は徐々に敵対することになるので、そのへんを知っていると物悲しい気がします。曹操の元を逃げ出した医師の華陀も、あのあと処刑されたと思います・・・。
 Bある公爵夫人の生涯 キーラ・ナイトレイはなんといっても時代劇ですね。ダイアナさんのご先祖に当たるレディ・ジョージアナ・スペンサーの一代記。18世紀後半のコスチュームは万全の再現度。女性に目が行きがちですが、現在のスーツの原型である男性のファッションもしっかり描いています。アカデミー賞の衣装デザイン賞を得ていますが伊達じゃありません。脚本も非常によくできていて、いい映画でした。
 

2009年4月11日(土)
はて、3月半ばから更新が途絶えているが、どうしたのか? というお問い合わせを結構、いただいております。少し前の記述でお察しの方もおられましたが、実は体調を崩しまして、家と病院を行ったり来たりしています。
 ともかく重篤な病気ではなく、まもなく完治する見込みです。ではありますがもう少し治療に時間を要しますので、すべてがはっきり決着してからご報告いたします。
 ご心配をおかけしておりますが、もうしばらくお時間をいただきたいと存じます。

2009年3月15日(日)
きのう胃痛と書きましたが、胃腸風邪かもしれません。妻もこのところ食欲不振ですのでどうもこれは。まあストレスも影響はあるに違いないですが。
 ◆  ◆  ◆
 私の本「スーツ=軍服!?」を販売している大手書籍通販サイトで「この本を買っている人は同時にこれも買っています」というRーナーがあって(よくありますよね)、それで光栄ですが落合正勝さんの「男の服装術 スーツの着こなしから靴の手入れまで」と、ハーディー・エイミス卿の「英国の紳士服」が挙げられているのですが、嬉しいですね。
 私の本はともかく(笑)、この二冊は本当にいい本です。落合さんの本はもはやこの種のもののスタンダードで、はっきり言ってほかの「男の服装」とか「スーツの着こなし」のたぐいの類書はみんな亜流、蛇足と思われます。もうこの1冊で充分。そしてこの内容をアップデートするなり、反発するなりは個人個人の勝手。ともかく「スタンダード」というのはそういうことです。
 エイミス卿の本も、ほかにこういうことを書いているヒトは私だけなので(笑)、つまりずっと遡って紳士服の通史を書いているヒトはエイミスさんぐらいなので、とにかくお薦めです。
 これらと一緒に並べられているのは実に光栄です。それはそうとして、うちの本もよろしくお願い申し上げます(って、ちょうど刊行から1年たつんですね)。けっこうファッション誌などで、気のせいかもしれませんが「ひょっとしてうちの本が元ネタ?」という記事を見かけることがあります。ミリタリー系の知識とファッション系の知識の融合、というのを目指していましたので、もしお役に立っているなら無上の光栄です。
 次回作は、原稿は一応、出来てるんですが図版が膨大になりまして、難航しております。が、妻が苦心惨憺して鋭意、やっております・・・。

2009年3月14日(土)
先日ですが、夜になって神経性の胃痛が・・・けっこう2時間以上、続きまして。リラックスすると治りましたのでやはり食べたものとかじゃなくて神経でしょう。
 毎日、毎日、「時間がない、まだかまだか」と叫んでばかりいるような仕事をしております。本当にもう、そればっかり。やはりストレスってのはあるのかな、と自覚。
 やっと1年がかりで書いた原稿が手を離れて、少しほっとしてるんですが。
 当年42歳。無理はできませんね、もはや。
 ◆  ◆  ◆
 バナナリパブリックであまりに見事な真っ赤っかのカラーパンツを発見。それから真っ白のベストも。なかなか春先から使えそう、そしてお安かったので衝動買い。
 今季は私も諸般の事情もありけちけちモードですので、こんなもんでおしまいかな、と。

