”辻元よしふみの世界”からあなたは帰れなくなるかもしれません。


不定期日記 2004年

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2004年12月31日(金)
今日もまた大雪である。このあたりとしては大変な雪といっていい。
 私たちは昨日、コミックマーケットに参加したのだが、昨日でよかったとしかいようがない。その前の日は雪、今日の大晦日もこのありさまである。
 そのコミケでは、初めて参加した創作少年の部だったが、意外にもそこそこに売れたのが驚きだった(まったく一冊も売れないことを覚悟していたので)。オリジナル、というジャンルなので周辺の他のサークルと妙な連帯意識もなく、妙にテンションの高い会話とか、無理強いのような仲間褒めの要素もなく、割りに淡々とクールであることを好む私らにはかえって快適だった。
 別に仲間を求めて、あるいは癒しを求めて参加しているのではない。
 会場でわざわざ当サークルまでおいでになった皆様、惣みつき様、福岡太郎様、古川康之様、黒瀬珂瀾様、ありがとうございました。また、お買い上げになった皆様、特にドイツ帝国海軍の佐官とドイツ連邦軍の将官らしきコスプレでおいでになったお客様、たくさんのお買い上げありがとうございました。
 年に2回のことだが、なかなか結構な負担になるので(お金の面というより、精神的に)少なくとも次回の夏は参加しないことに決めている。
 さて、そんなことで、今年もおしまいである。春先の母親の病気にはじまり、個人的にはいろいろ義務的なことが積み重なってなかなかしんどい局面もあったのだが、なんとか乗り切ることが出来た。
 来年に期するところ、という大げさなこともないが、そろそろ落ち着いて前進のとき、と思っている。
 ともあれ、最後の最後まで大災害が起こるかなりひどい年だったかもしれない2004年も終わる。アナス・ホリビリスという言葉をはやらせたのはエリザベス女王だったが、その後も毎年がアナス・ホリビリスな感じで、常態化しつつあるように思う。
 さて、2005年はどうなるか。
 本年はお世話になりました皆様に感謝します。このコーナーをご覧の皆様も、よいお年をお迎えください。

2004年12月30日(木)
29日の午後、起きてみたらなんだ、この雪は。このあたりでは、これだけ降れば大雪の部類である。ということで、コミケの初日は大変だったのではないか。
 私は29日は午後9時ごろまで会社にいて、これで年内の仕事は終わり、ということである。昨年は大晦日まで宿直だったから、かなり世間並みである。
 ということで、本日30日は晴れの予定であるが、温度は下がるとか。とにかくコミケに出る予定である。おいでになる方はくれぐれもよろしく。日陰で残雪が凍っていたりするかも知れない。お気を付けを。

2004年12月29日(水)
 たとえば、インドでは国民会議のガンジー総裁に随行した記者団に対し、なんとか諸島の現地責任者が「少なくとも3万人が行方不明」とあっさり述べている。そんなこんなで、ミャンマーにしてもインドにしても、そもそも国民の数を把握しているのかいないのか分からないもんで、例の津波の犠牲者は軽く5,6万人はいるとか、いやいや本当のところ何十万人はいるだろうとか、もうどんどん数がふくらんでいる。
 つまりもともと情報も金もない地域な訳で、笑って馬鹿にしていられるような話ではない。話ではないが、それにしても報告が集まるたびに万人単位で行方不明者が増えるなんてことは、どんな戦争でも例を見ない。おそらくは有史以来でも最大級の惨事である。にもかかわらず、どこの報道機関も「2004年の十大ニュース」というのを締め切ってしまった後なので、そういう記録に残らなかったりする。
 そして、ひっそりと忘れ去られ、海にのみこまれた村とか、町とか。考えるだにぞっとするのである。実際、島ごと全滅して、なにもかも記録も記憶もなくなってしまったような共同体がいっぱいあるだろう。そこにあった文化も言葉も、独自の生活もみんな消えてしまっただろう。
 日本国とか、地球とか言う共同体だって、そういう視点でいっていつか滅び、凍えて、宇宙の片隅で忘れ去られるのだろうが、なんと寂しいことだろうか。

2004年12月28日(火)
暮れも押し迫ってあれこれあります。インド洋の津波も2万人をくだらない被害、と言い出しました。これ、災害史上でも最高レベルの事件であります。
 もし、太平洋側だったら? ぞっとしますね。もっとも、太平洋は観測態勢が整っているので、地震から津波の襲来までかなり時間があった今回の場合など、もう少しなんとかなっただろう、と見られているようです。
 見られている、といってもいつも予想外のことが起きるのが実戦ですけどね。
 ところで、まるで関係ないですがうちの新聞で小話みたいな記事を見つけました。東ドイツのある劇場で、クリスマス公演として「白雪姫と7人のこびと」を上演しようとしたが、俳優を3人リストラしたので「4人のこびと」になっちゃったのだと(笑)。それで、市民から非難ごうごう、そこで劇場側は背景のセットに人形を二つおき、さらに王子様役の役者にもこびとと二役で、なんとか7人にしようとした。ところがこの王子役も、炭坑でアルバイトしていてフルで出演できないのだ、とか。見出しは「三役はさすがに無理」。
 笑い話ですが、しかし東ドイツ地域の経済状態がわかりますね。主演級の王子様役俳優が炭坑労働と兼職しないと暮らしていけないわけだ。尋常じゃない厳しさであることも分かります。
 ところで、今度の「定率減税の廃止」で小泉政権の実質増税は通算で9兆円規模となるとかであります。来年はおそらく景気失速しますが、危険ですぜこりゃ。橋本内閣を思い出させますけどねえ・・・・。
 東ドイツの哀れな劇団の「白雪姫と4人のこびと」を笑えませんですよ、こうなってくると。

2004年12月27日(月)
さて、昨日の項を見ての通り、のんびりぼんやりとクリスマスを過ごして、世間のニュースなど一切無視、だらだらと出社したら、またドン・キホーテで放火があるは、中国で5万人規模の暴動があるは、詩人の石垣りんさんが亡くなるは、とあれこれニュースがあるようであって、さらに、インド洋の津波でプーケット島では日本人が少なくとも20人は行方不明、なんて今(26日午後11時30分)言っトいるようである。愛媛県の放火では、79歳、55歳、31歳の三世代がそろって無職で、この31歳の無職が放火して殺人未遂で捕まった。これからの日本では、こういう家庭が増えるのではないかと思うとぞっとする。
 なんだか、最後の最後まで荒れる2004年であるが。
 ところで、ドン・キホーテの熱帯雨林式陳列というのが話題になったが、あれはダイエーなんかも昔、そんな感じだった。とにかく倉庫におかないで店頭に山積みにする。それでどうだ、モノがいっぱいあるぞ、買いたいだろ、買え、という気分にさせる手法、なんだと聞くけれど私なんかには理解できない。モノがあるほど値打ちがないように思ってしまうのは私だけか。
 30日に、コミックマーケットなんてものに出るんだけど気を付けた方がいいですな。こういうことがあると便乗犯が出かねない。放火したら漫画本は燃えるぞ。危ない、危ない。今の世の中、おかしな者が満ち満ちている。
 通常のお店やスーパーに行くときも、気を付けた方がいい。万が一の時をいつも想定していないと。
 が、津波でもきたら逃げようがないわな。ビッグサイトも海沿いだ、オタク30万人が溺死、なんてことになるだろうが。
 とにかく、最後の最後までいろいろある。ろくな年ではない。

2004年12月26日(日)
今年は23日は出勤、24,25と休みがついた(単なる公休であるから羨むようなことではありません)、それでたまたまクリスマスはお休み、ということには相成った。
 といって特になんでもないが、精養軒のクリスマスケーキ、というのを食べた、これはうまかった。あと、柿安のオードブルに、ケンタッキーのチキン。まあそんなもの。高さ40センチのミニツリーが申し訳に光っていた。そんだけ。
 ということで、大したことはせず、たまっていた書き物でもしよう・・・と張り切っていたところ、たまたま立ち寄ったゲーム店で「決戦3」(コーエー)を発見、購入してしまったのがいけなかった。
 結局、これに夢中になってしまって、この日記も更新せず。さっき見たらメールが50通もたまっていた(30通は迷惑メールである)。
 1万円以上もするトレジャーボックスなる初回限定セットにしたのだが、それは見た目もおせち料理の重箱みたいな派手な色のでかいもので、あきれることにものすごく巨大な織田信長のフィギュア(巨大と言うのは身長30センチはある。おまけのフィギュアという域のものではない。それがまた本当によくできている)と、めちゃくちゃ豪華なキャラ設定本、特典ディスクも込みでこのお値段はむしろ安い。そして、ゲームの内容であるがこちらも参った、の感じ。確かにリアルさというよりファンタジーもののノリに近づいた感じだが、そもそもゲームである。このぐらいエンターテイメントに徹してしまってOKと思う(ドイツ軍なんかではリアルを求める私も、織田信長についてリアル、といってもどの道、よく分からないことも多いのであるからむしろ、このハチャメチャさを愛する)。が、ムチャなようで武将の身に着ける甲冑などはちゃんと時代考証を踏まえたうえでアレンジしているのは、分かる人には分かるようになっていて見事である。また、着せ替えの出来るゲーム、というのがPS2デビュー後いくつかあり、その究極がこれまではFFX‐2だったわけだが、このゲームでは上回ったと言って良いだろう。ドラマ場面はデフォルトの衣装だが、戦闘シーンでは、自分がコーディネイトした鎧、甲を身につけて闘うのである。それも単騎ではなくて部隊を率いて、ということで、もうどんな映画もアニメもこいつには敵わないと言って良い。思うに、織田信長を扱ったファンタジーの類はほかの会社なり、作家なりにはもう作れないかもしれない(これ以上、もう出来ることなどないように思われるのである)。コーエーに任せておけ、という感じだ。
 私はさっそく、明智光秀が仕官してきたので、カッコイイ白ずくめの甲冑を身につけているのを剥いで、木下藤吉郎が仕官してきたときに着けていた「小者の鎧」とか、蜂須賀小六の「野武士の兜」とか、いちばんみすぼらしい感じのものを無理に着せて、嫌がらせをしてやった。気取ったことを言って才子ぶっていても、戦場に出るとなにしろ足軽用の衣装である。わはははは。
 こんなことをするから恨まれるのであろう。本能寺も当然である・・・・・・・。

2004年12月23日(木)
 今日はうちの母親の64歳の誕生日である(これ、本当である)。で、電話が来たので「国民の皆が自分の誕生日を祝ってくれてありがとう」と声明を出しなさい、と言っておきました(!)。それにしても国民の祝日であろうが天子様の誕生日であろうが、私は出勤なのである。が、組合の調査によれば私の所属する部署は社内でも休日取得はまずまず、やはり政治部、社会部、運動部とか、あと販売や事業(休日にいろいろイベントがあったりする)はなかなか休めない。そういう意味ではまあ、恵まれているほうか。
 今年は皇室のメンバーがあれこれ異例のコメントを発表している。いろいろあるのだろうが、普通の家のようなこともあるだろうし、独特のこともあるだろうし、なんともいえないのである。それにしても、国の変化の時期、を体現しているのであろうとは思う。
 大手町の、一ブロック向こうのいわばご近所さんに皇居というのがあるので、折節、どうなっているのだろうか、この濠の向こうでは、などと思うことがないでもない。
 

2004年12月22日(水)
うちの部で、肺炎になって長期療養という人がいる。風邪だと思っていたら肺炎だったとかで、かなり水がたまっていて危険だったとか。週に一回、宿直をしていたのがいけなかったのかもしれない。ともかく、そんなわけで休んでいるひとがいるため、その穴埋めに私なども夜勤が多いのだがこれは相身互い、致し方ないところ。
 というわけで今日も夜、会社にいるのですが、来年は中国から見ると抗日戦争勝利60周年なのだそうだ。いろいろもめ事が起きているのも、そういう時節だからというのは大きいのだろう。で、うちの新聞の外電面で、中国の中央電視台が制作した「記憶的証明」なるドラマの紹介をしていた。要するに1944年、戦争末期の強制労働と捕虜虐殺の実態を、今の孫に当たる日中の若者が追い求めていくというもので、制作側としては、むしろこれまでのステレオタイプ(つまり悪魔のような日本軍人)というのを和らげて、無理な命令に苦悩する日本将校を、ちゃんと日本人俳優にやらせるとか、結局は中国語吹き替えになったが、最初は日本人は日本語のせりふだったとか、監督の意向で「公平さ」に努力したドラマだったのだという。それについては賛否両論ながら、来年は60周年の山場になるので、その先触れという意味でもぜひ日本で放映してほしい、とあちらの制作者は語っているとか。
 というあたりは、私もむしろ、冷静な人もちゃんといるのだな、ということで納得しつつ読んだが、それで参考に掲載されている写真がいけないねえ。中国人捕虜と日本将校らしき人物が並んでたっているのだが、その将校がちょっと変なのな。
 私は日本軍には決して詳しくない。軍事マニアには多いが、ドイツ軍のことのほうが自分の国のものより詳しい手合いである。しかし、それでもこの写真の人物はいまいちである。略帽の星章も気に入らないし、末期の折り襟の軍服なのに、襟章の形や星の付き方も詰め襟時代のもののように見える。よく見えないがたぶん中尉のつもり、と見えるがしかし、なんとなく軍曹にも見えてしまう。そのぐらい貧弱な襟章である。末期の大きな三式襟章でないことだけは明らかである。それに右胸に山型兵科章というのも、昭和19年というならいかがなものか。さすがに付けている人もいないと思うが・・・。それに、そのどう見てもあまり高位高官じゃないような将校らしきものが、二連の略綬をべたべた左胸につけているのもなんか、ありえなく思う。とにかくあまり見せびらかすことを好まない日本軍、勲章のたぐいは通常、ほとんどつけないのである。
 いつでもどこでも自分の持っている中で最高位の鉄十字勲章だけは帯びたドイツ軍、いつでもどこでも、持っている限りの勲章を全部、できる限り略綬じゃなくて本物を付けたがったソ連軍、なんてものとそのへんのメンタリティーはかなり違う。
 そういう時代考証もできれば決めてくれるといいのだよな。どういうことかというと、そういうディテールを調べると、自然に当時の日本軍人というもののリアリティーが生まれてくるのである。良くも悪くも、中国人にとってのステレオタイプじゃない日本軍人、というものを提示できるかもしれない。「空軍大戦略」とか「史上最大の作戦」あるいは「トラトラトラ!」などが、今持って映画史上で特筆されるのはナチスドイツ側もドイツ人がドイツ語で演じて、ドイツ軍の時代考証も綿密に行っているから、である。敵だから適当でいい、という姿勢で相手への理解は生まれないし、相手の理解をしなければ戦争の総体も描けないのである。味方の英雄だけが戦争をしているわけではない。
 そういう意味で、今度、ハリウッドがイラク戦争をネタにした映画を作るという話には興ざめである。報道によればあくまで米軍のファルージャでの活躍中心に描く、主演はハリソン・フォードが将軍役だそうである。ユダヤ系の彼がこの役をやるのはどんな意図なのか。
 ハリソンは、妻がファンだし私も嫌いじゃないが(私にとってはいまだにハン・ソロですらなくて、ナヴァロンの嵐で米軍の隊長を演じていた彼が印象深い)、映画の内容によってはファンじゃなくなるぞ、私は。
 

2004年12月21日(火)
 昨日は妻が例の銀座のオーラルクリニックに行って歯を削ってもらったが、神経の位置を熟知しているのか「麻酔を使わないのに」本当に無痛だった、と驚いていた。うまい医者だとこうも違うのか。
 関係ないが今年もそろそろ1年をふりかえる時期だ。それでこの不定期日記(実態はブログそのものである)を読み返してみて気になったのだが、8月、9月ごろに「ドジョウが暴れる」とか「なにかの予兆じゃないか」とか私は書いているのである!! 
 「2004年9月19日(日)なんかうちで飼っているドジョウたちが、落ち着きがなくじたばたしている。季節の変わり目だからか。だが、万が一、なにかの異変の予兆ということもありはしないか・・・ちょっと気になっているのだが」などというところを読むとぞっとする、我ながら。ドジョウの中には、暴れて水槽を飛び出し死んだものも何匹かいた。ひょっとしたら・・・・・・。新潟の地震を予知していたか。後で思い当たるのだが。阪神大震災のときも、その一月ほどまえに飼っていた魚が暴れてみんな死んでしまった人がいたというが、こういうことは本当にあるようだ。
 そういう目で魚を観察すると、より意味があるように思うのである。
さて、最近は出勤前にMTVをよく見ている。さきほどはサウンドトラック特集でクエンティン・タランティーノのキル・ビルからニホンジンのお姉ちゃん3人組のサーフサウンド・ロックンロールバンドTHE5.6.7.8’sの演奏シーンをやっていた。うまいよねえ彼女ら。ドレス姿のニホンジンの姉ちゃんが暴れまくり、ロックしまくる姿はそりゃ、外人をそそるであろう。セクシーでもある。結成は86年と言うから年季も違う。私が大学生のころであるから、おそらく世代的にも同じぐらいだろう。若く見えるけれど30代も半ばになんなん、という「ゲイシャガールズ」じゃないのかしら。レトロな50年代センス、ボ・ディドリーのバンドを思わせる古風ないでたちがよい。なんか米占領下のニホンジンバンドが一生懸命アメリカの音楽やっている、という感じすらして、いろいろ思ってしまう(本人たちにそんな意図はないか。しかし狙いどころはかなりあると見る)。そして鍛え抜かれた演奏技術は文句ない。若いバンド、良く見るがいい。ここまで鍛えてこそ普遍性があるのだ。
 サれから、私は知らなかったのだがElla Enchantedという映画のサントラも気になった、というかこれはサントラじゃなく映画が気になった。調べると、この4月ごろに上記のキルビルの続編キルビル2が首位を走っているころに、かなり話題になっていた映画らしいが・・・。どうも現代の女性が魔法の国に行ってどたばた大暴れするファンタジック・コメディーという線らしいが、かなりおもしろそうである。これは日本ではやっていたのか、私は気がつかなかった(そんなに映画の厳しいファンでもないのでチェックは甘いです)。ちょっと見てみたい気がした。
 最後だが、デルでもマイクロソフトでもなんでもいいけどさ、コンピューターってもう少しどうにかならない? ちょっと指がどこかのキーに触れると全部、消えてしまう、ということが多すぎるんだよね。今もそうなってしまった。何十行も書いた内容が飛んでしまった。昔のワープロでは決してなかったことだが。余計なキーが多すぎる、と感じるのは私だけか。こんなにごちゃごちゃと、触ってはいけないキーがあると、地雷原を歩いているようなものだ。


2004年12月20日(月)
エイベックスとかSMEがCCCD、つまりコピーできないCDについて一律採用を見合わせるという話があったが、それは要するに脱パッケージなのだ、Iポッドのように気に入った楽曲を適当に取り込んで持ち歩く、そういう時代なんだ・・・というのが流れで、業界ももうCD一枚のパッケージとして売ることを断念しつつあるのだ、ということらしい。
 私などは古くさいから、正直、がっかりさせられる流れだと思う。しかしデジタル時代であるから、仕方ないのかもしれぬ。昔はアナログだったので、レコードでもテープでも、はじめからおしまいまで聞くしかない。ところが、当初はシングルカット用の2、3分のキャッチーな曲が目当てなのに、だんだん何回も聴き直す内に、B面の3曲目ぐらいが妙にいいような気がしてくる。味のある曲、というのが目立つ曲のほかに出てくるのだ。
 そういう「聞き込む」という作業はもう、いまどきのこらえ性のない者にはできないのかもしれない。私自身、いまいち気に入らない曲はどうしても飛ばしてしまうし。だが、なにか作業しながらのながら聴きをするときは、やはり同じような経験をすることがある。
 そもそも、アルバムのコンセプトなんてものはもう、打ち出せなくなるようだ。コンセプトアルバムなんてものもなくなる。ただ、ちょっと耳をとらえそうなフレーズが単品でばら売りされて、作曲家も歌手も演奏家も、つまみ食いされて使い捨てにされる。
 これで、いい曲が出てこない、と言っても聞き手の我が儘ではないだろうか。
 私は以前は、本当に応援しているミュージシャンのレコード、CDは必ずしも気に入らない場合でもダビングなどでは済まさず、必ず購入した。そのことがレコード会社とそのミュージシャンの活動を経済的に支援することになるからだ。
 ダウンロードして気に入った、などと言っている者は、実際にはファンを名乗る資格はないように思うが。とにかくなんでもかんでもお手軽でユーザーの利便性だの快適性だの、そればかりである。そんなことばかりで世の中、すまされては困る。ことに芸術活動は。
 そんなように思うのだがどうであろうか・・・。
 それにしてもさいきんの日本の歌の歌詞が劣化している。10年前ほどはよかった。センスが。現代詩人ももっと聞くがいい、と私などは思った。今はカラオケも流行らない。聞き手も単にかっこいいフレーズだ、などと末梢的に反応しているだけだ。
 波多なんとかとか、青木なんとかがお笑い芸人として売れている理由もそのへんにあるのだろう。雰囲気だけである。冷静に言っていることを聞くと本当に大したことを言っていないのである。毒舌などそこにはない。実に月並みなのだ。あれで笑える人は、ただ笑えるシチュエーションを彼らに求めているに過ぎぬ。
 かつてビートたけしが出てきたとき、当時としてのタブーを犯すことで毒舌が成立した。今時はタブーなんてものもない。タブーがなければ毒舌もない。
 そういう意味では、彼らも気の毒なのかもしれないが。

2004年12月19日(日)
さてところで、先日銀座の歯医者さんに行った帰りに、銀座松屋の屋上にあるペットショップに行った。そしたらまたついつい、かわいい金魚がいたので買ってしまった。江戸錦のフューラー(黒い模様が入っているのだが、頭になんとなく七三分け風の模様、口元にちょび髭風の模様がある。おまけに気が強い。しかし我が家には既にアドルフ、という名前の金魚があるのでこの命名)、ティーガー(全身にトラ柄の紅白の模様があり、なんとなくドイツ戦車フ迷彩のようなので命名)、それからアルジータという掃除魚(コケや食べ残しの餌を掃除するように食べてくれるありがたい魚)、こいつは名前からなんとなくアル・ジャジーラと命名(なんじゃそりゃ)。それにしても、このアル・ジャジーラが来てから水槽が綺麗である。働き者である。一方で、生き残りメダカ(ほかの肉食魚の生餌として買ったが情にほだされて助けたことは既報の通り)のパウルスが突然、昇天した。しかし、最後の一ヶ月ほどは熱帯魚待遇を受けて幸せだったのではないだろうか。おそらく寿命だったのだろうと思う。そもそもメダカは短命だから。
 こう、ほんの数年で死んでしまう生命がある。かと思えば、松屋のペットショップには200万円近い巨大なアロワナが何匹もいた。バブルのころにブームだったと思うが、それでそいつらも90年代の前半に日本に輸入したものだそうである。10歳をすぎると、魚といえども考え深い目つきになる。実際、ある程度の長命は間違いなく生き物を賢くする。
 人間の場合は、文字とかその他の記録を通じて、先人の業績を受け継げるから、知的には生命が長くなったのと同じになっている。これが人間というものの取り柄だ。要するに有史以来、4000歳とか5000歳であるのと同じである。もし一人で三角方程式も微分積分もその他のありとあらゆる何世代にもわたる学術的達成を成し遂げろ、といわれたら、ロード・オブ・ザ・リングのエルフのように不老不死でなければ無理である。たとえば方程式を解くのに一生を捧げた人、絵の具の開発に一生を捧げた人、なんて人が夥しくいて、その結果として大数学者とか、大画家が準備される。そういうわけである。
 ひとつに、子供が減る社会と言うのは、このバトンタッチを拒絶して自分らで全部、店じまいをしようという覚悟の社会である。私などはそういう気持ちである。後の世代に引き渡すことを空しく思うのである。
 ふたつに、子供がいても勉強しない社会と言うのは、バトンタッチされることを子供が拒否する社会である。今の学力低下はそういうことである。
 そういうことで、日本社会は間違いなく衰退するであろうが、私は店仕舞派なのであり、有史以来、私に伝わったものを全部自分で消費して、無責任にもおしまいにするつもりであるから、知ったことではない。
 文明の死を止められる者はいないであろう。一匹のメダカの生命も救えぬのである。

2004年12月18日(土)
昨日は、銀座の例の「オーラルクリニック」に妻を連れて行った。前から被っていた金属がとれた歯があったので、それを直してもらう、ということだった。が、連れて行って、そのまま出るつもりだったのが、スタッフの方が「ご主人も一緒に聞かれますか」と言う。そんなわけで、こんなことは珍しいのじゃなかろうか、妻が治療を受けている間中、室内でそれを見学することになった。
 それにしても、客観的に治療を受けている図を見られる、ということは案外にありそうでない経験ではないか。別に大の大人に付き添いがいるということでもなく、ただ紹介したついでに銀座で食事でも、ということでついていったのだが、見ているとなかなか興味深いのであった。それで、その金属がとれて穴が開いているところのほかにも、しくしくと痛い歯がある、と訴えていたので診て貰ったのだが、こちらは要するに神経過敏の結果ということになるらしい。歯としてはどこも悪くないそうだ。「ひょっとして、歯軋りが強いのではありませんか」と先生が言う。なんで、というと、これは私は初耳だったのだが、歯茎の上のほうに、歯を守るようにガードの筋みたいな骨が出来ているのを見せてもらった。歯軋りが強い人、よく歯をかみ締める人は、歯を守るためにそういう筋ができるらしい。本人はそういうものだと思っているし、ない人にはなんのことか分からないし、そのように見せてもらって初めて了解できることである。で、言われてみれば妻はうつ伏せで寝る癖がある。それに歯軋りもかなりするようである。無意識でやることなので相当の負荷がかかる。歯が痛む一因でもあるという。かつて音楽のレッスンを受けるときについつい難しいところでは歯をかみ締めてしまう。その癖が残っているのだろう、と本人は言う。
 よくスポーツ選手なども歯が悪いと途端に成績が落ちると言う。なかなか歯と言う物も奥が深い。見る人が見れば寝相までばれてしまう。
 ところで、最近の報道で、10年前、20年前に比べて今の中学、高校生は虫歯は少ないが体力がない、そして身長は横ばいで、なんと座高はむしろ高くなっている、というのがあった。今時の治療とか、歯ブラシや歯磨きをみていると、こんなものが子供のころからあったなら確かに虫歯などならないだろう、と思う。私など、中学時代に治して以来、30代も後半になるまで歯医者には行かなかった。20年も放置していたのである。昔は歯磨きと言うのはむしろ化粧とか洗顔のように身だしなみの一種だった。そんなもので実際、虫歯が防げるものとは私などは信じていなかったように思う。しかし今時の超音波歯ブラシなど使ってみれば、いかに高性能か理解できる。
 ということで、なにかと清潔にはなった。が、体力は落ちるし知力も落ちる。おまけに体型まで劣化している。若い者ほど背が高くて元気、という常識もそろそろ通じなくなってきている。実のところ、さいきんの若い者を見ていても哀れとは思え、羨ましいような気持ちは持ったことがない。今の若い者は羨ましい、なんて言葉は死語である。
 というか、60、70の高齢者ほど元気である。そして、後進の道をふさいでいる。いまの若い衆は先にくたびれてしまうのではないか。
 ところでオルタナティブ・ロックというのもいい加減、名称を変えればいいと思う。それまでのおおらかなロックに対してニューロック、さらにハードロックが生まれた。さらにプログレッシブ・ロックも生まれた。これは技術至上主義の音楽だった。これに対してニューウエーブ、パンクが生まれた。これは技術よりシンプルな音楽を優先した。さらに、これに対抗してニューウエーブ・オブ・ヘヴィ・メタル、つまりヘヴィ・メタルが登場した。また、ニューロマンチックスもこの後に登場した。大人向けのアダルト・オリエンテッド・ロックももてはやされた。これらはメロディアスで技術もある音楽を求めた。また、ビジュアル面を強調したグラムロックもこのへんだ。で、90年代にこのあたりに対抗してひとつはヒップホップ、ラップがブラックコンテンポラリーの枠を超えてポップの主流に出てきた。もう一つはオルタナティブ・ロックすなわち「もう一つのロック」「今までと違うロック」だ。その流れからかつてのパンク寄りにグランジ、ヘヴィ・メタル寄りにデス・メタルからヘビー・ロック、そしてデス系のあれこれという流れが出来た。
 とこう、概観してきて、これはまさに「さまざまなる意匠」のもんだいであって、前の時代の流行を意図的に否定する、その繰り返しであることが分かる。で、90年代以後、今日までと言うのは要するにメロディーとか音楽性を無視する流行が主流だったと言うことだ。が、もともとオルタナティブというのは「別の」というだけのことで、モダンに対するポストモダンみたいなものつまり、それ自体にはなんの意味もないのである。
 先行する音楽、といったってもう14,5年もそのオルタナティブ系が主流なんだし、今ではその第二、第三世代すら登場している。で、このところ書いたフーバスタンクなどはもうそのへんの世代であって、別に改めて聞けば何に対するオルタナティブなのか分からないのである。これは単なるロックである。それ以上でも以下でもない。
 音楽界は90年代から非常に駄目な袋小路に入ったが、それは思想界と同じで、ポストモダン、でそれ以後の発展性がなかったからである。壊した後は再生しなければならず、再生したあとは、元のおおらかな「ロック」に戻るだけだと言うのが私見であるが。
 レコード業界は商売を意識してつまらない細胞化に走りすぎたのである。○○しか聴かない、などという偏狭なファンが増えても全体としては先細りするだけである。
 ギターヒーローが現れなくなった。無理もない。技術的にはもう限界である。だが、さいきんの新しいバンドになにか足りないのは華でありカリスマ性である。そのひとつの要素に抜群の技術を持った人がいない、技術の平均化というのがある。メロディーは戻ってきているので、後はそのへんの存在感、ということだろうと思う。変なマスクをしたり気をてらった反社会的言動でカリスマを狙うものが90年以後、米音楽界でも目立ったが、大概にしてほしいものである。リッチー・ブラックモアやジミー・ペイジはただステージに立つだけで威圧感があった。拒絶感と言ってもいい。いい加減、フツーのひとのフツー音楽という虚構をやめてくれぬか。本当は、芸術は誰にでも出来るものではない。精神性と、それから技術も一定のレベルで必要である。パンクバンドに技術が無用などと言うのは絶対に嘘だが、ニホンの若手は本当に下手だったりする。また楽器が演奏できないのでラップをやるなどというとんでもない手合いも見られる。万死に価する。
 勉強も、ギターの練習も努力が必要である。今時の若い衆には難しいものであろう。
 こんなことを、クイーンのライブ・イン・ジャパン(85年5月公演)のDVDを見ながら思った。涼しい顔であきれるほど難しい演奏をこなしている。才能が溢れている。昔はああいうものをみて、自分はミュージシャンになどなれない、と思った。同じように作家になどなれないとか、なんにしても敷居が高かった。
 さいきんの傾向として、若い者がひょいと出てくる。ちょっともてはやされる。そしてみんなあのぐらい出来そうな気がする。できないとすねる。
 その結果として、漫画でも小説でも、音楽でもやたらレベルが劣化する。アニメなども画質ばかり向上しているが内容的には危険を感じる。
 私たちは自分がフレディ・マーキュリーになれるとは思わなかった。それはそれで健全な判断だったと思う。
 今時の若い衆は羨ましいと思わない。とにかく気の毒である。

2004年12月17日(金)
 関係ないことだが、「ジパング」のアニメ版というのを深夜にやっている。が、あんまり評判が良くないようである。当然じゃないかねえ、ホンモノのドンパチにホンモノの自衛隊がかかわっている昨今でしょう。戦国自衛隊の焼き直しみたいな話では盛り上がらない。それに、私はこれの原作漫画が連載され始めたときには、なかなかの着想、と思ったものだがアニメ版を見る限り、やはり甘い。軍事マニア系の人には受けない道理であろう。
 なんといってもセリフが甘い。甘すぎる。沈黙の艦隊なら一種のSFである。少々どうでもよかったのである、面白ければ。しかしホンモノの旧海軍の軍人としてあの登場人物を見るのは苦しいわな。タイムスリップした自衛隊員たちも必要以上に戦史に暗い。ホンモノの自衛官はどっちかというとそもそも軍事オタクのりな人が多いように思うのだが。二式水戦を見て「偵察機」とどなったり、翼を振ってバンクするのを「どうしてそんなことするんですか」と聞いたり・・・考えられない。一般人がタイムスリップしてガンダムみたいにむりやり戦闘に巻き込まれたというならこのぐらいでもいいだろうけれど。
 で、歴史に暗いいまどきの人向けなんだろうが、セリフで説明しすぎである。いちいちうるさい。ハルゼーだか山本五十六だかがぺらぺら能書きを語って説明するのは興ざめだ。
 参謀飾緒が風に揺れるのは不自然とか、出てくるSSの襟章が違うとか、陸軍の星章の位置がどうのとか、そういうレベルで文句を言っているマニアもいるようだが、確かにそういうひとつひとつのこともあるんだが、それよりなにより、はっきり言ってホンモノの軍人が生の言葉をしゃべっているようには見えないのである。ほとんどガミラス人のようだ。
 主人公の一人の海軍少佐が、山本長官らしき人物に恩賜の短剣らしきものを返す、それに「私が授けたものではないが預かっておく」と応える・・・こういう安っぽい設定にどうしてなるのか。分からぬ。たとえ未来が見えてしまっても「畏くも天皇陛下から賜った」短剣など手放せるわけがないだろう? 身分証明書か何かだと思っているのかしら。刑事ものでよく手帳を上司に返すというシチュエーションがあるが、そして警察官が見ればあれほどナンセンスなこともないだろうが(なにせ勤務後は毎日、手帳は署に返すものでしょ)、似たようなのりなのである。
 そうそう、あえていえば刑事もののドラマとホンモノの刑事の違い。あれを感じると言えば分かってもらえるだろうか。もちろん、私はホンモノの海軍軍人を知らない。が、いちいちが海軍軍人なり、戦中の日本人のメンタリティーをよくもわるくも裏切っているように見える。
 イージス艦が現れて、日本の未来を告げたとする。おそらくたちまちみんなつかまって刑務所に入れられる。イージス艦などなかったことにする。そして戦争を続行する。自衛隊のハイテク兵器など、補給が続かない以上、たちまち無意味となろう。
 要するに、仕上がりを見るに、有名人の手がけたIF戦記という感じになってしまった。そしてそんなアイデアならもう出尽くしている。
 マニアほど、せっかく兵器や旧軍が出てくるのに喜ばないのは、そのへんに理由があると見た。早い話、原作者に旧軍への愛がないのだ、思い入れが。

2004年12月16日(木)
 今日はおかしなことがあった・・・いや、おかしなことなのかどうか。携帯電話に午前8時ごろ電話がかかってきたが、知らない番号なので無論、無視した。そしたら留守電にいつの間にかメッセージが入っていて、夕方になってそれを聴いてみたら「すみません・・・○○ですが。今日はちょっと風邪気味らしくて体調が悪いので休ませてください。今日の作業の手順は、今度、出社したときに改めてご説明しますので、すみませんがよろしくお願いします・・・」と、明らかに誰かが上司に対して病欠の届けをしているのである。馬鹿ではなかろうか。この世知辛い世の中に、こんな大事な電話を間違い電話で、それも留守電ですますとは。この○○君は恐らく無断欠勤とされただろう。
 ところが実は、この○○君からの病欠の電話はこれが初めてじゃない。二ヶ月ほど前にも私の留守電に「病欠します」というのを入れていた。それを思い出したのである。
 これで二度は少なくとも無断欠勤だ。クビになるかもしれないが、知ったことか。
 それほど大事な用件を、こんなことで済ますような者は当節、駄目なヤツだ。厳しいだろうか? しかし今時は、そんなもんだろう? 
 そういえばだが、ひところある会社の「郡上営業所ですが、至急、見積もりを送って下さい」という、どうも営業マンへの督促らしい電話を十回ほどは聞き流したことがある。さぞやその営業マン氏は「あいつはいつも見積もりが遅いし、連絡もよこさない。けしからん」などと言っていたに違いない。
 どうして、得体の知れない携帯などにすがるのか? 間違っていたらそれっきりではないか? 絶対に間違いなく連絡できる、という確実な手段を講じていない。間抜けである。
 そういえば。これはまた別のときだが、妻の携帯あてに「どうしてこんなに待たせるのよ。連絡しなさいよ。もう帰るから!」という怒りのメールが入ったことがあるそうだ。おそらくこのカップルは駄目になったろう。そもそもはじめから携帯の番号を間違えていた可能性が高い。
 馬鹿である。携帯だの、メールだの。便利に使うのはいい。しかしこんなふうに振り回されて、下手をすると人生、取り返しがつかないことになっているらしい者が、ちょっと身近にもこんなにいるのだから。
 どうしてこう緊張感がないのか。理解できない。
 私は知らない番号の電話にもメールにも一切出ないし、返事もしない。当然のことだ。そんな馬鹿者に親切ごかしてなにか言う気もない。もし向こうが悪人で新手の詐欺師だったら取り返しがつかないではないか。
 仕方がないではないか。のどかな生き方は駄目だ、駄目だと政府は尻をたたいている。そのくせ若い者は無能力なニートで子供はテストのたびに学力が落ちていく。
 世も末である。年を取ったら、うちには子供もいないことなので、どこか外国に移住しようか、などとかなり本心で思うことが最近はある。

2004年12月15日(水)
ふとMTVを見ていたら、ブリッジング・ザ・ギャップなる曲をやっていて、あれはブルースとヒップホップをつないでいるんだよねえ、なるほど、と思った。精神的にはきっちりと先人から受け継ぐものがあるのだ、ということを誇らかに打ち出している感じがするわけです。人により様々だろうがたとえばニホンのラッパーはブルースなんてワカットルのか? 突然、ぽっとMCハマーあたりから出てきたと思うから底が浅いのだよな。せいぜい遡って80年代の後半、90年ごろ、という感じであろう? だから駄目なんよ、だから。
 アイデアは常に古典からフィードバックすることで見つかる。独創は古典的教養から生まれる。これは芸術の常識である。
 アナ・ジョンソンなるスウェーデンの歌手がちょっと注目されている。これは映画スパイダーマンのテーマ曲に採用されて一躍、名を挙げたようだ。妻がいまどき、古風なハードロックのような音だ、といって喜んで聴いている。まあ、オルタナティブロックの系統に入るのだろうが、確かに案外に古風なのが魅力である。フー・ファイターズとかレッド・ホット・チリ・ペッパーズの影響を受けた、と本人は言っている様だが、私らからするとつまり孫みたいなものだ。道理である程度、分かるわけである。私としてはおおむね90年以後のバンドの中でもフー・・・とレッチリはましなバンドである。こいつらはさらに80年代のハードロック系を聴いているのだからねえ。隔世遺伝しているんだろうよ、サウンド的に。ほかにもなんとなくアバとか、あるいはヨーロッパとか、北欧の音のニュアンスを感じる。
 やはり文化的なバックグラウンドは争えないが、そういうものがしっくると出てくると個性になる。
 日本の場合、これがなかなか難しい。結局、経文とか長唄に戻っても融合しない。
 思うにびわとか平曲、あるいは雅楽か。ここまで遡って融合させてみよ、今の若い連中よ。相当に音楽的素養と勉強が要るが、ここまでやったら世界的にいけるかも、である。

2004年12月14日(火)
昨日、というかおとといの忘年会の幹事が終わった途端、風邪を引いてしまった。そんなわけで月曜日は仕事をやっても冴えない、失敗続きだった。はっきり言って。
 そんな気分で今、こうしてコンピューターに向かっているとまた、なんだか変換が遅い。これはなんなのか、いらいらする。
 それにしても、大事なことが終わった途端に病気になる、ということはある。それだけストレスだったんだろうなあ。
 そんなわけで今日はこのへんで。もう駄目。
◇                  ◇                ◇
 ところで風邪薬というのはいろいろあるが、私は大正のパブロンを愛用している。ところでパブロンNとかパブロンSとかいうのは案外なネーミングで、Nは熱、Sはせき、の意味だそうだ。私はいつも喉からやられるのでパブロンNを使っている。風邪の引き始めにのむと利く。しかし進行してしまうとそうもいかない。
 医学は進歩しているが風邪一つ、簡単には制圧できない。
 関係ないが、さいきんの若いお笑い芸はどう見てもそんなに面白いとも思えないのになぜ観衆は無理にも笑おうとするのか。
 同じように、無理にも泣こうとする場合もあるし(感動の小説とか映画とか)、無理にも踊ろうとするものもあるし(バンドとかラップとか)私など絶対に他人と合わせないへそ曲がりにつき、どうもああいうのが分からない。
 私は実はロックコンサートなどあまり好きではない。みんなすぐに踊りたがる。私はステージ上のプレイヤーの挙動とか、演奏をじっと見ていたいのである。踊っている暇などないのである。
 あえていえば、自分がステージの上に立っているならいい。周りの客ならやりたくない。
 そんなに他人と同じようなことをして安心したいなら北朝鮮でマスゲームでもしてはどうなんだろうか。

2004年12月13日(月)
 昨日は、舞浜のサバチーニ・イクスピアリ店でうちの会社のうちの部の忘年会というのをやった。私は幹事であったが、とにかく何度やってもストレスがたまる。みんなちゃんと来るか、不満はないか、うまく進行しているか・・・もうろくなもんじゃない。
 ところで、先日、アメリカのヒットチャートを見直して、なかなかいいバンドが出てきているじゃないか、というようなことを書いたが、その一つはモデスト・マウスで、もうひとつフーバスタンクニいうのを挙げておきたい。おそらくインディーズ系から出てきた連中なんだが、きっちりとロック本来の様式をもっていながら個性的である。そしてハーモニーが上質だ。近頃は演奏としての難易度を競うような風潮はなくかつてのようなギターヒーローというのは、必要とされていないようだが、しかし基本的な演奏技術がきちんとしているかいないか、それはプロモであっても分かってしまう。
 要は、実はそれは体力の問題であったりする。ヴォーカリストのピッチが狂わないとかドラムスやギターの刻みが衰えないとか。日本のバンドがひ弱く見えるのは実はそのへんが伴わないからである。
 ところで今日、そんなヒットチャートを見て、そのままMTVを見ていたら、サラ・ブライトマンの芸歴とか、レイ・チャールズのショーなどをやった後に、タンゴ・コンサートというアルゼンチンあたりで制作した番組をやり始めた。ものすごく渋い、プロの音楽家しか知らないという謎のピアニストがソロでぽろぽろ自作のジャズのりのタンゴを弾くんだが、これがものすごくいい。どう見てもその人、70歳は過ぎている。ろくにレコードも出していないし、どうやって生活しているのか謎だと解説の人も言っていた。おそらくは本業は地主かなにかで、道楽で弾いているのじゃないかと思う。それがもう滅法うまい。音大出身の妻からして「この人はうまい」と絶賛している。名前を失念したが・・・・なんとか、デ・ラ・ペーニャとかいう名前だったように思うのだが。
 こういうのが達人だし、おそらくこういう人(ミュージシャンズ・ミュージシャンと呼ばれる人はどの分野にも案外に多い)は実は後世に残ったりする。プロの人に影響力が大きいから。ヒットチャートのヒット曲より生き残ったりするのである。
 こういう人になりたい、などといってなれるものではない。が、知る人ぞ知る名人、なんてちょっと憧れる。
 日本ではほとんどこの人の音源など入手しがたいらしい。
<その後調べたところ、エミリオ・デ・ラ・ペーニャというらしい。確かに音源らしい音源はろくになく、テレビ番組の解説者が、ほとんどソロばかりで楽団にも入らず伴奏もやらず、と言っていたが、わずかにエミリオ・カラベリなるこれも無名の歌手のレコードの伴奏をやっているらしい・・・・。やはり幻のプレイヤーなんだな。ライピツィヒのカール・ベックなるロゴが入ったピアノも珍しかったし、どこか自分の家からもってきたようないい加減な椅子に座って弾いていたのも不思議だった。ああいう仙人みたいな人もいるのだ>
 さらにその後、映画「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」の最後、ジャッキーがもう死ぬ寸前のあたりをやっていたので見てしまった。ケーブルテレビはなんでもあっておもしろい。

2004年12月10日(金)
今日も銀座の歯科医「銀座オーラルクリニック」に行った。順調に抜歯した部位は固まりつつあるので、新年を待って型取り、ブリッジを入れるということだ。とにかく、今時の歯科医というのはこれが常識で前のところがおかしいのかもしれないが、論理的で明快な説明をきっちりしてくれるから、とにかく安心できる。前の医者はとにかくいきなり削る、いきなり引き抜く、無断で人工歯をつくる(義母の話だが、どういうグレードの歯にするかまったく相談なくひどい入れ歯を作られて、これが不具合なために使っていないという。安物買いの銭失いの典型だ)
 母親の心筋梗塞の件でも思ったことだが、急に体調が崩れて急患で担ぎ込まれるとか、飛び込むならとりあえず近所の医師にかかるしかない。そして、そこがたまたまよい医者ならいうことはない。しかしこれも当然きわまりないことなんだが、公務員でもサラリーマンでも、どんな組織でも、優秀な者がいれば駄目な者もいる。医者もそういうわけだ。医師の看板を掲げていても一定の割合で駄目な人はいる。その結果として迷惑を被るのは本人である。
 学校なども同じであって、近所の公立にただ通って、たまたまいい先生にあたればよくて、悪い者にあたったら悲劇、などと言っているだけでいいのか。そういう流れが今時はある。だから金がかかっても教育環境を選ぶ。医者もしかり。それはもう大金持ちなら、金持ち専用の医者というものも存在することは事実である。
 歯科医については、そんなに急を要しないのならむしろ、少々遠方にあっても、いい医師を主体的に探すべき時代なのだな、と思う。このへんは米国流である。
 そういうことで、もしここをご覧の人で首都圏にお住まいの方で、近所の歯科医に不満がある方には一つの候補として上記のクリニックを改めて推薦しておく。信用できるといってよい。もちろん高額医療はどんなこともやってくれるが、基本的にはできるだけ保険内で、という姿勢も嬉しいことで、今日などは300円しか取られなかった。いきなりインプラントなどやりだすことは決してないからそこもご安心いただきたい。
 ところでゆうべ、MTVのアメリカヒットチャートのトップ20をぼーっと見ていた。そして思ったんだが、おもしろい。ひところのどんよりした、つまらない音楽が消えている。ひとつに、明らかに昔風の明快でメロディーやハーモニーがいい、音楽的なバンドが戻ってきている。お経のような、ひたすら暗いデス系とか、グランジ系がいなくなって、どちらかというとボン・ジョビや、もっとさかのぼってディープ・パープルのような音を出しているバンドがこんなに増えているのか、と思って私は驚いた。いつのまにか正常化しているじゃないか。ただし服装とかルックスが今時の人は汚い。しかしこれも、やがてまたグラム系が復活することもあるだろう(どうせ流行など繰り返しである)。それから、ディステニー・チャイルドとかジョジョとか、アイドル系も多い。しかも歌はうまい、さすがに。それからラップ系ではエミネムなどは相変わらず思い切り社会批判をぶちかまして頼もしく、また明らかにラテン系のリズムのメロディアスなラップも出てきている。カルロス・サンタナがグラミー賞を取ったあたりから予感はあったが、もはやラテン乗りは純正アメリカ音楽であり、ブラック系をいずれ凌駕しかねない。あと、とにかくアメリカのラップ、ヒップホップの人らは知力と体力と精神力がある。とにかく逞しい。どう見てもフリーターの副業にしか見えないひ弱なニホンのラップ系と比較にならない。
 はっきり言ってしまえば、ニホンの場合、鍛錬が必要な音楽、楽器の演奏技術や作曲技法が必要な音楽ができない者がラップに逃げ込んでいる可能性がある。ちょうど、小説を書けない者が現代詩に逃げ込んで質を落としているように!!!
 公民権運動としての音楽、ということを意識しないラッパーなど一人もいない。プロモーションビデオには必ず、白人警官に殴られる黒人が出てくる。必ず、である。かっこよければいいジャン、などということはおそらく世界中でニホンだけの戯言である。
 一時のひとりよがりが消えている。明らかにアメリカの音楽シーンは正常化しつつある。いいことである。おそらく9・11以後の変質である。
 とすると、あの国の国民意識も変わりつつあるのかもしれない。悪いが、ニホンの大衆文化を見るとむしろこれからもっと退廃劣化していきそうなんだが・・・・。

2004年12月09日(木)
思うのだが、北朝鮮という国は次から次へと骨が出てくるが、さぞかし遺骨や遺体がそのへんにあふれているということなんだろう。偽物でもなんでも、毎回毎回、人骨など次々に持ち出してくる。私は感心してしまった(もちろん悪い冗談である)。しかし日本政府が、たとえば小泉さんなり町村さんなりが外交交渉に必要だから、至急、人骨を何セットか用意してくれ、と命じたとする。日本の場合、どうなる? 無縁仏でも探すか。実際、引き取り手のない遺骨や遺体は安置されているところがあるだろう。しかしそれも簡単に国家権力の命令で持ち出せるようなもんじゃない。誰かの遺骨であるからには誰かのものであって、勝手に処分などできない。要は法治国家である以上、戦争状態かなにかならしらない、平時に正規の一国の政府機関が遺体とか遺骨を用立てするなど、なかなかできんと思う。
 ま、だからそういう国なんだ、ということだと思う。
日本のDNA鑑定技術をどう見ていたのか、おそらく自分らの科学技術の水準でこれなら見破られないと思ったんだろう。恥の上塗りである。
 ところで、部屋に熱帯魚がきてしまったので、エアブラシという、塗料を圧搾空気で吹き飛ばしてきれいに塗装する装置を使うと空気が汚れる、ということでこの霧状の塗料を吸い込むフィルター装置を買った。ペインティングブース、というものなんだが、これの組み立てがあまりに難しいというか、力がいるので頭にきた。説明書もなんだか間違っているし。これだから輸入物は困る。
 ところで、昨日、話題にしていた書棚が届いた。業者の人がうちのピンポンパールをみてしきりに「かわいいですねえ」と騒いでいる。「丸いのがくるくる回ってますねえ」などと言って。まあ、漫画みたいな魚である。骨格が球形なのだ。驚くわなあ・・・・。

2004年12月08日(水)
開戦の日である。さすがにジョン・レノンの命日なんてこともあまり言わなくなった。
 ところでダイエーの店舗53店が廃止となるという。うちの近所のダイエーが黒字なのか赤字なのかは知らない。ただ、こんなことがあった。先日、大安売りで3万円というガラスの立派な戸が付いた書棚をダイエーの家具売り場で見かけ、注文した。それで、これをうちの場合は午前中はなかなか起きられないので(昼夜逆転しているわけで)午後に持ってきてくれ、と配送業者に伝えたいわけだったのだが、聞けば配送票にのっている「ダイエー千葉配送センター」というのはもう閉鎖しましたので、「川口センター」に問い合わせてください、とのこと。それも、こちらでは連絡が付かない下請けに依頼するので、川口センターからさらに下請けにつないでもらって、直に連絡してください、なんてことを言われて、面倒と言うより哀れな気分になった。妻によれば、相手の担当のお姉さんの口調もなんとももの悲しかったそうだ。それにしても千葉県の注文に川口から荷物を配送するのか、それはそれは。まあ今時、当たり前な合理化ではあろうけれど。
 その後、その川口センターというのが、ちゃんと実際に配送する業者に話をつけてくれたそうで面倒は省けたが、ダイエー、なにかと大変なことだ。その「千葉配送センター」にいた人らはどうなったであろうか。
 実は1989年当時、大学生の私はいくつか内定を持っていたが(最近の学生さんが聞けば怒るかも知れないが、時代はバブルである。二つや三つの内定を持っているいるのはごく当たり前だった)そのうちの一つにダイエーがあった。
 あのまま入っていればどうだったかしら、と思う。

2004年12月07日(火)
うちに、というか私の部屋に新たな同居人がやってきた。要するに熱帯魚の水槽を私の部屋にも増設したのだが、コリドラスのマンシュタインとグーデリアンほか多彩な面々(数が多いのでいちいち書かない)。が、このなかに一匹、「ロマン・ポランスキー」と命名したネオンテトラがいる。これには理由があって、前からわが家にいる肉食性のポリプテルスという古代魚(名前はデーニッツ)が、贅沢になってしまって生き餌しか食べなくなってしまった。それで試しにネオンテトラを10匹購入して与えたところ、二日ほどで9匹が犠牲に。もちろん生き物のことゆえ残酷だとかなんとか思うことはないんだが、しかしネオンテトラもこうしてみるとなかなかかわいく、最後に生き残った一匹を助け出して、この水槽に移したわけ。恐怖の絶滅収容所から逃げ延びた奇跡の一匹につき、あの映画監督にちなんで命名したのである。
 で、仕方なくその後はメダカを50匹(!)購入して、デーニッツの餌用においておいたのだが、こちらもだんだん情が移ってきてしまった。それで二匹だけ、奇跡の生還をさせてこちらの水槽に・・・。これは「シンドラー」と「パウルス」とした。前者は説明はいるまい。後者は地獄のスターリングラードから生き延びたドイツ第6軍司令官の名前である。
 と、妙なことばかりしている。そういえば数の多いネオンテトラは、ポランスキー以外は単純に「アントン、ベルタ、ツェエーザル、ドーラ、エミール」と命名。ドイツ語のABCDEを表す呼称であることはいうまでもない(たとえばメッサーシュミット戦闘機のE型をエミール、G型をグスタフなどと呼ぶ。英語圏でも似たようなことはある)。
 さて、日本の子どもの学力が急低下、というのが夕刊の一面トップ記事だった。特に読解力が急降下しているという。これは思考力が落ちているということで、このところ私は再三、いまの日本の若い世代はマンガやアニメだって作れない、消費するだけだし、それも単純なものしか理解できなくなるだろう、とたまたま書いていたが、それみたことか。
 おそらく20年もしたら、幼稚園のような語彙しかない中年が無職のままごろごろしている社会となる。金持ちはいいが、遊んでいたキリギリスの多くはもう死ぬしかない時代だろうよ。

2004年12月06日(月)
なんとなく吉村昭の「陸奥爆沈」を読み返してみた。ドキュメンタリー小説という分野になるのか、それにしても陸奥のほか、三笠、日進、松島、筑波、河内といった日本海軍の各時代の主力艦が爆沈していることを知ると暗澹とします。そのほとんどが、乗組員の放火などによると知ればますます一驚を禁じえないわけです。
 軍紀厳正なる日本海軍。それは迷信だったわけであります。
 それからなんとなくチョムスキーの「9・11」も読み返しました。今改めて読むとかえって面白いですね。あのテロの前後、われわれも含めていろいろ振り回されたわけですが、いかに我々が「アメリカの無謬性」という信仰を長年、受け入れてきたか、このぐらい期間を置いてからのほうがチョムスキーの言葉は説得力があります。
 北朝鮮人権法、なんてものを平然と制定できる国は、それはそれとして異常だったりします。アメリカの国内法で規定してどうするつもりかしらないが、とにかくアメリカ人は自分たちは自由で主体的に判断していて、洗脳なんかうけていない、だから独裁国は気の毒だと信じています。己たちがどれほどくだらない迷信を植え込まれているか、あのくそ単純な国民性ではなかなか目が覚めないんでしょうが。
 そういうニホンジンも、銀行は潰れないとか、官僚は優秀だとか、日本人は勤勉だとか、いろいろとわれわれは妙な迷信を信じてきたわけです。というか、にんげんというものは常に迷信深い。太古の原人のころから今のにんげんまで、そんなに変わるわけではない。
 ここ数年で、また日本の体制がずいぶんと変わる気配があります。政界然り、皇室のもんだいも然り。気候まで変化しつつあるようですね。
 そしてじりじりと我々の生活も変質していったりするのです。我々はスリリングで恐ろしい時代に遭遇しているような気がしてなりません。

2004年12月05日(日)
 なんて言っていたら、今日は私の部屋は27度もある!! どうなっているのだろうか。あちこちで「夏日」だそうで、もちろん12月としては観測史上最高。昨日、死んだ魚たちは不運だったか。一日もてば9月の気温である・・・しかし、どうなっているのか、この気温というのは。今年は本当にめちゃくちゃである。
 昼間、ぼんやりケーブルテレビを見ていたら「らんま1/2」とか「忍者はっとり君」とか、「まいっちんぐマチコ先生」とか、二昔前のナンセンスアニメをやっているのだが、とにかくおもしろくもなんともないのな。昔はこれで面白かったのか。それだけ世の中、ほのぼのとしていたということだろうな。
 ふと、近頃のニホンのラッパーのプロモーションビデオなど流れている。基本的に英語もどきの地口、駄洒落のようなものだ。押韻というより駄洒落になってしまうのはラッパーの諸君のせいではない。日本語には押韻は向かないのだから仕方ない(動詞が最後に来る構造だから極端な話、なんでも最後は「です」とか「ます」とか、同じようになるのは当たり前のことで、面白くもなんともないのだ)。しかしあんなオナニーみたいな音楽(?)は何が面白いのかちっとも分からぬ。激しいとも過激だともついていけないとも思わない。ひたすら空しいのだ。なぜなら実際のところ、そんな英語風の日本語は誰も聞き取れないのだからな。黒人のラッパーの英語は英語圏の人には分かるわけだから。
 ジェームス・ブラウンの素晴らしいパフォーマンスもやっていた。60過ぎて70近くになってもゲロッパである。プレスリーとほぼ同期だというから驚く。ものすごく知的で、インタビューにも明瞭な言葉で答えていた。が、彼のほとんど単調なリズムと呪文のような歌は、ゴスペルと最近のラップをつなぐのが彼らのようなソウル世代であることを告げているのである。黒人にとって音楽は明瞭に政治的武器なのだ、というようなことを70年代の彼は語っていた。これは、後輩の今のアメリカのヒップホップの連中もしっかり受け継いでいる。が、アメリカ領日本の猿真似イエロー奴隷どもの「もどき」ときたら・・・。
 本場のインドカレーと甘口のバーモントカレー子供向けを比較して同じカレーだ、と言っても始まらないか。
 そもそもはっぴいえんどやらサディスティック・ミカバンドや四人囃子なんかには悪いけれど、「日本語のロック」というのもそういえば私は昔から全然、好きでなかった。ちょっと前に椎名林檎というのが出てきたとき、革新の兆しを感じたし、宇多田ヒカルが出てきたときも日本語の洋楽、というものをちょっとだけ夢想させてくれたが、いずれも過剰期待だった。日本語に捉えられれば、必ず日本の歌は歌謡曲に同化する。本人がなんと名乗ろうが歌謡曲になってしまうのだ。明瞭にすると陳腐な歌詞となりメロディーに引き摺られてしまう、不明瞭に英語風にすれば無内容な空しいものに堕落する。
 結局、昔からある演歌系の音楽のほうが歌詞だけとりあげれば(内容は決まりきっているとしても)見事なものになり得る。
 日本語は、とにかくニュアンスの多い言語である。だから輸入音楽には決して合わない、というのが私の持論である。

2004年12月04日(土)
急激に寒くなってきましたね。というか、11月の末はちょっと暖かすぎた感じだったかもしれません。
 というのも、今日になってうちの魚の中で病弱だったものが3匹、相次いで昇天してしまいました。ドジョウのスコルツェニー、ピンポンパールのプリーン、そしてティルピッツです。といってもスコルツェニーとティルピッツはちょっと前までむしろほかの仲間より元気に見えました。プリーンはUボート艦長からとった名前にあやかってしまったのか、潜水しっぱなしのいわゆる寝金という状態だったのですが、寒くなったとたんに息を引き取りました。
 生き物ははっきりしておりまして、冬を越せないというのがひとつの区切りと言うか、宿命のラインがあるんですね。もっとも、人間も冬は危険でありますが。
 3匹の死に、世話をしている妻がいたく気落ちしておりますが、やむを得ません。しかし魚というもの、割とたくさん生まれて歩留まり悪く、どんどん死んでいくのが本来の姿なので一定の割合で死ぬものが出るのは防ぎようもない。それは分かっているのですが、やはり何ヶ月か一緒に暮らした生き物が去っていくのは寂しいものです。
 それらの魚が、短い間だが愛情を注がれて幸せであったろう、と思われることだけが救いであります。
 して、魚に悪いものは人間にも悪いわけで、今まで温暖だったものがぐっと冷えますとインフルエンザだのと言い出すことでしょう。街に出ても咳き込む人が増えてまいりました。皆様もご自愛を。

2004年12月03日(金)
例の、銀座オーラルクリニックで「無痛鎮静法」による抜歯をしてもらいました。はっきりいってどうするのか、どきどきものでしたが、ごく普通に寝て、左腕から点滴を入れて、これで徐々に意識が薄れていきます。で、患者がぼんやりしている間に器具で口を抑えて、さっとやってしまうということ。本人が気が小さいのと、昼夜逆転した生活で睡眠障害気味なのと、それで睡眠薬を使っているためか、ちょっと点滴のききが悪かったみたいで、完全に意識がなくなる、ということはありませんでした。で、抜歯のときも医師の指示がわかったし、「痛いですか」という声にも「ちょっと痛いです」というのが言えた、というのはこの術としては大成功じゃないことになるんでしょう。先生も今までで意識がなくならなかったのは初めて、と言われました。が、とにかくそれにしたって相当に朦朧としているわけで、あとで思い返せばぜんぜん、たいしたことを覚えていないし、麻酔が切れるまで2時間もいたなんて思いもしなかった。やっぱりすごいんですな。術後も、前の医者では痛くて痛くて泣いて帰ったというのに、今回は処置がいいのか薬がいいのか、ぜんぜん痛くない。抜歯のあとで会社にいって仕事してるんですが、さすがに3時間ぐらいは麻痺していました。なんか酔っ払っている感じ。
 まあ、とにかくこれ、一度お勧めしますよ。やはりいいと思う。

2004年12月02日(木)
中国が「孔子学園」というのを世界的に、とりあえず100校作って、中国語の普及に努める、とのことだ。気に入らないがさすがである。そもそも世界人口60億人のうち、10億人がはじめから中国語人口(といってもそんな単純でもなく、実はぜんぜん中国語を使おうとしない少数民族とか、普通話のできない人も億単位で存在するわけだろうが)つまりすでに6人に一人が中国語、というのは強みである。いずれは英語に取って代わってやろう、という気があるかどうかは知らないが、今の連中の勢いだと、その意気込みはあるかもしれない。一方、どんどん英語の語彙に浸食されて母国語は衰退し、しかも英語力は身に付かずどんどん知力低下している馬鹿な国がある。バブルのころに孔子学園みたいなものをもっと大規模に戦略的にやっとけばよかったが、後の祭りだ。
中国語なんて、やってみればわかるがニュアンスの乏しい言語である。しかもそのニュアンスの乏しさを補っていた豊かな漢字文化も簡体字で劣化しているわけだ。英語もニュアンスのないいかにも技術的な言語である。
 このような単純で通じさえすればそれでいい、という言語が幅をきかせるのはただ単にそれらの国が強いからだけではないだろうが、文化というのはそれだけでは困るのである。
 ところで、かかる単純な外国との比較でいいの悪いの言う傾向の中で、また近頃の人の中には無条件に現状肯定するものがいたりする。敗戦国であることをしらない連中はおめでたいが、決して宗主国は一人前にみてくれないことをこの連中は知らない。いくらラップ調の音楽やっても、しょせん滑稽なまねごとである(しかも日本のラップは歌詞がひどい。明治時代のオッペケペ節みたいなものか、性懲りもない愛とか夢とかわかりあおうとか、平和がいいとか、無理に押韻しているだけのダジャレばかりで、愚にもつかないおちゃらけで聞くに堪えない)。
 ぴあ、という情報誌があるがあれの最近の号の編集後記である編集者が、「日本の若い連中のロックはいい、外タレにも負けていない。だがベテランは駄目だ。U2、REM、レッチリとはれるようなベテランは日本にはいない。がんばれ若いやつら、あんなふうになるなよ」みたいなことを書いていた。私はこのような若い者に媚び媚びした文章を読むと反吐がでる。甘やかしてどうする? そもそも日本のロックのどこが世界で通用するのか? 個人的主観や好みでくだらないことを書くべきじゃない。また、日本にもかつては優秀なバンドはあった。ラウドネスとかバウワウとか、YMOもそうだ。こういう人らは要するに40歳をすぎ50になるころにはバンドを解体しているのだ。U2のようにいつまでもやれるのはアルバムが1000万枚も売れる例外的な人だけである。今の日本の若い者も、40歳になったころに音楽をやっておれるかどうかは全くわからない、というか今の状況ではまずやっておられまい、こうも音楽が金にならないのだから。気志団だってまかり間違えば横浜銀蠅になりはてるかもしれない(なぜか紅白にでるとバンドというのは劣化する。サザン・オールスターズなどがでなくなったのは見事な選択である。国民的バンドなんてものは日本人の体質から言うとフィクションだとよくわかっているのだ)。
 それにしても、U2はともかく、REMやレッド・ホット・チリペッパーズがベテランだと言われると目眩がする。私にとってはこのへんは最近のちんぴらバンドである。U2にしたって私にとっては「WAR」アルバムが最高で、後のグローバルスタンダード化してからはおもしろくもなんともない。
そういえば、私が高校時代に「最近のバンド」としてコピーしたデフ・レパードのベスト盤が出たが、なんと25周年記念だそうである。私は37歳なんだが、音楽年齢が高いのであるよ(つまり洋楽を聴きだしたのが早かった)。はっきり言ってディープ・パープルより前か後か、でベテランか中堅か若手かを決めている(!)。
 というわけだ。私は「ぴあ」はクビにした。
 関係ないが、イギリスの芸術家投票でもっともインパクトある現代芸術の一位に輝いたのはマルセル・デュシヤンの「泉」だそうだ。これは要するに便器の彫刻である。ピカソのアビニョンが2位で、ゲルニカは4位だ(盗作だもんね、あんなの。なっちみたいな感じ)。
 当時はまったく評価されなかったわけだが(1917年)芸術の生命はわからない。
 なにかというとピカソを崇拝しているどこかの国はださい、ということだ。

2004年12月01日(水)
 もう年末か。
 平田智美、という女性名のメールが来た。あからさまに怪しいので調べたら、もう7000件ほど情報が出回っている。この平田嬢、有名人らしい。某サイトによれば「有名になったアダルトサイト勧誘のスパムメールに登場する女性。返信すると、物凄い勢いでアダルトサイトの勧誘メールが届くらしい」とのことだ。そういうものが見たい人は返信するといいだろうな。文面は下のようなもの。
「件名: どもどもです♪平田と申します☆はじめまして☆平田と申します。えーとですね、以前メル友募集してましたよね?? その書き込みにとても興味を持っててアドレスを控えてたんです。ちょっと前の書き込みでしたけど。ぜひぜひ仲良くなりたいと思ってるんです☆自己紹介を致しますね☆平田智美、22歳でフリーターをしております♪ 趣味は旅行以外では読書で、好きな作家は筒井康隆さんです。スリーサイズはまだ言わないほうがいいかな(笑)? そんなワケでして、平田、お返事待っております! 趣味や、どこに住んでるのか教えて欲しいです☆あ、あと何て呼んだらいいでしょうか? 平田のことは、平田と呼んでください☆」だって。なかなかつぼを押さえている。好きな作家は筒井なんてあたりはなかなか上手い。私などは、たとえば好きな作家はデュルケム、ジンメル、アーサー・C・クラークで好きな本は「悲しき熱帯」と「北京の秋」、専攻は文化人類学です、とか書かれればついつい深追いしてしまうかもしれない。
 クラークの「2001年宇宙の旅」を今頃読み返してみた。すでに中国の軍事大国化と、米ソ(さすがにソ連崩壊は予測していない)の歩み寄りが描かれているのは鋭い。昭和40年ごろにここまで洞察していたクラークはすごい。しかしさすがにコンピューターの予測は現実に追いついていない。しかもコンピューターが実際には人工知能ではなく、むしろ汎用通信機であるという未来図は分からなかった。
「電子新聞」なんてアイデアも今となると古めかしい(インターネットでこういうものはすべて消えてしまった)。
 平田智子くんも、今度はこのへんを読んでメールくださいね。


2004年11月30日(火)
世間じゃ騒いでいるようだが、「ハウルの動く城」は見ないんじゃないかなあ、自分。というか、宮崎アニメというのは個人的には「魔女の宅急便」で、もっと究極的にいえば「天空の城ラピュタ」で終わっているのね、自分的には。「紅の豚」なんかもう詰まらなかったのね、いかにマニアックな戦闘飛行艇なんて出てきても。「もののけ姫」は構造破綻しているとしか思えなかったし、その後の「千尋」はあまりに売れたために、私のいつもの病気が出て「あまりに受けるものは見ない」ということで見ないことに。今度もそうなるんじゃないかしら。
 ところが、その初期の宮崎アニメ、ナウシカとかラピュタのような雰囲気の実写の映画が出てきた。それで、ゆうべレイトショーで見てきました。
「スカイキャプテン」である。ジュード・ロー、グヴィネス・パルトロウ、アンジェリーナ・ジョリーと有名人が三人もでている割に話題になっていないかもしれない。まあはっきり言ってかなりマニア向けというか、クラシックなヒーローものを最新技術で作った感じの異色作である。時代は1939年。主人公は、ジュード・ローというより彼が操るカーチスP40ウオーホークなんだが、このパラレル世界のP40はめちゃくちゃ強い。もっとへぼくそ戦闘機のイメージがあるのだが、はてさて。しかもネパールまでアメリカから飛べるらしい・・・どういうものか。このスカイキャプテンなる人物は空の傭兵隊長らしい。そして南京や上海で活躍したことがある、というからフライング・タイガースがモデルであるらしい。そしてクレア・シェンノートが一応のモデル、ということのようだ(劇中、女新聞記者が東条英機の入浴写真を撮ろうとした、なんて台詞がある。つまり日本軍と闘ったことがあるのだろうね)。
 このスーパーP40のほかにも、空飛ぶ巨大空母が何隻もインド周辺の上空を飛んでいるという設定で、これらはイギリス海軍のもの。つまり英極東艦隊の空中部隊(!)。こんなのがあるとなれば日本軍も開戦しなかっただろう。アンジェリーナの扮する英海軍中佐はかっこいいし、先尾翼になったスピットファイアみたいな「潜水可能戦闘機」も、いかにもマーリンエンジンを積んでいそうで岡部いさくの世界の駄作機ふうなのがおもしろい。
 敵役トーテンコップというドイツ人科学者はどうも残念、ナチスとはかかわりがないらしいのがちょっと惜しかった(劇中、ヒンデンブルク号は出てくるし、ベルリンにはナチスの鷲が飾られているし、だからナチス政権は存在する)、そしてこいつを演じているのが、というかCGイメージとしてこの役になっているのがなんと、ローレンス・オリビエである。もちろん故人だが。空軍大戦略でのダウディング大将なんて役を思い出す。
 そんな具合でいろいろマニア向けのくすぐり満載だし、ギャグも多い。レトロであるが、それはわざとである。要するに単純におもしろい。
 冒頭の飛行ロボットによるニューヨーク襲撃シーンが本当にラピュタに似ている。影響がないのだろうか。それとも、スーパーマンにこの手のものが出てきたと言うから、宮崎監督もこの映画の監督も同じ元ネタから出してきた発想かもしれない。
 とまあ、名作というもんじゃないかもしれないが、味がある。DVDがでたらもう一回見てみたいかもしれない。案外に軍事マニア系の人は楽しめる。
 しかしロボットや光線銃、ロケット、空中軍艦などが実現しているこの世界で、このあと第二次大戦が起こったら・・・大変なことになっていたろう。

2004年11月29日(月)
このところ歯のネタが多くて恐縮だが、本人が気にしているものでどうしてもそうなる。それで、昨日は近所の電気店に行って、電動歯ブラシコーナーを見ていたら、熱心なお姉ちゃんに新型器を勧められてしまった。なんでも超音波震動が出て、1分間に3万5000回転もするすごいものだそうで、お値段も1万7000円、決して安くはないが高いだけのことはあります、と請け合うから、ちょうどいままで使っていたドイツ製の電動機に飽きてきたので(というか、薄汚れてきたし、充電してもすぐに切れるようになったのだから、そろそろ寿命だろう)、そのアメリカ製の新型器を買ってみた。
 それで、使ってみると・・・・いいのよな、最近のは。もう歯にあてていて気持ちいいのだよね、なんかこうこそばゆい感じで。歯そのものにかかるチカラはごく小さくて、それがまた気持ちいいのですよ。もちろん、すごく綺麗になる。微細な泡も出て、ものすごくいい感じだ。
 そんなことを云っていたら、今度は妻の部屋のクーラーが壊れた。こいつはもう8年も使ったんだが、フロンガス対応できていなくて、配管から全取っ替えになるとものすごく高くつくそうだ。こんなことなら、昨年、転居に合わせて古いのを持ってくるんじゃなく、新しいのを買えば良かった。残念なことだが、電化製品については、大切に古いものを使い続けても性能的にも経済的にも割に合わないようだ。よく投書欄に「近頃の電気屋は修理してくれない」なんていうが、もう5年もたてばまったく技術が変わってしまう。非難しても始まらないのであろう。

2004年11月28日(日)
聞くところによれば、今年の冬のコミックマーケット落選率が高かったようです。うちはなんとか通りましたが、・・・しかし今回は「当落通知」の郵送が遅れたり、なんだかトラブルの兆しもちらほら伝わってきます。
 毎年、30万人だか40万人だか途方もない人が集まる「漫画の祭典」ですが、どうなんでしょうねえ。そろそろピークを過ぎて爛熟から衰亡の兆しはないだろうか。そういう感じもちょっとするもんですからね。
 漫画やゲームに身をゆだねきって、遊び呆けている10代、20代の人々が何百万単位で増殖しております。残念だが、ここから新しい芽が出てくる可能性は著しく低い。なぜか。学力が低下しているから、です。国語力や構想力、論理性、そして基礎教養、共感力がなければ想像力などはぐくまれず、ただ出来たものを受容するだけ、消費するだけの者が増えるのみ。近頃、コミケにずっと出ていてもそういう傾向を感じるのです。ひたすら自分の好きな領域に閉じこもる。それだけ。楽なところへ、楽なところへと逃避した結果、そういう最終消費者のポジションしか選べない、いわば寄生虫のような群れが重く社会にぶら下がってこれから毎年、年を取っていくのです。
 恐ろしい未来図しか想像できないのですが、私には。そして、コミックマーケットもそういうなかで衰亡し形骸化しレベルを下げていくでしょう。
 残るのは群れだけでしょうね。なにも生み出さない、群れです。衝突も議論も切磋琢磨も一切ない。ただの群れです。
 かつて、宮崎勤という一異常者の猟奇的犯行とされたものは、今やごくありふれた犯罪様式となりつつあります。幼女や小学生を攫おうとする者の犯行がほとんど連日、日本中で行われております。これらの人たちの大方はおそらく、己の内側で育ってしまった性的願望を成就するのほかになにもない空虚さに堪えかねて、ほとんど自滅的に変態犯罪を行うのですが、いまだに「常識的な大人」たちはこのへんの心情を理解しません。
 自慰すら満足に出来ない未熟なにんげんがどれほどたくさんいるか。
 そして、私はかかる中から次世代の漫画文化が生まれるとは夢想しません。楽観する人はどこかおかしいのです。
 日本では、漫画やゲーム分野すら次の世代には衰亡するでしょう。ほぼ確実です。そしてコミックマーケットも死ぬ日が来るでしょう。
 100年後には一切の文化が滅びる、と予言した夏目漱石。私は彼を文学者としてより文明批評家として崇拝しています。彼に比べればほかの作家などなんの意味もありません。
 漱石を通常の文芸批評の対象としてあれこれ毀誉褒貶する言説のなんとどれもこれも愚かしいことよ。彼は、今の日本のなにを見てもまったく驚かないはずです。こういう時期に1000円紙幣が野口英世に交代してしまったのはなんとも残念ですが・・・。
 冷徹に未来を見切った漱石と、未来を信じていた野口と、どちらが今の世の中に必要な態度かと言えば間違いなく前者なのですが。漠然と楽観していても駄目です、これからの時代は。なんとかなるさ、と信じていてもならないものはならない。そう思うのです。

2004年11月26日(金)
さあて、このところ私が話題にしている「銀座の歯医者さん」に行った・・・・。場所は三越、メルサ、松屋などが立ち並ぶ銀座の目抜き通りのドン真ん中。ホテル西洋が道を挟んである。つまり繁華街の中にあるビルの4階。ちなみに下の方の階にはブティックや美容室、上の階はオフィスとか雑貨店とか、もうおしゃれな銀座の雑居ビルそのもの。
 その名を「銀座オーラルクリニック」という。院長先生は東京歯科大の外来主任を務めていたといい、麻酔の研究を専門にしていたことから、日本ではまだまだ普及していない「無痛鎮静法」を得意としている。これは欧米の歯科医では今や常識となっていて、点滴で深い眠りにおとし(ただし全身麻酔ほどではない)その間に抜歯とか、恐ろしい処置はみんなすましてしまう、という方法である。
 今日は初診につき、見てもらったのみだが、もう高級料亭のような接客。「お客様」である。診療時間も長く取るから、「次の患者が来てるのでまいてください」なんてことはない。場所柄、明らかに「お客を選ぶ」ロケーションであり、雰囲気なのだけど、しかし日々の暮らしに困っていないというあなた、そして歯医者にトラウマのあるあなた、こういうところに行った方が結局、いいと思うぞ。基本の診療は保険適用、その鎮静法とかインプラントになるとそれなりのお金がかかるのだが、ここでけちるのも馬鹿げている。
 きわめて丁寧に点検してくれた上で、きわめて丁寧に説明があった。要するに前の歯医者が銀をかぶせる前に、すでに歯茎の奥が炎症を起こしていたようだ。それがここ3年続いて、とうとうここにきて爆発したんだという。前の医師はそんな説明まったくしてくれないで、いきなり抜いてしまったのだから・・・。今度の先生は「まあ、いろいろな患者さんを相手にするお医者さんだと、そのへんが雑になることもあるんでしょうけど・・・」と言い、苦笑気味だった。私は「そこの医者で妻も親不知を抜いたんです。そしたら術の途中で麻酔が切れて大騒ぎになって」と言わずもがなを付け足した。先生はますます苦笑していた。
 ということで、その悪い歯をねこそぎ抜いてしまうことにして、無痛鎮静法をやってもらうことにした。それは来週の金曜日。保険適用外なので一回3万円ほどかかるんだが、苦痛がなくなるのだったら、安いもんだと思うけど。それに小泉改悪で、保険もそんなに安くなくなってきたものねえ、正直言って。
 来週、またここで今度は鎮静術について書こうかと思う。

2004年11月25日(木)
<大阪市教育委員会は25日、小学4〜6年生用の漢字書き取りテストの正答率が47%だった養護学校の男性教諭(56)ら2人を教員としての適格性が欠如しているとして分限免職にした。校外研修で漢字書き取りテストを実施したところ正答率が47%。保護者への連絡帳でも「自信」を「自身」と書くなど国語の学力が著しく低い>なんて記事を見かけた。この元先生は実際に相当にひどいもんだが、しかしあまり笑えないというのは、われわれだってこうやってカタカタとキーボードを打つのには随分となれた、しかし手書きでなにか書けといわれてももう、ちょっと難しい漢字になると手が動かないではないの。
 国語の学力が著しく低い、というこの人はどうやって教師になれたのか。そしてどうして養護学校に配属されて56になるまでずっとやってこれたのか、そのへんのほうがよほど問題があるかもしれないが、記事は伝えていない。
 ついでにいえば、この元センセイは数学が担当だったというのだが、論理的な文章力や構成力がもしないのなら、本当は数学もできないはずである。
 天下りを禁じた国交省の意向にしたがって、外郭団体とか特殊法人の天下り社長がこぞって辞任し、みんな「社長じゃない代表取締役」とか「社長を空席にして新たに副社長に就任」するなどしてごまかしている、という報道が出てきた。
 学校にしろ役人にしろ、官の人の頭の遣い方というのはこういうことにばかり向けられる。どうしても退職金をもらいたいのだろう、このジジイどもは。
 お前らの生活など知ったことか。


2004年11月24日(水)
発生から1週間がたった奈良市の小学1年、有山楓(かえで)ちゃん(7)誘拐殺人事件で、奈良県警捜査本部は24日までに、犯人は30歳前後のやせ形で眼鏡をかけているとみて、複数の似顔絵を使った聞き込み捜査を始めた(夕刊フジ)というのだが、思ったとおりの人物像・・・だが、太ってはいないのか、残念。
 悪いが、またまたいわゆるオタク系の仕業だろう、とみんな思っていたわけで、しかし私など実のところ自分自身も完全にオタクの一種だからなんともえないのだが(そもそも性的嗜好と言う点で、みんななにかしら変態性欲のたぐいを持っているのは間違いないのではないか)、よくその、いわゆるもてない男の類型として、ビデオで見たように従順になる女を犯したい、というタイプがありまして、それで銃など握り締めて「銃さえあればどんな女でも犯し放題だぜ」とかアホなことを本気で書きあっている同人誌の類もままあります。銃がないなら、幼児や小学生相手ならいいか、それでも話すのが怖いからいっそ殺してしまおうか、というわけで変態の元祖、川端康成先生の作品にも眠っている美女を弄ぶという商売が出てきましたけど(つうか、要するに文学と言うのはエロ本が基本なのよ、紫式部なんてどんな顔してあの大河ポルノ・源氏を書いていたんだか。ただ読み手を勃起させることを主目的としているか、ちょっとずらしているか、描写がそのシーンがメインなのかそうでないか、という違いでしょ)まあとにかく、こうして少女の遺体を弄ぼうなんてやつが出てくるのですが、コミケなどに出ていると、みんなこの手のものとひとくくりにされるのが困る。私は立派に変態でアホであるが、まずもってそんなにも無抵抗なものをどうこうしたいとは思わないなあ、面白くもなんともないと思うほうなんだが。
 近頃、先の歯医者にこりて、もっといい歯医者はないか、と調査中。で、銀座の一等地にある某クリニックをネットで発見。予約メールを入れたら金曜日にすぐ来てください、と返事が来た。無痛沈静法、というのが得意だそうである。欧米の歯科医はいまどき、患者に苦痛など一切与えないと言う。一種の麻酔を点滴で入れて、全身麻酔というほどではないけれどほとんど眠った状態で治療してしまう。これを、ここの病院もやれるのだという(ただこれは保険適用しないから高い。しかし高くとも本当によかったらケチる話ではない)。
 そんなわけで、もし本当によいクリニックだったらここで宣伝しようかと思うんだが、それは行ってみてから、である。
 が、それはさておいて無痛沈静法、使いようによっては川端文学のようなこともできてしまう。婦人科の医師にときに不心得なヤツがいてつかまるが、はてさて・・・。
 にんげん、とにかく変態的な妄想ならどんどん思いつく。そして思いつくとやりたくて仕方なくなる。やがて犯罪を起こす。戦争だの金儲けだの、創作活動も文化的な営みも一皮向けばそのへんの思い付きから、というのは誰も言わないだけで多いはずである。つくづく愚かな生き物である。