2009年3月07日(土)
いやはや、今度は「LAST」休刊のお知らせが届いて・・・といってもあまり分かりませんでしょうか。エクスワイア社が出していたおそらく日本唯一の「靴専門誌」というものでした。まあ、高級靴の流行も、今はすっかり落ち着いて、ひところの20万も30万もする靴をもてはやすこともなくなり、国産のものやスペイン製などで、もう2、3万円台でもなかなかリーゾナブルでいい靴(もっともそれでもかなり高級な部類といえるんですが、とにかく一応、そういうものにうるさいオシャレな人でも一応の納得ができるレベル、ということです)がたくさん出回る今日この頃、ひとつの役割を終えたというのは理解できます。実際のところ実用を考えれば10万円を越える靴なんて現実的には馬鹿げていますし。
 が、休刊の理由は本体のエクスワイアそのものが日本から撤退、ということのようですので、それはかなりこう、悲痛な感じがいたします。
 ちなみに、靴にご興味のない方には変な題名と思われるでしょうが、LASTというのは別に「おしまい」という意味じゃなくて、靴を作るときに芯にする木製の原型をラストというのです。その原型通りの靴が出来上がる。要するに木型のことです。でも本当にこれは「おしまい」になってしまいました。本日、定期購読契約者に残金を返金します、との知らせが来ました。そのへんはちゃんとしていますが、さすがに。
 とにかくとても真面目で、知的な手応えもあり、ちゃんと取材して書いている、という姿勢も感じられるいい雑誌でした。まことに残念です。
 ◆  ◆  ◆
 これだけ雑誌不況ですと、どこも厳しいと思います。が、ほんの半年前までおちゃらけていたファッション誌のたぐいもかなりまともになってきたような気がいたします。僭越ですけれど、バカみたいに高い時計とか無駄にでかい車をもてはやすような記事は減りました。ある程度の批評性を感じさせる記事も出てきたような気がするし、出された資料を丸写しじゃなくて相応に裏を取ろうとしている記事も増えてきているように思う・・・というか、当たり前なんですけどね、活字なんだから。そういう努力がないのなら、雑誌を読む必要はなくて、無料でいいかげんなことが前提のネットで十分となってしまうわけです。
 50万とか100万とかいう非常識な値付けを平気でしているようなブランドも、いずれ姿を消すことでしょう。ふと深夜のテレビを見ていると、ジャパネットたかたさんが高級時計を売りさばいています。例の金利手数料負担なしでエルメスとかブルガリの時計が買えるというわけです・・・こういうのを見れば、定価で買う人なんていないでしょう。
 昨日来たメンズクラブで栗野宏文氏が「こういう時代だからこそ明るい色を着てほしい。そしてイタリアの服飾見本市(ピッティ・ウオモ)を紹介して「イタリア男のモテ服」的なスタンスの雑誌などあるが、いまどきはもっと各業者は工夫しているので、もっとよく見てほしい」といったことを書いておられましたが、きわめて同感です。
 ファッションってのはきわめて文明批評的な「メディア」の一種だと思うのです。なんとなくの「気分」なんてでたらめな物じゃないと思う。本当に、資本主義とか、人類の文明の行方にすら思いをいたした記事を読んでみたいと思うこの頃です。

2009年3月06日(金)
 昨日の「ダイバスター」を見ていて・・・といっても分からない人も多いでしょうか。深夜番組です。ガッチャマンを茶化したようなノリの・・・ま、それはいいんですが、感心したのは「シャンプーってのはなあ、髪を洗うふりして、実は爪の隙間をきれいにしてるんだ」というセリフに「おお、なるほど」と思いました。
 確かに、シャンプーやら化粧水やら、まずみんな手につきます。一番効果があるのは手じゃないのか、と思うことがある。
 ◆  ◆  ◆
 もう一つ感心したのは、これはある人が言ったのですが、殺人とか暴力とか明瞭な犯罪以外の場合、悪というのは量子論的なものである、つまり観察者がそれを確認しないと量子の一が確定しないのと同じく、検察がそこに悪があると認定しないと悪は生じない、ということであります。
 逆に言えば、検察がそれは悪です、と繰り返せばもはや悪になってしまうということでありまして、鈴木宗男さんでもホリエモンでも、まあ別に神様が天罰下しているのでないのだから、とにかくある人間の意思が存在しないとそこに悪が発生しない。
 ま、どうでもいいですが、私としては。
 ◆  ◆  ◆
 浦安市で25年間、親しまれてきたホビーショップ「コンボイ」が4日、店を閉じました。最終日は名残を惜しむファンが、人によっては子どものころ以来、ごぶぶさたしていて、遠方からやってきた人もいたようです、大挙やってきて大にぎわいになっていました。
 あんなに愛されて惜しまれつつ終業できるのは素晴らしいことです。店主もそのへんをお考えになったのでしょう。
 私たちも、うちの本が売れ残っていたら引き取ろう、と思って行きましたが、幸いにも全部売り切れていました。よかった。
 記念に写真を撮りましたが、本当にいい表情をされていました。コンボイさま、本当にありがとうございました。
 

2009年3月02日(日)
 ゲンダイによれば「国際政治経済学者の浜田和幸氏もこう言っていた。・・・麻生首相は、得意の英語でオバマやホワイトハウスの連中を和ませ、報道陣にはリップサービスしたつもりだったのでしょう。でも、・・・ホワイトハウスの公式発言録を見ると、麻生首相のスピーチに〈聴取不可〉の部分が出てくるのです。祖父・吉田茂が、サンフランシスコ講和条約の際、英語で演説する予定だったのに白洲次郎の猛反対で全部日本語に切り替えたことを忘れたのでしょうか・・・ワシントン・ポストは〈支持率は1ケタ、政治的に防戦一方〉、ボストン・グローブは、〈国民に非常に不人気で権力維持に苦闘している〉と紹介した。共同記者会見も昼食会も、米側の意向でソデにされた麻生首相。これ以上恥をさらすのはやめてくれ!」とのことですがまことに同感です。
 漢字は読めないが英語は出来る、といいたかったのでしょうがムダのようですね。
 ◆  ◆  ◆
 近頃はまた近所のお店が何軒か撤退とか、閉店しました。地方でゴーストタウン化といってきましたが、いよいよ首都圏も、と思います。
 まあこういう政権が居座っているようじゃ・・・いや、むなしいです。


2009年2月23日(月)
 「おくりびと」のアカデミー賞受賞は快挙ですね。悪い話ばかりの今日この頃、久々に明るいです。じつはまだ見ておりませんが、予告を最初に見たときから「これ、見てもいいなあ」「ヒットしそう」などと内輪で言っておりました。が、ここまでくるとは。驚きましたです。このところ個人的にお葬式に出ることが多かったので、納棺をする仕事、というものにも関心が向きます。
 まだ近所の映画館でやっているので、なにかのついでに見てみようか、と。
 ケイト・ウィンスレットやペネロペ・クルスがここにきて念願の受賞。それにヒース・レジャーが死して受賞。なかなか興味深いアカデミーとなったようです。
 ◆  ◆  ◆
 それで思いますが「暖冬傾向ですね」と口癖のように言う天気予報士の皆さん、それはデータ的には何十年の平均から見て暖冬なんでしょうけど、それはもう地球全体が暖冬傾向なんで当たり前、実際にはここ数年の「コートもいらない超暖冬」にくらべれば明らかに今年は普通の冬で十分寒いんですから、暖冬、暖冬と騒がないでいただきたい、と思います。
 というか最近の予報は暑いの寒いの、花粉がものすごいの、大荒れだの、暴風雨だのと騒ぎすぎな気がします。
 周囲の人もここにきて、とくに春一番以後に風邪をひいた人が多いわけで、私もとうとう今年はじめて風邪ひきました。暑い日と寒い日の差についていけません。


2009年2月18日(水)
 ということで、このほど出たTAMIYA NEWS MARCH 2009 vol.478の29ページに私どもの著書「スーツ=軍服!?」(彩流社)がまるまる1ページ、載っております・・・というか、一応、原稿を書いたのは自分自身です(笑)。また32ページにありますように、プレゼント企画としてこの本を差し上げています。3月10日必着でタミヤニュース編集部まで、住所、氏名、電話、田宮へのご意見ご感想(拙著の感想じゃなくてタミヤさんへの、です)を書いて送ってください、とのこと。タミヤニュースは模型屋さんで一部100円で販売しています。
 ◆  ◆  ◆
 昨日は昼の12時半すぎて酒乱大臣(?)が会見しまして、もう大変な迷惑を被りましたです。新聞社にとっては夕刊締め切り時間帯でいちばん迷惑なタイミング。
 最高に大事な席で二度も失敗したら、ふつうのサラリーマンならクビかな、と。本会議と国際会議の記者会見なんて政治家にとって最高レベルですわね。大臣を辞めるというのはまあ部長とか課長とかを辞めることであって、国会議員だって辞めたほうがいいんじゃないかとすら思う。悪いけど。
 まあ政治家についてはいくら批判してもいいですよね、ほかの職業とは違うんだから。
 ある自民党の幹部は「こんな問題、一週間もすれば国民は忘れる」と言ったというのですが、どうも長いこと政権を持っているとこういう幕府気分になるんですね。国民なんてみんな馬鹿で適当に御しておけばいい、という。実際、前の選挙じゃ本当に簡単にだまされたわけで、そう思われても仕方ないのかもしれませんが。