2004年11月23日(火)
世間的にはお休みですが今日も私は仕事・・・・・だはあ(ため息)。
 ところで、ゆうべは歯が痛いなあ、とうめきながら宮里藍選手の優勝シーンを見ていた。深夜放送でやっていたもので。この間、現役高校生でプロになったと思ったら、いきなり賞金女王まであと一歩、という活躍である。やっかむものも多かろうが、これには脱帽するしかない。文学賞とか音楽のオーディションとか、審査の入るものはより若い人に甘い傾向が当節あることを指摘できるかもしれないが、スポーツの場合、明確に結果として出ているのだから、いかな偏屈な人でも文句のつけようがない。また今日は、私と似た名前の15歳、辻本少年の阪神球団入り、というような話題もなにかで見た。
 そんなことで思う。このところ買ったDVDで、ドイツの撃墜王ハンス・ヨアヒム・マルセイユの人生を描いた「アフリカの星」というドイツ映画を見たのだ。戦争映画としては古典的名作で、テーマ曲「アフリカの星のボレロ」も有名だが、私はこれまで見る機会がなかったのである。
 軍紀違反が多く、上官に不敬な態度が多かったため、なかなか少尉に任官されず「ドイツ空軍最古参の候補生」であった彼だが、とにかく飛行機の操縦と射撃の勘が天才的で、見越し射撃の技量は神がかっていたという。そんなわけで、平時には鼻つまみ者だったが、実戦ではめきめき頭角を現して叙勲8回、当時として最高位のダイヤモンド柏葉剣騎士十字勲章をヒトラーからじきじきに授けられドイツの英雄となった。ある1日で20機近くを屠るなど信じられないスコアを重ねて、きわめて短期間に160機あまりの敵機を撃ち落したが、相手は西側連合軍機。このままもし、終戦まで戦い、本土防空戦や、技量が低めだったソ連軍相手に東部戦線に転戦するとかすれば、300機台後半の世界記録を持つハルトマンやバルクホルン(彼らのスコアはほとんどソ連軍相手であった)を抜いて400機とか、500機撃墜もありえたのではないか。そして2年もたたないうちに「ドイツ空軍で最も若い大尉」に昇進(通常、大尉任官は25歳以上とされる)。しかし間もなく、エンジンのトラブルであっけなく空中分解し、たった23歳で彗星のような生涯を閉じてしまう・・・・。
 天才的な運動神経、動体視力をもっていたマルセイユは、おそらく平和な時代なら天才的なスポーツ選手となって、やはりドイツの英雄となりえたのかもしれない。そして、その場合には23歳で死ぬこともなかっただろう。
 結局、同じような資質を持っていても、時代とか運に左右されるのが人生なのである。今のスポーツ選手だって、戦争の時代なら撃墜王とか、勇敢な兵隊とかいうことになっていたかもしれない。いかなる時代にも運動神経が優れていることは兵士としてより有利な条件であることは間違いない。
 一方で、平和そのものという時代ならマルセイユは空軍になど入らなかったわけだろうけれど、しかし空軍に入ってしまった後という前提で言えば、たとえば戦争がなかったならマルセイユは、軍紀違反を繰り返してうだつの上がらない下士官のまま除隊となっていたことはほぼ、間違いない。彼の実力は発揮できなかっただろうから、永遠に埋もれてしまった可能性もある。
 場所を得ないで消えてしまっている天才は、おそらく今の日本にも、そのへんの身近にもたくさんいるに違いない。
 そんなことをなんとなく思った。「天才」という名前を若くして冠せられる人はときとしているが、その人生がどういうものになるかは、本人の意思とか努力を超えた部分があることは否めないのだなあ、という。まあありがちな感想だが。平和な日本でスポーツの天才少年とか少女とかの報道を見ると、この別の時代の天才パイロットをなんとなく想起してしまうのである。

2004年11月22日(月)
 リンク集にいくつか追加。それから、ライヴ映像にライヴ04ファイナルのビデオを掲載しました。お知らせでした。
    ◇              ◇              ◇
 奥歯を麻酔無しで引き抜いた話しを昨日書いたが、当然ながら今日もまだまだ痛い。これから出勤なんだが仕事できるんだろうか? まあ随分、腫れも引いたし痛みもなくなったけれど、当初はもう本当に歩くことも出来ない状況だったし。
 なんで歯などに神経が通っているのか? 実際、これほどの神経を張り巡らす必要は人間の場合、ないように思う。鮫のように、どんどん替え歯が出てくるほうが合理的なわけで、その意味ではさすがにあれは「進化の終了した生き物」、である。ともかくあらゆる生物種でもっとも完成度が高い、ゆえに海が完全に干上がりでもしない限り、どんな時代になっても適応できる、といわれるのが鮫であるけれど、それに比べたら人間はまだ赤ちゃんであるか。妻の説だが、哺乳類では口と言うのは、ほとんど手の代わりである。赤ちゃんの世話すら口で行う。だから徹底的に繊細なようにセンサーが設置されている。人間の場合は、口は物が食えればいいだけで、一本一本の歯にセンサーが必要とはそもそも思われない。虫歯などを考えるなら歯など簡素であればあるほどよい。実際に、歯などは現代人に進むに連れて退化の傾向にあるのだから、やがては簡略化していくだろうが、いまだ大げさな神経が通っているのである、という。なかなか説得力はあると思うがいかがか。
 谷川俊太郎だったと思うが、歯痛を「ナチスの機甲軍団のような」と形容していたのに感心したことがある(記憶が確かでないが、なにかの詩集にあったと思うが、はて?)。言いえて妙である。容赦なく、何者も抵抗できない雰囲気がある。
 ところで、歯痛にまぎれて忘れていたが、先週に「オリックスの移籍組、更改交渉大荒れ(日刊スポーツ)」という記事を見かけた。引用すれば、<合併新球団にまた難題が持ち上がった。19日、オリックスから楽天に移籍する選手の契約更改で保留者が続出した。オリックスから楽天に移籍する小倉、谷中、斉藤、佐竹の4人のうち、小倉を除く3人が提示額に不満を持ち保留。再交渉が決まった。中村GMは「何度話してもいい。長期戦は覚悟しているよ」と話しながらも、選手側の強硬姿勢には首をかしげた。12球団維持に向けた労使交渉で、選手会も血を流す覚悟を表明したはず。「今年は球界バブルがはじけた特別な年。選手も真摯(しんし)に受け止めて欲しいし、球界が成り立っていかなくなる」と譲歩を求めた> というのだが、このGM氏に大いに同情する。世間はどう思っているのか知らないが、いかに野球選手というものが自分たちを特権階級だと思っているか、よく理解したほうがいい。そんなものの試合を見るのに、一体どんな高額なチケットを買わされているか。球場に閑古鳥が鳴くのも当然である。「東大に入るより難しいプロ野球選手」などと言う。だがそれは希望数に対して採用数が少ないからで、たとえばその年、採用ゼロの会社に入社しようとすることは、ほかのいかなるものになるよりも難しい。こういう単純なものの比較は馬鹿げているし、それで持ち上げる愚かな某テレビ局など論外である。
 これだけどんどん、どこの会社も球団を放り出すのはなぜか、よく考えてみるがいい。あんなもの、宣伝効果以外にはなにもないのだ。金持ち球団など存在しない。ただ、宣伝費として金をかけるのは効果的だ、と思ってのことである。

2004年11月21日(日)
 おとといから、なんだか歯茎がうずく。こりゃいいかんなあ・・・と思っていたが、昨日実家に寄って母親の顔を見てから、船橋に立ち寄ったあたりでもう歩くこともならないほどの激痛が走る。最寄の薬店でセデス・ハイというのを買って飲み、その場はそれでしのいだが、痛みは止まらない。
 夜に入ると、市販の薬を飲んでもほんの2時間ほどしか抑えていられない。痛いこと痛いこと。ろくに眠れず、朝を迎える。日曜もやっている近所の歯科医に行って見るが、完全予約制なので、といわれる。しかし今、現在、痛いのだからこれではどうにもならない。
 前に住んでいた街の歯科医院に車で乗り付ける。そこで前に治して貰った金属をかぶせた歯が痛いのだが、結局、これを取り除くことに。
 「麻酔を使うと根元が残るので、このままやります」と言って、本当にそのまま抜く。根元はしっかりと埋まっているし、接着剤でくっついている。拷問である。麻酔無しで歯を引き抜かれたのである。
 臆面もなく、ぎゃああああああああ、と叫んだ。周りの患者がびびっていた。
 終わってよたよたと帰ったが、見る人は皆、この人大丈夫か、という視線である。
 まことにひどい目に遭った。

2004年11月19日(金)
 明日は母親の見舞いに病院に行こう、などと思っていたら、本人から電話があってもう家にいる、という。拍子抜け。とはいえ、今回はあっさり終わってくれたようだ。こんなことでずっといろいろな病気の元となるような重大疾患が治るのなら、今までなんだったのかしら、と思う。
 本日、会社に出て、出版社の人と会えば今まで抱えていた本の出版計画もひとつ片付く。これももう二年近くにわたって揉めてきたんだが、やっと片付く。
 私は割りと、物事が進捗しないといらいらする人間である。トラブルが起きて方向変換するのはいい。むしろ問題を解決するのはパズルのようなもので、楽しい。それより物事が止まるのが嫌いなのだ。あえていえば後ろ向きに出すら、前進しているのが好きである。
 だがそれよりも、物事がとりあえず完結するのがなにより好きである。結果云々より完結する、ということ自体が。
 それで鴎外の「普請中」なんて小説を思い出す。いつも当面のことを片付けよう、片付けようといらいらして、いつかは何事かをなそうとするんだが、それがなんだか分からないという心境を描いていたが、私はこれを小学生時分に読んで自分のことを描いたもののように思った。
 とにかく。人は前進しないといけない。

2004年11月18日(木)
ゆうべ何かの「バンドもの」のアニメ(後で調べたらBECKというアニメらしい)を深夜放送でちらっと見たが、トーンベンダーでゆがめた古いレスポールの音に感動する主人公、みたいなのがテーマだった。なんかそんなネタで喜べるアニメと言うのもよくわからないと思った。「すげえ! なんであんな音が出るんだ」とかね。音なんて割りと出ますよ。問題は手でしょ、手。手が作れないんだよ。
 なんかグランジつうんですか。音は割かし昔のハードロックで完成された音なんだけどヴォーカルがモールス符号みたいなんだよね、近頃は。ありゃあ欲求不満なんだよな。アホダら経を唱えて踊り狂う世界ね。
 最近、自分が以前、LPやテープで持っていたけれど、その後、CDを買っていないために、前はあんなに聴いたのに所有していない、という音源をいくつか買ってみた。考えてみるとディープ・パープルのマシンヘッドやジャーニーのセパレイト・ウェイズすら持っていなかったのだった。
 やはりあの時点では、相当に技量がないと音楽が成り立たなかったといえば、いえる。今だって技量は必要だが、もう少し違う。どちらかというとポーズだろう。
 なんでもいいが、たてノリであったころの音楽は今も美しい。夢も希望もなくなった若い衆には到底、再現できないのである。
 分からないが、雑音めいたBGMを流すなら、実はなにも流さずに内耳に自然と流れる人体のフィルター音に耳を澄ましたほうがよい。
 だから耳を塞げと言うのだ。くだらない情報ばかりだ。
 ちょっとこのところギター侍のことを書いたが、少しどうして自分にとって、あの人の芸がちっともおもしろくないのかが分かってきた。彼が「斬る」対象が私にとってはどうでもよすぎるものばかりなのだ。和田アキコ風情を斬ってなにがおもしろいのか。
 おもしろいと思える人間はだから、その程度の問題をば、大変なことだと思っている知能の低い人たちなんだろうが、まあそういう者も社会には存在するのだからそれはそれでよかろう。
 思うに天皇制なり、憲法九条なり、もっと斬りにくそうなものを斬ってくれたら聴く気もするかもしれぬ。芸能人などもともといてもいなくてもいい人種である。全く、そこに寄生している本人も三流芸能人である。
 最後は切腹して消えて欲しい。
 ところで私は近頃、前にもまして偏狭なことを書くが、季節のせいか、気温のせいか。なぜこう万事にいらいらするのか自分で分からぬ。

2004年11月17日(水)
 私がかつて一緒にバンドを組んでいたワシントンの笹沢特派員がこんな記事を書いていたのが目に付いたので引用する。
【ワシントン=笹沢教一】米ジョンズ・ホプキンズ大学などの研究チームは15日、自閉症の人の脳に免疫系物質の作用によると見られる炎症が生じていることを発見したと発表した。炎症が脳細胞の損傷につながるのか、何らかの脳機能を促しているのかは不明だが、研究チームは「脳の免疫反応が関係するとの仮説を支持する発見。自閉症の仕組みを理解し、治療手段を確立するのにつながる」としている。この成果は米神経学会・小児神経学会誌の電子版に掲載された。同大の医師団は「すべての自閉症で炎症が起きていると確認されたわけではない」と慎重な見方をする一方、「脳内の免疫反応が関与している可能性を示すもの」と評価。さらに詳しい分析を進めるという。全米自閉症協会によると、米国には自閉症の大人や子供が約150万人いるという。
 なんで目に付いたのかと言うと、別に笹沢君が書いているからではない。要するに自閉症と言うのは精神病というより器質的な疾患、つまり炎症の一種なのではないか、という見方が非常に腑に落ちたから、である。なんというのか、自閉症児なりを扱う場合に、非常に文学的なアプローチをすることが世間的に多いと思うが、恐らく実際に自分の身内にそういう人がいる場合、いちばん知りたいのは魂のふれあいとか、心の解放とか、「健常者とは違う特別の才能」とかいう描き方ではなくて、どうすれば「ごく普通の子供」になるのか、ということであり、そしてたとえば親の立場なら必ずや「特別の才能なんて要らないからごく普通の人になって欲しい」ということに尽きるはずである。そして望まれるのは、それがなんらかの具体的な治療法につながるようなアプローチだと思う。
 必要なのは感傷でもなく同情でもない。どうすればどうなる、という科学的で具体的な手立てである。違うだろうか? そういう研究成果が実に素晴らしいと私などは思ったのであるが、だから私は文学的ではない人間なのであろうよ。
 一時、文学を自然科学的に秤量したい、という欲望が一世を覆ったものである。構造主義批評なんてそういうものだっただろう。
 私はそのような野心家たちの考え方が、結局ものずきの思いつきとしてあまり結実しなかったことを理解したうえで、魅力的に思われてならない。
 小学生の読書感想文以上の批評を誰がしえるのか。そうでないとしとたら、いかなるアプローチがあるのか。
 今にジョンズ・ホプキンズ大学が、心に訴える文学とか音楽の形式を発見してくれるかもしれない。それはあるいは脳のどこかの部位を刺激する、ということであるかもしれない。そのときは文学も音楽もなんでもコンピューター化できる日だが、科学者たちは永遠にそれを追い求めるだろう。
 私は、自分の発想が作家側ではなくマッド・サイエンティスト側に近いことに気付くたびに愕然とする。道理で、詩人連中と気が合わないわけだ。


2004年11月16日(火)
それにしても医者というものは失敗したときのリスクばかり強調するものだ。今日は母親の副甲状腺の手術で初めに医者の説明を聞いたが、麻酔医という若い衆が「万が一の場合、ああなったり、こうなったりして大変なことになります。運ぶときに脊髄損傷することもあります・・・」だのと散々、脅かす。まあくも膜下に胆石に心筋梗塞に、と病歴を見ればこんな病弱な人の手術は面倒だなあ、というのもわかるが、それがありありとしすぎている。
 2時に始まって、4時までの予定が4時40分ほどまでかかったが、本人は「ほんの5分ぐらいの感じだ、なにがあったか覚えていない」とそりゃ全身麻酔なんだから当たり前だ。とにかくやってしまえば、それほどなんということもなく終わったようだ。
 その後、会社に行って、今、こうして書いている。とにかく、ほっとした。今日はもう個人的話題に終始するばかりである。
 パウエル長官の後任はライス補佐官だ、と母から聞く。病人から聞くというのが妙であるが、本当なら実に人がいない政権だ。机上の秀才を絵に描いたような彼女で大丈夫か。
 ファルージャ制圧、と喜んでいるのは米軍のみ。かつて中国侵略して町を次々に攻略しながら結局、なんにも制圧できないで敗退した日本軍を思い出す。あるいはアフガンのソ連軍を。ベトナムは手を引けたからあれですんだが今後どうなるか。兵隊の供給が間に合うのだろうかしら、あの国は今の体制で?

2004年11月15日(月)
 土曜日に、新作詩を4つ、エッセイを一つ追加しました。コミケ情報も掲載しました。よろしくどうぞ。
 ◇                 ◇                ◇
昨日、新たな金魚を購入した。通販で。この通販で魚が届く、というのを不思議に思う人もいるだろうが、要するに空気と水を入れた風船みたいなものをつくって、これを箱に入れて送って来るのである。本日、来たのは水泡眼(パイパーと命名)、黒出目金(ヴィットマンと命名)、福達磨(ハインケルと命名)、そして江戸錦(ツェッペリンと命名)。4匹で3000円ちょっとであるから、とりたてて高級なものではない。これを通販しているのは「金魚販売・通販のおばこ」という横浜の金魚屋さんなのだが、若い人が一人で経営しているようでサイトを見ると日記がとにかくおかしい。簡単に検索できるのでぜひ見てもらいたいのだが、なんでも先日、なくなったアラファト議長を崇拝していたそうである。変わった人、といえば変わっているが、しかし送られてくる金魚はかわいい。
 金魚と言うのも、私は以前は、魚などそんなに高度な社会性ある生き物ではないと思っていたが、間違いだった。とにかく上下意識、社会生活が厳しくある。集団生活に不適応なものも出てくる。ずっと一匹で飼っていたものに、新参を一匹加えたら、もう狂ったように逃げ惑ってどうにもならなかったりする。あるいは仲間との確執でノイローゼになるものもいる。こうして見ていると、もう生き物は魚類の段階で社会生活というものを始めていて、それは人間に至るまで基本は変わらないのだな、という発見がある。私は哺乳類、高等な生物の群れは人間のような個体間の確執があることを理解していたが、はっきり言って金魚だのドジョウだの、そんなに高等生物ともいえないもので、これほど「人間模様」があることは意想外だった。
 今日は、母親が午後に入院する予定であるけれど、さて、明日、つまり火曜日の副甲状腺の手術は何時になるのだろうか。私としては立ち会うつもりなんだが・・・。

2004年11月13日(土)
 昨日はいろいろ仕事が重なってかなりしんどかった・・・・。おお、珍しく仕事の愚痴だぜ。けっこう働き者ジャン、自分(?)。帰りの電車に乗ろうとして、ホームで大学生ぐらいの若い衆の会話を聞いた。「おれ、○○さんのこと、苦手だからさあ」「○○さん斬り、残念」「・・・・なに、なんて言ったの」「(ちょっと白けて)いやあ・・・その」「それなにかのはやりもの? なんの関係?」「ああ、コント」「コント? 悪い、おれ、そういうの見ないから」「あ、そう・・・」「(ほかの人の持っているスポーツ新聞を見て)ところで楽天って、どうなったの?」「ああ、楽天が勝ったんだよ、ライブドアに(だからこいつは、もう少し世の中の動き知れよ、という態度で)」「・・・いや、楽天が勝ったことぐらいはさすがに知ってるんだよ」「あ、あ、そう」「名前だよ。楽天なんとかかんとか、という部分はなんになったの」「ああ、楽天イーグルスだよ」「イーグルス? つまらねえなあ」・・・・・。
 私はこの二人のうち、もちろん、白けてて「おれ、そういうの見ないから」発言をした若い衆を断然、好む。非常に好感を抱いた。今時、感心なヤツだ。当節は情報を遮断するほうが困難な時代である。知りたくもない低レベル情報がどんどん入ってきてしまう。毒ガスのように。
 私は、自分の感覚が実は自分が思っている以上に世間とずれているのかしら、と近頃になってようやく思い始めている。なぜ、あの程度のことで笑えるのか、なぜこの程度の話しで泣けるのか。そう思うことがむやみに多い。分からん。はっきりいって近頃の流行ものというのが気の抜けた炭酸水のように思えてならない。安全で健全で反吐が出そうなのだ。お笑いにしても、音楽にしても、小説にしても。
 私は日本的な擬似民主主義を憎む。そういうと勘違いする人が多いので言っておくが、なにも昔かたぎのファシズムとか協調主義的な、全体国家がいいと言っているんではない。そうではないけれど、しかし本来、民主主義は独裁官制度と表裏一体でなければならない。実はみんなでひとりの独裁官を選ぶのが民主主義なのだ。古代ギリシャでもローマでもそうであった(ローマ皇帝というのは明らかに王様ではなくて大統領であることは、ちょっと調べれば分かる)。そして今の国家でも、アメリカにしてもフランスにしてもちゃんとそうなっているではないか。大統領はほとんど独裁官である。ただ、ヒトラーのように暴走しないように、何年かに一回、ちゃんと民意で首に出来る。そこがしっかりしていればいいのであって、逆に言えば政治にしろ、今やっているような改革にしろ、外交にしろ、みんなの顔色ばかり見ていてはできはしない。なんでも投票で決める原始直接民主制なんて実際には何も決まらない悪制度である。スイスもだんだんそういうことはやめつつあるではないか。
 日本はと言うと、昔から象徴元首を置く国だ。それは別に戦後の話ではない。はっきりいってずっとそうだったのだ。その下に元首の代理を置くのが日本の伝統なんだが、征夷大将軍はしょせん代理統治者であって、国家と国民に責任を負う独裁官ではない。いざとなると無責任である。これは昭和期にも今の日本にもずっとある構図である。小泉がどれだけ大統領ぶりたくとも、彼はしょせん一政党の総裁に過ぎない。内閣総理大臣は結局は、国会に対して、つまりは与党に対して責任を負うだけの代理統治者にすら価しない格下為政者なのであるよ、制度的には。
 言いたいのは政治談議ではない。なんとなく万事に健全な多数決で物事を決めておればいいというような風土で芸術などやっておれるか、と言いたいのだ。
 近頃の妙に知能が低下したいわゆる学力不足型の社会風潮にはいらいらする。
 耳を塞ぐしかないのだ。締め出すしかない。聖なるものに相対するものは悪であって欲しいのだが、今あるのは低俗ばかりだ。
 私は悪人でありたいと念願することはある。しばしば。私が歴史上の失敗した独裁者たちにいつでも一定の肩入れをするのは、それが日本社会にきわめて欠落している「その人が責任者である」という明瞭性が、どれほどの悪行であっても好ましく見えるからだ。
 アウシュビッツの責任者ははっきりしている。しかし日本軍の開戦の責任者はついぞ分からない。そういう国が嫌でたまらない。
 不思議と今日は調子が高いな。疲れているか。ちょっと休もう。
 ○国の潜水艦はまだ浮上せぬか。馬鹿め、自沈しろ!! 北朝鮮軍の船はそうした。悪党なりに筋は通っていた。失敗したのだから自沈して責任を取れ!!!!

2004年11月12日(金)
結局、うちのサークル「ちびトラ戦車館」は冬のコミケに合格したようだ。今回は12月30日・木曜日東地区レ‐10bという配置です。今回はメカミリではなくオリジナル(創作・少年)です。よろしくお願いします(・・・って、まあいいか。このコーナーも一種の宣伝だからなあ・・・)。
 宣伝で思い出したが、近頃はグーグルなどで調べると、自分の名前で500近くヒットするようになったのだが(有名になったとかいうことじゃなく、要するにこのサイトを開設してから1年半たち、ネット界に情報が定着して、検索すると引っかかるものが増えただけのことと思いますが)、私の場合「辻元佳史」とか最近、ペンネームで使っている「辻元よしふみ」のほかに「辻本佳史」つまり「辻元」の元の字が本の誤字、というパターンも考えられるので、これも調べてみると50件ほど出てきます。が、このうちいくつかは、どこかの企業の経営者の方、また関西の劇団の役者さんで辻本佳史という方がいて、その関係の情報であります。が、中に例の2ちゃんねるのスレッドで「辻本佳史について」というのがあって、へえ、どうせろくなことは書いていないのだろうが(そもそも2ちゃんねるなんて匿名で悪口を言って欲求不満を発散するためのものでしょう)私はむしろ驚いたですね。喜んだ、とあえて書いてもいい。詩人なんてものは、どれだけ世間的に知られているのか。もう本当に誰も知っていまい。みんなが詩人だと思うのは昔の北原白秋とか、西条八十とか、サトウハチローとか、あとは中也とか朔太郎ですね。最近の人だとおそらくせいぜい谷川俊太郎のみ。それも興味のない人には分かるまいが「鉄腕アトムの歌の作詞した人」といえば納得するかもしれない。つまりそんなもんでしょう。そんな状況で、わざわざ私の話題などでなにかを語ろうとする人がいるのは驚きである(世界の中心で、どうのこうのという発言項目があるようだから間違いなく、関西の劇団の人ではなく私のことだ)。
 私は2ちゃんねるは一切、見ません。だからなんでも書いてください。
 なんにも言われないより、とにかく話題になったほうがましというものである。
 そういえば無礼な宅配屋がきた。代引きなのにいきなりやってくるし、インターホンで返事をして、うちの妻が出て行ったらどこかに行ってしまっているし、それであらかじめ電話してこなかったから、お金の準備も出来ていない。馬鹿である。私は見ていいないが初老の不慣れな人。きっと老後のアルバイトか。しかしこんなのは不手際だ。一軒家の場合、そんなに急に出て行けないぞ。もっとちゃんと社員教育して欲しいクロ○○ヤマ○。そんなことでは本当に郵政公社に負けてしまうぞ。
 ○○の原子力潜水艦は身元がばれたくないのでまだ必死に潜行している。なめやがって。あの国の旧式潜などいくらでも探知できるだろうに。日本の円借款で建造したかあるいはソ連から買ったか。
 


2004年11月11日(木)
中国の潜水艦と思しきものが領海侵犯だそうで、ますます日中関係もギクシャクの予感ですがそれより以前に、あの国の国内じゃもう毎日のように暴動騒ぎが起こっていて、政府の抑えが利かなくなっている、というのは本当なんだろうかしら、である。それはもう、はっきりいって前のサッカーがらみの反日暴動なんて、数あるなかの一つに過ぎない、ということで、あの国は見かけよりずっと病んでいるのじゃないか、ということを疑わせる。もうオリンピックどころじゃないのではないか。他人事ながら心配になる。あまりにも急激に貧富の差が広がってしまって、それはもう世界でももっとも速い速度で近代化が進んでしまっての結果であるけれど、こうなることは見えていたはず。どうするつもりであろうか。
 確か、今でも基本的には共産主義国のはずだが、はて?
 さすがにODAなどやめるんだろうと思う。円借款してやって軍備増強されたり、別の国に援助されたりしたら馬鹿丸出しである。
 ところで、先ほどある記事について問い合わせを記者にしたら、留守番のヒトが「この番号のワインバーにかけてください」と言う。なんだそれは、と思いつつかけてみると「すみません、店長に代わります」などとウエイターらしい声。それから飲み屋特有の喧騒。やがて店長氏に代わり、それからお客さんへのアナウンスが流れ・・・いい加減にせよ、といいたい。自分の記事が新聞に出るときぐらい、もっと連絡の取りやすいところにいろ、というか会社にいろ。地下のワインバーじゃ困るわけである・・・。
 そう、また会社で日付を超えるのである。
 さきほど妻から、某詩誌の編集部よりなにか依頼の電話があった、という連絡あり。「何時にお帰りですか」と問うので「午前3時には帰ってきます」と答えたら絶句されたそうだ。このコーナーの読者の皆さん、いまのところ私の家は明け方の4時でも5時でも起きています。連絡したら割りとすぐに出ますよ(といって試さないように)。

2004年11月10日(水)
今現在は、実際には9日の11時過ぎなんですが、「アラファト議長死去とパレスチナ筋語る」というロイター電が流れてきました。2時にはクレイ・パレスチナ自治政府首相が記者会見、などという続報も来ましたが、はて。どうなんでしょう? 実は日本にもイスラエル嫌いでアラファトファン、という人が案外に多いことに近頃、気づいておりますが、実際のところ、インティファーダの行方は? クレイとかアッバスで後のことは収まるのかそれとも、かえってテロが激化するのじゃないか。その辺は日本人としても無関心ではおられないところ。
 なんにしても一代の英雄、といってよい最後の巨人の一人ではないでしょうか。21世紀にはもはや英雄は生まれにくくなってきておりますから。
 ところで、これはゆうべのことですが、新球団とオリックスの分配トレードとか、巨人軍のK選手の話題をニュースで取り上げておりました。これを見た妻の吐き捨てるような台詞「なーにをいい大人が、これだけ国内でも国外でもいろいろ問題があるときに、野球ごときで泣いたり騒いだり、ばっかじゃないかしら」にいたく共感しましたけれど。
 IT企業の道楽となっていくんでしょうが、今後のプロ野球というもの。なにをどう工夫しようが私は興味ないですな。
◇                  ◇            ◇
 その後、今夜の段階では「脳内出血だがまだ生きている」ということだ、と続報がきた。が、そうなるといよいよ時間の問題かも知れない。

2004年11月09日(火)
歴史小説の現役最長老・南條範夫さんが亡くなったという・・・が、経歴を見ると1908年生まれで大学教授を経てデビューは43歳、直木賞は48歳、吉川英治文学賞は七十過ぎというから遅咲きである。こういう人もいるのであるなあ。
 なんというのか、世の中の中心をば若い者に置くのは間違いな時代というのが徐々に到来していて、私らなどのような今30台とか40台とかいうものは、中途半端な位置にいるわけなような気がする。
 そういうことでいうと、現実にこういう人もいるのだから物事、考えようではある。
 昨日、うちに届いたある印刷会社のダイレクトメールに「年金の状況が厳しくなりました。詩集や歌集の出版にお金をかけることが難しくなってきた時代です」という文句があって、ようやくこういうあからさまな現実認識が出来る会社も出てきたか、と思った。
 私はもう何年も前から、老人が年金で自費出版するような文学の形態は遠からず駄目になるだろうし、若者は入ってこなくなるとあちこちに書いてきたが、あまり相手にされたとも思えない。
 今後、老人文学というようなものを商業とは別に成り立たせるなら考え方も変えていく必要があるよな。
 財政制度等審議会の素案、というのが今日の新聞などに発表されているから、見てみるといいのである。社会保障は低収入で低資産の者に限定し、受給者の死後は資産から国に回収しろとか、生活扶助基準を引き下げろ、母子加算をなくせ、と徹底的にカットする案であるが、そうしないと十年後の消費税は21パーセントにしないと成り立たない、という。そういう財務省の言い分を素直に聞けばいいというもんじゃないが、しかしこの試算は現実的なものだろう。
 おそらく、詩集など自費で出した高齢者は年金を削られたりしかねない。そういう時代がやってくる。
 遅咲きの人もいれば、社会にぶら下がって自己満足な芸術活動をしている人もあり、それでどっちがどうということもないが、私の感覚では己のエゴで本など出していても空しい。そして自分もこのままいって、十年後、二十年後に文学などやっているのかいないのか、そこはなんともいえないなあ、などとなんとなく深刻なことを、想う。
 妙であろうか。

2004年11月08日(月)
イラクは戒厳令といっていい状態だそうで。どうなるんだかしりませんが、えらいことだわなあ・・・・としかいいようがない。要するに戦時体制に戻ってしまったらしい。
 そりゃそうと、今日はコミックマーケットから「当落通知」を発送する日、なんだそうである。しかし夏コミを8月にやり、12月に冬コミ開催というのは主催者も大変だろうが、出るほうもその4か月間隔で新作漫画を作る、というのはいささか、というかものすごく負担なのは確かである。で、11月も半ばの今時分にならないと当落がわからない、ということはここまでの間、たとえ合格していようが落ちていようが、結果にかかわらず新作の製作を進めていないと間に合わない、というのが厳しい話である。
 もっとも、こういう締め切りでもないとアマチュアの場合、なかなか新作を作る動機付けがないから、そういう意味では大事なんだと思うが。
 まあ、なんであれ粛々と製作するばかり、である(もっとも私は原作者なので、この段階ではほとんどやることはないのだけれど。必要に応じてちょっと台詞を変えようとか、せいぜいそんな提案に応じるだけで)。
 道楽といえば道楽だが、にんげん、目標というものは必要である。心理学的にも、予言が当たるというのは確かにあるそうだ。つまり、そのような未来、というものを想定していると人間はそのようになるものだ、というのである。このへんをいちはやく指摘していたのは柄谷行人のマクベス論「意味という病」だったと思うが、あれを高校時代に始めて読んでいたく感心した、それでファンになったというのを思い出す。
 妄想ばかりではアホだが、しかし「こういう者になりたい」と思うことは重要で、それは年齢にも世代にも関係ない真理だと思う。

2004年11月07日(日)
 アラファトは細菌兵器で暗殺を謀られたのだ、というような話しまで飛び交っているからあとあと揉めるなあ、こりゃ。
 ところで、財務省の資産では、消費税は21パーセントにしないと国がもたない、というんですけど・・・。いや、30パーセントにしないと駄目、という話まであるようですがどうするんだよそれえええええ。生きていけないな、もう。
 昨日の昼、実家に顔を出した。16日に例の副甲状腺の手術をやるようである。全身麻酔の手術だからそれなりに大変だし、一週間ぐらいは入院することになるとか。なんともかんとも、今年はいろいろあるなあ・・・。
 その折、テレビのバラエティーが流れていた。私自身はまったくバラエティー系の番組を見ないから、実家に行ったときぐらいしか見ないのだが、波多陽区、というのが出ていた。ところで漢字はこれでよかったのかな。要するにギター侍という芸人である。私は最近の若い芸人さんの芸はそれなりに面白いと思うのだが、そして芸能評論の人たちは昔のお笑いブームと違っていて・・・と解説しがちだが、私はまたもやお笑いバブル化しつつあると思う。前のブームと大して変わらないと思うが? しばらくたって、たとえば「くりいむしちゅう」みたいな連中はなにがしか生き残るかもしれない。その他、本質的に能力が高そうな人はいろいろ付加価値をつけて生き残るだろう。が、この波多とか、ダンディなんとかとか、あとベース漫談のHとか・・・結局はバブルだとしか思えない。しかしHについては、世渡りは上手なようだからなんらかの形で生き残るのかも知れぬ。だが、このギター侍なんどは最初に見たときからほんの少しもかけらほどのおかしみも、受け取れない。笑うべきところが全くないという意味では全く困ったものである。「残念!」といわれても、まことに残念なのはお前の芸だ、と言ってやりたくなる。
 近頃、ケーブルテレビの音楽番組をよく見る。すると1990年ごろのビデオクリップが懐かしのロックとかいう扱いで流れている。が、エクストリームのヌーノ・ベッテンコートだのガンズン・ローゼズだのが懐かしの名曲扱いされても困ってしまう。何しろ私にとっては90年以後の音楽はみんな「最近の若い人の」音楽である。
 真面目な話、アメリカの一極支配が始まってから音楽は急にスケールが小さくなって詰まらなくなった。政治家、思想、なんでもそうである。関係があるのか? たぶん、あるのだよ。世界の可能性が小さくなった、ということだと思う。

2004年11月05日(金)
 ついでというとなんだが、ブッシュ当選でおおかたの識者という人の意見は「まあ人気ない大統領だし(現職再選にしては接戦になっちゃったし)アホだし、なんだけど、とりあえず今の日本には都合よさそうだし。まあいいんじゃんないの」的な観測ね。が、小泉というか自民党嫌いな人は、ちょっとブッシュが落選した場合の反応を見てみたかった、というのがあるので、私もそうだけどがっかりしたといえば、がっかりしたかな。
 しっかし莫大な赤字がかさんでいるところへ大盤振る舞いの大減税などしているから、後のことを考えるとえらいことみたいですけど、ブッシュ政権。クリントン時代には黒字だったんだからねえ。あちらもベビーブーマーがまもなく大挙してリタイア、年金生活に入るらしく、要は日本の問題はあの国も襲うわけだ。
 となるとあれです、日本というのも悲観しないでもいいのかも。高齢化に少子化に財政破綻に・・・ということの先進国(?)なわけだ。アメリカも中国もやがてそうなるわけだ。だから日本が早々と没落しても嘆かなくてよい。先に進んでいるんだ、これは。
 そう考えて慰められることもないわけだが、まあどこの国も似たようなことになっているんですよね。老人に福祉を思い切り厚くしたら、みんな老後の心配しなくなって子供なんか作らなくなる。で、少子化して制度破綻、財政破綻。これ、世界の流れ。それで福祉カットとか増税にどんどんシフトしていくわけだ。
 今の老人世代はまことにうまかったわけ。早く老人になって得したわけだ。
 先を悲観すればますます子供なんか作らなくなるし。当然だろうよ。ということで、特効薬なんてないんだけど・・・・。
 どうなりますかねえ。ブッシュも実のところ今後はレイム・ダック。実のあることができるのはせいぜいあと2年。見物だな。ビンラディンはおそらくわざとブッシュ再選を狙ったんだと思う。敵は明確なほうがいいからなあ。「ソ連はアフガン侵攻から10年で破産したので、アメリカもそうしてやる」と述べているそうだよ。これ、しかし卓見だと思う。やはりあいつは並みの政治家よりずっと戦略的だなあ・・・・・。
 パレスチナのほうも、アラファト議長も重病だが、こっちももし、彼が死ねばとて、かえって後は混迷が増す可能性のほうが大きいんじゃないか。シャロンのぬか喜びで終わるんじゃないかね。



2004年11月04日(木)
 我が家にいろいろなものがやって来ました。ひとつはドイツ・ハーマン社のナポレオン・ベア。すばらしい出来です。二角帽に派手なエポレット付の軍服、それに長靴まで履いていて、レジオン・ド・ヌールの大綬まで下げている。顔はかわいいんだけど、右手を上着の下に挟んでいてまことにナポレオンそのもの。
 それから、琉金と彩錦の金魚二匹。それぞれ、モルトケ、フリードリヒ・デア・グローセと命名。これもかわいいです。
 このふたつで妻へのクリスマスプレゼントと誕生日プレゼントは終わり。さあ、お返しが楽しみだなあ(奥さん、読んでますか)。
 などとのどかなことを書いているが、遅れたのは社のほうでちょっとしたトラブル。これについてちょっと奔走してい次第。
 しかしあれです、私はうちの会社じゃ主事補といって、職分でいうと「副課長」ぐらいの格です。軍隊でいえば中隊長見習いの古参中尉か新任大尉ぐらいかしら。それで、中佐ぐらいの人のトラブルを解決していたんだけどねえ・・・普通の会社なら私を中佐にするところだろうね、今時じゃ。まあ、なかなか年功序列の古臭い会社だからあれなんだけど。
 ふとテレビを見たら直木賞作家のIが出ている。ちょっと生理的に好きじゃないタイプなんだけど、言ってる事もよろしくない感じ。「デビューも簡単でしたね、こっちの世界においで、という感じですーといっちゃった」だって。こんなこと言ってると寿命は短いぞ。それは要するに安易である、ということだ。もっと悩まないとあかんよ。
 などと思った。嫉妬で言うのじゃない。昔の作家は作家であること、日本語で書くということに大いに悩んだ。そこらへん、ない人は私は作家として認定しません(私が認定しようがしまいがなんの影響もないけどねえ)。



2004年11月03日(水)
今日はまた世間的には祝日ですか。また関係なし、なのであります。
 休日の電車に乗るのはむなしいですなあ・・・・。
 ところで、いよいよ大統領選挙の結果が出てくるんでしょうが、どうなりますか。ただ、どちらになったら景気がどうこう、みたいな観測はすべてくだらないと思う。桝添某に質問された福井日銀総裁が「どっちが勝っても大勢に影響はない」と喝破したのは正しい。
 相場屋は株価が動けばなんでもいいのであって、いちいち騒ぐもんじゃない。
 ところで、自民党のだれそれが「マスコミは新潟地震を取り上げるとき、住民が不満を述べているシーンばかり写す。もっと感謝しているシーンもあっていいのでは」などと言ったそうだが、自民党というか政権与党なんて文句言われるのが仕事だろうが、イヤなら政治家なんか辞めろ、と言いたいところではあるが、しかし文句言ってる人ばかり、という報道がよろしくないのは確かかもしれない。おセンチな報道はさすがに減ってきたが、実際のところ情緒的に描くべき問題じゃないだろうよ。
 とにかく、冷静であってほしいもんである、何事も。
 で、国会議員の年金など改めずどんどん増税を画策する連中にもっと冷静に怒りを向けるべきである。
 

2004年11月02日(火)
 ふと夜勤帰りでテレビをつけて、午前3時ごろといえばどこも妙な深夜番組ばかりだが、ふとCATVで合わせた250チャンネルで・・・・私はデブの助べえそうな髭オヤジが、派手な服を着てしゃべっているのを見て、まさか、と思った。
 しかし、そのまさかだった。あの「コルポ・グロッソ」である!! 日本じゃローカル局の深夜枠などでよくやっていたが、首都圏キー局などではやっていないだろうから、案外に知らない人は知らない。私も最初に見たのは青森県に出張してホテルのテレビで、だった。あの当時はまだイタリア本国でもリアルタイムだったんじゃないか。日本での初放送は92年だったというから。どうもその後、90年代半ばには終了したようだが・・・。
 今夜、この番組を流していたCATV局スーパーチャンネルの番組紹介によれば「イタリアの全国ネット放送局「ITALIA-7 イタリア・セッテ」で1990年代前半、絶大な人気を誇っていた驚異の高視聴率番組、それが「コルポ・グロッソ(イタリア語で“大当たり”の意味)」だ! どこまでクイズで、どこからショーなのか? そのおおらかな番組進行もさることながら、次々に登場する善男善女の快活な魅力は、なごみと癒しの道へあなたを誘います。リクエスト多数につき堂々再放送!」だそうである。
 実際、今日見た番組もクイズとしては1問だけ、タガログ語を話すのはセネガル人、フィリピン人、あともう一つどこの国か忘れたがその三択から選べ、というのがあっただけ。それで出演者はみんな基本的に素人で、二週間ぐらいストリップの練習をして出るんだったそうだ(出演希望者多数だったそうである)。
 とにかく要するにストリップが延々と続くのだが、煩悩がどうのというレベルですらなくもう知能指数が50ぐらい低下しそうな番組である。が、それが魅力である。すぐに外国の人気番組をパクる日本の低俗テレビ局もさすがにこの番組は移植できない。
 実際、できんだろう、このノリは。日本人ではまず、再現できまい。意味づけがないといったらないのだ、かといって隠微なストリップ小屋のようなノリも一切ない。とにかくおおらかそのものにエロをやっている。髭オヤジの司会者は面白くないギャグとか、詰まらない歌とかばかり披露している。
 一緒に見た妻の感想は(一緒に見るな、といわれそうだが、でも、実際に全然隠微じゃないからあきれつつ大口をあんぐり開けつつ、二人で全部見てしまったのは事実)「へえ、品乳でスレンダーな人が多いじゃない。白人は巨乳志向というのは嘘だね、あれはやはりアメリカ人の好みなんだ」というもの。
 これは妥当であろうか。確かにしかし、そういう目で見ると案外に出演美女たちは健康的だが巨乳というのはほとんどいない。むしろスレンダー系だった。
 思うに、巨乳だのグラマーだのいうのはあっちでは珍しくもなんともないので、コンパクトでストイックなボディのほうが値打ちがあるんじゃないか、と感じた。
 私は、実のところ巨乳は好みではない、基本的に。まあどうでもいいことだが。
 にしましても、この番組を見たことがない人は一見をお薦めする。世界は広いな、とかイタリア人はアホだな、とかいろいろ感じるはずだがすべて、正解である。
 ところで、私はこの番組の存在を知ってから、宮崎駿の名作「紅の豚」がおかしくて見られない。主人公は「ポルコ・ロッソ」・・・どうしてもこの番組を思い出すのである。

2004年11月01日(月)
 ふと気がつくと11月。早くも年末であるが、また今年もなんと無為に流れてしまったことか・・・いや、自分なりにはいろいろあったし、それなりにいろいろやったのだが、終わってみるとどうということもない。
 人生万事そんなものなのかもしれぬ。いや、まだ2004年の総括をする時期じゃないですね。
 自分探しの旅行者K氏は遺体で発見されたようだが、ザルカウィ相手に交渉など出来るわけもない。ヨルダン人のプロのテロリストであるザルカウィは、こんなことで手心を加える理由などないのだ・・・が、ひょっとしたら、生きているかいないか分からないまま、引っ張ったほうが日本を揺さぶるには良かったかもしれない。おっと、テロリストの参謀・軍師になるつもりはない。とにかく日本ではたまたま悲惨な事件が多い時期で、いつもより若干日本人の生命の値段が低下気味なのは事実である・・・マスコミのニュースバリュー的感覚では、そういうことだ。まことに遺憾なことだが。だから若干、いつもよりは平和ボケしていないのである。国内の感覚が。そうでなければもう少し騒いだだろう。
 明日は米大統領選挙だが、どうなるのだろうか。私は超能力者ではないのでなんともいえない。選挙人獲得方式と言う、これまた妙な制度のために結果はまるで分からない。案外に国民の支持数とは直接、関係ない結果になることもあるのだ。アメリカが単なる連邦であることをそれは示している・・・やはりあの国の民主主義制度は実は世界的に見ても、今では時代遅れである。気がつかないのは本人たちだけだ。
 超能力者と言って思い出した。FBI超能力捜査官マクモニーグル、という本が手に入った。素晴らしい能力はテレビで証明済みだが、その伝記は面白かった。青春物語として、またベトナム戦争から冷戦の時期のひとりの米軍人の軌跡として読んでも実に興味深い。文学的と言ってもいい。つまらない小説を読むよりずっといいから、一読をお薦めしたい。

2004年10月31日(日)
山古志村、というのは全国の養鯉業者の半数が集まる地域。そして錦鯉と言うのは新潟発祥である、そういえば田中角さんも鯉を飼っていた。一番、地震には弱い業種ともいえるわけで、大変なことらしい。意地でも村を離れない、という人が出てくるのも無理はない。
 昨年の鯉ヘルペスに続いて、もう日本の養鯉業は壊滅寸前だそうである。近頃、魚を飼い出したために魚関係のサイトを良く見るので、山古志村がいわば養魚界のメッカであることが理解できてきた・・・・震動とか環境の変化にもっとも適応しにくい業界だ。おまけに稚魚から販売までに少なくとも5年間の初期投資がいるわけだ。悲惨としか言いようがない。
 くだらない野球に投資している金があったら、こういう業界を守ってやったらどうか。IT業者の皆さんは。
 そういえばアラファト議長は白血病であるらしい。そしてイラクで見つかった遺体、というのはもんだいの日本人ではなかったらしい。
 今日はテレビを見ていないので、途中の経過がぜんぜん分かっておりません。朝、目が覚めたときには「死亡か」と騒いでいた。まあ、アル・カーイダは米大統領選挙前になんかやると言っているので、悪いが彼の消息を構っている余裕はどこにもない。
 このまま忘れ去られてしまうのか、自分探しの25歳、K君よ。
 ところで、今日はなんでテレビを見ていないかと言うと、古いランサーをダイハツのミラジーノに替えた。それで、今日は試走ということで雨の中を舞浜まで走ってみた。軽自動車は初めてだが、この小回りのよさは快感である。
 前の車は、新潟中越地震の日に最後の任務を終えたのだった。今度の車は雨の中、デビューとなった。

2004年10月29日(金)
アラファトが胆石で病状悪化、とのことだが、別に彼に肩入れしているわけでもないんだが、しかしイスラエルとかアメリカの言い分にはちっとも納得していない者からすれば、彼の死はインティファーダの終焉となりかねないから、問題である。とはいえ、そもそも高齢ゆえ後継者のことも考えておくべきだったか。飛行機が落ちても死なないという、ヒトラーもそうだったがある意味で不死身の人だったが、そうはいっても、本当に不死なわけでもない。どうなるんだろうか、と思う。
 そりゃそうと、西武ライオンズはやっぱりビールがけの馬鹿騒ぎをやったのか。信じられない。西武というのが白眼視されているうえに、国内でこれだけいろいろあるのに、野球ごときで優勝したからといって騒がんでもよかろう。ましてビールがけとは。被災地の人は怒るだろう。
 新幹線の報道で安全神話崩壊、とやたら騒ぐメディアはアホだ。あれでも死者は出なかったといって自慢すべきだしそういう論調にしておくのが無難なのである。さっそく中国の心無い反日勢力が喜んでいるそうではないか。普通の国なら間違いなく自慢して書く。当然である。ただし慢心するな、ということである。
 新潟の避難所に10万人の人が集まっているが、ひとつ疑問なのはあんな体育館とか学校とかは安全なのか、ということ。ある調査では、日本の小中学校の建物の耐震基準クリア率は4割程度と言うぞ? かえって危ないような気もするのだが。
 アメリカの選挙も大詰めで、小泉や武部が相次いでブッシュを応援する失言とか。まああいつらはそうだろうな。アメリカ人は自分らの国は世界でもっとも進歩的な民主主義をやっていると信じてきたのだが、前の選挙で味噌をつけた。おまけにフセインに馬鹿にされた。実際、あの有権者登録制度、つまり国民なら自動的に参政権がもらえるわけじゃない、という黒人を政治参加させないための制度などみると、じつはアメリカの選挙制度なんてものも古臭いのである、今じゃ。知らないのは教育程度の低いアメリカ人だけである。
 ブッシュを支持する層には意外に女性が多いという。それは、ブッシュのアメリカのほうが安全だ、という考えがあるそうである。
 どこからそういう妄想が出てくるのか知らない。しょせんアメリカは第三帝国の再来である。なにが民主主義国だ。知らないのはアメリカ人だけだ。

2004年10月28日(木)
 「電車男」なんてのんきな本が売れたり、「他人のセックスを笑うな」なんて小説が出たり、能天気なことを言っている日本ですが、それにしても能天気もきわまれり、なにんげんがいたもんで、「ちょっと旅行してきます」とかいって1万円ほど持ってバグダッドに行ってしまった若者がいた。これまでも高校中退してボクシングをちょっとやってはやめて、仕事についてもすぐに辞め、その後は海外で遊び暮らして・・・という典型的な恵まれた「自分探し」ばか者、いや若者ですな。日本特産の。こいつが今、首をはねられようとしておりますが国内の反応は今までにもまして冷ややか。
 3月に拉致された人たちは少なくともある程度の実績もあり、ボランティア、NPOとしてちゃんとやろうとしていたのは明らかだった。それにあの時点ではファルージャで戦闘が始まっていたのでイラク入国は軽挙、と言われたのだが、まだまだザルカウィ派の暗殺攻撃は盛んではなかったから、少々、無理をしてでも入国して、と判断したのも分からないではなかった。
 今回は、毎週のように外国人が拉致されて処刑されている中に観光旅行のように入っていったんだから、次元がまるで違う。それに前回の犯人グループは明らかに素人、まあ、あくまで向こうの論理からすると義憤にかられて立った憂国の人々だったと思えたが、今回はプロのテロリストである。恐らく時間が来たら処刑するだろう。
 ボランティアがしたい、というなら、今なら兵庫県でも新潟県でもいくらでも人手が欲しいはずだ。ただ闇雲に、今回の若者のように興味半分で来られても、現地の被災者の物資も足りないのに県外者がでたらめに押しかけてもかえって迷惑、ということだから(阪神のときもそうでしたね)ちゃんと仕切りをしているNPOなどに登録してやって欲しい、ということではある。なんにしても、自衛隊にすら「サマワで遊んでいるぐらいなら、呼び戻して県内の復旧をやらせろ」という陰口があるこのごろである。悪いが、この若者に同情の声はほとんど聞かれないのも自然である。
 自分探しの25年の結論がこういうことなら、それも宿命であろう。悪いが、みんな忙しいのだよ。子供の遊びに付き合っている暇はないのである。
 冷たすぎますか? まあ、よく言われるけどね。でも首相ほど冷酷じゃないよ、私。

2004年10月27日(水)
昨日のことだが、妻が買い物から帰ってきて「ところで、西武って優勝したの?」と聞く。西友に行っていたのですな。さすが我が妻である、優勝セールになるまで全く知らなかったわけだが、かくいう私も相当な者で、日本シリーズの第三戦までまったく日本シリーズをやっていることを知らず、かえって松井のヤンキーズが進出を逃した方は知っていたりして、まあ過去最低級の視聴率のシリーズだったというのも、私のように全く野球など興味のない者でも、阪神だの巨人だのがやっていれば少しは耳に入ってくる。中日−西武戦など誰も何も言わないので、私も知らないでしまったのだった。その後も知らない間に第七戦まで進み、最後の瞬間は会社にいたので仕事として一応は見ていた・・・が、こんなのも例のコクドの問題とか、新潟の地震で吹き飛んでしまってもう全然、世間の話題に上っていない。
 だから、こんなもんだって。野球なんぞ。なんでも「ライブドア・フェニックス」なんて日大みたいなネーミングにするらしいけれど、どんなもんなのか。
 

2004年10月26日(火)
先日に買った「古代魚」はポリプテルス・セネガルス・セネガルというものものしい学名の魚であるらしい。なんだかもう4億5000万年前のデボン紀から生きているというとんでもない魚だそうで、これを学術的に発見したのはエジプト遠征に行ったナポレオン軍の従軍学者だったというから由緒正しいお魚である・・・。
 お魚、で思い出した。新潟の被災地にはかなり養魚場があったらしい。億円単位で魚が死んでしまうので、死んでも避難しない、と頑張っている養魚場の経営者もいるようで、まことに悲惨である・・・。
 それにしても小泉さんは思ったよりも対応が悪い。対応がいいとは思えないなあ。
 武部さんが早く行ったじゃないか、と言っても駄目である。岡田代表と田中議員に勝てるわけがない。結局、本人が行かないと駄目であろう。ということで現地入りも遅くなってしまった。
 本当にこの人はイメージ戦略が分かっているようで分かっていない。
 自衛隊の炊事部隊が乗り込むのが一番早そうなんだが、なかなかそうはいかないもんなのか、とも思う。
 ◇                ◇                ◇
 関係ない話だが、だんだん頭の毛が細くなってきたかな、と思う。やはりそれなりに老化である。毛が減ったのではなくて細くなったと感じるのだな。それで、つむじと反対側で分けてみたらボリュームアップ! 今までつむじで分けるものだ、と思っていたが違うのではないか。そうしたらあるテレビ番組で「ボリュームを上げたい人はつむじの反対側で分けましょう」と言っていた。まさにこれが正しかったことが分かった。
 気になる人はやってみよう。

2004年10月25日(月)
新潟では余震が続いているようだ。本震は実際震度7に近かったようである。余震と言っても震度5,6である。それにしてもなんでこう、続くのだろうか。火山でもあるなら分かる。こういつまでも立て続き、というのは困るなあ。地震が一応、終わればなんとか目処も立つんだろうが。
 テレビで佐々淳行さんが「今回は山間地で過疎地。対象が老人と子供」と指摘していた。このへんはやや想定外だったのではないか、というのである。同感だ。
 阪神大震災から約10年がたって地震対策そのものは随分、進んだことは間違いない。たとえば、新幹線の脱線問題も、それでも脱線だけですんだのは、阪神震災以後に点検や補強をしたからだという。その他、これだけ強い地震が何度も襲ったことから見れば、・・・つまり複数の地震の破壊力の合計そのものは明らかにあのときより大きいだろうが、その阪神のときよりは地震に強かった、といえなくはない。が、先の佐々さんの指摘の通りで、道路が寸断されるような山間過疎地の防災ということはあまり想定されていなかったようだし、またいざというときに今回も避難所の設定や、食事の手当などは間に合っていないようである。思うに、大都市はむしろ万一のときに備えた備蓄をしていると思うのだが、このあたりの地域はあまり被災を想定していなかったのではないか、と思わざるを得ない。
 どういうものか、なぜか地震と言うものは東京か静岡で起こるものだ、と一般に思い込んでいる感じなのが不思議である。日本列島などごく小さな土地であるから、どこで起きても地震の側から見れば(変な表現だが)要するに同じようなもの、ということだ。
 戦後の4,50年というもの地震がなかったために、関西では地震がない、という思い込みがかつてあったわけだ。あれもしかし、たまたま短い間、地震のブランクとなっていただけのこと。しかし人間の悲しさは短い人生の間に地震にあわなければ、永遠にここは安全だと思ってしまう。50年とか100年なんて、地球の歴史の中では一瞬である。
 新潟そのものは地震の多い地域だが、小千谷のあたりは江戸時代末期以来、しばらくこれほどの大きな地震はなかったようである。専門家によればしかし、このへんは大変に危険な地域らしい。
 なんにしても、水と食料はいつでもある程度、家においておかないと、と改めて思った。車のガソリンも入れておかないと。
 あと、恐ろしいのは東海道新幹線だな。阪神でも今回も、たまたま運が良かった。平日の通勤時間ではなかったからである。だがいつもいつも運がいいとは言えない。
そして、小泉内閣に当初期待したものの中に、今回のような場合に縦割り行政を乗り越えて軍隊も警察も消防も指揮できる、すぐに対処できるアメリカの緊急防災庁みたいなものを作ってくれるのじゃないか、というのがあった。まだそのへんは作業中と聞くが、早くしないとこのように、間に合わないではないか。ほかの改革も日歯連の疑惑も重大だが、こういうことをちゃんとやるのが指導者の責任である。
 三日目だというのに、いまだに配給が一日パン二枚で生きていけるか、と叫んでいる被災者のいらだちを真面目に聞くべきだ。
それから、兵庫県のほうはようやく水が引いたそうだが、こっちもひどい。もう滅茶苦茶である。どうも世間は新しいニュースが入ると前を忘れてしまうが、それではいけない。こちらのほうはどういう体制になっているのか。
 ・・・なんか新聞の社説みたいな文章になるが、どうしてもそういうことを考えないわけにはいかない。

2004年10月24日(日)
先日のライブについてこんな連絡があった。
ネットで日記のようなものを書いてているのですが、
先日池袋の詩の朗読会に行き、
会場で撮影した辻元さんのデジカメ写真や、
朗読時のムービーを、そこに掲載させてもらいました。
また辻元さんのページにリンクをはらせてもらいました。

http://www.haizara.net/~kirita/

 ありがとうございました。よくまとまっているので皆様もぜひご覧ください。

◇                  ◇            ◇
 22日、近所の病院でインフルエンザの予防接種を受けた。どう見ても元気そのもののバアサンが医者にいろいろごねていて、後が詰まっていた。腹が立った。こういう人たちが日本の医療保険を駄目にしてしまったのだ。
 22日の深夜から23日の早朝にかけて、奇妙な深夜映画を見ていた。ベン・アフレックなんかが出ていて、最後にアラニス・モリセットが「神様」役で出てくる「ドグマ」というけったいな宗教映画(といっていいのだと思う)。笑えたが、やはりついていけない感じもある。神の不在を悩んだことのない日本人には素直に共感するのは難しいかも。その裏番組でトミ・リー・ジョーンズが米海兵隊の法務将校役で、ベトナムの旧友で中東での対テロ作戦でやりすぎ、市民を死傷させた大佐を弁護する、という設定の「英雄の条件」というのもちらちら見た。こっちも面白かった。軍法会議映画というのは一つの流れとしてある。テーマが今時、生々しいわけだが、こういう映画がよく作られるというのは、アメリカ人の軍に対する見方を表しているのかも知れぬ。
 23日、近所の養魚店で丸い金魚・ピンポンパール3匹を買い、レーダー、プリーン、ミュラーと命名する。独海軍中興の元帥、U47潜水艦艦長でスカパフロー奇襲の英雄、第一次大戦の通商破壊艦エムデン艦長・・・からそれぞれ貰った。また、名前を覚えられなかったが、プロポテクスだかプロリテクスだか・・・そんなような名前のセネガル産の古代魚(どうも後のナマズのご先祖にあたるらしい)を買う。これはデーニッツと命名する。ドイツ海軍総帥で二代目総統の名である。
 その金魚を買って車に乗り、家に向かう途中で路面が大きく揺れた。信号機がうねうねと頭を振っている。車は皆、自然に停車して様子を見ている。6時前、すぐにラジオを入れれば「ただいま新潟県で震度6」と言っている。
 その後、何回もかなり揺れたので、水槽の水を減らす。
 これだけ離れたところでも、かなり物が揺れて不安定なものは倒れた。大変なものである。
 それにしても自然災害に襲われる一年だ。恐ろしい。

2004年10月22日(金)
 兵庫県の豊岡ではまだ水没しているとか。大変なことですね。やはり四国、近畿方面でかなり台風が勢力を使ってしまったおかげで、首都圏方面は比較的軽微ですんだ、ということではないかと思いますが、また次の24号もフィリピンあたりにおりますようで。ここにまた来たらまことに危険なことになりましょう。
 なんとかならんのでしょうかねえ。
 このところ、DVDで古い映画を買い集めています。「第三帝国の野望」「総統爆破計画」など50年代の古いドイツ映画など・・・。なぜかそのぐらいのころには、ナチス時代のことを描いた映画が作れたんですな、かえって。ちゃんとドイツ語をしゃべるドイツ将校たちがなんともいえずよい。50年代だから出演者はみんな戦中派でしょう。全然なんか最近の映画のだらしなさとは違います、気合が。
 それから、なんだか最近は文学書より古典的な論文みたいなものを読みたくなって、なんか気分の問題なんですが。それでヒトラー「続・我が闘争」が角川から出たついでに、引越しでどこかに行ってしまったような本を買い集めています。「我が闘争」も大きな活字の新版を買いましたが、読みやすいこと。とにかく無茶苦茶な論理の中にときどきものすごく事の本質を衝いたことを言うんですね、あの人。そういうところがすごく魅力的なの。だから天下が取れた。ただの妄想の人ではないから研究しなければいけません。それからカエサルの「ガリア戦記」にタキトゥスの「ゲルマニア」。ついでにクラウゼヴィッツの「戦争論」の新訳も出ていたので高かったけど買ってみた。総力戦からゲリラ、テロ戦争まで見通しているクラウゼヴィッツはやはりすごい。むしろ預言者のようですね。
 クラウゼヴィッツの定義によれば戦争と言うのは結局、政治目標の達成、政治的要求の強要が目標であり、だからビンラディンのテロ戦争も、間違いなく戦争です。というかそういう観点ではあちらの作戦はかなり図に当たっていると思える。それに対するアメリカのイラク戦争は、要するにフセイン政権を倒すと言うのが政治的目標だったわけですが、そしてその意味では目標達成した、といっていいのでしょうが、目標としてはそれだけでは狭すぎたんじゃないか。ことに「その後」というものを見通していなかったと言う点では落第だな、と改めてこういう古典を読んで思う。
 シビリアンコントロールの重要性をクラウゼヴィッツはあの時代に説いておりますが、そのためにも政治家は軍事的知識を持たねばならない、とも。
 ジョージ・ブッシュとか、ラムズフェルドはそのへんが欠落しているようにしか思えないのですが(もちろん小泉軍曹は論外)。士官学校で当然ながらクラウゼヴィッツや孫子を読んでいるパウエルが終始、懐疑的だったというのも理の当然でありましょう。

2004年10月21日(木)
 今回の台風でも80人近い犠牲者が出た、とか。今年は10個の台風でもう200人近い方が亡くなるか行方不明と聞きます。どういうもんでしょうかねえ。これでまた、次の24号が接近中のようだから来週はまたこんな有様でしょうか。
 それにしても昨夜はやられました。首都圏の主要鉄道では東西線と京葉線だけが止まる体たらく。こちとらは自分の都合で早く帰るというわけにはいかない仕事につき、10時過ぎに会社を出たけれどどうにもならない。そのまま待っていてもどの道、終電の時間も間近い訳だし・・・・業腹なのでタクシーを拾いましたがね。これがまた怖いの何の。いつ路面冠水で車が立ち往生しないか、と冷や冷やしました。
 案外、4500円で家まで来たのでこんなもんか、と思いましたが、それにしても危険な橋だったかも。しかし朝まで会社で待つのも嫌だしねえ・・・。
 そういえば、昨日、グラフ・シュペー死去。ああ、金魚の名前ですけど。難しいモンですねえ、魚飼うのも。

2004年10月20日(水)
けっこう、一時期ここのコーナーはうちの実家の母親の「病状日記」となっていたのだが、これにはそれなりに訳もあって、なにしろ親戚の方々にお知らせするのにこれ以上早い方法はないのである(なにしろその時点でアメリカにいた伯父にいちばん的確に情報を伝えるにはこれにしくはなかったのである)。で、母の異常な高血圧、もう上は300に近いと言うキリン並みの高血圧の理由について、医師団もいろいろと考えていたのだが、ようやく理由らしきものに突き当たった模様である。「副甲状腺機能亢進症候群」というものである。これはつまり本態性ではなく、ちゃんと理由のある高血圧であった可能性が高まった、ということだ。上に副のつかない甲状腺機能亢進症候群はいわゆるバセドー氏病だが、副がつくと、どうもカルシウムがどんどん排出されてしまうらしい。その結果、血圧は上がるし血管は弱くなるし、胆石なども引き起こしやすくなる。また骨粗しょう症になりやすい。すると、ウチの母は40そこそこでクモ膜下、その後胆管結石、高血圧、そして心筋梗塞とやっている。また歯が早く悪くなるなど骨粗しょう症の気もある。すべて思い当たる節がある、確かに。で、この副甲状腺の治療にはやはり全身麻酔による手術が必要なんだが、まあ手術としてはそんなに大変ではないそうではある。しかし一週間ほどの入院が必要とか。
 そんなわけで、また年内にもう一回手術、というのもありうるらしい。が、考えようである。今までなぜか病弱だ、と思っていた原因が要するにその一点にあった、とするならむしろ決着がついていいことである。
 ところでこれは、息子の私にも遺伝するのかいな? 今のところ、血液検査で異常とは言われていないからそういうことじゃなく、単なる肥満性の高血圧だろうけど。
 まあ、何事もはっきりさせるのはいいことだ。うやむやなのがよくない。少なくとも私はそのように考えるタイプの人間だ。
  ◇                 ◇             ◇
 すこし前に、新米のハイヤーの運転手にいらいらさせられた、隣町から浦安まで30分もかかって閉口した、というようなことを書いた。しかしゆうべの運転手はもっとすごい。なんと大手町のうちの会社を出て、最寄の首都高ランプまでいけないのである! 大手町から日本橋の間を何度も往復して地図を確かめ、ようやく高速に乗ったはいいが、今度はいきなり銀座からお台場方面に行ってしまった! 「おい、どこ行くんだ」と言われて狼狽し、レインボーブリッジを通って湾岸高速へ。とにかく乗っていて(同乗者は3人)はらはらすること、怖いこと。明らかに今日が運転手としての初仕事なんだろう。がちがちに緊張している。「だいじょぶ、ちゃんと教えるから」となだめて、「ほら、あそこの青になった信号を左にね」「はい、そいで車線を変えて」「工事やってるよ、右に変わって」などと、まるでこっちが運転しているような気分である。
 ううううん。この間の人は少なくとも高速だけはきちんとマスターしていた。今度の人はすさまじい。全くの素人である。というか我々より道を知らない。
 不景気なんだろう。どう見ても若くない。40は行っていると思う新人さん。頑張って欲しいけれど・・・・客としては怖いよ、本当に。ハイヤー会社ももうちょっと、仕事の前に教育してあげてよ。かわいそうだよ、あれじゃあ。そう思った。
 やはり夜勤は怖い。

2004年10月19日(火)
また台風が来るんですって? もういい加減にしてほしいよなあ・・・。
 ところで、もうライブ疲れもあってちょっとまだ、うちは夫婦そろってぼんやりモードなんだけれど、思いがけず宅配便が届いた。なんだろうと思えば、妻が前に応募していたミニカーショップのプレゼント懸賞で当選したのだという。立派な高価そうなミニカーが一台、届いたのであった。これは、一等賞だとドイツ旅行というものだったが、本当にあたると急に休みが取れるものでもなく、できれば二等のミニカーが当たればいいなあ、などと言っていたものが実際に当たってみるとうれしいですね、結構。
 なにかこう、こんなことでも、ちょっといいことがあると気が晴れますな。
 とにかく10月に入って雨ばかり。自分の主催ライブがとりあえず雨でなかっただけでも強運だったと思うしかない。どうにかしてますよね、このところの気候。だんだん気がめいってきます。朝起きて暗いと、ぜんぜんやる気が出ないものです。まして自分のようにそもそも夜勤続きの身の上だと、無理をしてでも日光を浴びようとして午前に起きても裏切られると、心底、恨めしくなるものであります。
 できるだけ、自然のリズムに逆らわないほうが絶対に体調がいいと思います。少々、手当てがよくても夜勤職場はよくないよ、やはり。
 などと思います、近頃。とにかく今年はいつまで台風がくるのだろう。寒くなってからこられたら本当につらいと思いますが・・・・・。

2004年10月18日(月)
 ちょっと一日お休みいたしました。まずは10月16日、土曜日のライヴ04ファイナル!においでいただいた方、まことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。また今回はおいでにならなくとも、これまでお世話になりました方、おいでになった方、また出演された方。本当にいろいろのことを思い出します。8年間、ありがとうございました。
 96年の暮れに、私と高橋和彦さんが忘年会気分で飲んでいて、ちょうど日本でも詩の朗読というのがはやり始めていたこともあり、また自分たちも今よりちょっと若くて意気高いものもあって、「じゃあいっちょ、自分たちもなんかやってみるか」といって始めたんですけど。当初は「世紀末でうたう詩人の会」というタイトルで、2000年までやって終わる予定でした。ところが、意外に面白いと言うか、案外に好評だったと言うことで、21世紀に入ってからはシンプルに「ライヴ01,02,03・・・・」ということで続けてきたわけです。当初、7月に開催していたものも10月開催に改めてから、ほかのイベントとのバッティングと言う問題も出てきて、出演交渉や集客で難があったにせよ、それでも真夏にやるよりは客足も伸びました。ひとつのピークは2003年ののべ百人以上が来場して、立ち見が出た状態だったと思います。が、不思議とこの時点で「ああ、ここがピークであとは惰性で盛り下がっていくことになるな」と、なぜか全員が感じたものらしい。
 それまで数年にわたって出場していた人が2004年欠場を言い出し、私自身も「ここらが潮時か」と思って、この4月に高橋さんに「今回でファイナル、でどうでしょう」というメールを出したところ「実は俺も、今回あたりで最後にしようと思っていたんだ」という返事。ああ、これは全くみんなの意見が一致しているんだな、と思い、ファイナルとなったわけであります。
 今回は昨年ほどではないものの、結局60人ぐらいの来場者。狭いホールはほぼ満席となりました。出演者もみな熱演に次ぐ熱演。初出場の金井雄二さん、歌人の黒瀬カランさん(本当は難しい漢字表記なのですが、読売新聞夕刊の連載でカラン卿、ということでやっておいでなので、私も漫画・ゲーム仲間の一人として敬愛を込めてカランさんと書かせていただきます)も素晴らしい内容だったし、常連の海埜さん、平居さん、ヤリタさんも思い切り手抜きのないステージをやってくださったし、和合亮一さん、野村喜和夫さんも大いに場の雰囲気を盛り上げてくださったし・・・。最後は、私と、私の高校時代の級友・本田学氏、それにドラマー菊池肇氏による臨時編成のバンドで締めさせていただきました。ブラック・ナイトとかロックン・ロールとか、パープル、ツェッペリンの名曲を披露するうち、なにか高校時代の文化祭に出ているような気すらしてきたものです。最後の最後に詩の朗読会のエンディングをコンサートにしてしまったのは反則かもしれませんが、これも辻元らしく、またこの会の終幕らしい、ということでご理解いただけたかな、と。
 和合さんが最後の挨拶で「こういうアンダーグラウンドなのりのいい会は、これでおしまいでは惜しいですねえ」とおっしゃってなるほど、案外に詩の朗読会というのは健全なものが多いのだ、この会のひとつの色というのは、アングラだったのだな(それは池袋のあのすごくわかりづらいビルの地下にあるホールの雰囲気ともあいまって・・・そもそもアングラ演劇などもよく上演している場所ですから)と思いなおしました。
 また、アングラの会、でもやりますかね。それにしてもとりあえずは「次の予定がない」というすがすがしさを楽しみたいと思います。主催者というのはやはり大変なものです。
 ということで、本当にありがとうございました。そしてありがとう、サンライズホール。またどこかでお会いしましょう。
   ◇                 ◇         ◇
 おっと。これは別にライブ主催者として言ってるんですよ? このサイトとか日記が終わるわけじゃないからね。誤解のありませんように・・・・・。

2004年10月15日(金)
 さて、いよいよ明日はライヴ04ファイナル、であります。午後4時スタート。東池袋駅徒歩3分、サンライズホール(電話03−3985−3986)です。どうぞ皆様おいでください。ここ2,3日は割りと晴れそうですし・・・。よろしくどうぞ。
         ◇         ◇         ◇
 宇多田ヒカル全米デビュー・・・とか騒いだが、ビルボードの「新人アルバム部門」で5位に入った、と新聞に小さく出た。新人部門で5位なんて、意味あるのか? ビルボードは週刊誌でしょ、あれ? アメリカじゃ毎週、新人歌手が何人ぐらいデビューするのかね。それで5位、それも2億円もかけて、ということでいいのかしら、である。アルバム総合じゃ160位、だそうだが・・・。ま、今後どういう展開になるか知らないのでなんともいえないけれど、日本じゃアメリカナイズされている、まだ若い、ということで話題になったわけで、もういい大人で人妻でしかもアメリカじゃアメリカナイズされているなんて売り物にならず要はぜんぜん話題性はない。売れるのはかなり困難だと思うがどうなるか・・・。
 そういえば、である。あまり興味はないが落ち目のブリトニー・スピアーズが結婚したが、改姓してブリトニー・フェーゲライン、じゃないな(フェーゲラインはナチス親衛隊の将校の名前か)。とにかくなんとかラインという長たらしい旦那の名前に芸名も変えたい、と言っているとか。もう落ち目だからどうでもいいんだけど、ますます売れんわな、そんな名前じゃ。もうアブリル・アヴィーンとかもっとうまくて、才能もあって、おまけにかわいくて若い人が出ているわけで、さよならブリトニー。マドンナは二人要らないんだよ。あこがれてるみたいだけど。
 しかし母親になって売れる女も確かにいる。日本でも高田某なんて教育ママ路線でしぶとく稼いでいるが、東大を出ているといつまでも役に立つことよ。気に入らないけれど。しかし彼女は演技力も何もないが、同じ東大の後輩菊川某よりは基本的にかわいいとは思う。
 アメリカの選挙はブッシュかケリーか。いま深夜放送で島田某と自称天才松本某がなぜかそんな固い話題で話していた。サンデーモーニングで鍛えた島田某、それなりにちゃんと言っていたが、どっちにしても難しいところ。ブッシュはろくでもないが、ケリーの場合、極東政策に日本から見ると不安があるのも事実である。
 沖ノ鳥島はただの岩、と言い出した中国帝国の野望やいかに。もちろんあの国の下心は日本の領海を狭めることだがそれだけじゃない。台湾有事を想定して米艦隊を迎え撃つ準備をしているのだという。そこで思う。
 いっそ台湾よ、アメリカ合衆国に入る、と言って見てはどうかね? おもしろくなるぜ、それは。日本は笑い事じゃないけどさ。
 この浦安はもうアメリカ領だけどさ、本当。あれ、浦安はアメリカの信託統治領かと思ってたよ、俺。


2004年10月14日(木)
 数日前のことだがジャック・デリダが亡くなったそうですね。まだ70代だったのに。この名前を聞いてぴんとくるのは、浅田彰さんとか柄谷行人さんがはやらせたニューアカ・ブームの洗礼を受けた40代から30代ぐらいの人じゃないでしょうか。私らなど、卒論とかレポートで、全くよく分かりもしないのに(なにしろフランス語なんぞわかりもしないし)脱構築批評だのなんだの、もう生兵法もここまで、というぐらいで使ったものですが、しかし今考えるに悪くはなかったなあ、あのブームというの。書店には学術書があふれ、さっぱり分からんチンのぼんくら学生もはやりに乗ってデリダがどうの、ドゥルーズ・ガタリがどうしたの、ハーバーマスだ、監獄の誕生だ、テクストの快楽だ、エクリチュールにディスクールに、ラカンにバフチンに、・・・・こんなもんが今でもうろ覚えで思い出せるというのも、あのブームのお陰であります。
 9・11のとき突如チョムスキーが再登場したとき、驚くことが出来たのもこのときのブームのお陰。で、このブームの大本と言えば、なんといってもデリダさんだったわけ。今でも講義をするたびに録音マイクが何本もたって熱心な研究者が集まったとか。そのくせ、フランス本国じゃもうあまり人気がなかったともいうし・・・・。私もリオタール以後のフランス哲学界には興味がなくなってしまいました。今じゃなにがはやっているのか。
 しかし、モダニズムの後のポストモダン、という建築のテーマから入ってきた現代思想のテーマと言うのは、要するに今までの構造のひっくり返し、ということだったから、その後というのは本質的にはない。なにしろひっくり返すことを広めてしまったので、もう新たに構築することが出来ない。いわば、破壊の方法だけで創造出来なくなってしまう。いってみれば思想の死をもたらしたのかもしれない。神を殺した思想家は、ついに思想そのものも殺す。しかしこのニヒルな現代思想の翼に触れて、僕らなど大いに斜にものを見る癖が養われたですね。「ああ、認識が変わった」「自分の世界認識が、変容した」なんてね。変容しないでは思想でもないし、文学でもないと。
 最近の若い衆の書く小説に今ひとつおもしろみがないのは、変容がないからだ。ただ書法があるだけなんですな。モブ・ノリオが典型であります。
 とにかくデリダ。我らの世代には一人の英雄でした。サルトルなんかよりずっと。ご冥福をお祈りいたします。

2004年10月13日(水)
映画配給大手ギャガ・コミュニケーションズが二期連続赤字確定となって、援助を受けることになった、と新聞で小さく報じていた。ここは「華氏911」とか「ヴァン・ヘルシング」を配給しているんだが、華氏・・・の方はヒットしたが、ヴァン・・・の方は思惑ほどには興行収入が伸びなかったとか。やっぱりエンディングの尻すぼみが口コミで伝わったか・・・。期待していたものが外れると損害は大きいようである。
 ところで、映画と言えばこのところ、案外とドイツ軍のものが作られていたりして、例のドイツ映画「崩壊」はヨーロッパで論議になっているらしいが、ほかにもアカデミー女優シャーリーズ・セロンの新作トリコロールのなんとかとか(これはうちのリンクサイトMGライフの宮地さんから教えていただいた、深謝)、あと名前は忘れたが(ピエロの赤い鼻、だったかな)ドイツ兵のピエロがフランス人捕虜を励ますという異色な設定の映画も最近、封切られたように聞く。これはイラクで殺された橋田さんの奥さんが応援しているという話題で、ニュースで見た。
 とにかく、ドイツ兵=悪の軍団という描き方はさすがに通用しなくなったんだろうし、客観的に見ようと言う動きも出ているのだなあ、と思う。翻って日本人と言うのはどう見られているのか、というとなんとも心もとない。
 ドイツと日本との違いはいろいろあるが、要するに責任者が明確かどうか、につきる。
 日本の一番の問題は、指導者自身が自己欺瞞にかかってしまうことだ、という。欧米のリーダーは国民を騙す。ナチスでも今のアメリカでも、そうである。しかし、騙す側はちゃんと騙す論理を持っている。騙している自覚がある。そうでないとリーダーとはいえない。日本の場合、八紘一宇とか五族協和、一億玉砕とか、わけのわからない標語を指導者自身が信じ込んで酔いしれてしまう。そもそも日本には天皇制と言うのがあるので、基本的には責任者は誰か分からない国である。これはどんな組織でもそういうことになりやすい。
 今の日本の政府はどの程度、自覚的にやっているのか。「改革なくして成功なし」などというスローガンに自分で酔いしれているようでは困るわけだが。民を騙すなら騙すで、騙しただけの結果を出す、出なければ責任を負う。そういうことであって欲しい。