2009年2月17日(火)
妻が創刊から応援していたある漫画雑誌がひっそりと休刊しました。そういえばうちの会社も二つの雑誌を休刊しました。編集部があった部屋にはもう、スペースが欲しかったほかの部署が入っています。出版界は厳しいです。
 そういえば今日もふと街を歩いていると、いつのまにかかつての都銀の本社ビルが取り壊していました。またこの間まで米系の投資会社が入っていたところも空き室に、自動車のショールームだったところも郵便局に・・・なんか急激に変化しています。
 年率13パーセント近いGDPのマイナスと聞くとさすがにぞっとします。アメリカ発の経済危機などといっていましたが、気がつけば、アメリカや欧州が立ち直っても日本だけ立ち直れず潰滅している、ということになりはしないかと・・・。
 選挙一つやれないでぐずぐずしている政府がありますが、なんかもう目障りです。二日酔いの大臣と漢字の読めない首相と・・・。

2009年2月13日(金)
 今日はバンクーバー五輪の開会一年前ということで、聖火リレーに使うトーチを発表していました・・・カナダに本社があるボンバルディア社が制作した、なんていってましたが、おや、途中で折れたりしないだろうね、ボンバルディアってあの事故の多い飛行機でしょ、と言ってたんですが、そしたらまたまた本当にアメリカでボンバル機が墜落して50人近くが亡くなった、というニュース。
 日本の地方空港はボンバル機だらけだそうですが、いや本当に問題が多い飛行機ですね。実用の旅客機でこれだけ事故が多い飛行機ってすごくないでしょうか。
 ◆  ◆  ◆
 郵政の民営化には賛成だが、あの民営化案には反対、という人は実際にいたのじゃないかと思うのですが、その意味で「あのときの選挙の争点は民営化するかしないかだけだった」というのは、必ずしも間違った話じゃない、と実は私は思っております。
 が、そうであっても、そのへんも込みで出した郵政民営化法案をもとにしてやった選挙で今の自民党の議席がある以上、それを否定するというのは自民党総裁の言うべきことじゃないでしょうな。否定するなら総選挙やるべきでしょうから。
 で、小泉さんがなんか言ったといってまたまた動揺しているみたいですが、まあ面白くはなってきましたね。
 もっとも面白がっている状況じゃないのかもしれませんが。これでまたまた首相変えるなんて話になったとして納得できるんだろうか。私はできません。


2009年2月07日(土)
にわかにネット上のこういう書き込みも、ちゃんとした内容でないといけない、という流れになってきました。いいかげんな思い付きや伝聞の垂れ流しはダメ、ということです。たとえば自分が個人的に気に入らなかった店、気に入らなかった商品、嫌いな人間・・・なんてことを安易に書き込むのはダメ、そのものを批判するなら相当の裏付けが必要である、ということですが、まあそもそも当然なのでしょう。
 私もかつてはかなりいい加減に個人的好き嫌いを書きましたが、さいきんは書きません。書くにしてもぼかしたり、一般論にしたり。特定の誰それのことは書かないことにしています。それにそもそも私は匿名を使いません。ハンドルネームすら使わない。匿名でなければ言えないことは言わない。人の一生でちゃんとつきあえる人数なんてせいぜい数百人じゃないでしょうか、立場、職業で違いますが。その出会いを大切にすべきで、広く薄く、透明人間みたいな匿名の知り合いなど何万人いても、いざというときにはどうせ何もなるまい、というような考えが昔からあるからです。
 ◆  ◆  ◆
 ハロッズ丸の内店で数年、お世話になったSさんが栄転されると聞いて、お店にうかがいました。で、すごく安くなっていたグレーのベスト・・・裏地が素晴らしいボルドー色でいいんです、それと絹の入ったいい光り方のシャツを買いました。で、妻が来店者名簿に書き込んでいると、「おお、私と誕生日が同じですね!」と大声を上げるSさん。妻と同じ誕生日だったんですね。まあ単に偶然・・・といっても、不思議と御縁のある人というのは限られたものだな、と思うことが多いこの頃です。