2004年10月12日(火)
昨日、近所の割と人気のあるらしい九州ラーメン屋「O」に行ってみた。というか、この街に来て1年たつのに、そしてそこの店は歩いて3分の距離にあるのに、行ったことがなかったのである。あまりに近いためになんとなく行きそびれる、ということはある。それにまあはっきり言ってラーメン屋にはあまりいい感じがしないのである、私。まず所詮はあんなものおやつだと思う。あれだけでまともな食事とは言えないと思う。栄養的にも。そのくせ太る。それから「こだわりの名店」だのなんだの、いっぱしの芸術家のような気取りがある店主が多いのも鼻につく。はっきりいってそのへんのスーパーで売っている100円ラーメンのほうがよほどうまかったりする。客をしかる店なんてもってのほかである。あんな底の浅いもので大げさな能書きを垂れるが、歴史も浅いし国際性もないし、要はつまらない世界で空威張りをしているだけだが、愚かなマニア志向のラーメン通とか言うのが、自分の得意分野にしたいがために持ち上げているだけのことであろう。それをあおって設けようというマスコミなんかの思惑もあるであろう。つまり反発を覚えるのである。
 で、そんなことを言いつつもOに行ってみた。入ってみて、雰囲気は悪くはない。店員も物腰は低いまともな人たちである。しかし案の定・・・ラーメンの最大の問題は、あんなおやつ一杯に法外な値段がついていることである。なんでこれで980円もするのか。ファミレスで1000円出したら随分と立派な定食が出てくるんじゃないか。ここはぜひ、せめて500円とか600円にするべきである。ハンバーガーでも牛丼でもあんなに値下げしているのに、なぜラーメンはファーストフードのくせに(違うのかい?)すし屋やフランス料理屋のような態度や値段をとるのか。
 今時、高級なフレンチやイタリアンのレストランでもランチなど1000円台である。ラーメン一杯に餃子をつけて同じ値段、などというのは客が馬鹿なのだと思うしかない。要は高くても客が来るからである。
 で、そのOについては味は悪くなかった。チャーシューはなかなかよいとも思った。つまり不満はなかった。が、偵察と言うことならこれで充分である。
 やはり高い。ラーメン屋と言うのは、なぜファーストフードなのに高いのか。これは、野球はなぜただの見世物なのに文化のように扱われるのか、タバコは単なる嗜好品なのになぜ哲学だの人生観のように語りたがるのか、と同じように、常に世の中の主流に背を向ける私の流儀から見ると納得できない謎なのである。

2004年10月11日(月)
世間的に三連休だともいますが、なんとうちも三連休です! 新聞休刊日というやつね。それにしても先日の台風で配達スタッフが犠牲になってしまいましたが、とにかく天災があっても、いや天災があるときほどマスコミは動かなければならない、というのが因果です。そして新聞に関しては、配達スタッフが家庭に届けて初めて媒体として完結するので、その意味では言うまでもなく取材記者から配達網までがすべて報道機関。新聞販売店は純粋に営業活動ばかりなのかと言うと、こういうことを見ればそうともいえないことが分かる。
 で、そもそもはそんな配達スタッフにも公休を、ということが趣旨で新聞休刊日というものはできたわけであります。最近はきちんとスタッフに公休を与えているお店のほうが多いとは思いますが、昔は会社ごとやすまないと、休める雰囲気ではなかった。
 まあとにかく、あんまり効率のいい商売ではありません、商売としてみたとき。なにか某球団のことでなにかと金持ち企業のように言われると不思議な気がするのです。少なくとも本業ではそんなに儲かっている会社じゃありません。人件費も、今年は組合員が3000人を切るぐらいで、ものすごい合理化をしています。要は経営努力が大きいのですが、世間の人はなにか過大評価なり誤解をしているとしか思えない。特にこちらよりずっと給料がいいだろう大手出版者の週刊誌などに金満球団だの金満グループだの書かれると、まことに奇怪であると思う。そんなに儲かると思うなら、そういう出版社が球団経営すればいいではないかと思うのですが。楽天だのライブドアよりよっぽどオーナー会議では受けがいいはず。
 世間の人ももう少し冷静に見ればいいのだがなあ。そんなに儲かるならどこの会社もやりたがりますよ。売名・PR効果以外にはなにもないんだよね、実際は。だからIT企業が若気の至りで参入する以外、ないということ。
 やっぱりね。たとえばシャラポワみたいな美女が活躍するとわたしみたいなスポーツ嫌いでもついつい見とれますよ。しかし野球は詰まらない。あんなもの長すぎる。せいぜい7回までで打ち切ったらいいのに、とよく思いますが。最後は延長戦を1回やって、後はPK戦みたいにホームラン競走で決めればいいんだよね。
 ところで、ふと立ち寄った近所のペットショップで、かわいい金魚を発見! ピンポンパールという種類で、まるまると太っていてピンポン玉みたいだからこういうらしい。体が丸すぎて鰭でいくら水をかいてもなかなか進めない。そのもたもた泳ぐ様が、本人は必死なのだが見ているとかわいいというか愛嬌がある。一匹400円と安かったので5匹ほど買いました。なんでもここの店で、おそらく日本でも初めて養殖に成功した、とのこと。今まで中国からの輸入物で何千円もしたらしい。
 近所にこんなマニアックなお店があったとは知りませんでした。奥の方の水槽には、先日にNHKで放映していたアマゾンの古代魚・マンファリがいて3,4万円で売っている。これも驚き。テレビじゃものすごい珍魚のようにいっていたのに、近所で売ってるジャン? どういうこと? 
 というわけで、例によって命名をしました。シュタウフェンベルク、ネルソン提督、ティルピッツ、グラフ・シュペー、シェーア・・・・わりと海軍系の名前。全部わかる人はかなりの海軍史ファン。それもドイツ海軍のファンですな。
 物々しい名前なんだけど、みんなまるまっちい体でもこもこと浮いたり沈んだりしております。このアンバランスがまた妙であります・・・。

2004年10月10日(日)
体育の日、ではないんですね最近は。10月の第二月曜が体育の日、ということになったわけだ。10日に運動会、というところはこれで晴れそうですが、昨日の台風はひどかった、今度ばかりは関東に直撃。千葉県周辺は午後6時ごろにピークだったのですが、私はたまたま車に乗っていた、いやあすごいですね。後で聞いたらあちこちで路面冠水して車のエンジンが止まって立ち往生、ということがったらしいが。危ない危ない。
 洋服屋に行ったのですが、「今日は3時から後、お客さんがひとりもいないので嬉しいですねえ」と大歓迎。四国出身と言うその人は「地元じゃ、このぐらいの台風ではみんな平気で出かけますね」という。それで、随分とサービスしてくれた。実は前にもこういうことがったので、台風の日にこういうお店に行くのは案外に得するのである。
 が、土砂崩れしそうな土地柄とかでは真似しないように・・・。浦安は浸水はありえても山はないので土砂崩れもない。
 7時ごろにイクスピアリ(舞浜の商店街)に行ったが、なんか放心状態のお客さんがいっぱい、建物の中に逃げ込んでいた。
 しかし時速60キロという快速台風、というのは本当だったらしい。8時過ぎにはもう雨そのものがやんでいた。
 都心ではかなり被害があったことを知る。このへんは案外に何事もなかった。ただ私が前に住んでいた海沿いのほうは、車で通過したとき、尋常じゃない荒れようだった。
 そのあたりのマンションを高い値段を出して買った人たち・・・短慮だったと思うよ。一生、後悔すると思いますけど・・・・・・。

2004年10月07日(木)
また台風が来るようですね。どうなってるのかな、こりゃ。ところでゆうべはときならぬ大きな地震が関東ではありました。茨城で震度5、このあたりでも震度4。かなり揺れましたが・・・自分の室内の高いところにある飾り棚などの揺れがかなり大きい。それでちょっと恐怖感を抱いて、室内の模様替えを。たかいところにあった重いものをみんな低いところに移動。このぐらいで揺れてるようじゃいけません。たんすにつけている地震ガードはちゃんと機能していたようですが。
 それで室内のあれこれ片付けているうちに、古臭いビデオが一杯出てきた。なんとなくこれを見直すとどうも92年の暮れに録ったものらしく、メル・ブルックスの珍説世界史なんて今じゃ絶対に通らないようなブラックギャグ映画が入っている。それはいいのだが、合間に入っているCMがおかしい。タレントが皆若い。それから女性たちのメークは眉毛が濃い。それよりなにより髪がみんな黒い。ところが茶髪になれた今の目で見ると、かえって新鮮なんですな、みんなが黒いと言うのが。
 いい加減、みんながみんな茶色、というのはやめたらどうなんかなあ。などとふと思いました。とにかくあれです、昔のビデオはCMのほうが面白い。年末商戦のCMは盛んにダイエーが流している。このころは黄金期でしょうな。大安売りのコートが大特価、とかいって3万円ぐらいしている。今じゃぜんぜん特価じゃない。まだまだバブル値段なんですな。
 92年と言えば私は25歳か。こんなもんだったかなあ・・・と思いますな。

2004年10月06日(水)
うちの三菱ランサーは、結婚直後に先代のランサーがいろいろ不都合が出たために、買い替えたからもうそろそろ八年になる、車としてはかなり老朽と言える。先代は九年乗って、7000`・bしか乗らなかったけれど、千葉市の検見川から柏への引っ越し、さらに柏から浦安への引っ越しに大活躍してくれた。最後は妻の急病で休日診療所に駆けつけ、そのままテールランプが壊れてしまいどうも車内の配線がダメになったらしく、そのまま廃車となった。最後の最後まで役に立ってくれたのである。で、今乗っている2代目は、結局これも6000`・bほどしか乗っていないが、今の家に転居するに当たってまた大活躍をしてくれた。まったく自家用車がなかったら引っ越しなどできはしない。それに、大多喜の温泉旅館とか、ハーブ園とか、今はない行川アイランドとか、意外に遠出もしていて思い出は多い。
 そしてなにより、無事故でここまできたのが何よりの貢献だ。愛着はある。それにしても古くなった。車内の内装の合成皮革が垂れて剥がれたりしてる。そろそろ・・・と思うところで、三菱のいろいろなこともあり、それに狭い浦安の旧市街を走るには小回りが利くほうが、とも思い軽自動車に乗り換えるつもりである。
 私が最初に免許を取ったとき、中古の三菱ミラージュを買った。その時点で7万`・bという老朽ぶりだった。それが3年めぐらいで、走行中にエンコしたり(このときは父親に押して貰って路外に逃れた)ミラーがさび付いて脱落したり。どうにもならず、三菱ランサーに換えたのだった。
 当時は三菱車に零戦のイメージがあって、気に入っていたのだが。その後のあれこれは残念ではある。販売店の担当の人もよく気の利くナイスガイだったのだが。お世話になりましたが、三菱車との3代、20年におよぶお付き合いはここで終わることになる。
 で、軽自動車といえばダイハツか、と思い、前から目星を付けていた車種について問い合わせたところ「その車は今日、明日で最終注文になって、生産中止になるんです」とのこと。その車種のデザインが気に入っているので、なんともラッキーだった。

2004年10月05日(火)
 あまり興味がなかったのだが、早くもDVDの後継の新規格として次世代DVDというのが作られていて、もう製品も出回っていると。で、ビデオのときのベータとVHSの戦いがまたまた何度目かの再現ということになっていて、HD DVDという規格の陣営とBDという規格の陣営に分かれて「抗争」が始まっている、とか。今週、幕張メッセでやっている電機業界の展示会では両者が火花を散らしているようであります。かつてベータマックスで苦杯を舐めたソニーは今回は20世紀フォックスやMGMといったソフト業界をおさえて、サムスン電子など世界の70社以上を従え、BD(これはブルーレイ・ディスクというものらしいですな。要は青色レーザーを使うから、ということ)陣営のリーダーとなっている。一方、東芝とかNECが角川なんかとともに一派を立てているHD DVD(これはハイなんとかかんとか・・・原語なんだか忘れました)も有力40社以上を集めていて、業界は世界規模の「関が原合戦」状態である、らしいです。
 が、それがなんだというのか、と一般人には思われる。というのはどっちみち今のDVDとは互換性がないのだろうから。ようやく一般的には、ビデオからそろそろ手持ちの映画をDVDに買い替えしようかなというところでしょう。うちも古い映画のDVDを少しずつ買っております。急に全部乗り換え、とならないのは、今までに集めていたビデオのソフトに愛着があるから、そしてもうかなりのコレクションになっているから、ですよね。以前にレコードからCDへの移行だって、結局のところ完全に移り変わるまでに10年ぐらいかかったのじゃないか。膨大なレコードを持っていた人ほど、CDへの切り替えに躊躇したわけでありますし今でもレコードにこだわっている人も少なくない。なにしろ互換性のない機械の場合、ソフトを全部買い換えないといけないから、そんなおいそれと消費者はついていけないのであります。
 おまけに新企画は、ハイビジョン映像などに対応するためのもの。しかしどうでもいい人にはどうでもいいことで、番組の録画なんて今でも安物のビデオで充分、と思う人は多いわけだ。
 かつて、ソニーのプレイステーションがPS2に更新するとき、ライバルのセガのドリームキャストを抑えた最大の要因は、互換性だったと思います。PSのソフトはPS2でも使える。セガのサターンのソフトはドリームキャストでは使えなかった。これならどうしてもPS陣営に軍配が上がります。私は今でも7年も8年も前に買ったPSのゲームを、PS2で楽しんでおります。セガのものはもう機械ごとどこかにしまいこんでしまって、忘れられてしまっている。
 コンピューターのOSでも似たようなことがありますね。初期のウインドウズの企画では最近のものには対応しない、みたいな。だから買い換えないとどうにもならなくなる。
 だが、今時の機械なんてまず10年は壊れません。業界のいろいろな画策にかかわらず一般人はそんなに新機種など要らないのである。
 うちはケーブルテレビなので、デジタル放送など関係ないので、結局薄型テレビもプラズマテレビも液晶テレビも、買いません。今あるものが壊れない限り買わない。
 業界内の陣取り合戦もそれはそれで死活問題だろうが、一般人の感覚もお忘れなく、と申し上げたいですね。

2004年10月04日(月)
 なんとゆうべも映画を見てしまった。映画「ヘルボーイ」です。これは一言で申しますが・・・おなじモンスターものということでも、話題作「ヴァン・ヘルシング」よりまず100倍は面白い!! 原作コミックがあるためだろうが、そしてデル・トロ監督の原作への深い敬意があるからでしょうが、人物の造形の掘りも深いし、ストーリーも起伏あり、笑わせあり、泣かせあり、完璧に最後まで観客を引っ張ります。もう脚本面では満点でしょう。しかし興行的には、少なくとも私の見た舞浜の映画館ではかなり不振。というか、昨日、不振と書いたアラモと比較してもさらに不振なぐらいに見える。
 まことに映画なんてものも不思議なものです。興行と言うのは結局、話題性、有名人が出ているか、といったことに左右される。そして観客はさほど傑作とも思えない映画に列をつくり、明らかによくできている作品を見逃す。まあ、なんでもそうなんですが、私ははっきり言ってこの映画は見るに価すると思う。
 うちの映画の見かたとして、「ドイツ軍が出てくる映画はチェックする」というのがあり、それでテレビで見たこの映画の予告でほんの1秒かそこら、登場人物であるクロエネンというヤツがナチス親衛隊の制服を着ているのを目ざとく見つけた! たったそれだけ。私は軍事ものに関しては超能力を持っているほうで、どんな映像でもドイツ軍が出てくると必ず気付くし、ウインドーショッピングをしてもドイツ軍関係、あるいはもう少し広く第二次大戦関係のものがちょっとでもあると、本でもDVDでも模型でも、必ずセンサーに引っかかるという病的な人なんですが(マニアというのはそういうもんですな)、この映画、第二次大戦末期の小さな戦闘が出だしとなっており、最初の10分ぐらいはそのシーンが続きます。案外、ここもよく描けている。手抜きはしていない。ドイツ兵はMG42などを持っているようでした。ただ親衛隊の描き方はちょっと変だったかな。みんな騎士十字勲章をつけているのも変だし。なにより制帽の顎紐の銀モールが安くさい、鷲の徽章が安物くさい、などはかなり気になってしまった。うちの妻は、女性将校の襟章の星のつけ方が変だった、と言っております。問題のクロエネンは、妙な革ジャケットを着ているが、ナチス党員章とスポーツ徽章など帯びておりました・・・と、こんなことばかり見ている人もいるわけですが(苦笑)、まあそんなことはどうでもよい人、そんなことではなくて面白いです。
 なぜかラスプーチンが出てくる、ツングースカ隕石の謎解きがされるなど、なかなかオカルトマニアの心をくすぐる設定の数々です。そして父と子、あるいはもてない男と心に傷を負う女性の淡い恋情、など人情ものとしても良く出来ている。ヘルボーイの父代わりである老教授が死ぬとき、映画「博士の異常な愛情」のエンディングで流れていたヴェラ・リンのヒット曲「また会いしましょう」という曲が流れているのもキューブリックへのオマージュだろうか。
 とにかく、いい作品だと思う。

2004年10月03日(日)
昨日、映画「アラモ」を見ました。やはり客の入りはいまいち。土曜の昼の部だがまばらでした。有名人なし、日本人にはなじみのないお話・・・ということでやっぱり興行としては苦戦のようだが、ずばり言いましてこれは、見るべき作品ですよ。40年前のジョン・ウェインの「アラモ」が娯楽作品だとしたら、今回のはドキュメンタリーのようです。デヴィ・クロケットもトラヴィスも、美化されていない。どっちかというと情けない人物、食い詰めてテキサスに逃れてきた人物、という側面を描いております。また、白人からの視点だけではなく、たとえば黒人の奴隷に「メキシコに投降しようぜ、あっちの国には奴隷制度はないんだ」と言わせて見たり、白人側についたメキシコ人の間で「どうして白人の味方をするんだ」と言わせたり、メキシコの独裁者サンタ・アナに「今ここで破れたら、メキシコは子々孫々までパン屑をアメリカ人にねだる羽目になるんだぞ」と鋭いことを言わせる。このへんは現在の視点がきっちり出されております。
 ただサンタ・アナはちょっと好色で無能な独裁者のように描かれすぎているかも。まあ最終的にテキサスを失うのだから駄目なんだけど、もうちょっと鋭い部分も描いてあげないと公平じゃないなあ、とは。とにかくあの時代に白人の軍隊よりずっと優秀な軍隊を組織していたのは並大抵のことではありません。
 時代考証は素晴らしい。特にそのメキシコ軍の描写は絢爛豪華でまことに圧巻。そして英語を話させたりはしないです、今時は。ちゃんとスペイン語。ここもよい。
 銃や大砲も当時のマスケット銃をあれだけ揃えて、大変だったことでしょう。
 デヴィ・クロケットがヴァイオリンの名手で、メキシコ軍の軍楽隊にあわせて演奏し、敵のメキシコ軍すら魅了する、というシーンは美しいというか、源平合戦の挿話のようで感動的でした(しかしこれは史実なんでしょうか)。
 全体にこの戦いは、テキサス側はひとりしか生き残りがいないので(それも途中で伝令で出たので、戦いの最後は全く分かっていない)史実も実はよくわかっていないことが多く、ジム・ボウイはベッドの上で、トラヴィスはあっけなく弾丸に貫かれ、クロケットはつかまってサンタ・アナに処刑される、というそれぞれの最期になっております。このへんは最新の研究成果によるようです。ジョン・ウェイン版の英雄的な死、という感じではありませんので、ますますドキュメンタリー的な手法と思わせます。
 アラモの全滅の後、サン・ハーシントの戦いまで描いているのは脚本の盛り上がり、と言う点では異論もあるかもしれませんが、歴史の描き方としては親切でしょう。それにアラモの戦いのその後はどうなったの、ということは日本など外国ではあまり知られていないので意味はあると思います。
 なにより、先にも書きましたが、あの時代、日本の幕末期にメキシコ軍が世界最新鋭の装備で固めた近代的な軍隊をもっていて、開拓者の徒党というイメージから脱していないアメリカ、というか白人勢力と対峙していたという事実は日本人には興味深いのではないでしょうか。
 すばらしい戦争映画です。

2004年10月01日(金)
先週から始まった映画「アラモ」を明日あたり、レイトショーで見に行こうと思って舞浜の映画館の時刻案内を調べたところ・・・ない! たった一週間でこの映画のレイトショーはなくなってしまい、一日たった4回の上映に縮小、であることに気付く。おそらくもう一週間もしたら撤退ではなかろうか。そして「アイ・ロボット」あたりが幅を利かすことになるであろう・・・。私はウィル・スミスもアイザック・アシモフも好きだし、原作の「我はロボット」なんて小学生のころから愛読しているし、だから企画としてはむしろ好意的に見ているんだけど、あのロボットがいかにも目が青くて白人仕様で、かわいくない。というかいかにも悪いことをしそうな風貌である。だから見たくないので見ないつもりだが、こうなってみるとこちらのヒットはむしろ恨めしいと言うか邪魔である。
 まあ、アメリカ人にとってはどうかしらんが、メキシコの人らから見ると単純な話じゃあるまいし、まして日本人から見ればなんのこっちゃである。昔のジョン・ウエインのアラモはなにしろ有名人のオールスターキャストで、一種の忠臣蔵映画のようなものだったからヒットした。ブラザース・フォアの音楽はヒットしたし。今度の映画化はそのへんでいうと全く華はない。だから日本では絶対にヒットしないとは思っていたが、しかしそれにしてもまずいようであるな。
 「ヘル・ボーイ」も失速の予感がある。アメリカじゃ有名な原作漫画も日本では全く無名である。有名人、美男・美女に乏しい。というか主人公は鬼である。ミーハー人気はまずもって出まい。ナチスもちょっとしか出てこないので、そっちのマニアもあまり熱心じゃあるまい。
 が、こういうマイナーなものを見たい私らとしてはなんとしても見ておきたい。特にアラモのほうはDVDになるかどうかすら怪しい・・・・・。
 ところで。「ハリー・ポッター」の本が苦戦しているらしい。290万冊も刷ってしまったが思うように売れていないとか。やっぱり! そろそろ失速だな、と思っていたが案の定である。指輪物語のように3巻完結、というのが最初から決まっているもののほうが盛り上がる。あのシリーズもそろそろ大団円を作って終わりにしないといけないですよ。私の感じじゃ、あれはそんなに歴史に残る名作ファンタジーとは後世、呼ばれないような予感があるのであります。

2004年9月30日(木)
またまた台風でこりゃまあ・・・30人近い人が亡くなったり行方不明に。ひどいですなあ。しかし前にも思ったんだが、台風銀座の沖縄方面じゃめったに犠牲者というのは出ない。やはり違うんでしょう。絶対に台風が来たら外には出ない。そのへん徹底しているのだと思います。本土の人はどうしても、田んぼや畑を見に行ってしまう。最近の台風は、おそらく地球環境の変化のせいだろうが明らかに大型化しております。雨も風も強い。だからもう、前のようにはいかないのですなあ。アメリカやカリブ海のタイフーンも異常に強烈になっているらしい。
 もはや異常気象が異常じゃなくなりつつあるのであります・・・。
 なんでもやっと、ロシアが重い腰を上げて例の京都議定書というのが発効するとか。随分前に会議があったのに・・・まあ、どこもここも、特にアメリカなんぞどんどん勝手を言う。彼らはおそらく地球がどうなってもアメリカだけは生き残れると思っているに違いない。「博士の異常な愛情」なんて映画を思い出しますな。アメリカのエリート層だけが地下シェルターで生き残れればかえって好都合じゃないか、という発想を元ナチの博士が大統領に吹き込むエンディングだったでしょう? 今のブッシュ政権と重なって見えるよなあ、あの映画は。
 というか、ブッシュのアメリカは、宗教がかっているところ、民主主義の皮を被った衆愚政治であるところ、一部の特権階級だけが結局はおいしいところ・・・どこをとっても第三帝国に似ているんだがもちろん、本人たちはまったく分かっていない。おもしろいもんです。
 とにかく、なかなかそんな二酸化炭素の削減なんていってもうまくいかないと思うよ。ことに中国がこれからどれだけ資源を使って環境を悪化させることやら。もう後戻りできないでしょう。
 21世紀は間違いなくまずいことになりますな。そりゃもう、どんなに楽観的なことを言っても厳しいと思うよ、今度という今度は。

2004年9月29日(水)
また台風なんですね。九州の人には申し訳ないけれど、今年は「九州には住みたくないなあ」と思ってしまう年回り。一体、何度台風が襲ったでしょう。そして、以前に土石流で有名になってしまった鹿児島県の龍ヶ水。今年も台風が来るたびに出水に注意、と言われ続けておりますけれど・・・もう先祖伝来の土地をお持ちの皆さんは逃げ出すことができないのでしょうが、それにしてもあまりにも過酷ですねえ。私は学生時代に熊本から鹿児島に列車で出たことがありますが、もう急峻な山の中を縫うように走る。雨には見るからに弱そうな地象。しかしどこにも弱点はあるもの、関東はというと地震の巣だし。いつも心のどこかでびくびくしながら都市を展開しているような土地柄。これはこれでいいもんじゃない。
 どこにいても、いいところ、わるい所があるもので。父親が転勤族だった私はさんざん身に染みてきましたけど・・・。
 ところでゆうべは頭にきたですな。車帰り、つまり夜勤でハイヤーで帰ったのですが、別にひとり一台重役待遇、というわけじゃない。部長以上は一台、出せるんだけど、次長以下の人は乗り合いになります、うちの会社の規定では。昔は運転手のほかに4人乗ったんだが、いろいろ事故のときに危険だし疲れるし、遅くなりすぎる、ということで労働組合が要求して、お客さんは最大3人乗り、ということになっている。それでも昨日なんかは・・・最初の人が葛西の清新町で降りた。次は隣町の浦安、つまり私の家なんだけど、運転手がぜんぜん千葉県の地理が分からない。これでプロなんだろうか。結局30分近く迷った挙句、わざわざ高速道路まで出てやがんの。こんなに道の分からない運転手も珍しい。要するに高速道路とインターチェンジしか分からないのである。カーナビ頼みで運転しているので見ていてはらはらすること。いい加減にしろ、というのだ。
 で、予定より遅くなって到着。早々に風呂に入ってから寝た・・・のだが、今度は蚊が部屋にいた。両手を刺されました。涼しくなったけど油断禁物。最後のチャンスを狙って必死になっている蚊がいるものである、今の時期。まだあと1、2週間はこういうのがいると思うんだが、とにかくまた頭にきた。それにしてもなんで蚊という生き物はこんな愚かな生態なんだろう。血さえ吸わなければ憎まれまいに。殺虫剤を撒いたら、よろめきながら逃げる姿をちら、と見かけた。おそらくあのまま窒息したろう。
 子孫を残すために必死なのだろうけど。こちらもおもしろくないのだ、容赦はしない。
 生き物とは哀しいもんであるが。生きて在るということそれ自体が自己目的であるのが本来の生き物だから。にんげんはもう少し「○○のために生きる」ということにしたがる。これもおおかたはフィクションである。
 子供がなんのために生きているの、というような質問をしたとき、大人は決して笑うべきではない。

2004年9月28日(火)
 株価がどんどん低落しております。記録的な続落。小泉効果? まあ、原油価格の高騰のせいであります。1バレル50ドルだそうであります。今年、灯油を使うお宅は覚悟なさるといいです。その他、いろいろ値上がりするかも。
 小泉再改造内閣なんてものは市場から完全に無視されましたですね、当然ですが。単なるお気に入りのにんげんを並べただけのあまり意味のない組閣。いろいろマスコミの政治部の諸賢は、徹夜であちこち走り回っているだろうがご苦労なこと、世間じゃイチローの試合ほどの興味も持っていないのに。
 小泉内閣は憲法と消費税には手をつけない、と公約しております。これはつまり次の内閣でやる、と言っているのと同じですね。
 で、今の内閣のうちに定率減税の廃止とか、福祉の水準低下とか、国民の負担増とかをどんどんやる。三位一体改革と称して実のところ地方自治体を締め上げる。それから郵政改革とか道路改革と言いつつ、骨抜きにされて役人どもの既得権は残したまま、名前だけ変わるような改革をやる。さらにペイオフ解禁と組み合わせて、地銀や信金の整理をやる。これからあちこちで115行の地銀、600の地方金融機関の地獄が始まるわけだ。新金融担当の伊藤という人は、今回の改造内閣じゃ抜擢人事の方だが、竹中の子分。よって勝ち組・負け組みをはっきりさせて物事を単純にドライに処理すればいいじゃん、ということが進むでありましょうな。
 なんとも嬉しくさせられるいろいろの「改革」ですが、要するに政府のスリム化、などといっても要は国民の福祉関係や生活にかかわるところをばっさばっさ削減する、そうじゃない部分はブラックボックスで保全する。で、こんだけやったでしょ、と言ってどんどん増税する、そういうことだろうと思いますが。
 あまりに素晴らしい未来図に涙がこぼれますな。いや、本当。しょうしょう景気回復などといっても、手取りは減る一方ですけん。
 ここで油関係からいっぺんにインフレになってみなさいな。今、なんだかんだとデフレで貧乏人は助かっておりますが、今度はみんな死んじゃいますよ。
 まあ、ローンを既に持っている人にはいい話かもしれん。インフレのほうが結局、有利だからねえ。

2004年9月27日(月)
 自民党の新幹事長に武部氏、と聞いてずっこけた。なーにがサプライズ人事であろうか。まあある意味でサプライズ人事といえなくもないんだが・・・。BSEのときに後手後手の処理ですっかり信用をなくした駄目農水大臣ではないの。その後も小泉氏にすりよっていたら抜擢に預かったようである。ただし厚顔な人物であることはBSE騒ぎで実証済みだから、郵政民営化問題も無理やりに推し進めるには適任、ということであるのかもしれない。
 じつのところ、郵政民営化も適切にやれば重要なわけである。郵便局の問題がどうこう、ということではなくて、財投資金の問題であり、ひいては役人とか特殊法人の資金の問題にからんでくるのだから、やりようによってはじつに重要なことになるのだが、あの首相は直観に頼ってちゃんと説明できない人物。国民はちっとも理解しない。下手に何か言えば抵抗勢力に勢いを与えるから、というような配慮でますますだんまりを決め込むほど、国民の中でも応援したい、という奇特な人々の気持ちも離れる。
 結局、人徳がない首相である。
 とにかく久々に小泉ねたを書いたのだが、参院選で「僕は人気者だもーん」という勘違いが吹き飛んだだろう、と思い、私もこのぐらいの支持率ならまあ、適正なモンだろう、とにかく6割も7割も支持を与えるとどんな非道な増税でもやれてしまえるのだから、絶対にそんなに支持してはいけない、と思っていたわけで、今の小泉としては、まあ気付いたことと思うが、増税策を安易に打ち出せばたちまち国民が見放す、それより前にうまい汁を吸っている者どもをなんとかするしかない、ということである。
 で、できるんだろうか? 見物であるが、きっと骨抜きにされるのじゃないの? 役人とかOBの人らは、とにかく物事をごまかす能力に長けているのである。
 ところで・・・あれです。消費税は少なくとも再来年には上がるだろうから、車なんか買うなら今のうちだな。家はもう買っちゃったし(家買う人は今のうちよ。基本的には来年あたりまでにやらないと。何百万円も予算が変わってしまうのである)。

2004年9月26日(日)
6チャンネル・・・だったと思うのだが深夜番組でケータイ刑事銭形愛、とかいうかなり漫画っぽいドラマを見かけた。そういえば、ケーブルテレビでもなにかこの番組の前のシリーズを見かけたが、つくづくアホな設定である。といっても人気があるから続編が作られているのだろうが。なんでもいいが17歳の現役女子高生で、銭形警視総監の孫で、IQは180で、現在の階級は警視正、なんだと・・・・・・。いかに漫画とはいえひどすぎる設定であるなあ。だいたい祖父がなんであろうが、どうしてこの娘は警察官になれたわけ? 一応あれも公務員でしょう。高校生が17歳でかけもちでやっていいものなんかい? 警視総監というのも、そりゃもちろん偉い人ではあるが、だからといってここまでなんでも出来るほど偉いものだろうか。単なる役人でしょう。別に征夷大将軍とか言うわけじゃあるまい。
 で、警視正? これもよく分からないが、手柄を立てたからといってどんどん無制限に階級が上がるような分かりやすい組織であろうか、日本の警察。これ、署長とかできるぐらいの階級ですよね。よく知らないがあれかな、国家上級試験でも取っているのかな、この娘。しかし学校の成績は悪い、という設定らしいんだが・・・。
 まして祖父が警視総監だから、ということでそんなに優遇されるものとも思えないが。所詮役人の世界、現役高校生と言うことはまだ中卒である。まあ、無理であろう。
 いちばん分からないのが、なにかというと「IQ180」とか「IQ200」とかいう設定で頭のよさを表現するこの手のものの安易さ。漫画やアニメにもよくありますけどね。世の中、この知能指数順に活躍できるのなら、簡単である。現実と言うものはそうならないのが面白いのである。頭のいい順にえらくなるだろうか。歌のうまい順にレコードが売れるのか。学校の卒業時の成績順に万事が進むのなら楽なものである。旧軍隊がどこの社会よりある意味で安易だったのは、学校の序列で一生の出世を決めたことだ。一般の企業でそんなことをしたら潰れてしまう。
 警察の事件も担当者のIQの高い順に解決したらさぞかしラクであろう。いい加減にしてもらいたいものである。
 まあなにより気に入らないのはたるんだ敬礼の仕方である。あれは、よく胸を張り、指先に力をいれて止めないと様にならない。下手な人は一連の腕の動きのようにしてしまうが、そうではない。あれは右手を所定の位置に瞬間的に持ってくる、という感じでやらないと決まらない。
 ま、ケータイ刑事じゃ無理か・・・。警視庁の指令もケータイから来るようだから。

2004年9月24日(金)
 日本のマスコミが野球のスト回避だのなんだの、ごく些細なことで騒いでいる間にも世界的にはいろいろですなあ・・・。北朝鮮はドテポン(?)の発射準備だし、韓国じゃ親日糾明法とかいって親やじいさんの世代まで遡って対日協力者を糾弾するというとんでもない薄暗い法律を制定してるし・・・ま、これは日本にどうこうという趣旨じゃなく、野党の党首で朴正熙の娘をけん制しているらしい。あの国は支持率が落ちると前の政権担当者をたたいたり、日本統治時代や軍部独裁時代のことを持ち出すことになっていて、そういう意味じゃ今の政権も末期なんだろう。ところがどんどん与党の幹部からも対日協力者の子供が現れちゃって、これはナチス時代のドイツ軍に入っていたとかいないとかで、いつまでもオーストリアで揉めているのと同じ、本当はその時代にはおおっぴらだったことを、後になってとがめだててても、墓穴を掘るだけなんだが、とにかく懲りない国ではある・・・。アメリカに目を向ければ、CBSテレビがブッシュの経歴に関して偽情報をつかまされ(州軍時代に、ブッシュの上官がブッシュのオヤジから圧力を掛けられ、勤務評定を書き換えさせられていたというメモを発見、という特ダネ・・・だったのだが、どうもこれが偽物だったらしい。しかしよく調べないでニュースで放送してしまった)、メイン・キャスターのダン・ラザーが首になりそうな按配だ。こりゃ共和党に有利な展開だが、ことによったらブッシュ側の自作自演じゃないのかね? が、何より大問題だろうと言うのが、イラクで武装勢力がイタリア人の女性人質二人を殺害した、という話。毎日のようにザルカウィ一派の処刑が報じられてきたけれど、女性は初めてである。殺されたというNGOの二人の女性はたまたま二人ともシモーヌという名前で、若くてけっこう美人だったから話がまずい。
 これで思うに、もうみんな綺麗さっぱり忘れているだろうが、今年の初めのほうで人質になった日本人女性T。あんたは本当に運が良かった。もう1月か2月後、橋田さんらが殺されて以後だったら(特に6月に主権移譲とかいってCPAが手を引いてからのほうがひどい)最初に殺された女性人質はあなただったかもしれない。NGOだろうが支援活動だろうが、なにをしにきた者だって構わないのだ。
 さすがにここにきて寝言のようなことを言うものもあるまいよ。善意が通じる相手ばかりではない。連中は連中の宗教的・主観的には聖戦を戦っているのであり、究極的にはなにをしても正義なのだから、話しても通じはしないのである。
 とまあ、けっこう後で考えると大きいんじゃないか、ということがここ2,3日で起きているような気もするのだが・・・スト騒ぎなんかで騒いでいていいのかな。
 あの球団側と選手会の交渉でひとつだけ思ったのだが、名乗りを上げているのがIT企業ばかりなので、参入には慎重にならざるを得ない、という立場の経営側の言い分を、ただただかたくなだと切り捨てていいのかしら、と私は思った。なにしろIT企業というのは迅速な経営判断が売り物なはず。もし新球団がいつまでも採算に乗らなくても、5年でも10年でも我慢して、本業に悪影響を与えるようなことになっても続けてくれるかどうか、という点は確かに引っかかるのではないか。思うに、来年1年ぐらいは新球団ブームでいけるかもしれないが、日本人はとにかく飽きっぽい。3年先には今の近鉄より悪くなっているかもしれないよ。それでも続けるかどうか、であるが。それでなくとも今、にわか野球ファンが急に増えているのではないか。この人らが本当に球場に足を運び続ければ問題はないのだが。
 とにかくテレビ放映権以外、ビジネスとしてはあまり儲からない業態であり、しかも間違いなく斜陽産業だということを忘れてはいけない。世界的に衰退しているスポーツなのだということは厳然たる事実である。あえて言えば、私はサッカーも全く興味がないのだが、アレに強いということは政治的にも意味がある。国益になる。だからあれはもっと力をいれてもいいとは思う。今のジーコ・ジャパンなどその意味ではまったく力不足である。
 そしてぜひ一言、言わせて欲しい。私は野球が嫌いだし、ストにも新球団にもまったく興味がない、と述べる自由を認めてもらいたい。どうもテレビを見ているとみんながみんな野球ファンで、古田を応援しなければならないような感じである。
 私は今年、野球の試合をテレビ中継では五輪の2試合、それも途中まで、しか見ていないのである。プロ野球も大リーグも、高校野球もほんの2,3秒、通りすがりの画面で見ただけである。東京ドームには社会人になってから何回か行ったが(初めて行ったときにはまだクロマティが巨人にいたような記憶がある)、動機と言うのは親孝行か仕事上のことばかりであり、それも、もう5年は行っていないと思う。そんな私にとっては、かかるスポーツは存在していないも同然なのだ。だからどうか、この野球ファシズムに巻き込まないで貰いたいものである。

2004年9月23日(木)
第二次世界大戦末期、アドルフ・ヒトラーがナチスの崩壊を目前にして、自殺を遂げるまでの12日間を描いた作品「Der Untergang(仮題:陥落)」がドイツで公開以来4日間で480万人の観客を動員し、興行成績でトップに立っている。配給元のコンスタンティン・フィルムが20日、明らかにした。独裁者ヒトラーの人間面も描き出したこの作品は、国内では賛否両論の論争を巻き起こしている。ドイツではヒトラーを描いた映画が国内で製作されたのは今回が初めてで、メディアも大きく取り上げている。「Der Untergang」は、今年最大規模の400館で上映されており、製作費も13万5000ユーロと、ドイツ映画としては最高額の水準にある(ロイター・ベルリン)・・・という記事を見つけた。それ、どんな映画なのおおおおおおおおおおおおおおおお!!! 見てえ、見てえ、見てえ!!
 というか、とうとうそのへん、作れる雰囲気になった、ということでしょうか、あの国もはや。それこそ戦争責任とか、反省しろ、とか日本よりずっと言われてきただろうドイツでありますが(なにしろかつての敵国や侵略先が地続きですから。日本のように嫌なら無視、ともいかないのだろうが)
 しかしあの国と言うのは、基本的にはハーケンクロイツの複製も許されない国。それだから輸出用のプラモデルは、飛行機の尾翼の鍵十字を入れないことになっている。そんなわけだから、かつてペーターゼンが「U・ボート」を制作したときには驚いたわけです。
 が、いよいと御大を取り上げるところまで来ましたか。
 日本でも、実は90年ごろから、旧日本軍を取り上げる、それもあっけらかんと、日本が勝っていたら、という設定のIF戦記とかいうものが現れるんですが、それまでは結構、タブーな感じであった。そりゃ、私が中学生だった80年ごろなど、校長先生が旧陸軍の兵隊だったもの。そんな娯楽で取り上げるようなネタじゃなかった。
 というか、私が最初の詩集でちょっと戦争を取り上げたら、それは93年ぐらいのことですが、まだまだ年寄りからあれこれ言われたもんですが。
 時代も2004年。日露戦争から100年。第二次大戦からもおっつけ60年。
 美化することなく、しかし故意に貶めることもなく、冷静にあの戦争を振り返るべき時期がきていると思うんだが・・・そうじゃない国もあるからなあ、東洋方面では。
 今、開催中の東京ゲームショーでは、コスプレイヤーの皆様に、という注意書きの中に「人に不快感を与える服装」として「ナチス軍服」というのが例の一つとして掲げてあります。するとうちら、駄目やんけ(もっともコミケ以外でコスプレなんてしませんが)。
 しかし冷静に考えますと、ナチスは誰に不快なのか。ユダヤ人団体に? しかし日本人から見てそんなに嫌悪しなきゃいかんものなのかい、しょせん日本人でしょ、うちらは。なにを白人一般のスタンダードでこういうことを掲げるかね、ゲームショーは。じゃあ、旧日本軍ならいいんですか? それも日本刀ぶらさげたコスプレ。ここを伺いたい。中国の人が見たら間違いなくナチスより100倍不快だよ。あるいは現用アメリカ軍の制服はどう? イラクの人が見たら不快だろうよ。いやいや、日本でも沖縄の人だと複雑だろう。昔の米軍だって長崎や広島の人ならどう感じるのか。ロシア軍だってチェチェンやアフガンの人から見たらナチよりずっと嫌だろうし、パレスチナの人から見てイスラエル軍の制服、はいかが? ダビデの星の徽章はパレスチナじゃハーケンクロイツなんかより10億倍も忌まわしいだろう。もっともあそこの国のミニスカートの女性兵士はいいなあ(俗に落ちる私。煩悩には勝てぬ)。
 みんな冷静になるように。怖がったり嫌がっているのでは駄目です。直視しないと。でも制服の女性兵士は、どこの国でもかっこいい。ここも直視しないと(どこを、脚?)。
 ただし。どこの国にしても美人に限る(結局アホか自分)。

2004年9月22日(水)
 なんだか毎日毎日、陰惨な殺人事件が起きる。今日も福岡で4人を皆殺しにした45歳の女とかいうのが現れたとか。ほんのちょっと前まで、毎日毎日、三菱の車が炎上していたが急に何も言わなくなったのはどういうことかね、とふと、今日、妻とレストランで飯を食いながらそんな話になった。それはもう、今でも毎日、三菱に限らず一日に何台かは車が炎上しているはずだが、それは統計的にはそんなもんなのであるが、あの時期、ちょっとマスコミが喜んで取り上げただけの話であろう。なんかオリンピックより前のことなどみんな忘れてしまったのじゃないだろうか? 日本てのはそんな国。が、まことに毎日のように陰惨な事件を悪いものたちが起こしてくれるので、確かに小説家も映画監督もついていけないほどであろうよ。だからどんな話題もどんどんすっとんでいってしまう。
 なんでもいいが、急に読みたくなってマキャベリの「君主論」を読み返している。おもしろいこと。たとえば、こういう国を攻めると後で困るよ、みたいな章があってイラクがぴったりくるのである。で、こういう国を占領後に押さえるには、そこの都市を根絶やしにするか、君主が自らそこの土地に遷都するか、しかない、なんて話もおもしろいなあ。これは思うんですが、ジョージ・ブッシュは2003年3月20日以前に君主論を読んでおくべきだったと思うよ。コンドリーザ・ライスは当然、入門書として何度も読んでいるとは思うんだけど、彼女は君主ではないからねえ。
 つまり、占領した土地は市民を根絶やしにしてしまうか、君主が自ら乗り込むか。そしてなんにしても「冷酷と言う悪名など君主は決して気にしてはならない」。要はそのぐらいの覚悟でやらなきゃいけない。人気取りで開戦などするものではない、ということだ。また、不満を持って自国を裏切り、こちらに協力してくれたような勢力を信用してはならない。そういう連中は必ず、今度は新しい支配者に不満を抱く。はじめは優遇しつつ徐々に力をそいでいくように・・・とか生々しいこと。これは清朝の康熙帝なんかが南方の三藩征伐で用いた論理だな。で、今の状況で見ると・・・まさにアフガニスタンなんかが当てはまる。
 いっそのこと、ブッシュ政権はバグダッドかナジャフ、ファルージャあたりに遷都してはいかがか。で、イラクを正式に合衆国に入れればよい。そうすればなんとか治まってくるかもしれないなあ、確かに。
 一人の絶対君主が統治している国は、攻略しにくいが、いったん占領したら、統治されるのに慣れている人民は統治しやすい、とも。かつての日本帝国がマッカーサーからみてきわめて統治しやすかったのもそういうことだろう。イラクは、一見、強力な独裁政権があったように見えるが、実際にはフセイン政権など強引にねじ伏せていただけで、ちっとも抑えていなかった、ということが今や分かる。
 ああああああああ。それにしても小泉の英語の演説はなんとも下手糞で聴いておられないなあ。もう、恥さらしだ。中学校のリーディングの授業レベルだ。
 国連で常任理事国入りをアピールした、という話のことである。でも無視されたみたいだけどねえ、みんなには。アナンとか、スペインとか、よってたかってブッシュ糾弾集会みたいになっちゃったらしい。ここでブッシュの番犬の小泉が「ご褒美に常任理事国にしてくれ」なんて言うのはむしろ失敗だったかもしれないなあ、とも思うけど、外交としては。
 もっとも、中国のスポークスマンが「金を出しているからといって、大きな役割が果たせるわけではない」などと非難した、というのを聞くとこれはこれでいちいち腹が立つ。その通りかもしれないが、全費用の2%も出していない国が言うべきことではあるまい?だったらそちらには、「面積がでかいから、人口が大きいからといってでかい顔をしていいものではない」と言ってやりたいものである。なんであの国とフランスが「戦勝国」なのかは、日本のみならず、多くの国から見てそもそも疑問なのであるから。

2004年9月21日(火)
 うちの会社の忘年会の幹事などやっているのだが、今年の12月の新聞休刊日(休刊日じゃないと全員が集まれない)は舞浜・サバティーニということに内定した。が、大変だったですよ。12月12日は大安吉日。どこも披露宴だの二次回だのでぎっしり満杯。ここが空いていたのは奇跡的だったかも。
 もう2時間ぐらい、あちこち問い合わせしっぱなしで疲れた・・・・。ゆうべは夜勤で今日は3時には出社しないといかんし。
 つまりぜんぜん寝てないじゃん、自分。疲れる・・・・・・・。
 そういえば。ゆうべは午前2時すぎに車で帰宅したが、家の近くで突然、飛び出してきた新聞配達のスタッフを、私の乗ったハイヤーが轢き掛けてやがんの。アブねえ。
 新聞社のハイヤーが新聞販売店のスタッフを轢いたら洒落にならんというか、どうなるんだろうかとふと思った。しかも、このへんはどうもうちの会社の新聞の縄張りのようだから、あのスタッフも恐らく、うちの会社の系統のお店の人。
 にしても、深夜だからといってぜんぜん見ないで飛び出してはいかん!! その新聞を作っていた人もこうして帰ってくるのである。気をつけてもらいたいもの。
 もっとも、かなりの数のスタッフが事件・事故に巻き込まれているともいうし、また事件・事故の捜査や防犯に協力しているとも言う。
 大変だとは思うがねえ・・・・。

2004年9月20日(月)
世間的には休みでしょうね、今日は。もちろん私は出勤です。
 ほかの業種と比べて、少なくとも私が今やっているような内勤は、そんなに大変でもないと思うのだけど、やはりカレンダーどおりにいかない、というのが最大の問題かな、マスコミというのは。
 ところで、昨年の9月20日前後のこの日記を読み返すと、ちょうど阪神タイガースの優勝決定の時期で、ファンが道頓堀に飛び込んだといって騒いでいたことが分かる・・・。おもしろいですねえ、こういうところが。そのとき、よりも何年かたってみると、こうして毎日のように記録をとっておくことでいろいろ発見があったりする。まさかその一年後にストライキ騒ぎになっているとは、この時点で誰一人思っていなかったに違いない。今や渦中の近鉄の首脳ですら、このころには夢想もしていなかったかもしれない。
 わずか一年後の事だって、まったく分からないものである。なんの予想がつくものだろうか?
 で、21日あたりを読むと、私は引越しの準備で大童になっているのであった。昨年は冷夏だったが、この時期だけ急に暑さがぶり返したのでもあった。秋になってから台風が立て続けにやってきたのだった。そうだった、そうだった。いろいろ思い出すものだ。
 そういえば昨日はふと、イクスピアリのミニカー専門店でBMWのR32というバイクの精巧なミニチュアを買ってしまった。これは同社のオートバイの最初の量産タイプだそうであるが、どうも弱いのよね、こういうものに。ほんの二週間前にも、マイバッハのツェッペリンとか、ホルヒの高級乗用車とか、第二次大戦の時期にドイツ軍の高官やナチス幹部が乗っていた車の珍しいミニカーを見かけて衝動買いしたが。高いのだよね、結構。単価が6000〜8000円とかするんだけど、どうもこのぐらいの時代(1930年代から40年代)のドイツもの、と分かると手が出てしまう。病気である。以前にも、戦中のドイツの軍用列車のミニチュアを一編成、何万円もするものを買ってしまったことがある(十万円まではしなかったと思うが)。
 病気の人は、決してミニカーとか模型とかの専門店にはいかないことである・・・。
 このへんの記述も、一年ぐらい後に見て苦笑することになるか。

2004年9月19日(日)
なんかうちで飼っているドジョウたちが、落ち着きがなくじたばたしている。季節の変わり目だからか。だが、万が一、なにかの異変の予兆ということもありはしないか・・・ちょっと気になっているのだが。
 ところで、ふとゼルドナーシルトという、97年の、だからもう7年も前のテレビゲームを引っ張り出して、やってみた。シンプルで面白い。最近のゲームと違うテンポのよさがある。今、思っても96、97年ごろがひとつの黄金期だったのじゃないか、あの世界も。技術とアイデアの均衡がいちばんとれていた時期だったと思う。
 その中の登場人物で、一番の悪党みたいなのが、いまわのきわに主人公に言う。「俺の無様な死にザマを笑え! だがこれだけは言っておく。お前のやっていることも俺と変わらないんだよ。王や大臣の言いなりになってよ、人を殺し、国を滅ぼし、親のない子供を作ってるんだぞ。そのことをてめえの胸によく刻んでおくこったな。けけけ・・・・」名言であるが、日本のゲームなりアニメなりの世界では、勧善懲悪一本やりでは受けない、と前から言う。ウルトラマンなども「怪獣いじめだ」「嫌なヤツだ」と言われたそうである(いつも怪獣を殺して終わるから)。やはり潜在的には敗戦国のものの見方というべきものが、子供にもあるのかもしれない。ハリウッドのように勝ったもの勝ち、勝てば官軍で納得できない国民性というのが。
 が、たとえば今度、アメリカで制作した「ヘルボーイ」なんて映画、原作コミックがあるようだが、基本的にヒーローは地獄からやって来た鬼である。まあ、アンチヒーローでもあるわけだ。この前のリディックなんてのもそうだった。アメリカ人の好みも少し、屈折してきたか。イラク戦争の後遺症かもしれない。
 このヘルボーイには、またよくありがちだが、ナチスとトゥーレ協会のオカルト的な結びつきが出てくるらしい。予告を見て「あ、ドイツ軍だ」とまたまたいつものように、そういうシーンが一瞬でもあると見つけてしまう哀しい病の私。
 だからこの映画は見るかもしれない。あくまでナチス関連映画、として。うちではそういう分類になるのだ。

2004年9月17日(金)
ふとコンピューターで調べものをしていたら、いくつかのオークションサイトで、私の本が売られているのに気付いた。まあ、300円とか、500円とか。もちろん、中古品として流通するだけの値打ちがあると言うことだから、うれしいといえばむしろうれしい。
 ところで、・・・・なんか今日はコンピューターの動きが悪い。なにか考えていたのだが忘れてしまった・・・。遅い。いらいらする。
 そうそう、最近、フーディーズチャンネルというのを良く見ている。ケーブルテレビの料理専門チャンネルだが、その中で「キース・フロイドのイタリア料理紀行」という番組がものすごくおかしい。イギリス人の料理人、フロイドがイタリア各地を巡って・・・なぜか自称「イタリア料理」を作って回る。それが荒っぽいこと、ものすごくまずそうだ。カメラの前に群がったイタリア人たちも試食してくれないそうだ。それはそうだろう、ほとんど現地の文化の破壊行為、冒涜行為だ。作り方は雑。もう本当に見るに耐えない。で、我流で変なソースを作って「アングロサクソンの輝きをきらりと添えてみました」とかほざく。その他、言動がいちいちアングロサクソンというか、島国根性丸出しの排他性で満ち満ちている。アメリカ人も嫌いらしく、「この料理は400年の昔から伝わっていて・・・アメリカじゃありえないことですねえ」とか。
 とにかく繊細さのかけらもなく、なぜか現地のシェフには作らせず、現地の人と交流することもなく、猛スピードで・・・ほんと、20分ぐらいの番組で7回ぐらいは別の料理を作るのである。肉も魚も生焼けの生煮え。あれじゃあ誰も食べてくれまい。というかイタリアの食文化を台無しにして紹介されては、たまったもんじゃない。
 この文化破壊者が「日本料理紀行」を作らないことを祈る。
 しかし、この強引さが笑えるのも確か。この繊細さがなくて独善的で、まったく相手の文化を尊重しない・・・これがアングロサクソンなんだな、と納得させられる。アメリカ人の気質も基本的には、この流れなのだろうと思う。
 ほう、プロ野球はストやるのか・・・。それはそれは。ようやくおもしろくなってきたかもなあ、と。どれだけ日本人は改革が出来るのか、できないのか。
 あまり期待しないけれど・・・・・。とにかく刷新が苦手な国民性なのである。


2004年9月16日(木)
うちの近所の某飲食店が、黒板を店頭に掲げていて、いろいろメッセージを書いているのですが、「この9月11日で3周年を迎えました」なんて内容が出ているのに気づきまして、びっくりしました。それつまり、あの9/11テロの日に、このお店は開業したということなんですな。うちはちょうど1年前に引っ越してきたもので知りませんでした。
 そうそう、わが家も現在の家に移ってきてそろそろ1年です。あれからもどんどん妙なオモチャとかモデルガンばかり増えるは、ドジョウや金魚の水槽が増えるは・・・生活感のない感じのアイテムでどんどん埋め尽くされております。
 その引っ越し以来、どこかに埋もれていたビデオがようやく出てきまして・・・「戦艦ビスマルクを撃沈せよ!」という50年代の20世紀フォクスの戦争映画です。英国海軍の女性士官を演じているダナ・ウィンターの制服姿がいいですなあ、何度見ても。はっきり言って制服フェチだし自分。この海軍の紺色の制服、実際こういう美女に着せるといいです。
 その他、男性も英国、ドイツともに海軍がメインなので、紺色の制服姿がやたら多い映画なんですが、時代考証もしっかりしていていい。
 が、前にどこかでも書いたのですが、リュチェンス提督が「ナチの勝利!」などと演説するシーンだけは、史実と違うかも。独海軍はナチス体制の中でもっとも非ナチス的な組織であり、その中でもリュチェンス中将は鷲の記章すら身に帯びなかった、というほどの非ナチス人。だから絶対にあり得ない。ハリウッドはダメねえ、そのへん。

2004年9月15日(水)
栃木県小山市の塗装工Kさん(40)の二男(4っ)と三男(3っ)が11日誘拐された事件で14日午前10時半ごろ、小山市の思川付近で男児の遺体が見つかった。(共同通信・原文は本名記載)というのだが、テレビのワイドショーなどでも、児童相談所の対応が悪いとか、警察は何をしていたのか、とか、いろいろまあいつものような、おためごかしを言っている訳です。しかしあれでしょう、この事件というのは、S容疑者の家に子供二人を連れて押しかけ、居候を決め込んで生活費までたかっていたという、この被害者の父親K氏に大いに問題があるのは明らかなこと。S容疑者を庇う必要もないし弁護してやる意義もないけれど、しかしこのS容疑者の立場に立つと・・・どうもKとSの関係もよく分からないが、Kはsの中学の先輩でSに対しては、かなり威張っていたらしい。それで児童相談所も安心して、つまり父親がちゃんと子供を守るだろう、と判断してしまった、というような趣旨のことを言っておりましたが、恐らく力関係はそうだったのだろう。年頃の娘が二人いて、自分らの生活も苦しいSとしては、そこに押しかけてきて、いい部屋を占領して、大きな顔をしているK一家を殺しても飽き足りなく思いながら、先輩Kを殴るとか追い出すとかは出来ず、結果として子供に手をかけたに相違ない。一方、KはKで、Sが自分の子供を攻撃していることを知っていたのにそのまま居座った、ということから見て、まあ子供のことなど大してなんとも思わないエゴイストであったかもしれない。
 そもそも、この二人の関係は、憶測ですが、中学時代からKはSをいじめてたんじゃないんですかね。被害者側、ということで公式的にはこのKさんは批判をあまり受けていないが、誰が考えても大いに問題があると思われる。そのへんはおいおい、週刊誌なんかが書いてくれるでしょうが・・・・。
 少子高齢化、などと言いながらこうしてまた、子供が二人も犠牲になる。ああもったいない。こういう、まともに養育能力もない親に限って子沢山。政府はこの際、子供の国有化を本気で考えてはどうかね? ナチスみたいな政策を採ればいい。
 たとえば、夫婦なり恋人同士なりは、すべからく子供を作ってみるべし、ということにすればいい。で、優秀な子供ならそのまま自分の子供として、気に入らなければ国に預けるとレンタル料まで貰える、というような。また自分らの事情で養育できない場合も国に預ける、と。そうすれば、みんな気軽に賭けでもするように子供を作ってみることだろう。こうなるとSFのテーマだが。これは、要するに子供を一種の資産のように見なす考え方であるが現代人のエゴに訴えるには、そんな愛情だの人情だのにすがっていてもどうにもならないのじゃないかね。メリットがあるか、ないか、みたいな判断がいちいち入るのが今時のものの考え方ではないかねえ。
 全く関係ないお話。今や日本のオタクの4大産業「アニメ」「漫画」「ゲーム」「アイドル」の産業規模は合わせて2兆4000億円、だそうである。もはや隙間を埋めるニッチなどという規模ではない、というどこかのシンクタンクの発表をどこかで見た。うちはアイドル、だけは興味がないが、確かに相当に投資している。
 ところで、このオタクというのも、若い世代では減っているに相違ない。コミケなど見ていると分かる。オタクができるのは相応に学力があって経済力がある人である。
 オタクにもなれなさそうな若い衆を見ていると本当に嫌になるが(なにしろ最近は、漫画だって難しくて読めない者が激増しているとか。こういう者はなにをどうすればいいのだろうか)。


2004年9月14日(火)
またまた会社におります、日付の変わる時間ですけど。しかし北朝鮮の爆発って何よ。まあ絶対にウソだろうなあ、水力発電のために発破かけました、なんてのは。韓国も続々と核兵器開発がばれているわけで、どうよ。もうアジアはどこもかしこも核武装し始めている、という事じゃないですか。恐ろしいことになってきそうですなあ・・・・。
 ところで、先ほど「子連れ狼」の最終回らしきものを、会社のテレビで仕事の合間にちらちら見ていた。拝一刀(今回は北大路さんみたいね)が柳生とおぼしき敵(演じているのは夏八木さんみたいだった)と死闘を繰り広げて、死んでしまうエンディングのようだったが・・・。それで、思うんだが柳生とか、伊達政宗とか、時代劇の隻眼の人は必ず鉄鍔らしきものをアイパッチとして嵌めているんだが、かっこよさはいざ知らず、重いですよあれ。刀の鍔というのは。あんなの紐でくくって顔にぶら下げることなんぞ出来るんだろうか、とふと思い始めたら、そればかり気になってしまった。ああいう決まり事というのは時代劇にはよくありますが、忍者が刀を背中に背負っているという図も、まあ脇差しみたいなものならできなくもないけれど、大刀、それも江戸時代以後の反りの小さい刀だと、まず背中に背負ったまま抜刀するのは無理じゃないか、と思うんですけどどうなんでしょう。大太刀を輸送用に背負うということはあったかもしれないけれど・・・。戦闘時に背負っているというのはねえ。というのも、昔、模造刀を背負ってあれこれ実験してみたんだけれど、私の腕が短いせいかもしれないが、どんなに鞘を引きつつスライドさせてみても、普通の大刀は抜けなかったなあ。
 で、そのドラマは、拝一刀がおそらく100人ぐらいぶった切った後、死んでおりました。さすがに最後は刀が折れるという演出だったみたい。ま、そんなに切れるわけないけど。
 時代劇だと、よく峰打ちというのもやりますが、水戸黄門なんかで特に多いですが、実際に出来る物なのか。あれも反りがあるものを逆さに振るえば、柄が傷んでこしらえがガタガタになるんじゃないですか。助さん?
 などと突っ込みながらみるのが面白いんですがね、チャンバラは。

2004年9月13日(月)
 いやああああああ。疲れました。まったく久しぶりに音楽の練習スタジオなんぞに行ってバンド編成で練習などしました。ベースギターを手にするのもほとんど3年ぶり。疲れたですなあ。しかし、まあなんとかなりそうです、はい。一緒にやってくれる方々が熟練の、もう抜群に上手い人たちなので、大船に乗った気分。
 私と来た日には、前日になって調弦用のチューナーが壊れていることに気付いたり(だから、聴音の鬼・音大でもこの分野じゃ首席だったといううちの奥さんにピアノで音出してもらいながら、若干高いよ、とかちょっと低いよ、とかねえ。さすがですな。本当にチューナーなんかよりずっと正確)、聴きなおそうと思った曲が家に音源がないことに気付いたり(だからうろ覚えのまま、全然全く一度も聴き直さないで行っちゃったもんね)・・・よくあんないい加減なことでやるものだ、とわれながら思いますが・・・・。
 とにかく、10月16日に池袋のライブにおいでになる方には、それなりのパフォーマンスが披露できそうな見通しが立ちました。
 ぜひぜひ、気の向いた皆様、おいでください。

2004年9月11日(土)
 ジェンキンス「軍曹」はさすがに敬礼がびしっと決まっておりましたな。で、ちゃんと軍服に着替えてまずは正式に軍籍に復帰するんだねえ、ああいうのは。あれでまあ、自主的に戻った、ということになるんだな。
 どうして彼は脱走することになったのか。そこらも徐々に明らかになるんだろうけれど、軍隊内でいじめにあってた、なんて話もあるけれどどうなんでしょう。
 さてところで、なんでプロ野球はストやらないかねえ。ストやれよ。楽しみにしてたのにさあ。来週こそはやれよ。やらないだろうけれどな・・・。
 俺は野球の味方じゃないからな。

2004年9月09日(木)
近頃、仕事中に話題になったことなんですが、「軽油引取税」という税金があります。これ、皆さんちゃんと「引取税」と認識しておられますか。私は実は、昨日までなんとなく「軽油取引税」と思いこんでおりました。実際の所、軽油を引き取った人に掛かる税、なのだそうですが、字面からいって取引税、と思いこんでいる人は私以外にもいらっしゃるのでは、と思います。
 といいますか、これに関連して調べてみました。すると驚いたことに、千葉県の県税の紹介サイトで大見出しが「軽油取引税」とでかでかと掲げられております。ただし本文は正しく引取税になっているので、タイトルを付けた人(おそらくはサイトのデザイナーさん)と、本文記事を作成した人(おそらくは県税事務所のプロの人)が違うのかも知れません。それよりまずそうなのが、仮にF県、としましょう。このF県の県税事務所のPDFファイルで取り出せる税の申告書書式のタイトルがなんとまあ、「軽油取引税」となっております。これは正式な書類になるのだと思いますが。まずいんじゃないですかねえ・・・・・。
 けっこう、新聞など作っていればいろいろあります。今日も映画「ヴィレッジ」の批評記事の見出しで「あっけな過ぎる結末」なのか「あっけなさ過ぎる結末」なのか、で揉めました。あっけない、は形容詞であり、「あっけ」が「ない」わけではありません。なので、形容詞の語幹には直に「過ぎる」をつければいい、という原則がありますので、たとえばですが、「知らない」に過ぎるをつけると「知らな過ぎる」。「知らなさ過ぎる」は誤用というのと同じですから、「あっけな過ぎる」は文法的には正解らしい。ただ、なんとなく寂しい気も・・・。こんなことで結構、議論になりました。
 新聞社にはむちゃくちゃな言いがかりをつけてくる人が多いわけです。だから気を使いますね、そういうことに。変に投書してくる人とか、電話してくる人はたいてい、間違っていますがね。以前には「お前の新聞はテレホンカードの略をテレカードなどと書いている。気にくわない。誰が考えてもあれの略語はテレカだ。いい気になって勝手な略語を普及しようとするのは思い上がりだ。そんなお前らに正しい日本語を語る資格があるのか・・・」とかなんとか。これは「テレカ、は日本テレカ社の商標なのでマスコミでは使えません。うちだけでなくどこの新聞でもテレカードと略しております。あまりよく調べもしないで変な言いがかりしてくるな、バカ」と答えて終わりました。テレビ欄関係もいろいろ言ってくる人が多い。しかしあれは全部、内容はテレビ局が作っているんだよね。変なタイトルだからけしからん、とか新聞社に言われても困るよな。ほかにも「萎縮が委縮となっているが間違いです。気を付けてください」とか、「貫禄が貫録になっている。間違いです」とか、妙に断定的に横柄なメールや手紙を送ってくる、たいていはバカな老人。これらは文部省と新聞協会で取り決めた標記なんだよね、別に勝手にやってるわけでも誤植でもない。
 「高をくくる、とあったが多寡をくくるだろう」などと言ってきた奴、これは辞書を引けば「高をくくる」が正解なのぐらいすぐに分かる。田山花袋の田舎教師を記事に引用したら「堤にげんげが咲いている、とあるがげんげとはなんだ。俺は70年生きてきたがげんげなんて花は知らない。れんげの間違いだろう」たって、あんたがどんなに長生きでも田山花袋よりは若いだろう。げんげぐらい調べれば分かりそうなものだ。あるいは「元帥、という文字を見ましたがあれは元師じゃないんですか」と本気で質問してきた70代のじじい。こいつは戦前の教育を受けているのに、元帥の「すい」の字を教師の「し」の字だと思っていたようだ。
 こんな具合で世の中、バカばかりなのに、そういう者に限って威張り散らす。困ったものだ。

2004年9月08日(水)
 すごい台風でしたねえ。うちの家もびゅうびゅうごうごうと・・・もう厳島神社状態に。あちらはしかし、長い間に何度も壊れているので、修復のノウハウもあるだろう。普通の家はかなわないですなあ。なんかしらないが、こんなに台風ばかりくるとだんだん麻痺してきます、感覚が。他の地方の方には申し訳ないのですが、実は今年、関東に限っては台風の直撃は一回だけ、それもかすった程度。これは珍しいことかも知れない。以前は利根川とか、茨城あたりの河川が年に一度は切れていたもの。今年は微妙に台風のコースがずれているらしい。
 と思っていると、テレビ局は「さて、こちらも大きな問題です。プロ野球のスト問題ですが」などと言い出す。うるさいというのだ。
 ファンというのもよく分からない。反対集会など開いていないで、今、なくなりそうな球団の試合にこぞって見に行って満員にしたらどうなのか。そんなに大事なことなら、いくら金がかかってもそうするべきだろう。オーナーからすれば無責任な署名など恐くも何ともない。しかし、球場に実際に足を運ぶ人の離反は恐い。
 近鉄やロッテの試合が、その後、満員御礼になったとは私は聞かない。本気で反対を叫ぶのなら自腹でファンの人々は、これらの「人気のない」球団の試合を満員にしてみせるべきである。
 もし今、街頭でテレビ局のリポーターにマイクを突きつけられたら私はもちろん「スト賛成」である。ただし、選手会の言い分を理解して、ではない。私は、億万長者の事業主である彼らが、いわゆる我々のような「労働者」であるとは思わないので、労働組合というものが成り立つとは思っていない。また、経済の枠を越えてまもるほど、野球が日本国にとって重要な文化とも思わない。そうではなく、これで野球界が自滅するならすればいいし、混乱するならすればいい、選手にしてもこれ以上の手段はないわけで、ここで使ってしまったら、後はもう手がない。そういうことで、ちっとひどい目にでも遭えばいい、という意地悪な気分で賛成なのである。
 土日に野球がないテレビ。結構である。全くなんらの問題もないではないか。
 いっそ、来年1年間、野球を中止にしたらどうか。みんなすぐに忘れてしまうだろう。

2004年9月07日(火)
 あまり期待もしていなかったのだが、しかしいくらかは、気に掛かっていた、ということはないだろうか。で、そういうものに裏切られると、自分ではじめに思っていたよりも、面白くない。
 そういうこともありますわなあ。
 で、今日は自分はそういうことなのである。面白くない。
 お休みなさい。

2004年9月06日(月)
少し涼しくなりましたですね、さすがに。朝(といっても、私の場合昼過ぎですけど)起き出して室温計を見ますと、ちょっと前まで33度〜35度ぐらいでサボテンも立ち枯れしたのが、今は27度。もう全然、違う。この5,6度の差で全く違うわけですな。
 なんか、9月に入って、ちょっと私的な書き物のたぐいも筆が進むようになって参りました。まあ小説めいたものとか、漫画の原作めいたものとか。
 そういや、プロ野球選手会はストを打つ、とか。打ってみればいいと思う、つまりやってみないとどういう効果があるのか、ないのか分かるまいから。ファンを無視した行為、などとまたなにやら大層なことをいう人もいるようだが、私はいつも書くとおり全くファンではないので、ストなど大いにやればいいと思う。その結果として球界の自滅行為になったところで、それはそれでいいのじゃないのか。プロ野球選手というのは、個々の球団への雇われ人としての要素と共に、自営業者でもあるわけだ。サラリーマン的な要素と並んで、個人個人が自分という者の「社長」なのであるが、己という存在が球界の中にあってどれだけ利潤を挙げているか、大いに自己検討してみるがよろしいと思う。
 私は「プロ野球ファン」というものが本当に存在するのか、実はよく分からない。どこの球団、どこの選手も一視同仁で愛している、なんて経営者みたいな感覚のファンが多いのだろうか。どうも違うと思うんだが? 自分のひいきのチームしか興味がない、のが普通ではないのだろうか。
 なにかとにかく、私は妙なきれい事が出てくるので、野球の話が嫌いなのである、昔から。要は興行である。映画や芝居の興行は、客が入るかはいらないか、である。客の入りが悪ければ、ほかにどんな理由を付けても失敗である。
 野球にしろ、相撲にしろ、それだけのことではないのか。無理に守るほどの伝統芸能でもないように思う。
 そんな金があったら、日本の場合、漫画やゲーム、アニメ、映画、あるいは文学活動などにもっと予算を付けて振興してもらいたいし、そうあるべきだと思う。
 かような意見は極論であるが、要するに私はスポーツが好きではないのである。
 

2004年9月05日(日)
日本のプロ野球はどうなってしまうのか? なんて今、ふとテレビをつけたら、さも大したことのようにキャスターが眉間に皺を寄せている。あほらしい。どうなったっていいではないか。
 天候が悪い、湿気が高い。やる気が出ない。またまたまた無為に一日が終わりそうでありまして・・・・・・・・。
 今日はもうそんだけ。
◇            ◇          ◇
 なんていっていたら、いま(7時すぎ)奈良県で震度5の地震、とか。おまけに台風も接近しているようだが。大丈夫であろうか。

2004年9月4日(土)
オセチアの学校占拠事件は、結局のところ滅茶苦茶な「解決?」となったようであります。ロシア軍の手際なんてこんなものなのか、ということにはなるかもしれません。それにしてもプーチンという人は、意外に大事が起きると逃げ隠れして、なかなかはっきりしないそうですね。KGBの切れ者将校だったなんてのは看板に偽りアリで、要は事務処理のうまい内勤だったんじゃないのかなあ、実は。チェチェン問題というのもエカテリーナ女帝かなんか、とにかくずいぶんと大昔からの遺恨が積み重なっているそうで、どんなに武力鎮圧を図っても容易ではない。
 なんといいますか、あれですね。もう一度、遺恨が発生するとなかなか解消は出来ない。それで思うのがまた中国だったりします。あの国も今後、何世紀にもわたって日本人といがみ合うことになるのかもしれない。いったんそうなってしまったら、もうどうにもならないことに。
 ・・・・もう新聞のいたるところ、この強硬解決の記事でいっぱいなのですが、私はたまたまあまりかかわりのない紙面をかかえているので、まあ関係なし。高みの見物なのであります。
 それにしましても、もう公休日ですが、またまた日付変更時間を挟んで私は仕事をしているのであります・・・・があああああ。
 なんとも、夜勤はつまらんですなあ。

2004年9月03日(金)
・・・というわけでDVD「空軍大戦略」と「633爆撃隊」を買った訳です。アマゾン・ドットコム、早いですなあ。しかしシネスコ版というんですか、これ、普通のテレビで見るとえらく横方向がつまってしまって、人物はみんな痩せて見えるんだけど、飛行機なんかは寸詰まりに見えます。ハインケルもメッサーシュミットも、戯画に出てくる「三頭身の飛行機」みたいになっている。ううむ、これはなんとかならんものか。画像を切り替えられるテレビならいいんだろうけれど。にしましても、うちでビデオにとってあった「空軍大戦略」はすっかり痛んでしまっており・・・漫画の資料に使ったので、同じ映像を繰り返し見たため、ビデオが疲労してしまいました。だから決して劣化しないデジタル版はまことにありがたいわけです。さすがにデジタルリマスター版なので、今まで気が付かなかった室内の小物とか、制服についている徽章の一つ一つ、それに役者さんの表情もつぶさに分かりますし、音もいいのでドイツ語も聞き取れる。たとえばメッサーシュミットBF109戦闘機という有名な飛行機がドイツ軍にありますが、これをドイツ語ではなんと読むのか。日本の零戦を「ぜろせん」と読むごとく、現地の言い方というのは決まっていたはず。そしたら「109」は「アイン・ノー・ノイン」と言っているようですな。また、英語では「ワン・オー・ナイン」と、これはアイアン・メイデンの歌詞でそう発音していたようである。日本人はおおむね、「ビーエフひゃくきゅう」などと読むことが多いんじゃないでしょうか。あまり「いち・まる・きゅう」などとは言わないように思いますが、あえていえばこの方が正解に近いのかもしれません。そんなこんなのマニアックな見方で楽しめるいい作品。しかしこの映画が一般興行的にはいまいちだったのもそのへんかも。結局、世間の人は単純明快なドラマを求める。しかし当時、戦争をやっている人間に善玉も悪玉もない。ドイツ軍人といっても要するに命令で動いているわけで、個々の人間は普通の人。この映画は描き方がフェアなのでよろしいと思うのであります(まともな作品である証拠)。元ドイツ空軍の撃墜王アドルフ・ガーランド将軍が監修に加わったそうですが、メイキング映像によれば「ドイツ空軍は上官に対してナチス式の敬礼などしなかった」といって監督と喧嘩したそうでありますが、(結局、そのシーンは残っておりますが)そのようにドイツ側の視点も入れて、ステレオタイプになりがちなナチス軍人、というのを救おうという志は評価すべきでしょう(でもどうしてもドイツ側の描き方は薄いですが。しかしきちんと描いているほうです)。
 音楽の特典で、没になった作曲家の作品と劇場公開版の聴き比べが出来るのがDVDらしい面白さ。しかしこれは没になったのは仕方ないかも・・・陰気なんですな、その没になった音楽は。結局、完成版のほうがいいと思いましたが。
 一方の「633爆撃隊」ですが、これはこんなにすさまじい映画だったのか、と改めて見直しました。そもそもジョージ・チャキリスが出ていたなど覚えていませんでした。ウエスト・サイド・ストーリーで人気が出た直後の出演と思います。ということは、けっこうアイドル映画でもあったわけですな、当時としては。かつて、ロックドラマーのコージー・パウエルのソロアルバムになぜかこの映画のテーマ曲が入っていましたが、コージーはこの映画が好きだったのだろうし、またロックアルバムにカバーを入れても違和感がないほどヒットした映画だった、ということでしょう・・・が、長らくビデオにもならないし、テレビでもやらない幻の映画でありました。なにか権利に問題でもあったのかな、と思いますが、とにかく壮絶な映画です。テンポはいいし適度なロマンスもあるし、申し分ない。娯楽作品としてもきっちりよく出来ております。カバーが出るほどなので、もちろん音楽も最高によいのであります。
 今時のCGで作るどんな作品より、このぐらいの時期の、実機を飛ばして撮影も命がけだったころの映画の持っている力は凄まじいのであります。

2004年9月02日(木)
 浅間山がゆうべ噴火したとか。ゆうべはまことに珍しく早めに帰っておりましたので、とりあえず会社は大騒ぎだったろうけれど、私は関係なし。というか、世間でなにかあるたびに、いちいち一緒になって騒がねばならないマスコミなんてものは本当に詰まらない。まあ最近の若い人はマスコミなんて業種にさほどに興味もないだろうが、私が学生時分、というから15,6年前になりますか。そんなころは結構、志望者も多かった。まあ時代の雰囲気がバブルだったから。ああいうなんとなく華やかなイメージの仕事・・・といってもテレビ局なら格別、新聞のほうは、確かにいくらか仕事でいわゆる有名人というものに会えることもあれば、少し珍しいところに立ち入れることもあったりするが、しかしそれだけのことでして、何事も仕事が終わればそれっきり、である。いろいろ役得なり、悪いことをしようと思えばできるのは、テレビ局の権力を持っている人、プロデューサーなんて人だけだろうにねえ。なんにせよ、とにかく実際にこういう会社に入ると、世の中でなにがあっても空騒ぎしていなければならない。まるきり興味のないことでも、さも大事のように心得て、一緒になって騒ぐふりをしていなければならない、空しい業種だと思うのであります。
 さようなことを白けて書いている私などは、本当は向いていないのでありましょう。
 それにしても、今度は富士山じゃあるまいな? だったら「関係ない」などと白けていられないけれど?

2004年9月01日(水)
 世界的なベストセラー小説「ハリー・ポッター」シリーズの第5巻「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」(静山社、上下巻セットで4200円・税込み)の日本語版が1日、全国一斉に発売された。初版発行部数は、日本国内の出版史上最多の290万セット。(朝日新聞)・・・・・だって。つうか、高いですねかなり。第一巻はこんなに高い本でしたっけかね。なんかこう、これだけはやると駄目なんですよね、私の場合。あと20年ぐらいしてから読んでみるか。
 そんなものより、映画「空軍大戦略」がDVD化されたそうで(教えてくださった宮地様ありがとうございます)アマゾン・ドットコムで注文。ついでにあの「633爆撃隊」も名画の誉れ高いのにビデオにならず、再放送もしない、いつの間にか幻の映画となっていたのが突然のDVD化に驚く。当然、あわせて注文。この633・・・は小学生のころ(おそらくは2,3年生の低学年)にどっかの民放の昼のロードショーで見たっきり。しかしそのときに大変おもしろかった。で、そのうちにまた、どこかでやるだろうと思っていたが、懐かしのロードショーとか、衛星放送などでもなぜか633はやらない。版権の問題でもあったのだろうか。私としては、デ・ハビランド・モスキートなる航空機を始めて知った映画でした。ゲシュタポは捕虜の尋問にスコポラミンを打つものだ、というイメージもこの映画と「ナヴァロンの要塞」で出来上がってしまった。
 ところで、アヌシュは金メダルを返さない、と言っているようだが、もう剥奪が決まってしまったものを持っていてなんの意味があるんだろうか。おかしな話である。

2004年8月31日(火)
あああっという間に8月も終わりやんけ。全国の学生さんは今頃うめいていることでありましょう。それにしても私の家は3階建てなんですが(豪華なんじゃなくて、土地が狭いせいです、要するに)台風16号の到来で一晩中、ごうごう揺れ続けておりました。怖いよなあ、本当に大きな台風とか地震が来たらどうなるのかしらん。先日も震度3ぐらいでこの世の終焉のように揺れましたぜ、いやはや。
 今年は台風もよく来るし水害も多いのですが、いつも思う。屋根を修理しに外に出たとか、雨戸を打ち付けるためにベランダに出たとか、あるいは畑が心配で見に行った・・・・という人が決まって何人か亡くなる。もう屋根が壊れようが畑がダメになろうが、諦めるしかないんです、本当のところ。でも必ず、それをやって死人が出る。それもたいていは高齢者。やはり昔の感覚で台風とか水害とか言うと、あれこれ準備を、などと考えてしまうのだろうが、命あっての物種。よけいなことはせずにじっとしているしかない。避難するにしても、先日のようにわざわざ自首避難した先で水に流されて死んでしまった人まで居ます。
 とりあえず、屋根に上がったり、水路や川の様子を見に行ったりしてはいけないんですな。
 私も川沿いに住んでいるわけで、人ごとじゃありません。山はない土地柄につき、土砂崩れはないと思いますが。
 ときに、全然関係ないのですが、アメリカの大統領選が迫ってきましたが、またまた接戦で混乱するんじゃないですかねえ。二度続いてもめたら、本当にアメリカは恥さらし。前の選挙じゃフセインが「イラクから選挙監視団を派遣しようか」といってからかった(あれでカチンと来たブッシュが戦争まで持っていったのかもしれず、このブラックジョークが、フセインの政権崩壊を招いたのかも)。
 実のところをいうと、ブッシュはあの通りのくそたれですが、あいつの政権のスタンスとか北朝鮮への態度からいって、日本からみると都合のいい点も多く、単純にケリーが大統領になれば世界はハッピーというほど、邯鄲じゃないかも知れず。微妙なところですな、わが国から見れば。
 ただ、思う。岡倉天心だかが書いております。日本は、江戸時代まで平和に文化的に暮らしている間は野蛮国として扱われ、日清・日露と戦争をやり人殺しをやるようになって文明国・一等国扱いされるようになった、と。こんなことなら戦争など知らず茶など楽しみながら、野蛮国と呼ばれてけっこうじゃないか、というような趣旨を「茶の本」で書いていたと思いますが、これは歴史の一面の真実であります。ブッシュ政権とのつきあい方の中で、あるいは国連安保理問題、改憲議論などで、またぞろこの岡倉天心の時代のテーマが、今の日本に再現されてきております。
 日本人は本当のところ、なにをどう思っているのか。政治家がどう、ということじゃなく。どうにかしてはっきりさせられないもんでしょうかねえ。

2004年8月30日(月)
 アテネ五輪が終わるところを見ていました。当然ながら、今の私には午前3時とか4時とか言うのはそんなに遅い時間じゃない。しかし最後の最後、マラソンで飛び出してきたあの一般人、というのはなんなのでしょうか。つまりそれまで一位で走っていたブラジルの選手を拉致(?)しようとしたように見受けられたあの人物。緑のベレー帽にスコットランド人のスカートみたいないでたちに見えましたが、わりと若くて、それでわりと綺麗な男性だったようにも思ったんですが・・・・なんでしょう? テロリストなのか。それともまともじゃない人なのか。ちょっと警備上、ここまで巨費を投じて(米軍やNATO諸国軍が全面協力しているのでしょうが)、よく大きな問題もなく運営してきた五輪でしたが、最後の最後に水が漏れましたか。
 今に報道されるかもしれませんが、何者か知りたいところですね。
 それにしても最後の最後まで、ハンドボールやバレー、新体操のように日本が絡んでいない競技に至るまで、実に力の入った名勝負ぞろいでしたね、最終日。とにかく私もこれまでの人生36年と半年ほどで、少なくとも物心ついてからだとモントリオールかミュンヘン五輪あたりからオリンピックを見て来たわけですが、・・・といってもはっきり意識して見始めたのは、モスクワが日本不参加だったので、84年のロス大会ぐらいからかな。これは私は高校3年だったんですが・・・・まあ、それで、何回か見てきましたが、面白い五輪だったと思いますね。日本選手の大活躍はもちろんですが、やはりギリシャというのは良かったのかもしれません。アメリカなんかでやると臭みがあるんですよ、やっぱり。結局、五輪がアメリカ大リーグぐらいのローカル大会のスケールになってしまう。アメリカ人にはそこらへんが理解できないようですがね。で、次は一方の大国を自認し始めている中国ですけど、なにしろ一党独裁国家ですから。そういう政治的臭みをどれだけ出さないで、しかし締めるところは締めて統制できますか。日本も韓国も、一種国威発揚の意識で五輪に臨んで、その後は落ち着いた感じがあります。やはり国家の通過儀礼なんでしょう、五輪は。これをきちんとできないような国は大人じゃないということ。そういう意味では中国の成熟度とか、共産党の力量とかが試されることになるでありましょう。妙にぎとぎとした愛国心など突出させると、思い切り馬鹿にされることになりかねない。まあ百も承知でしょうが・・・。
 閉会式の実況の堀尾アナが、「4年後、北京大会のときに皆さんはどこでなにをしているでしょうか」と言ったのにはかなり心が動きました。なかなか名台詞かも。思えば4年前のシドニー大会の閉会式、ウオルチング・マチルダなど聞きながら、テレビを見ていたなあ、と思うんです。そのとき、4年後には転居しているとか、社内の部署を異動しているとか、全く想像もしておりませんでした、そういえば。当時、まだコンピューターも持っていなかったように思います。自分のサイトを持っているなんてみちろん思いもしなかった。そして、その前の96年アトランタ大会のときには、まだ独身でありました。両親と一緒に暮らしておりましたね。まだ浦安市民ではなかった。バルセロナのときは入社3年目の駆け出し社員、ソウルのときは大学生、で、ロスではまだ高校生、と。常に4年後の自分の立場など全く想像できていなかったと言えるのであります。
 4年に1度の五輪。選手にとって長いというのはよく分かりますね。五輪の間にピークが過ぎてしまう選手も多いでしょう。そして一般の我々からしても、次の五輪、と考えると4年というのはかなり長いんですよね。人生、けっこう変わっていたりします。小学生6年の人は高校生になってるわけですから。
 案外、「北京のころにはどうなっているか」なんて考えるのは面白いですね。来年ぐらいまでならある程度の予想も立つでしょう。しかしたった4年後がそんなに明確でしょうか。今と変わらないよ、とは私は思えません、いろいろあると思うのです。
 私は、普通のプロスポーツには全く興味がないのですが、五輪は別格ですね。それぞれの人生のサイクルに結び付けて思い出せるイベントは、ほかにそうないと思う。
 北京大会のとき、自分は何をしているか。こう、この日記に書いておいて、4年後にこの文章を読み返してみたいと思います(覚えていれば、ね)。

2004年8月29日(日)
日付が変わったところで、今、見てきた映画「ヴァン・ヘルシング」のことなど書いておきましょう。もう先行上映しておりまして、話題作だけに劇場は長蛇の列でした。
 まず言っておくと、妻は絶賛しておりました。近頃見た映画の中で最高とすら。実際、ノンストップ・アクション・ムービーとしては一級品だし、SFXも今時の最高水準であるし、最初から最後まで退屈させない、娯楽作品としてはとりあえず文句ない作品だと思います。だから、そういうものが好きな人には絶対的にお薦めできるでしょう。
 が、私は、退屈はしなかったけれど、なにも感じなかった。当節、どのような映像も驚きはしないし。エンディングが万事ハッピーエンド、ではない点はある意味で意外でしたが、それにしても、見終わった後で、あのシーンはなにを表していたのか、とか、登場人物の心情を思いやって、とかいうことはついぞ、私にはありませんでした。
 ちょっと感情移入できそうなテーマはフランケンシュタインの怪物の悲劇でしょうか。でも、ああいうのもフランケンシュタインものの定番ですしね。別に予想外の展開じゃありません。
 もっともっといろいろなモンスターが出てきて、テレビゲームのような感覚で楽しめるのか、という期待からしても意外に物足りなかったように思います。
 というわけで、なにか映画にドラマを求める向きには、さほどインパクトはないんじゃないかと思います。にもかかわらず、イメージと映像で興行的には成功する、つまりヒットはするとも思いました。
 そういうわけで見るならお早めに。なにより話題性が重要、と思うので。映画史に残る名作、みたいな要素は絶無なので、かえって後でDVDで見る値打ちはないかもしれません。大スクリーンであまりなにも考えずに受身で鑑賞するぶんには申し分ない作品、というのが私の感想であります。
  ◇               ◇             ◇
 その後、内外のサイトなどで調べても「映像や音楽は最高にいいが脚本は最悪」というのがひとつの定評になっている映画、と分かりました。だから上記のわれわれ夫婦の感想というのはちょうど、その両面を公平に取り上げたことになるのでしょうね。

2004年8月27日(金)
今日も夜勤でありまして、この後、仕事が忙しくなるかどうかは、かかってこれから行われるアテネ五輪、シンクロナイズド・スイミングの団体などの結果にかかっていると思います。それにしましてもあのシンクロというのは実は、ありとあらゆる競技の中でも最も過酷なもののひとつだそうですね。一見すると優雅そのものなんだけど。
 もうマラソンなど目じゃなく、フルマラソンに遠泳に自転車まで加わる鉄人レースことトライアスロンなんかよりも、ある意味過酷だそうで、一面、耐久競技であるとも。なにしろ一日の練習で費やすカロリーは5000から1万`・iというから尋常じゃない。もう6時間から10時間もプールにいるそうです。普通の競泳選手やマラソン選手の練習量の倍は軽く必要とか言います。この競技の選手は無理に減量などする必要はないそうです。しかもほとんど水面に上がってこないし、上がったときは微笑みが要求される。ほとんど海女さんみたいな体質になっていると思われますが、あの奥野史子さんなど、松井ヘッドコーチが振り付けをしたとき、最初から最後まであれもこれもと技を盛り込んだら、全然、息継ぎができなくなってしまったそうで、それで松井監督が「ごめんごめん、息継ぎできるところを作るから」と言ったら、奥野選手は「大丈夫、今は苦しいけれど、じきに無呼吸で全部やってみせます」と言って驚かされた、なんて話。さすがに厳しい松井さんも奥野さんの強情ぶりとか根性には圧倒されたそうでありますね。ということで、窒息死の恐怖と戦いながらああいう演技をしているわけだ。超人ですな、超人。
 思うに、もし船が沈没したときなどには、競泳選手よりずっと強いかも。何しろ何時間でも立ち泳ぎで平然と浮いていられる人々、しかも笑顔で(!)。
 なんにしてもこういうものは厳しい世界です。かつてクラシックピアノのコンクールなど受けていたうちの奥さんなど、そもそもはそんなにスポーツに興味はないのに、結構オリンピックというものを同士的な目で見てしまうらしい。まあ、ああいうものも似てますよね、実際。音楽家というのは、作家や画家よりは、スポーツ選手に似ているというのは確かでしょう。一発勝負で優劣を決めるわけで、やり直しはきかない。審判がその場で採点する。似てますな。
 なんにしましても、新聞屋としましては、このまま平穏に終わって欲しいです、五輪。
 

2004年8月26日(木)
このところアテネ五輪だとか、今日あたりはロシアの航空機テロ(?)だとかでいまいち、世間的には印象薄いことかもしれないが、連日、経済ニュースなどではダイエーの再建問題なんてものを取り上げております。そもそもダイエーがでかすぎるもんで、軽々にお取りつぶしともいかず、主力行のUFJも統合しないと立ちゆかない、というその主要な不良債権というのはダイエーであったりするわけで、困った会社である。ついでにいえばプロ野球の再編問題だってダイエー球団の問題が根底にあるわけであります。
 私の住んでいる千葉県浦安市は、JRの駅の真ん前の一等地にダイエーが入っておりまして、要するに町の顔である。ほかにヨーカドーも西友も、その他の小さなスーパーもあるのだが、なにしろあまりにもメインの場所にこいつがいるから、困るのである。というのも、やはり元気のない企業が駅前を占めていると、鬱陶しいのであるよ、悪いけれど。
 それで、元から倉庫のようにものを売り場に積み上げる雑な商売ぶりのダイエーに好感はそんなに持っていないのだけど、近頃はもう広大なフロアー中、探しても全然、店員が居ない。ことに正社員らしい者などほとんど見かけない。なにか聞きたくても人が居ないのだから。あれでは万引きなどもし放題であろう、なにしろ監視が居ないのだから。
 それで、市内の各スーパーと比較しても、少なくとも当地では、実は雑貨品や文具などで、他のスーパーより充実しているのである、ダイエーは。それが、最近の報道では食品スーパーに特化して乗り切る、などと言っているようである。
 が、食品に限れば、地元の安いスーパーの方がずっといいのだよね、実は。
 だから、駅前に生ける屍と化したダイエーが、食品だけ商って居座る図はかなり市民としては迷惑なのだよな。そんなもんなら要らない。
 といって、駅前に巨大な廃墟を作られるのはもっと困る。木更津などで駅前の大型店舗が撤退して困っている例がある。町全体がしぼんでしまうのですよね。
 本当にどうにもならぬなら、やはりどこか別のスーパーに入ってもらうのがいいわけである。本当に悪いのだけど。全国で60だか70だか廃店するというが、ここはどうなのか。
 実を言えば私、大学4年のときにダイエーの内定をもらっていた。申し訳ないが、入らなくて良かったと思うしかない。
 それにしてもつい6,7年前にはまだまだ業界のリーダー的な存在だったのだが。
 世の中、先のことは分からない。

2004年8月25日(水)
ちょっと早めなんだが、25日分の日記をば・・・というか全国的に今頃同じような意見が飛び交っているだろうけれど、アテネ五輪の野球チームは不甲斐ないとしかいいようがない。恐らく、全種目の参加者の中でも最も億万長者が多いはずである。仕事をしながらろくにスポンサーも付かずに参加しているような選手達ではない。これだけいろいろな種目の選手がメダルを獲得する中、まったくいいところなく阪神のピッチャーに抑えられて0点で敗退するなど、実に無様である。この直後に中国にストレート負けしたバレーチームと比べても、あちらのほうがずっと惜しい負け方だったろう(もっともすべて競り負けるというのは自力で劣っているのは確かだが)。
 なにしろ0点、ということは決して、絶対に勝てる可能性がなかったわけだ。点が入らなければどうにもならぬ。作戦もよくなかったように見える。
 野球にサッカーに。いつも言っていることだが、別にプロ・スポーツなどなにも特権階級でもなければ偉いわけでもない。セレブ気取りで威張っていても、ここ肝心なところで国家間戦争に敗れたのだ、ダメな者はダメである。サッカーについてはW杯が本番でこっちは・・・などと言い訳することもできようが、それにしたって決戦リーグにも行けないほどでは、今回は本気じゃないなどと言ってもどうにもならぬ。どこの国も同じ条件であろう?
 折しもプロ野球の統合問題で、なにかとヤクルトのFがしゃしゃり出てきて、ファンの声などというものを持ち出して自己主張をしているが、はっきり言ってプロ野球などどうなろうが構わないし、儲からないチームやリーグなどどんどん減ればいいではないか、というような者だって世の中にはいるのである。みんながみんな味方のようなことを言ってもらっては困る。
 あのような不甲斐ない実力ならみんなやめてしまったらいい。
 松井やらイチローやら、大リーグで活躍などといっても所詮、アメリカ国内リーグである。いざ五輪本番と比較すれば、やはり大したことには思えない。
 夢を売る、などと言うがお前達プロ選手が億万長者であることでうれしい者などいるのか。少年達は野球など目指さなくて良い。もっと国益になる学問や、スポーツならメダルが取れそうな種目を目指してほしいものである。
 夢を売る、などと言えば音楽の世界でストラディバリウスというのがある。あれが1億円もするのもはっきり言って、楽器そのものの性能とか骨董価値と言うより、バイオリン界のはったり、バイオリニストという存在に夢を感じさせるためである、というのが真相だとか。単純に音だけ聞くと、最近の日本のメーカーの数百万円台のものが一番、実力的に高いとか。本家ストラディの音のよさは、蝉の翅から煮出したキチンをニスに混ぜて塗っているから、だという。日本メーカーは最新技術で海老とか蟹から抽出したキチンを混ぜているのであろう。企業秘密がいろいろあるだろうけれど。おまけに最近のバイオリンはエレキギターの世界で20年ほど前に開発されたファインチューナー付きのロッキング式テールピースを搭載しているものもあるとか(ギターでいうケラーとか、フロイド・ローズみたいなシステムね)。つまり技術革新の波は実際にはあるのに、いつまでもブランドを保とうという動きが強いわけだ。・・・・ちょっと次の漫画にバイオリンを出そうと思って調べてみたら、分かったことどもである。
 そんなものは要するにバブルである。つぶすにしくはない。夢は必要だが、バブルは幻想であるし、有害である。実態以上の背伸びは見苦しい。サッカーとか野球はそんなものじゃないか?

2004年8月24日(火)
沖縄の米軍ヘリコプター騒動なんてものが、徐々に日本人の不快さを助長しつつあるわけだが、中国は横暴、アメリカも横暴と、なんとも面白くない。なんとなくオリンピックがそれなりにうまくいっているので、それはそれとして今の日本人、嫌な気持ちはしていないと思うのだが、実際のところ今の環境というのは嫌なものである。
 それにしても浜口京子の父親は出張りすぎではないか? 試合をしているのは選手である。
 それで、米軍の横暴の話に戻れば、夏休み明けの首相は「日米でよく話し合って解決して欲しい」などとコメントしていたようであるが、いつもこういう言い方をするのだけど、「解決して欲しい」というのは国民なんかが言うべきことで、あなたの立場では「解決したい」でしょ? なんでそういかにも「下の者に任せてあるから」という表現ばかりするのか。
 この人がだんだん人気低下しているのも、要するに彼が万事につけよきに計らえ、の馬鹿殿体質だからである。実はこれといって自分ではなにもしないのだが、それは手法じゃなくて、もうそういうやり方しかできないのであるな。
 ああ、それにしても夜勤続きだと、日中は眠くてなんにもできないし、夜は夜でこれから日が昇る、という時間からなにができよう? これはよくないですなあ。

2004年8月23日(月)
さあて。今、「リディック」という映画を見てきました、レイトショーで。SF超大作でロード・オブ・ザ・リングよりもマトリックスよりもタイタニックよりも予算がかかっている、というので見に行きました・・・・・・。
 簡単に言いますと、お尋ね者の殺人犯が宇宙征服を狙う狂信的宗教団体にして軍事組織である「ネクロモンガー」(なんかネクラモモンガと聞こえてかっこよくない)というのと戦う羽目に。なんでもこのお尋ね者のリディックだが、ネクロモンガー首領「ロード・マーシャル」(元帥卿? なんかスタイルもダース・ベーダーのようでもある)を倒す、という予言があったらしい。それで心ならずもこいつらと戦うわけだが・・・・以下まあ、ネタばれというほどのこともない、それだけといえばそれだけのお話。
 結論から言うと、ノンストップ・アクション映画。それなりに最初から最後まで飽きさせないのだから、その意味では立派な作品。でも娯楽作というには陰気だし、真面目な大作ものとして見るには深みが足りない。哲学を感じさせない。だから後味的には物足りない。またビジュアル的な面では大いに不満である。すすけた黒ずくめのネクロモンガー軍は威厳もすごみも怖さも足りない。首領はダース・ベイダーの真似といわれてもしょうがない兜などかぶっている(しかも真似とはいえこれが印象強いのに、途中から外してしまうのでだんだん誰が首領なのか分からなくなってしまう)。
 そもそもあちこちの惑星を襲っているんだがなにをしたいのかよく分からずじまい。兵器も冴えない、宇宙船も冴えない。この悪の軍団が徹底的に凶悪で恐ろしい、強そうな集団でないとどうにもならない。つまり悪の美と魅力がないと。スター・ウオーズ・シリーズが意図的に帝国軍とダース・ベイダーの造形をナチス・ドイツをモデルにしているのは、アレ以上に魅力的な悪がないからである。ロード・オブ・ザ・リングでもサウロンやらサルマンやらの悪が極めて原理的な部分から悪であることを納得させているから面白い。この映画じゃ悪党がうまく描けていないのだ。思うに主人公も強い悪党である。主人公のあくの強さを押し出せば、せっかくの悪の軍団もたいしたことなく見えてくる。アンチ・ヒーローものの難しさかもしれない。
 ロード・・・でローハンの後継者エオメルを演じていた人が、首領を裏切る将軍役で出てくるのだが、これと、自分の旦那に謀反をけしかける奥方とのやり取りは、まるきりマクベスのぱくりである。ちなみにロード・・・の原作ではエオメルは重要人物だが、映画じゃかなり軽い扱いだった。で、この役者さんも印象が薄い。今回は存在感としてはそこそこ。
 ネクロモンガー軍に襲われた惑星「ヘリオン第一番惑星」もまるっきりモロッコか何かのようで、町並みも服装も単なるアフリカ。おまけにここの住民は「メッカ人」で、「ニューメッカ」なんて駅まである。要するに回教徒だとしか思えない。モモンガ軍は何ゆえこの星を侵略しているのかまるで分からない。
 侵略した大王が、町の狭い集会場みたいなところで演説する。ひとつの惑星を制圧したのに、近所の公民館みたいなところで演説するのだろうか? 
 うううううん。トータル、悪い映画じゃない。充分に楽しめるとは思う。でもスペースオペラとしてはやけにスケールが小さいのが気になる。要するに脚本がイマイチなのではないだろうか?
 帰ってきたらアテネ五輪・女子のマラソンをやっている。怖いので後で結果だけ見ようかな。既に野口以外の日本選手は後落しているようだ。6チャンネルで放送しているのだが、CMで高橋尚子が出てきたのに驚く。わざとか? やはりここまでの展開でも、少なくとも前半で脱落した二人よりは、高橋を出しておけばよかったのでは、と今更ながら思わずにはいられない。では皆さんお休みなさい。

2004年8月21日(土)
まもなく日付が金曜日から土曜日に変わるところですが、今日も会社におります・・・。さすがに柔道の重量級で金連発には、ひねくれ者の私も驚きました。案外に重量級は、ことに女子の場合は難しいもので。これで日本の金メダルは11個、なのかな。東京五輪の16個は例外として、それ以外の大会で最高なのはミュンヘン(だったかな)の13個ぐらいだと思う。まあかなりハイペースであることは疑いもない(この後すぐ、競泳の柴田が金メダルで12個となりました)。
 ところで、世の中のひねくれ者のサイトなど見ていると、稀な話ではあるが「柔道なんて日本ばかり勝つお手盛り競技でつまらない」などというとことん斜に構えたスレッドを建てているイヤな掲示板もあったりする。馬鹿馬鹿しい、どこの国だってお手盛り競技をいくつか持っているのだ。これは好きずきの問題ではない。オリンピックというのは疑似戦争なのであり、どれほどそういう発想が古くさかろうがイヤらしかろうが、国威発揚の場であることは確かである。ただ、いまだに中国当たりで見られる国ぐるみのステートアマみたいなスタイルは、今時、古くさいということはある。今回の日本選手団に古くさいナショナリズムのにおいなど全くないのであって、純粋に国民の力、国力の発揮ととらえてよい。
 明らかに国として自信がつくのだよ、成績がいいと。そりゃもうどうにもならないのだ。一時、選手は日の丸を背負っているという意識を持ちすぎナノでは、などと言って、それで気の毒に千葉すずさんなど「楽しんできます」なんてそういう流れを先取りして発言したら叩かれた。そうじゃない。きちんと日の丸も背負い、しかも個人としても楽しみ、結果としてきっちり勝てるものは勝つというきわめて合理的で当然至極なことを、今回はうまくできているということである。メンタルトレーニング面でも、重圧でつぶれたような人はごく少ないように思う。はっきり言って「日本選手団主将」というのが重すぎた人というのが目立ったまで。日本のスポーツ界も一定の成熟を迎えた、ということでいいのだろうと思う。
 そういう意味で、柔道無用論などごく一部でも述べることはきわめて国益に反する。ばかげた、それこそ無用な議論である。そもそも今回ほど柔道でうまくいっている大会はない。いつもはお家芸どころかかえって全然駄目なこともあるのだから。少なくともサッカーなどよりはるかに国益に資しているジャンルなのだから、もっと大事にすべきである。
 それでなくとも日本のプレゼンスを極東地域でどう出していくか、というのが重要な時期を迎えつつあるのである。いい加減な掲示板サイトのいい加減な参加者も、もっとまじめに考えたがいいのである。
 

2004年8月20日(金)
またまたドジョウが・・・正確に言えばボーシャという原始的な種類なんだが、水槽を飛び出して「自殺」してしまった。これで自殺者は3匹におよぶ。この場合は、元気な者ほど飛び出してしまうのだから始末に悪い。しかもきちんとフタをしてあるのに、浄化装置の狭いすき間をわざわざ抜けて飛び出すのだから、もう覚悟の自殺というしかない。
 ちなみに今回、自殺したのはウルリヒという名前だった。少し前まで、一緒の水槽にいたクルトをあまりにもいじめにいじめ抜くので、思いあまって別の水槽にしたばかりだった。
 で、迫害を受けていた方のクルトは、一時もうこの仲間の攻撃で弱り切ってほとんど瀕死の状態だったのだが、こっちはなんとか持ち直した様子。
 不思議なもので、さんざん威張り散らしていた方が先に死ぬ。いじめられっ子の方が結果として生きのびる。面白いもんである。
 そういや、私の部屋に置いてあったサボテンが枯死してしまった。ふと見たら、葉っぱなのか幹なのか、サボテンの「パーツ」がぽろり、ぽろりと落ちている。
 サボテンも立ち枯れるほど暑いとはすごい環境である。なにしろ朝、起きて温度計を見ると余裕で32,3度になっている。炎天下にいるのとさしてかわらない。
 このサボテンにすら過酷な環境で昼まで寝ている私は大した物であろうか。
 日当たり良好です、とは聞いていた。しかし程度問題ではある・・・・。

2004年8月19日(木)
詩を二つ、それから文章をエッセイコーナーにひとつ、追加しました。宣伝でした!!
◇               ◇               ◇
 今日、たまたま自分の新聞の投書コーナーのゲラを見ていたら、67歳の人の終戦時の思い出話が取り上げられている。となりの家に分駐していたらしい兵隊さんとの思い出、という内容で、この当時この投書者は8歳だったという。まあ、その内容そのものはどうということもないのだが、問題は、自分をかわいがってくれた兵隊さんは「軍隊長さん」だったという。で、最初から最後まで短い文中に5回も「軍隊長さん」が出てくる。
 私はどうも奇っ怪に思い「軍隊長、というのはあるんですか。この人自身、終戦時八歳だから軍隊用語に詳しいわけでもないでしょうし・・・・。ひょっとして分隊長じゃないですか」と提稿部に電話してみた。しばらくたって、文中すべて「Yさん」という名前に改める直しが出た。
 という具合で、もはや67歳にもなった人の記憶でも、日本軍の姿はおぼろげであり、色あせているのである。
 これだけ記憶を失っているので、かつての侵略戦争、などといくら言われても、もはやこっちはなんのことか分からなくなっている。
 今回のアテネでも、実のところ日本人と中国人の軋轢はいろいろあるように聞いているが、実体験もないのにどんどん悪のりする先方と、実体験がないままどんどん忘れていくわが方、永遠に話がかみ合うはずもない。結局、東西冷戦のどさくさにまぎれアメリカにすり寄って戦後処理をごまかしてきたので、今となってはほとんど修復不可能である。
 そういえば、なにしろ中国では反日=愛国である。日本では反日=左翼=アンチ・ナショナリズムである。悪いが日本の左翼系の人が中国の反日運動にどんなにすり寄って歓心を買おうとしても、あっちの反日運動家は一国主義者であって、決して報われることはない、という東大の先生の論文を新聞で読んだ。まさにその通りであろう。

2004年8月18日(水)
卓球の福原愛選手がポイントを重ねるたびに「サーッ!」というような掛け声を発することに、ひそかな話題が盛り上がっているようでもあるが、別にアレは福原の独創ではないはずだ。ほかの日本選手がほとんど報道されていないから分からないんだが、恐らく一番若い彼女が言っているのだから、より年上の選手もこの「サアー!」というのを言っているはずである。主に、点を取ったときと、それからラケットを構えるときである。
 というのも、私は中学校で1年間ほど卓球部に所属していたんだが(半年ぐらいで幽霊化し、2年生になったころには退部)、あのころもなんだか知らないが、先輩どもはなにかと言うと「サー」とか「オイッサー」とかいう掛け声を用いていた。さらに正確に全部言うと「オイッサ、ヨーシ!」とかいうらしいのである。これはなにか語源があるのだろうか。外国選手はこんなことを全く言わないように見えるので、日本の卓球文化独特のもんじゃないだろうか。これも、なにかたとえば旧海軍だとか、かなり特殊な業界用語の引用とか名残とかじゃないか、とも思う。日本のスポーツ界には古い残滓みたいなものがいろいろあるものであるから。あるいは武道のような気合の入れ方なんだろうか。
 何かものを言ったら反則、というルールがあるわけじゃないから別にいいのだろう。また日本選手がああいう掛け声を言うことは外国選手は知っているだろうから、どうということもないのかもしれない。が、結構、自分が劣勢になると、あの勝ち誇ったような「サー」とか、こっちがサーブしようとするとき相手が促すように「サッ!」と言うとか、かなり気になるものである。
 独特の号令、というのでまるで関係ないが、宇宙戦艦ヤマトの最後の作品で、沖田艦長が復帰する、という衝撃のシーンに際し、「ソーエーヘーレーシキセーレーツ!」という号令がかかる。マニアックだなあ、と思ってみたことを思い出す。これは「総衛兵礼式整列」であって、軍艦の乗員が全員、正装して舷側にずらっと並ぶ。このシーンでは地球防衛軍司令官がヤマトを訪れる、という場面だったからこういうことになったのだろう。
 が、その直後に突然、沖田が艦橋に乗り込んでいて「ただちに発進」なんていう話になるが、無茶苦茶である。礼式整列からすぐに発進されてはたまらない。まあこっそり、沖田がヤマトに乗り込んでみんなを驚かそうとしたわけだろうけれど。してみると茶目である。
 この号令も、いきなり聞いても漢字に変換できない業界独特の言葉であるが、どこにもこういうのがあって、その世界を分節化するのである。
 私はというと、業界語が嫌いである。新聞界でもいろいろ用語があるが、好まない。同じような理由で方言もあまり好かない。これは、転校経験が多かったためである。
 方言は温かい、などと言われてもよそ者から見れば疎外感しか抱かない。そんなわけで方言詩とか方言文学にも私は冷たい。
 けっこうグローバル志向なのかも、自分?

2004年8月17日(火)
漫画紹介コーナーに、先日のコミケで発売した新刊「パンツァークナッカー」を掲載しました。ご覧ください。また、詩とエッセイの新作もまもなくアップ予定。宣伝でした。
◇            ◇            ◇
 ところで皆様、見てましたか? 私は見てました・・・いやああ、これはすごい。体操の28年ぶりの金メダル。前にとったときは、私はまだ9歳だもんだから、「体操日本」なんてのも私ぐらいの年でも実は、よく知らなかったりする。その後モスクワをボイコットしたあたりから徐々に衰退して、いつのまにか忘れられてしまった。
 で、今回は今までと違う、強いんだ、という下馬評はあっても、いつもいつもそれで騙されてきたから、また前評判倒れでしくじるんだろう、などと悪いけれど思ってきた。予選トップ、と聞いてもまだ信用ならない、なにせそれで決勝はぼろくそ、というのが体操に限らず日本人のスポーツでは多いもんだから。
 で、昨日は夜勤だったのですが、仕事が終わって帰ろう、という段階ではNHKは野球の対オランダ戦をやっていた。負けている! なにやってるんだ中畑! そう思って車に乗り込み、家に着いたら「野球ファンの皆さんすみません、体操に切り替えます」とあっさり言うのでずっこける。
 で、その体操だが、今回から、今までの一番下の成績を切り捨てて5人の選手のうち上位4人の合算で、というのから、3人が試技をやってその3人の成績だけで判定、と変わったことを知る。なんじゃそりゃ、一発勝負? それに練習というか、ウオーミングアップも許されない。とにかく会場にやって来て、淡々と3人やって、それだけなんだと。
 そういうわけで、今まで結構だらだらした展開に見えた体操なんだが、今回は時間がかからない、どんどん進む。そして、絶対に失敗できないというプレッシャーで、以前の五輪などより明らかに雰囲気が重くるしい。「一人は失敗しても大丈夫」から「絶対に失敗できない」というルール変更がこれだけ選手に重圧を与えるのか。本当に世界の第一流の選手が次々に失敗しているのに驚く。床でラインをはみ出す、あん馬で落っこちる、跳馬の着地でずっこける、鉄棒で落下する・・・まさか、というミスが続出。見ていてこちらの心臓が痛くなりそう。
 日本の出だし、床で合計28・3、この時点で7位というのを見て「こりゃまた駄目か」と思うが、実はこの床が一番の曲者で他国の選手もどんどん失敗する。だから日本の「とにかく失敗だけはしない」という作戦だったことに後で気付く。その後も、あまり得意じゃない跳馬なんかはそこそこに、とにかく失敗しない手堅さで、得意の種目では大胆に、特に最後の鉄棒なんかは見事なモンだったなあ。で、劇的な大逆転。これは文句なし。
 表彰式は午前6時。ひょっとして早起きの人はここで見たか。私は昼夜逆転してるのが幸いしてこの歴史的な戦いを見られたのはラッキーでありました。
 そうそう・・・野球もあの後、逆転勝ちしたようである。が、オランダ相手にあんなに苦戦してはいけないと思うが。
 ◇            ◇          ◇
 またまたお役所の発表、というか女性参画会議かなんかのお手盛り発表で、働いている女性の多い地域ほど子供の出生率が高い、という統計を発表していた。で、いろいろ都合のいいことを言うわけだが、馬鹿馬鹿しい、その労働率も出生率も高い地域というのは北陸とか東北である。つまりこれは農家の女性たちである。当たり前ではないか。都会の親掛かりでプーの女性も、自分の田畑を持っている農家の担い手の女性も、「労働」とか「出生」とか単純に同じ数字にして比べてしまう。しかし全くライフスタイルが違うのであって、比較してもどうにもなるまい? こういう統計がなんの役に立つのか。これははっきり言って「農村地帯の女性のほうが働く率も子供を生む率も高い」ということを表しているにすぎない。そして「都会では無職女性は仕事がないゆえに永遠に無職女性であり、農村では人手が足りないからみんな農業に就くことを強いられる」とか、「都会の無産階級の女性はそのままなすすべもなく年をとるが、家屋敷や田畑を持ち、跡継ぎが必要な農家なら女性も子供を生む」という当然のことを示しているに過ぎない。
 あのなあ。今の日本は完全に世襲的封建社会に戻りつつあるのよ。都会の無産者なんて負け組みなんだよな。子供を生むなんてのは今や、金持ちの道楽に近くなっているのだから。そんなことを統計で示して何の意味があるの?

2004年8月16日(月)
コミケも終わり、ようやくオリンピック中継なんぞ見る余裕が 出てきたのだけど、まあそこそこにみんなやっている、といえばいえる、が、期待からすると現実は厳しい、ということもあってまだなんともいえぬ。が、鳴り物入りで行った男子サッカーの不甲斐なさは、悪いけれど際立っているわなあ。というか、日本の場合サッカーをちょっと持ち上げすぎなんではないか、サポーターには悪いけれど。
 私は前にも書いたとおり、プロ野球の特権意識とかプロ野球ファンのお客様意識が嫌いでしょうがないのだが・・・繰り返しになるが、人気のない改革派のオーナーが辞任してさぞせいせいしたことだろう、しかしそれで近鉄球団の経営が良くなるわけでも、パ・リーグの運営が良くなるわけでもない。仮にライブドアが乗り込んできても、儲からなければまたやめてしまうしかないだろう、つまり経営の問題はあくまでお金であって、儲からないものをボランティアでやるには、「ファン」という人々はもっとお金を拠出しなければならない。選手は取り分を減らさなければならない。私には12球団護送船団方式のほうがよほど奇怪に見えるのである。が、世間様は銀行は横並びを許さないのに、球団は経営内容にかかわりなく横並びを求めるらしい。私には全く理解できない。誰が頑迷といってファンという連中が一番、頑迷なのではないか。
 しかし、近頃はサッカーもかなりのさばってきているようであって、私はJリーグというのはどれだけ採算が取れているのか知らないが、少なくとも一般的には全く人気はないといっていいだろう。しかしことジャパン・チームとなると話は違い、日の丸を背負った擬似戦争の尖兵という扱いとなる。これは野球にはない独特の文化といえる。
 が、しかし、所詮は単なるスポーツなのであり、そして日本のサッカーなんてまだまだ全然格下なのであり、この間のW杯で少しうまくいったからといって、あれはあくまで地元の利なのであり、勘違いをするべきじゃないのである。思い上がるには早すぎるのである。
 というか、ちょっといいと思い上がる、冷静を欠く。これは日本の民族的特性である。60年ばかり前の大戦争でも日本人はそうであった。そして、悪くなるとどんどん悲観する。これも60年前の戦争でそうであった。
 気分でなにかをやるようなこの民族性はなんとかしたいもんである。
 おりしも、株価がまたどんどん下がってまた1万円を割る勢いである。これも悲観論が蔓延し再び不況に逆戻りして、無職の若者はますます町に溢れ自殺者も増えるだろう。
 スポーツなんぞで騒いでいられる間が華である、などというと無粋に過ぎるか。

2004年8月15日(日)
 昨日はコミケに参加。しかしまあ・・・・暑いこと。いやあ、今年の関東地方は本当に暑いので他地方からおいでの方にも自信を持っていえますが(?)、今年は異常です。しかも早く引き上げて正解。あの後、レインボーブリッジ周辺は花火大会でますます人出が溢れて・・・考えるだけでも恐ろしい状況でありました。閉会の4時まで粘っていた人は帰ることが出来たのだろうか?
 白い海軍士官の服にセーラー服の私ども夫婦も、それは分厚い冬服を着込んでいる人らよりはずっとましなんだけど、暑いこと暑いこと、どうしようもない。
 私どもは3時すぎに早々に撤退。しかしタクシーはつかまらず、駅はすでにパンクしており、臨海線の隣の駅、東雲まで歩きました。そこでタクシーをつかまえて浦安まで・・・・疲れましたね。人の波に恐怖感すら覚えた。十万単位の人数が小さな駅に殺到するのだから恐ろしいことです。
 率直のところ、あまり売れませんでした、うちとしては。前回の半分以下かも。しかし周辺のサークルもみんな不調のようで、老舗のサークルさんもあまり売れていない様子でしたなあ。ううん・・・印象的にはちょっと低調なコミケだったかも。うちの寄稿漫画を売っていたサークル、イージスの人も今回は低調、と言っていたようで。
 原因はやはり暑すぎるのと、不景気なのと(景気回復なんていってもコミケに集う若い衆が実感するのはいつのことやら)、それからハガレンこと「鋼の錬金術師」がブレイクしすぎて、今回の二日目は人の流れが東ホールに集中、こちらの「その他の分野」まで客がやってくる余力がなかったのではないか、と思われます。
 人気漫画があると盛り上がるわけですが、しかし特定のものの人気がありすぎると、これはこれで困ったことになるわけで、コミケも難しいものです。
 あと、どうもメカミリ分野は「研究本」を求めているお客さんが多く、コミケなのに漫画の人気がない、というのが意外な実態のようです。うちなどオリジナル漫画志向なので、今後はオリジナル分野への進出、ということも視野に入れたほうが、などということも考えております。とにかく、いやあ、かなり疲労しました。先週のゴルフより百倍疲労しました。
なにか低調だと精神的にも疲労します。どうもコミケという場も、人は集まるのだけど、質の部分でどうなんだろう、とも近頃思う部分もあります。
 夕方、家に帰ったら、谷と野村の柔道がベスト4あたりに進出していました。その後、なにもできないまま朝まで眠り込みまして、今日の昼になって新聞を見てこの二人が金メダル、というのを知りました。しかし団体競技はソフトボールもバレーもみんな不調のようですねえ。
 なんかまだまだ疲れが取れません。明日、会社かあ・・・困ったモンです。
◇              ◇            ◇
 ふとテレビをつけたら柔道女子52キロ、横沢のキューバ・サボンとの戦い。最後にもう駄目だ、と思った残り時間10秒からの逆転一本勝ち。あれはすごい!! あんな試合は見たことがない。にんげん、何事も最後の最後まで諦めるな、という教訓。なにを読み聞くよりも有益な実例。女王サボンもさすがに最後の10秒は流したのだろう・・・深い。いい試合を見ました。

2004年8月13日(金)
※明日、コミケにおいでになる方へ。新刊「パンツァークナッカー」ちゃんと出来ておりますから、安心しておいでください。1冊500円の破格値(フルカラー表紙で60ページ、お安いでしょ?)。今回はおまけとしてロシア兵美女のイラスト入り(ロシア軍フィールドカーも)ノートも作りました。同人誌を買った人にはもれなく贈呈。
 また、メカミリサークル「イージス」の新刊にもうちのゲスト漫画「メダル・オブ・オナー史上最低の作戦」を寄稿しております。こちらもよろしく。
 と、宣伝でした。
 ◇              ◇            ◇
 というわけで、今日から例の「コミックマーケット」をやっているはずである。が、ウチの出番は明日である・・・なんにしても東京の真夏日は連続39日となった。もちろん新記録である。今日も暑いことだろうし、明日もまた暑いことだろう。気をつけないと。
 会社では五輪で大忙しだろうが、私は平然とコミケに参加するのである。携帯は切っておかないと・・・・・・・(汗)。
 ゆうべ、うちに帰ってなにげなくデジタル放送をつけたら見覚えのあるシーンが。あの「ナバロンの要塞」である。ちょうどマロリーたちが爆弾を仕掛けて、要塞が吹き飛ぶあたりのクライマックス。ふーん、こんなだったかな、と思いつつなんとなく最後まで見る。ドイツ兵がドイツ語をしゃべっているのが大変によい(妻の話じゃひどい棒読みだというが、かえって変にセリフらしくなくていいのじゃないか)。その後、なんとまた「ベニスに死す」をやり出した。これまた何年ぶりに見るか。子供のころこれを最初に見たとき、船がスクリーンに現れてから港に着き、主人公アッシェンバッハがホテルに着くまでに20分もかかる冗長さがたえがたく、すぐに投げ出してしまった。二度目に見たときも展開の遅さにビデオの早送りを使ううちに終わってしまった。で、今回はなにげなく、ちゃんとはじめから最後まで見てしまったが・・・・今、これを新作として発表したら駄作と言われるかもしれないな。1971年当時、美少年と呼ばれたこのタジオ役の子役も、今の眼で見ると不良ぽい目つきの単に痩せてひょろひょろした子供である。あまり美しいとは思わない。上流階級の無為な休日の日々のくだらなさを延々と描いている、という意図はよくよく分かるがそれにしてもなにもなさすぎて疲れる。どうでもいい美学論議は聞いていてあきれる。マーラーの曲はあっているけどこれまた冗漫さを助長する。しかしこの映画を見たら漱石の坊ちゃんみたいなもんで、ベニスを散々悪く描いている、人々はうそつきで、ずるくて、伝染病ははやっていて、ホテルは混んでいて退屈で。最悪である。トーマス・マンの印象がこうだったのだろうかな。が、ご当地じゃどう思ったのだろうか。そして、主人公のくだらない変態ストーカーぶり(と今なら片付けられるだろうなあ)と惨めな死・・・なのだがあまりにもくだらない人物なので、困ってしまう。しかしこのくだらなさに惹かれて今回は最後まで見てしまったのだから、すごい映画なのかもしれぬ。ラストでゴミのように運び去られる主人公の遺体、というぶっきらぼうなエンディングが実は一番秀逸。
 その後12チャンネルに回すと、なぜか「時をかける少女」をやっている。これまた真相が明かされて、謎の少年が未来に帰っていくクライマックス。原田知世が若い。この枠ではよく昔の角川映画をやっている。角川春樹、今度は戦艦大和を撮るというがどうなるか。にしても、原田が突然、松任谷由美の主題歌を歌いだすというので有名なエンディングは微苦笑を誘われる。結局、演劇風のいい演出と思うけれど。
 なんてことで今日の夜、というか明日の早朝、アテネではオリンピック開幕。しかしうちはコミケに備え寝ているだろう・・・・。
 ◇      ◇             ◇
 などと言いつつのんびり会社に行ったら、うちの会社の大幹部衆の異動が発表されていた。某球団オーナーをやっているグループ会長以下、球団幹部総退陣のようだが・・・・あ、もちろん新聞社の経営はやるんだから内輪的にはあれなんですけど。いろいろ表向きの理由については言っているけれど、結局、販売局、というか販売店から「部数目標ばかり押しつけられても、ああいうことで足を引っ張られてはかなわない」という圧力が強くなったんじゃないですか。前から大変だとは言っていたが、関連人事でたった一か月しか運動部長やらなかった人が巨人代表に、一か月前に運動部長を卒業したばかりの人が運動部長再任、などとドタバタしてるところを見ると、あまり考えた人事じゃなくて急みたいね。
 でもまああれだ。これで世間的に人気のない人が去った。不満を言っていた人らはこれですっきりしたのかもしれないが、近鉄の経営がこれでよくなるわけでもない。パ・リーグの経営が厳しいことも変わらない。
 つまりなにも状況が変わらない、むしろますます動きにくくなったと思うしかない。
 本当にプロ野球なんてそんなにまもらなきゃいけない文化であるのか。ファンなどではない私には全く理解できない。


2004年8月12日(木)
徳島・阿波踊りが始まったそうだが、あれほど有名な祭りでも「なんと130万人の人が徳島を訪れます」などとテレビで報じていて、驚く。なんでといって、例のコミケ、コミックマーケットはたかが同人漫画とオタクの祭典であるし、会場も東京ビッグサイトのごく狭い一部であるにもかかわらず、50万人がやって来るのである。全く、こんなイベントはほかに例があるまい。超のつくようなお祭りと同レベルなのである。
 それにしても、だ。これが未来永劫に続けられるのかどうか、危惧はある。あくまでも代表者とボランティアスタッフの綱渡りで運営されているのであって、これが10年、20年、30年後も維持できるかどうか、保障はない。別に財団法人とか企業がやっているイベントではないから、脆いものなのである。
 お祭りといえば、ゆうべは夜更かしをした人も多かったろうが、なんとなくアテネ五輪が始まってしまった。「なでしこジャパン」の快勝は私も見ていた。もっとも私にとっては午前の1時前後など、全然、遅い時間じゃないので、この点は夜勤職場は助かるのである。とにかく幸先は良い。地力が出れば恐らく日本を上回るであろうスウェーデンチームはちょっとテンションが上がっていなかったようにも見受けた。我がほうの仕上がりのほうが良かったのだろうが、それはつまり監督さんが偉いのであるし、選手の皆さんが偉いのである。
 サッカーで思い出すが、韓国じゃいまだかつてないほど親日感情が高まっているらしい。それは例のサッカーがらみである。中国が最近になって、古代の高句麗王朝を、中国史の一地方の歴史として処理しようとしていることに韓国民が激怒しているからだが、これも当然であろう。実際、「日本の占領・統治はもちろんけしからんが、しかし所詮、最近の数十年の問題である。中国は朝鮮民族の歴史を全否定しようとしている」との声が実際に出ているそうであって、確かに中国の主張が通れば朝鮮半島史はほとんど近世までないことになってしまう。怒るのは当然だ。また、香港や台湾でも「かつての日本の侵略などという問題とサッカーの試合になんのかかわりがある。たかがスポーツのゲームも冷静に見られないとは」と中国の民度をば問題にして非難しているようであるが、もっともであろう。
 実際、気に入らない国と見てはいちいち敵対行動をするような国民が五輪など開催する資格を持っているのか疑問ではある。
 かつて、日本「パッシング」という言葉がはやった。欧米が日本を素通りしてNIES諸国、最近は中国を重視するようになったことを指すのだが、まもなく「中国パッシング」だって、案外に想像外に早く訪れるかもしれないではないか。中国人の慢心がよく分からないのだが。すぐ後ろをもっと潜在力の高い(なにしろ高い学力と英語力がある)インドが猛追している。さらにまだ全く手付かずの南米もアフリカもある。中国は早くからアフリカなんかに借款を与えて(日本が与えた借款を転用してるのだから腹立たしい)手なずけようとしており、そのへんに深慮遠謀はあるだろうが、いったん途上国の離陸が始まったら、手なずけることなど出来ない(中国も結局、そうなったではないか。国民は貧乏なうちは卑屈で、上昇し出すと傲慢になる。これは抑えられない)。
 これからはインドの時代、という声が日本の学会や財界にあるようだが、もっともである。

2004年8月11日(水)
 コミケに出ている「文章同人誌の批評誌」なるところから、そちらの(つまり辻元の)作品を贈ってください、などと言ってきた。面食らったね。要するにコミケなんかで漫画のパロディー小説なんかを書いている人と思われたみたいである(まあ、うちのサイトを見ていると何がなんだか分からないのも無理はないのだが)。
 しかし、こと文芸の方面についていえば、そりゃこちらも有名作家でもなきゃ、ベストセラー・ライターでもない。しかしながら仮にも日本文芸家協会と現代詩人会に在籍する身としては同人ライターと一緒くたにされるのも業腹だ。一方で、うちのサークルとしては漫画の同人誌は出している。これは確かに商業誌じゃなくて同人誌なのだけど、完全に漫画の同人誌なのだから、これまた協力しかねるのである。そういうことで、丁重にお断りした。
 別に権威ぶりたいわけではないが、もう少しどういう相手か調べてから、話をつけてきたらよかろう。
 さてそれで、ちょっと関係ないがプロ野球の統合・合併問題なんてことでデモをやった人たちがいるんだが、あれは誰に対してやっているのだろう? 本気でオリックスとか近鉄とか、パ・リーグを救おうと思うなら、毎日球場に足を運び、また私財を100万でも200万でも寄付すればいいではないか。選手達も、高い年俸を返上すればいいではないか。他リーグ、他球団の選手も、それが本気であるなら署名活動などしていないで、自分の自腹で何億円でも近鉄球団に寄付すればいいではないか。
 私は前にも書いたが、野球に特別な感情も思い入れもない。むしろ、なんで野球ばかり特権意識にあぐらをかいているのか、と思ってきた。高校時代など、なんで野球部のやつだけは授業中に寝ていても大目に見てもらえるのか、なんで野球部だけ全校で応援してもらえるのか、という具合でどちらかというと否定的に見ていた方である(それなのに応援団長だったのだから奇怪である)。
 従って、日本から野球なんてものが完全になくなっても全く困らない人間の見方であることを、先に断った上で記す。
 たとえばUFJと三菱東京が統合するに当たって、ファンの皆さん、つまり利用客の皆さんの意見を聞かなくてはいけないのだろうか。山一証券が解散するに当たって利用客の声を聞いたか。結局、球団は私企業であり、経営問題である。経営問題で意見を聞かなくてはならないのは株主であって、消費者ではない。どんなに「自分はこの会社の製品が好きだから」と訴えても会社が倒産したらどうにもならないだろう。しかも今回、経営破綻しているのは要するに人気がなくて、これまで誰も支持してこなかった球団ではないか。
 とにかく、球場に人がたくさん来て、金が儲かりさえすれば存続できたのである。後になってつぶすな、などというのは馬鹿げている。ライブドアの社長さんも買い取りたいとは言うが、寄付するとは言わない。だったら他社の経営に口を差し挟むのは越権である。
 日本の球界は民主主義がない、などというが民主主義で経営している企業など、私は知らない。むしろコーポレート・ガバナンズは最高経営責任者(CEO)の責任の所在を明らかにせよ、というのが最近の流れであろう。
 大リーグを理想化する人もいるが、日本のジャイアンツなどお呼びもつかないほどの強権ヤンキースなどが支えている大リーグがそんなに民主的か。あちらのほうが地域密着的であることは事実であるが国の大きさが違う。他の州の球団など、日本で言えば中国や韓国のチームのようなものである。日本の東京と大阪の球団など、あちらの間隔で言えばほとんど隣町に球団がひしめいているような話だ。ああいう大国でのあり方をそのまま日本のスケールに持ち込むという発想は馬鹿馬鹿しい。しかも、どんどん人気のない不採算球団は退場していったわけだし、今もリーグ管理下にあるようなお荷物球団もあるのである。別にそんな夢のような話などない。当然だ。弱肉強食の本家のアメリカで不人気球団など誰も救うわけがない。
 巨人一極集中はよくなくて、戦力均衡を、という議論はもっともな話で、この点はアメリカなどは日本よりうまくいっているようではあるが、しかし野球ファンの何割かは野球ファンではなく巨人ファンなのであり、そういう人は巨人が一方的に10対0とか20対0で勝っているような試合を見ていたいのである。いかに試合としてはつまらなくとも、そうなのである。いわゆるいい試合なんてものは見たくないのである、違うだろうか? これは中日ファンでも阪神ファンでも同じであろう。本当の話、日本ぐらいの小さな国で、コアなファンがついていて経営が成り立つとするなら実際には4球団とか6球団あればいいのじゃないか、というのが冷静な経営学的見方じゃなかろうか。
 いいやそんなことはない、という人は、これから毎日、暇が有れば球場に行けばいいではないか。それもできるだけ人気のない試合に。また多額の寄付でもすればいいではないか。かけ声などいらないのだ。選手達は億万長者であり、あいつらを養わなければ球団は存続できないのである。養いたいという人は個人的パトロンになってもいい。
 結局、野球ファンが減っているのだ。おまけに小泉政府は今後もどしどし増税をやるし、景気はまたまた後退局面だそうだから、今後、日本の個人はますます余裕がなくなるのだ。そこを球界の人間もファンと呼ばれる人たちも直視したらいいだろうと思う。

2004年8月10日(火)
 なんともかんとも夜勤続きであることよ・・・。今時の感覚だと、朝遅くて夜仕事するなんていいじゃない、と思う人もあるかもしれないけれど、やっぱりなんか世間とずれてる感じになっていかんですよ。長い目で見れば身体にいいとも思われないし。
 ところでコミックマーケットというのが近づいてきたわけです。土曜日なんですが、また何十万人という人が集まるわけでしょうなあ。しかしあれです、なんかこう私の感じでは、ちょっと漫画文化も退潮であることをなんとなく感じますですね。
 ううううううん。自分も参加しているんだから、天に唾するようなあれですけど、やはり作品、というのがどうも低調に思えるんだなあ。
 同人漫画なんてものは基本的には習作なんだと思うんだけど、これでもって金儲けしたいとか商売したいとか、そういう発想が強すぎるんだなあ。それはバザーと変わらない訳だ。人気のあるサークルは「大手」と呼ばれて、中心から「壁際」に配置され、その商品を買おうと列を作る人は外に回され、炎天でも雨でも野ざらしにされる、というわけで、コミケ事務局としては、そのような大手サークルをば、壁際に「追いやる」という表現をはっきりしているわけであります。つまり序列として売れるサークルが偉いわけじゃない、壁際は名誉と心得ている者が多いがそうではなくて、文字通り壁際に邪魔者を追いやっているのであり、できればそういう人はプロになるなりして、コミケからは出来るだけ早く卒業して欲しい、というのが本筋の議論らしい。でも、この場でいつまでもいつまでも金儲けしたい、という人が多すぎるわけであります。主催者としては困っていることでしょう。
 毎回、落選して逆恨みし、放火してやるとか、爆弾を仕掛けてやるとか、いろいろ脅迫行為をするものもいるんですが、これも事務局によれば、いつもいつも落選する人というのは大抵は書類不備による落選であるとか。
 たとえば「ボールペンで書類を書いたら駄目(印刷に出ないので)」などと注意書きがあるのに、懲りずに毎回、ボールペンで書くような人がいるそうであります。それでいつも落とされる、といって恨む。馬鹿者ですな。でも世の中こういう人が多いわけだ。
 関係ないですが、アメリカの世論調査で、今度の五輪の開催場所を「アテネ」と応えられたのは56パーセント。さすがに中華の国アメリカ、外国のことなどまるで興味がない。ところが、そのニュースを伝えた朝の番組で、4チャンネルの羽鳥キャスターは「でもアメリカ人だけじゃなくて、日本の遊園地なんかで若い子に聞いても、半分ぐらいの子は応えられないですよ」と言っていた。なかなかいい受け答えである。
 日本の若い者が馬鹿である、ということだけが言いたいのじゃあるまい。なんとなく盛り上がっていない、ということが言いたいのじゃないか。
 まあ始まれば、それなりになってくるんだろうが、今のところ全然、盛り上がっていないのは確かだなあ・・・・・。

2004年8月09日(月)
ほんの4,5年前、中国の脅威、などと言ったり書いたりすると真に受けられなかったように思う。それが今度のサッカーなどで、ことに歴史とか政治とかいうことにそもそもは興味のない若い日本人世代がどのように思ったか・・・というのが気になるといえば、気になる。とにかく第二次大戦以前のことなどいくら言っても、今の10代とか20代、いや30代ぐらいでも、若い日本人は決して理解しないので、要するにこちらの反中感情が急激に高まるのは間違いない。江沢民は、先々のことくをどの程度考えていたのか、いいや、全然考えていなかったのだろう。実際のところ、祖父、曽祖父の世代の問題で若い世代の中国人がかさにかかった態度をとった場合、大方の日本の若者は「先祖の話は分かった。だが、俺はお前に危害を加えたか?」と反発するのは当然であろうから、今回のことはきわめてよろしくない。前のワールドカップのころと比べ、中国がなにかと大国意識をちらつかせるのが、周辺国から見てだんだん鼻持ちならなくなってきているのは確実である。
 ところでアメリカの選挙で民主党が勝てば、ブッシュはクソだなんだと言いつつ共和党政権は基本的には日本重視である(占領地を重視するのは軍国政権にとって当然である)。民主党は親中である。クリントンなど明らかに日本を無視して中国を厚遇した。北朝鮮もである。このへんのスタンスは必ずしも民主党政権が日本にとって好ましいわけではない、ということを表すわけで、国際政治なんてものは難しいのである。
 とにかく、中国ネタのニュースを見たくない。いらいらする。

2004年8月07日(土)
朝、目が覚めるといつの間にやら高校野球などやっていて、青森山田高校が天理に勝っている。それから家を出て、柏にある実家に母を見舞う。ふとテレビをつけると天理が延長で逆転勝ちしている。わからんものだ。
 料理は母がやっているが、後片付けは父がやっているという。室内の掃除も父の分担である。なかなかいいことだ。とにかく休み休み、やってもらうしかない。
 それから千代田線に乗り、代々木上原で乗り換えて下北沢へ。ここのBマニアックスという店で、ドイツ海軍の白帽子を買う。ついでに艦隊徽章も。今年の夏コミのテーマは「海軍」である。ああ、あくまでコスプレの話だ。漫画は空軍がテーマ。
 そうそう、新作漫画ができた。「パンツァークナッカー」という。ドイツ空軍の優男とソ連軍の女狙撃兵が戦争をエスケイプして兵隊ヤクザみたいに逃げ出すというわけの分からない話である。近日中にこのサイトでも紹介する。
 それから家に帰り、サッカー・アジア杯を、いくらか気にしながら無視する。私が見ているとよく、応援しているほうが負けるから。スポーツの試合だと本当にそういうことが多いのだ。むしろ忘れていて、あとで結果を聞くぐらいのほうがよかったりする。いや・・・別に高校野球では天理を応援していたわけではないが。
 11時にふとテレビをつける・・・どうも日本が優勝したらしい。日本のサッカー選手はなかなかタフになったな、と思う。
 重慶爆撃というのを日本の若い者が知ったなら、それはそれでいいのかもしれない。これは無差別爆撃の走りである。日本海軍の九六中攻(一式陸攻の前の機種で、マレー沖作戦まで現役)の航続力を生かした「渡洋爆撃」なんてので有名になった・・・などといっても戦前・戦中生まれのうちの両親もそんなことは知らなかったそうである。というかもう60代半ばの人でも、戦後のどさくさ以後しか覚えていない。こういう状態の日本人にいろいろ言っても、はかばかしい反応を示すはずもなく、ますます向こうは面白くない。
 しかしそんなもんだろう、やられた方しか覚えていないものである。
 内陸の発展途上地域のにんげんは、いらいらしたら日本人をバッシングして鬱憤晴らしをするようである。かつてアメリカの自動車業界のにんげんなんかもそうであった。
 日本というのは所詮そのような役回りなのであるか。
 それにしてもサッカーというのはつくづく擬似戦争である。野球とは違うものだ。
 まもなく五輪であるが、あれはそもそもが擬似戦争である。今回こそはなにが起こるかわからない・・・のんびりした勝った、負けたで終わればいいのだが。
 そうだ、だから私は今度の五輪、テレビで見ないことにしたらいいのか・・・。見ていないで後で結果を知るぐらいで・・・万事、平和にいけばよろしいが。

2004年8月06日(金)
なんだか今年の10月16日のライブ04は、私はバンド編成で臨むことになった。全く久しぶりだがたまにはいいかもしれない。ちゃんとできるところも見せておかんとな(誰にさ?)。高校時代に組んでいたギタリスト氏と実に20年ぶりに組んで、私はベースに回るつもり。しかし昔は何時間、演奏しても面白くて疲れたりしなかったもんだが、近頃はそうはいかないわな。というか30分もやれば、まあこんなもんでしょ、とかこのぐらいなら余裕で弾けるな、とか、そんなことで終わってしまうんでアレです。
 ああ、ギターの弦を張り替えんといかんなあ。
 その他、あれやこれや、自分自身のことも考えつつ、皆さんの世話を焼きつつ、出演者を集めて交渉して、仕切って、会場を押さえて、会計処理して、さらに宣伝まで・・・とこの主催者というのも相当に面倒なものです。本当にここ何年か、狭い会場に90人とか100人とかお客さんが来て立ち見まで出る盛況なんだが、これがなかなかねえ。率直に言ってこちらから頼み込んで出ていただいているような人には、ささやかながら御礼もしなきゃいけないし、遠隔の人には少しは交通費を、などということで実のところ相当な出費になるわけです。当然ながら持ち出しなんですよ、これだけお客さんが来ていても。
 私の好みとして「誰でもいいので出てください」という形式もあまり好きじゃないんだよねえ。そういう喉自慢みたいなのは。結構、他人には厳しいのだよ私。勝ち抜き戦見たいなのも好きじゃないけどなあ・・・でも、昔あった東西対抗みたいのは面白いかもしれないけれど。まあ、なんいしても協力してくれる人がいないとあれですねえ・・・・・。
 そういうわけで、一応、今までの体制のライブ大会はいったん解散、ということになったわけであります。とりあえず来年以後、どうしようかな、とも思うんですがそれはまあ、先の話しだしなにもしなくても誰も困らないだろうし・・・。
 と、珍しく詩人らしい述懐にふける私でありました。

2004年8月日(木)
 韓国のホラー映画「箪笥」が公開されている。これは人気あるのだろうか。まあ韓流ブームだし実際にスピルバーグが注目したというのは本当だろうから面白いんだろう。まあ、私は決してみませんけど(ホラーは見ません、私)。
 それはどうでもよくて、テレビCMなんかでこの映画のキャンペーンソングとして流れている曲がいいのだよね、すごく。「ヒア・アイ・アム」というのが。
 そしたら、これを歌っているのはトルコのシンガー、セルタブという人らしい。トルコのシンガーが韓国映画の曲を、という意外性があるわけだが、実際はあくまで日本でのキャンペーンソングであってテーマ曲ではないらしい。なわけだから、ますますさよなら「箪笥」。
 で、そのセルタブのCDを買ってみたのだが、これはいいですねえ。近頃の出色の出来。非常に丁寧に曲作り、音づくりがされている。ごてごてしている割に大味な曲が多い最近の音楽の中では際だっていいですね。特にヒア・アイ・アムは名曲ですねえ。
 どういう人かと言えば・・・。「トルコのイスタンブール生まれ。音楽学校を卒業後、キャバレーでのシンガーとしてプロ活動を始め、1992年アルバム・デビュー。 1994年以降立て続けにヒット・アルバムを発表し、押しも押されぬトルコのトップ・ディーヴァに。 1999年、リッキー・マーティンのアルバム『リッキー・マーティンーヒア・アイ・アム』の中の「プライベート・エモーション」でリッキーとデュエット(日本ではメイヤとのデュエット版が発売)。他にも3大テノールのひとり、ホセ・カレーラスとの共演。2000年にヒット曲と新曲で構成されたヨーロッパ向けのアルバムを発表し、好評を博す。2003年、ユーロビジョン・ソング・コンテストに出場し、みごと優勝。コンテストで歌った「エヴリ・ウェイ・ザット・アイ・キャン」は、スウェーデン、ドイツ、スイス、ギリシャなどで大ヒットを記録し、一気にインターナショナルな歌姫への階段を上り始める」という人だそうで、すでにベテランなんだけど(御年も40過ぎらしい)日本じゃ全然知られていなかったので、このほど来日してプロモートもしたらしい。
 というわけで、こういう曲を掘り起こして、アーチストの知名度が上がったのだから「箪笥」も意味があったわけ。この人を選んだ人はセンス高いですね。えらい。でも映画は見ないよ。
 関係ないけど、元気だったのに急に死んでしまった。え、なにがって? ドジョウのメルダースのことですよ。つい今し方まで元気で餌を食べていたのに、急に苦しみだしてひっくり返ってしまって。
 生き物なんてもろいものですなあ・・・・・。

2004年8月04日(水)
なんで今年は降るところには降り、降らないところには降らないのだろうか。台風の連発でお困りのかたもいらっしゃるでしょう。一方、こちら関東地方は相変わらず、夕立すら来ない。
 昨日のこの日記を書き込んだ後、今度は不二家のペコちゃんを盗んだ男が懲役1年半の実刑、などと言っていた。またついさっきは自分の娘を計画殺人して保険金を手に入れた母親が18年だかの刑期を言い渡されていた。
 どうなんであろうか。これだけのことをやって十何年、である。一方、くだらない人形を盗んで1年半、である。どうも日本の裁判の量刑はよく分からない。はっきり言ってしまえば、確か4人以上殺さなければ死刑判決は出ないようだから、3人ぐらいまで、気に入らない者を殺す犯罪が一番、割がいいことになるだろう。などと考えると実に恐ろしいことじゃないだろうか。
 自分が裁判員になったりしたら、このあたり納得できるもんかどうか、と思う。
 別のニュースで、「自分が悩んでいるのに、子どもは無邪気に笑っているので腹が立って」自分の幼児を殺そうとした母親29歳、という話をやっていた。最近じゃこんな程度はほとんどニュースにならないが、なかなか文学的なテーマかも知れない。子どもが無邪気であることが腹立たしくて、という発想が、である。共感はしないが、もし万一、自分に子どもがあったら似たようなことを考えるかも知れない、自分の場合。子どもらしさを嫌悪する人格というのはあるものである。
 そして、思うにそのような人格の者は決して親になど成るべきではない。私はそのように思うので子どもを望まない。
 少子高齢化の問題は政府が考えるべきことで、個々人の責任ではない。ところが横浜の産婦人科医院じゃ、中絶した子どもの「死体」を続々と処分していたという・・・。政府と財界は、本当に頭数さえあれば社会が維持できると思うなら、こういう中絶児を育てればいいではないか? 相当な数に上るはずであるが? かつてのナチスはそのようにした。
 昼間、アニメ専門局で昔の天才バカボンをやっていた。面白い。不条理な世界観はカフカにも通じる。近頃のギャグマンガ、たとえばボーボボ・ボボボボーボボなどがいかにふざけにふざけても赤塚不二夫の狂気には太刀打ちできぬと感じる。笑いつつどこかぞっとさせるのである。
 大阪城の三の丸が、従来、総構えとされていたところまで全部だった、という新設を大阪城天守閣の館長さんが打ち出したらしい。それは面白い。昨年、出てきた堀跡の解釈でいろいろもめているそうである。あれだけ有名な歴史的事件、城郭であってもどんどん新事実が出てくるのだから歴史は面白い。
 が、歴史を振り返るのと、歴史にこだわるのは違うであろう。最近、日韓関係はかなり成熟してきているが、急激に日中関係が悪化。サッカーも心配である。中国政府は、これまで意図的に反日感情を煽ってきたし利用してきたが、とうとうコントロールできなくなってしまったのだろう。人民が自由になり目覚めれば目覚めるほど、経済力をつけるほど、こういう問題が収拾がつかなくなるだろう。自業自得ではあるが。
 それにしても、いささか最近の中国人が天狗になりすぎている、と思うのは私だけじゃないだろう。

2004年8月03日(火)
段ボール詰め殺人の元配達員に懲役13年の判決(求刑15年)・・・なんて報道があった。考えようじゃないだろうか。あれだけ残酷になぶり殺しをしていても、13年。それも模範囚ならもっと早く出所できるのだろう。まあ実のところ10年ぐらいの辛抱じゃないか。
 思うに、人生が50年とか60年とかいう時代には懲役15年とか、13年とかいうのはそれなりの重みがあったのが、今じゃ人生80年から90年も稀じゃない。いや本当に90なんて稀じゃないのである。私と妻の8人の祖父母のうち、2人が90代に突入している。そんな具合である。
 その場合には、10年の刑と言うのもさほどではないように感じられるのだが・・・。裁判員制度なんてものを持ち出した場合、多くの裁判員はむしろ、法で決めている量刑がきわめて軽微なことに驚くのじゃないだろうか。
 ところで、加古川の47歳の馬鹿な男の話であるが・・・こんなヤツが身内にいたらどうであろうか。なにもかも終わりである。こいつは死刑になるだろうけれど、一家全滅であるからかなわない。
 よくある話だが、一人でもこういう者がいたら大変なことになる。私は何よりもこの血縁なるものを恐れる。親類づきあいが好きだとか、大家族がいいとかいう人も世に多いだろうが私には理解できない。
 ところで、デジタル放送で映画の予告ばかり流しているチャンネルがあって、ぼーっと見ていたら、「イカレスラー」「ハーケンクロイツの翼」などなど、なんか奇天烈な映画ばかりだなあ、邦画。資金のなさを妙な企画でごまかしている感じ。
 ことにちっともドイツ軍と関係なさそうな「ハーケンクロイツ・・・」はなんなのかね、これは。むかつく。
 中国・重慶でのサッカー場の騒動やら、あれこれ面白くもないことばかりである。
 アテネ五輪なんてのも、なにがあるか分かったもんじゃない。
 くだらないから、夏など早く終わってしまえ。

2004年8月02日(月)
 ぐあああ。痛い痛い。あちこち痛い。もう筋肉痛と足のマメで大変(昨日のゴルフのせいね)。まあ思ったよりは症状軽いかも、10年ぶりにしては。
 ぜんぜん関係ないが、近頃は夜勤が多いので、昼間のテレビ番組などかえってよく見るのだが、NHKの昼番組でオープニングの生演奏をやっている「バニラ・ムード」なる女の子四人組のクラシック・ユニット。あまり出番はないのだけど演奏は確かだし、ルックスもよろしい。恐らく音大を出た新進音楽家のグループだろうが、何者なのだろう、と思っていたがすでにちゃんと公式サイトもあってhttp://www.vanillamood.jp/現役女子音大生のユニットらしい。誰がどういう風に仕掛けたのか知らないが、今時、クラシック系で売るならこの路線に限る。ことにNHKで露出開始したのはきわめて素晴らしい。
 音大を探せば技術はものすごくあるけど仕事のない女の子がゴマンといるわけで、そのほとんどは卒業後、プーとなってしまうのが現実である。音符が読める、絶対音感がある、難曲が弾きこなせる、そういった超人的な技術と能力があるからと言って、それでどういう職業があるであろうか。有名コンクールで受賞でもすればともかく、音楽教師の数も限られている、演奏の上手い人は世の中にゴマンもジュウマンもいる。しかも毎年、卒業生が続々と出てくるのだから、大方の人にとっては卒業は失業者への転落を意味するのが現実なのである。しかしながら、これはある意味、宝の山でもあるわけだから、いいところに目をつけたと思う。
 このユニット、結構、人気が出るんじゃないだろうか、と見ているが、どうだろうか。
 案外、私は初物を見る目はあるように思う。以前に上戸彩が無名時代のこと、というのを書いたが、漫画なんかでもその後の有名作品の第1回目、というのを意外によく読んでいる、そして覚えている、ということは人気が出る前に目をつけていた、ということだ。人気が出て途中から注目したのではない、ということが重要なのである。
 ふと思い返しても「こちら亀有公園前派出所」「サーキットの狼」「Drスランプ」「JOJOの奇妙な冒険」「がきデカ」なんて人気漫画の連載第1回目をよくよく覚えている。たとえばサーキット・・・は第1回目で、主人公はまだロータスではなくホンダ・アコードに乗っていたのじゃないか(その選択がまた渋い)。私は実際にはそんなに定期的に漫画誌など読んでいなかったが、床屋の待合などでたまたま手にした週刊誌で、ちらちらと見た中で、それらの作品は印象が強かったわけだ。もちろん第1回目なのでもちろん、まだ人気漫画ではなく、作者は無名な場合が多く、雑誌上でも大きな扱いを受けていたとは限らない。まあ、私も読み手としてそれなりにいい判断をしていた、ということだろう。
 無論、私はそれらの漫画の必ずしもファンではない。結局、どれもその1回目しかちゃんと読んでいなかったりする。そういう好みの問題じゃなく、インパクト、ということね。
 とまあ、他人のものを読む目はわりとありそう、などと言っても自分の作品のことはちっとも分からないので、全然駄目かも、なのだが・・・・。

2004年8月01日(日)
8月であります。台風襲来のところもあると思いますが、関東は相変わらずお暑うございます・・・。
 ことに本日は柄にもなく、ゴルフなんぞやってまいりました。いやあああ、もう本当にあれですよ。10年ぶりにコースに出ましたよ。なんでまた、という感じでわれながらなんですけど、しかしまあたまにはいいですなあ、この程度の運動も。
 スコア? 聞かないでよ。まあはっきりいってグロスで163ですから、スコアとしては全然しょうもないのですが、なにせい10年ものギャップは大きい。午前はもう一打目から妙に左にそれて、しょうもない感じでした。が、後半はなかなかいいショットも出て(実際自分で言うのもなんだか抜群にいいショット、というのも出たなあ、何回か)、ボギーも三つ。まあこれだけやれればまあまあかな、と。一番いかんのはパッティングかもしれんなあ。あと、新しいシューズが合わないで足の指に豆が。こりゃもう仕方ないことですけど。履きなれない靴で何キロも歩くわけだから・・・。
 栃木県のプレジデントカントリー倶楽部というところでしたが、なかなかいいですよ、ここは。私が以前にゴルフ場に行ったころはバブルの余韻ぷんぷん。結構名門ぶっていて鼻息荒いところもあったりしましたが、近頃はゴルフ場もつぶれますからねえ、随分と雰囲気も変わったんだろうなあ、と。キャディーさんが実にいい人でした。
 そんなわけでして、今日は腕が日焼けしてひりひりしております。とにかく日ごろ昼夜逆転生活している身には、午前10時半スタートという遅めの設定でもかなり厳しいわけですが、まあなんとかこなせました・・・。
 そんなもんで、本日はひりひりしながらもう寝ます。おやすみなさい。

2004年7月31日(土)
ふと目を覚ますとNHKの新撰組!をやっている。佐久間象山暗殺、そして蛤御門の変のあたりだが、久坂玄瑞だの真木和泉だの、改めて見ているとアレに似ていますね、2.26事件に。天皇が自分らの憂国の赤心を理解してくれるに違いない、という宗教心みたいなモンですね、動機が。しかし天皇というのは個人でもあるのであって、説明も直談判もしないでなんとなくこちらの都合の良いように理解してくれるわけがないんですな。また万が一理解したって動かないことになっている。動こうという個人の意思で動いたのは後醍醐天皇とか、特殊な人であるわけだ。
 ああいう心性というのは、日本に特有のお話だろうなあ、と思う。外国じゃ王侯にしろ教皇にしろ戦争でも取引でも個人としてちゃんと話がつく。話がつかないのは神様。日本の天皇は個人なのに神様。直談判しちゃいけないけど、本人には意思があるから困ってしまう、という構造ね。このへんが日本的構造というもので、近頃の皇太子一家と宮内庁の齟齬というのもなんかそのへんがいまだにあるんじゃないか、とも思う。
 直談判しないで慮る、と。そして食い違う、と。そこで珍しく皇族のほうが「食い違っているからちゃんと話せ」と言う、という異例の話になったのだろうな、という気が致しますが、あのほうは。
 ところでデジタル放送の環境になった、家。ケーブルテレビのデジタル回線につないだのだが、いろいろなチャンネルがあるわけですな。で、アニメ専門局で昔のサイボーグ009をやっていた・・・恐らく1970年ごろの作品と思う。そしたら感心したね、悪の組織に手を貸して世界の兵器を無力化する「マッドマシン」を発明した学者が出てくるのだが、その動機というのが、第二次大戦中、ロンドンにいて「ドイツのV1号ミサイルで妻は死んでしまった・・・」だから、などと説明する。へええ、と思いましたね。このころだと、子供向けのアニメでもこういうセリフが平然と出てくる。そういえばゴジラなんかでも最初の作品では、ゴジラに襲われた避難民が「あの戦争でも生き延びたんだ、こんなところで死ねるか!」なんて叫ぶシーンがありますが、昔の作品は技術的には古いけれど、脚本面では今よりも濃いものがあったりする。そういうところに気付くと面白いですなあ・・・。
 さらにチャンネルを変えるとスター・ウォーズのはなしをやっている。経済学者がなぜか解説していて、「あのシリーズで特筆すべきなのは、通貨統合されているんですよ、あの世界では。ユーロ導入で50年かかったわけですが、帝国にしろ反乱側にしろクレジットという統合通貨を使っているのは面白い点ですね・・・」とかいっている。あのクレジット、という通貨単位はおそらく、当初スター・ウオーズシリーズが「レンズマン」の映画化として企画されたことの名残だと思うのですけどね。
 それで思う、いまのCG技術で、今度こそ「レンズマン」を映画化しないモンだろうか。これは強くそう思うな。ロード・オブ・ザ・リングが映画化できる時代ですから、レンズマンもそろそろできるんじゃないかな、と思うんですけど・・・。
 それでさらに思う。リディックというSF作品、一種のスター・ウオーズのパロのようでもあり、またロード・オブ・ザ・リングへのオマージュのような作品でもあり、という前評判ですが、3部作をはじめから企画している辺りも潔い。これも一見の価値があるかも、と思い始めているので、近日、また例によってレイトショーで見に行くかも、と思います。

2004年7月30日(金)
 関東地方はいつまでも雨が降ったりやんだり、台風10号というのがまるきり動かないようなのだが・・・しかし、とりあえず水不足は少し遠のいたことになるだろうか。
 いつも思うのですが、水不足という話はいつも、ダムの貯水量があと2週間で断水というころになってようやく「危ない」などと発表されるのだが、もっと夏場になったら天気予報みたいに定期的に報道したらいいのじゃないだろうか。そんなあと2週間とか10日とかになって、節水などしても間に合うまいに? 特に無用な公共プールなんてもっと前からやめてしまえばいいのである。テレビや新聞で、最近は花粉情報とか洗濯情報とか項目を増やしているようだが、ここに「水源情報」だの「電力供給情報」だの流すのは無益ではないと思うな。よらしむべし、知らしむべからず、というのは駄目なんだ、というのは最近の流れであるはずだ。私企業は秘密があるほど駄目な会社と言われる。大赤字で負債があっても、きちんと情報公開したほうが株価が上がる時代である。政府・官庁だってそうなのであって、不祥事やまずいことを隠蔽しようとすればするほど国民は知ったときに反発する。年金の問題なんてのも政治家どもと役人どもが、自分らの無為無策と無責任を糊塗して、いい加減なことをやりからかした挙句に、手遅れになってから無理やり、増税で乗り切ろうという姿勢が許せないのである。増税するなら、その前に大臣や議員や役人の収入をもっともっと減らせ。人数も減らせ。民間企業はみんなそうしているのである。
 ところで千葉・九十九里の「いわし博物館」が大爆発して死傷者も出たというが、一体なにごとなのか。文書庫が爆発したというのだが? 古文書が爆発するなんてことがあるのかしら、である。まさかアル・カーイダの仕業でもなさそうであるが、はて?