2009年2月06日(金)
ちょっとご無沙汰してしまいました。なにかこう、いろいろある1月でしたが・・・まあその、一連のいろいろの最後というのか、先日、早乙女貢先生の「お別れの会」に参列させていただきました。実は生前、先生からいただいたお便りに「美人の奥さんも連れてペンクラブの総会においでください」などとありまして、そんなこともあるので妻も参列いたしました。
 こういう会で「盛会」という言い方はないのでしょうが、もうそういうしかないほどの参列者で、東京会館のいちばん広い会場が人でいっぱい、大変な状況になりました。いかに先生が慕われていたか、よく分かります。本当に号泣しておられる方もいました。
 しかし、会に参加して、先生に近い所におられた人の話によりますと、先生は昨年夏に奥様を亡くされ、ほかにはご家族というものはなく、親族もまったく付き合いがない、ということだったそうで、亡くなった後の密葬も、編集者など近しい人たちがなさったそうであります。そういう自分の身辺のことはあまり言わない方だった、とのこと。もちろん私のような末輩は知る由もありませんでした。
 阿刀田孝先生と、伊藤桂一先生が心のこもったお別れの言葉を述べられました。伊藤先生が「あなたは自分は人に頼らず、常に人を助ける人だった。本当に立派な人生を生きられました。偉い人だった、と思います」と仰いましたが、心を打たれました。
 早乙女先生の名は畢生の大作「会津士魂」とともに不朽と思います。まったく末席も末席の私ですが、ご縁がありましたこと、本当に光栄でした。
 

2009年1月25日(日)
 うーん、今年はやはり相応に寒い冬だからなのか。中西先生、早乙女先生の訃報を書いたばかりですが、今度は妻が子供の頃に絵を習っていた先生が亡くなった、との連絡がありました。いまだ59歳。お若かったのですが。なんか悲報が続きます。
 そういえば、これは訃報じゃないですが、ご近所でお世話になっていた模型店も急に店を閉める、という話になりました。私どもの本もおいていただいていたのですが。ご主人はホビー点経営25年、62歳にして、第二の人生を歩まれるとのこと。
 なんかこう、1月早々からいろいろありまして。かなり夫婦二人してショックを受けております。不思議と立て続くものですね。
 

2009年1月24日(土)
近頃、小中学生の全国体力テストをやったら、ものすごく低下していた、というのが話題になっていた。全国学力テストのほうはここ数年、話題になっているが、体力のほうも低下している、ということで・・・一体、いまどきの子供はどうするつもりなのだろうか。どんどん世界的に厳しい世の中になりそうだ、というときに、学力は低い、体力はない、ではほとんど勝負にならないような気がするが。
 それで、どんな調査をしても1980年代が体力、学力ともにピークだったというのであるが、ほう、つまり我々ぐらいから少し後の世代、まあ今でいえば40代から30半ばぐらいまでの人だろう。
 思えば、我々ぐらいというのはなかなかバランスがいいのは確かで、生まれた頃はまだ蒸気機関車が走っていて、1ドル=360円とかいっていた時代であった。もちろん高校生ぐらいまで、最新のテクノロジーといってせいぜいインベーダーゲームにラジカセぐらいのもので、多少、金のかかる道楽と言えばエレキギターぐらいなもの。それすら不良の音楽とか言われた時代がわずか20年ほど前にはあったわけです。要するに本質的には古い時代の教育を受けて育ったのですね。
 で、大学生ぐらいでCDとかワープロ、社会人になってケータイ、パソコンが出てきた。そんなわけで、若い頃は古い教育、大人になって最近の技術を両方とも手にすることが出来たから、古い感覚も理解できるし、最近のものも分かる。年寄りの言うことも理解できるし若い衆の言うこともまあ、分かる。60〜70年代のバブル前の敗戦国気分がまだ残っている時代も、80年代バブルも、その後の崩壊もすべて知っているともいえます。
 けっこう面白いポジションなのかもしれません、このぐらいの年齢の人たちは。