2004年7月29日(木)
今、レイトショーで「キング・アーサー」を見てきました・・・これはいいですよ。ミーハー的な人気とは無縁だと思うし、実際に軽薄・能天気という要素はゼロであります。完全無欠の徹底的な戦争映画であり時代劇であります。そもそも、みんながよく知っているアーサー王伝説とはかなり違っておりまして、私はてっきりまたグイネヴィア王妃とランスロット卿の不倫がメインなのか、と思ったら全然そんな話じゃありませんでした。近頃の歴史研究に基づいているらしいのだけど、アーサーは古代ローマ帝国末期の外国人傭兵部隊の司令官で、ブリタニア守備隊の指揮をとっている、という設定なのには驚きました。したがってアーサーと円卓の騎士の服装や武装は完全にローマ軍のもの。敵役はサクソン人、ということになっております。で、グイネヴィアも魔術師マーリンもブリトン人のレジスタンスのリーダーみたいな役回り。
 この人種とか、外国侵略とかいうテーマの捉え方は明らかに現代的、ことにイラク戦争後の現代人の感覚を捉えております。キャストはキーラ・ナイトレイ以外はあまり有名人はいないのだけれど、これがかえって先入観がなくていい。キーラはこの撮影時まだ18歳だったというが、色香といいハードな戦闘アクションといい驚き。日本の若手タレントなんて連中がいかに根性がないか分かってしまう。
 とにかく時代考証の部分、戦闘シーンの素晴らしさは特筆もの。凄いですこれは。
 心ならずもローマ軍に参加している外国人傭兵、ということでなんとなくドイツ軍の武装親衛隊に組み込まれた外国人部隊の悲壮な精強ぶりを思い起こさせる設定でした。また、ごく少数の円卓の騎士が、侵略にあえぐ現地の人々を助けてサクソンの大軍を策略で蹴散らすあたり、それに剣を振るう立ち回りの仕方も、なんか「七人の侍」みたいだな、と思っていたら監督(英国籍の黒人監督らしい)は猛烈な黒澤ファン。確かにこの映画は、ローマ風七人の侍、というテイストでいっぱいで、アーサーのために、義のために生命を捨てて戦う騎士たちの姿、カッコよさはどちらかというと日本人の琴線にこそ訴えると思う。まことに自己犠牲、侍魂なのでありますよ。
 あと、サクソン人の野蛮なこと。4,5世紀において文明国はローマだけ。サクソンは極め付きの侵略者として描かれているのがおもしろい・・・アングロ・サクソンは野蛮だよなあ、としみじみ思う。このへんのテイストもなかなか。
 実際、脚本家(グラディエーターを手がけた人)は、明確に今のアメリカとか、イラクの状況を意識しているそうです、パンフレットによれば。監督も黒人で英国人。キャストにはアメリカ人は全く使っていない。なるほど、なるほどです。だからこういう味の映画になるのか。ハリウッド系の軽薄さが全くないまことに骨太な一作。悪いけれど「トロイ」より感動的だったと思う、同じ時代劇でも。
 というわけでこれはお薦め。見て損ないですよ。歴史ものファンは絶対必見。
 しっかし、この映画の設定からつい4.500年前にはびしびしキリスト様を鞭打っていたローマ軍(パッションね、パッション)、この時代にはすっかりキリスト教に帰依しているわけ。キリスト教は国教となっているのだけど、それでローマは堕落した、という描き方になっていて、異教徒の名の下に異民族に侵略と弾圧を加えていくのだけど、それははっきり言って本当の話。この後、サクソンと同類の蛮族がローマを蹂躙していくのだけど、このゲルマン国家もやがてキリスト教に取り込まれて、やがて宣教師どもを先頭にした世界侵略に向かうわけでして・・・キリスト様、どうしてこうなっちゃったの、と聞きたいところですね。
 さて、映画館の予告で「ヴァン・ヘルシング」が気になりました。日本の「悪魔城ドラキュラ」シリーズのゲームみたいなノリの映画みたい。ヘルシング教授はすっかりインディ・ジョーンズみたいになっている。面白そう。それから「アラモ」という映画も公開されるようだが、これ、あの往年のジョン・ウエインの「アラモ」と同じ話、つまりテキサス独立戦争でのデビー・クロケットたちの悲劇の話でしょ? なんで今頃こういう話が? でもこれも今の技術で再現、ということらしく、またメキシコの独裁者サンタ・アナ元帥などもばっちりフイーチャーされているようだ。これも見てみたい。
 とにかくロード・オブ・ザ・リング以後、明らかに最新技術による歴史大作、戦争大作が増えています。みんなやってみたくなるのだと思う。
 アレクサンダーとかカエサルの映画は出ないかな、とひそかに期待。
 それから、「たそがれなんとか」路線のお涙系じゃなく、関が原の合戦を最新技術で大再現とか、日本もそういう映画をやってくれないか。黒澤映画みたいなのを。やれば受けるはずだけど。ラスト・サムライなんてやらせておくなら、日本の映画でやってほしい。
 あと、これだけなんでもできるのだから、ぜひ第二次大戦ものを今の技術でやってくれえええ、と切に願う私であります(バルジ大作戦なんて今の技術でリメイクしたらすごそうじゃないかしら。もっとも、空軍大戦略やトラ!トラ!トラ!のように昔だからこそ本物の可動兵器とか兵役経験者がいてよかった、ということのほうが多いかもしれないけれど)。
 

2004年7月28日(水)
今やアメリカなんてものも南北戦争以来の分裂状態だそうである。で、なんにしても金持ちと強い者が生き残ればいい、という信念を持っているのが今のブッシュ政権なんだが、一応、志願制になっている兵隊の確保が大変らしい。貧乏人、失業者を作ってこれをどんどんだまくらかして、兵隊にしているのだがそれでも追いつかない有り様。そりゃあれだけ長い期間、部隊を展開していたらそうなるだろう、兵隊も少しは休ませないといけないし、交代もさせないといけないのだが、それがままならないと聞く。
 ところでブッシュの弟で、疑惑の当選にも貢献した弟のフロリダ州知事・ブッシュはディズニーランドといろいろ結託があるらしいが、私は提案したいね、この際。新たに「ディズニー・ミリタリー」を開設するべきなのだ、と。軍服に身を固めたミッキーマウスが「さあ、戦争だよ!」と例の変ちくりんな声で子どもたちを導くのである。戦車や軍艦での生活が体験できるアトラクションの数々に、フセインやビンラディンに手りゅう弾を投げつけるコーナーも大人気だ。ミッキー・ヘルメットはでかい耳がついていて、お土産にもなる。
 ここでの経験が忘れがたく、18歳にもなったらまた、軍の募兵係がやってくる。もちろんミッキーマウスの着ぐるみを着て「さあ、みんな。戦争だよ、楽しいよ」と。
 戦死者には、ミッキーマウス儀仗兵がやってくる、そして愛国者を葬ってくれるだろう。とても感動的に、だ。
 「戦争をエンターテイメントに!!」それが新しい時代のディズニー戦略であるべきだろう。国策に貢献してますます繁栄するであろう・・・。
 日本のTDLも、ディズニー・シーの向こう側にまだ敷地があるだろう。なんなら舞浜の住宅街を取り壊すなり、浦安市の鉄鋼団地を撤去するなり、市民運動公園を取り壊すなりすればいい。そして、ディズニー・ミリタリーをただちに建設するべきだ。
 さしあたり、サマワでも着用できる防暑型のミッキー着ぐるみを製作したらどうか。
 どうせ国民をだまそうというなら、このぐらいやればよろしい。
 

2004年7月27日(火)
我々のような仕事というのは、ほとんどが夜勤となるのですが・・・当然ですな、なにしろ新聞というものは早朝、皆さんの家に届く、つまりそれをつくっているのは深夜である・・・。が、全部が全部、夜勤ならそれはそれで体調もそれなりになってくるんですが、今週は又、突然に日勤をやらされている、それで今は昼間なのだが珍しく会社におります。
 これがきついんですよねえ、急に言われると。いつも、明け方の6時とか7時とかに寝るわけです、日ごろは。それが普通の会社のように午前9時台に出社しなさい、ということになると相当に厳しい。普通のリズムで生活している人が、明日から夜の1時、2時出勤、ついては夕方の2時から3時には就寝しなさい、などと急に言われたらかなり辛いと思うが、我々にとっては完全にそんな感じ。
 そうなると、まず普通にしていては絶対に体内時計が修正できないので、床についても眠れるわけもない。そこで、睡眠薬のお世話になるしかない。
 などというと、また睡眠薬という物にけっこうまがまがしいというか、過剰に使えば自殺とか犯罪に使えるというイメージが案外にこびりついているのか、年輩の人などに拒否反応を示す人があったりするのだが、一日に一錠、眠れそうにないときに限って飲む分には、どうということもない物であります。
 しかしこれがまた、「今日はてきめんによく利く」ということもあまりない・・・。少し前、本当に飲んだらたちまちくらくらと、意識を失ったということがあったが、あんなにドラマのように利いたことはほかにはない。
 しかしまあ、こんな薬に頼って仕事をしているのだからかなり、因果な商売ではあるかも。
 全く無関係ですが、いろいろ調べるとドジョウを愛玩している人は意外に世間に多いようで、そういうサイトも見かけるのだが、またこいつは日ごろは地面に張り付いているくせに、人の目を盗んで逃げる、という習性があるのも確からしい。なまじい腸に空気をためてしばらく我慢できるもんだから、空気中に出ることを嘗めているのかもしれぬ。
 が、それで昨日も一匹、一番高いシマドジョウというのが(一匹1500円である)朝、目を覚まして見たら、水槽から随分離れた場所でほこりにまみれて干からびていた。
 どこかに逃げ出せば、もっといい本当の自分でも見つかると思ったか?
 いまどきの駄目な若者のような魚である・・・・。

2004年7月26日(月)
 今日は遅くなりそうなので、昼の内に書いております。それにしても、母親のことであわただしいというか精神的に落ち着かず、結局、このところいただいていた詩集とか評論のたぐい、山積みになっていたのだが、すこしづつ片づけております・・・。やはり少なくともハードカバーの単行本をいただいたらとりあえず、お礼状は書きたいものだし、書く以上はそれなりに読まないと無責任だし・・・それに、場合に応じて内容に応じて、気に入ったものは自分が連載を持っている詩誌の批評コーナーで取り上げないといけないし。というわけでなんの経済的メリットもないくせに、この「詩人」という看板はなかなかこれで大変なもんです・・・。
 今度は某誌から、今年の9月までに発表された若手詩人の作品で一番いいものを新人賞として発表し、その人に単行本を出させてやりたいので、推薦してくれ、なんて手紙が来た。これがこれでなあ・・・そんな賞があるなら俺にくれよ、俺に、とも思うがもう私も37歳にして、その推薦委嘱状によれば「日本を代表する詩人の皆様」の中に入ってしまうらしく(などと引用していても、空しさに気が遠くなりますな)しかし頼まれた以上、ちゃんと選ばないと、と思いつつ、しかし近頃放言しているように、私自身はもうなにか日本の詩とか、日本語の詩、あるいは日本の文学と言ったものに大して、そのスケールの小ささとか力のなさに失望、絶望の巻が深いこのごろでもありまして、何を読んでもちっとも感心しないのである。非常に後ろ向きなのである。
 なんていうんですかね、日本の文学なんぞこんなもんでしょう、という絶対に陥ってはいけないドツボにはまりこむと、もうなにもかもどうでもいいことのように思えてならない。
 今にまたその気になりますよ、と心配してくれる人が居たりするが違うんだな、これが。別に詩が書けないとかスランプだとかいうんじゃないんだよ、書く必要があれば書けるんだよ自分的にはねえ。そうじゃなくて、とりあえず詩というシステムにうんざりしているのだよなあ・・・。
 などと言いつつ、やめはしないわけです。まあ行きがかり上というか、乗りかかった船というかなあ。 
 いやもう、本当にどーでもいいんだけどねえ。

2004年7月25日(日)
どうしたものか、・・・まああまり暑い日が続くもので、家に閉じこもっていたのでありますが、それでまた、どういう風の吹き回しか、もう2年も前に発売された「ときめきメモリアル・ガールズサイド」というのを急にやる気になりまして(笑)、これはプレイヤーがヒロインの女子高生になりまして(!)学園内で知り合う男子生徒とか、一部先生とか、学校のオーナー、理事長なんて方まで出てくるんですが、これらの人たちと基本的には仲良くなって卒業の日に告白される、というパターンのゲームであります。というか恋愛シミュレーションというジャンルを「ときめきメモリアル」で確立したコナミが、シリーズ最新作を主人公を女性、恋愛対象を男性に移し替えて作った、という話題作でありました。
 なかなかこれがしかし、男性がプレイして面白いのね、かえって。女性ユーザーだとヒロインになりきってしまうかもしれないけれど、我々がやる分には学園ドラマでも見ている気分になって、これはこれで。しっかし、どうもあれです。登場人物ごとに「告白されるパラメータ」というのが決まっているのだが、それは相手によって、たとえばスポーツ系の相手だと学力はあまり必要ない、という場合でも、ついつい勉強に力をいれてしまうんだよなあ私の場合は。なんとしても学年トップの成績をとらねば・・・と、いうことでどれほど運動力とか遊び人系の能力が必要な展開であっても、卒業時には絶対になにがなんでも学年主席を目指してしまう・・・。なんかたとえゲームでも悔しいですからね。
 これ、どなたがやっても、恋愛ゲームというよりも、ああ、俺は学生時代こうだったとか、もう少しこうすればよかったとか、そういう方向に嗜好が向かうんですよ、恐らく。まあ現役の中学、高校生がこれをプレイすると全く違った感想になるんでしょうが。
 やはりコミケ、コミックマーケットの女性向けの同人漫画では、登場人物同士をホモにしてしまう漫画が多いようであります。しかし実際、これをプレイしているとあんまり同性愛的な発想は出てこないように思うけれど・・・どうしても、なにがなんでもホモにしてしまう人たちがいるのであります、これは漫画の世界に詳しくない人には理解しがたいかもしれないですが。ほぼ100パーセント、書き手も読み手も女性。ホンモノの同性愛の男性にはこれらの女性向けのホモ漫画は違和感があるらしいですが。
 で、日本の漫画文化がこれだけ世界的に知られている今も、このホモ系、業界用語ではヤオイ系とかジュネ系とかいうんだけれど、これは認知も理解もされないそうです。日本の女性に特有の傾向らしい。これについてうちの新聞の文化面にちょっと前に記事が出ていて、ある学者さんの分析で「日本の男女関係はなんだかんだといってもいまだに男性優位、という意識が女性たちの中にあり、対等の男性同士の恋愛を描くことで、現実には出来ない自分の理想の恋愛を仮託しているのではないか」という分析があったのだが・・・面白いけれど、綺麗にまとまりすぎかもしれません。
 などとのどかなことをやり、書く気になったのも、母親の一件が一応、落着したからのように思います。

2004年7月24日(土)
まず・・・先月に一度書いたことを、また書かねばならない。母親が退院したそうである。いや、今度は本人の声で「退院した、今自宅にいる」ということだったので、今度こそ確実です。しかし、時々検査のために通院しなければならないのと、「一日に最低でも1・5リットルは水分を摂る様に」と指示されたそうであります。汗をかくから、とかトイレが近くなる、また日本人の妙な精神主義というか「暑いからと言ってやたら水を飲むのはよくない、軟弱だ」というような我慢大会的というか、体育会的な心持も手伝って水を案外にのまない人も多いのですが、あれはやはりよくない。私はかなり飲みます。やはりどこか身体が求めているのだろう、血が濃くなることを避けようという無意識的な判断が働くように思う、自分の場合。
入院した5月11日の翌日、5月12日のこの日記の記述を読むと、長閑にも大手町に開業したドーナツ屋の話題、のついでのように母親入院、と私は書いている。この時点じゃ手術など予想もしていなかったわけで、先は読めないものであります、人生・・・。
 そういえば中学の卓球部にいたときに、汗が出るから水を飲むな、と先輩が指導していたが、今、考えると非科学的で馬鹿げていたようだ。戦前の映画「ハワイ・マレー沖海戦」でも海兵の生徒がたまに里帰りするシーンで、「いずれ艦に乗るときに備えて、今から暑くても水を飲まない訓練をしているんだ。慣れてしまえばなんでもないことだ」なんてセリフもあったが、あれも今の自衛隊じゃ決して奨励するまい。そんなやせ我慢で戦争に勝てたら簡単なものである。
 そもそも、近頃の日本の夏の暑さは昔と違う。かつては暑いと言ってもせいぜい30度前後ではなかったか。それも年間に一週間とか、二週間のことだったから、我慢できた。夜になればひんやりと涼しくなったので、扇風機でもあれば充分に我慢の範囲だったのだが、最近の日本の気候はほとんど砂漠性の内陸気候のようである。今年など都心の一日の最低気温が30度を超えた日があった。精神力でどうこうできる状況ではない。
 最近の高校生ぐらいの服装が著しいミニスカートで、それもシャツの裾をだらけさせて着崩しているのを見て、カッコいいとは思わないものの、ある意味で気候の変化のせいもあるんじゃないか、とも思う、ことに夏ともなれば。英国風のチェック地とか、軍隊風の黒や紺の生地の制服ではなく、ハワイのようにアロハシャツみたいな夏服にしたほうがいいんじゃないか、とすら思うのである。
 気候が国民性を変えるということも、あるように思えてならないが・・・。
 たまたまNHKのど自慢「ロンドン大会」なんてものを見たが、今の季節でも気温は20度だという。こういう国とでは衣装が違うのは当然なんだが。優勝したブロンドの滅法美形の白人の姉ちゃんは宇多田ヒカルを歌っていたが、英語のパートがうますぎて日本の歌とは思えなかった(当然である)。ゲストの森進一の相変わらず鬼気迫るファルセットにうならされる・・・これはロンドンっ子が聞いても「すごいヴォーカリストが日本にはいる」と素直に思っただろう。
 その後のニュースでマイケル・ムーアの華氏911がほとんど選挙に影響を与えず、というのを聞き、その直後のNHKスペシャルで、もはやアメリカがイラク問題とか宗教がらみでニ分裂してしまって、投票行動もすでに決まってしまっている、という話を聞いて納得する。アメリカの中学生ぐらいだろうか、アメリカの人口は? と質問されて「30億人」などと平気で応えているのを見たが、なるほどそんな意識だから傲慢になるんだろう。世界の半分がアメリカ人だと思っているわけか。愚民である。
 優勝劣敗のアメリカでは、社会の負け組、貧困層、失業者の子弟がどんどん軍に「志願」しているわけだ。戦地で死ぬアメリカ兵、というのはみんな貧民である。下層階級である。
 そこで、昨日かおとついに、やはりNHKスペシャルでやっていた中国のITエリートたちの猛烈な学習意欲、中国語、日本語、英語が操れるぐらいは当たり前、という状況を見せられて、日本の若者の未来を考え暗澹としたことを思い合せる。
 そうすると未来図はこうか。自衛隊はまもなくふつうの軍隊に限りなく近づくだろう。日本企業は本当にエリートな人材以外、人を採用しなくなるだろう。大陸からどっとできる人材が入ってくればますますそうなる。失業者、フリーター、こういう若者は軍に志願することになるだろう。そしてパワーエリートの利害に沿って、生命を安い給料で売り払うことになるだろう。
 それは結構な未来図である。
 アメリカ人がどう考えようがあの国の国内問題であるが、ブッシュ大統領では世界はもうアメリカを支持しない、ということだけは理解して投票してもらいたいもんだ。
 所詮アメリカなどと言っても人口2億人台の中程度の国であるにすぎぬ。もし本当に民主主義を世界に広める気なら、自分たちが60億票の中でたかが2億票しか持っていないことを意識したらいいのである。

2004年7月23日(金)
午後、父親より電話あり、長らく入院していた母親は明日、いよいよ退院できるらしい。5月上旬以来、長かった。しかし医者からは「ガラスの血管」と言われてしまったとかいうが・・・無理は出来ないということか。
 とにかくようやく、私も落ち着いた・・・やはりストレスだったようだ。
 ところで、イラクの暫定大統領が「20年は多国籍軍にいてもらわないと、イランに侵略される」などとぬけぬけと言ったそうだ。人の気も知らないでいい気なもんだ。
 オリンピックでは日本選手団だけ丸腰、よその国は重武装でいくという・・・何があっても知らないぜえ・・・・・。
 ということで、今日はこのへんで。しばらくぶりによく眠れる・・・。

2004年7月22日(木)
今日の午後2時、母親のカテーテル手術が始まった・・・待つこと2時間半。予定より随分と長い。映画やテレビで出てくる病院の手術待合室は、シーンとしていて時計の秒針が大きな音を立てているもんだが、実際は違うこと。どたばたと納品の業者は来る、ゴミや洗い物の回収にはくる・・・。そのうち待合のベンチは一杯になってしまう、一体、何人の患者がオペを受けているのか。2時間が過ぎ、「遅いな、もしや?」などといらだち始めたころ、そして待合室でわあわあまくしたてているインドネシア人らしい親子にうんざりし始めたころ、ようやくにして「終わりました」と言われた。る
 「石灰化」した血管にドリルの刃がなかなか通らなくてかなり難しかったようである。血管も細すぎるらしい。
 とにかくこれで山場は越えた。ようやく、ほっとしたというものだ。
 帰りに北習志野駅で、電飾看板に「こうちゃんを知らずして習志野を語るなかれ。そして、いかにゃんにゃんを知らずしてこうちゃんを語るなかれ」とえらい高飛車な調子の広告を見かけ、なぜかその広告コピーを覚えてしまう。どうもイカ料理の専門店らしいが、「いかにゃんにゃん」とはなんなのかついぞ分からない。
 帰ると、NHKニュースで榊原記念病院での医療ミス、つまり心電図モニターをきちんとチェックしていなかったために、23歳の若い患者が死亡した、という話をやっていた。とにかく病院などといっても所詮、にんげんのやることだ。恐ろしいことである。
 読売新聞の「サンワリくん」を描いていた鈴木義ニが亡くなったそうだ。故人には申し訳ないが、ひどい漫画だった、今では決してデビューできまい。絶筆の前日の夕刊で、四コマ目だけキャラクターの袖が長袖になっていたのを直してもらった、社内のデザイナーに。思えばあの時点で、病床で描いていたのだろう・・・。
 中野孝次も亡くなったらしい。彼がドイツ文学者だというのは亡くなって知った。これも故人に悪いが、「清貧の思想」なんて思想とも思えない本が妙に売れたり、柄谷行人と罵りあったりしている10年ほど前の彼を私は適当な売文物書きだとばかり思っていた。

2004年7月21日(水)
NHKの南方熊楠はジミなので、裏番組の民放のクレオパトラものをちょっと見る・・・と、「クレオパトラがギリシャ人だなんて知りませんでした」と仲間女史が言うのでずっこける。アレクサンダーの部将プトレマイオスの子孫なのだから当然である。
 ま、そんなことはどうでもよろしくて、今日は昼間、幕張メッセで始まった「驚異の大恐竜展」を見た。前回、4年ほど前の恐竜展が面白かったので今回も足を運んだのである。今回は、中国の新出土品を中心に紹介しており、サイズモサウルスみたいな超大物を目玉にしていた前回よりはちょっと地味めではあるんだが、これがなかなか良かったですな。
 要するに、ここ4,5年、ことに新興著しい中国でどんどん新発見があって、恐竜研究も日進月歩で書き換えられているようなのである。前回、中国で出土するマメンチサウルス(マメンキサウルス)の首がどうしてこんなに長いのか、謎である、というような説明だった。それが、今回は、この種類の一番古いものであるチョアンジェサウルスというのが、この手の首が長くてとてつもなく大きい龍脚類草食恐竜の始祖であって、中国でこういう恐竜が始まってその後、世界各地に広がったのじゃないか、アメリカなどでたびたび記録を塗り替えている超大物も、起源は中国らしい、という。それにまた中国からやたらに出てくる鳥と恐竜の合いの子みたいな珍獣の数々。これも実に珍しいことであった。
 しかし最も目を引いたのが、プシッタコサウルスという小型の恐竜の家族、という化石であって、親と34匹だかの多数の子供が、一度に火山灰にのまれて死んでしまった跡らしいのだが、なんだか何千万年前の恐竜の親子の死なのだが痛々しい。なんでも、これが出土したのは去年のことで、恐竜がいかに知能が高くて家族生活をしていたか、という決定的証拠だったという。それ以前は、たとえば子育てをしていたある恐竜は、自分の卵の上で世話をする姿で死んでいたのに、心無い学者からラプトル、すなわち卵泥棒という学名をつけられてしまって、以後、この類はどれもこれも「○○泥棒」という名前になってしまう。まったくかわいそうである。
 帰り際の売店で売っている海洋堂が作った特製の恐竜フィギュアの数々も素晴らしい出来。この会場でしか売らないもののようだ。その他、オリジナル恐竜キャラグッズもなかなかかわいい。最後に、出口の直前にあるコカ・コーラが経営しているらしい雲南料理店に入ってみると、もう閉店間際で品切れが多かったのは残念だったが、味は本格的でさすがに本場の料理人を呼んでいる感じである。
 なんにしても、子供づれが多いのだがまだまだ夏休み前の平日、これは来週あたりになるとどっと混むのだと思うが、近い人は一見の値打ちはあると思います。
 これで市川周辺の道が混んでなきゃいうことなかったんだけど・・・。今日は37度か。ちょっと気温が下がったけど。
 NHKの天気予報で「明日もいい天気が続くでしょう」と笑顔で言ったのにむかつく。新潟・福井の方には朗報です、というのはいいが、一滴も降っていない地方の者にはそろそろ好天=歓迎すべきものではない。8年ほど前の猛暑の夏でも無神経な天気予報の担当者が怒られていたように思うが、とにかく晴れがいいもので雨が悪いもので、という単純な話で解説するものではない。

2004年7月20日(火)
 あの・・・・暑いんですけど。40度ですね、これは。これはやっぱり異常だよなあ。去年のこの日記をぐうーとクリックして遡ってみても、そんなに暑いとは自分で書いていない。というか去年は冷夏で、9月になってちょっと暑かっただけだった。今年は6月からもう真夏入りしているから、比較にならない・・・。そういえば8年ほど前、猛暑で給水だ、断水だ、となりかけたが、あのペースでしょう。あのときはもう40度近いのが連日だった。あれ以来の猛暑到来、ですな。
 この暑さにめげず、病院へ行きまして、母の主治医と会い説明を受ける。カテーテルを通してステントを置くのだが、その薬剤ステント、というのが高価な輸入品で保険認定もなく在庫払底につき、今回も3つほど用いたいけど2つは使ってももう一つは通常のステント、というような話。またまたこれも厚生労働省の融通が利かない話なんだろう、いちいち近頃は役所の話が気に入らない。国滅びて役所だけ残る、どういうつもりかあいつらは・・・というような話はしばらく置く。で、血管が石灰化している、つまり石の様に堅くなっていたので薬で柔らかくして、そこにドリル様の器具で穴を開けて・・・というようなことをするらしい。いろいろこういう場合は、万が一の可能性も話すので聞いてて恐ろしいわけだ。成功率は90%だが、1000例中に3人ほどは血が漏れて、緊急バイパス手術に移行する場合もあり、とかね。まあ、義務としてあらゆることを述べておくわけで、そういう姿勢はいいと思った。とにかく今の千葉西病院というのは、説明責任はよく果たしていると思う。あとはきちんとやってもらうしかない。
 にしても、血管年齢はかなり老化、80代の血管だとか。どうもそのへん、いけないようだが・・・。
 ところで、三宅島の全島避難が解除されるという。それはいいことだが、調査によると若い者はおおむね島を見捨てる気で、老人ばかり帰りたい、ということらしい。私のように土地に愛着のない者には図りかねるが、本当に帰って成り立つものかどうか、とは思う。
 なんとなく週刊現代を買い、最近始まったらしい劇画「怜とミレイ」というのをちらちらと読む。よくある公安調査庁のスパイ組織みたいなものをテーマにしたもののようだが、そこの「長官」が視察にやって来て、この長官氏と組織のにんげんが敬礼し合っている図を見て嫌になった。みんな左手で挙手の礼をしているのだ。よくあるいい加減なお子様向けのイラストで、愛嬌で敬礼の真似しているような図なら左でも構わない、しかしこれ、本職の警察官たちであろう? 左で敬礼することはまず、ないだろうと思うが? それとも公安警察は左でするのか? もし単純ミスなら編集部あたりでちゃんと指摘して欲しいところだ。

2004年7月19日(月)
 昨日の日曜日は、もう本当に一日中寝ていた。こりゃはっきりいって夏バテ気味である・・・・もっとも、私はそうなるとかえって体重が増える。困ったモンである。
 それにしても、この暑い中、母親の件で病院に通っているとかなり体力が消耗するのは確かである。まあ致し方ないが。
 ところでこの暑さというのはやはり異常ではあるまいか。また福井県で水害のようだが、これは明らかに変である。この異様な暑さが恐らく9月、10月まで続くのであろう。これは恐ろしいことだ。
 関東に関してはまるきり雨が降らないから、水枯れはほとんど必至である。これも恐ろしいことになるかも知れぬ。
 環境問題などというが、いよいよごく一般人にも意味が分かってきた昨今であるだろう。ははあ、こうして徐々に世界は終わりに近づくのか。
 なんでも今年あたりは、学生たちの就職活動に異変が起きている、という。ぜんぜん決まらないままさっさと諦めてしまう者が多いらしいのだ。
 今、日本の若い者にアンケートをとれば21世紀の日本と自分の生活について3割が割りに楽観的で、7割が悲観的である、というが、これは恐らく正確な比率であって、3割ぐらいの者はそれでも自分はなんとか社会の上層でやっていける、と見込んでおり、7割ぐらいは、自分は恐らくフリーターとか派遣社員として切り捨てられる層なのだ、と諦めているのだろうと思う。
 統計的には、定年まで正社員の人の生涯収入は少なくとも2・5億ほどにはなる。派遣やフリーター、パートだとよくいって4000万そこそこ。
 景気が回復してきた、などと言うが要するに正社員を減らしパートに置き換え、その賃金を抑制し、下請け企業をたたき、無理やり利潤を上げた大企業が中国特需もあってちょっとよくなっているにすぎぬ。生活が落ち込む人はますます落ち込むわけだ。
 昨夜、最近、事故の多い長距離トラック業界の過酷な実情をNHKが取り上げていた。国交省は安全対策を唱えて速度制限ばかり押し付ける。しかし時代は自由化、競争の時代であり淘汰の時代である。走れば走るほど赤字となる運送業界は要するに巨大企業が寡占して値上げするようになればいい、ということなのか。石原大臣の考えを聞きたいところ。
 このように徹底的に弱いものいじめで成り立つ社会が急激に現れつつある。弱肉強食なのに新陳代謝のない地獄のような社会である。交代もなくチャンスもないアメリカ社会のようなものである。これは要するに新しいスタイルの封建社会の再来なのである。
 先の参院選で、いかに公明党の支援があったとはいえ、まだ今の政権与党が49議席もとれたことの方が奇異である。まだ「自民党がなんとかしてくれる」と思っている人がいるのだろうか? それは馬鹿である。もちろん民主党ならなんとかなる、と言いたいのではない。そうではなく、どうせ駄目になるなら今の政権与党とか国家官僚にいい生活を続けさせる必要はないじゃないか、だったら自民党を下野させるしかない、というのだ。もっとも公明党としても、寄生するにも足りないほど自民党が弱体化したらいつでもさっさと見捨てるだろうが。
 少子高齢化の原因はなにか、といって「日本国は先行き滅びるだろう」という見通しの下で子供を作る親ははっきりいって無責任であろう。年金がどうのこうのじゃない、国が遠からず破綻するかもしれない、そんなイメージがあるときになんで能天気に未来地図が描けるものか。
 自分は駄目な7割だろう、という見通しの若者が結婚したり子供を作ったりするか? 考えただけでも自明なことに思える。
 

2004年7月17日(土)
 今日は千葉西病院に母親の見舞いに行った。20日に医師の説明、22日午後に三本目のカテーテルを入れる、ということだそうである。
 それにしても今日はまたなんて暑いのだろうか・・・。さすがに疲れてしまった。35度はあるのじゃないか。たまたま今、テレビのニュース番組でヒートアイランド現象を取り上げている。30度を越えた時間が1980年に160時間ほど、今では340時間ほどで倍になっているとか。特にちかごろは高層ビルだ、高層マンションだと調子に乗ってでかいビルを建てまくっているために風の通りが悪くなり、24時間ずっと暑い。馬鹿げた話だ。
 ドジョウを二匹、追加した。なんだかドジョウ屋敷になってきたようである。
 それにしても暑い、暑い。どうにもならぬ。どうにもならぬまま、今日はここまで。

2004年7月16日(金)
近頃、にわかに魚など飼い始めたのはこの日記コーナーを時々、ご覧になっている方には知れていると思うが、・・・一応、改めて紹介すれば金魚のアドルフ。こいつは6月の縁日で金魚すくいの景品として手に入れた6匹のうち、2週間以内にほかの者は全部、死んでしまったがこいつだけ生き残った、生命力のある魚である。それからヒドジョウのガーランドとメルダース。その後に追加で3匹を入れて、合計5匹となったのだが、うち1匹が人間の目を盗んで水槽の蓋の隙間から飛び出し、そのまま干からびて死んでしまった。それで今では4匹が残っている。そして、中国産らしいボーシャという二匹の珍しいドジョウ科の魚。これはクルトとウルリヒという名だが、今、頭を悩ませているのはこの二匹のボーシャなのである。
 とにかく仲が悪いこと。年がら年中、喧嘩をしている。縄張りを争っているのだろうか。とにかく荒々しくて、このままだと命にかかわるかも、とも思う。しかしあくまで魚同士の人間関係の問題である。自然に任せるしかないかもしれない。
 とにかく、魚といえどもいろいろと考えがあるというか、それなりに社会のようなものがあり、お互いの序列とか位置とかが出来るようである。こうしてみて、人間というのも、たとえば電車で席に座るような行為から恋愛、職場での競走など、こんな小魚と大して代わることをしているものでもない。本質的には、まるで同列・同次元である。
 最近でこそ、恐竜は頭が良くて活発で、優秀な動物だったらしいというのが定説だが、以前は愚鈍で冷血で馬鹿、というイメージだった。あれは、恐竜が優秀な生き物だったらわれわれ人間が不安になるからである。馬鹿だから絶滅した。哺乳類、特にその中でも万物の霊長たるわれわれは・・・と安心したかったのだ。それが、あんなに優秀な生き物でも絶滅してしまった、という事実がわれわれを恐れさせるのである。実のところ、最近の生命観では別に優秀なものが生き残るとはいえないことが分かってきている。要するに偶然なのだ。政治体制でもそう。専制政治から王政、共和制、そして民主制へ、というのが歴史の必然、などという直線的な歴史観を本気で唱えたら今時、低脳と思われるだろう。資本主義にしろ民主主義にしろ、たまたま相対的に勝ち進んできただけのことで、そこに必然性などないのであろう?
 そういえば。ほんのちょっと前に芥川賞で騒いだのに、もう次の人が決まった。モブなんとかいう33歳。このモブというのはMOBであって、騒動だか事変だかの意味だが、そもそもロックミュージシャン志望だったらしいからこういうのもありだろう、一応。作品は読んでいないのでなんともいえないが・・・かなりいいところの出の人らしい。金に困らない人、ということ。これは私などからすればマイナス50点ぐらいになる。それから、かなり奇矯な雰囲気で会見に臨んだようだが、やめたほうがいい、33にもなって。今時、小説の本など買うのは基本的に、自分も作家になりたいとか、いずれ書きたいとか言うライバルとか準ライバルばかりであって、嫉妬とあら捜しできわめて意地悪く受賞者を見ている。態度がでかければ本など買わない。天才作家、などといってみんながもてはやしてくれた幸せな時代はとっくに終わっているのである。
 なんかこう・・・もうちょっと、地に足の着いた人というのはいないものなのか。まあ、今時文学などやるヤツは基本的には負け組みと理解していいんだろうけどねえ・・・。

2004年7月15日(木)
Mobileという単語は日本人にとって不思議であって、これをモービルと読めばオートモービルの意味に取れる。つまり自動車だ。モビール、と読めばこれがふらふらと風に揺れる飾り物の意味になる。ところがモバイル、と読むと急にIT用語の響きとなる。そもそも一単語としては「動くもの」というような意味であって、どれもこれもネイティブの人には同じものの派生に過ぎない。これが日本でカタカナ語になったとたんに、まるで別の言葉に分節されるのだから面白い。日本人の言葉の文化が外来語を受け入れるごとにどんどんややこしくなって、原語で読むと大したことを言っていない哲学書などが日本語に翻訳すればするほど分かりづらくなる、などと言われるがそれもこういう実例で訳が知れる。ネイティブの人にはMobileで自動車も、風鈴みたいなものも、それから持ち運べる端末機もみんな漠然と「動くヤツ」の一語、一概念で了解しているのである。だが、日本人はいちいち別のものとして覚え直しているわけだから。
 だから、いわゆるカタカナ語の言い換え案なんてものを一生懸命、国語審議会だかが作っているけどこういうものもなかなか定着しないものである。たとえば上のモバイルとモービルとモビールについて、全部日本語の言い換え案を作らないといけないわけだから。
 やむなく「コンプライアンス(法令順守)」なんて書き方をするしかないが、なんかしっくりこないわけでもある。これなども経済用語で、三菱自動車のリコール隠し問題などを言う場合には法令順守でもよろしかろうが、もうちょっと広く倫理の問題などを表現する場合にはこの訳語ではいけない。要は日本人には、あるいは日本語にはない概念を輸入するのだから、そういうものとして理解するしかなく、個々の日本語の文脈に当てはめて理解するしかないわけで、いちいちカタカナ語狩りして置き換えておればいい、というもんではない。
 実を言ってカタカナ語というのは、常に60代以上の人が文句を言うそうである。今、最近の言葉はカタカナばかりでわからない、と言っている老人方も、ほんの2、30年遡ればさんざんカタカナ語を使っていたはず。モボだモガだと言っていたのもその時代の若者であろう。どういうことかといって、60過ぎると新しい言葉と概念がどんどん輸入されるのを覚えられなくなってくるから、拒絶するのである。今で言うとIT用語が特に世代間の断絶がある・・・が、これも今の4,50歳でIT機器を使いこなしている世代が10年もして高齢者側に回れば、「コンテンツ(内容)」なんて説明は要らなくなるはず。
 結局、どうということはないのである。新しい言葉など知らなきゃ知らないでいい。
 自分が覚わらない言葉は、所詮、自分にとって存在しない概念なのである。気にすることはない。
 NHKの10代しゃべり場なんて番組が、いつもいつもろくに議論として深まらないのも日本のそのぐらいの若い衆が、言葉と概念を持っていないから、議論にならないのであって盛り上がらないのは当然である。
 ここで持ち出すのもなんだが、小泉語録がだんだん国民の反発を呼ぶようになってきたのも、彼には言葉も概念も合理性もない、単なるフィーリングの人だからである。こういう人は本当は、正体がばれないうちに身を引いたほうがいいのだが、何しろ本人の任期が2年、国政選挙もあと3年はない。
 黄金の3年、などというらしい。政治家の間では。つまり民意を気にしないで好きなように腕が振るえる3年ということだ。しかしこれ、一般国民からすれば取り返しのつかない3年にもなりかねない。なにをされても意思表示できないのであるよ。
 ま、見ものである・・・・。

2004年7月14日(水)
 UFJと東京三菱の両グループの統合情報というのが流れて、東京市場の前場は銀行株が高騰したとか言う。へえ。そりゃ我が家のメインバンクはUFJである。で、ここは率直に行って竹中坊ちゃんが見せしめのためかアメリカに媚を売るためか、一度はお取りつぶし、改易の憂き目を見るか、と取りざたされたわけである。これがくっつくとあれば、不良債権比率とやらも水で薄まることになるか。大京もダイエーも喜ぶことであろう(もっともそれは長い目で見れば、ですよもちろん。当面はかえってこの統合で、びしびしいじめ抜かれるだろうけど、つぶれてしまうよりはそれでもいいのじゃないか、ということですけどね。それじゃ喜べないか)・・・。
 ついでに我が家のローンも水で薄まってくれんかねえ。サマージャンボでも当たれば、どーんと一発返済。気持ちいいでしょうなあ・・・。
 ところで、先日の中部地方に続き、新潟と福島で集中豪雨。それも記録的な、というが東京方面は相変わらず一滴も降らぬ。一方では水害で、一方では日照り。これは昨年のヨーロッパや中国の気象と同じである。近頃は「異常気象」という言葉自体、とんと言わなくなったが、これはかつてのような穏やかな日本の四季の変化、なんてものがもはや普通ではなくなり、この砂漠の真ん中のような異常高温と熱帯性の異常豪雨がだんだん、当たり前の気候になってきたからであろう。
 明らかに、年々肌に染みて地球の変化を感じるように思う。
 全く関係ないが、新選組のドラマ、相変わらず人気はないのだろうがようやく池田屋事件である。ちょっと見てみたらかなり面白くなってきた。というか、やっと新選組になってきた感じ。ここまでの妙にふわふわしたホームドラマみたいな展開が目障りだった。
 所詮は暗殺集団の暗いお話なのである。ギャグなど無理に挟まないで、きちんと殺し合いの凄惨な歴史を描いてもらいたいものである。
 佐久間象山がまた出てきた。まだ生きているのか、この人。石坂某の丸顔が、異様に長くてでかい本物の顔のイメージと合わないが、ちょっと傲慢な自信過剰のヤツ、というところはうまく出ている。
 なんにしても、いろいろやってみたけど歴史の本流にかかわれなかった関東の若者たちのお話なのである、これは。西のほうの下級武士とか農民あがりの連中は、そもそもは関が原の合戦以来の遺恨を晴らすという旧弊な動機の薩長に合流して、結果として倒幕を果たし「勝ち組」に乗った。明治維新後はこぞって高位高官、華族などにも連なる。関東の近藤や土方はついつい、徳川家を応援して「負け組」に乗った。この両者、資質として大して違いはなかったはずだが、後の結果が大違いである。
 これこそ人生いろいろ、である。軽薄な弁明でいうことではない。当時として、数年後に明治維新があるなどとは誰にも分からないことであるから、近藤たちの不明を馬鹿にすることは出来ない。
 今のこの瞬間も、世界と日本の歴史は動いているわけだが、たいていの人はぼんやりしてそれを見過ごすのである・・・・・。

2004年7月13日(火)
梅雨明けだそうだが、一体、いつ梅雨なんてあったんだろうか。半月もしたら水不足と言い出すに違いない。
 汗が出ると、私などはいい年をしてあせもが出る。先日はシッカロールなんてものは今時、売っているのかと近くのドラッグストアに行ったらあった、あった。最近のものはパックに一包みずつ、粉が収まっていて見たところは全くスマートになっているが、中身は紛れもなくあれである。
 こうも暑いとすきっとして欲しいもんだが、何事も。
 うちは母親の入院なんてことがあってすっきりしないが、一日二百メートルとか、五百メートルとか少しずつ歩数を伸ばして心臓のリハビリをしているらしい。どこかの馬鹿な病院が自転車漕ぎなどやらせたのは論外である。
 小泉さんが「野党の意見も聞きながら改革を進めろ、という民意だと理解する」とコメントしたがやっと、真面目にものを言う気になったか。いい加減な一言パフォーマンスはいい加減に卒業したがいい。人生いろいろ、でこりただろう、少しは。
 要するに国民が期待したのは・・・・嫉妬である。国民の嫉妬を改称して欲しいのだよ。本当は。つまり国家公務員、国会議員のリストラをやって欲しいのだよ、国民の本心は。郵政とか道路とかそういう個別の小さな話じゃなくて。年金の問題でも、要は公務員と議員の優遇が気に入らないのだよな、単に負担増とか目減りとかの問題じゃなく。一部のものだけ待遇がいい、というのが気に入らないのだよ、国が傾いているというのに。民間企業ならどんどん首でしょ、普通は。
 煎じ詰めればそういうことなんだから。あの首相にはそういうことをみんな期待していたのに、出来そうにないからいらいらしてきているんでしょうが。
 小泉にしろ竹中にしろ、そのへんを出来ないなら辞めるべきである。

2004年7月12日(月)
暑い、暑い、暑いねえ・・・・・・・。私の部屋のサボテンばかり喜んでいるような。どんどん伸びています。このぐらい暑いほうがいいんだなあ、こいつらは。しかしこっちは参ります。
 ところで、誰のこととか、なんのこととか言いませんが、要するに今の世の中は面の皮厚くして、居直り、開き直り、選挙もいろいろ、結果もいろいろ、どうでもいい、関係ないし知ったことじゃない、という態度を貫けばいいわけでありましょう。皆さんも、いかなることがあっても、自分は知らない、関係ない、責任などない、と言い張れば宜しい。
 楽なモンじゃありませんかね。まあ、民間企業で成績の悪い社員がそういう態度取ったら首になるかもしれないけど。
 まあ見ものなのは、今までの「小泉流」とかいうもんが自民党の中で今後も通じるかどうかですが。今度の内閣改造でははたして今まで見たいに・・・あ、そうか。誰のことともなんのこととも言わない、と最初に書いたのだったな(笑)。
 ところで、これまで野党だった1人区で今回わざわざ自民党の人が当選した、という選挙区がありますが、ここは生活水準が全国一高い、とされる県。恐らく、広大な田畑を持った地主さんみたいな人ばかりなんだと思うが、まあこういう人たちが現政権を支持するのはある意味で分からないではない。
 私は、日本の市民というのは変に物分りがいいというか、自分は為政者じゃないんだから妙に評論家ぶって時局を見ないほうがいいと思う。もっとストレートに、自分の生活がよくなるような政策を選ぶ、という欧米型のやり方を示してもらわないと、と思うのである。
 ブッシュなんかがそれでも人気がある程度あるのは、妊娠中絶とか銃所持、同性愛問題などで右派の強い支持があるからで、そういう人らの利害が直接、結びついている。これに反対の人は物足りなくともケリーを応援するしかない。
 日本ももうちょっと二大政党というなら、メリハリをつけないとそりゃ選挙民もどんどんつまらなくなるわけだ。
 なんにしても終わった。終わった。私の会社も少し楽になる・・・今度は五輪があるけどなあ。

2004年7月11日(日)
妻が「腹が立ちすぎて我慢できない」といって飛んできた。小泉首相が、自民党苦戦と聞いて「関係ない!」と捨て台詞はいて車に飛び乗ったシーンをテレビで見たのである。
 とにかく度量の小さい、すぐに逆ギレする人ではある。
 といっても、民主党がかなり伸びたとはいえ、自民党だって1人区で随分、競り勝っているし、総数でもそれなりのラインは確保しているようだし(日付が変わる段階)。
 どっちが勝つかな、結局として。それは明日の朝のお楽しみ、か。
 昨年の衆院選と似たようなモンで、民主躍進だけど大勢に影響なし、で終わるのか。
 あちこちの選挙区を見ていてはっきりいって、こうなってくると社民党とか共産党の票が邪魔だなあ、と思われてならない。今回の場合「反小泉票」がそいつらに割れて、民主党の候補が負けている選挙区は多いように思う。
 ま、今回でひっくり返ることはなにもない、というのは分かっているわけで、要は小泉さんに「俺は人気者で支持も高いからなんでもどんどんやれるんだ」という思い違いを改めてもらいたい、ということである。そういう意味合いは今回、あるんじゃないのかな。
 とりあえず今日はそれだけ。お休みなさい。

2004年7月09日(土)
昨日は熱中症で4人が亡くなったというが、実際、異常です。今日は午後には雨が降るといいますが・・・。
 プロ野球のことでいろいろ揉めております。私はひとつに野球ファンじゃないこと(もう全然興味はありません)、ふたつに某球団を持っている会社に所属していること、つまり一応は関係者の端くれにつき、この件であれこれ言うことは控えますが、まるきり経営の成り立たない球団の選手は、成績ではなく営業の結果で年俸を決めればいいのじゃないでしょうかね。普通の企業ならそうでしょ? 個人として、あるいは自分の職場としては頑張っているし成績も挙げている、しかし会社として儲かっていないなら、賃下げもリストラも起こりうる。そんなのは不条理じゃないか、本人は頑張っていい成績を出しているのだから、などと言っても、会社そのものが傾けばどうもならない。野球界もそうすればいいのじゃないだろうか、と。ホームランを何本打とうが、何勝挙げようが、極論すれば優勝しようが、客の入りが悪ければ年俸が下がる。その逆も真で、どんなに悪い成績でも球団経営として成り立つものならそれなりに選手に報いる。それでいいのじゃないか、と。
 すぐにJリーグやら欧州のサッカーなどを引き合いに出す理想主義の人もいるが、今、基本的には野球なんてジリ貧なのであって、草の根で応援する者なんてどれだけいるのか。大リーグを理想のように言う人も、じゃああっちの野球はそんなに客が入っているのか、うまくいっていると思うのか、ということがあります。
 特定の球団に群がるのは醜いの、そんなに特定球団に魅力があるのかだの、一部の老人たちの頑迷さが問題のと、批判するメディアもあるようだが、そもそもそんな問題じゃないでしょうよ。あんなものあくまで経済問題だ。ファンの気持ちはどうでもいいのか? 「ファン」の気持ちならどうでもいいのですよ。あくまでもお金を払ってくれる人、まずはスポンサー様、そしてテレビ局、ついでファンというより球場に来てくれるお客様、それからテレビの視聴率を上げてくれる視聴率調査会社のモニター家庭様。これらの人の気持ちが大事なのである。球団経営とは基本的にはテレビ放映権料である。
 要は野球なんてものもある意味、時代遅れなスポーツなのである。それはもうどうにもならない。サッカーは擬似戦争の役割を担ってグローバル化したし、アメリカの商業スポーツといったらアメフトとバスケット。大リーグも日本人がアレだけ跋扈できるのを見ても分かる、今や移民と外国人のためのスポーツなのである。
 ま、私は自分のところだけうまくいけばいい、と当然ながら考えます。野球なんかどうなってもいいが、自分の会社の経営にかかわるなら一大事である、それだけですな。
 そういや、曽我ひとみさんの一家再会をずとテレビでやっていたが、民放の「感動の再会ドラマ」的な手法には虫唾が走った。あんなもの、一家の問題ですらないのであろう、本当は? 北朝鮮政府が「お前ら、出て行け。帰ってくるな」と命ずればそれだけのことであって自分らの自由意思などあるわけがない。それにそもそも、ああやって出国させてしまったものを、もう一度戻すモンだろうか。「アメリカとのことは当方は知らん。とにかくそちらの要求どおりに出したから後は日本でなんとかしろ」というもんじゃなかろうか。とにかく北朝鮮としては日本政府に、多大な選挙支援をしたつもりであろうから、「金なり米なりで支払いを、あくまで人道支援として」するように話はついているのじゃないかな。
 さて、この後、病院に行ってくる。
◇              ◇             ◇
 ということで、病院に行ってきましたが、22日だかに3本目のカテーテルを入れるとのことで、とにかく今度の病院は医師が診察に来るし、ちゃんとしている、とのこと。なんにしても顔色はよく、とりあえずは「元気」(というのは変なのだが)そうで何より。少しほっとする。少なくとも、以前よりは血色がいい感じである。
 帰りに途中のJR線が人身事故で止まる。このクソ暑い中でいい加減にしろ、と思う。今年の夏は、というかまだ梅雨か一応。熱中症の人がすでに百何十人も出ているとか。
 東海地方や東北地方は集中豪雨というが、かなり厳しい夏となりそうで・・・。

2004年7月09日(金)
なんです、この暑さは? こりや間違いなく水不足になるなあ・・・・。まだまだ梅雨のはずなんだが、今年もなんとなく梅雨明けなしで夏になしくずしに入っていくのだろうと思われます。妻など早くも夏バテ気味だそうであります。これで10月ごろまで暑い日が続くとなると大変ですよ、こりゃあ。
 ところであれです、近頃は政治ネタはあまり書いていないのだけど、それはひとつには母親の病気のため、ふたつには、選挙前にあれこれ書くのは政治活動ですからね、一種の。だから書かない。そういうことですけれど、うちの新聞にちょっと面白い話が出ていた。日本という国はなんだかんだ言って老人の生活保障には北欧の高福祉国なみに支出していて、GDP比でいって世界でも立派な水準なんだと、今でも。しかし子供のためには、GDP比で3パーセント以上はどこの国でも出しているのに、日本は0・5パーセントにも満たない、これは先進国中でも異例の低さだとか。
 老人のためには予算がつくが、子供、および子育てする若い家庭には全く予算がついていない国なのであります。それで少子高齢化などと言っても、当たり前なんですな。たとえばアメリカなんかで、やたらにたくさんの子供を引き取って養子にする人がいる。大抵は善意の人がやっているのだろうけど、たまにたくさんの養子を放りっぱなしにして虐待で問題になるケースが出てくる。どうしてそんなことになるかというと、あっちじゃ児童手当が非常に高いから、子供がいるほど儲かるのである。それで子供を集めて金だけ貰い、ろくに育てないというひどいやつが出てくるわけですが、それというのも、そもそも子育てへの支援が厚いからこそそういうことが起きる。日本じゃ考えられないでしょ? 子供が多いほど儲かるなんて状況は。せいぜい偽装離婚して母子家庭を装い生活保護をちょろまかすようなけしからん者がいるぐらいで、一般的には子供が増えるほど破産してしまう。子供なんぞ増えるわけがない。
 なんでそうなるのか。そりゃ実は、60代以上の老人は選挙によく行くのだそうです。だから政党も老人に手厚い政策を取る。20、30代の人は選挙に行かない。だから政治的に無視される。だから老人の予算は増えるが、子育て予算はつかない。
 票にならない層は政治的には無視される。予算がつかない。損をする。簡単なことです。
 選挙なんて関係ない、自分の生活には無関係だ、とあくまで言う人は、かかる現実を直視した上で、そういうことを言って貰いたいですね。間違いなく損をしているんですが知らないんです、そういう人ほど。
 私は、選挙に行かなかった人はとにかく政治に白紙委任したのだから、そういう人からは増税すればいいのじゃないかと思いますが。白紙委任した以上、文句はないはず。国庫も潤う。いいことじゃないでしょうか。また、たとえば3回以上、理由もなく投票を棄権した人は徴兵するとか。いいじゃないですか。白紙委任したのですからね。
 罰金を課す国はあるみたいですよね、実際。
 少なくとも、一定回数、棄権した人は選挙権を取り消せばいいのだと思います。別に無制限に与えるからありがたみがないのです。一度、失効したら自動車免許みたいに資格試験を受けないと政治に参加できないようにすればいい。
 家柄や納税額、性別で制限するのではなく、政治への態度で制限するのは構わないのじゃないですかね。

2004年7月08日(木)
なんだか個人的なことでどたばたしていたら、国松元長官の狙撃犯が捕まっていたそうで。会社じゃ号外だなんだと大騒ぎになっていたようだが、こっちも忙しいのでねえ・・・。それにしても随分と掛かったこと。時間が。裁判だってまたまた何年越しになるのでしょう。オウム関係だと弁護士のなり手が居なくて、国選でも弁護士会がなかなか推薦してくれない、というか引き受ける弁護士がどうしても見つからない、というようなこともあって長引くそうで。おまけに一審、二審と重ねるたびに辞任してしまう。弁護団をその都度、推薦し直し編成し直し、長い書類を読み直して全部、仕切り直し・・・、しかし弁護士も違う人間で、読み直しから始めるのだからある程度、致し方なく、時間ばかりはてしなく過ぎていく、と。こういう裁判に裁判員として参加させられたら皆さん、どうなさいますか。
 アメリカなんかじゃ陪審員も候補者から選考するのはかなり厳しくて、思想信条や人格が偏っていると採用されない、なんて話があるので私などやらなくてもいいかもしれない。それに、そもそもマスコミ関係者なんて参加させてはまずいのじゃないだろうか、とも思いますが。
 年金やら消費税のことばかり言っておりますが、介護保険料もそろそろ40歳から引き下げるという話があります。これ以上、増税されるといかがなものでしょう。
 なんかこう、国民の負担はもろもろ増していくのだが、いいことがなんにもない。参院選なども今頃になって「与党ピンチ」などと報じているけれど、どうせ与党側の引き締め戦略でしょう、結果は変わらないと思われる。この暑さでは投票率は下がるでありましょう。
 まるきり関係ないが、岐阜にいる伯父から電話があって、このサイトで母、つまり自分の妹の病気を知って驚いて電話を掛けてきた・・・どうも父親が知らせていなかったようである。が、今時はこういうメディアもあるのですぐに知れてしまう、いやもちろん隠すようなことじゃないが。というか、単なる高血圧と話が違ってきたのだからそれは当然である。
 が、この伯父がまたものすごくカテーテル術について詳しい。専門用語など交えてどんどん質問されてしまったが、当方は現場に立ち会っていないし主治医にも会っていないので、ぼんやりした父親の話の又聞きである。そして例によって夜勤続きのぼんやりした状態で私もまともに頭が働かない。大丈夫かこの甥っ子は、しっかりせんか、と思われたろうかしら? にしても、いかに元々が理科系で薬剤師の免許も持っている伯父とはいえ、実に詳しいのでなんでか、と思えばこの伯父も以前に狭心症でカテーテルをやられているそうだ。詳しいのも当然であった。
 しかし、ここで不安になるのである。こりゃ循環器の弱いのは血統であるかも知れない、となると私だって危ないかも知れぬ。
 急になんだか、胸苦しくなってきたのであった・・・・・。

2004年7月07日(水)
 ああ、昨日のこの「日記」で書き忘れましたが、すでに母親は別の病院に移って手術を受けました。柏市のN病院(今更、名を伏せても意味ないか)は出ました。お粗末な病院であります。
 関係ないが、日曜日にうちの水槽に新たな魚を入れてみた。こいつらは今まで飼っているヒドジョウなんかより格段に値段も高いし、大きい。「パラボーシャ」という名前で売っていたのだが、要するに一種のドジョウであるらしい。しかし随分と古めかしい姿かたちで原産は中国という。そもそもそのボーシャ(あるいはボティア)というのはドジョウ科の魚で日本でもまだまだ紹介されて日が浅く、サイトなどで探してみてもごくごく限られた数しか出てこない。つまりかなり珍しい魚であるらしい。
 で、かなり気性が荒い。これはよそさまのサイトなど読んでも、かなり気が荒くてほかの魚を襲うので混泳(異種の魚を同じ水槽で飼うこと)はできない、などとある。実際、一度あまりに勢いよくはねて、水槽を飛び出してしまった・・・。人間が見ていないときならあのまま干からびて死んでしまっただろう。
 で、二匹かってクルト、ウルリヒと名づけたのだが、特にクルトが暴れまわる。とにかく一日中狂ったように泳いでいて落ち着きがない。そしたら相棒の、割と物静かなウルリヒがどうも「安眠妨害だ」と怒ったらしく、ちょっと喧嘩しているように見えた。その後、クルトのヤツは水草の上に上がってしまってウルリヒと接するのを避けているようだ。
 魚でも人間関係とか、個性の違いとかいうのははっきりある。ヒドジョウだって、その後に追加して5匹いるのだが、ずっと水草の上で孤独に暮らしているもの、底にじっとして動かないものと分かれて、はじめは風変わりな一匹(ガーランドという名前のドジョウ)だけがやっていた水草のぼりも、今ではほかのドジョウがみんな真似するようになってしまって普通はドジョウというもの、底に寝そべっているものなのに、うちのはみんな上に上がってしまっている。これはちょっとした文化というモンだろう。
 このように、魚といえど社会があって文化めいたものもあり、侮りがたいのである。じっと見ていると面白い。
 この数日、「拷問と刑罰の歴史」(カレン・ファリントン著・河出書房)と、「世界性生活大全」(桐生操著・文藝春秋)を読んでいた。聞いたような話も多いが、これだけまとまっている本もない。特に後者、なにかと自分の局部をさらけだして性交、排泄を日常的に見せ付けていたフランス宮廷の貴族どものありさまなど読むに耐えない。ほとんど動物並みであり、だからフランス王政はどこよりも激しい市民革命を誘発したのか。
 どうも日本人にはついていけない世界ではある。

2004年7月06日(火)
 皆様。ご心配をおかけしましたが、カテーテル術がうまくいって(第一報はバイパス手術という話だったが、カテーテル術だった)、本日のところはうちの母親は意識もあるし顔色もよく、大丈夫です。しかし、まだこれでOKということではないため、退院まではまだまだ時間がかかりそうであります・・・。
 それにしても、柏・名戸ヶ谷病院の不手際については「なんだ、その病院は」というメールもかなりいただきましたが、全くどういうことなのか。高血圧と心筋梗塞では大違いであって、それを2か月も入院させている間、ぜんぜん気がつかないで患者に運動までさせていたとあっては、これは医療ミスではないか? という疑いが強い。
 その後、いろいろ見てみますと「不親切で全然、回診に来ない」「だめな病院」という声が世間に多いこともわかり、近所の医院の紹介でそこに行ったのですがはっきりいって問題病院であるらしい。
 そもそも循環器の専門科がなく、内科のいいかげんな治療ですませていたわけで、これは青砥の病院で専門外の医師がやったこともない技術で手術をやって患者を殺してしまった、などというのと本質は変わらないように思われます。
 少なくとも、弁護士の法律相談はやってみたいと考えております。

2004年7月05日(月)
 困ったことになった・・・。午前9時ごろ携帯電話に名戸ヶ谷病院(母が入院中)から電話があり、「午前4時ごろ胸痛を訴えられまして、千葉西病院に転院させますだと。
 前にも書いたが、退院のその日になって、もうすっかり身支度も整えて待っていたら「退院取り消し」といわれ意気消沈していたのである。その後も何の意味もないのに厳しい自転車こぎのリハビリ(別になにもないので暇つぶしとしか思えない)で脱水症状で倒れているし、主治医はまったく診に来ないというし・・・どういう病院だろう、この名戸ヶ谷病院というのは? 明らかにストレスで心筋梗塞を起こしたに違いない。
 心筋梗塞の患者に激しい運動をさせたとは、どういうことなのか? そして2か月もの間なにをしていたのか?
 ことによったら訴訟も辞さない。そういう話だと思う。
 その後、調べたら医療掲示板などでもこの名戸ヶ谷病院というのは極めて不親切で評判が悪いので有名らしい。ことに院長が直率している内科はだめだとか。
 院長の鶴の一声で退院取り消しになったのも、そういうことであるらしい。
 とんでもない話だ。
 この後、病院に行く。今日は会社は休ませて貰う。
◇           ◇          ◇
 が、浦安駅のホームで父親から電話がきた。
 なんと、既に心臓バイパス手術をした、という。「今は落ち着いていますが、転院させます・・・」などとあの無責任医者は言っていたが、とんでもない!! 緊急手術じゃないかこれは。
 今日はもうどうにもならないので、明日の11時に行くことにする。
 

2004年7月03日(土)
昨日は久しぶりにイクスピアリに行きました・・・と子供の日記のような書き出しだけどしばらく夜勤続きで平日のイクスピアリに二は行っていなかった。ちなみにイクスピアリというのはディズニー付属の商業施設である。本家アメリカディズニーはいつまでもフロリダのブッシュ知事の顔を立てて華氏911の妨害ばかりしているそうだが、日本のは関係ない・・・とはいえ、イクスピアリの映画館で華氏911はやらないだろうが(苦笑)。
 で、そこからモノレールに乗ってなんとなく「ホテル・ミラコスタ」に行ってみた。どうも最初に「ホテル・コスタリカ」と覚えてしまって(なんでや?)困っているが、実際のところはコスタリカ風じゃなくて大航海時代の地中海の豪華と洗練をイメージしたなかなかに大人のホテル。
 実際に調度もレストランも完全に大人向けで、ちょっと幼稚な雰囲気の「アンバサダー・ホテル」とは違う。で、ここの地中海レストランに入ってみたが、接客の素晴らしいことよ、私はかなり感動した。妻が薄着で寒がっているとすぐに毛布を持ってくるし、チョコアレルギーでデザートが食えないと訴えると、一生懸命アレンジしてその日のメニューにはないチョコ抜きの菓子を作ってくれるし、しかもパティシエの人がわざわざ席までやって来て「これで大丈夫ですか」と聞いてくれるのだから至れり尽くせり。席まで案内してくれたスタッフ、料理をサービスしてくれるスタッフ、みな気のきいたことを言ってくれるのもよいですなあ。マニュアルどおりのハンバーガー店とは違う。たとえば「奥様はチョコ抜きなのでご主人様の方にはチョコを余分にサービスしてたっぷりかけておきます」とか、なかなか外国風ユーモアじゃん。気に入った。料金高めだがプロフェッショナルな感じはここらへんのどこのレストランより素晴らしい。アレルギーだ、などと言ってもおおむね「大丈夫ですよ」で済ますもんである(それで本当は入っていたりする)。命にかかわることもあるのだからここのレストランぐらい真面目にやってくらると嬉しい。
 その後、土産物屋に行った。高級なバッグやネクタイが並んでいる。これも大人向け。かなりいいものばかり売っている。
 とまあ、かなり金がかかったが満足した。
 で、一夜明けて、電話で目が醒めた。母親が入院中につき出てみる。「毎日新聞ですが、創刊130周年を記念して電化製品のプレゼントを・・・」。同業者だが頭にきた。で、言ってやった。「本当におたくは毎日さん? 嘘だろ。今年130周年は読売新聞だろ? そういう嘘勧すると近代化センターに訴えるぞ」と言ってやったら「ああ、すみません」とか狼狽して切ってしまった。
 その後、本当に母から電話。なんでも病院でリハビリしていて脱水症状で倒れたというので、一体あの病院はなにをしているのか、私は心の底から腹が立った。名戸ヶ谷病院、本当に訴えるぞお前。
 というわけで、この後、病院に行く予定である・・・。

2004年7月02日(金)
テレビで暑苦しい声のじじいが変な歌を歌っていた。「ちゃんちゃんちゃんちゃかちゃんちゃん、ちゃんかちゃん。有権者は気楽な稼業ときたもんだあ、とくらあ。みんなで選挙に行きましょう、てなもんだ」などとアカペラで下手な人が歌うと実に聞き苦しい。しかも醜いじいさんが、両腕を挙げてたこ踊りのようなふりをつけながら、歌っているのである。よくよく見れば前東京都知事にして元参院議員にして、放送作家、映画監督、タレント、作詞家、作家・・・・その他あれこれ何でも屋で結局はなにも身に付かない青○の政見放送である。
 「このまんまじゃ大変です、ね。私は一生懸命やりますから。参院改革に残る命をかけますから、よろしくお願いしますよ」とか言いながら、前記の植木等の替え歌を三回も繰り返した。もちろん「これは私が作詞してはやらせた歌です」などと自慢付きである。イヤな男だ。多才なのは分かったが、東京のことも何にもできなかった者がどうして参院改革して自衛隊をイラクから撤退させるなんてことができるものかね。
 死ぬまでタコ踊りでも踊っていろ○島。有権者をバカにしているとしか思えない。
 ふと昼休みに東京駅まで出てみる。最近、夜勤続きで半年ほど来ていなかった・・・が、ずいぶんと店が変わってしまっている。よく行った店がなくなっていたりする。
 景気は薄日、などというがかなり限られた範囲の景気回復だとしか思えない。
 やがて少子高齢化で、労働力が不足になる、と言う話は全く嘘だろうと思う。とりわけ優秀な人材以外、企業は頭数はもう要らないのである。みんながみんな派遣社員なりフリーターになりパパもママも働いてなんとかやっていく、というアメリカ社会のモデルにどんどん日本は近寄っていくのであって、しかもこの中流の下ぐらいの人間は実はどんどん没落していくわけだ。
 一方で北米社会では億万長者、つまり資産が億以上の人も増えているそうである。
 優秀な中学受験の学習塾は月謝だけで3〜6万円するそうであるが、これで兄弟が2,3人いたらそれだけで毎月10万も20万もする。そういう負担に耐えられないような家は、その親も子弟も結局、没落組であるわけだろう?
 日本も十年もすれば億万長者とそれ以外にはっきり分かれるだろう、もう後戻りはするまい。
 まったく無関係な話だが、私は柄にもなくMIXIというのに入っている、というか入って1週間ほどである。が、すぐに飽きてしまった。
 よく知らない方のために説明すればソーシャル・ネットワーキングとかいうもので、まあ一見さんお断りの会員制のネット社会みたいなもんである。ほとんどの人は匿名で参加している。基本的に会員の「招待状」を受けた人しか入れないので、世間のネット社会の掲示板などにいる荒らし屋とか、詐欺師のような者はいない・・・という売り文句だが会員が増えてくればその清潔性をどこまで保てるか不明である。私は会社の同僚からもらった。で、いつものように「本名のまま」で参加した。私は匿名ではいかなる意見も責任も持って発せられないと確信する人間だからである。
 さて、私は@匿名の人間関係を好まないA特定の興味関心について同じようなことを繰り返し話し合うサークルのようなものが嫌いであるBとにかく人間嫌いであるC基本的に飽きっぽい・・・などの理由でそもそもネット社会、というかネット社会特有の群れ行動と無縁な人間であるが、それは今回のMIXIでも分かった。もう全然、見てもいない。見たのは最初の3日ぐらい。
 無条件に私のパトロンになってくれるとか、そういうよほどにメリットのある相手でもない限り私はあまり他人と関わり合う気がないのだから意味がない。
 が、もし興味がおありの方がいたら、招待状を出して差し上げる。ご連絡ください。私自身はもう早くも幽霊会員であるが。

2004年7月01日(木)
アッと言う間に今年も半分終わりました。・・・いやあ、それなりにいろいろあったけど。順調で楽しい人ほど月日が流れるのは早いわけで、私なんぞは日々、引っかかっているから。
 いろいろといえば・・・私はちょっと腹が立っている。先日、母親が1か月以上にわたる入院を終えて自由の身に、これで一安心、などと書いたがあれ、取り消し。
 けしからん。当日の朝になって退院取り消し、である。そもそも高血圧、というだけでどこも悪いわけではなく、おまけに日常の血圧は至って低い。要は無為に留置されているに近い。しかしまあ、検査があるならやればよく、調べ終わっていないなら気が済むまでやればいい。せっかく入院したのだからそれもいいだろう。
気に入らないのは、まずその病院、ちっとも医者が見に来ないそうである。どんどん受け入れる病院で毎日どんどん救急車が来る、それはそれでいまどき存在価値がある病院だし意義も認める。しかし受け入れた後はまことに面倒見が悪いらしい。看護師の皆さんには悪いが、やはり主治医が回って来なきゃダメである。
 それで、三日前に退院の決定をしておいて、本人も荷物をまとめて心浮き立つとき、院長かなにかの一言で「取り消し」だそうである。上司の鶴の一声で取り消すような医者はいささか、頼りないというしかない。
 もう2か月に近くなるが、こうなると入院費やら検査費をもうけたくて、留置しているのではないか、と勘ぐる気持ちも出てくる。これでもし、三か月経って医療点数の問題で急に「もうからないので」出ていけ、などとなったら私はただじゃおかない。
 今回も、父に電話を掛けてきたときの母親は泣きべそだったという・・・精神的な苦痛やらストレスでかえって別の病気になったりしたら、私は本気で怒り出すぞ。はっきりって場合によっては訴訟も辞さない。ちゃんと実効ある治療が伴わないのなら、これは監禁行為である。
 蛍水会・名戸ヶ谷病院。おたくのことだ。ちゃんとやらんと私が患者なら、いかなる手段を講じても脱走するところだぞ。
 ところで。世界の中心で愛をさけぶ、の映画が300万人動員とのこと。つまり原作を読んだ人はおおむね足を運んだと言うことか。私のように原作を読んで以後、くさし続けているのは朴念仁ということだろう。今度はテレビドラマ化、という。が、あらすじを見るに、やはりそれなりに原作の大味なところを補強しているらしく、かえって原作よりもおもしろいのかもしれない。なにより「ケータイも茶髪もない八十年代の青春」を再現することを主眼としているとか。
 ははあ。私どもの青春時代か・・・そういう意味で今の30代ぐらいの人にはちょっと懐かしいというのは、確かにあるかもしれない。が、バブル前のあのころだとオーストラリアに修学旅行なんて行くのはあまり普通じゃなかったようにも思われるが・・・・とも思う。
 どうでもよいが「セカチュー」という略称は堪忍してほしい。ポケモンみたいだ。

2004年6月30日(水)
うちの新聞社がお茶の水女子大とフォーラムみたいなものを開いたのだが、まあ昔のようにフェミニズムに走った内容というのも今時は流行らず、例によって新しい生き方を考えましょうとか、時代の押しつける物差しを気にしないで生きていきましょうとか、産んで働ける社会を目指しましょうとか、もっともらしい話に落ち着いた。
 が、一番まともなことを言っていたのはお茶大でも文学とか哲学やっているようなヒトじゃなくて経済学をやっているヒトで、さすがに鋭いというのか、「不完全ながら、政府は働きやすい環境を作る方向で努力し始めていますが、肝心の女性の方が楽して生きたい、という志向のままでは空振りになります。男女ともにとりあえず自分で食べる、という意識を持たないと何も変わらないでしょう」という、まことにまともな意見だった。
 もっと言えば、それは男女の問題でもない。世代の問題である。楽な生き方こそベスト、という価値観が40歳ぐらいから下の日本人の大方の意見なのである。
 要するにだ。若者、それも10代、20代ぐらいから上はもう40代も半ばのフリーターに至るまで「とにかく働きたくないし、結婚も面倒くさいし、楽してそこそこ金に困らないような人生」というのに憧れているのが問題なのであって、少子化にせよ結婚率の減少にせよ、若者の就業問題にしろ、根は全部ここにある。欧米のフェミニズム的な図式など日本にはあてはまりゃしない。男性のキャリア社会をぶちこわす女性、なんて構図はないのだよ。だって男にしてもできれば働かないで金だけ天から降ってくるような人生がいいのであって、金持ちになりキャリアになり有名人になり、でも毎日仕事は大変で責任も重い、なんてのは大方の今時の若い日本人はごめんなのである。ビル・ゲイツになりたい者などいるだろうか。あるいは総理大臣は?あんな面倒な身分にはなりたくないであろう。実際のところ、セレブのなんのといって、年収1500万を超えるとそれ以上どれだけ金があっても生活は大して変わらない、という統計がある。要は年収が何百億円もある生活などそもそも無意味なのであるな。
 私もつくづく思うが、たとえば何になりたいか、と言われれば地主になりたい、というしかないですよ。みんなそうでしょう。不労所得で楽な人生。それに越したことはない。
 で、こういう意識が突然、アメリカ型の上昇志向に変わるとも思えない。
 だから日本の未来など暗いのである。

2004年6月29日(火)
まずは昨日の夕方、母親から「水曜日に退院する」という連絡があったことを皆様にお知らせしなくてはなりますまい。結構、あちこちから大丈夫なんですか、といったご連絡もいただいたが、結局のところ医者とか看護師を前にするとかっかと興奮してしまう白衣性高血圧のひどいの、というものらしい。もちろん入院が必要だったのだから高かったわけだが、そんなものは今時、薬を飲めばあっと言う間に下がるはずのもので、それぐらい最近の薬は性能が高い。なのに、看護師に縛帯を巻かれるたびに、母親と来たらかっかと興奮してしまって「きっとまた高く出るぞ、出るぞ」と唱えてしまうのである・・・結果は言うまでもない。こういう人に限って、平静にしていると低血圧といってもいいほど低かったりする。
 私もいつも通い慣れた医者の前では平静な血圧を出せるようになったけれど、見知らぬ看護師や保健婦などに計らせると上がってしまう。もっとも近頃はこれにもだいぶ慣れたが。
 要は自分はそんなに高血圧と言うほど高血圧じゃない、少なくとも降圧剤を飲んでいれば普通である、という自信を持てるようになればいいわけだ。しかし私自身も医者通いを始めてからそういう境地にいたって数値が安定するまで、なんだかんだいって4,5年を要したわけだ。
 まあとにかく、なにかとご心配をおかけしましたが、いちおうこれで一段落です。ありがとうございました。
 さてそれで、ふと気がついたらイラクが主権移譲を受けてしまった、いつの間にか。これで安定する、と思うのは早すぎるだろう。まだまだ何があるか分かったもんではない。
 それにスペインの例を考えれば、日本だって7月11日前後は警戒しないと危ない。選挙をねらって親米政権を崩壊に導く、ということを実際にテロ・グループはやったのだし、日本に相当工作員が紛れ込んでいるというのも間違いないところである。これまでに捕まった何人かだけ、などと思うほうがおめでたいだろう。
 私は実際人混みが怖いですね。なにがあるか分かったもんじゃない。
 

2004年6月28日(月)
土曜の夜から日曜にかけて、14時間も眠ったことに気付く。普通そんなに眠れるモンじゃない・・・それなりに疲れているのか。まあ暑くなったし。にしてもこりゃほとんど二日分である。
 これだけ寝ると脳のほうで「もう寝なくていい」という指令が出るんだと思うが、やっぱりなかなか眠れませんな。で、ふとテレビをつけた。朝のワイドショー番組などやっている。よくある新聞記事を解説するコーナーで、NASAが宇宙エレベーター、つまり静止衛星と地上をパイプでつないで恒久的なエレベーターとして使うというアイデアの実現化に本腰を入れていて、予算をつけ、日本のナノテク企業が開発した新素材を使用し15年後ぐらいには実用化の可能性、などという話だった。が、この番組の司会者やコメンテーター連中の反応はひどいもので・・・。東大を出ている才媛のはずの女性アナは「すみません、私、科学ネタに弱くて」とおろおろしているし、ほかの連中も「それなに」「聞いたことない」あげくは「そんなもの作ってなににするの? 宇宙に遊びに行くの?」などと言っている。アホである。日本人の科学的素養が急低下しているとは聞くが、番組のディレクター連中もこういう記事を取り上げるならちゃんと出演者を教育しなさい。宇宙に出るに当たって一番、大変なのはなんといっても地球引力圏からの離脱である。人やモノを運ぶには巨大な三段ロケットをぶっ飛ばすしかいまだに手はなく、アポロ計画時代から全然進歩していないのである。大変な経費と燃料とリスクを負って。最新式のシャトルですら2度も大事故を起こしているし、日本のロケットも落ちてばかり。つまり宇宙飛行の開始から50年近くたっても全然、効率的な手段はないのである。これが、巨大とはいえ単なるエレベーターの昇降ですむようになったら? 山登りの8合目まで車で行ける位、楽な話となる。巨大ロケットは無用になり、宇宙船は真空空間を進む省力設計で、宇宙エレベーターの先端に作った港につければよくなる。引力圏、大気圏を考えなくて良くなるのだから画期的である。問題は安全性と、それからエレベーターは必ずどこかの領土の上空なので、権利問題、軍事だの領空だの経済的縄張りだの・・・は必ず出てくる。
 と、まったくど素人の私でもこのぐらいのことは瞬時に思いつく。それに宇宙エレベーターとか軌道エレベーターとかいうのはかなり昔からあるアイデアである。
 このぐらいの裁き方も出来ないこの番組の出演者のレベルに暗澹とする。こんなんでニュース番組の司会などされても困るのである。
 チャンネルを変えると、某国営テレビでネットと女の子特有の「群れ」(とは表現していなかったけど)の問題を取り上げていた。番組で取り上げている事例で、二週間ほど事情によってネットを止めていた少女が、久しぶりに仲間の掲示板を見ると、学校では仲良しグループである連中が自分の陰口をさんざんたたいているのを目撃してショックを受ける。で、それ以後、自分がその陰口掲示板を見たことは隠して、表面的には仲良しグループとつきあいつつ、内心では悩んでいる、といったケースを紹介。男性アナウンサーが「このグループと合わなくなったら、ほかの仲間へ、と移ることは出来ないんですかね」ともっともなことを言うと、解説の女性学者が
「中学生ぐらいの女の子グループの感覚というのは、ほんの4,5人との結びつきが異様に強くて、それ以外の人にはものすごく冷たいんです」という。仲良し4,5人が彼女らにとって世界全部で、それの外は全部「他人」なのだそうだ。
 これは中学生に限らず大人のネット仲間でもけっこう見られるのじゃないだろうか。特に匿名じゃなく、知っている友人同士の場合、オンライン、オフラインあわせてほぼ24時間、相手と付き合うことになりものすごく息苦しくなるのだとか。
 私のように子供のころから転校を繰り返し、人間関係などに初めから希薄な感覚しか持たない者には全く理解できないお話だ。どうせ卒業すれば顔も見なくなる学校の仲良しグループなんてなんの意味があるのか。私など、長くとも2,3年でどうせ転校してそれっきりになるのだから、必要以上に親しくなっても意味がない、と思っていた。よほど険悪になってもせいぜい2,3年の辛抱であるし。どうでもいいのである。ほかの人は他人、というならその「仲間」の4,5人も他人である。自分じゃないのだから。そういうことで私など「全世界を滅ぼして自分だけがいればよい」じゃないか、と主張したのだが、どうもジジイババアどもには理解されなかったようだ。今時の若い衆の特徴は狭いグループで村を作ってそこへの帰属ばかり考える。それ以外の世代、集団は排斥する。そういう狭くて幼稚な村社会しか作れないのであって、本当の意味での自分本位、本当の「自己チュー」になどなれやしないのである。そこらが年寄りどもには分かっていないようである。
 さっきのケースでも、たとえば百貨店の休憩室などのぞくと、誰か一人の女性社員が席を立つとたちまち、その人の悪口を始め、帰ってくると何事もなかったように、今度はその場にいない別の人の悪口を始める。また、誰か別の一人が立つと、今度はその女性の悪口を始める・・・パターンは決まっていて「あの人はいい加減だ」「ぶりっ子だ」「口ばかりで何もしない」「威張っている」「でぶだ」「厚化粧だ」などなどであって、実際のところは単にストレス発散で誰が相手でもいいのである。要は人間社会などそんなもんであって、信用してはならないのであるが、中学生の彼女はまだ純真だったということだろうよ。「人が信じられない」だって、馬鹿か。人は信用してはならないものである、当たり前ではないか。
 ここまで書いてようやく眠くなったので、眠る。外ではもう高く朝日が上っているはずであるが、私は今日も夜勤である・・・。


2004年6月27日(日)
 今朝、起きて金魚の水槽を見たらゲッペルスが死んでいた(ああ金魚の名前です)。かくて先週の縁日で買った金魚6匹のうち一週間後に生存していたのはアドルフとヘスの2匹のみ。さすが正副総統コンビであるが・・・・・・しかしこうなってみると、ナチスの幹部というより過酷なアウシュビッツで生き残った人々的雰囲気も漂う(!)。
 で、昨日、例によって柏の病院に母親を見舞い、その足で船橋に出て、養魚店で今度はヒドジョウを二匹、購入した。これはガーランド、メルダースと命名したが(今度は空軍の撃墜王シリーズである)、このドジョウと、生き残りのアドルフ、ヘスをドイツの最新鋭テトラ社製のろ過フィルター完備水槽に移してやる。するとたちまち「水を得た魚」というのかぴんぴん飛び跳ねて泳ぐこと泳ぐこと、今までどんよりしていたのが嘘のようで、水面からはね出してしまいそうだ。
 要するにあれなのね、こういうお金を相応に投資した、いい環境じゃないと駄目なのね今時の金魚は。酸素を放出する薬剤とか、いろいろ買ってみたがなかなかうまくいかない。最新鋭の機械だと、ようやく満足していただけた模様である。
 過保護なのだな。今や金魚まで。
 そんなことを思っていたら、昼間の民放で過食症の若い女(といってももう27歳)のことを取り上げていた。なんでも大企業の幹部の末娘で甘やかされて育ち、「いい子でいることに疲れて」中学から不登校になり、今は東京で一人暮らしをして3年、この間もずっと親の仕送りだけで生きている(!)。その部屋というのが立派なマンションなのよ。きっと月に十万じゃきかない家賃を払っているはず。で、やってることといったら、催眠療法士の治療を受けることと、役にも立たないボイストレーニングを受けて歌手になるのが夢、とか言っている。そのトレーニングの様も番組では映していたが、もう素人の耳にもとてもトレーニングを金かけて受けているレベルじゃない、地声のままでまともに音程もとれない。要するに夢みたいなこと考えてるんだろう、今時、こんなレベルで不景気な音楽業界でデビューさせてもらえるわけもない、案の定、デモテープなどあちこちに送ってみたが全然、駄目とのこと、当たり前である。それで催眠療法士も催眠かけながら「27にもなってなんのために生きてるんだお前! なにもかも中途半端じゃないか」とか怒鳴りつけていて、これ治療なのか? 単に思ったままになじっているようだったけど。
 で、「今時の子にこういうのが多いんですよ。自分の意見もアイデンティティーもないくせに、他人の言うことに反発して反対のことばかりするんです」とその療法士、かなり嫌悪感をにじませつつ解説していた。はっきりいって患者なんだけど気に入らないんだろう。
 この女、夜になるとコンビニに行って食い物を買い込み、二時間もかけてそれを全部食うのである。一食に5000円分もかけて。で、後で吐く訳だ。
 馬鹿である。私はこんな者に同情しなければならない理由を見いだせない。親が今のところこの贅沢な生活を支えているのだろうが、所詮、その親とて貴族でもなければ地主でもない単なるサラリーマンであろうから、やがては老いて死んでいく。こいつも無職無為無産の落ちこぼれに成り下がる。いい気味である。
 金魚と同じである。泥をすすっても生きていけないものは淘汰される。そういう社会を今の日本は目指しているのだし、国民の潜在意識もなんだかんだ言って(自分が生き残れる確証などないのに)その方向を支持している。だったら、こんなひ弱な魚は死ぬしかない。いつも金をかけた水槽で心地よい管理された水を浴びて生きていけるもんじゃあるまい。
 誤解を恐れず言えば、不登校児にはある程度、同情はする。だがうちなど、妻はピアノばかりやって友達関係を無視していたから小学から中学にかけて学校でいびりぬかれたというし、私も転校を何度も繰り返したから、不適応を起こしていじめに遭ったことなど一度や二度ではない。はっきりいってぶち殺してやろう、と思うのはほぼ毎日であるし、そのときの気に入らない相手など今でももし出会ったら復讐してやりたいものである。
 そういうことだったが、不登校などにはならなかった。理由は二つある。親がいじめっ子どもよりももっと怖かった(つまり落ちこぼれることを死んでも許さない親たちであった)というのが一点、二つが家に逃げ込んだら負けである、という発想があった(反撃・復讐するのなら、出向いていくしかない)。
 その番組の馬鹿娘(とっても27である、くどいようだが)はこんな恥をさらしつつ、親と仲良くテレビに出て、親がまた猫なで声で「お父さんなんか金属バットで殴ったよね」「そうそう、でも絶対に学校に行きたくなかった」とか和気藹々と話している。
 馬鹿が。金属バットで殴るなら、本当に殺せばよかったのだ。本人のためである。それよりもその時点で家を追い出せばよかった。それで不良になろうが売春婦になろうが本人の好きにすればよい。
 少なくとも今の過食馬鹿女にはならないで、もう少しましな人間になっているだろうに。
 そんなことを思った。ともかくあれです。今時の金魚は過保護です。

2004年6月26日(土)
ハリー・ポッターの三作目「アブグレイブ刑務所の囚人たち」・・・じゃなかった、「アズカバンの囚人」が封切られたようである。で、例によってレイト・ショーででも見に行こうかと思い、その予習として未見の二作目、「ハリー・ポッターと秘密の部屋」をビデオにとってあったのを見てみた・・・のだが、まあ。一作目「賢者の石」がそれなりに面白かったので期待したのだがちょっとなあ・・・。
 日本語吹き替え版なんだがハリー役の声優がやたら幼い声なんで驚く。なんじゃこりゃあ。結構、ホンモノはもっとマセガキな感じだが。で、とにかく間延びした展開にいらつく。前半などあまりにだれるので、どんどん飛ばしてしまった。やはり子供向けの童話である、所詮。薄い話を無理に2時間に延ばしている印象が強い。話を相当に刈り込んでも収まりきらないロード・オブ・ザ・リングなどとはやはり全然違うのであるよ(比較するのが間違いだろうが)。ちょっとミステリー風な展開なのが面白いのだが、なんか散漫な印象だった。ラスボスの蛇もしょぼいこと。あれで終ボス? 世界を破滅させるような恐怖だのなんだの煽っておいてちっぽけなバジリスク一匹である。しかも一番強力な「目」を簡単に鳥に潰されて、本当にただの蛇になっちまう。馬鹿馬鹿しすぎてどうもならない。拍子抜けである。大人気シリーズにつきそれなりにお金はかかっているのだろうと思うんだが、安っぽい。肝心の秘密の部屋にしてもあんなにしょぼいもんか。広めの便所にしか見えぬ。
 そもそもホグワース学院ってなんなの。授業風景はつまらないことばかりやっている。スポーツといえばあまり面白くない箒にまたがったラグビーばかり。ちっとは違うことやれ。かつてヒトラーの英国上陸作戦を念力で阻止しようと努力した英国の魔術界(これは実話。本当ですぜ)も、落ちぶれたもんだ。世界中の核兵器をお花に変える呪文とか、好戦的な権力者を臆病にしてしまう魔法とか、なんかもっと高等なことをやってもらいたい。あんな学校を命がけで守る必要があるんだろうか、と思う。
 あからさまに学院の体制に逆らっている者を理事にしたり、その息子を入学させている理由も分からない。追放すればすむことだろうに。
 マグル(非魔法使い)の血筋を蔑視している、という設定もあざとい。そのくせ、学院には黒人はいても東洋人らしき生徒はついに見かけない。そういう人種の問題のほうがなんぼか重要であろうに。
 こういう設定上のことにつっこみが入るというのも、本筋がだれていてつまらないから目に付くのである。
 というわけで、二作目はかなり詰まらなく思った。そんなわけだからアブグレイブじゃなくてアズカバンの囚人も劇場に行くのはやめようかな、と思っている。
 子役の三人が今のペースだと老けてしまう、という問題もあるようだが、ロード・オブ・ザ・リングみたいに何作分もまとめて撮影すればいいじゃないか。あれはやっぱり壮挙だったのだよね。もし一作目が不人気でこけたって三作最後まで絶対にやる、という覚悟だったわけだから。その背水の陣が緊張感を生んで名作になったのじゃないだろうか。スタッフの悲壮感みたいなものが、映画の世界観と共鳴していたのである。それに比べていかがなものかねえ。ハリー・ポッターもぐずぐずしてるとジリ貧になってスター・ウォーズ・シリーズみたいになっちまうぞ。
 エマ・ワトスンちゃんは好きなんだけどね、私。
 関係ないが、ゆうべふと朝まで生テレビを見てしまった、5分ほど。メッタに見ないのだがゆうべはその番組の存在そのものを忘れていてかえってチャンネルが入ってしまった。すると田原氏がちょっと右翼がかった発言をした「著述家」というのをいじめていた。いわゆる「女帝」問題で、その著述家が「国会議員や国民がとやかく言うより大御心に待つべき問題です」と言った。すると田原がすかさず噛み付き始めること。「大御心ってなんです」「つまり天皇陛下の御意思です」「天皇には意思はないんですよ」「ありますよ、ご本人の意思は」「じゃあ聞くけど、あなたは明治憲法と今の憲法、どっちがいいと思うの」「そりゃ明治憲法のほうが、完全じゃないけどましな憲法ですよ」「明治憲法の統治者としての天皇がいいというんですか」「統治と言っても権力者じゃないですよ」「権力者ですよ。統帥権があったじゃないか。だから戦争になったじゃないか」「それは陸海軍が利用したんですよ。天皇の意思じゃないですよ」「意思ですよ。天皇が大元帥でOKしたから戦争になったんじゃないか」・・・というようなやりとりだった。明らかに話を飛躍させて、関係ないことで勝手に興奮しているのは司会者の田原である。そもそも司会者の癖に気色ばんで、相手が言っている事を無視して一人で話を進めている。著述家が「明治憲法は完全じゃない」と言っているのは当然、統帥権独立を指しているのであって、相手が分かっていることを一人で興奮して反復しているこの司会者は馬鹿である。
 要は憲法上の意思はなくとも個人としての意見はあるに決まっているので、その個人としての意見に従ったらどうか、あそこの家の問題なんだから、という考え方はそれなりにまともであって、そこで明治憲法だの統帥権だの持ち出して戦前回帰だ、と騒ぎ立てるような問題じゃあるまいに。ただためにする議論である。
 それにこの人、中曽根さんなどが同じようなことを言ってもお追従を言うはずだ。また以前に某女性議員を同じように恫喝した際も、その後、右翼団体に頭を下げて手打ちにしたわけだ。みっともないから、弱そうな相手と見ると恫喝するその態度をやめてもらいたい。そんなもんで視聴率がとれる時代じゃない。

2004年6月25日(金)
選挙なんですってねえ・・・というか、私は職業柄、一応かかわりもあるにはあるんだけど、しかし詰まらないですなあ。党首討論会なんてやっていましたが、小泉に神崎に岡田に志位に福島に、と並べてこの中から選べ、と言われてもそりゃ困るわ。投票率は大いに下がるだろうと思いますね。つまり与党圧勝。これ要するに日本にはもう民主主義なんて物はないのである。
 私は民主主義者ではないので、別にかまわないのだが、こういう状況ではすべての国民は「勝ち組」に乗らないといけません。
 はっきり言いましょう。たとえば年金なんぞたくさん納税したヒトがたくさんもらうべきで、税金も納めてない貧乏人など野垂れ死にしなさい、という話が加速するとしまして、でまあ、この方向そのものは今後、徐々にはっきりしてくると。そうすると私なんぞ、納税しているのだからむしろどんどんやれえ、ということだ。自衛隊の問題なんてのも、私はもう40に近くなったし子どももいないのだから、どんどん出せばいいじゃないの、俺が行く訳じゃないし、という立場は大いにあっていいわけだ。
 ということで、現政権で私なんか構わないのだよ、実際には。
 なのにあれだ、現政権じゃ困ったことになりそうなヒトがまだまだあの首相を応援しているのだから不思議である。ことに地方の人ね。これが不思議。まあどうでもいいんだけどね。
 ところでジャパネットたかたの通販番組に最近、たかた社長が復帰している。やっぱり違いますなあ、説得力が違う。ここぞ、というところで声が裏返る、あの素っ頓狂な絶叫とか、「ここが違うんです」「ここがお得なんです」というツボの押さえ方、ほかのキャストじゃできない。ちょっと長崎なまりなのもかえってよろしい。
 私はこのたかた社長に首相をやって貰いたいと思う。すごい説得力で「年金改革は、ここがいいんです!!」とか「自衛隊を出すなら、今がチャンスです!!」とかやればみんな支持する。私だって小泉のいい加減な答弁じゃ言うこと聞かなくても、たかた首相なら聞いてしまいそうだ。で、たとえば「銀行の不良債権はたかた・・・じゃなくて政府が負担します」「年金財源の不足分はたか・・・じゃなくて政府が負担致します!!」と得意の決め文句でばっちり。
 当然、長崎に遷都です。毎日、通販番組に首相は生出演するので東京なんてダメ。で、通販番組の最後に1分ほど「今日の国会」というコーナー設けりゃいい。閣僚も半数はたかたの社員ですな。「お客様クレーム担当大臣」とかできそう。
 外交もうまそうですよ。英語なんか一言もできないけどもうかる、もうからないだけで全部話を付けてきそうだもん。長崎なまりだけで押し通してね。中国となんか、あっちも商人体質だから実に相性がいい。「尖閣諸島はどっちのもんでもいいので、油だけきちんと分けましょう」とかね。
 イラク派兵だって「ここでこうすれば、こんなに儲かります。油が手に入るんですよ」と小泉なら言えないあからさまなことをたかた社長なら言える。
 そういうわけで、小泉の後はたかたさんを総裁にしなさい、自民党。

2004年6月24日(木)
茨城県岩井市の、岩井西高校の女生徒殺害事件というのが話題になっていますが、私は中学の頃あそこに住んでおりました。テレビのワイドショー番組で、元警視庁刑事というヒトが車から降り立つや開口一番「ああ、田んぼばかりのところですねえ」と慨嘆。しかしこれも正しくないのですよ。あのへんはあるとしても陸稲を育てるだけで、水田なんかないのである。だから畑ばかり。それも草ぼうぼうの荒れ地ばかりなんだよなあ・・・。
 「岩井署はどこですか」という少女の電話の内容について、繰り返し「岩井署は実在せず、堺署の電話を教えました」と説明しておりましたが、これ本当。岩井「市」には警察署がなく交番があるだけで、隣の堺「町」に堺署があるのである。そう、町に警察署があり、岩井は市なのに自前の警察署はないのである。イヤ本当に・・・コンビニやらファミレスやらに被害者は入り浸っていたと言いますが、私などそんなもんがあの岩井にあるというだけで驚きです。昔は本当になにもなかった。スーパーすらなかったのであります。下妻物語なんてずっと都会のお話。こちとらその下妻まで片道20`・bも自転車こいで通ったのであります。あちらには当時から一応、ディーゼルカーとはいえ鉄道の駅もあり、裁判所まであった。ぜんぜんましである。
 などと、元岩井中学校第三代生徒会長・辻元は思うのであります。
追伸*さっそく岩井中学校時代の知人からメールあり。その人の家のすぐ近く、見えるところに例の被害者が入り浸っていたコンビニがあるらしい・・・。狭い町とはいえいやはや(もっとも岩井市はかなり面積的には大きい市ですが)。

2004年6月23日(水)
 昨日は夜勤であって、夕方に家を出て出社したのだが、浦安駅から地下鉄東西線に乗ろうとしたところ、なんだか違和感がある。「葛西行き?」。葛西というのは浦安の次の駅である。そんな中途半端な列車に乗っても意味がないので、ホームに戻ってしばし待つ・・・が、どうしたものかその「葛西行き」が発車しない。「なんだ、じゃまくさいな」と思い始めたところ、車内放送がうっすら聞こえてきた。「現在、強風の影響で西葛西におきまして、架線にビニールが引っかかった模様です。東西線は西船橋と葛西の間を往復運転しております・・・」。ここでご近所ではない人のために説明を加えれば、東西線は地下鉄とは言っても都心までは地上を走る。だからゴミが引っかかる事態もあり得る。にしても、私は声に出して怒鳴ったね本当に。「なんでそういう重要なことをすぐに言わないんだ!!!!」なにしろ駅の構内アナウンスは全くこのことを告げていないのである。私も知らずに改札を通ってしまった。
 で、脱兎のごとく駅を出て、タクシー乗り場に向かう。幸い、人々はまだこの事態を気づいていないか、まだ判断していない。私はすぐにタクシーを拾って最寄りのJR駅に向かい、予定よりは30分ほど遅れたが会社に到着できた。あのあとどのぐらいで復旧したのか知らないが、タクシー乗り場もふと振り返ったら長蛇の列、もう少しためらったり、ぼんやりしていたら、とても30分の遅刻ではすまなかっただろう。
 そういえば、である。昨日の台風六号で新幹線が何時間も停車したが、まったくアナウンスもなく、JRはなっとらん、と怒っている人が多数、テレビに映っていた。トンネルの中で停止した車両も多く大変なことだったらしい。車内に缶詰になった田原総一郎など、携帯電話で大阪での講演会をこなしたそうである(これはすごい)。
 ともかく鉄道会社などはものごとがまさにレールに乗っている、順調なときのことしかイメージにないのが困る。止まったときの対処となると実際、まるでダメである。それはしばしば感じる。

2004年6月22日(火)
近頃・・・笑わないで頂きたいのだが、少しだけ美に目覚めて・・・いや、美容と言うほどの物じゃない、ただ、鼻パックとか顔面パック、それから洗顔フォームに化粧水、なんてものをにわかに集めて、少し顔の手入れをしてみた・・・ところ、これがなかなかに効果覿面。別に美しくなりたいのモデルさんみたいになりたいの、という願望もないが、とにかく自分でも驚くほど顔の色が白くなる。脂ぎった赤ら顔から、うっすらメークしたみたいになる。特に何をしたでもなく、今まで構い過ぎなかったのである。「あなた、元々は色白なのねえ」と妻がしきりに言う。確かに鏡で見るとたいていの人より白々している。
 そうなってみると、いろいろ気になり出すもので、背広やらシャツやらネクタイやら、靴も靴墨を塗って光らせるようになるし、床屋にもよく行く、といった具合でまあとにかく前が何もしなさすぎた、30代も後半になりますとあまり無造作なのが似合わなくなる。若いうちはどうでもいいのです。このぐらいになると、よほど軽いにんげんか何かに見られる。で、見かけは極めて重要であります。
 今回のきっかけは、よくある通販番組で美肌機を紹介していて、「小鼻の毛穴を放置しておくとどんどんつまって化膿して、年を取るとこれがたるんで広がってきて、目も当てられません」などと嫌にリアルに言っていたのが気になったんですな。で、その高額な機械は買わないでもうちょっと手軽なものを買い集めた次第。
 とはいえ、ぴちゃぴちゃ化粧水など肌に塗り込むようになるとは。我ながら驚いております。

2004年6月21日(月)
二日ほどコンピューターを一切いじりませんでした。そしたらウイルス感染メールが40通以上きてやがんの。すごいですなあ、最近は。特にアドレス間違いで戻ってきたメールの振りしてくるメール。こっちが全く発信していないのだから返信なんぞあるわけない。騙されませんぞ。
 もう携帯にしろメールにしろ、家庭の電話すら、知らない相手のは基本的に見ないし出ないからねえ、本当のところ。せちがらいですなあ。
 ただ、母親が(相変わらず入院中)病院から公衆電話かけてきたときは、しまった。出ればよかった。まあ今時、公衆電話からかけてくるといったらこのぐらいなもんで・・・。病院では入院患者は携帯持ち込み不可だそうであります。まあ、機器に悪影響、それに暇だから一日中いじってることになり大いに迷惑、ということでしょう。
 なんか、高血圧で入院、というのにもう一ヶ月を過ぎました。長引きます。
 そういえば、この土曜、日曜は浦安市のお祭りでありました。我が家の前だけでも神輿が十台以上は通過したんじゃないでしょうか。市内の三つの神社がやっているのだから合わせて三十や四十は神輿が出ているんだろう、なかなか盛大。肩が腫れ上がって十センチほどのこぶになり、紫色になっている人を何人か見かけましたが、大丈夫なのか。全身に見事な彫り物の若い衆なんてのもちらほら・・・聞けば、築地の河岸の若い衆がいっぱい来ているのだとか。そりゃ浦安も本来は漁師町で河岸もあるが、それだけじゃこれだけ担ぎ手も集まるまい。道理で。これらのおびただしい神輿もほとんどはレンタルだそうですし・・・。4年に1度の祭りのために維持することはできませんですし。
 その昔、神輿というものを担いだこともありますが、私みたいなチビは担げない、かえってぶら下がるだけであります。世の中、下で支える人、担がれる人、楽してごまかす人、いろいろでして・・・。
 夜にはちょっと夜店の屋台へ。綿菓子一袋500円とか無体な値段の店もあったが、かなり驚いたのが屋台の人々、ずいぶん若い人が多い。就職難のためか、以前ならこんなに若い人がこういう業界に入ってこなかったろうと思うのであります。
 妻が金魚すくいをやりたがるので、やりました。昔、お祭りですくった金魚を十年も飼って、しまいにはフナみたいになってしまった、のだそうで飼育には自信があるとか。問題はすくう方ですが、最近はすくえなくてもサービスでくれるんですね、金魚を。しかしふと見ると、小学生の女の子がどう見ても20匹ぐらいすくっている。あんな名人もいるんですなあ、本当に。
 うちは結局、サービス品の金魚を二日に分けて6匹、手に入れました。名前をつけてやりましたが、一番元気のいいアドルフ、デブのヘルマン、バランスがとれないラインハルト、白くて目立つロンメル、もっさりしたヘス、チビのヨーゼフ・・・どっかで聞いたような名前の面々(!)。
 ラインハルトはその名の通り短命で、翌朝には死に、デブのヘルマンも一番食い意地が張っていたのに二日目に死にました。アドルフはやたらに群れを仕切っているようで、頭も動きもよく、名前どおりフューラーの生まれつきなのかもしれません。
 にしてもどこまで生きるでしょうか。本当にフナのようになるまで長生きするか。
 けっこう、ぼーっと金魚など眺めているとあっという間に時間が過ぎますな。こりゃいかん、いかん・・・。

2004年6月19日(土)
 家に帰ってテレビをつけたら「コマンドー」などやっていた。そう、若きシュワルツェネッガーの活劇であるけれど、そしてターミネーターから生身の人間になってアクション進出した最初期の成功作だけれど、この後、同じ伝の作品は実は作らず、コマンドーのような出だしからSFホラーになってしまうプレデターを経て、以後はツインズとかキンダガートン・コップとか、急激にコメディー路線に転向して行くのでありまして、そのほのぼの系路線がなければ後の彼の成功、そして州知事というキャリアはなかっただろうと思う。そこらがスタローンと違うところといえましょうか。だから無敵の元特殊部隊隊長というスタローン風の設定のこの映画、今になってみれば本作以外にはこのようなあけすけなB級路線の映画はないことに気付く。まだまだ低予算な感じではあり、共演者も豪華とはいえないが、スピードのあるシンプルな展開はもったいぶってなくてよい。子役の女の子と、スチュワーデス役のヒロインがなかなかキュートでよかったんだが、本作以外でそんなに活躍したとも聞かない。
 そのまま深夜になってまた民放を見ていると、どうも妙な女の子が歌って踊っている。どうやらこれはスパイス・ガールズらしい・・・ということで「スパイス・ザ・ムービー」であることに気付く。なんでこんな時間帯にこんなものをやっているのか。黙ってみていると意外におもしろい。どうしても後のベッカム夫人ヴィクトリアに目が行くが、そして「どうしてあんな女をデイビッドは選んだのだろうか、一番、5人の中で冴えないと思う」という嫉妬交じりの感想も多いようなのだが、私の目でも彼女が一番、目だって見える。要するに一番、自己演出がうまい、おしゃれでクールな雰囲気を出しているように見える。最近のおセレブな感じより、このころの蓮っ葉な彼女のほうがカッコイイようにも思う。まあ映画としてどうこういうような代物じゃない、ただわざわざ見ることなどないようなものだから、偶然、見られてラッキーといえばラッキー。
 さらにちらちら裏番組を見ると、他局ではずいぶん若いハリセン・フォードじゃなかったハリソン・フォードと、どこかで見たことのあるちょっと個性的な顔立ちの女優が出ている別の映画に出くわす。こっちもスパイス・・・が先に終わったので後半を見てしまったのだが、「刑事ジョン・ブック 目撃者」であったらしい。これが一番、映画として格上。見ていてついついおしまいまで行ってしまった。エンドロールで、アーミッシュの未亡人を演じていたその女優がケリー・マクギリスであることに気付く。ははあ、トップ・ガンのころとはずいぶん違う役柄なんで分からなかった。が、ドンパチを除くとマディソン郡の橋みたいなのりの映画。なかなか見ごたえはあった。
 とまあ、なんか三本立てでかなり昔の、それなりに有名だけどわざわざ見直したりはしない映画を見てしまった。安い映画館に行った感じ。そういえば学生時代に早稲田の町で、授業と授業の間が空いてしまってそんな映画館に入って時間を潰したことを思い出す。お手ごろなちょっと前の映画をやっていたのは、早稲田松竹だったか。その後どうなっているか。あのころ既に大変に古かったからなあ。「カリブの熱い夜」と「ボディ・ダブル」の二本立てなんてプログラムががなかなか面白かった。カリブ・・・のレイチェル・ウォードという女優さんも綺麗だったが、このほかにバート・レイノルズと共演した作品があるぐらいしか思い浮かばない。今ではエンディングに流れるフィル・コリンズの最初のソロ・ヒット曲「見つめていたい」だけで記憶に残っている・・・が、映画としてもおもしろかったけど。
 などと、なんとなくちょっと前の、しかし名画というほどではないからあまり映画史に残るでもないものをいくつか思い出す夜となった。たまにはこういうのもいいか。


2004年6月18日(金)
私の住んでいる浦安市では、今日の夜から盛大な祭りである。これは実際に相当に大規模なもので4年に1回しかやらない。浦安市民のメインの祭りはディズニーランドのなんとかパレードじゃないのである。が、これをやられると私の住まいの周辺にも神輿や山車がどっと出てくる・・・・・・騒がしいことになるだろうけれど。
 一応、一戸建てなので、うち。神酒所に行って寄進もしてきた。まあこれは悪い気はしない。ちょっと旦那気分? たった5000円ですみません、神様。
 ぜんぜん関係ないが、今の政権の政策は国民から見ると本当はサドマゾ政治である、と言う声がようやく出始めているが、日本人の国民性がかなりマゾヒスッティックなのは確実である、昔から。
 一方で、近頃ようやく言われ始めたようだが、あの政権のリーダーが本当にサドで、性的には相手を殴ったり首を絞めたりしないと欲情しないたちであるのも本当であるらしい。その人(誰とは言っていないよ、政権のリーダー、と申し上げた)が3回も離婚しているのも家庭内暴力の結果であるみたいだし、学生時代に女子大生を強姦して逮捕され、現役閣僚である父の力で助けてもらって英国留学にかこつけ国外逃亡したとか、はてはこれまでに少なくとも3回は相手の女性が失神しており、そのたびに示談金を払っているとか、そのへんを官房副長官としてよく知っている鈴木宗男が故意につぶされた、とかいう話の多くはほとんどあたらずしも遠からずであるだろう。
 何故そう思うか? あの男の顔つき、人相はなにに似ていると言ってナチス親衛隊の下士官ぐらいのサディストに似ている。細い鼻筋に薄い唇、無表情な目。親衛隊の軍曹ぐらいによくいる人相である。
 とにかく一部の人、業界にだけ都合の良い統制国家、一見、民主的だが内実はファシズムもそこのけのアメリカ型協調国家にこれから日本も近づいていく。このタイプの国家は実際には世界にほかにほとんどない。
 そして、これは国民が選んだ、ということになる。政権からすれば「一貫して多くの国民は支持したではないか」と言うことが出来るだろう、その通りであるから。
 将来、決して泣き言は言わないことだ。自分らで選んだのである。悲惨な老後、荒れ果てた地方都市、三代続く失業者家族、年に3万人の自殺者、なにごとも気にしないことだ。
 今になってみると、小渕の死が日本の運命を決めたのである。今の政権は、内実は森政権とまったく連続しておりリーダーがでぶか、やせか、中高年の女に受けがいいか、悪いかの差があるだけである。前の政権のほうが竹中が出てこなかっただろうから、実はましであったかもしれぬ。
 まあ、どうでもいいや。どうせ参院選も今の政権が勝つのである。国民は文句を言わないことだ。

2004年6月17日(木)
ふと深夜番組をつけたらザ・ダークネスが出演していた。こいつらは今時のバンドでは非常にいいと思うのだが(というか、90年以後にデビューした人は全部最近の人扱いにしてしまう私であった)ギタリストのダンというのが「シン・リジィ」のTシャツを着ていた。どうせまた「今時のファン」はこれがなんだか分からないのであろうけれど、やはり感心なヤツらではある・・・。とにかく今時ブリティッシュな音を出す連中であるが、このへんがルーツなのだから当然だわな。
 ところで、明日かあさってかのうちの新聞に載る予定の記事にあった。30年以内にマグニチュード7以上の大地震が起こる確率1%以上の地点が全国に28か所あるとかなんとか。宮城県は震度7・5以上の地震がが99%起こる、のだそうだし、東海沖もM8.0の地震発生確率が84%かなにか、だというし。それで、1%、というのも実は決して小さくないのだとか。たとえばこれから30年間に交通事故でけがする確率は平均20%、火災にあう確率は2%、交通事故で死ぬ確率は0.2%、火災で死傷0.2%などということだそうで、・・・まあとにかく、その交通事故にあう確率と比較すれば全然、小さいものじゃない。それで阪神大震災の死者6400人、関東大震災は14万人。これもまた確率でいえば自分が死ぬとか財産を失うとかはどのぐらいになるのか・・・。などと考えるとどんどん恐ろしくなるわけです。
 なんでこんな記事が出るのか。かなり地震調査研究推進本部の地震学者の間に、東海地震に対する切迫感が出てきているみたいなんですね。普通だと9月とか1月とか、震災のあったころにやりそうな特集なんだけど。そういえばゆうべの10チャンネルでも防災特集なんてやってた。
 結局、ロシアン・ルーレットみたいなことをみんなでやっているのが日本国民なのであります。どういうもんであろうか。
 そういや、その防災番組で、人間には「愛他行動」をとりやすい人、わが身を省みず他人を助けたくなる人というのがいると紹介していた。
 少なくとも私は全く違うと思う。性善説を全く理解できないにんげんなもので。とっさのときですら、まずはわが身の安全を図るような嫌なヤツだと自覚する。
 私が英雄より名参謀を好むのもそういう次第といえば言える。
 ここでまた関係ない「数字の話」を。猫というのは早ければ生後6か月ほどでもう次の子孫を残すようになる、と聞いた。それ、人間で言えば2,3歳でもう出産するということか。これは知人の家の生まれたばかりの子猫が、油断しているうちにまたまた妊娠し、あっというまに4つ子を出産してしまった、という話を伝え聞いてのこと。妊娠期間もたったの2か月だとかで、このペースで増えたらゴキブリ並みである。それで思い出す。チャバネゴキブリは生後実に3,4か月で卵(30個で1セットのカートリッジ)を産み始める。ヤマトとか黒ゴキブリは1年かかる。こいつらは意外にちゃんと成熟を待つらしい。この差があるので、いい環境のビルなどではヤマトゴキブリは1年で100倍に増える、チャバネときたら1600倍に増える、とか。
 しかし、南方系であるチャバネは木造住宅などでは越冬できずに全滅してしまうらしい。確かにあのチャバネというのはでかいビルで見かける。
 なんか今日は薀蓄もののようになってしまった。が、数字がうろ覚えなのが多いのでなにかに参照するときは裏を取るように(!)。

2004年6月16日(水)
それにしても毎日、毎日ウイルス感染メールがやってくるもんですなあ。今度はザフィという新種ウイルスが発見されたそうであります。よくもまあ次から次へと・・・しかしひそかに思いますが、もし世の中にウイルスがなかったらIT業界のもうけも雇用も減ります。そのためにせっせと新しいウイルスを作っている人がいるとしか思えません。
 もう四、五日たつので旧聞ですが、レイ・チャールズが亡くなりましたね。ブルース・ブラザーズで心底愉快そうに演技している姿も記憶に残ります。が、私は自分が高校生ぐらいの時に、テレビで彼の来日公演というのを見まして非常に印象深かった。ゲストに柳ジョージが出てたんですね。で、そのころの柳のスタイルはクラプトンの模倣に近かったのだけど、わが心のジョージアを2人で代わる代わる歌ったのであります。まず一番を柳が懸命に歌いました。それは決して悪くはなかった。いろいろ音を伸ばしたり、うなったり、しゃくったり、技巧の限りを尽くして歌った。で、2番をレイが歌ったのであります。そしたら、ごーく短く「ジョジア・・・」と歌ったきり、しばし沈黙。そしてかなり間を取ってから「ジョー・ジアアー」とやったのです。その間の絶妙であることといったら。これが黒人のやるブルースだ、というお手本。間のかっこよさだけで聞かせてしまったわけ。本当にその、最初のジョージアと、二回目のジョージアの間でいかに故郷に対する万感の思いがこみあげているか、それは技巧じゃなくて本当にそういう情感を表していたのでしょう。いろいろ、伸ばしたりうなったりした柳は、明らかにその後、面目なさそうな真っ青な顔になっていた。レイは盲目ゆえ、柳の自信喪失に気づいたのかつかないのか、とにかく嬉しそうに楽しそうに歌っておりました。
 ところが、それから2,3年の間、柳ジョージはシーンから遠ざかってしまったのであります。新譜も出なくなった。私はひょっとして、と思っていたが、やがて忘れてしまった。
 で、ずいぶんたってから、柳ジョージがステージに立って、あのわが心のジョージアを歌っているのをテレビで見たのであります。実にレイドバックして前より格段によくなっておりました。聞けば、やはりあのレイとの共演で自信を失ったのだそうであります。で、ああいう域に達することなどできない、しょせん自分は日本人だ、との思いでしばらく逼塞していた。自分なりに歌えばいいのだ、と肩の力が抜けるまで何年かかかった、とのことでありました。
 そのぐらい、日本では一番、上手な人を何年もへこませてしまうほど、レイ・チャールズはうまかった。あんなにのけぞってピアノが弾ける人もありません。まあ柳に影響を与えたクラプトンらのホワイト・ブルースもそもそも黒人のやるブルースへの劣等感から生まれた音楽であります。通過せざるを得ない葛藤、ということでしょう。
 それでレイですが、あれで、何人も子供がいたというのもおもしろいこと。まあ自然体で女性に接したでしょうけれど、ああいう人は。顔で判断しないだろうから、心のいい女じゃないと相手にしなかったでしょうなあ・・・と、あの歌唱を思い出すに思うのであります。
 日本の女性歌手など、最近は懸命に外タレのR&B風にいろいろ声を上げたり下げたり、技巧的にはなかなかうまくなりました。が、そういう表面的の技巧で追いついた、などと思っているなら思い上がりというものでしょう。私はあのレイと柳の共演を、いやしくもプロのシンガーは、それを知らない若い世代は特に、一度は見たらいいと思うのであります。

2004年6月14日(月)
 「内部告発者保護法案」というか、「公益通報者保護法案」というのが通りました。これで面白い(なんていっていいのかどうか)のは、行政機関、官庁などの不正を告発するには「信じるにたる相当の理由」がないとダメで、特にマスコミなどの外部に流す場合、「人命などに急迫した危険」などがある場合に限ります、と規定している点であります。
 これでおわかりのように、省庁や役人、政治家の不正、スキャンダルのたぐいをマスコミに流すのは原則としていけません、という内容なんですけど? ま、またしても「国民」の皆さんは何もご存じないのでありましょう。
 金融機能強化法、なんてのも夜のうちにひっそりと通過しました。これで今度は地銀や信用金庫の再編成、はっきり言って駄目なところの取りつぶしが始まるのだと思います。
 まあ、実のところ必要な処置ではあります。誰が政権を担っていても、このへんは似たようなことをやらざるを得ないでしょう。なんにしましても今や、どんな法律でも通りますので、もし仮に治安維持法・改(笑)なんてものを提出しても間違いなく通ります。今や字の読めなくなった大方の国民は無視され通しでバカにされることになるわけであります。
 小泉純一郎個人については私は生理的にすかないところがありますが、彼の固有の問題と言うよりも、今の自民・公明政権の行き先というのが徐々に徐々に見えてきております。この最大の功労者は竹中大臣でありまして、できればU○J銀行も外資に売り渡せればいいのでしょうが、まあとにかく日本国は完全なるアメリカの属領として完成しつつありますな。
 その目標というのは一部エリート層とその子弟が未来永劫、良い生活を保障され、大方のプー太郎国民がどんどん生活水準を落としていく社会でありまして、これは今、30代40代ぐらいのフリ−ター連中がまもなく親を失い生活基盤を失います。この人らが没落したときに急にみんな、ここ数年の改革の結果を知ってあっということでしょう。また、子供をもっている人々は、自分の子どもを海外留学させ、修士号を取らせ、あるいは官僚なり勝ち組企業の幹部なりにさせる見込みがない限り、よくって派遣社員、悪くてプー、もっと悪いと犯罪者、ということになる現実を突きつけられ、よほど富裕でない限り、子どもを「エリート」に出来ない限り、生涯の負債となり兼ねないということを思い知る出ありましょう。そして闇雲に一政権を応援したことのつけを思い切り支払わされるに相違ない。アメリカは同じような現実の中でも国民の「洗脳度」が高いために謀叛はなかなか起きない。もし絶望する国民がいても、あそこは貧乏国からどんどんあこがれて人が来るので、いつまでも活力は保てるのであります。単一性国家の日本でアメリカ型階層社会を造れば、実はアメリカと言うよりはかつての江戸幕府の時代に近づきます。
 まもなく富裕者と貧乏人は確定し、「努力する者が報われる」=もとから金持ちがどんどん金をつぎ込んで勝利を再生産する社会がやって参ります。
 また政治的には形式的な「政権交代」なんてものがあっても決してこの「国民の階層」が動かないような「安定した」社会であります。小泉首相が民主党の成長を暗に容認するような発言を前の総選挙の際にしていたのもそういうことであろう、と。アメリカなんかは、国民のガス抜きに自民党と第二自民党を用意して適当に交代させるほうがいい、という思惑を持っているに相違ないので、自民党としてもただただ一人勝ちしてればいい、ということではない。ただ、今の政局運営としてはできるだけ無気力な発言など繰り返し、国民をあきれさせてみんな、政治から切り離してしまう。みんなが投票しないようにすることで、かえって与党が盤石というこの今のあり方がしばらく有効なので、当面はその路線でいく、ということなのであると思われます。
 私なども斜に構えて、自分の会社が勝ち組企業で自分の生活が良ければ、むしろ自公政権を支持すべきなのでありましょう、本当は。そして今すでに年間3万人の自殺者がどこまで増えようが気にしなければいいのであります。
 今後、景気が良くなる、というのは基本的には間違いないです。しかし「みんなの」生活が良くなることはない。一部の大企業とか、社会の幹部階層がますます豊かで暮らしやすくなっていくことは必定であります。
 私はあくまで小泉さんを支持する人というものを実は理解できるような気がします。漠然と恐ろしいのです。で、今のところ自分の生活は成り立っている人です。この人らが、こんなに支持しているのだから、自分の生活だけはあの首相は守ってくれるに違いない、きっとうまい方向に導いてくれるに違いない、という願望とか、信仰めいた心境じゃないでしょうか。そしてあの気さくで、話せばわかってくれそうな(ごく近い人はあんなに頑固で人間嫌いな人はいないとみんな言いますが、あくまでテレビ写りの中では気さくでいい人です)首相が結果としては「自分の」生活を守ってくれるに違いない・・・。
 しかし、守ってくれるのは最後はごくごく一部なのであります。そもそも「みんな」を守る政策ではないのでありますから。それが構造改革、と言われている一連のもくろみですから。
 思うに、池田・ロバートソン会談、プラザ合意、日米半導体協議、日米構造協議など、日本を支配し日本国民の生活を低下させるような方向をアメリカが示すとき、いつも日本国民はその重要性を理解できないで来ました。騒いでも後の祭りであります。
 小泉内閣の「意味」というものも、歴史的には彼が退陣した後に、じわじわにじみ出てくると思います。そういう意味では歴史的転換点を担う重要な政治家であり政権です。
 ま、いいのです。彼の政権も今度の参院選ぐらいで後はエンディングに向かいます。日本の方向はおおむね決まったと見えますから、彼のシゴトもほぼ、仕上げの時でありましょう。
 私はもはや、自分のポジションとか自分の会社、あるいは会社の中での地位、などといったことが守れればいい、と念じるばかりでありまして、これがこれからの日本社会では正しい生き方であります。おそらく。

2004年6月13日(日)
 いやああ・・・・参った参った。金曜、土曜と飲み会が続きまして、完全にグロッキーであります。このところ夜勤続きであまり酒を飲まなくなりました。なもんだから、はっきり言ってかなり弱くなったなあ。特に金曜なんか、三階の寝室まで上がれなくて一階のどちらかというと倉庫として使っているような部屋で意識を失いました。
 その金曜の宴会の席で中公新書ラクレの「世界ファシスト列伝」という新書を謹呈されましたが、これが実に面白い一冊よ。880円+税ということでそんなにお安い本じゃないけど充分に引き合うデスね。特に歴史に興味のある人は必読。ヒトラーやムソリーニのような有名人も一応、扱っていますが、ノルウェーのクビスリンクとかクロアチアのパーヴェリチ、ハンガリーのホルティ提督とか、「悪いけどニ、三流」の独裁者を網羅。ありそうでほかに類書がないと思う。それにオーストリアとナチス・ドイツの併合に当たり、サウンド・オブ・ミュージックなんかじゃ美化されている「併合前のオーストリア」もドルフス、シュシニクなど独裁者のオンパレードだった辺りもきちんと紹介。単にドイツと合併するかしないか、という点でヒトラーと対立しただけで、体質的には同じ独裁者だったんだからね。また天下を取れなかった五流のファシズム政治家、さらにイギリスのモーズリとか、フランスのドリオとか、後の連合国側にもけっこうファシズム政党、ファシズム政治家がいたこともきっちり書いております。これもちょくちょくつまんだ話は歴史に詳しい人は知っていると思いますが、あまり知らない人には初耳かも。アメリカにだって戦前はちゃんとナチ党があったわけだし。それからちょっと後のエビータとペロン夫妻、およびナチ残党の南米脱出ルートなどにも言及していて、これはこの手の話が好きな人(というのは私みたいな人だけかいな、ひょっとして)には永久保存版かもしれませんよ。
 日本にもちょいとナチズムにあこがれた動きがあったわけですけど、日本のことは書いていないなあ・・・まあ、日本の場合、天皇制というのがあるので独裁者を立てた全体主義にはなりにくかったわけですが。・・・しっかし今や日本も皇室ピーンチ! 本当になにが危ないと言って、年金でも金融でも政治でも教育でも少子高齢化でもなくて、皇室かもしれんですよ。別にあんなの、と若い人などはいうだろう、しかしじゃああの象徴一家がいなくなったとして、さすがに総理大臣が国家元首だとは心底、日本国民としても納得できまい(だって基本的に政党の中の内規で総裁になった人がたまたまやるのが首相という仕事なんだから)から、そうなると大統領を選挙で選ばなきゃならない。今の日本人がそういう面倒くさいことをちゃんとやってまとまるかどうか、ですわな。それでアホな芸能人なんかが権力者になって今の小泉政権どころじゃない、もう誰も止められないことになって、と目に見えるようである。
 そうだ。パンツァーフロントAusf.Bというゲームを買った。史上有名な戦車を操縦して戦うという軍事マニア御用達ゲームの最新版であります。が、完全に期待はずれ。一番いけないことに、今まではドイツ軍ならドイツ語、ソ連軍ならロシア語などでセリフが入っていた、それが省略されてしまっている。そして詰まらないディテールばかりにこだわっていてゲームのバランスはまるきり崩れている。これは感心しなかった、売りはしないけれど。監修に鈴木○イ○氏が入っているようだが、どうもこのド○ツ氏が入ると小手先の軍事オタクのりばかり目に付いて、大局的な戦争なら戦争、ゲームの世界観なら世界観、といったあたりが見えなくなる、いわば木を見て森の見えぬつまらないゲームになる、ということが一度ならずあったように思う。
 自衛官が一番嫌いなのは、「90式戦車の前面装甲は・・・」とか言いたがるオタクの政治家とか官僚だ、と聞いたことがある。そんな瑣末なことはどうでもいい、もっと本質的なことを理解して欲しい、ということだろう。
 たかがゲームではあるが、このカタログを並べてこっちが強いとか弱いとか、幼児のロボットごっこのようなのりのものは、気に入らないのである。こういう車両に乗って実際に血反吐を吐いて死んでいった人々がいた、ということがどこかにあってほしいもんであり、原語のセリフが入っている、という演出はそのへんをうまく押さえていたのだが・・・。残念である。


2004年6月11日(金)
 NHKで平田オリザ氏が話していた。要するに口語演劇、というか話し言葉演劇を提唱している同氏だが、その基本には「日本語は対等の関係での話し言葉というのがまだ完成していない。封建時代の名残」と指摘していた。
 なるほど。それで新聞の言葉とか政治家の言葉、また詩の言葉まである種、偉そうであるし、偉そうでないとらしくない、と年寄りどもは考えるのか。
 で、小泉さんが人気を保てる理由というのが、彼の人柄、などというがこれは嘘で、やはり彼の言葉が話し言葉的である、政治家的でない、ということに尽きるのだろうと、ここまでは納得するのである(それで騙される国民なんてのは馬鹿であるが)。
 それで、今日は朝から安倍幹事長がテレビにはしご出演している。年金がらみで急激に支持率が低下したのを気にしてのことだろう。
 サミットの場で多国籍軍に参加しまーす、と例によって外国で先に約束している小泉さんである、確かにフォローしないと危ないですわな。これで今後・・・まあ、仮にです。ブッシュ政権が二期目に入る、そしてまた安心してどこかで「先制攻撃」をする場合、わが自衛隊は露払いをいつでも心置きなく出来る体制が整った・・・ということだと思うのだが別に世間様はなんとも言っていないみたいですな。
 さっきは「話し言葉」が受けている、と書いてみたものの、今回は、何度もテレビで流しているが小泉さんの「人生いろいろ」発言は、今まで実は失言が多いのに森さんのようには攻められていない小泉さんにとっては、かなりまずいものだったかもしれない。あれでかちんと来た人は多いはず。森さんにしても「神の国」の一言で事実上、命取りになったわけだ。開き直りの放言でどこまでも押し通すという傲慢さが近頃鼻につくわけだが、気をつけたほうがいい。話し言葉感覚は間違えると放言になる。
 出生率が1・29に下がったことで慌てているようであるが、私は政治家ではないから知ったことではないが、今、子供が育てられるのは富裕な人だけである。しかも今の「子供」と来た日にはろくな話が伝わらない。単純な損得勘定では子供がいることのメリットはほとんどなくあくまで精神的なお話である。しかし精神的なものだけでは、今時のにんげんが動くわけがない。
 ところで原油の値段が上がっているが・・・思わぬ形でデフレがインフレに移る可能性というのはないだろうか、これで。全く経済の予測というものは難しい。
 などとえらく新聞のコラムめいたお話になってしまった本日の日記であるけれど。


2004年6月10日(木)
会社からの通達で、社のコンピューターで「2ちゃんねる」を見てはならない、というのが来た。もちろん、有害な内容だから、などということではなく、ウイルス感染とか変なところに接続されるとか、ろくでもない落とし穴が多いので見たければ個人の機械で見てください、ということだそうである。
 私はあのサイトをほんの2,3度見たことがあるが、まったく詰まらないのでその後、立ち寄っていない。他人の意見など読みたくもなし、他人をこき下ろしてすっきりしたくもなし。要は無関心なのである。
 自己中、などという。前から同様のことを何度も書いてきたが、いわゆる自己中というのは実は自己中心的なのではなく、単に想像力不足、つまり殺されてみるまで死ぬと言うことがわからないというたぐいの愚か者を指すのであって、先日の佐世保の女児などそんなものである。そもそも猟奇的殺人に走る子どもなんてものは、頭そのものは悪くないが未熟なところがあり、あるいは特に性的衝動について幼稚な理解の仕方をしていて、前の酒鬼薔薇だって、性的むしゃくしゃを女を犯すことで発散するのが「正常」(といって強姦犯が正常とは言わないが、比較の問題で近所の子どもの首を切り落として勃起する者よりは明らかに正常ということ)な不良少年であり、こいつはその点では幼稚だったということ。幼稚園児の性器を切り落としたあいつも、今回のこいつも、まあそういう部分は似たようなもんであろう。
 で、みな「小説家になりたい」などと夢想する点も似ている。それで、おおむね文筆家などになる者は程度の差はあれ、ちょっと似たような要素を抱えていた者が多いので、変に同情的になったりしがちである。
 同じく物書き志向の私が、その手の動きに嫌悪を覚えるのは、やはり心の底では一定の理解ができるからではある。想像したことをやってみないではいられない、という未熟な時代は誰にでも程度の差はあれあったわけである。
 しかし普通はなんにもやらないか、やってももう少し救いようのある行為、たとえば犯罪をやるにしてももう少し分かりやすい性犯罪なり窃盗万引きなり、その他の暴力なり、に走る。人殺しで発散するというのはよほど本人なり周囲の環境が機能不全なんだとしかいいようがない。
 ゲームや映画を抑制しても始まらない、というのもそういうことである。それらの悪影響、というのがあるのは事実だが、しかしそれらを代替物として我慢できる者も多いはずである。バトル・ロワイヤルという小説なり映画のおかげで救われている者の方が多いのであって、あれを読んだり見たりして俺もやってやろう、私もやってみたい、となるのは確率から言って少数も少数、つまり今回の犯人などである。
 ぜんぜん全く関係ないが皇太子の「文書」について報道されている。いろいろあるのだろうが、イギリスのスキャンダル王室が開かれていて良い、というものでもない。それによその王室は財産も仕事も持っていて要するに貴族の一番偉い人、ということである。今の日本の皇室はそのへん立場不明にすぎる。で、なんか詰まらないイベントの飾り物として引っ張り出す。そんな「ご公務」が多いのは事実であって、そこらへんは確かにちゃんと調整すべき者が調整すべきであろう、とごく常識的には言える。
 しかし家庭内のいざこざといえばいざこざかもしれず、ああいう立場の人は大変であるといえば大変である。

2004年6月09日(水)
辻元清美が選挙に出るそうである。
 また「辻元のもとは、清美の元」と説明しやすくなっていいかもしれぬ。
 なんでもいいが、北朝鮮がらみのことはクリアにしないとあの人は政治家として活動する資格はないだろうよ。
 それにしても民主党はどうしてこう、よそ様を批判するとすぐに天に吐いた唾が返ってくるようになるのか。アホな政党である。これと自民党で二大政党、といわれたら国民は政治を無視したくなるのも無理があるまい。
 どうでもいいが、サミット、というのが開かれます。いつのまにか「先進国首脳会議」という名称じゃなくなっておりまして、それはロシアが入ったからであります。主要国首脳会議、と訳するようになりましたですね、お気づきでしたでしょうか。
 大変な厳戒態勢でありますそうで。そりゃ物騒ですからね。沿岸警備隊の船がシーアイランドの周りをぐるぐる警戒して走っている様をテレビで見ましたが、意味があるのかないのか(あれかな、モーターボートで自爆するなんてことを想定しているのかな)。
 これでノルマンディー60周年式典以来の「連合国」気分を引っ張ったまま、イラク関係を手打ちにして、てなことをブッシュ君は希望しているはず。どうなりますか。
 三菱はどんどこどんどこ問題が出てきて、個人的に知っている販売員の人には交換を抱いているのですが、残念ですな・・・しかしひどすぎるですね。昨日も自民党の合同部会で三菱批判の合唱になってしまったらしい。ある外部委員が「こういう企業は退場してしかるべき」と述べたとかであります・・・しかしたくさんの人が働いているわけでして。これもどうなりますか。
 今年の梅雨はけっこう雨が降るという観測と聞きました。これまたどうなりますか。
 ああ、世の中どうなりますか。げに無責任に書いております。

2004年6月08日(火)
 それにしてもあの窪塚某というのは何ナノかいな。どうせ薬でもやっていたのじゃないですか。エキセントリックな自分、というのにあこがれてて、次元の低い奇矯な言動を繰り返してみたが、ほとんど自分はジョン・レノンかなにかのつもりだった感じである。
 だが9階から飛び降りて平気であった、というのはすさまじい悪運である。ますます神懸かり的に変人になっていくに違いない。
 佐世保のチャット殺人も掲示板の内容とやらが明らかになればなるほど馬鹿馬鹿しい限りであって、以前の酒鬼薔薇事件の時はなにか持ち上げたり、共感するなどという者が現れたもんだが、今回は世間もクールになったのか、あまりに被害者の家庭が可哀想なためか、その手の悪のりも目立たない。
 面会した親というのが気を使って接していた模様でありますが、もし仮に私の子どもがこういうことをしたとして(私に子どもはいませんが)、私ならとても冷静にはいられまい。「腹を切ってお詫びしろ。なんとか隙を見て自殺しなさい」と言うであろうと思う。そして「俺はお前の首を叩き切って、これを墓前に備えて腹を切る。そうでもしないと先方に償いようがない。貴様がしでかしたのはそういうことだと知れ」と言う。それで本当に自殺したってもちろん後悔しない。
 そのぐらいの厳しさがなくってどうするのだ。
 だが、それ以前に私が子どもというものを欲しないのも、要するに私の感覚がいまどきの親御どもと相合わない環境であるから、というのも大きい。チャットのせいの掲示板のせいのと言っているが、そもそもだらだらと甘えた親子関係があったに相違ない。
 虫酸が走る、のである。

2004年6月07日(月)
レーガン元大統領が亡くなった。例の20年おきに就任した大統領(4代ハリスンから始まりリンカーン、ルーズベルト、ケネディなどもそれに当たる)が暗殺や突然死などで任期をまっとうできない、という「ショーニー族の呪い」の、1980年大統領選挙における対象者だった・・・が、暗殺未遂の後はアルツハイマー病。決していい死に方ではない。強いアメリカの提唱者でもある。
 というわけでいよいよ、2000年のブッシュ・ジュニアの番じゃないの。プレッツェル窒息事件とか、先日の転倒事件とか、けっこうご難続き。それに9・11テロにイラクの泥沼を見ればとても平穏な大統領とはいえない。暗殺未遂こそはまだ起きていないが、レーガンが終わったので今度は彼の番、という不吉な話もなくはない。
 にしても、レーガン時代は強いアメリカを唱える必要が確かにあった。ソビエトが強かったし、イラン革命と人質事件でアメリカの威信は失墜していた。カーターは誰が見てもいい人だったが、迫力不足は否めなかった。
 実際にはレーガンは、60年代からニクソン、フォードに共和党の予備選挙で負け続けてきた人で、それまで政治家として順風満帆ともいいきれない状況だった。最後のチャンスが80年だったわけだが、この時期とキャラクターがあいまって実力以上の人気を得た。もしもっと早く大統領になってベトナム戦争の後処理などやっていたら、こんな「歴史に残る」大統領とは呼ばれなかったろう。
 人生、運というものは確かにある。小泉なんてのも運だけはいいのは認めねばならぬ。中国特需で景気回復、というのは望外の幸運だからである。

2004年6月06日(日)
 6月6日。ロンメルはベルリンにいた。ヒトラーは寝ていた。連合軍の艦船は荒天を衝きわずかに風雨のおさまった海岸に殺到した・・・。ノルマンディー上陸作戦の日ですね、今日は。あれが1944年、今年が2004年。つまり60周年か。もうそんなにたつんだなあ。イギリスの青少年調査で、今時の子供はぜんぜん歴史が分からず、アーサー王は実在の人物で、ウォーレス卿やヒトラーは架空の人物だと思っている若い者が多い、これは映画の影響である、というような調査結果があった。
 確かにヒトラーやナチスというのは、調べれば調べるほどSF的である。
 なんでも歴史に関心が薄いというのは今時の若いものの世界共通の特徴であるそうだ。先進国ほどそうなる。先祖の苦難の歴史、なんてものに興味がなくなる。韓国が徐々に雰囲気が変わってきているのも、いつまでも過去の恨みを言い募ることに若い世代が興味を失っているからだろう。中国だって江沢民世代が退場したらだんだん、変わってくるだろう。
 しかし過去の来歴を知らないというのは、それは動物である。過去の知識の蓄積を使えるのが人類の強みであった。それがなくなってくるなら単なる動物である。
 そういう時代に出てくるのが、イメージばかりで不勉強の塊のどこかの首相であったりする。加藤紘一などが評した通り、なんでも直観で動く、他人の意見は聞かない、というのがあの人の特徴とか。
 これは今時の若いものそのものである。60年も生きている意味がないということだ。
 あの首相の言動を調べれば調べるほど支持できなくなる。彼の愚民観がはしばしに出てくるからだ。彼ほど大衆をなめきって、こうすれば操作できると思っている政治家はこれまで日本にはいなかった。だから日本人にとっては初の経験である。おまけに低投票率であるほど有利になる、というのも日本憲政史の中で最近、発見された事実である。
 いい加減に対応するほど、まともな人は政治から離れていって、操作しやすい馬鹿が支持する。うまく考えたものである。もっともこれはギリシアの衆愚政治が元祖であり、ヒトラーの政権も似たような経過をたどって成立した。
 何度も書くが、私は民主主義などちっとも信頼していない。結局は衆愚政治に流れるのはギリシア以来の実験で分かっていること。アメリカなどもとっくにそうなっている。
 ことにこの間接民主制というのはどうなのか。IT時代である、もっといい方法はないものか。
 

2004年6月05日(土)
 ふとテレビをつけたら「新選組!」の再放送をやっていた。どこかで見たちょんまげ姿の男が芹沢鴨に切り殺されるシーン・・・はて、よくよく見たら舞の海。あまりに短いシーンなのでよく分からなかった。が、そういえばちょっと前に別のトーク番組で、大河初出演と言っていた。でも切られる役でびっくり・・・本当にすぐ切られていましたなあ。
 しかし芹沢鴨、とにかくこれでは極悪人というか単なる不良ですなあ。近藤の隣で暗く控えている山南もやがて切られちゃうんだっけ(脱走事件でしたっけ、たしか)。まああんあり新選組関係、詳しいわけじゃないのであれなんですが・・・時代劇だと思わなきゃそれなりに面白いのかもなあ、とも思うがやはりスケールが小さい。やはり脚本が軽い。それれが持ち味なんだろうけれど。
 持ち味で思う。このバンド、ボーカル変えれば売れそうなんだけど、なんか間違っているなあ、ということを最近、思うことがあった。なにかカリスマ性が足りない。音楽性は悪くないのに残念、という新人。
 しかしなんだな。もうちょっとなんだけど、という人が多いよね、世の中。焦らずいきましょう、焦らず。

2004年6月04日(金)
国会ではお定まりの牛歩戦術ですか。まあ、粘っても結局は強行採決ということになるんだろうが・・・「人生いろいろ、会社もいろいろ」でしたっけ、小泉の答弁は?
 馬鹿にしてるんだよね、要するに国民なんて馬鹿だと思っているわけ。あるいは少なくともほとんどの国民は馬鹿であってこんだけやりたい放題やっても支持率は保てるし、参院選も乗り切れると思っているわけだな。
 そりゃそうだ、政治不信とかいうもんが広がれば広がるほど、「公明党に」有利である。だから彼の政権は安泰である。不真面目にやればやるほどいい、と彼には分かっているのである。
 おもしろい国である。愚民の集まり、などと例の長崎の殺人少女が書いていたそうだが、まさに日本というのは私もあなたも、愚民の集まりであるのは確かですね。
 関係ないが、なんとなくテレビをつけたらスペースカウボーイをやっていた。公開当時は見なかったのだが面白かったねえ。イーストウッドにトミー・リー・ジョーンズに、ドナルド・サザーランド、それにジェームズ・ガーナーである。あの大脱走のガーナー。
 二癖も三癖もあるじじいどものお話だったが、ああいう色気もたっぷり、自信満々のじじいになるのは難しいけどねえ。
 

2004年6月03日(木)
まあすこーし分かってきたのは、例の小学生殺人というのがネットのチャットから始まったいざこざが原因、ということらしく、とりあえず今時は小学生でもサイトは持っているしチャットなどやっているし。だから私などもこうやって一応、ネットの世界にも参加しているのではあるけれど、以前から言われているネットの匿名性というの、つまりそのへんの掲示板でもどこの誰だか分からない、ひょっとして小学生とか中学生とか明らかに人生経験不足な連中でも堂々と参加しているわけだから悪く言ってくそみそ一緒、これは気をつけないといけないな、というのが一点。
 ふたつに、これは大人のサイトでもしょっちゅう起こっていますが、メールのやり取りですらいざこざは起こる、まして掲示板なんてその場の思いつきでやり取りする上に、書いてしまったら取り消せない。恐ろしい。
 この子供たちは所詮、子供の悲しさ、そういう恐ろしさを知らなかったのだろうということである。
 結局、よく練った文章のやり取りではないのである、ネット上の言葉の交換など。それはもう話していても完全原稿のような文章が出てくる、才能ある人同士ならよかろう、大方の日本語能力低下、語彙不足が嘆かれている現代日本人に、即席で当意即妙、そこそこにユーモアもあり思いやりもあり、相手を傷つけず、大事なところを衝くようなやり取りなどできるはずがない。私の知る狭い範囲でも、大人同士で、それも会ってしゃべる分にはおとなしい人格なのにメールとなると妙に無礼傲慢な文章になる人あり。妙に命令口調になる人などけっこういませんか? 「・・・の件、教えてください」とか「・・・、やってください」なんてビジネスメールを送って相手を不快にさせる者も多い。日ごろ口頭だと「・・・の件、あの、もしよろしかったら教えていただけますと・・・助かりますが」だの「このあたりまで、やっておいていただけませんか、すみません」だのと相手の呼吸を読みながら頼んだり指示したりする。メールでもそういう呼吸を忘れず「ご多忙とは存じますが、ここまでやっていただけると幸甚です」などと書けばいいわけだが、文章をつづるとなると面倒くさい。それに基本的には簡潔な文章のほうが望ましいのも事実。
 本当に親しい仲ではなく、微妙な距離の人間関係でトラブルが起きやすいように思うのであります。だからくだけず、簡潔だが丁寧に書かなければいけない。どんな相手にでも。
 そういえばこのサイトにもいろいろメールをいただきます。問題になったこと、トラブルというものはこれまでありませんが、そういえば私の過去のエッセイを読んで、自分は原爆被爆者だが、腹が立っている、きちんと討論したいので本名を教えろ、というような難癖メールみたいなものを送ってきた人が一人、おりました。
 これはどうも、「アメリカ人は日本に対して、原爆を落とされても、結果として民主国家になれてよかったじゃないか、だからイラク戦争の意味も日本人の君たちこそ一番、分かっているはずだろう、と思っている」というような文章を読んで不快に思ったもののようでした。
 私は「当サイトの掲載文章の内容で一部、御気に触る内容があった模様ですが、当サイトは新聞、テレビのような公共メディアではなくあくまで個人の持ち物なので、ご容赦願います。また、辻元佳史はハンドルネームではありません。まぎれもない本名ですので誤解のなきよう願います」と返事した。以後、なにもその人は言ってこない。
 偽名でこそこそ書いているわけではない。また適当な思い付きを書いているわけでもないから、議論するなら堂々とすればいい、ただやる以上は徹底的にやらせてもらう、というこちらの意図を感じ取ったのだろうねえ。
 本当は、「私のような小者を折伏したって意味がない、どうぞブッシュ大統領の前に出て私は日本の被爆者だが、お前らに俺の気持ちが分かるか、と言ってみてください。絶対に理解してくれません。彼らは正義の戦争というものがあると思っており、そのための犠牲はやむをえないと確信しています。彼らを変えられるという自信があるなら、やってごらんなさい」と言ってやりたかった。
 もし当サイトに掲示板があれば、私はこの男といつまでもつまらない不毛なやりとりをすることになったでしょうが、ないので、しないですんでおります。匿名で、けんか腰で、つまらないことを書き散らして欲求不満を晴らすような手合いの相手をする暇はない。
 そういうことで、当サイトには掲示板はないのであります。通りすがりの人に、軽い気持ちで、思いつきで連絡を取って欲しいとは思わないからです。そのような軽薄な人の輪など、百害あって一利もないので私には不要であります。どうせ本当に重要なことの役には立たないのだから、その程度のつまらない知人など。
 たとえばこのコーナーなども、面白がって読み飛ばしてくれる一定のファンの方が居れば十分であります。

2004年6月02日(水)
 新作詩を追加しました。新着情報、ライブ情報も替えてあります・・・広告でした。
 またまた長崎で少年事件であるが、なんだかよく分からないので論評はできない。ただ、父親の毎日新聞の支局長さん、日頃は事件を追っている立場が被害者に。気丈にも記者会見を開いたと言うがこれも職業ゆえのことだろう。父子家庭で奥様も亡くなっているという・・・この人のことを思うと暗澹とする。かわいそうなんてものじゃすまない。
 事件そのものについては、少女がやらかしたということが驚きと言えば驚きだが、もはやどんな年少者の犯罪も驚くに当たらない。なにがあっても不思議ではあるまい?
 が、長崎県の警察とか教育界の脱力感というものはお察しする。こうも続くとやりきれまい。
 担任は何をしていた、という話は当然に出てこようが、そして私もその担任なり学校なりをかばう必要も感じないが、それにしても実際のところ、教壇に少しでも立ったことのある人なら思うであろう、言うは易く、の典型である。
 ところで関係ない話だが、週刊朝日のつり広告を電車の中で見かけた。「小泉批判はタブーなのか」というのである。確かにあの首相の支持率はいつまでたってもそこそこに高く、ブッシュなどよりよほど安定している。先日の訪朝でも、私は家族会の人らの激高は当然であるけれど、またいささか高望みにすぎたのではないか、と見ていた。ところが、世間の反応ときた日には、「家族会の連中は無礼だ。あれでは小泉さんがかわいそう」などというものがあって、バカかと思う。なにがかわいそうか。批判されるのが総理大臣の仕事である。別に頼んで首相をやってもらっているのではない。家族会の人々が冷静さを欠いているのは事実としても、やむを得まい? もう何年ほったらかしにされているのか。いい加減、年齢的にも待てない人が増えているのである。小泉訪朝はもちろん無意味でもないし0点でもないが、かわいそう、などと同情を寄せるべきような内容のものでもない。そのへんがフェアな見方だろうと思う。
 小泉政権そのものについても、まるきりなにもかも0点ではない。たとえば遅きに失したとはいえFTAを始めたり韓国やベトナムと投資協定を結んだり、なんてことはそのへんの人らはよく知るまいが、それなりの成果である。北朝鮮問題も一応、前進させていること自体は確かに成果である(もっともこれらはほかの首相であっても得られた成果である可能性が高い)。一方、一般に言われている郵政改革とか道路改革は成果ではない。側面によっては退化している。構造改革も成果ではない。三位一体改革も今のままでは単なる地方いじめで成果ではない。自衛隊の問題も無理な解釈改憲の延長で成果ではない。景気浮揚も小泉政権の成果ではない、民間の努力である。ただ為替相場への介入は結果としてよかったといえる。年金改革は成果でないことは一般の人にも明らかである。派閥の解体はある程度、成果である。しかしもともと派閥政治家だった彼は、今ではきちんと派閥の神輿に乗っており、これも一般のイメージのように改革者ではない。おまけにあの裁判員制度はどうか。あんなものを制定されてうれしい国民はいるのか?
 その他いろいろあるが、人を見るにはフェアでなくてはならない。あの首相は0点ではないがイメージほどには成果を上げていない。そしていけないのはイメージだけで国民の支持率が高いと言うことである。
 私はあの程度の首相にはそこそこの支持率でよいと思う。50パーセント以上は高すぎである。そこまで彼にフリーハンドの白紙委任をすると、小泉並びに自民党・公明党政権に力を与えすぎてしまう。どんな法案も、嘘とごまかしで通るのである。今回の年金問題で少しは分かったのではないだろうか。
小泉首相がヒトラーに似ている、という指摘は前からあるが、これはかなり本当にそうなのである。成果よりもイメージ先行でなぜか支持率が高い。漠然と国民の雰囲気をつかんでいる。しかし実態は空疎である。これは確かにナチス政権に似ているのだが、おおかたの「国民」とやらはナチス時代の問題について無知なのでそのようには考えないのである。

2004年6月01日(火)
 6月ですねえ。このまま夏に突入か、と思わせるほど暑いのですが、実際にはこれから梅雨の季節。まあ雨が少なければ少ないで問題なんですけどね。
 ところで、ドラゴンの1/144スツーカ(ドイツの爆撃機)のミニモデルが再販された、というお話。これ、前に発売されたとき、運んできた船が座礁か何かしてほとんど出回らなかった幻の商品だったものが、今回、急に都内の玩具店などでごく少量、売り出されたのですが、実は新たに作ったものじゃないらしい。版元にいくらか在庫品があったものを寝かして置いて、今頃ひっそりと再発したらしい・・・それも都内の某問屋一社のみに。騒動になるのを恐れてひっそりと処分、ということなんじゃないかな。だから都内のごくごく限られた範囲でしか今回は入手できず。
 幸いにしていくらか買うことができましたが、この手のものというのは、マニア心を燃え立たせるというか、こういう入手困難、稀少品などと言われればますます欲しくなるもの。切手なんかいわゆる傷物、印刷ミスのものの方が高い値が付くのは有名な話。
 今回はどれだけの人が手に入れるでしょうか・・・。


2004年5月31日(月)
 取り急ぎですが、夏コミ(コミックマーケット)参加が決まりました。本日、通知が届きましたが、当サークルは下の日時・配置で参加します。

夏のコミックマーケット66 2004年8月14日(土)西1ホール ゆ‐12a
サークル名「ちびトラ戦車館」

 今回は新刊漫画「パンツァークナッカー」をひっさげて見参の予定! これはまあ・・・なんといいますかねえ、ユンカースJU87G型(例の37o砲をつけたいわゆる大砲鳥)とかスターリン戦車とかが出てきます、が、話の大筋は、ドイツ空軍のパイロットとロシア軍の女性兵士との不倫? それから逃避行? なんじゃそりゃ? ロマンス付き独ソ戦「兵隊やくざ」(?)。よく分かりませんが読めば分かります・・・・・。
 妻が今、必死でトーンを張っておりますのできっと間に合うでしょう(原作担当は高みの見物・・・)。
 また、今度は昨日も書いたとおり、服装のテーマは「ドイツ海軍2種軍装」。こちらもお楽しみに。


2004年5月30日(日)
昨日、母親を見舞いに行ったら点滴を外されて、だいぶ良さそうだった。なんとかいいんじゃないか、と思う。
 その足で、下北沢の軍装品店と渋谷の軍装品店を見て歩き・・・・ドイツ海軍水兵用セーラー服5万円、ドイツ軍ヘルメット3万8000円、プール・ラ・メリート勲章1万4800円に独海軍の徽章類しめて9000円・・・などなどなどを買い込んだ。アホである。
 そういえばつい先日もマルシンの新作モーゼルKar98Kライフルのエアガンを3万4000円也で買ったのだった。ますますアホである。
そうそう。童友社のマイクロアーマーシリーズの幻の商品1/144Ju87スツーカ(ドラゴン製)も下北沢の「サニー」で入手。それも箱買い、いわゆる大人買い。なぜ幻の、かといえば前にこの商品を作った際、中国から日本に輸送する船が浸水してみんな駄目になってしまい、国内ではほとんど流通しなかったのね。だから幻の、だった。今回突然の再販。でもまだあまり知られていないようで内心、嬉しかったりする(こういうマニアものの感覚、まあそれぞれの興味のある分野に置き換えていただければ分かるだろう。幻の時計、幻のハンドバッグ、幻の酒、幻の自動車・・・などと言われると俄然、欲しくなるものだ)。
 家中、そんなもので一杯だが、結局、本人が喜んでおればなんでもいいのである。ブランド物を買い集めたり、宝石を買いあさる人、海外旅行にやたらと行きたがる人。なんでも趣味が違う人から見れば愚かな無駄遣いである。
 しかしただ単に使わなければ金が生きるというものでもない。
 結局、本人たちが喜んでいれば有意義な散財なのである。
 夏のコミケには、妻のセーラー服姿が登場するかも、である。そういうことなのである。

2004年5月28日(金)
さあて、今度は日本のアニメ史を・・・。面白いですねえ、けっこう見てる自分に気がつく。というかやはり1970年代はほとんど見ている。ちょっと記憶に薄いのは中学から大学ぐらいの時期、つまり80年代。この時期は私はどっちかというと音楽のほうに夢中だったからテレビ離れしていたように思う。
 やはり90年代あたりからアニメも変質してきますね。家族みんなで、という雰囲気だった60、70年代から、一部を除いてちょっとトーンダウンする80年代(これは私個人だけじゃなく、実際にちょっとトーンダウンしていた模様)、これが90年前後から急激に万人向けじゃなくなってくる。今世紀に入ると特定のマニア狙いという色が強くなる。宮崎アニメはむしろかつてのような家族みんなで、という路線を継承していて貴重なのかもしれない(もっともコナン、ナウシカなんて本来はマニア向けだったのだと思うけれど)。
 そういえばプラモデルの業界でも80年代「冬の時代」という話があって、90年ごろからかえって私のような子供のころ模型に親しんだ世代が、大人になって出戻りし、第2次ブームを作っています。
 結局日本のコンテンツ産業をどうするか、などとよく言っているがこれは、今30〜40歳ぐらいの我々ぐらいの志向や消費動向が大きいのかも。子供のころアニメやプラモにうつつをぬかした人たちが、80年代にはバブルだ、グルメだ、ファッションだ、マネーゲームだ、と「大人の遊び」に夢中になり、90年代に入って、より大人になって帰ってきた、ということか。


日本アニメ史年表
※各年の(映)以後は劇場映画。(OVA)=オリジナルビデオアニメ
1963鉄腕アトム(-66)鉄人28号(-65)エイトマン(-65)オオカミ少年ケン(-65)
1965宇宙エース、W3(ワンダースリー)、オバケのQ太郎(-68)ジャングル大帝、スーパージェッター
1966ハリスの旋風、おそ松くん、魔法使いサリー(映)サイボーグ009
1967悟空の大冒険、マッハGOGOGO、リボンの騎士
1968巨人の星(-71)サスケ、妖怪人間ベム(映)太陽の王子ホルスの冒険
1969ひみつのアッコちゃん、サザエさん(‐放映中)ハクション大魔王、ムーミン、タイガーマスク(-71)アタックNo1(-71)(映)長靴をはいた猫
1970あしたのジョー、昆虫物語みなしごハッチ、いなかっぺ大将(-72)男どアホウ!甲子園
1971アンデルセン物語、天才バカボン、ふしぎなメルモ、ルパン三世、原始少年リュウ
1972樫の木モック、海のトリトン、デビルマン、ド根性ガエル(-74)科学忍者隊ガッチャマン(-74)マジンガーZ(-74)
1973山ねずみロッキーチャック、けろっこデメタン、バビル2世、ミクロイドS、ドラえもん、荒野の少年イサム、ドロロンえん魔くん、ゼロテスター、新造人間キャシャーン、エースをねらえ!、侍ジャイアンツ、キューティーハニー
1974アルプスの少女ハイジ、小さなバイキング ビッケ、ゲッターロボ、グレートマジンガー、宇宙戦艦ヤマト、はじめ人間ギャートルズ(-76)カリメロ
1975フランダースの犬、ラ・セーヌの星、勇者ライディーン、タイムボカン、鋼鉄ジーグ、一休さん(-82)まんが日本昔ばなし(テレビ朝日版・翌年TBSに)
1976母をたずねて三千里、超電磁ロボ・コン・バトラーV、キャンディキャンディ(-79)ドカベン(-79)まんが世界昔ばなし(-79)
1977ヤッターマン、あらいぐまラスカル、惑星ロボ ダンガードA(映)宇宙戦艦ヤマト
1978ペリーヌ物語、宇宙海賊キャプテン ハーロック、未来少年コナン、まんがはじめて物語(-84)はいからさんが通る、銀河鉄道999(-81)
1979赤毛のアン、機動戦士ガンダム、ベルサイユのバラ、宇宙空母ブルーノア(映)銀河鉄道999、ルパン三世カリオストロの城
1980ニルスのふしぎな旅、釣りキチ三平(-82)(映)火の鳥2772愛のコスモゾーン、地球へ、ヤマトよ永遠に
1981家族ロビンソン漂流記 ふしぎの島のフローネ、愛の学校 クオレ物語、Drスランプアラレちゃん(-86)新竹取物語1000年女王、じゃりん子チエ(-83)まいっちんぐマチコ先生、六神合体ゴッドマーズ、うる星やつら(-86)忍者ハットリくん(-87)(映)機動戦士ガンダム、機動戦士ガンダムU 哀・戦士編、さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅
1982ゲームセンターあらし、超時空要塞マクロス、レインボーマン、パタリロ!、魔法のプリンセス ミンキーモモ、スペースコブラ(映)わが青春のアルカディア、1000年女王
1983みゆき、未来警察ウラシマン、装甲騎兵ボトムズ、キン肉マン(-86)スプーンおばさん、キャプテン翼(-86)キャッツ・アイ(映)クラッシャージョー
1984重戦機エルガイム、ガラスの仮面、世紀末救世主伝説 北斗の拳(映)風の谷のナウシカ、うる星やつら2 ビューティフルドリーマー
1985小公女セーラ、タッチ(-87)六三四の剣、蒼き流星SPTレイズナー、ハイスクール!奇面組(OVA)エリア88
1986愛少女ポリアンナ物語、宇宙船サジタリウス物語、ドラゴンボール(-89)めぞん一刻、銀牙流れ星銀、聖闘士星矢(-89)(映)アリオン、タッチ 背番号のないエース、プロジェクトA子、天空の城ラピュタ、11人いる!、火の鳥(OVA)県立地球防衛軍、強殖装甲ガイバー
1987愛の若草物語、陽あたり良好、シティーハンター、きまぐれオレンジ☆ロード、エスパー魔美(-89)赤い光弾ジリオン、おらぁグズラだど、ミスター味っ子、アニメ三銃士(-89)ビックリマン(-89)(映)王立宇宙軍 オネアミスの翼、
1988魁!! 男塾、キテレツ大百科(-96)ホワッツマイケル、鎧伝サムライトルーパー、それいけアンパンマン(-放映中)美味しんぼ(-92)(映)となりのトトロ、AKIRA、火垂るの墓(OVA)アップルシード、孔雀王、機動警察パトレイバー、銀河英雄伝説
1989トランスフォーマーV、天空戦記シュラト、青いブリンク、らんま1/2、ドラゴンボールZ(-96)機動警察パトレイバー、がきデカ、YAWARA!(-92)笑ウせぇるすまん、ドラゴンクエスト(映)魔女の宅急便、ファイブスター物語、宇宙の皇子
1990ちびまる子ちゃん、ふしぎの海のナディア、三つ目がとおる(OVA)ロードス島戦記
1991トラップ一家物語、きんぎょ注意報!、おにいさまへ…、わたしとわたし ふたりのロッテ、アニメ ひみつの花園(映)サイレントメビウス、おもひでぽろぽろ(OVA)アルスラーン戦記
1992美少女戦士セーラームーン、クレヨンしんちゃん(-放映中)ツヨシしっかりしなさい(-94)幽☆霊☆白書(-94)コボちゃん(-94)(映)紅の豚
1993美少女戦士セーラームーンR、忍たま乱太郎(OVA)ああっ女神さまっ(映)海がきこえる
1994七つの海のティコ、赤ずきんチャチャ、美少女戦士セーラームーンS、BLUE SEED、魔法戦士レイアース(映)平成狸合戦ぽんぽこ、ストリートファイターU(OVA)逮捕しちゃうぞ
1995新世紀エヴァンゲリオン、ロミオの青い空、愛天使伝説ウェディングピーチ、機動戦士ガンダムW、天地無用!(映)耳をすませば、GHOST IN THE SHELL攻殻機動隊、MEMORIES
1996名探偵コナン(-放送中)天空のエスカフローネ、花より男子、機動戦艦ナデシコ、エルフを狩るモノたち(OVA)それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ
1997勇者王ガオガイガー、ポケットモンスター(-放映中)少女革命ウテナ、剣風伝奇ベルセルク、(映)もののけ姫(OVA)バトルアスリーテス大運動会、サクラ大戦
1998彼氏彼女の事情、ガサラキ、トライガン、まもって守護月天!、おじゃる丸、BASARA
1999神風怪盗ジャンヌ、おジャ魔女どれみ、To Heart、デジモンアドベンチャー、ワンピース(放送中)
2000幻想魔伝 最遊記、遊戯王デュエルモンスターズ(-放送中)(OVA)アンジェリーク白い翼のメモワール
2001こみっくパーティ、サラリーマン金太郎、テニスの王子様(-放送中)ヒカルの碁(映)千と千尋の神隠し
2002起動戦士ガンダムSEED、あずまんが大王、十二国記、藍より青し、NARUTO(-放送中)最終兵器彼女、円盤皇女ワるきゅーレ、陸上防衛隊まおちゃん
2003 ASTRO BOY鉄腕アトム、魔法遣いに大切なこと、ガンパレードマーチ 新たなる行軍歌、金色のガッシュベル!!(-放送中)、キノの旅、鋼の錬金術師(-放送中)、君が望む永遠
2004マリア様がみてる、ケロロ軍曹、(映)イノセンス、ハウルの動く城


2004年5月27日(木)
 どうということもないのですが、「下妻物語」というのが今度、映画化されましたね。深キョンが・・・ロリータの娘のほうだっけ、そしてヤンキーの娘と出会ってどうのこうの成長していくみたいなお話よね。
 まあそんなのはどうでもいいが、初めにこの竹本野薔薇さんの原作を書店で気づいて手にしたとき、「この下妻というのはあの下妻か」とそればかり気になってしまった。で、うろ覚えだけど「なんにもない、田圃ばかり」みたいな文章が冒頭近くにあったと思う、それで「いやあ、実のところ田畑すらほとんどないのだよね、水田地帯が延々と続くのは周辺の石下町なんかのほうで、下妻はなんにもないといったらなんにもないのだけど」と思った。映画の筋でしか知らないが、ジャスコを偏愛する人物が出てくるらしい・・・そういえばあった、あった。私も応援団の合宿の時に行ったなあ・・・そう、私は下妻一高の出身者であります。そのときは、応援に使う看板の材料を求めて買い出しに行った・・・ような記憶があるが。
 ヤンキーというか、不良くさい茨城な人々もたくさんいたが、なんかもっと地面にとけ込んでいたようにも思う。
 あそこは関東のパタゴニアである。人種はきわめてある種の諦念にとりつかれている。前向きな人は・・・さっさと出ていく。だからあの町の過疎化は止まらない。
 だからこの小説は読んでいない。映画も見ないだろう。
 あまりにもよく知っている事柄を題材にされると、作り話に身を入れられないものである。これはあくまで個人的な感慨だ。あれが下妻物語じゃなく郡山物語とか、羽生物語とか、別の地名であったなら格別だが。
 しかし、ちんまりとしてなにもない枯れきった下妻という地名を持ち出したセンスは極めていいように思う。

2004年5月26日(水)
 イラクで湾岸戦争時代の古い弾薬か何かからサリンが検出された、という。こんな使い差しの古いサリンを少々見つけるために、あれだけの人命が失われたのだろうか。まず間違いなくイラクにすごい殺戮兵器などなかったのである・・・あったとしたら米国の武器庫であろう。少なくとも湾岸戦争に大敗後、経済封鎖されていたフセイン政権に兵器を整備する余裕などあったと思われないのである。そもそも米軍と決戦して勝てるなどとは思っていなかったはずである。
 日本でも続々とテロリストが見つかっているが、こんなもんじゃないだろう。きっとあちこちの地方都市に拠点を持ち、突然、やらかすようになっているのだろう。
 英国のある報告書ではブッシュ政権の対テロ強硬政策のためにテロの脅威はかえって増大し、世界中で有名どころだけでも1万6千人だかのテロリストが活動中だという。
 さすがにブッシュの支持率も低下し半分を割り始めた。選挙の半年前に5割の指示がない大統領が勝ったためしはこれまでなく、従来の予想では景気がいいからブッシュがなんだかんだいって勝つだろう、ということだった。が、景気がいいのは織り込み済みで、はっきり言ってだれが大統領でも関係ない、という自信を米経済界も持ち始めているだろうから、かえって好況ゆえに彼の座は危ないかもしれない。例の政策利上げの問題もある、ブッシュは景気に救われるとはもはや思えないのである。
 彼が大統領になってからいいことなどなにかあったろうか。アメリカ人もいい加減に意地を張っていないで冷静に考えなければなるまい。自分らの選んだ大統領に誇りを持つことはいいが、しょせんただの人間である。神様のようにあがめていては民主主義の名が泣くというものだろう。
 小泉とかブレアだって、要するにこの現代のイワン雷帝につきあわなければならないために、国内的な人気を落としているのは確実なのである。
 暗殺される前に退陣されることを、ブッシュ氏に勧告したいものである。
 