2009年1月18日(日)
明日あたりから少し気温が上がりそうな予報ですが、今年はなかなか、ちゃんとした冬です。それで先日は中西立太先生のことを書きましたが、今冬、私としてはもうお一方について触れておかなければなりません。「会津士魂」で知られる作家の早乙女貢先生です。年末、がんで亡くなっておられました。もちろん私は知らなかったので、年賀状など例年通りに出してしまいました。投函後に訃報を知ったのですが・・・。
 先生にはペンクラブ入会に当たり推薦人になっていただきました。返す返すも残念です。
 来月、ペンクラブと文芸家協会の合同でお別れの会が催されます。
 ◆  ◆  ◆
 いよいよオバマさんが大統領になります。彼が就任するというだけで経済効果が何百億円もあるそうです。
 翻って日本ですが・・・いえねえ。消費税を上げる話だけ、順調に決められてもねえ。なんかもう政治の話は聞きたくない感じです、といって仕事柄、毎日、聞かざるを得ないのですが。

2009年1月16日(金)
 毎日新聞の訃報に「中西立太さん74歳(なかにし・りった=画家)11日、肺炎のため死去。葬儀は15日午後0時半、東京都東久留米市大門町1の3の4の浄牧院大空会館。喪主は妻元恵(もとえ)さん。歴史復元画を多く手がけた。1964年、シリーズ「人類の誕生」で産経児童出版文化賞大賞を受賞した」と報じられましたように、中西先生が急逝されました。
 実は昨夏以来、妻共々ご指導をいただいておりました。14、15日と東久留米までうかがいお見送りさせて頂きました。
 この冬は暖冬傾向の続いたここ数年と違い、かなり本格的な冬。そのためかと拝察しております。皆さまも御身体くれぐれもご自愛ください。



2009年1月12日(月)
 私事ですが、昨日、あるイベントに参加しまして非常に楽しかった・・・のですが、その最後になって、ある方から、私たち夫婦が師と仰いでいる方が亡くなったのではないか、という情報が入ってショックを受けているのです。未確認ですのでいまだ詳細不明、真偽そのものが不明。うーん・・・。なんだかはっきりしないとどうにもならないし。
 ◆  ◆  ◆
 毎日新聞でこんな記事を見ました。「温暖化の犯人は何か。「エネルギー・資源学会」(会員約2000人)は学会誌最新号で、人間活動で排出される二酸化炭素を主因とする研究者と、その懐疑論者ら計5人の意見を戦わせた特集「地球温暖化‥その科学的真実を問う」を掲載した。国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が、20世紀後半の温暖化は人為的との報告書を公表して2年。今も対立する両者の主張を比べるのに役立ちそうだ。・・・IPCCの「大気や海の温度の上昇、氷河の溶解など温暖化には疑う余地がない」との指摘には、全員が部分的を含め同意した。一方、「20世紀半ば以降の気温上昇のほとんどが人為起源の温室効果ガスの増加である可能性が非常に高い」との見解は、江守室長以外の4人が否定した。赤祖父名誉教授は「二酸化炭素の排出は増え続けているが、気温上昇は01年ごろから止まった。気温変化は自然変動の寄与が大きい」と主張した。伊藤教授は「米国での気温測定の精度に課題がある。地球全体を観測する衛星データは79年以降しかない」と観測自体の問題を指摘した。誌上では5人が主張の根拠としたデータを示し、インターネット(http://www.jser.gr.jp/)でも公開している。【田中泰義】」というようなものです。
 要するに地球は間違いなく温暖化しているが、実は最近は止まっている。そして、その原因が二酸化炭素なのか、自然現象・・・いま、よくいわれるのが太陽の活動である、そのためなのか実ははっきりしていない、ということだ。
 したがって、アメリカ人のような借金までして物を無駄に作り、消費し、使い捨てる生活はもう駄目なのは明らかだが、かといって二酸化炭素、二酸化炭素ばかり騒いで、ましてその取引権ビジネスでまたひと儲け、なんて話はまったくナンセンスなのではないか、ということである。
 実のところ、今度は太陽活動が低下していくのではないか、という説すらあり、そうなると意外なことに、またこれから10年、20年かけて温度が低下するかもしれない。
 歴史上も何度も暑くなったり寒くなったりしている。恐竜の時代には二酸化炭素だらけでものすごい高温だった。環境という点では実は温暖な地球は悪いものではない、本当は。寒冷な氷河期の地球よりずっとましなのは明らかだ。
 とにかく大騒ぎして、悲観して、ヒステリックに煽る人が多いが(それでまた氷河がとけた、白クマがかわいそう、みたいな番組が多いが)もし自然現象なら仕方ない、環境の変化で動物が滅んだり逆に繁栄したりを何億年も繰り返しているのである。どうにもならないレベルのことを人間ごときの力でなんとかできると思い込むのはむじろ傲慢である。