2004年5月25日(火)
日付が変わりましたね。産業再生機構預かりのカネボウが繊維事業から大幅撤退、食品もほとんど撤退、医薬と化粧品に絞ると発表したようですが、思い出します、うちの母親だったか、以前カネボウのセールスレディ(からだったように思う)から「カネボウラーメン」というのを買った。その味は悪くはなかったように思う・・・のだが、まあはやらなかったんだろうな。なんか、化粧品でも混ざっているようなイメージになるんですよね、関係ないのに。
 医薬事業については、うちの奥さんの日々服用する薬にカネボウ製のがあって、これはぜひ続けてもらわないと困るわけであります。
 必要なものは売れるんですな。
 そういえば音楽業界が輸入CD規制法を後押しして、今国会にも通過しそうなんだが、坂本龍一とか、いろいろと反対運動を起こしているそうで。
 要するに海外の邦楽CDの規制のみならず洋楽CDも輸入できなくしよう、ということですね。私もちょっと前なら、10年も前なら反対運動に加わったかもしれない。
 しかし今となっては全然、無関心です。CDショップなんてものには年に1回、寄るかどうか。自分でも信じられないことです。かつては週に三日は通っていた。そして月に五枚は最低でもCDを買っていたように思う。
 どうしてだろう。音楽なるコンテンツはまったくつまらないものになった。私だけのことじゃないでしょう、音楽番組がこれだけ消えてしまっている状況を見れば。
 現代人は歌を欲していないのか。・・・そういえば私個人としても、ここ何年かカラオケなんてものも全くやらなくなった。
 いろいろあるにしても、一つ言えることはある。私なども今のプロの演奏や歌をちっとも驚かない。ああ、このぐらい弾けるな、歌えるな、と思ってしまう。金を出して買うほどのものじゃないわけです。昔は素直に「すごい演奏だ」と思えた。結局、アマとプロの差がなくなったというよりみんなが玄人になってしまったというのが正解でしょう。
 ライブに足を運んで腕を振り上げている若い衆を見るにつけ、なにか哀れむような気持ちを覚えてしまうのである。なんだ、なんでこんな他人の演奏に金だしてるんだろ、こいつらは。このぐらい自分でもできるだろうに、と。
 いつごろからかBGMが要らなくなりました。そんな演出は日常には無用だからでしょう。
 かかる感想は私が年取ったとか感性が鈍ったとかいうことじゃないように思います。一般的にそうなんでしょうよ。だから音楽業界は滅びつつあるのですね。悲しいことですが。

2004年5月24日(月)
 さて「トロイ」を見てきました。これはすごい戦争映画だ・・・とこれ、前に「ロード・オヴ・ザ・リング3王の帰還」を見たときにもそのように書きましたが、今回もさすがU・ボートのヴォルフガング・ペーターゼン、見事なまでにギリシア時代の戦争を再現しております。時代考証はきわめて精密で、本当に最近の映画は徹底しているものが多く、関心してしまいます。特に私としては、冒頭にテッサリアの戦いが描かれるのですが、そこで騎馬兵が鐙をつけていないのを確認して感激! 乗馬する兵士は皆、史実どおり裸馬にまたがっておりました。ヘクトール役の役者さんはそもそも乗馬経験がなかった、とパンフレットにあり、撮影のためにどれほど猛特訓を重ねたのだろう、と思いました。そしてアキレスを演じたブラピだが、見直しましたね。もちろん40過ぎた彼をいつまでもアイドル上がりのように見なすこと自体フェアじゃないのですが、それにしてもあれほど激しい立ち回りを見事にこなす様は脱帽。また、人間離れした残酷な一面と、苦悩する複雑な人間としての一面も演じわけ、なかなかのもの。それにロード・・・でレゴラスを演じたオーランド・ブルームが扮したパリスと、トロイのヘレン。この二人もなかなか難しい演技だったと思いますが(なにしろ下手にやると自分らのエゴでたくさんの人の死を招いた人非人のようになってしまいます)いい演技ぶり。アキレスと恋仲になる巫女さん役(スター・ウオーズ・クローンの逆襲で冒頭で暗殺されてしまう腰元の役やってた人)も、ロード・・・で難役ボロミアをこなした人が演じていたオデッセイの曲者ぶりも、まことにはまっておりました。
 が、何にもまして光っていたのはピーター・オトゥール。まだまだ現役なんですね。アラビアのロレンスから何十年たったでしょう。この人演じるトロイ王も神々しいばかりの風格を見せ付けて映画の格を大いに上げておりました。この人の演技が映画に哲学的な深みを与えていたようです。
 鎧や服装の再現ぶりも微にいり細に入った徹底したもの。ギリシア神話の世界が生々しい戦争ドラマ、人間ドラマとなっております(ホメロスの原作のような神様のいさかいとか介入は出てきません。あくまで人間として描く。アキレスも英雄ではあるけれど、決して伝説で言うような不死身という感じではない。最期にかかとを射抜かれて死ぬシーン以外、アキレスが本当に不死身だという印象にはならないように描いております)。
 娯楽作品としても人間とか戦争とかを考えさせる作品としても、第一級の映画。ペーターゼンのこと、単純なハリウッド作品にはしていない。期待にたがわない出来なので興味のある人は迷わず見るべし。
 次に期待の歴史大作と言えば・・・「キング・アーサー」ですね。ロード・・・は歴史もの、戦争大作ブームを切り開いたようです。今の技術じゃないと撮れない映画なんですね。これからますます楽しみです。もっといろいろな時代を再現して欲しいものです。
 日本も、侍もので久々に黒澤調の大作を最新技術で描いてくれんでしょうか。日本映画そのものは今、活気付いているはず。ここで「影武者」の時代には撮れなかったような映像、たとえば40万、50万人規模の関が原の合戦の全体像を今の技術なら再現できるはずです。頑張って欲しいですが。

2004年5月23日(日)
 取り急ぎ・・・母の病状も一応、安定しているので今日は映画「トロイ」をレイト・ショーで見てこようと思います。ペーターゼンの新作(ブラピの新作であることはどうでもよし!)楽しみですが・・・。
カンヌ映画祭のパルムドールはマイケル・ムーアの華氏911が取ったという。またまた男を上げたな。
 ブッシュはサイクリングで転倒。馬鹿なヤツ。そろそろショーニー族のたたりかな。

2004年5月22日(土)
今日は母親の見舞いに行ってきましたが、どこも悪いところがないけれど、血圧降下剤の点滴を受けながらじっとしていなければならない・・・これはなかなかつらいようであります。で、帰りに街中で新聞の号外で「小泉訪朝で家族帰国」ということを知りました。
 どうなんですかね。まあ少しは前進なのだろうから、0点じゃない。ただみんなの期待から比較すれば、あれだけ「人道支援」とやらを費やした成果としては物足りない、ということになるのでしょう。まあせいぜい20点ぐらいなのかな。赤点でしょうね。
 外交的には金正日の勝利、ということでしょう。明らかに向こうにとって有利な結果だったということは言えると思う。どうでもいい子供5人を帰す、というのは全く向こうとしては痛くも痒くもないこと。ジャンキンス問題を拘置してアメリカを引きずり出そう、という思惑も通った。まあ金正日外交としては満点だろう。
 拉致家族当事者でない私としてはそんな感想でありますが、激怒した「家族会」の一人が「小泉さんを買いかぶっておりました。私は間違っておりました」とコメントしていた、それで思ったのですがかえって、私など全く小泉さんなど買っていないので、あの程度の、人によっては「ガキの使い以下」と酷評するような訪朝でも、ま、ましに思える。はっきり言って金だけ取られて、いろいろ約束させられた上で、一人も帰ってこないのじゃないかと思っていたので。
 ただ一般日本国民は所詮、他人事。まあこの程度だろう、と思うだろうから参院選は一応、有利になったんだろう、自民党。

2004年5月21日(金)
 なんで5月に台風ですかねえ・・・そういえば去年は10月になっても台風が来てました。これは地球温暖化なんですかね。冗談抜きで、だんだん海面が上昇すれば日本などでも風水害が増えるはず、と言われております。
 日本国は、政府一部役人の生活を守るには年金制度維持、そのためには子どもの数を増やして欲しい、などと言っておりますし、また産業界の連中も国内市場が小さくなると困るので子どもを増やせ、増やせと無責任に言っております。
 が、全地球的に見れば子どもは減らすべきだし、人類は減るべきなのだ、ということはひとつの真実であります。中国や印度だって、今のペースで先進国化が進んだ場合に、無責任にあの人口を維持するわけにはいかないわけです。
 人類は減るべきなのです。これは極論でも何でもない。
 人類が少々、温暖化を進めても、500万年後には氷河期が来るだろう、という説もあります。1億年後には日本列島は海底に沈んでいるそうであります。
 その500万年後とか、まして1億年後など、人類文明があるとも思えないのだけれど、とにかく今、目に見え、手に触れられるものを絶対視して言うのは見苦しいことであります。
 京都議定書などと言って、批准もしないアメリカをみんなして非難しましたが、まああの国は昔からモンロー主義でなにをいっても聞きはしない、彼らは人類=アメリカだと思っている。しかし全人類がアメリカ型の生活をしたら地球は何年も持ちはしないということに気づいていない愚鈍な者の集まりです。が、日本など2002年6月に批准しましたが、その2002年度の目標がクリアできない、どころか前年度より炭酸ガスの排出量が増えている。これ、東電の原発停止問題のせいですと。
 電力業界も、さすがに将来の人口減、エネルギー需要の減、自由化の波の三大脅威をひしひしと感じてお役所体質を改めつつあるとか、ないとか。
 なにやら大げさなお話になりました・・・とにかく人類は減るべきです。

2004年5月20日(木)
 今日はなかなか機嫌がよい。体重がうまく落ちたからである。血圧も124の88だかでまず正常と出た。母親のこともある、気を付けねばなるまい。
 そう思ったらうちの会社のグループ企業の某部長さんから電話。うちの会社の某局長がそちらの会社(名門の出版社です、聞けば誰もが知っている)に社長として天下る、という噂があるが本当だろうか、という取材の電話。さっそく裏を取りましたがまぎれもなくその通り。というか、かなり前からこの天下り人事は噂にはなっていたんだけど、実施が思ったより遅くなったわけであります・・・これでそのY部長には悪いのだけど、こっちはますます機嫌がいい。何しろ評判が悪い局長殿だったわけです。この人がこちらの会社からはいなくなるのだから、非常にいいこと。しかしあちらの会社は、すごくいやな上司、として有名な人を迎えなければならないのだからお気の毒。もう戦々恐々とか・・・サラリーマンは大変ですよね。変な上司が来てしまうともうどうにもならないもの、下の人は。
 私もねえ・・・その局長殿はあまりよく思ってません。心が狭い人なんだよね。そういう人に限って出世したりするんだけど(たいてい、下には厳しく上には従順な人柄なんだよな)。
 ただあれです。出版というのは独特の世界。そのYさんとも、「上司の命令よりも、著者の意向が最優先なんですよね、出版社の場合。そこを分かって貰わないと・・・」とこぼしておられましたが、まさにその通り。きわめて上位下達な、軍隊のような社風のうちの会社のやり方を押し通すと失敗しますぜ、とひそかに思ったわけですが。
 私だって、もし「社長の意向でここ、書き直してください。じゃないと私、出世できないんです」なんて編集者に言われたら絶対「いやです」と答えるもの、ライターとしては。
 にしましても。サラリーマンは大変ですよね、どこでも。ま、それがけっこう、斜に構えて見てるとおもしろいとも言えますけれど。よく学生からいきなり作家などになる人、私はうらやましいとは必ずしも思わない。
 やっぱ、こういうようなどろどろした大人のお話を見ないで、詰まらない男女のあれこれとか、家庭のいざこざとかばかり、ごにょごにょ書いていてもしょうがないと思うものな。

2004年5月19日(水)
おお、腹減った・・・。いやあ、今ダイエット中なんであります。正月から今日まででなんだかんだと6`ほど減らしております。が、これがつらいこと。明日は健康診断なので死にものぐるいで断食中なんであります。運動で減らさないとダメ、とか言いますが、とにかく摂取カロリーを必要カロリー以下に抑えないと減量など出来るはずはない。燃焼するのナンのといっても、過剰なカロリーを入れればそれっきりなんだから、やはり「腹が減った」という経験をしないと減るものではない。
 一応、ハリウッド48時間ダイエット、というプログラムをやっております。これは要するに2日間、特性ジュースだけで食事はぬいて痩せるもの。いろいろやってみたが、実際に目に見えて効果があるのはこれだけでありました。こいつはかなりつらいですが、効きます。このジュースがなかったら今頃はもう90`ぐらいになっていたかもしれない。
 にしても、2日目の最後の何時間かはかなりつらい。どんなつまらないお菓子のたぐいでもおいしそうに見えてきます。
 ボクサーなんかも試合よりも減量がいちばんつらい、とよく言います。そうでしょうなあ、自分との戦いですからね。
 そういえば先日発表の長者番付でも上位は痩身食品とか健康食品の創業者ばかり。こういう産業がいちばん儲かるらしい。芸能人とか作家なんてぜんぜんこういうものに比べたらつまらない。
 1位の人はやはり痩身系の健康食品会社の経営者で、11億何千万か税務署に払ったわけだが推定年収は30億ほど。ああ、それでは3分の1はもって行かれるのね。
 売れてたころのマイケル・ジャクソンなんて年収200億円とかだったんだが、どうなっているんでしょうかね。
 ま、私としては・・・とりあえず宝くじでも買いますか。それにしても腹減った・・。情けない今日の自分であります。

2004年5月18日(火)
小沢一郎も未納なんだってか。というか任意加入の時のことでしょ? 思うに代表就任を断る理由にしたんじゃないですか。首相が北朝鮮でそれなりにうまくふるまったら、支持率も保てるわけだしねえ。
 ところでだんだん分かってきたが、要するに一般の人らは首相なんてものを一種のテレビタレントのように眺めていて、だからあまり頭が良さそうじゃない純ちゃんは、それで結構みんなに気にいられているのだと思えてきた。偉そうじゃない、というのはそういうことだろう。あれは偉そうじゃない、のではなく本当に偉くないのだけれど。
 それにしても岡田さんは払っていない時期、ないでしょうね。
 

2004年5月17日(月)
 さて日付が変わったなあ・・・ずっと会社の仕事をしていたんですよ、これでも。今度はアメリカ通史。もう人種差別と虐殺と武力侵攻と暗殺の歴史ですね。どうしてこんな馬鹿げた歴史しかない国をあんなに賛美できるのか、外国人には理解できないわけですが、要するに自己賛美しなければ成り立たない国なんだからしょうがないんですな。
 モンロー宣言というのは5代モンロー大統領の時代に出たんですが、それはつまりメッテルニヒが「ナポレオン以前に世界地図を戻そう」と干渉して来た、それに対して「アメリカはアメリカ、欧州なんて関係なし。特に中米は無関係。ただしうちはあくまで中米はうちのもんだと思ってるから、手出し無用に願います」という身勝手な宣言でありました。
 以後、今日に至るまで何百回となく中米には武力侵攻しております。
 これを見ると、イラク戦争とかブッシュ・ドクトリンとかいうのも格別彼らにとっては目新しいものじゃなく、要するに自国の勢力範囲だと思ったところにはどんどん介入する、というのはアメリカ人にとっては常識なんだよねえ、つまり。
 はっきり言えば、仮にもし日本に反米的な政権が出来たら、即日在日米軍がつぶします。即日です。そのために居るんだから。
 なぜ自民党が栄え続けるか。あくまでアメリカのためなんですな、と分かってしまうと納得できるわけだ。
 ・・・・ところで関係ない話。10チャンネルに「劇的ビフォア・アフター」という番組があって、要するに手狭で不便で古い家をリフォームして感動的に蘇らせる、という企画なんだが、時々思う。昨日の番組も5人家族でおばあさんと両親、それに19の娘と20の長男という構成。これ、狭いの当たり前じゃないの。はっきり言ってこの19と20が早く独立して出て行けば済むのじゃないか、と思った。家が狭いのじゃない、寄生する大きな子供が邪魔なんである。
 しかしあんなに綺麗にリフォームしてもらって・・・きっと30になっても40になって出て行かないぞ、あいつら。そんな実例、そのへんにごろごろしてるんだから。
 ついでに日曜のテレビで。NHK「火の鳥」いい加減にしなさい! 省略しすぎ。この際だから「火の鳥ダイジェスト」なりお得意の「火の鳥総集編」というタイトルにして欲しいもんだ。はしょりすぎなんてもんじゃない。あんなに省略するならアニメ化なんかしなきゃいいのに・・・。

2004年5月16日(日)
最近、わりと日記も更新してるし、詩やエッセイも新作を載せてるし、少し前向きですねえ、という声がちょっとあるんだが、なんのこともない、溜まっていた仕事がかなり片付いたというわけだ。やっぱりネットは後回しにならざるを得ませんな、これで商売してるわけじゃないし。
 ところで、土曜日は母親が入院している病院に行ってみた。血圧がなんでも上が280だかいう普通じゃ立っていられない数値(!)を記録した、といって担ぎ込まれたのだが、とりあえず今は薬が利いて、130〜150ぐらい(それもまだちょっと高いが)に下がっているそうで、まあこれならどうということもないだろうと安心。私と同じディオパンという薬を渡されていることを知る。
 結局、この薬は体内の塩分を搾り出してくれるのだと思う。要は、私や母親のような本態性高血圧と言うのは、肥満からくるばかりじゃなくて、塩のコントロールが出来ないのである。痩せても一定ラインからは下がらないのである。かといって塩断ちした食生活などできるはずもなく、薬を飲むのが一番早い。
 糖分のコントロールが出来なくなる糖尿病などとも一脈通じるのだろうと思う。
 ところで、近頃溜まっている仕事、というのは前にも書いたが歴史資料を中心としたニュースの解説本みたいな企画である。
 この間はチェチェン紛争史を載せてみたので、今回は「戦後自衛隊50年史」を掲げてみる。
         ◇       ◇         ◇
自衛隊戦後50年史
1945.8.15太平洋戦争終戦
1945.11.30陸・海軍省廃止。第1、第2復員省に
1946.1.4GHQ公職追放指令
11.3日本国憲法公布(1947.5.3施行)
1948.4.27海上保安庁設置令で海軍代行
1950.6.25朝鮮戦争(〜1953.7.27)
7.8マッカーサーが警察予備隊創設指令
8.10警察予備隊令
1951.9.8サンフランシスコ講話条約、日米安保条約署名
1951.11.29公職追放解除法公布
1952.4.26海上保安庁内に海上警備隊設置
8.1保安庁設置(警察予備隊と海上警備隊を統合)。
10.15警察予備隊が保安隊に、海上警備隊が警備隊に改称
1953.10.2-30池田・ロバートソン会談(防衛力漸増を約束)
1954.3.1ビキニ水爆実験で第5福竜丸被爆
6.9防衛2法(防衛庁設置法、自衛隊法)公布
7.1陸上・海上・航空の3自衛隊発足
1957.5岸内閣「国防の基本方針」を閣議決定
6.14第1次防衛力整備三か年計画決定
1959.3.30砂川事件東京地裁で日米安保は違憲と判断
12.16砂川事件最高裁が統治行為論で憲法判断回避1956.10.19日ソ共同宣言
12.18日本が国連に加盟(80番目)
1960.1.19日米新安保条約署名
6.16アイゼンハワー米大統領来日延期
6.23日米新安保条約成立
1961戦後初の国産戦車61式戦車導入
1961.7.18第2次防衛力整備計画決定
1963.2月 統合幕僚会議が「防衛図上研究」(三矢研究)を実施(65.2月、国会で議論となる)
1964.8.2トンキン湾事件で、ベトナムが軍事緊張
1965.2.7北爆開始でベトナム戦争本格化(〜75)
1966.11.29第3次防衛力整備計画決定
1967.3.29恵庭事件で札幌地裁が無罪判決
4.21佐藤首相が武器輸出3原則を表明
1968.1.7日本共産党が、日本の自衛権を承認
1.27佐藤首相が非核3原則を表明
6.26アメリカが小笠原を返還
1970.10月 防衛庁が初めて「防衛白書」を作成
11.25作家・三島由紀夫が自衛隊クーデター扇動し自殺
1971.7.30自衛隊機が全日空機と衝突(雫石事故)
1972.5.15アメリカが沖縄を返還、米軍基地存続
1972.10.9第4次防衛力整備計画決定
1973.9.7長沼ナイキ訴訟で札幌地裁が自衛隊違憲判決
1974新制式戦車として74式戦車導入
1974.10.6米議会でのラロック退役海軍少将の「日本寄港時も核装備」証言公表される
1976.8.5長沼ナイキ訴訟で札幌高裁は自衛隊合憲と判断
9.6ソ連のミグ25戦闘機が函館空港に強行着陸
10.29三木内閣が防衛計画大綱を決定
11.5三木内閣、防衛費GNP比1.0%枠設定
1977.2.17百里基地訴訟水戸地裁で、国側が統治行為論で勝訴
9.28日本赤軍、ボンベイで日航機を乗っ取り
1978.7.25「超法規発言」で栗栖統幕議長解任
11.27日米が防衛協力のための指針(ガイドライン)公表
1980.2月 海上自衛隊が環太平洋合同演習(リムパック)に初参加
8.15鈴木内閣、有事の徴兵制は違憲との統一見解
1981.5.16鈴木首相が「日米同盟」批判、伊東外相辞任
1982最新鋭制空戦闘機F15イーグル配備開始
1883.1.19中曽根首相が日米同盟強化、「浮沈空母」発言
1983.9月 大韓航空機撃墜事件で、自衛隊の情報機関が協力1986.7.1国防会議を安全保障会議に改組。
12.30中曽根内閣、87年度予算防衛費1%枠突破決定
1987.9.16国際緊急援助隊派遣法(自衛隊を除く)
1988.7.27潜水艦「なだしお」が東京湾で釣り船と衝突
1989.12米ソがマルタ会談で冷戦終結を確認
1990新型戦車90式戦車導入
1990.8.2イラクがクウェート侵攻
1991.1.17湾岸戦争で多国籍軍がイラク攻撃(-2.28)
4月 海上自衛隊がペルシャ湾で機雷掃海
1991.6月 雲仙普賢岳噴火で自衛隊最長の災害派遣(-95.12月)
1992.6.19国連平和維持活動(PKO)協力法成立
6.29自衛隊派遣のため国際緊急援助隊派遣法改正
9月 自衛隊がカンボジアで初のPKO
1993.3月 イージス護衛艦こんごう級就役
1993.5.29北朝鮮がノドン・ミサイルを日本海に発射
5月 モザンビークでPKO
1994.7.20村山社会党、政権維持のため自衛隊合憲
9月 陸上・航空自衛隊がルワンダでPKO
1995.1.17阪神大震災。陸海空3自衛隊が出動
1995.3.20地下鉄サリン事件で化学部隊が出動
1995.11.28橋本内閣が新防衛計画大綱を決定
1996.2月 シリアのゴラン高原でPKO
1997.9.23日米が防衛協力のための指針(新ガイドライン)公表
1998.8北朝鮮が弾道ミサイル・テポドンの発射実験を実施(三陸沖の太平洋に落下)
1999.3.23日本海の北朝鮮不審船侵入で、自衛隊に初の海上警備行動発令
5.28周辺事態法
2001.3.27新型支援戦闘機F2配備開始
9.11アメリカ同時テロ
10.7米英がアフガン攻撃開始(不朽の自由作戦)
10.29テロ対策特別措置法成立(参議院強行採決)
11月 海上自衛隊がインド洋で、アメリカ艦船に補給活動
12.22奄美沖で、海上保安庁が北朝鮮工作船を撃沈
2002.2月 東ティモールでPKO
2002.11テロ・ゲリラ対策で陸上自衛隊と都道府県警察が治安出動訓練を開始
2003.3.25イラク戦争。米英軍が軍事作戦を開始
5.1イラク戦争の大規模戦闘終結宣言
2003.6.6有事3法(武力攻撃事態法、改正自衛隊・改正国防会議法)成立
7.4自衛隊派遣のためのイラク復興支援特別措置法成立
12.19ミサイル防衛(MD)システム導入決める
12.26航空自衛隊がクウェートに出発
2004.1.19陸上自衛隊先遣隊、イラク・サマワに到着
2004.3サマワで、自衛隊が復興支援活動開始
2004.4.27小泉内閣防衛計画大綱見直しを開始

ご参考になりましたか(というかなんなのだろうか)。今日は労働組合の大会につき、これだけ書いて早く寝るのである。 


2004年5月15日(土)
詩とエッセイに新しいものを追加しました。ご覧ください。まずは宣伝です。
            ◇      ◇        ◇
「86年までは国会議員は任意加入だったんだから、問題ない」と小泉君。しかし予備校生時代には未払いだったのは確実。「そんな学生時代のことをほじくりだして、どうでもいいじゃないの」などとコメントしてどうしても笑い事にしたいらしい。しかしそういう理屈で通るなら、今時の若い人らの未払いに対してなにも文句は言えまい? 「学生やフリーターが払わなくても別にどうでもいいじゃないの」と切り返されたらどう答えるのか。
 本当はずっと前に分かっていたはずである。菅直人だけつぶしてラッキー、ということだったか。
 とにかくこれからべらぼうに支払いが増えて、「固定」なんていうのは全部嘘で、もらえるのは4割か3割か。そういうことになりそうなんでしょ、要するに。
 先日、新聞に「年金は世代間の相互扶助なんだから、今の豊かな日本社会を作ってくれた世代に報いるために我慢しましょう」と政府の回し者みたいなことを投書している馬鹿な人がいたが、何を言っているのか。先に行くほどその「若い世代」というのがいなくなるのだ。相互扶助などできるわけがない。今の我々はもう扶助してもらえないのだから、我慢できるわけがない。
 おまけにこれからフリーターが増える一方だ。当たり前だ、こんなに年金負担が増えるのに企業が正社員など雇うものか。既に派遣社員任せにしているとそこからどんどん情報が漏れる、というような話が出ている。こういう議論になると「フリーター差別だ」という人が出てこようが、しかし会社に帰属していない人がかかわって、そこから情報漏えい、要するに名簿の流出みたいなことが起きているのは事実だから仕方ない。
 先日の小泉の答弁をみんな聞いていないのだろうか。「老人は年をとるほど支出が減るので、だんだん給付が減って行っても問題ない」と答弁したのだ。
 頼むから国民の皆さん、「小泉さんは人柄がよさそうだから支持します」というのだけはやめて欲しい。あれは明らかに目的のためには手段を選ばない冷酷な人間だ。

2004年5月14日(金)
ブログという言葉が流行って久しいのだが、考えてみるとこの日記も一種のブログであるらしい。ほかのコンテンツは従来式のやり方で掲載しているが、ここの部分だけはお手軽に更新できるようになっている。
 意識して、その日の世間的な重要ニュースの話題を入れているのは、後になって「あの日はそんなことだったなあ」と思い出すのにいいからである。
 まあこんなところで、こんなことを書いていてもどうということもないのだが、しかし一応、なにかしら発信していることにはなるのらしい。イラク戦争の時はもっぱら現地の情勢を知るにはブログに頼るしかなかったともいう・・・もっとも今回の米軍の攻撃が、できるだけ電気、ライフラインを保全しようという意図を持っていたことが大きいかもしれないが。
 ところでWINNYの開発者が逮捕された一件で、支援活動が始まっているそうだ。ファイル交換は著作権違反、という京都府警に対し、これでは将来の新技術開発を阻害する、という立場の人がネット業界などで多いということらしい。
 私のように、創作をやる者にとってははっきり言って、音楽や文章をどんどん取り込んで複写するようなソフトはけしからん、と思うのだけれど、この開発者はちゃんとその辺も分かっていて、問題なのは課金システムだ、と。旧態依然、店舗でしか音楽やゲーム、映画、本などが買えない
流通システムとか、法制度が遅れているのだ、と主張しているそうである。
 どうもしかし私など、古くさいのだろうがなんでもコンテンツをネット上から取り入れて、というのはあんまり好きではない。なんとも味気ない。
 それに創作をやる側の気分というのをどうしても考えてしまう。
 やはりあまりにお手軽に流通されるのは面白くないようにも思う。
 そうそう、小沢さんが民主党代表になるとか。お手並み拝見である。今回のチャンスがおそらくラストだ。これで政権をとれなきゃ小沢という政治家は天下人にはなれまい。
 そうそう。うちの母親はやはりそんなに大したことはないらしい。が、今のところ1か月ぐらいは入院して貰う、と言われているらしい。オーバーオールにはそれもいいか。
 などと書いていたら小泉の年金未納、とテロップが出た。大笑いだ。タイミングを計っていたんだろうが、今ならもういいや、という感じになって、北朝訪問のネタでごまかせる、というようないつもの小泉流のずるこい判断だろう。
 なんでこう、ずるこさばかり目に付くのかねえ、この人は。
 などと書いていたら、今度は朝青龍が負けた。いい気味だ。
 と、このようにどんどん対応できるのがブログのいいところである。
 

2004年5月13日(木)
 悪気はなかった、という言葉を案外に使わないだろうか。日本人などは割と性善説だから、犯罪人についても「そもそも悪気はなかったのじゃないか」「そもそもはいい人なんじゃないか」というところから入りがちではなかろうか。
 そういう意味で例の裁判員制度なんてものも心配なのである。お人好しがよろえばそろうほど、ぼけた判決がかえって増えかねない。
 年金未納問題など、そもそも詰まらない問題ではあるけれど、しかし筋の問題として、年金改革の審議などする資格もない連中だった、という点で問題なのは事実である。免許証もない者が自動車の設計をするようなものである。
 で、小泉さんなど「悪気はなかったと思う」「うっかりでしょう」で済ましているが、そうだろうかねえ。「俺もこれで国会議員だ」「俺はこれで大臣だ」と思ったときに「これでもう俺も大人物だ、一生、喰うに困らない。引退後も講演したりなにかの団体の役員やったり、大学の先生でもやっていればいいんだから、貧乏人の年金などどうでもいいや」と思うものじゃないのかねえ。それは悪気じゃないのかねえ。
 社会保険庁が年金資金を流用して、何十億円もかけて職員の宿舎や自動車、さらに職員どもの健康診断までやっていたというのも、これも悪気はないのかねえ。ウソでしょう。
 そういや、ちょっと飛びますが米軍の捕虜虐待ね。あれはあきらかに悪気があるんだけど、本当はいい人だ、的なベンゴはやっぱりあるわけで。しかしあの上等兵とかいうちんぴら娘がいかに程度が悪い女でも、そういう悪のり行為をやればやるほど喜ぶ上官がいたはず。そうじゃなきゃ軍隊というもの、成り立たぬ。あんな最下級の兵隊をいじめておしまいにする、ということで納得するもんだろうか、少なくともイラクの人たちはしないよなあ。
 結局、ああいう悪のりが大きくなったのがナチスですからね。
 

2004年5月12日(水)
昨日の新聞で「ドーナッツプラント」なるドーナツ屋が大手町ビルに開業して人気、とあってこのビル、私の会社の隣にある。さっそく見に行ったら長蛇の列。なんでもテレビでも紹介していたらしい・・・といっても1週間もしたらすたるだろうから、その後行けばいいわな。
 などと長閑なことを言っていたら、父親から電話。母親が高血圧でふらふらして入院したらしいのだが。いい薬はないもんなのか。私などはもう20代から降圧剤を飲んでいるが、おかげでずいぶんと下がっている。まあ普通にやっている分には、ごく正常な血圧だ。
 正直、薬を飲む前は今日にも、あすにもこれで命を取られるのじゃないか、と思っていた。薬を飲んで人並みに下がってからはいくらか体力に自信がついたぐらいである。
 とりあえず大事ではないようだが、困ったことだ。

2004年5月11日(火)
大笑いですなあ・・・いや、なんで躍起になって円売り介入なんかしてたの、政府は? 昨日はずりずりと円安、株安が進みました。日本だけじゃない、アメリカでもイギリスでもフランス、ドイツ、香港、もう世界中の市場が落ちてしまった。で、軒並み円安にふれた。
 理由が面白い。先週末のアメリカの雇用統計の結果が想像以上によかった。またアメリカの主要企業の決算状況も良かった。
 理解できないことだが、アメリカの経済状況がいい、という理由で株価が落ちているのである!!
 要するにこんなに好況ならそろそろFRBが利上げするだろう、となれば円売りドル買いだああ、ということである。おまけに中国も利上げ観測である。こうなると日本の「中国特需」も翳る。ついでに年金改革も駄目、構造改革も駄目、とあれこれ黄色信号である。かくて日本の株価は激下がりとあいなりました・・・。
 景気絶好調に付き、なんだかんだとあってもブッシュでいけるんじゃないか、となると小泉もいけるんじゃないか、というのがこれまでの観測なんだが、落とし穴は思いがけないところにあったりします。
 まさか「指標がいい」から「株価が下がる」なんてことがあるとは・・・。思いがけないことであります。世界中が低金利と言う(日本ときたらゼロ金利で何年やっているのか)状況が異常なんですな。
 まあもっとも。経済に足をすくわれる政治家、逆に経済に救ってもらう政権、は古来あまたあり。というか経済がおおむね政治家の命とりとも切り札ともなる。しかしこれはしょせん水物。政治家に救ってもらう経済というものはないし、政治のお陰で経済が良くなることもいまや稀である。政治につぶされる経済はあるわけですが。
 そんなわけで状況はどんどん流動化しているのに、日本では自民党幕府に対して、民主党があの体たらくだもんだから。国民はあの二つの党からしか選べないのだろうか。そりゃ投票率も落ちるだろう・・・。
 

2004年5月10日(月)
 私が日頃、漫画関係のお付き合いをしている「MGライフ」というサイトがあります・・・当サイトのリンクコーナーにもありますけれど、こちらには本当にお世話になっております。いろいろうちの同人誌漫画の資料なども貸していただいている・・・基本的には日本史にお詳しい、日本史漫画のサークル、ということですが実はドイツ軍とか、その他西洋史全般にも通じておられる管理人さんは大変、博学な方。当サイトをご通過の方はぜひ一度、そちらにもお立ち寄りいただきたいのですが、そちらの掲示板の方で話題になりました、旧東ドイツ軍の軍服が旧ナチス時代のものにそっくりだったという話。
 ごく雑談として書いておきますと、私がこのサイトに掲げているコスプレのドイツ将校の格好も基本的には旧東独軍の将校服であります。これは50年代のモデルで、襟もナチス時代の折り襟のまま。後になってさすがに古くさいと言うことで、背広型の開襟になります。というわけで、50年代までのものだと、鷲の記章を付けるだけで旧ドイツ軍になってしまう。
 この話題というのは、そのMGライフさんの新作漫画で、プラハの春の時にワルシャワ機構軍として進駐したソ連軍の幹部が、あまりにてきぱきとしていてプロフェッショナルな東独軍を見て、本当は賞賛すべき所、かつてのナチス軍を思い出していやになってしまった、ということから出てきたお話。これ、体質的なことだけじゃなくルックス的にも旧ドイツ軍と似ていたということがあろうかと思います。
 しかし西側は、日本の自衛隊も含めてすっかりアメリカ風に。これがいいのか悪いのか。別にカーキ色とか軍刀を復活させたいとは思わない(三島由紀夫はそうしたかったわけでカーキ色のピエール・カルダンの制服を盾の会のそれとして採用した)のですが、自衛隊の格好はやはりあまりよろしくない。
 まあ、あまりかっこよくするのも、今時よろしくないということかもしれませんが、戦闘服はどこの国も似たり寄ったりとして、正装はもうちょっとオリジナリティーは欲しいですなあ。

2004年5月09日(日)
 ふとテレビをつけたら手塚修虫「火の鳥」のアニメをNHKがやっている・・・のだが、なんでこう絵はイマイチ、それに原作のいいところはどんどんカットしちゃうし、全然駄目なんだろうか。駄目よこれ。民放のアトムのほうがよかったよなあ。
 管代表もくびになりそうだって。当然だわな。
 今、うちの会社で出版予定のクロニクル本の原稿を書いております。イラクとか、アフガンとか、チェチェンとかの紛争史の年表とか解説とかを書いております。
 アフガン史なんて調べるといやになりますねえ・・・歴代の国王や大統領がみんな処刑とか暗殺されている。もうここ何百年もそんな感じ。いかに混乱している国柄か分かる。
 旧ユーゴのコソボやボスニア、クロアチアの紛争も人種や宗教がごちゃごちゃ、頭が痛くなる。歴史的にもトルコ、ロシア、イギリスなんかの思惑が入り乱れて、もともと成り立ちの複雑なバルカン半島に火をつけてきたことが分かる。
 で、チェチェンについても16世紀以来の怨念があったりして、下に略年表を掲げてみますと・・・。

1817ロシア皇帝アレクサンドル1世、ナポレオン戦争で活躍したエルモロフ将軍にカフカス進攻下令。宗教指導者イマーム・シャミールが聖戦を唱え抵抗、カフカス戦争開始(−64)
1869ロシア帝国、チェチェン併合
1917ロシア革命
1922チェチェン、ソ連邦の自治州になる
1936チェチェン・イングーシ自治共和国成立
1944スターリンがチェチェン民族をナチス・ドイツへの協力者として迫害、中央アジア、シベリアに強制移住させる
1957フルシチョフのスターリン批判で民族の名誉回復、共和国復活
1991.11ドゥダーエフ共和国大統領がロシアから独立宣言
1991.12.25ソ連邦消滅
1994.12.11エリツィン・ロシア大統領がチェチェン軍事進攻を命令(第1次チェチェン紛争)。
1996.4.23ドゥダーエフ、ロケット弾攻撃を受けての戦死が確認される。大統領代行にヤンダルビエフ副大統領
1996.8.31停戦成立
1997.2.12マスハドフ、チェチェン大統領に就任
1999.10.1ロシア軍、チェチェンに再進攻(第2次チェチェン紛争)
1999.12.31エリツィン大統領辞任。大統領代行にプーチン首相
2000.2.6チェチェン共和国の首都グローズヌイ陥落
2000.3.26プーチン大統領代行が大統領選で当選
6.9プーチン大統領、チェチェン直轄統治の大統領令に署名
2002.10.23モスクワ南東部のミュージカル劇場(旧文化宮殿)でチェチェン人武装勢力が観客500人を人質に立てこもる(10.26特殊部隊の突入で解決するが90人以上が死亡)
2003.7.5モスクワ北西部の飛行場で開かれた野外ロックコンサートでチェチェン人女性らによる自爆テロ
12.5ロシア南部スタブロポリで列車爆破テロ。チェチェン人による自爆攻撃と見られる
12.9モスクワ中枢部クレムリン前のホテル・ナショナルで自爆テロ
2004.2.6モスクワ市内の地下鉄内で自爆テロ
2.13カタールの首都ドーハでヤンダルビエフ暗殺される

という具合で、一応ここまでで提稿したものの、今日は今日でグロズヌイで爆弾テロだという・・・。プーチンが後押ししたカディロフ大統領が爆殺されたとか。
 きりがないですなあ。やはり日本人は平和そのものであるということです。


2004年5月08日(土)
EUのことをNHKスペシャルでやっておりました。先ごろ東欧諸国が加入したわけですが、加盟するためにはもう国ぐるみの徹底的なリストラを求められる。たとえば今あるポーランドの漁船の4分の1だか5分の1だかは廃棄しろ、と求められている。その他、法律、経済制度、社会制度、ありとあらゆるものを変えないと入れてもらえない。
 しかし、それでもポーランドやハンガリーはEU基準に合わせた。そのために大変な激震が社会に走ることを覚悟して欧州の未来にかけたわけだ。やがてウクライナやトルコまで入ってこようと努力している。
 日本の「コイズミ改革」なんてものが全然改革でないことがよくよく分かる。
 そして、前にも書いた、ハリウッド映画では「世界史」の先端はいつでもアメリカであるし、日本人もそれを一種の信仰のようにしてきた。今のコイズミ政権はその典型である。
 だが、世界史の先端は、アメリカ連邦でも中国でもなく、再び欧州に戻ってはいまいか。もちろん問題も多々あるかもしれないが、軽薄な「グローバリズム」とは全く違う世界の統合の道筋が確かに示されている。
 アメリカ。捕虜虐待話はあの国がつまりごく普通のつまらない国である、という当たり前の事実を示したのじゃないか・・・兵士の内部告発が元になった、そして国防総省の圧力をはねのけて米テレビが報道した点はあの社会の救いではあるけれど。
 あの9・11まで、確かに世界史の先頭はアメリカ、という印象が漂っていた。そして日本はただただアメリカの準属州となることをよしとしてきた。
 アメリカにひたすら恭順していればいいのだろうか。世界の基軸通貨がドルじゃなくてユーロになる、なんて日がきたらどうであろうか?
 


2004年5月07日(金)
福田官房長官というのがお辞めになったという。まあはっきり言って嫌いだったので(あの鼻につくような嫌らしい男が、アンケートじゃ首相にしたい人物の何番目かに入るそうだから、日本国民というのが私にはよく分からない。なんでもテレビに出ていて有名なら適当にいいというものらしい)、せいせいする。そもそも小泉内閣といっても森の影がちらつくは、官房長官がこの人であるは、で実態は森内閣の延長だったのだが、国民なんてものはいろいろマスコミなんかが報道しても全然、理解もしない。なんとなく今までの内閣よりもよさそうだから、といって支持している。
 と思っていたら昨日の読売の投書欄に「これだけ公約破りをするは、国民から見た優先順位の低い改革ばかりやってるふりするは、の小泉の指示がいつまでも高いのはどういうことか、ほかの内閣よりもましだから、という消極的理由で支持し続けると、今度の年金改悪みたいにどんどん国民を無視して暴走していくのが分からないのだろうか」というきわめてまともな意見が載っていた。
 自民なり小泉なりが、与えられた選択肢の中ではいちばんましだから、ということだけを理由に彼を応援し続けることは、要するに自民党を幕府に、小泉を将軍にしてしまうことである。民主主義国ではないということだ。
 実のところ森内閣が続こうが、小渕内閣が続いていたとしても、同じような改革は仕方ないからやっていたのである。これは間違いない。やらなきゃしょうがないから、やっていたはずである。派閥もすでに崩壊してきていたのであって、確かに小泉内閣の人事方針がとどめを刺したとはいえるが、彼がいてもいなくても派閥は時代遅れだったのである。
 問題は小泉は支持率が高い、ということで要するに文句が言えない、どんどん決まっていってしまう(それも、実際には官僚の思い通りに)ということなんだが、このへんも「国民」というものは見抜けないらしい。そして見抜けない程度の国民なのだからますますなめてかかるわけだ。
 愚民である。普通の国では政権など、何年かやらせれば替える。特に問題がなくとも替えるのである。そうしないと癒着するというのが一つ。政治家が傲慢になるから、というのがもう一つ。
 わが国では白紙委任で何十年も自民党幕府にやらせてきた。
 いつもいつも書いているが、景気回復の兆しはあくまで民間企業の努力の結果だ。専門家筋は小泉内閣でなかったらもっと早く景気浮揚していたのではないか、と見ている者も多いのである、つまり経済失政と言うことだ。
 にんげんは一度とらわれた幻想からなかなか逃れられない。よくよく冷静に見てみるがいい。小泉純一郎だからできたこと、なんて一つもないのである。
 以前の内閣よりましなことなど全くない。それだけのことなら「支持」などする理由はない。そこらへんの考え方がこの「国民」なるものの意識として理解できないのである。

2004年5月06日(木)
ゆうべレイト・ショーでメル・ギブソン監督の話題作「パッション」を見てきました。大変なものでした。未見の人は心臓が弱い人、残酷シーンが苦手な人はやはり避けたほうがいいでしょう。
 しかし歴史ファンは綿密な時代考証を見るだけでも一見の価値あり。熱心な信者は・・・どう思うのであろうか。外国ではショック死した人、改心した犯罪者など、いろいろあったといいますが、今回の劇場でも途中退席する人、泣き続ける人などやはり異様な雰囲気になりました。
 圧巻なのは古代アラム語とラテン語で全編を通していることです。英語じゃない! これはすごいです。
 ユダヤ人団体が抗議したというのもむべなるかな、ローマ法王庁も異例のコメントを出したというし、確かにそれだけインパクトある映画です。基本的に福音書のエピソードをうまく組み合わせており(たとえばマグダラのマリアが娼婦出身であることから、有名な石打の刑から娼婦を救ったというエピソードを彼女の逸話とするなど、うまくまとめて紹介しております)全体にあまり脚色はありません。おもしろくなかったら原作(!)がつまらないということです。が、おもしろくないはずがありません。アクション出身の監督らしく、どの拷問シーンも見事な撮り方で、これは並みの監督ではこうは撮らない、と思わされました。女優が演じ、声を男優があてている誘惑者サタンも見事。
 ロード・オブ・ザ・リングのときも思いましたが、どうしても撮りたいテーマを映像化する、という監督の心意気。ギブソンもどうしてもイエスの受難を視覚化したい、と思ったのでしょうが、その情熱がひしひしと迫ってきます。そういう意味で一般的な映画の基準から言っていいとか悪いとか批評しても仕方がないような作品となりました。
 ドキュメンタリーのような映画ですが、実は掌に釘を打つとか、ゴルゴタが丘であるとか、あまり最新の研究には従っていないようで、そこらへんは、監督は宗教画の伝統的な表現を踏襲しているようです。
 エッケ・ホモ!とか、エロヒ、エロヒ、ラマ・サバクタニ!とか有名なシーンが続々と出てきます。が、聖母マリアとイエスの普通の親子としての情愛が何よりも心を打ちます。これがギブソンの演出の際立って見事だった部分です。
 私は子供のころ、幼稚園だか小学生だかのころに初めて聖書を読んだときに、奇妙な感想ですがローマ総督ピラトに同情しました。やる気のない裁判員になって死刑判決を下すよう強要されるような役回り。当時のローマ帝国にとってパレスチナはかなり厄介なお荷物地域だったようであります。この時代から後、しばしばユダヤ人が蜂起し、ローマはエルサレムを徹底的に破壊、ユダヤ人を追放するわけです。イエスの時代というとカエサル、クレオパトラが活躍した時代からほんの少し後、アウグストゥスの後継者二代ティベリウス皇帝の時代ですが、それだけに帝権いまだ安定せず、その確立ということもあって地方の統治は重要事だったはず。劇中、ここは演出ですがピラトが自分の地方官としての立場を妻に愚痴るのもよく分かります。なんかここはサラリーマンの悲哀、という感じも持ちました。劇中でも三度イエスを裏切るペテロが、後に奮起してローマに入りネロ皇帝の弾圧下で布教活動をするわけですが、まだ海のものとも山のものともわからない、教団と言う体すらなしていない時期のスリリングさも感じましたですね。
 しかしメル・ギブソン。こんな映画を撮った後、今度はあのマッド・マックスの続編(第一作からなんと25年ぶり!)に出るとか・・・この感覚がまたいいんですけど。

2004年5月05日(水)
 こどもの日でありまして、うちの会社も休刊日で休みであります・・・。イラクでアメリカ軍の拷問行為が騒ぎになっております。「治安のためといって拷問を加える。これではフセイン時代とどこが違うのか。治安が良かっただけ前のほうがましだった」という市民の声が報道されておりますがなにを言われてもどうにもなるまい。
 先の大戦でも、日本をはじめとする敗戦国側の捕虜虐待はさんざん取り上げられております。はっきり言って当時の日本軍に人道なんて感覚がなく野蛮国の軍隊だったことは否定できないでありましょう、が、じゃあ何かと「アメリカ軍は紳士的に捕虜を遇した」という話ばかり伝わっておりますけれど、本当にそんな事例ばかりだったのか。
 いざ戦争となれば、異常な精神状態でやることなんて人間、どこの人種も大して変わらないとしか思われない。そもそもアメリカ人ほど残虐な国民性の国もないように思われるのですが(原爆、戦略爆撃、インディアンやフィリピン人の虐殺など、挙げればいくらでも出てくる)私は捕虜虐待のとがで戦犯指定された敗戦国側の人たちのことを考えるにつけ、連合軍側は本当のところどうだったのか、知りたいもんだと思うわけであります。
 

2004年5月04日(火)
皆様、連休はいかがお過ごしですか。私は今日も夜勤であります(しくしく)。仕事が溜まってしまってもう大変。ゲームなんかやってたからいけないんですが・・・。
 日曜にそういえば日本橋コレドという新しいスポットに行ったのでした。唯一、連休ぽい行事ということですね。まあまあ・・・かな。そんなに目新しさはないけどまあまあ、という感じ。でもそんなわざわざ行くほどのもんでもないか。それから新装なったという日本橋○島屋ものぞいてみた・・・こっちは駄目。悪いけど。前より悪くなったんじゃない? なんにも感動がない。いまどき平凡なあれにこれに。地下のレストランでは一皿2000円もするパスタ、それも大したことない味。どうなっているんだろう、と腹が立った。
 というわけでたまたま出かけた先もイマイチ、というかイマニ、イマサンな感じ。いいなあ世間は、とますます思うのでした・・・。ディズニーのイクスピアリがこれだけしばしば行って飽きが来ないというのはやはりすごいことなんだろう。同じようなモンなのに違うんだよなあ・・・楽しさというの?
 なんでもいいが高○屋、猛省せよ!

2004年5月03日(月)
 三寒四温なんていうが、とんでもない。寒すぎるんだよねえ。これじゃ冬服に戻さなきゃいけない・・・。こうも気温の変化があると、つらいですなあ。ああ、これ全国的にそんな感じでしょ? 首都圏は少なくともそう。一説によれば都市部のヒートアイランド化が進んでどこもかしこも「盆地性内陸気候」になっているんだとか。つまり夏暑く冬寒く、きわめて不安定な気候ということ。これがひどくなると、内陸性の砂漠気候ということでオーストラリアの中心部みたいな不毛の大地の気候に近づく。東京砂漠なんて歌があったが、だんだんそんな感じも冗談抜きであったりする。
 自分の家なども眺めてみて潤いがないことに気付く。なんかこう、駄目。砂漠な感じ? そこで花など増やしてみた。防犯上も、いいみたいである。「おや、綺麗な花」といって通行人が注目する。それで泥棒が入りづらくなるのだとか。なるほど。
 昨夜NHKアーカイブスでKISSの初来日公演を伝えた70年代末期の「ヤング・ミュージック・ショー」を流していた。当時の「かかる雑音をなぜNHKは放送するのか」という、その当時80代の老人からの投書に、その当時のプロデューサーが「ビートルズだってデビュー当時は雑音扱いされた。時代の感覚を判断するのはそのジェネレーションに任せるべきだ」と応えていた。キッスなんて今じゃクラシック扱いである。分かりやすく親しみやすいハードポップ、という感じ。別にうるさいというほどの音楽でもない。
 というか音量的にはクラシックのオーケストラの方がロックバンドよりずっとでかい場合も多い。現場でライヴを見てみれば分かることだ。うるさいというのは偏見に過ぎない。
 そもそも、モーツァルトだってベートーベンだって発表当時は先端の奇異な音楽だったはずである。「なんだこの下品な曲は」と当時の保守的な人は思ったはずだ(そうでなければ彼らは音楽史に残っていない。それまでと違うから意味があったのである)。
 私など、しかしこの当時80代の人のように今の若いものの音楽に言ってみたいモンである。「雑音」と反発するのはそれだけインパクトがあったからである。反感を感じるほど力があったので投書したくなったのである。今時の若い衆のどんな音楽もはっきり言ってなんの驚きもないのが残念である。曲はなにかの焼き直しで、それをばらさないためにむやみに転調する(転調を繰り返さないと先行の曲に似てしまう、という状況は末期的である)、ギターにしても技術的な頂点は90年ごろに到達していて、今では何を弾いてもこのへんが限界、というところで止まってしまっている。ちょっと驚きを感じたのは宇多田ヒカルがデビューしたときだったか。しかし当初の直輸入感覚いっぱいの音楽も、今じゃありふれた歌謡曲だ。彼女のだんながキャシャーンなんて冴えない映画を作ったようだが、そして、彼女がなんだか間延びした曲を提供しているようだが、昔の新造人間キャシャーンのテーマ曲のほうが断然よかったように思う。あのアニメの持っていた独特の湿り気は日本特有のもの。そこに着目したのは悪くない・・・しかし前田利家じゃない唐沢君がブライキング・ボスとはどういうことか(役名がブライというのも気に食わぬ)。原作じゃこの頭目がヒトラーのようになっていくのが面白いのであるけれど(ハイル・ヒトラーのかわりにヤルチェ・ブラッキンなんて掛け声がありましたな)、そんな話にはなっていないよなあ、きっと。
 なんでこう、何もかも出尽くしているのだろう? つまらない時代だ。
 

2004年4月29日(木)
 言うまでもなく、本日も私は会社におります・・・・ぐおおおおお。このところ「信長の野望」をやっているついでに(しかしはまるなあ、これ)、「刀と首取り」という本を読み直しておりますが、この本は日本人の「日本刀信仰」、そして第二次大戦にまで軍刀をぶらさげていた日本軍人のメンタリティーを批判する部分まで踏み込んでおり極めて面白い。なにより私が共感するのは二つの点です。日本刀は脆弱な兵器である。つまり刀身と柄が別パーツになっていて、両者を貫く穴に目釘を指して固定し、柄巻きの平糸をぐるぐる巻にして使用する物なんですが、この目釘が木製につき折れる、糸も切れる、さらに強力に打ち込むと柄そのものが折れる、こうなってしまうと使い物にならない。日中戦争以後、実戦で軍刀を使用した旧日本軍の上級下士官や将校の軍刀の破損記録を見れば歴然としているという。つまりほとんどダメになるのは柄、握りの部分。これ、私も子どもの頃に模造刀を振り回していて、簡単に樹脂製の柄がぼっきり折れた、で、安物はダメだなあ、などと両親と言っていたのですが、別に安物だったからじゃない、日本刀のこしらえは実は実にもろい、ということのようであります。ことに両手握りで刀を振る、これはゴルフのグリップにも似ていて、左手を軸に右手を添えて、切っ先の回転を利かして切り込むわけですが、そうすればするほど柄に負荷が掛かる。つまりぼっきり折れる。
 そういうところが、前から実感としてあったので実に納得できるお話なわけです。
 また、江戸時代末期以後に成立した「剣道」というのがまた、実戦では全く意味がない、というのも私は剣道の愛好家には悪いけれど、前からそう思っておりました。すり足なんて道場で戦うのが前提で、戦場でそんなことやっていられるわけがない。そして、面打ち。あれも兜をかぶっている敵の面をとっても勝てるわけがない。実践的な初期剣術では、左腰の胴はポイントとしないそうですが、実戦では左腰には小刀や大刀の鞘を指しているから、そこを斬っても意味がない。
 そして、古剣術は基本的に、甲冑を付けた敵と戦う剣術につき、足とか、鎧の隙間とか、顔をねらうのだそうであります。剣道のように面、胴、小手をとったらポイントなんて話があるわけがない、どこを斬られても実戦では出血して負けです。まして「相打ち」なんてあるわけがない。スポーツだから同点で無効、なんだけど実戦では両者即死である。
 旧軍でも剣道の達人みたいな人こそ、軍刀を使って失敗していると言います。面をとってしまうのですって。つまり「打つ」だけ。刀で剣道風に面をとっても、相手は怪我するだけです。刃のある刀は竹刀と違い、当たったら「斬る」必要があります。斬ってはじめて相手が致命傷となる。剣道ではそれができない。当たればポイントですから。
 そんな疑問にこたえてくれる良書であります。歴史ファンは必読。
 国会でも年金不払いのバカな閣僚が続々ですが、要するに彼ら、文字通り「真剣」さがない。剣道の試合のような感覚で血税、つまり他人の金を使っている。官僚もそう。日本では今や民間企業は真剣試合に変わってきました。最近の景気の復調はそういうこと。でも政治家とか官僚は相変わらず剣道ののりであります。
 年金不信から政治不信・・・ということですが、それで投票率が落ち、また小泉なり自民党なりが命拾いし、公明党がますます勢いを増す。ますますそうなっていくでしょう。
 私は民主主義なんてものに違和感を持っております。いけないでしょうか?

2004年4月28日(水)
 テレビ朝日の某番組で、海外のメディアが、日本人の「元人質」たちに対する厳しい声(国賊扱い)を取り上げて「国民性によるものか、理解できない」などと紹介している、と報道した。
 なんかテレビ朝日のスタンスというのも、いかにもNGOよりで鼻につくわけである・・・が、それはあそこの局の体質。不思議ではない。
 が、たまたま「反日分子」発言などする議員もいたりしたうえ、また元人質の一人が「政府の誘導でマスコミが煽ったために、バッシングを受けた」などと外国記者相手に会見していたもんだから、ネタになったということである。ついでにNGO団体がバッシングをやめてもらいたい、という署名を集めたそうだがわずか3000人分ほど。人質解放を求める署名が二,三日で十万単位で集まったのと較べれば、一般市民が冷たいのは歴然である。
 はっきり言って、こればかりは別に政府が誘導した世論ではない。人質に取られたという第一報を聞いたときから「バカな奴らだ」という声がごく自然に満ち満ちたのであって、マスコミが無理に煽ったわけでもないと思う。
 で、テレ朝が取り上げていた「理解できない」というコメントは米CNNだったりするのだが、私はそれを見て個人的にきわめて腹が立ちました。
 要するにアメ公にはぜんぜん、分かっていないのだな、ということ。
 はっきり言ってNGOなんて勝手に行けばいいし、活動すればいいのであって、どうでもいいのである、そもそもは。じゃあなんで腹が立つのか。
 日本人はそもそもイラクなんて興味ないのである。奇特なヒトがイラクに行きたければ行けばいい。だが、自衛隊派兵は要するにアメリカに圧力をかけられて仕方なく出したのだ。それが他の国とは違う。我が国に主体性などアリはしない。アメリカの「属国」として嫌々ながら出したのである。だから国民も決して派兵に賛成していなかったものの、小泉さんの方針は一応、納得した。それはもし自分が首相であっても同じ決断をしただろう、と皆が思ったからである。
 しかし、しぶしぶ出したのであって、正直のところ自衛隊には、あまり目立たず地味に行って話題になることなく地味に帰ってきて欲しい、というのがほとんどの国民の本音。イラクに深入りすることなく、しかしアメリカの顔は立つ、という形式的な派兵であると理解しているわけだ。
 そういうときに、わざわざ出かけていって人質になり、「日本の出方はいかに、いかに」などと世界中に注目されることは日本政府のみならず、いつ爆弾テロを国内でやられないかと心のどこかでびくびくしている国民には大いに迷惑、目障りだった。
 日本国民が連中に冷たいのはそういうことである。日本は主体的な外交などないし、主体的な国防力もない属国である、という意識がはっきり浸透したのである。だから、まるで一等国の国民のようなふるまいで乗り込んでいるNGOの連中などちっとも評判が良くないのでもある。
 しょせん、外交と国防を他国に握られている国の国民など、たとえばああやって人質になっても自力ではなんの解決も出来ない。そういう国の国民なのだからNGOなど百年早いのだ、というのが大方の国民の冷め切った見方ではあるまいか。自分の尻もふけないものが、他人の援助など片腹痛い。特に高校を出たてのそれこそ尻もふけないような「活動家」を見るに及んで、そのほとんど物見遊山感覚とも金持ちの道楽とも受け取れる実態を見るに付け、国民のふがいなさ、いらだちはどっと頂点に達したもののように見えた。またしても日本人はアマちゃんで、と言われるのではないか、という自意識が過剰に噴出した。
 そういう屈折した感覚を、アメ公どもはやっぱり理解していないらしいのが、実に気に入らないのである。
 
 

2004年4月26日(月)
ここ二、三日ご無沙汰を・・・。ちょっといろいろあったりして。
 どうもこのところなんにもやる気が出ない。そしてこういうときに無理になにかやってもあまりうまくいかない。にんげん、なんか怠惰に流れる時期と言うのがありますよね、私にとってこの4月というのが、そう。まったくなんにも動いていない。
 そういえば、会社じゃちょっとしたミスがありました。よくあることです、が、面白くない。仕事なんざ面白くもなんともない・・・どうも困っている。
 そういえば、詩なんてものとか、文学全般と言うものに興味が失われかけている。ことにこの詩というの。これはもう私にとってあまり意味のあるジャンルじゃない。しかし行きがかり上、依頼は来る。来るものは一応、形式にやっておく・・・。だが、これがもう苦痛である。困っている。
 そういえば、相変わらず近所の野良猫がうちの車のボンネットに乗ろうと悪あがきしています。イガイガを装着したお陰で上れないんですが、それでも諦めない。これまたこの馬鹿猫の頭の悪さにうんざりする・・・面白くない。
 そういえば、うちのクーラーの室外機に「バーカ」とマジックで書いたやつがいる。書いた後、消そうと努力したような形跡もあるが・・・してみると、恐らく近所の愚かな子供の仕業でもあろうか。ばれないとでも思っているのだろうか。そこで室外機の上にプランターを置き、薔薇など植えてみる。ま、もともと殺風景なのでかえっていいかもしれん、にしてもきっかけが面白くない。
 おまけに、だ。うちの親からまた面白くない連絡あり。親の親、つまり私の90歳過ぎた祖母を巡ってあれこれ兄弟げんかが絶えないらしいのだが(よくある話ですけどね)、現在は下の妹(つまり私の叔母)のところで引き取っているのに、前に引き取っていた次男が相変わらず兄弟たちに生活費を請求しているそうだ。ばあさんの年金手帖だかも横領したままだと言う。要は、その次男というのが兄弟中の落ちこぼれで、金がないの生活が苦しいのと、ほかの兄弟を嫉妬しているらしい。で、自分が学力不足で進学できなかったのを棚に上げて自分だけ、大学に行っていないから生活が苦しいのだ、と主張しているんだと。馬鹿か。まあ馬鹿なんだろう本当に。大学に行こうが行くまいが、成功する人は成功するし失敗する人は失敗する。私は身内のこととてあまり言いたくないが、その次男という叔父はとにかく覇気がなくてなんにも長続きしない男だった。今までなんの努力もしないでなにをほざくか。
 などと言ってみて、そういやこの一ヶ月ほどの自分の生活は他人のことをあれこれ言えるようなモンじゃない、と心づく。
 とにかく面白くないことが、ちろちろと続く。面白くない、面白くない。
 この間、三菱自動車が大騒ぎのようだが、私も次はいよいよ三菱ともお別れと思う。今度が三菱車、最後の車検になるか。
 

2004年4月21日(水)
近頃、けっこう諸方から「人質一件以来、かなり大変そうですが大丈夫ですか」といったご連絡をいただきまして恐縮です。まあ、そういう会社に就職してるんだからしゃあないです。が、一応あれも片づいたので一段落。しかしあれです、夏には参院選にオリンピックであります。今年は社命で「夏休みはとっていいけど、8月は五輪を考えると休んでは駄目」などという通達が早くも出ております。うちは子どもがいないからどうでもいいですが、8月にとれない夏休みなんてのも妙なもんです。
 そうそう、そろそろ世間ではゴールデンウイークの話題でしょうが、これもうちの会社では全然関係なし。基本的に祝日というのは勤務と無関係です。あえて言えば、祝日に当たる曜日に、本来夕刊を担当すべき人は、仕事がないから休み、というか自宅待機扱いになることが多い。ところが私と来た日には、今は夕刊は担当しておらず。よって、公休(私は今のところ土曜、日曜)と休刊日以外はなんもなしであります・・・。
 それにしてもこれから暑くなりますねえ。私はイヤです。非常に苦手です。新居の私の部屋は日当たりがよすぎて暑いです。夏場を想像すると恐ろしいです。まあ昼でも電灯が必要だった前のマンションよりはずっといいですが。
 とにかく連休で出かけられる方、これは本気でご注意申し上げます。人混みには注意された方がいい。今年は、絶対に何らかの形でテロがあるしおそらく日本人も巻き込まれます。
 ところで関係ないですが、今、「小泉内閣4目目」というアンケート記事のゲラが手元にあります。土曜日付けの新聞に載るはず。面白いですねえ、結果が。小泉内閣の成果は誰も大して認めていないし、政治的には期待もしていない、おまけに今、首相として最もふさわしい人物とは必ずしも思われていず(1位は石原都知事ですって)にもかかわらず、自民党総裁任期いっぱいは続けて欲しい、とみんなが思っている・・・らしい。その最大の肯定的な要素は「人柄」(!)なんですって。国民の7割方が小泉は気さくでいい人だと思っているのですって。その人柄人気が小泉さんの最大の支持理由なんですと。
 どういう根拠で、あのいい加減な男が「いい人」だと思っているんだろうか。最も「答弁はいい加減で、すり替えが多くで信用できない」というイメージも強いそうだから国民はしっかり見てはいるようである。
 となると、要するにイメージだけの話だろう。なんとなくいい人だろう、というだけのこと。景気も回復基調だしこのまま政権が変わらない方が面倒くさくないので、このままやって欲しい、ということなんだろうと思われます。
 しかしこれ、たとえば誰に似ているでしょうか。実力も政策もよく分からないが、人柄が庶民的で、親しみやすいから支持しますよ、という理由で人気を集めた人物といえば・・・。
 そう、あのヒトラーその人じゃない? 半世紀以上前のドイツ国民の轍を踏むか。日本国民はやっぱりバカなんだろうかね。アメリカの信託統治領にでもなった方がいいかも。


2004年4月20日(火)
夜の7時過ぎごろ、例によって会社におりますと妻から携帯電話に連絡あり。何事かと思えば、旧住所からの回送郵便物に、某詐欺脅迫会社からの「未納督促状」が届いたとのこと。エロサイトを見たのに支払いがないから、金を振り込め、というありがちなあれである。で、妻は勇躍「今から警察に届けてくるから」と言う。はっきり言ってそんなにどんどん外向的にアクティブに動き回るというタイプの人じゃないのだが、このように仮想敵が現れるとけっこう、どんどんやる。私も異存はないので、「じゃ行っといで」と返事する。
 なんでもいいんだが、馬鹿な業者もあったもんである。エロサイトなんぞコンピューターを導入したはじめはいざ知らず、今となっては見やしない。ちょっと見ればあんなもん、飽きてしまう。それに誰を相手にしているんだか。マスコミの人間なんかがこんなアホを相手にするか。もし本当に問題になるというなら訴訟でも何でもするばかりである。
 まあ誰彼かまわずくだらない手紙を送りつけているんだろうが、もう少し相手を選ばないといずれ、けちょんけちょんに潰されるぞ。
 脅迫だの恫喝なんてもんはきかない相手には全くきかないもんである。
 日本という国は国際的には脅しに弱い国、とされているんだが、それが国民性である、とも必ずしも思わない。
 むしろ正規軍がないゆえの無力さ、ということに思われる。なまじい、軍隊まがいを持っているので派兵しろ、とつまらない圧力ばかりかけられるが、国防上の抑止力としては全然なくて、外交上のカードにもならず、なめられているあの「自衛隊」という組織はつくづく気の毒である・・・と全然関係ない話から、こんな方向に飛んでしまった。
 自衛官が制服の胸に付けている「記念章」が実に情けない。あれも、海外武官がいろいろと勲章で胸を飾っているのに日本の自衛官は寂しい、金鵄勲章廃止以来、自衛官としてもらえる勲章というものもなく、何とかしてほしい、ということでちょっと前に制定したもんだが、あくまでも記念章である。外見は勲章の略綬のようだが、正規の勲章としての値打ちは全くない。国の正規の叙勲ではなく、せいぜい隊内の表彰記録に過ぎないものを付けている。まがいものには、まがいものの勲章ということか。
 軍人まがいの公務員。その情けなさというのが一番、よく分かるのがアレである。

2004年4月19日(月)
さて、休日は友人のWさんと浅草・米久に行った。老舗のすき焼き屋である・・・いいですなあ。ライバル店、というか今や全国チェーンとなっている浅草I・・・よりも明らかにうまいすき焼きである。というかなんにもよけいな要素なし、ひたすら肉を喰わせるという姿勢がいいではないかなあ。
 で、酔っぱらって帰宅したら、日本人全員解放、などとテレビで言っている。なんのこっちゃである。これでトクしたのは誰でもない、小泉である。
 恐らく5人の馬鹿者どもは、どちらかというと反政府、反小泉な連中に違いないが、かえってこれで小泉を救ってしまったんじゃないか。これで参院選も乗り切れるかもしれず、自衛隊引くべからず論もかえって強固となり、あの連中が万死に値するというのはそういう点からも言える。
 結局、問題はブッシュ政権ということになるだろうが、こっちは分からない。ブッシュが倒れてしまったら今までのいきがかりも全部、水泡に帰すのである。
 なんにしても数年後に首相を終えて権力を失った後、彼はずいぶん寂しいことになるんじゃないか、とは思う。
 そんなこんな言いながら、今日はたまさか実家に寄った。小泉嫌いのうちの両親が、人質事件で逆切れした小泉の「不眠不休で努力したんだから」的な発言を「○印の社長みたい」とバカにしていた(わはは)。もっともである。人質どもはバカだが、この人も冴えない。しかし恐ろしく運はいい。一生分の運を使い果たしているように見える。
 そんな会話しながら、私のために焼き肉などプレートで焼きながら、しきりに言い合いをしているが、要はあれで、うちの両親は仲がいいのであろうと思う。
 なんか、非常に今日は「日記」な感じである。

2004年4月17日(土)
私はねえ、ここをよく読んでいるヒトならご承知の通り、小泉首相をそんなに買っていないし(なにもかも全然だめとは言わないけど期待はずれであることは確か)、開戦もイラク派兵も、それが行われる以前の時点でははっきり言って反対だったし、(しかし今となっては繰り言だし、今更、撤兵など日本の勝手で簡単にできるはずがないことは言うまでもなし)、そういう意味ではこと中東問題について、決してごりごりの主戦論的右寄りじゃないつもりだが、しかしです。首相があのアホだら3人が「このままイラクにとどまって活動したい」などと「戯言」を吐いたについて大いに不快感を示し「どれだけ迷惑をかけたか、分かっているんだろうか」と述べたというのは、それはもうその通りだと思う。
 パウエル長官が少し社交辞令で、あるいは気を使って「そう自己責任と責めないで、彼らはすばらしい3人じゃないですか」などと言ってくれたのをいいことに、調子に乗って英雄気分で舞い上がっているならあの3人、完全なアホである。やっぱり功名心でああいうことをやるような手合いであるということだ。
 今度もう一度、捕まればいいのだ。できればあんな甘ちょろいサラヤ・ムジャヒディンなどではなく、アル・カーイダに。そんで鼻でもそがれて、拷問されて死ねばいいのだ。
 今度は日本国民もしらけきって、救出などしなくていい、と言うことだろうよ。馬鹿馬鹿しい、今回のことでかかった費用をあの3人と家族に損害請求するべきである。断固、そうするべきだ。これは危険を承知で海や山へ行って遭難したヒトと同じ扱いでいいはずである。
 非国民なのだからすみやかに国籍を捨てたらどうか。日本人でさえなければ、はっきり言ってどこでのたれ死のうが構うことではない。しかし「豊かな日本」を背負わないで、お得意の「援助活動」などできるのだろうか? イラクで働いてそのお金でボランティアしてみるがいい。できるわけがない。あくまで日本人だからえらそうに、施しができるのだ。そして優越感に浸りながら、みんなに褒められる。さぞかしいい気分であろう。
 そういう見方はうがちすぎか? 私はそうは思わない。
 2ちゃんねる辺りを見れば、もっと過激な意見が充満しているだろう。しかしだ、私もあのくそたわけ3人には怒り心頭であり、しかもその後で行方不明になったという2人に関しては、言語道断、はっきり言って殺されてしまっても致し方ないとしか思えぬ。
 都合のいいときだけ国家のお世話になる? それはくだらない発想だ。勝手に自由に生きるのなら勝手に自由に死ねばいいのである。
 日本政府は今後、ああいう者を救おうなどとしなくていいと思う。

2004年4月16日(金)
 またまた一週間後の同じ曜日、同じ時間に「人質解放」だそうで、いい加減にして欲しい。これもっぱらいつもいつも私個人が忙しい時間によけいなことを、ということへの憤りである。無事に解放されてもちろんめでたいが、はっきり言ってもうなにを言われてもいいだろうから言う、非国民どもめ、どの面下げてのことか。大いに反省するがいい。実に親不孝な連中である。
 その後、行方不明になっている二人というのも、大概にするがいい。国策に賛成とか反対とか言うこととは全然、別次元の問題だ。
しおしおと帰ってくるなら格別。もし英雄のように帰ってきたら許せない。
 関係ないが鉄人28号の横山光輝が火事にあったそうだ。寝台で寝煙草の結果らしいが、この何年か、寝たきりだったという、痛ましい。
 痛ましいで思い出した、鷺沢萌が自殺したという。35歳。彼女がデビューしたときの鮮烈さは当時、自分も大学生だったからよく覚えているが、なんだったのだろうか。はっきり言って早熟だったがその後、いい仕事をしていたという印象はない。
 若い後輩達の活躍に焦燥したか。誰しもいつかは追い抜かれるのだ、気に病むことはないのに。なんにしても人生いろいろである。

2004年4月15日(木)
昨日、帰りの列車で隣にたったサラリーマンが、ヘッドホンからでかい音楽を漏らしながら聴いていた。ギターぎんぎん、太鼓どかどか、のかなりハードなロック。もちろん私とてそもそもはそういう音楽は嫌いじゃないのだが、なぜかものすごく反発を覚えた。恥ずかしいのである。ああいう音は、はっきり言って古いのである。今となっては演歌が好きだとか大正琴が好きだとか言うのと変わらない。あるいはシャンソンやヘレン・メリル、またはバッハやモーツァルトが好きだと言うのとも変わるまい。要はクラシックでありオヤジの音楽なんである。
 だが、どうもその感じでは、彼は明らかに得意になって、背広のサラリーマンになっても俺はこんなクールな音楽に親しんでるんだぜ、というのをある種の気取りで見せびらかしている風情に見え、それは自分とて10代、20代にはそういう発想もあったが、さすがに40が近づいて気恥ずかしい、なにかかつての自分を見るようで情けなくさえ感じた。
 私は、90年代の半ばごろ、ホワイトスネイクが来日したときに新聞のライブ評で、「音の古さはいかんともしがたい」などと書かれたとき、ショックを受けたころのことをまざまざ思い出すのである。あのバンドはハードロック界ではむしろ最新の音を出すはずのバンドだった。
 演奏スタイルそのものが古い、というのである。つまり時代遅れというのだ。そして時代遅れのハードロック、などというものに積極的なアイデンティティなどあるのだろうか。後はノスタルジーしか残らないのである。それは人前でいばってひけらかすもんじゃなく、同好の人とこっそり聴くものである。
 ハードロックカフェ、なんて今はどうなってるんだろうか。
 そういえばまた、日本人が誘拐されたというし、イタリア人の人質は殺された、アメリカ人も殺された、という感じである。だが日本の景気は回復しているのだと言う。株式市場の取引高はバブル期を上回る活況だと言う(ただ今日の市場は利益確定売りに押されて大幅値下がっているみたいですが)。
 とりあえず、経済的には、つまり人々の生活的にはイラクなどどうでもいいことなのである。あくまでブッシュとかコイズミとかベルルスコーニとか、人気低落中の政治家たちの政治的問題なのであって、それでたくさんの人が死んでいるわけだ。
 アメリカ人の多くは、それでも正義の戦争と信じたいらしい。だが、たとえばこれだけ時間がたっても、日本人は腹のそこからアメリカに信服していないから、今でもわだかまりが噴き出す。原爆を落とした恨みは60年たっても消えていない。敗戦ただちにマッカーサー崇拝に転じた日本人にして、そうなのである。イラク人がこの先、アメリカありがとう、などと言うようになるとは到底思えない。善意の戦争、などと考えること自体が恐ろしい国民性である。

2004年4月14日(水)
いやもう、いかんなあ・・・。仕事の環境で、近頃は、ひどいときは朝の7時とか8時に眠るようになってしまった(!)。これはいかん。これで普通に朝、出社するような日もあるわけで、困ったもんだ。
 ところで例の人質問題は「水面下」で交渉中、とのことだが、まさかもともと左よりの人々であるから、すっかり向こう側に洗脳されているという可能性はありはすまいか。
 なんだかしらないが、ほかの国は割りと解放されているんだが、日本はこのざまである。
 なんだかしらないが、早く解決してくれんと、仕事柄、私は面倒くさい。大事件など面倒でならない。
 騒ぎがあればマスコミはうれしいだろうと思う人も居るだろうか。そんなわけがない、しょせんサラリーマンである。仕事など楽に越したことはない。

2004年4月13日(火)
また会社でぼわーと待機している。13版(千葉県や埼玉県などに配る新聞。次の14版になると都内版となる)校了後、しばらく間があるのである・・・。するとまたまた「英語でしゃべらナイト」をやっており、今夜はなぜかイアン・ギランが出ていた。がっかりである。ジミー・ペイジは出てくれたんだが。リッチーが出てくるとは、正直思わなかったけれど。カリフォルニア・ジャムかなにかでギターを壊しているリッチーの映像など流していたが、30年ほど前の絵である。でこのころのNHKだと、この手の映像は流せなかったかもしれないとも思うが。いまや古き良きロック・レジェンドなんだから感無量である。
 ともかくロック音楽などはもう80年代ぐらいまでで出つくしている、とここでも何度も書いているけれど、クラシック、つまり交響楽などのジャンルでは20世紀のはじめぐらいで完全に固まって、それ以後の「新曲」など無用、となってしまった。以後の音楽は蛇足、よって現代音楽などとジャンル名もある種、分け隔てしてしまったが、面白いことにいまやその現代音楽すら古典である。現代美術、現代文学、現代詩なんてジャンルもみんな、そういうことのように見える。
 「現代=モダン」が無効となって久しいわけだ。じゃあ今はなんなのか。ポストモダンだ、と説明したあのころからして、今は昔、もう20年前の話である。
 結局なんの説明もいらない、20世紀は戦争の世紀だった。そして21世紀も戦争の世紀だ。人類史などそれ以外に何もないのである。そしてそういう荒廃を止揚するように、芸術というのがあったわけですが、それが今や無効である、と。
 じゃあ21世紀以後の人類史は戦争しかないわけです。
 ところで、過激な意見の持ち主などは、「もし明治時代の人間なら、皇室と邦家にご迷惑をかけ申し訳なし。腹を切ってお詫びする、というところ。いささかふてぶてしいのではないか」と人質の3人とその家族に対して非難しているようである。
 私は国家主義者ではないのでそんなことは求めない、万が一の時には辱めを受けるぐらいなら自決する、という葉隠的、戦陣訓的メンタリティーがいいとも思わないが、しかし「国家レベルで迷惑をかけている」ということは自覚してもらわないと困る。
 また、死地に乗り込むなら自決の覚悟、腹切りの作法を覚えて乗り込むべきだとは、思う。今でも「非日常を求めて」イラクに入る若い日本人がいるという。そういうなんとなく観光気分の入国は日本人ばかりだという。
 そのぐらい今の日本の若者は人生に退屈しきっており弛緩しており、そして堕落しているわけなんだが、確かに連中には武士道を称揚しようという向きが出てくるのも当然な気がする。
 生涯、何事もなくとも戦時を意識して生きる、というのが武士道だった。だから戦国時代には武士道はなかった。
 要は腹切りの覚悟であるが、確かに学校で教えた方がいいかも知れない、他人に迷惑をかけずに見苦しくなく自決する作法をば。
 そのぐらいの極論を吐きたくもなる・・・欲求不満の群れがあふれている。
 こんなところに自分の子どもを付け加える気がどうしてもしないのである。

2004年4月12日(月)
ぬか喜びという言葉があります。どうなっているんでしょうか。人質はいまだ解放されません。あるいは、誘拐グループで意見が一致しないのかもしれません。
 日本のメディアには比較的親日的なイラク人の「町の人の声」がよく流れております。しかしあれがすべてとも思えず、実際には「日本人は今や敵だ」と公言する市民も多いのじゃないでしょうか。時期的に差しさわりがあるので、ひどいコメントが流れないだけなのじゃないかと思いますが。
 なんにしても今回はかなり土地の過激派グループという線が強いらしく、(ドレイミという部族の名も取りざたされておりますね)アル・カーイダなどの「本格的な」テロではないらしい。が、そうなるとかえって気になるのは、そういう本格的なテロの類はいまだ準備中であり、これからどこでやらかすか分からない、ということであります。今回のはあくまで偶発的というか、小手調べのレベルなのかもしれないわけで、まあなんだか知らないが、アメリカにあくまで恩義を売るのはけっこうだが、政権の屋台骨が揺らぐブッシュ政権と心中しなければならないいわれは、日本国民にはない、あるとしたらコイズミ以下今の政権の責任者であろうと思われますが。

2004年4月11日(日)
寝ている間に「人質解放」するかも、との報道があったらしい。
 まあなんでもいいが、「ボランティア」というのはなんなのか、ということも今回、疑問に思ったのは事実である。
 無償の行為、といいつつも、地道に詰まらない仕事を引き受ける人生が嫌で、一発あててやろうとのある種の功名心みたいなものが、動機の裏側にあるように思えてならない。そういう考え方は邪推に過ぎるかもしれぬが、しかし「普通の人生に飽きた」という人がのめりこむ要素があることは事実じゃないだろうか。
 私はあまりそういうのは好かない。
 どこのNGOにも参加せずあるいは個人NGOとして活動を続けている、という人がいるわけだが現地への旅費とか、活動資金、物資などはどうしているんだろうか? まさか親から出してもらっていると言うのじゃ・・・それでは道楽ではないだろうか、とも思う。私が親ならぶん殴る。他人の面倒を見る前に自分の人生をきちんと確保しろ、と言ってやりたい気がする。ことに17,8歳の人については、そう思わずにはいられない。
 ボランティアと言うのは、自分に余裕のある人がやるのでなければ社会は成り立たないようにも思う。みんながみんな、「つまらない日常」を放棄してボランティアにのめりこむような社会が成り立つか?
 それはさておき、国家レベルで迷惑をかけたのだから、それは深刻に受け止めてもらわないと困る。自由に、個人で、でなんでもできるというのはある種、思い上がりではないか・・・。
 にしても、解放は本当にあるのか。今この時点では分からないが。

2004年4月09日(金)
 ここで、そらみたことか、などと書きたくないが、そうしか言いようがない。場合によっては自民党政権もおしまいだろう。
 会社は大騒ぎになっている。昨夜の8時半ごろから、原稿がどばどば出てきた。
 邦人人質3人。テロに屈するな、か。かけ声はたくさんだ。小泉さんのお手並みを拝見するしかあるまい。なにもできまいが・・・。
福田官房長官が「自衛隊を出さなければテロは起きないのか」と威張っていたが、間違いなく今回のテロは自衛隊を出さなければ起きなかった。強がりも大概にして貰いたい。
 はじめから覚悟して派兵したのだろう? 腹をくくるべきだろう、政府は?