2009年1月10日(土)
「ドイツ南部ニュルンベルクの動物園で仏頂面を見せるサル。同国は100年に一度の厳冬に見舞われており、南部の山間部では氷点下34・6度を記録した」などと通信社の記事を見ました。ドイツでも南部は割と温かいはずですが、マイナス34度じゃロシアなみですな。そりゃ、天然ガスの停止問題で困るわけです・・・。
 今年の冬は、どこからも暖冬という声は聞こえてこない。日本でも、まあ厳冬ではないと思うが少なくとも暖冬ではない、というところでしょう。とにかく、なにもかも一直線に温暖化するというようなのは単なる思い込みだと思う。
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 ある画家の先生から年賀状を頂いたのですが・・・なんと手描き。小雪の中、荷物を運ぶ牛と、それを宰領する人の姿が日本がタッチで見事に描かれ、絵具で散らした雪まで吹いてある・・・これを全員に手書きで? さすがです先生。プロの方は違う・・・。

2009年1月08日(木)
平成廿十一年も・・・いや、廿一年も一週間が経過しました。それにしても、俺は本当はちゃんと習字もできるんだ、と言いたかったのにまたしくじるんだから本当に教養がない人なんですね。周りの人もぜんぜんしっかりしてないんだろうし。それはまあいいとして、明日は関東でも雪だ雪だ、と騒いでいますが本当だろうか。もうちょっと積もるとぜんぜんダメなんで、このあたりって。
 そういえば、ふと先日行ったホームセンターで、障子用の紙を見つけて出来ごころで購入しました。で、今頃になって家の中の障子を全部張り替えました。本当は年末にやるべきことでしょうが。
 最近のは、アイロンで加熱して貼り付けるんですね。糊は無用。まあ、よく見るとしわが寄ったりしてますが、こんなもんでしょう。

2009年1月03日(土)
ということで、今年もよろしくお願い申し上げます。私は今日から出勤でございますが・・・とにかく、大晦日、元旦、二日と休めましたのがラッキーでございました。まあ、なんとか世間並みな気分でございます。
 そういえば遅ればせですが、暮れのコミックマーケットでは妻うかがいましたが、年来の知人にご挨拶できてよかった、とのこと。お世話になった皆様、ありがとうございました。今回のコミケは大過なく無事にできたようですね。物騒なことも多いこの頃、なによりです。
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 大晦日は舞浜に用事があって(お節料理を取りに行っただけですが)まいりましたが、すごいですね。年末カウントダウンの人の波。やっぱりここだけは、パワフルですね。
 で、紅白歌合戦が終わったあたりで近所の神社に行きました。よく、元日終夜運行の電車で帰宅してから(こういう日は、私は車なんて使いません)初詣に行くことも多いのですが、今年は12時からお参りできました。
 元日に再び舞浜に行き福袋など買いましたが、あるお店のもの、帰宅して中を見たら子供向けで、小さすぎて頭に入らない帽子とか、笑ってしまいました。
 で、二日は丸ビル、新丸ビル、大丸などをめぐりまして、昨年同様、大丸の肌着コーナーで紳士物下着の詰め合わせを二袋、購入。これがいいんですよね。なかなかいいものが1万円で5枚買える。お値打ちです。それから、妻も恒例、大丸の福袋を買っていましたが、思った通りのもの、案に相違するもの・・・しかしこれが福袋の面白さなんで。あとは通りすがりのバナナリパブリックでベストを一枚。半額だったので購入。
 ま、こんな感じで私の正月は終わりました。
 明日から会社の仕事も、自分の仕事もありますが、なにとぞよろしくお願いいたします。
 
 

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