2004年4月08日(木)
 小泉さんの靖国参拝が違憲、という判決が出たと言う。私は左翼でも宗教がらみでもないので腹のそこからけしからん、とは実のところ思っていないが、今時、中国あたりと国境紛争・・・とまではいかないけれどトラブルのあるような時期に、わざわざあちらの有利になるようなことをする神経はどうかしていると思う。本人に強い思い入れがあると言うならそれもしかし致し方ない、だが本当のところ単に意地になっているだけだろう。
 イラクではいよいよベトナム化が進んでいるように見受ける。つまらんことをやっていないで、目の前のことをちゃんと処理するがいい。
 たとえば国会議員年金廃止なんてやっと言い出した。任期の終盤になるまで言えないところがさもしいが、せめてこのぐらいはちゃんとやってもらいたい。旧厚生官僚のいい加減な年金流用ももっともっともっとぶったたいてもらわないと困る。外務省もあれからどうなったんだ。郵政は公社となったにしろ、それだけのメリットはあるのかいまだ分からず。道路公団については名前を変えるのは分かったが、それだけのことか。三位一体改革は地方自治体をしぼってやろう、という意味ではある程度、効果があったかもしれないがあれで来年以後も続くもんだろうか。
 期待するといつも先送りとか、名前だけ変えて実態は変わらずとか、「コイズミ改革」にはそういうことが多いのであって、これもどうなるか分かったもんではない。

2004年4月07日(水)
なんだか知らないが、イラクではシーア派が大暴動を起こしているそうだ。これでイスラム革命なんてことになってイランの政権みたいな物ができてしまったら、・・・・ブッシュ大統領はおしまいだろう。よけいな戦争を起こしたことで敵を増やしてしまうことになる。パキスタンのムシャラフ政権なんて物もつぶれる寸前である。これもブッシュのせいである。
 小泉首相もさすがに心労で近頃へろへろである。倒れるのじゃないか、なんて記事も見受けるが実際に危ないかも知れない。明らかにやつれている。
 韓国は追加派兵を見送るようだが当たり前だ、政権が転覆寸前である、それどころではない。
 台湾もそうだが・・・結局アジアでは、民の選んだ大統領(台湾総統も国際的にはプレジデントである)を「偉い」とは思えないところがあるのじゃないか。民主的手続きを偉いと思えない。むしろ血筋、貴種、つまり王様じゃないと従わない。アジアでは立憲君主国か中国みたいな一党独裁国家じゃないともたないようである。
 そして中東地域では神権につらなる政権や王様、首長でないとダメなようである。
 アメリカ人は自分たちのシステムが世界史の先頭を走っており、いずれ全世界がアメリカになるものと信じているそうだが、(そしてすべてのハリウッド映画はそういう史観でできているが)これはかつての共産主義とどう違うのか。
 なんにせよアメリカ流民主主義など簡単に根付くものじゃない。現在の日本の政体も実態は天皇を元首格におく立憲君主国にほかならず、アメリカでなくてイギリスがモデルである。大統領選挙などやればどれほど馬鹿げたことになるか。きっとタレントみたいな者が選ばれて、フィリピンみたいにぐちゃぐちゃになるだろうと思われる。
 しょうがないじゃないか。例えば日本の学校で、生徒会長になるのはむしろ、おっちょこちょいの飛び上がりか、いやな仕事を押しつけられるかわいそうな存在、そうでなければ学校側が監理する推薦選挙で、大統領というより学校公認の「総督」もしくは「主席」である。私は中学で、後者のタイプの会長をやったことがある。教師から「立候補してくれ」と頼まれたんだからね、なにしろ・・・。
 自分で選んだ大統領を偉いとは思えない、むしろ嫉妬する。そういうことだと思う。
 そういうものをなんとかしろ、とアメリカ人などに言われてもどうにもなるもんじゃない。
 世界史の先頭はしかし、拡大を続けるEUのほうかもしれない、とも思う。未来の世界政府の母体はアメリカ連邦(合衆国というのは要するに連邦である)ではなく、EUかもしれないではないか。日本もEUに加盟してユーロを導入してはどうか? それはそれで面白いかも。
 まさかそんな、ということが起きるから歴史は面白いのである。

2004年4月06日(火)
なんとなく、「信長の野望」シリーズ最新作「天下創生」を買ってみた。もうPCでプレイしている人が多いのだろうが、面白いなあこれ。PS2版ではシナリオが追加されている。城が中世風の居館から、三層天守を持った平城に、やがて外郭を備え巨大な天守をそびえさす巨城に進化していく様は、一度こういうゲームがやってみたかった、という歴史ファン、城郭ファンをうならせるもの。そのへんのシステム的には、条件がそろうと街や城が発展していく「エイジ・オブ・エンパイア」などのシミュレーションゲームに似ている。要はそういう最新のゲーム感覚と「信長」本来の国盗りゲームをうまく組み合わせたところだろう。部下の身分が上がって組頭から侍大将、家老にと上がってくる制度も復活、これがまた軍事マニア的に楽しい(思いがけなく、能力は平凡で、あまり目をかけていなかった武将が出世が早かったりする。たまたま楽な戦で敵の大将を倒すとか、敵の城を攻略するとかしたヤツである。難しい戦に出た人は、高い能力でも苦労の割りに報われなかったりする。そこで、大名たるプレイヤーはいろいろ人事も苦心しないといけない。最強チームからわざと有能な部下を外して、二軍、三軍の指揮官にするとかね。世の中なるほど、こんなこともああるんだな、と思ってしまう)。
 このところこのシリーズでおなじみの武将作成もできる。つまり架空の人物を登場さセルモードだ。今回は100人もの架空人物を登録できるので、私は今、自分が作った「島津家の美人三姉妹と親戚一人、名前はエリス、マリア、エヴァ・・・」で、信仰も設定できるので皆「キリシタン」という人々が、天下とりゲームを爆走中である。大名である「辻元エリス」(!)は25歳にして関白に就任した!
 最近すっかり三国志ゲームばかりの感じがあった光栄のひさびさの快作。歴史ファンや軍事ファンは絶対に見逃さない方がいいです。

2004年4月05日(月)
 昨日、ほとんど10年ぶりにゴルフの射撃練習場、じゃない、打ちっ放しに行ってきた。もう完全に初心者に戻っている。前に飛ばない。空振りする。重症である。
 よく脇を締めろ、という。しかし、太ってしまったので脇や胸の贅肉が引っかかる。これが打撃のたびに非常に気になる。困ったもんだ。
 今、職場のテレビでNHK「英語でしゃべらナイト」をやっていた。キッスのジーン・シモンズとジミー・ペイジがなぜか出ていた。日本の三味線奏者がジミーに英語で、リフはどうやって生み出すのですか、と聞いていた。それはいろいろな音楽を聞くなかで自然に生まれるんだ、とか答えていたようだが、しかしギターのことリフについては、開放弦とかコード並びから自然に生まれる要素が大きいと思う・・・つまりギターという楽器の特質から生まれるもんだろうと思う。ピアニストが考えられるとは思えないし、弦が三本の三味線もちょっと、違うんじゃないかとも思うが参考になるんだろうか。
 週刊文春の記事でテロ対象は国会と首相官邸などとあった。それが本当ならやるがいい。日本の一般国民はさほどに怒りも困りもしないと思うよ、アル・カーイダ殿?

2004年4月03日(土)
本当にこの、コンピューターというやつはなんでこう・・・・・・・・・・・遅いんだ、アホ!!!!! まったくいらいらしてならない。先ほどメールのやり取りをしたが、この待ち時間が我慢できない。混んでいるんだろうが。なんとかならんのかあ!!!!
 私の会社のCPは液晶がべこべこである。腹が立つとぶったたくからである!
 しかし、このぐらいの、ほんの2,3分の待ち時間も我慢できない自分に驚きもする。これが郵便だったら3日や4日、平然と待てるわけだ。このこらえ性のなさは、近頃のケータイメール中毒の若い衆を笑えない。
 私がケータイメールに決して手を出さないのも、そのへんが理由である。恐らくどこの誰よりもせっかちに「返事はまだか」といらいらする。はてはすぐに電話かけるは、直接本人に会いにいくは、ぐらいしかねない。
 それにしても「メール」というのが電子メールの意味になってまだほんの4,5年ではないか。少なくとも97,98年ごろまでは決して一般的なものじゃなかったはず。私だって本当に使い始めたのは2000年ごろである。
 そんな者が今や個人サイトまで持っている、間もなく1年になるけれど。驚きである。
 が、まだまだ便利さというか快適さが足りない。うちなど光ファイバーを使っていてさえこれだけ遅い、遅いと怒鳴っている。そりゃサーバーが混んでいればこっちの個人の線がどんだけ高性能でもなんにもならない。
 ところで、ここだけの話だが、漫画少年誌の新人賞の選評に「最近の新人はみんな絵が下手で物語もつまらなくて話にならない」とあったそうだ、妻の話によると。小説だってこないだの芥川賞を見れば分かる、明らかに昔のほうがレベルが高かったのである。音楽も演奏や歌唱は今の人のほうがうまいが、曲とかアイデアでは劣化しているとしか思えない。ことに2000年代に入ってから「○○の亜流」という音が多すぎる。
 若いものの創造力が伸びていないのか。ある程度、それはあるかもしれぬ。しかしいろいろな能力をこのコンピューターと言う化け物が吸収してしまっていて、才能が出てこなくなっているのかもしれない、とも思う。みんなCPやケータイに精力を吸い取られているのではないかねえ。もちろん、CPのおかげで伸びている部分もあきらかにあるのは理解したうえでの極論なんだけど。
関係ないが、うちの新聞の記事に三浦しおんという若い作家が紹介されていた。私より10歳下である。前に週刊新潮に連載を持っていたが、それは奇をてらったあまりいい文章ではなかった。しかし写真を拝見して、こんな地味なお嬢さんなのか、と驚いた。非常にアバンギャルドなイメージだったもので。お父さんがまた有名な学者らしい。これは金原某などと同じパターンだ。これから作家や学者も二世が増えるのだろうな。嫌な時代だ。自分のようななにもない一匹狼にはしんどい時代である。

2004年4月01日(木)
うちの窓から見える桜もとうとう咲いた・・・。4月ですねえ。
 テコンドーの協会統一問題が解決せず、岡本選手が、資格を持っているのに五輪に出られない、と騒いでいる。これを書いている現在、JOCの結論は出ていないようだ。
 前のマラソンのときも思ったが、メダリストを擁するような競技、つまり世界でも一流の選手が実際に居るような競技であっても、その選手を出すとか出さないとか決めているのは訳の分からない人たちである。なんなのか、あの寄生虫どもは? モンゴル出身の某横綱が親方に対して「あんたは大関どまりだったはず」と威嚇するという話があるが、マラソンなら大横綱・Qちゃんの問題を元十両ぐらいの年寄りどもが論じているようなものであり、テコンドーにしても大関、関脇の問題を元幕下力士のちゃんこ料理屋の店主が議論しているようなもんであって、あの老害度は目に余る。
 高齢社会は恐ろしい。われわれぐらいの者も恐らく、より若い者をすでに抑圧しているのかもしれないが。
 が、別の説にいわく、である。急激に日本人の野菜摂取量が減っていて、ここ数年はアメリカ人より下だと言う。あのアメリカ人より、である。
 恐らく、日本人は近い将来、短命化するのじゃないか、とその研究者は言うのである、が、現状を見るにそれはいいことなんじゃないのか。
 ぺらぺらの教科書で習って、楽したい、身勝手に生きたい、が口癖のくせにケータイ仲間の反応ばかりうかがっている特に駄目な若い衆が大量産中なんである。将来はきっとぷー太郎になるような世代が、80,90まで長生きした日には日本の悲劇である。

2004年3月31日(水)
明日から新年度、ということですが今日は天気がいいので、新しいネクタイなど締めてみた。柄は年甲斐もなく「くまのプー」である。といってもワインレッドの地に細かくプーがちりばめられているのであって、そう妙なものでもない。
 なんでも米ディズニーの訴訟で原作者の著作権継承者が敗訴したらしい。ひそかに、くまプーが最悪の場合、ディズニーキャラから外れることもあり得るのか、と思っていたが、結局、継承者が産業スパイまがいの違法行為をやったおかげで、門前払いとなってしまったらしい。
 原作のミルンその人なりその遺族なりなら知らず、継承者というのもいかがわしいらしいし、まあ今プーが有名なのはディズニーのおかげだし、一応、妥当な話だろう。
 なんでもミルンという人物は本当は全然、子どもなんか相手にしない気むずかしい人物で、本物のクリストファー・ロビンからすると「イヤな親父だった」とのことである。あの童話もかえって実生活とかけ離れたところで出来てきたものらしい。
 まあえてして、文学作品などそんなものである。
 日本の小学生はやっと台形の面積の求積計算など習えるらしい。しかしこの空白の4年間に習ってしまった子どもは救済されない。
 別の調査では日本の高校生は世界一、身勝手で無責任、なんでもかんでも「自分の勝手でしょ」が口癖のくせに「えらくなって責任を取るのはイヤだ」「楽していきたい」と言うぐうたら揃い、という結果が出たとか。おまけにケータイメール中毒で、甘えんぼで、身勝手で・・・。
 こんな連中を揃えてどうしたらいいのかねえ、我が国は?
 明日から新入社員が入ってくるんだろう。しっかりやってもらいたいもんだ、と言うようになった自分ももうおっさんであるなあ。

2004年3月30日(火)
ワームネットスカイとかいうウイルスが蔓延している、と社内で通達があった・・・その直後に家から電話があって、妻が「感染メールを開けてしまった」などと報告してくる。いや、ちゃんとウイルスバスターかなにかがちゃんと防いだようではある。
 にしても、このウイルスというのを作るのはなんなのだろうか。どういう人なんだろうか、とは思う。自然界のウイルスは、鴨が渡ってきて、豚に感染して、などとやっているうちに強力なものに変異していくわけだが、わざわざ知恵を絞ってウイルスを創造している人間というのは、かなり異質なわけである。
 要するに高い技術を持っているのだけど、なんに使っていいかわからず、ウイルスなど生産しているのだろう、と一応は理解する。しかしなんだか詰まらない話だとも思う。
 そういえばである。なんということもないけど、今年の10月16日(土)にまた詩の朗読ライブをやるが、これは「ラスト・ライヴ04!」という題名になった。
 そう、今回でもって、最後となるのである。
 詩の朗読というのが、結局、たいしたムーヴメントにはならなかったな、というのが率直な感想である・・・。詩という文学も、やはりこのへんなのだろう、というか、このぐらいのことしかできない、というのも見えてきたかもしれない。
 飽きた、といえばはっきり言って飽きた。だが、こう突き放してみると実に気分が楽である。
 すると、案外に心の中で占めている割合は、自分が思っているより大きかったか。
 なんにせよ、一区切りである。

2004年3月29日(月)
なんですかね、六本木ヒルズの回転ドアの話と言うのは。事故がおきてしまった問題もさることながら、今までに類似の事件が33件もあった、というのが解せない。救急車騒ぎになっただけでも12件だか、あるという。
 結局、東京の新名所だのと持ち上げられていい気になっていた、ということか。いつかはおきる事故だった、ということになるんじゃないか。
 突然、突っ込んでいった子供も怖いですが、それが子供と言うモンでしょう。予測不能なことをするのが子供。だから私は苦手ですがね。
 はじめからうさんくさい「名所」と思っていたが、(なんか開業前のドキュメントをテレビで見たけど、すごくいい加減な人が作った店がさも名店のように扱われているのが、馬鹿げていると思ったもんだ)やっぱり行かないな、あんなところ(実は行ったことなし)。
 妻の話じゃ、ドイツなんかだとエレベーターやエスカレーターにはやたらと「自己の責任で」と貼ってあるそうだ。つまりあっちじゃなんでも「自己の責任」。アメリカなんかだと逆になんでも「メーカーの責任なので訴訟」となる。
 どこの責任だかよく分からなくなって、すぐにうやむやになるのが日本。
 どうなりますかね、なんにしても私は六本木ヒルズは行かないわ。

2004年3月28日(日)
 上野公園で桜が満開、などという報道を受けて浦安市内の桜の木を見て回ったが、なんのことか、ほとんど咲いていない。気の早い木が何本か、花をつけているだけ。おや? 浦安と言うのは温暖な地ではなかったか。都内の方が先に満開と言うのは・・・・思うにこの海風である。これが花を萎らせるのか。
 近頃、うちの近所の猫がさかりがついて、縄張りを主張してうるさい。野良どもはどうしたモンか、車のボンネットに上って、縄張りとするらしい、このへんでは。うちの緑のランサーは毎日猫の毛と、汚い足跡だらけである。猫よけに棘の生えたシートを買ってみた。これでボンネットを覆えば、と思うのだが、なかなか車全体を覆うには値段が張る。どうしたもんか。
 それで思い出す。尖閣諸島の魚釣島に上陸して「中国領土」と落書きしたという連中。まるで縄張り争いの野良猫である。
 小泉氏が「なんで靖国参拝を外国にとやかく言われなければならないのか」などと言ったというが、気にしているから変な時期に参拝してるんだろうアンタ? 断固として、毅然として、と言葉ばかり並べられても意味がない。
 どうせ中国なんてものは、今後ますます日本を悪者にして国内の貧富の差のはけ口を日本に転嫁するに決まっている。いくら謝罪したところで決して、許すことなどない。それは国策としてありえない。だったら徹底的に嫌われてしまえばいいではないか。それでもなんでも、金になることなら、どちらの資本もちゃんと動くだろう、そういう時代だ。
 要は国家などたちの悪い野良猫の縄張り争いしかできない時代である。だが、この馬鹿猫、たちの悪いついでにつまらない週刊誌の記事など取り上げて発禁などしてみせる。油断ならないのはこういうことである。


2004年3月25日(木)
今頃になって「登記簿謄本をください」などと○央○井信託銀行が言ってきやがった。財形の話である。なんで最初から言わないのか、初めからわかっていれば二重手間にならないですんだのに・・・。それで昨日は市川大野まで(これ、浦安から西船橋で乗り換えて小一時間かかる)出向いた。なんでまたこの法務局というのは辺鄙なところにあるのか。市川大野駅からさらにタクシーで10分ではきかない、相当に遠いところにある。しかも車がすれ違えないほど細い道。いい加減にして欲しい。しのつく雨の中、実に面倒なことになった。
 で、謄本を取ってから、このまま帰るのもなんだか馬鹿馬鹿しく、今まで言ったことのない近所の名所に寄っていこう、とにわかに決まって、思いついたのがニッケ・コルトンプラザ(!)。なにを今更、もうできて10年はたつんじゃないかと思うが、なにしろこちらは行った事がないので、西船橋に戻って、総武線で下総中山へ。この駅からプラザまで歩いて20分はかかる。しかもまた細い道だこと。市川市の道路はめちゃくちゃである。近代的な市街地としての要件を備えていない。江戸時代の街道のままみたいな道ばかりだ。
 で、肝心のコルトンプラザだけど、まあまあ楽しめたけど。まあ、普通のショッピングセンターだわな。ちょっと安いイクスピアリというか。妻がトイザラスででかいパンダのぬいぐるみなど買ってご満悦だった。ああいうものがいくつになっても好きらしい。丸々してて「あなたに似ている」のだと。そのパンダが。要するにデブだといいたいのだろう。
 中国の「右翼」がなんだか騒いでいる。まあ、右翼なんだろうな、つまり。どこの国にも右翼はいる。日本の右翼の人々をもって平均的日本人とは誰も思わないだろう。あっちの国についてもそうだろう。
 パンダのぬいぐるみは当然ながら中国製である。昔風の領土がどうのこの、という話はどうにもぴんとこないのだが、どこかの首相も神社参りのような形式的なことじゃなく、このへんの問題をちゃんと解決してみるがいい。

2004年3月23日(火)
今朝、出社したら部長にぽん、と肩をたたかれて「よ、浦安はすごいなあ。南青山並み? 君も土地長者だねえ」などとからかわれた。地価公示のことを言っているのだな。
 報道に寄れば、私の住んでいる浦安市は、JR舞浜・新浦安駅周辺の地価は全国でも有数の上昇、市域全体でも完全に下げ止まりで首都圏でも指折りの優良地域・・・なんてことで、これはひとえにディズニー効果+2年ほど前に誘致したヨーカドー効果であるらしい。
 しかしその新浦安周辺というのは、私の妻の実家がある町内など確かに都心並みに上がっているのだけど、実際に住んでみると駅は見えているのに結構遠い(電車に乗るまでに15分はかかる、つまり駅がでかすぎるのだ)し、意外に商店は少ないし、あっても高いし、おまけに治安もあまり良くない(これは本当。空き巣やひったくりが横行していて義母も被害に遭っている。空き巣に2度も入られたお宅もあるとか)。土地は高くとも、街灯が少なくて夜は暗い、物価も高い。要するにイメージ先行で実際に住むとそんなにいいところではない。人口が急増したおかげで学校は足りない、バスは混む、タクシーはつかまらない・・・。今、どんどんマンションが建っている地域は駅まで歩くと30分かかる。ちょっと残業などしたり、酒呑んで帰ると、とても帰れるものじゃない。
もっといけないのが海風だ。はっきり言って年中、暴風地帯である。海に近い=素敵な生活と思いがちなあなた、危険である。年中、台風並みの風である、窓も開けられない。窓のサッシなど掃除のしようもないぐらい泥まみれ、家も車もたちまち腐食する。はっきり言って大島とか三宅島に住んでいるも同然である。
 ついでにいえば、その新市街の辺りはローンを抱えた新住民の人が多い。だから見栄っ張りな割に、実際の生活は貧乏くさい。旧市街の生まれつき土地持ちの連中の方が優雅だ。これは商店などでの買いっぷりからそう思うのだ(にもかかわらず、新市街の方がなんでも高いので、うちなど旧市街に移ってきてから月間の食費が2万円近く下がった)。おまけに市会議員はみんな旧市街の地主の子弟である。新市街に今後も警察やその他の市の施策が振り向けられる割合は、人口比のわりにちいさいことになるだろう(東京通いの新住民は立候補もしないし、選挙にも来ない。そんな票にならないものに力を入れる政治家はいない)。うちらのいる旧市街など、悪質ないたずら電話がかかってきた、と警察に通補しただけですぐに巡回の警官が飛んできた。新浦安の新市街には交番が駅前にひとつあるだけだ(しかもほとんど不在である)。
 などと実態を知っている人はみな、知っているのだが、イメージでどんどん流入する人はどうにもならないわけだねえ。まあ、来てからがっかりしても知らないよ。と、市民としては思う。
ふとテレビを見たら高校選抜野球などやっている・・・。そうか、学校は春休みなのか。
 ヤシン師暗殺について、さすがにアメリカも「困惑している」とコメント。世界をパレスチナ化してしまい、一貫してイスラエルを応援してきたブッシュ政権も、ついていけなくなってきたか。だが、シャロンを増長させてきたのは紛れもなくブッシュである。

2004年3月22日(月)
なんですってか、今度は豚コレラですって? これはもう人間、何も食わないで死になさいということですかね。
 イラク開戦から一周年、いろいろな国で意思表示した人がおりましたが、日本はなにかあったのかいな。反戦をあのとき言った人は、今、黙っていてはいけないよ、本気であるならねえ。
 サダム・フセインを討つに当たって、なにかとアドルフ・ヒトラーが引き合いに出された。つまりヒトラーを小さな芽のうちに摘んでおけば、あとの戦争などなかったはずだ。だから少しでも危険なヤツはつぶしてしまえ、それが先制攻撃論でありブッシュ・ドクトリンの基本でもある。しかし、ヒトラーの感覚を見てみると、もう一つ気付くことがあるんだな。それは英仏を取り込むに当たって「反共」つまりソ連を押さえよう、危険な共産主義者を抑えよう、という発想、これにけっこう当時の米英仏がのったから、ヒトラーはポーランドに手を出すまで自由にふるまえたわけだ。反共十字軍というのがヒトラーの構想だったから、イギリスと開戦になったことは不本意だった、副総統のヘスがイギリスとの単独和平を画策したなんてのも、そのへんに根があるんでしょう。
 ところでこのヒトラーの路線に似ているのは、今や誰でもないブッシュその人ですけどねえ。「テロリストとの戦いには中立はない、敵か味方かだ。世界中の国はどっちにつくか態度を決めろ」なんて脅迫する図は、明らかにヒトラーその人に似ている。
 ブッシュのアメリカが第三帝国をなんとなく思いださせるという気がするのは、私だけなんだろうか。

2004年3月21日(日)
 いかりや長さんが亡くなったそうだ。私は子供のころ、ドリフの「全員集合」が大好きだったのだが転勤族の悲しさ、あれは・・・北陸地方に居たころだろうか。TBS系の番組を見ることが出来なかった覚えがある。今ならどこの地方に行っても、キー局の番組を大体は押さえていることと思うけれど、20年、30年まえのことである、あれだけの有名番組を視聴できない、ということがあったようである。そんなわけで何年も空白があって、関東に移ってきてから久しぶりに、もう五、六年ぶりに8時だよ!に再会したときには、荒井忠が抜けて、人気の中心が加藤から志村に移った後だった。
 その後、西遊記の人形劇みたいなものをやっていたが、あれも結構、好きだった。「ガンダーラ」で有名な夏目雅子、境正章の実写ものより、あっちのふざけた人形劇の方が印象が強かったりする。
 世代によって受け止め方が違うだろうが、我々などはなにしろ全盛期のドリフに熱狂したわけである。「爆笑問題」など、明らかにドリフのフォロワーから出発しているのも同世代同年代のノリと思われる。
 それにしても視聴率が50パーセントもあったとは。毎週レギュラーの番組で紅白歌合戦並みの人気である。どれだけアホなコントにつき合わされても、若い歌手連中が出たがったわけである。世界のミフネまで「少年少女合唱団」で白いガウン着て歌っていた記憶があるが、なにより宣伝になったわけだ。また、キャンディーズやピンク・レディーもあの番組で人気を不動にしたのではなかったか。私はペッパー警部でデビュー直後のピンク・レディーをあの番組で知った。「なんで、今日のキャンディーズは一人足りないのか、踊りもいつもよりちょっと上品じゃないし」などと思ったことを思い出す。そういえば浅野裕子がデビュー直後の十代のころ、歌っていたのも印象に残っている、妙に脚の長い子だな、と親が言っていたように思う。
 あのころのアイドル歌手が全国民的に人気があり、今時のヒットチャートのどんな連中もお呼びが付かない存在感を誇っていたのも、実はこういう紅白歌合戦レベルの番組が毎週、あったことと無関係じゃない、と思い至るのである。あのころはヒット曲といえば、本当に誰もが知っていた。今や、特定のファンが多いか少ないかがCDの売り上げの多寡に表れているに過ぎない。その特定のファン以外、そんな歌手なりバンドなりが存在することすら知らない。
 音楽産業が衰退していくのは当然と言えば当然か。おまけに少子高齢化である。私自身、今や「新しい音楽」など一切聴かない(そもそも新しい音楽など、もはやあるまい)。今、室内に流れているのはボニー・タイラーである。
 などと、長さんの死からちょっと考えたものだ。

2004年3月19日(金)
桜がもう開花したそうで、と思えば冷たい雨で。世の中もいろいろあり、私もいろいろあり、そしてお天気もいろいろありますですねえ。サッカーは五輪に出場決定。まあそれはそれで結構なこと。
 ウチの安物の家庭用プリンターで「変態小説」240枚を打ち出して時間がかかったことかかったこと。しかも途中で順序がばらばらになって大騒ぎに。これ、某社の新人賞の事務局に送って見るつもり。
 ところで、明日の20日は福井日銀総裁の就任一周年・・・は事実ですがまあ、一般人にはあまり知られていないこと。明日はイラク開戦一周年、ですね。まだ1年か、という気もするのですが、案外。この間に戦死したアメリカ兵は600人近く、イラク民間人の死者は1万人前後とか。これからどうなってまいりますか。
 とにかく恐ろしいのはテロです。脅しに屈してはいけない、と馬○の一つ覚えのように言っている某首相、そんな念仏の空元気は誰でもいえます。対処すると言うならちゃんとやってみなさい。
 日本でテロをやるとしたらどこなんでしょうか。お国柄から言って、どんなにちょっとした未遂でも大騒ぎになります。いつもは冷静と言うよりなんにでも無関心な国民が、急にヒステリーになるかもしれない。そうなれば自民党政府はおしまいでしょうな。だからテロリストとしてはこんなに扱いやすい国もないだろう。
 テロとの戦いなどと言うが、かつてライス米補佐官が「テロとの戦いはかつての共産主義やナチズムとの戦いと同じ」などと言った、しかしヒトラーを倒すことは出来ても「テロを倒す」ことなど絶対に出来はしない。アメリカなど、内部にも敵はいるはず。失業者が増え貧富の差はますます開く。テロの場合、いつも仕掛けた側が勝利するのです、一方的に。反撃は実際にはできない。ブッシュにはそのへんが分からない。しょせん坊ちゃんです。
 関係ないが近頃、室内のBGMが「宇宙のファンタジー」だったりする。昔のディスコを思い出します・・・。

2004年3月18日(木)
週刊文春を売っている店なんてざらにある。うちの会社の社内にある某書店もそう。裁判所の命令ぐらいで流通を止められるもんでもない。するとすぐに、社内にコピーが出回る。前に酒鬼薔薇少年の顔写真を載せた雑誌のコピーもアットいう間に出回りましたが、今回もそんな感じ。
 しかしどうってことない内容なので肩透かし。田中家としてはどうなのか、かえって騒ぎになったおかげで話が有名になってしまった。この程度の記事、ほっとけば、そんなに誰も何も言わなかったと思うのだが・・・。
 文春さんとしては大宣伝してもらえて大喜びじゃないのだろうか。よく新潮さんも某団体にあれこれ攻撃されているけれど、あれも宣伝効果としてはかえってうれしいようなもの。毎度、中吊り広告で悪口を書かれれば、自社で中吊り出しているも同然である。一日何億円もかかる広告費を助けて貰っているようなものである。
 新聞社に在籍しているから思うが、あくまで新聞というメディアは確定的なことを書くもの。うちの社ではかつて、某経済部長が「おい、この話は大蔵省に裏を取れ」と指示して特ダネをダメにした、という噂がありますが(官にお伺いを立てるということは、公の発表になるということですわね)、つまりそんなもの。臆病と言ったらめちゃくちゃ臆病であります。校了寸前に記事差し替えなんて、しょっちゅうやっている。「自信がないので止めて」なんてね。
 雑誌は、確かに雑誌じゃなければできないことがある。問題もあるだろうけれど、私は正直、読んでいて週刊誌の方が面白い。騒ぎになってなんぼ、大いに結構、というノリが好きである。
 もっとも自分が有名人になってあれこれ書かれれば、話は変わってくるでしょうが。
 そういえば朝日新聞の連載小説が未完で打ちきりになったとか。書いていた作家は私が心底嫌いなヤツなのでいい気味であるけれど、これも話題になったのは確か。というかこの女、話題性ばかりである、いつも。以前、酒鬼薔薇少年の文章に感動していたバカ作家というのはこいつである。
 消えてほしいです、はっきり言って。ああ、個人サイトは無責任でいいな。週刊誌でもここまでは書かない。

2004年3月17日(水)
もう最近は、日付変更線を挟んで仕事しておりますので(なんていうとハワイ方面にでもいるのかしら、であります)、二日分を書き込んでしまう、なんてこともあるわけです。つまりほんの1時間前に16日付を書き、それから12時を過ぎてすぐに17日付を書き、なんてこと。
 三菱自動車の不祥事がどんどん出て参りますが、残念です。例の大型車のタイヤのハブの欠陥問題も、ずっと前から社内会議で問題になっていたという証拠が出てきて、要するにあの会社のきわめて日本的な隠蔽体質がまたまた露呈してしまった(前のリコール騒動もそうでしたね)。
 うちは三菱車をずっと愛用しておりまして、初めて免許を取ったとき、18歳の夏に最初に乗ったのが中古の三菱ミラージュでした。その後も三菱のランサーを乗り継いでおります。どうも三菱と聞くと血が騒ぐ。零戦のメーカーという気がしてしまうのです(軍事評論家のあの方もそんなことをおっしゃっていたような)。エンジン音が零戦の末裔のような気がしてしまう。もっとも零戦は実際の所、発動機は中島製の栄発動機かなにかでしたっけ?
 しかし、次に買い替えるときは、三菱を買うことはないように思います、こうなると。本当に三菱の方には悪いのですけど(今のランサーを売ってくれた三菱の営業の方は非常にいい方なんで、いささか残念なのです)。雪印にしても、雪印の社員の方には申し訳ないけれど、ああいうことになるとやはり、わざわざ買う気はしなくなる。
 他人事じゃありません。なんでも信用を失うと、回復は難しいですね。企業のブランドイメージばかりじゃない、個人でもそうですね。
 全く関係ないですが、最近、テレビの深夜放送の通販番組で、80年代のヒット曲を中心にしたコンピレーションアルバムを衝動買いしてしまいました。妻とその番組を見ていて、「あ、この曲知ってる」「あ、この曲も」「懐かしいねえ」と盛り上がったあげく、じゃあ電話しちゃえ、ということに。マドンナのラ・イスラ・ボニータだの、エルヴィス・コステロ、メン・アット・ワークだの、フォリナーだの、ボストンだの、アース・ウインド・アンド・ファイアーだの・・・。でも今、そのへんでかかっているCMソングなんてみんなこのへんのですね。
 とにかく覚えやすくていい曲が多いのは間違いなく、最近のとは違う・・・最近のバンドでまあまあいいと思うのはエヴァネッセンスぐらいですかね、私の個人的趣味では。あれは古風ですね、意外に。
 どうして90年代以後は音楽が地味になってしまうのか。それはアイデアが出尽くしてしまったことと、テクノロジーがだいたい、そのへんまでで出そろって、新技術による新奏法とか新録音技術とかが出てこなくなったからだろうと思います。
 さらに言えば、コンピューターの発達は音楽の偽造を容易にした。それだけじゃない、音楽を受け身に聴くだけが趣味の若者を減らした、とも思うのです。相対的に見て、音楽のソフトは割高に感じられるし(ゲーム用のCD−Rなど、音楽CDの3、4倍ほどの価格で何週間も楽しめて、音楽も映像も声もドラマも入っている。それは差がつくでしょう)。
 全世界的に音楽が売れない時代になっているそうです。好況なはずのアメリカでもそう。
 ちなみにアメリカの失業率が減らないのは、アメリカが仕掛けたグローバリズム戦略に自らがはまってしまって、アメリカ人自身も有能なエリート以外は要らなくなっているから、とか。単純労働は中国に、英語を使う業務、総務、顧客対応などはインドに、さらにコンピューターの技術開発もインドに外注、というのがどんどん普通になっているのですが、ほんの数年前、9/11テロで冷や水をぶっかけられる前、世界で一人勝ちと誇っていたアメリカ人はそんなことを想像していたでしょうか。
 スペインはやっぱりイラクから撤兵するそうであります。かくて世界情勢はどんどん変わって参ります。
 90年代ぐらいまでの音楽がなにか落ち着きを持っているのは、ぎすぎすした感じがしない、それらの音楽を生んだ当時の世界観が根底にあるから、だとも思うのであります。

2004年3月16日(火)
 サッカーをやっておりましたね・・・。いやあ、全然興味はないのですけど、うちの会社ではテレビ付けっぱなしなので(別に遊んでいるのじゃありません。結局、新聞社だってスポーツの第一報はテレビ中継で知ることが多いわけです)。レバノン相手にかなり苦労していたようですけど、大丈夫だろうか? 聞くところでは、ちょっと黄色信号から赤点灯に近いんでしょう、今度の日本チームは。
 しかし思い出せば、日本でW杯をやっているときは私も結構、見たものです。サッカーの試合。でもあれはあくまで地元でいい時間にやってくれてたからですなあ。地球の裏側で深夜にやられても、全然、見ないかも・・・ああ違うわ。近頃はなにしろ夜勤続きなので、深夜放送の方が見られるんですわ。午前2時、3時なんて一番目が冴えている時間帯ですからね・・・(駄目な生活)。
 春めいて参りまして、私の部屋の室温はふと見たら25度! 温室です。眠いです。
 日当たり良好なのはいいことですが、真夏は大丈夫なんだろうか。
 などと珍しく長閑なことを書いております。

2004年3月15日(月)
 高橋尚子落選で大騒ぎ、である。とにかくなんでもいいけど、毎回、大騒ぎなのはなんなのかねえ、マラソンというのは。必ず悶着がある。ふしぎな事に、選考レースでふるわず、過去の実績で五輪に連続出場でき、結果としてメダルを手にした某選手が、仲が悪いのだろうけれど高橋批判をしていたのが、けったいだった。
 気がついたらスペインの政権が選挙で負けて政権交代だそうだ。なるほど、テロリストがバスクなのかアラブなのか知らないが、ちゃんと効果的な頃合いというのがあるのである。
 じゃあ日本で近い選挙と言ったら参院選挙が今年、あるじゃないか。
 もちろん五輪も危ない。
 能天気に「自衛隊ぐらい出しても大丈夫ジャン」などと言っている日本人はとにかく、情報の垂れ流しに呑まれすぎていると思う。
 とにかく、半年、一年、あるいは忘れた頃、復讐されるかもしれないという可能性はあるのである。自衛隊にしてもようやく着いたばかりではないか。
 これからが大変なのだ、と思うのだけど・・・。
 そうそう、某経済誌がケリー政権誕生の場合は暴落の可能性、などと書いていた。まことにそれこそ昔の左翼風に言えば反動的な言い方だ。そんなこと言ってたら永遠に政権交代などできない。それに今やグローバル化した世界経済で一国の政権交代など、それほど株価に直結しない傾向は明らかである。アメリカ大統領にしてすら、そうなのである。
 

2004年3月12日(金)
 スペインのテロが起きたとき、スペイン政府も報道も「あれはバスク人の犯行だ」と言い募ったわけですが、当のバスク解放同盟は「あれは我々の犯行じゃない」と主張した。そもそもバスク系の組織の場合、犯行予告をするのが通例らしい。普通あれだけのことやったら、どこがどういう理由でやったのか、声明を出さないと意味がないので、私はおかしいなあ、と周囲の人と話しておりました。「あれはやっぱりアル・カーイダじゃないのか」と。
 すると今日になって、あれはやはりアル・カーイダ系の組織の犯行という話が急浮上しております。そう考える方が自然でありましょう。
 こうなってみると、日本もいつか順番が回ってくるかもしれませんぜ。スペインについては、イラク開戦から1年もたって本国がやられた。このぐらい準備にはかかるんですな。
 熱しやすく冷めやすく、どんどん忘れてしまう日本の国民性は世界的には異常であって、一度恨みに思ったら必ず何年かかっても仕返しする。それが普通の流儀であるならば、はっきり言って日本も2年、5年、10年たっても仕返しされるかもしれない。
「脅しに屈してはいけない」などとマッチョなセリフを、軍事国家の独裁者ブッシュの猿真似のように繰り返すどこかの国の首脳がたがいますが、そういうことを言って様になる国と悪い冗談になる国がある。
 ブッシュ政権が結局、退陣した場合に、これについていった人たちはどうなるのかね。一緒に退陣してくれるかね。
 うちらの首相は本当のところ、沈む泥舟に飛び乗ったのじゃないのかね。もしそんなことになったら、あいつは戦後最悪の馬鹿首相ということになる。
 私は何度も言ってきたが、ブッシュ=アメリカなどではない。当たり前だ、一大統領に過ぎぬし、一政権に過ぎぬ。自民党=日本でないのと同様である。

2004年3月11日(木)
長嶋さんの後遺症はかなり重いようでありますね。なにかスーパーマンのようなイメージがあるだけに、みんな命に別状なければすぐに回復するだろう、ぐらいに思っているのかもしれないけれど、そう簡単じゃないと思います。うちの母親はクモ膜下出血で死線をさまよったことがありますが、その後、奇跡的に回復しました。今はちょっと見、そんな大病をやったようには見えません。が、微妙に呂律がまわらないときがあったりします。ただ、にんげんの脳というのはすごいもので、少しずつ能力を修復していくようでもあります。目も最初はほとんど失明しましたが、今は新聞も読めます。
 しかしそういう変化は10年、20年かかってのこと。半年や一年でめざましく、とはいかに近頃の医療が進んでいても難しいのではないか。
 にしても、太陽みたいな長嶋さん・・・アンチ巨人軍の人でもあの人は別格、という人は多いでしょう。
 頑張れ長嶋本みたいのがいずれ出るかもしれませんが、いや本当に頑張って欲しいです。
 本で思い出しましたが、酒鬼薔薇元少年に接近する出版社はどこでしょうかね。予測できますが、彼が小説なり回顧録なり書いたら、まず話題になるでしょう。しかし遺族としては自分の子供を殺すことで有名になり、自分の子供を殺したことで成功してしまうような展開を容認できるだろうか。また変な作家なんかが彼を持ち上げたりしてね。永山事件なんかそうだったわけでしょう? 私が文学至上主義者みたいなものが嫌いなのはそういうことなんです。素晴らしい作品を書くから許してあげよう、なんて話は論外でありましょう。だったら芸術家は作品さえ残せばなにをしても許されることになる。
 くだらない、芸術だの文学だの、そんなに重要なものなのか。夏炉冬扇だと分かっているけどやめられない、というものじゃないのか。などと思います。
 

2004年3月10日(水)
 鳴り物入りの応援はやめたらどうか、とプロ野球の根来コミッショナーが提言したそうだ・・・が、思い出してみると、私が小学校の低学年で長嶋、王が現役時代の最後のころだった30年ほど前、プロ野球の応援に鳴り物はなかったように思う。はっきりはしないが、その後、高校野球で池田、PL時代が訪れて、高校野球の派手なブラスバンドを使った応援が、逆に大人の野球に移植されたのではないか、と思っている。
 なんてことを思い出せるのは、自分も相応に年を取ったのだ、ということだと実感する。今の20代の人は鳴り物のないプロ野球を知るまいし、長嶋監督が現役の時代も知るまい。私らは長嶋の現役引退試合をリアルタイムで見て記憶している最若年世代だと思うのである。
 そういえば、酒鬼薔薇元少年が退院したという。元少年も21歳である。それで思う、そういえば最近活躍めざましい文学界や音楽界の若い才能も皆、このぐらいの世代である。
 なんでも世代論にしてもいけないと思いつつ、そういうくくりで見ると面白いことがあるからやめられない。
 おそらく、80年代半ばに生を受け、混乱の90年代に成長した彼ら彼女らは、メッセージが多いのだろうと思う。
 70年ごろに生まれて今、30代の者は、特に30後半の人なら、社会に出た頃にはまだソ連もあれば東ドイツもあり、都市銀行は絶対につぶれないものと思っていた。古き良き安定した社会がまだあった、というか最後の姿を見せていたのである。バブルを」経験して、安楽な青春を送ったのだった。90年代に意識調査などすると、必ず若い者ほど、つまり当時の若い者というのは我々だ、これが「現在の日本社会に満足している」と応えていたものだった。今ではそうではない。若い者の憤まんが渦巻いている。
 その差はあると思う。私たちは20歳ごろに、特に社会になにかを言い立てる必要もなく、レールに乗って安泰に生きて行ければいい、と思っていたように思う。
 あるいは、我々ぐらいの者は、より若い世代に触発されて、もっと行動するべき時が近づいているのじゃないか、と思うものでもある。

2004年3月09日(火)
 ブッシュのテレビCMを唐突に流し始めたのだが、その内容が9/11の消防士などの姿を使っていたため(しかもそれは俳優によるイメージ映像だとか)遺族や消防士協会が反発、事件の政治利用に一般国民も拒否反応を示し、ブッシュの支持率がかえって低下したとのことであります。
 コメントを求められた大統領は、「とにかくテロとの戦いを指導するにはケリーと私のどちらがふさわしいか、国民に考えて貰いたい」などと述べたそうである。
 この人、やっぱりアホである。テロを受けたこと、戦争になったことが自分の「手柄」だと思っているようである。実際、あのテロがなければとっくにブッシュの人気などなくなっていたに違いないのであり、戦争が好きなのは当然。父ブッシュが政権を失ったのは湾岸戦争を早く終わらせすぎたから、という観測もあったわけでありましょう。ふりかえれば、対独戦が終わったとたんに英国の首相チャーチルは、総選挙でまさかの大敗で首になっております。普通なら救国の英雄として圧勝しそうなところを、あくまで戦時宰相、役目が終わればさっさと首になる、さすが英国民は覚めています。
 イラク戦争が何よりもブッシュ政権維持のために必要な戦争だったことは、今の事態を見ていてもわかりますな。戦争だ、というだけで現職大統領の支持率が2,30%あがるのがあそこの国柄であります。今のブッシュの支持率は40パーセント台。じゃあ、もし戦争していなかったら? ほとんどないに等しいじゃありませんか。
 あとはラルフ・ネーダーが目障り、ブッシュに金でも貰ったんじゃないかあいつは。

2004年3月08日(月)
朝のワイドショー番組を見ていたら、キャスターに横から原稿が手渡された。「おっと・・・これは・・・」とつぶやいて絶句した後、「これ、読んでいいんですよね?」とディレクターに確認して、京都の鳥インフルエンザ被害拡散の大元になった養鶏業者の会長夫婦の自殺が伝えられた。哀れなことは確かだが・・・。
 この会長は親から養鶏業を引き継ぎ、自分の代で大きくして、養鶏業界の団体の副会長にまでなった。そして後継者も育ち、息子が社長となって安泰人生・・・のはずだった。
 いや全く、もちろんいろいろそれなりにあるとは思うが、古くさい言い方で言えば無産階級のサラリーマンのせがれのサラリーマンである自分などから見ると、うらやましくてたまらない人生である。世襲財産の引き渡し、それも単に土地や家屋があるだけのことで、代替わりごとに切り売りするしかない地主とは違って、安定した企業に育っているから、まあ普通にやっていれば何不自由なく安泰人生である。
 それが最後の最後になって、こういうことだ。夫婦で自殺、と決めて、この日の朝、木に紐を縛り付けて・・・そういうシーンを想像すると、いたたまれない。はっきり言って、なんとふてぶてしくて腐った業者だろう、とそれは思ってきたが。そもそもこれほどの重大事と認識していなかった、ということかもしれない、当初は。それが徐々にえらいことだった、と気づくに及んで、今度は自決の道を選んだか。
 何かこのことに限らず、「大したことない」として見逃す癖が、われわれ日本人には刷り込まれているように思う。現実逃避の癖というか。
 他人事ではない。よくよく考えないと、などと思うのであります。

2004年3月07日(日)
先日(2月24日、もう2週間前)、書いていた「MP40」機関銃がようやく完成! 部品の細かいこと、細かいこと。「実用的で単純な構造」などといわれる同銃ですが、実際に作ってみるとえらいことです。戦争中に各国で女性や子供が銃や大砲、戦車なんかを組み立てていたわけですが、さぞや大変だっただろう、と。日本軍など女子学生が組み立てたエンジンがちっとも動かなくて「日本戦闘機弱きにあらず、日本戦闘機部隊弱きにあらず、器材が悪きなり」と戦争末期のある飛行隊長が書いておりますが、実際、その通り。設計上どんなに立派なものでも、組み立てが悪ければ動かない。
 私のMP40も、すぐに引き金のバネがおかしくなるは、ストックは動きが悪いは…大変です。
 プラモデルなどだと、あるいは当時の写真でも、ドイツ兵が持つと小さくて華奢な銃というイメージのMP40ですが、実際に持ってみると、大きい、展開ストックなど長すぎて邪魔です。重量もモデルガンで3キロ近い。とても片手で振り回せるような代物じゃなく、たとえば漫画なんか描く場合も、こうして実物大のものが手元にあるのとないのとでは、違うモンですね。

2004年3月06日(土)
先日、誰か爆撃して、などと言っていたゲーム、その爆撃任務はなんとかクリア! その後の任務もさくさくと進み・・・だったのだけど、敵機としてグラマンF6Fが出てくるに及んで史実どおり、急に難しくなりまして、またまた行き詰まりました・・・。
 零戦は「ゼロせん」なのか「れいせん」なのか、という話題がけっこうあります。英語のゼロファイターの訳語として戦後に広まったのが「ぜろせん」、よって当時は「れいしきかんじょうせんとうき」の略語である「れいせん」だったはず、というのが軍事マニアの一致した見方だったのですが、最近はまた「いいや、当時(昭和19年末)の新聞に、新型戦闘機として零戦(ゼロせん)がルビつきで紹介されている」などという話になって、結局のところ「正式名称はれいせん、通称としては当時からぜろせんもあり。ただし新式艦戦といった呼び名の方が普通だったらしい」てなお話になりつつありますようで。
 なんで新式なのかって、昭和16年末の開戦時には、零戦は秘密兵器だったのであります。最新型機だったのである。これが旧式化したのなんの、と戦後の知恵で我々は言うわけですが(それでF6Fが出てくると勝てない、なんて話になるんですが)、この最新型秘密兵器が旧式機となるまでに3年しかたっていない! 今時のパソコンも真っ青なのであります。だから昭和19年にやっと新聞報道などでオープンになる際にも、まだまだ新式戦闘機のイメージのまま、呼び名のまま、だったわけですね。
 実のところ、たとえば後知恵で「五式戦」などと呼ぶ、しかし当時のパイロットは「キ100」などと分類番号で呼んでいたのが普通である、などと言う話は多いわけです。メッサーシュミットMe262ジェット戦闘機も正式な名前は「シュバルベ(ツバメ)」でも、部隊じゃ「ジルバー(銀色)」なんて適当なあだ名で呼んでいたとか。
 それにしても、なにしろ第二次大戦の開戦時には、まだ複葉機が飛んでいたわけです。それが6年後にはジェット機になっている。これはもう6年間でソロバンからパソコンぐらいにまで進歩した感じであります。だから零戦も新型機からわずか3年で時代遅れになってしまった。そんなことを思うと感慨深い・・・のですが、ああ今度は誰か。
 零戦でF6Fに勝ってくれ!
 

2004年3月05日(金)
 京都の鳥インフルエンザ騒ぎの馬鹿な業者がどうしたとか、ハイチで馬鹿な大統領が追放されたとか(しかもこの人、追い出されるのが2回目というからかなり駄目な人)、気が付いたらそのハイチに米仏連合軍が出兵して、案外に仲直りモードだとか、長嶋さんが卒中で倒れたとか(あれだけ健康そうでも病気になるんですなあ)・・・いろいろあったんだけどこの2日ほど、コンピューターいじるのさぼっておりました。
 というのもタイトーの新ゲーム「零式艦上戦闘記」(記は誤植じゃありません)というのをやっていたからだが、かつてPS1時代の名作に「ゼロ・パイロット」というのがあったけれど、さすがにあれよりも進歩している、フラップや昇降舵が操縦に応じて動くというのは驚きであります。機銃の曳光弾の具合も実写を見るかのよう。さすがに電車でGOのメーカー、いい出来です。
 しかし爆撃任務が難しすぎ。ちっとも当たりません。最初の「真珠湾攻撃」でつまずいております・・・。
 ほかにもあやることたくさんあるのに、こんなことしてていいのか・・・。ちなみにこのゲームは、あくまで私から妻へのホワイトデーのプレゼントと言うことで(!)買いました(それを自分でやってどうするねん)。妻は漫画に忙しくてやれないんですけど。漫画の資料になるスツーカG型が出てくるはずなんですが、それはクリアしないと出来ない感じなんですけど。出来ません。
 誰か爆撃やって!!

2004年3月03日(水)
桃の節句と言うわけです。お雛様ね。
 そういうのとかかわりないのですが、バグダッドで同時テロ。150人だかなくなったそうで。どうなるんだろうか・・・。
 アメリカの大統領選のブッシュの対抗馬はほぼケリーで決まりか。スーパーチューズデーを難なく制する模様。銀星勲章など叙勲数回を重ねるベトナム戦争の英雄、ケリー氏の最大の強みはなんといっても実戦の悲惨さを知っている、ということ。
 よく分かりもしないくせにやたらと開戦したがるお坊ちゃん大統領には、さすがにアメリカの一般市民もいらいらしているはず。あとはアメリカの景気と失業率の動向次第か。
 いやねえ、どんなにブッシュを支持する人であっても、まさかあの開戦から1年近くたっても、ぜんぜん落ち着かないどころかどんどん反米感情を募らせるイラク市民なんて構図を少しでも予測してただろうか。もうアメリカ軍は「勝てない」。フセインだってもう捕まえた。ビンラディンも時間の問題かも知れぬ。が、そういう者をみんな捕まえても、それでアメリカの勝ちとならないことは今や明瞭。軍を引けばすなわち負けだ。しかし駐留する限り勝つことは出来ない。つまりどういう状態になったら勝ったことになるのか、もう分からないのである。
 戦術は軍人が担当する。しかし開戦と終戦の判断はあくまで政治がする。その意味でブッシュは全く落第大統領である。

2004年3月02日(火)
牛丼業界、ファストフード業界の人には悪いけれど、一般論として牛丼専門店が牛丼をやめようが豚丼にしようが、全然、困りはしない。何を騒いでいることだろう、マスコミは。ただ業界として、単品主義で儲けてきたわけだけど、そのリスクというのもまざまざと出てしまったので、そういう意味では見直すいい機会だったのじゃないだろうか。
 私は今まで、牛丼屋の牛丼は4,5回食べたことがあるか、という程度、妻にいたっては一度もないそうだ。困らないわけである。
 デフレだデフレだ、と大騒ぎしていたころ、マクドナルドか牛丼か、サラリーマンの強い味方などとわあわあ言っていた、馬鹿らしい。いまだ石油ショックのころの無駄なパニックと同じような発想だ。安いと言ってもただじゃないのだから、本当に金がないなら食わなきゃいいだけのこと。今時の普通のサラリーマンのカロリー摂取・消費から言って昼など食わなくてもいいに決まっている。でなければあんなに痩身業界が賑わうものか。
 それで、世間的には景気が持ち直しつつあるという。もっとも為替レート次第、という感じも強いのだけど、少なくともこれはコイズミ改革の成果などではないことは、誰でもわかる。関係ない、あくまで民間の努力の結果である。首相が誰であってもそろそろ持ち直す時期だったというだけのことだ。経済界は、政治が安定している方が株価が安定していい、と騒ぎすぎる。今や、政治なんて全く経済と影響しない。経団連の年寄りどもはいい加減にくだらない知ったかぶりでものを言うのをやめりゃいい。
 景気が上がって法人税も少し出るようになって、国の税収もよくなったかというと、1月は普通はボーナスの影響で書き入れ時だというのに、ものすごく減収になったそうである。アホらしい、保険料の総報酬制で思い切り国民の課税所得が減った、ために税金がとれなくなったんだと。馬鹿が、そこまで考えなかっただろう?
 結局、政治家も役人も経営者も先など見えているわけじゃない。そのへんの駄目な私らと何ぼも違わない。首相を見てれば分かる。意志が強くて頑固一徹なのではない、いろんなプランを思いつかないし理解できないただの愚か者である。あれでも務まる。つまり誰でも、町内会長ぐらいできる人なら誰でも務まる。
 そういう連中がいい暮らしをしすぎである。官僚を減らせ。地方自治体の議員などどんどんなくせ。参議院も要らない。衆議院だって100人もいればいい。人が余っている役人はみんな自衛隊にでも入れて海外に出せ。
 民間人にばかり努力させやがって。いい気なモンである。

2004年3月01日(月)
 3月に入ったとたんに、当地・浦安でも雪であります。かなり降っています。豪雪地の人にはお笑いでしょうが、首都圏では降雪そのものが年に1回か2回。特に温暖な浦安ではよそで雪になっていても、ここだけ雨だったり、というところ。かなり珍しいことです。
 ビンラーディン捕捉の報がおとといあたりちょっと出て、それっきりになっております。ブッシュ政権が今後もときどき流すでしょう。選挙ですから。しかしあの男一人逮捕しても、反米勢力が世界から一人もいなくなるなんてことはありません。アッラーの神様を逮捕したというなら格別ですが。
 ゆうべ、「マスター・アンド・コマンダー」という映画を見てきました。帆船時代の海戦の有様がよく描けております。そういう意味で歴史ファン、戦史ファンは必見。でも映画としてはやや物足りないかも。なんか盛り上がりに欠けるのですが。
 要するにフランスの私掠船、もっと新しい言い方で言えば通商破壊艦ですね、これを追いかける英海軍フリゲートの話です。なにを思い出すと言って、同じ南米でもあり、第二次大戦のグラフ・シュペー号追跡戦ですね。映画「戦艦シュペー号の最後」なんてのがありました。それから映画の雰囲気で言えば、Uボートを追いかける駆逐艦を描いた「眼下の敵」に似ています。船の一騎打ち、ということで。でも眼下の敵のほうが感動したなあ・・・。
 原作のファンは喜ぶでしょうが、そこらへん、ファンじゃない人でも驚きそうなロード・オブ・ザ・リング3の方が上だと思いますけど、かなり。まあ、比較しても意味ないけれどどちらもアカデミーノミネート作品なので。
 ちなみに不明でしたが、映画パンフレットによると「マスター・アンド・コマンダー」というのは、コマンダーというのは良く知られるとおり、中佐です。つまり大型艦の艦長より格下の小型艦艇の指揮官。マスターいうのは一応、修練を積んで一人前の航海士、ということらしく、マスター・アンド・コマンダーというと、新米艦長とか、見習艦長とか、そんな感じなんですって。要するに、若い士官候補生の成長を描く、という趣旨か。これも原作どおりだそうだからなんともいえませんが。
 にしても歴史大作ばやりです(指輪物語も広い意味ではそうでしょう)。CG技術の進歩と共に、歴史とか戦争とかいうものを真面目に問い直そう、という時代の雰囲気なのでしょう。9・11以後の変化だろうと思います。テロリストと捜査官の手に汗握る戦い、みたいなアクション映画がめっきりなくなりました、あれ以後。あたりまえですね、現実にあんな事件があり、それ以後、本当に戦争状態なのに作り物のテロなど見ても仕方ない。
 そういう変化はいいことですが。私も久々に映画館に脚を運ぶ気になっているこのごろです。
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 さて、その後の報道では渡辺謙さんら日本勢は受賞逃す、「ロード」が11部門制覇して「ベンハー」「タイタニック」と並ぶ歴史的名作の仲間入り、とのこと。「マスター」は撮影賞以外、全滅。一応、自分の予想通りなのでよかったな、と。どんでん返しもなく、極めて穏当。いや、「王の帰還」は確かに名作でした。

2004年2月27日(金)
麻原めに懲役3000年・・・じゃなくてごく普通に死刑判決が出たそうだが、それで驚いた人は誰もいないだろう。思うに、昔の死刑は合理的だった。「死刑」ならなんでも等価、命であがなうことはなにより重い、なんて似非チックなことは昔の人は言わない。同じ死刑でも「斬首」「獄門」「磔」「逆さ磔」などなどいろいろあって、市中引き回しをするかどうか、死後に首をさらすか、楽に首を切るか、磔刑で苦痛を与えるか、それも掌を表にするか裏にするかで苦痛が違ってくる、表にしておくと手を握れるので耐えられる、裏にして縛ると苦痛が増す、などと等級があった。麻原レベルになると特別に、太閤が好んだ釜ゆでとか、信長がやった鋸引きとか、あるいは頼朝がやらせた身体の肉を一寸刻みに切らせるとか・・・そういうことになっただろう。泣き叫ぶ姿を公開して、一般の者には見せしめとするのである。
 そういうことを、この事件の場合はやった方がいいように思う。苦しくて痛くて泣き叫ぶ教祖を見れば、彼が単なるつまらない人間であることを信者も理解できるはずだろう。
 そんなことより網野善彦氏が亡くなった。中学時代にその中世史の本を初めて読んで、衝撃を受けた。以来、20年来のファンだった。残念である。

2004年2月27日(金)
ところで、「マスター・アンド・コマンダー」を皆さんご承知でしょうか。アカデミー賞にロード・オブ・ザ・リングに並んでたくさんノミネートされている映画ですね。あまりにもな題名ですが(ご主人と指揮官、というのはマスターというのは王様ですかね)。これはハヤカワ書房から出ているオーブリー艦長シリーズの中の一冊が原作とか。日本にはあまりないのだけど、あちらの国ではボライソー提督シリーズとか、結構、海洋ものというジャンルがあるんですな。帆船ものというか(日本には外洋帆船時代がほとんどなくて、遣唐使の次はいきなり黒船時代になってしまう)。
 フランスの新型艦を付けねらう英国のフリゲートのお話。つまり単艦決戦。戦列艦が単従陣を組んで舷側砲で撃ち合う、たとえばトラファルガー海戦の再現などやり出すとどんどん大変になるので、一騎打ちという設定は映画化のうえでもよかったのでしょう。
 このナポレオン時代、というかネルソン時代に英国海軍は絶対的な覇者となるわけだ。戦列艦による砲撃で沈める、という近代海戦のドクトリンが出来上がるわけだ。
 そこらへんをどう描いているのか、楽しみであります・・・そう、レイト・ショーに味をしめて、この「マスター・・・」も今度、劇場でいち早く見てやろう、と思っている次第。
 これでアカデミー賞の予習はばっちり。でもこういうときに限って、全然、地味なほかの作品が貰ったりしますが。

2004年2月26日(木)
2・26ですね。今頃(午後1時ですが)宮中では上を下への大騒ぎだったわけですね。軍事参議官などという陸軍大将方が集まって、あれこれ協議していたわけだ。品川沖の連合艦隊は、主砲の斉射照準を国会議事堂に向けていたわけだ。
 私にはいくぶんの危惧があるんです。世の中、景気は徐々に回復しつつも、雇用者に対しては経営側はますます厳しいことを言ってくる(自分たちはさんざん、おいしい思いをした世代の経営者がそうなのだから、許せないのだが)。貧富の差は明らかに開いてくる。
 日本人はそういうのに適応できるのだろうか、と。とにかく嫉妬心の強い国民性です。ビル・ゲイツみたいな者を容認する社会ではありません。
 共産主義は古い、赤は駄目だ、とここ10年、言ってきたわけだし、私もはっきり言ってそう思ってきたのですが、世の中どこでひっくり返るかしれません。なんにしても個個人に大変、厳しい時代になってきた。
 突然、何事かが起こって流れが変わる。そういうことはあるものです。今の日本社会は一応、平穏です。しかし何がきっかけでどう変わるか、分かったもんじゃない。
 などと、こういう日に思うのであります。まとまらない話で恐縮です。

2004年2月25日(水)
今日は会社の「春闘方針案」が採決されるとかで、組合代議員である私は早く出社しなければなりません。今時、「春闘」なんて言葉があること自体、すごいことなのかもしれませんし、「ベア」がクマの意味じゃなくてちゃんと通用するのだから、大したもんでありますね。
 今頃になって、私の昨年出した詩集に対する書評がいくつか出てきましたが、はっきり言って年寄りたちの言うことはもうどうでもいいような、悪いけど(苦笑)。
 ランボーにしろ中也にしろ、要するにみんな若いうちに書かなくなっているわけだ。啄木もそう。いい詩人というのは、いい年になったらやめるべきものである。
 私も、いつまでも「詩人」なんてものをやるかどうか、実のところはっきりしないのであります。率直に言って人生の大事ではない。
 60になった織田信長、漱石、ランボー、中也・・・などを想像してみるがいいのです。馬鹿げている。
 引退はしませんけど、心情的な決別感はここ何年か、強まっております。次の詩集を出すときは、ごくオーソドックスに、さよなら感を表に出したものになるでしょう。

2004年2月24日(火)
 唐突なお話だが、マルシンの「MP40」を買った。なんのことだかわからない人がほとんどだろうから説明すると。マルシン、というのは世界的に有名なモデルガンのメーカーさんである。つまりこれはモデルガンのお話であります。MP40というのは「マシーネン・ピストーレ40年式」のこと、すなわち「短機関銃1940年型」という意味であって、ドイツ軍が第二次大戦中に大量に使用したサブマシンガン、通称「シュマイザー」を指すのであります。
 うちはモデルガンマニアではないので、ワルサーやルガーのような拳銃のモデルは一応、持っておりましたが、機関銃なんて大物は初めて。これでぶっ放して遊びたい、みたいな欲求もなく、あくまで眺めてみたい、手に持ってみたい、なんなら写真とって見たい、あとそれから妻が漫画描くときの参考にしたい、ということですね。
 だけどこれが、完成品じゃなくて組み立てキッドなんですわ。だから難しいのね。プラモデルには慣れている私も、こいつは大変だ、とこのところ箱を開けてはためらい、説明書を読んではぐったりし、もっと体調のいいときにやろう、なんて気分でなかなか神輿があがらなかったりする・・・。
 しかしなんです。何事もこんな感じ? なかなか「やるぞ!」と動き出さないもんですよね、人間て、怠惰だから。もっと大事なことでもそうじゃないですか。
 自分の道楽のおもちゃでもこれだけ怠惰になるんだから。
 人生、なかなか何事もなしえない、というのは確かですね。
 おやおや、なんだか大げさな締めくくりになりまして、すみません。

2004年2月23日(月)
さて、たった今、ロード・オブ・ザ・リング第三部「王の帰還」を見てきました。レイトショーで。明日は夜勤だから12時すぎでもOK。
 感想は・・・一言、これはすごい戦争映画だ、すごい戦争映画だ、すごい戦争映画だ。兵士が死地に赴く恐怖心がこれほど描き出された映画は、あらゆるジャンルのどの映画よりすさまじい。はっきり言って、小泉さん、見に行きなさい。兵士に死を命じる、ということの重さをこれほど的確に描いた映画はいまだない。もう言うことなし。
 そしてストーリーの素晴らしさは原作そのもの。原作のファンもこれは安心してみてほしい。特にクライマックスからエンディングまでは、原作そのものを再現、と言っていい。そう、原作ファンこそ楽しめると思います。映画ならではの描き方が堪能できること請け合いです。トールキンの筆が及ばないところを見事に視覚化できていると思います。が、しかし全然、知らない人でも、この第三部は大いに感動できるだろうと思います。
 サルーマンと蛇の舌の挿話が省かれております。原作では第三部のラストで出てくるわけですが、映画的には省略でいいと思います。
 ということで、これは大満足。見て安心、損はありません。

2004年2月22日(日)
昨夜、今頃になって「ロード・オブ・ザ・リング」の「二つの塔」特別エクステンデットヴァージョンをDVDで購入、鑑賞しました。理由がありまして、今日の夜、第三部「王の帰還」を劇場でみる予定であります。
 トータルな感想は、第三部も見てから、ということにしたいと思います。が、第二部を見た感じは、「ゴラムはすごい。戦闘シーンも凄い。しかし全体としては散漫、むしろ一部の方が面白かった」という感想です。だがこれもある程度致し方ないのでしょう、原作でも第二部はちょっとだれるのです。分量も短いのに、旅の仲間が三つに分裂してそれぞれの行動がばらばらに描かれる。原作のファンであっても、第二部はちょっとパス気味の人が多いのでは、と思いますので。本当は第二部には出てこなくていいガラドリエル、アルウェン、ボロミアなどは、これは映画ですから主要人物を入れておかないと、ということで原作にないシーンが結構出てくる、これ、原作ファンには邪魔に見えます。ほかにやや不満だった点を挙げると、エドラス宮殿がちょっと貧相すぎ、セオデン王が原作ではもっと高潔で好好爺、映画では傲岸不遜で嫌、アラゴルンはもっと王者の風格が欲しい、エントとホビットのやりとりが原作と違うのが嫌、本来、第一部で映画では未登場のトム・ボンバディルが出てくるシーンをエントの挿話にしてしまっているのに違和感あり、角笛城がこれまたちょっと貧相、エオウィン姫、もっと原作じゃ若いと思うけど(役者さんは私と同じ年らしい)、ガンダルフ、セオデンらがイセンガルドに乗り込んでサルーマンと対面するシーンを省いているけどなぜ?(あそこが原作じゃ一番、面白いんだけど)、ファラミアは原作じゃもっと立派な人物、サムが「高潔なお人柄」なんてとってつけたように褒めてもイマイチ説得力がないし、あとあとの展開にもつながるんだけど・・・なところ。
 とまあ、原作ファンはうるさいわけですが、しかし「よく映画化した!」という心境の方が強い。監督は偉いし、役者も偉い。それは素直にそう思った。世界中のトールキンのファンもそう思ったはず。それだけ原作は膨大なもので、視覚とセリフだけで説明するのはもともと無理なことなのです。DVD特典の解説映像で文芸評論家が「原作がそもそも非常に不親切で、突然、造語や固有名詞がどんどん出てきて、なんの説明もない。今なら出版社に付き返されるでしょう」と言っていました。私は、原作を知らない人がこの映画を見て、どれだけ理解できるのか、と第一部に続いて思いました。
 第三部、私はもちろん原作ファンなのでどうなるか知っていますが、映画ならではの改変もあるでしょう。楽しみです。妻には結末も、ゴラムとの絡みも、その後の中つ国の行方も話しておりません。
 しかし皆さん、ぜひ原作をお読みになるべきです。映画が百倍楽しめます、これは。

2004年2月21日(土)
今、なんとなく私の室内のBGMは、ヴァン・ヘイレンの「1984」アルバムです。信じられない、あれから20年ですよ、20年! ジョージ・オーウェルが未来として描いた1984は二昔前、そしてアーサー・クラークが木星旅行を予言した2001年も、手塚治虫が鉄腕アトムの誕生を描いた2003年も、みんな通り過ぎてしまいました・・・。
 このところ、何人か中学、高校時代の友人からきたメールで、クイーンのリバイバル・ヒットという話題がありました。そういえばCMでもよく流れていますね。
 フレディ・マーキュリー死去の報が流れたのは1991年の11月25日。23日にエイズ感染を発表した直後でした。享年45歳。つまり今、生きていれば58歳! もう還暦に近いわけだ。ブライアン・メイ以下、クイーンの他のメンバーたちもそういう年配なわけですね、今。そろそろ知らない世代も増えてるんだろうから、リバイバルするわけね。
 私らは、NHK教育テレビでハッチ・ポッチ・ステーション見て、グッチ裕三さんの絶妙な音楽パロディーに腹をよじっている世代(スモーク・オン・ザ・ウオーターがいつの間にかロシア民謡の「一週間」、つまり月曜日に市場に出かけ〜、に変わってしまう。サビの部分は、smoke on the water ,fire in the sky が、「もー、つかれーたー。休んでいいんでスカイ」などと)。ああいうのも、原曲知らない世代には分かるんだろうか(でもあの番組は子供番組のはずだが・・・あ、そうか、親を狙ってるんだ。してみると、今の子供が大人になるころ、また古い音楽が戻ってくるかもしれませんね)。
 流行といえばです、今まで立ち読みですませていた養老孟司さんの300万部超メガヒット『バカの壁』、妻が買ってきてくれたので、ちゃんと読みました、今頃。どうも、流行するものは嫌いになる癖があって。しかし養老さんの唯脳論には学生自分から親しんでおり、また養老さんが呼びかけてできた「形の文化」学会のメンバーでもある私としては、本当はちゃんと読んでみたかったわけ・・・ですが、あれですね、目新しいことが書いてあるわけじゃないんですね、やっぱり。小泉さんが、菅さんを「あなたは私の言うことを理解しない、バカの壁にとりつかれている」などと批判していたが、きっと彼は最初の何ページかだけ読んだんだろう。あの首相はそういう人です。どう考えても頭がいいわけがない(苦笑)。だって後のほうの章で、人間が同じなら、言葉なんか単なる情報で、変わってもいい、と最近の人は思っているがあべこべだ、人間こそ日々、変わってしまう得体の知れないもので、だからこそ約束の言葉は動かしてはいけない。そこを最近の人は勘違いしているので、政治家などは自分という人間が首尾一貫同じなら公約なんか守らなくていい、と思っている。とんでもないことだ、と。ここは明らかに小泉さんをバカにしているわけですが、ちゃんと読んだのか。
 あと、妻が同時に「フューチャー・イズ・ワイルド」という、2億年後の人類絶滅後の地球の生態系を予測する面白い本を買ってきました。これ、前から立ち読みして興味があったのですが、高いので躊躇していた。我が家の財務大臣自ら買ってきたから、もう問題ないわけです(笑)。これが実に面白いですぞ。哺乳類も鳥類も、魚類まで絶滅しており、空いたニッチを思いがけない動物が埋めている、という世界。大陸は再び集まって第二パンゲアを形成し、巨大なイカの子孫が未来の森をのし歩く! ぜひ皆さんご一読を。
 

2004年2月19日(木)
中学時代の旧友、Kさんからメールが来ました。なんでも奥方が私と誕生日も生年も同じらしい(おめでとうございます)。で、ご本人も当然、似たような年なんですが、「人生もそろそろ後半戦で、もっと頑張らないと」とのこと。全く同感、とお返事しました。
 今、けっこうあちこちのメディアの特集などで「30代が覇気がない」と言われている。そうかもしれないな、と。今の10代、20代の、恐れを知らず世の中を信用せず、という醒めたクレバーさはなく、かといって50より上の人らの、世の中壊れてきてるけど、古い体制のレールに乗って逃げ切っちゃえ、という発想にはついていけず、またレールに乗りたくても乗せてもらえず、立場として中途半端なのではないだろうか。
 しかし考えようによっては、古い日本と、新しい日本の社会の両方の要素が分かる最後の世代でもあるように思う。将来的には意味が出てくると思うのですが。私らが生まれたころは、敗戦から20年ほど。まだまだ、「戦後」という意識が残存しておりました。そもそも戦争経験者が多かった。
 そういった意識は大事にすべきじゃないか、と思っておりますが。
 その後、高校時代の友人Hさんからもメールが来ました。今夜、アル・ディ・メオラのコンサートを聴きに行く、とのこと(!)。懐かしい名前ですなあ。
 昔はあのへん、無茶苦茶速弾きに聴こえたもんですが。
 私は最近、コンサートも行かないなあ、・・・・・3,4年前にドッケンが来た時か、あるいは同じころにリッチー・ブラックモア脱退後のディープ・パープルが来た時か・・・・それ以来、とんと足を運んでおりません。映画もそういえば、行かない。もう何年もスクリーンで見ておりません。
 夜勤が多いせい、といえばそれまでですが、ちょっと怠惰かな、やはり。先ほどの話に戻せば、ともどもに前向きに頑張ろうじゃありませんか、同じ世代ぐらいのご同輩の皆さん。

2004年2月18日(水)
なんというかそういうわけで、私も37歳になったわけですわ。いやあ、年取るのが早いといえば早いですなあ。あっという間ですわ。
 なんかいいことないですかねえ。
 そういえば、全然関係ないことですが、書棚の整理をしまして、処分できそうな本は一度に処分することにしました。古書店送りになったものが、単行本、新書、文庫あわせて130冊ほど。近頃は着払いで本を受け取ってくれて、お金を送金してくれる、というシステムの古書業者さんがあり、助かっている。内容は関係なく、新しくて綺麗なハードカヴァーならいくら、と機械的に査定して代価を出すそうで、希少性とか、ジャンルとか不問。かえって分かりやすくていい。
 その整理中に中江兆民の「三酔人経綸問答」なんて本が出てきた。こんな本、持ってたんだっけ、という感じだったが、ちらちら読んでいたら面白かった。というか、一度は読んだはずだが、そのときよりも、中国が台頭し、日本はデフレ、9・11テロ、アフガン攻撃、イラク戦争、そして日本自衛隊派兵を経た今日の方が面白く読めた、ということです。明治に入って20年ほどのあの時代に、戦後の日本の一国平和主義も、戦前の日本の海外膨張主義も全部、問題提起して予想している。これは大した慧眼です。やはり兆民先生、只者ではない。結局、日本の政治とか外交とか国策といったところで、1887年のこの書で出尽くしている議論をなぞっているに過ぎない。
 なにかというと新聞も、政治家も、「この国の形」なんていって司馬遼太郎あたりを持ち出すけど、もっとずっと以前に本質的議論をつきつめていた先人がいるわけだ。振り返るならこのへんまで振り返ってみるがいい。

2004年2月17日(火)
新聞に下のような記事が出ていた。

日米中韓で行われた「高校生の生活と意識に関する調査」で、日本の高校生は「男は男らしく」「女は女らしく」といった性差意識が突出して低いことが16日、教育研究機関のまとめで分かった。近年の男女共同参画社会の推進により、日本の若者意識が影響を受けたと見られる。日本が特異な値を示したのは「女は女らしくすべきだ」との設問で、肯定した人が28・4%しかいなかった。同じ問いかけを米国は58・0%、中国は71・6%、韓国は47・7%が肯定した。「男は男らしく」も、日本で肯定したのは43・4%(米63・5%、中81・1%、韓54・9%)で、4か国で唯一半数を割り込んだ。(読売新聞)

 もともと、戦前の反動、ということで「男らしさ」という価値観を特に矯めてきたのが戦後の日本であり、そこにウーマンリブ運動を輸入したりして、結局、日本は「らしさ」という規範のない、みんな中性的な世界になったのだが、しかしなんのことはない、「女」「男」「大人」「子供」「会社員」「社会人」「警察官」「教師」「日本人」などなどの「らしさ」を全部消して、「そういう外から押し付けられたらしさは嫌。自分は自分らしさしか要らない」などと言い張ってみたものの、見てみるがいい、今の日本の若者など、世界一、自信がなくて「自分探し」ばかりする芯のない人間になっちまっている。そして、「自分」などというものを探し当てられないまま、先頭走者はもう40代である。いかにくだらない未来が待っていることか。所詮、「自分らしさ」など「今の時代に日本に生まれた男であり、どこそこの学校を出て、会社員であり、係長であり、だれそれの息子であり、父であり」といった経歴や関係性の中で、他人との差異を確認することでしか出てこないものであって、生まれつき無人島に一人で住む者に「個性」などない。そういうものは自分の性別すら認識できないはずである。そんなわけで「自分、自分」と言う割りに今の人間に個性がないのは当然なのである。今、ある程度「自分の所属できる規範」として機能しているのは「世代」だけであって、だから年金問題など持ち出すまでもなく、日本では世代間の文化の相違が大きくなり、継承性が希薄である。これは、猿の群れにも劣る、ということだ。
 教育が間違っていたのである。世界でも浮いた、ばかげた国だ。自分はアメリカ人であり、男であり、何々州の農民であり、キリスト教徒であり、といったことをことのほか自慢にするアメリカ人はいかにも自信があるように見えるではないか。日本人は根無し草であることを「ポストモダン的でカッコイイ」などと言ったわけだが、いまやさすがに、こっちがグローバルスタンダードではないことに気付いてきたのだと思う。それでにわかに「サムライ映画」もはやるのじゃないか。
 ついでに、同じ記事で

「結婚前は純潔を守るべき」との設問に対する肯定も、日本は33・3%(米52・0%、中75・0%、韓73・8%)と著しく低くなっている。さらに、各国の高校生の規範意識を探るため、14の行動を挙げて評価を求めたところ、日本は「学校のずる休み」を「よくない」と答えたのは27・4%しかなく、「親に反抗する」(よくない=19・9%)、「先生に反抗する」(同25・1%)も、批判は他の3か国より少なかった。

 だそうだ。これらの人が主力となった日本の10年後、20年後は決まったも同然ではないか。またこれらの人が作った子供たちがどのような者になるかも容易に予想がつくではないか。環境のいい階層の人以外は完全にスラム化して、今のアメリカ以上に貧富の差の大きい階層社会になっているかもしれない。


2004年2月15日(日)
 文藝春秋が100万部突破! とのことだ。さすが菊池寛先生の創造したシステムは今日でもしっかり稼動している・・・。
 本を買わないで、文春が出るのを待った人がそれだけいるわけだ。それはそれ、賢明である。
 私は単行本で、とうとう『蹴りたい背中』『蛇にピアス』を買ってしまった。で、ざっと通読してみましたよ。
 週刊新潮で福田和也さんが『蛇・・・』を酷評していました。私もほとんど同感です。同人誌の小説書きの人たちの方がずっといい文章を書いているように思います。稚拙です。警察官の描き方がきわめて稚拙です。なんで捕まらないのかがよく分かりません。男たちにペットとして飼われてるだけの、主人公の立場はなんだかよく分かりません。そのくせ「けっこう本当は学があるのよ」的な物言いは気に入りません。おもしろいのは身体改造の具体的な部分だけです。その他、文句が多すぎて話になりません。
 『蹴りたい・・・』はずっと文学的な作品です。しかし意外に文藝くさいのが、今時の若い者が書いた割りによくないようにも。しかしこっちには、そんなに酷評するような要素はありません。ただそれにしても、背中を蹴られて気付かないモンだろうか。それに盛り上がらない話で、まあこんなもんかな、という感じです。
 そして、若い人の感性、などと宣伝していますがオーソドックスななんということもない作品です、どっちも。
 やはり10年早いと本当は思います。選考委員の思惑とか、近頃の顔ぶれの変化、主催者の思惑などなど、いろいろあろうかと思います。
 ただ、興行的な成功はともかく、いかがなもんでしょうか。
 いい点もあります。作家志望の若者が増えるでしょう。それから、もう少し年配の人で小説に回帰する人も出てくるでしょう。そういう意味で活性化に役立つのは間違いないです。そういうことだけは、評価できますね。
 後で、口直しにドストエフスキー短編集を読みました。やっぱ違うなあ。
 私は高校から大学にかけて、ドストエフスキーや漱石の作品を読んで、「自分はとてもこういうものは書けない」と思って、作家になろうとか小説を書こうなどとは思わなかったものです。最近の人は恐れを知らないので手軽に書くのでしょう。それはそれでいいのかもしれないが、やはりまだ人に見せるようなもんじゃない、という感じを受ける場合もあり、またそいつが大きな賞をもらってしまうというのは、どうも解せませんが。
 などと思いました。率直な感想でした。

2004年2月13日(金)
田中均さんらが平壌に行ったわけだ。アメリカ大統領選挙でごたごたになって、これから先、徐々に国際政治が停滞するわけだ。ことにケリー候補がかなり有力なので、ブッシュとしては外交で得点稼ぎと考えるか、逆に外のことはどうでもいい、と内政に傾くか、なんにせよゆがみが出てくる時期を控えているわけだ。北朝鮮としてはその前に、日本との拉致問題のけりつけて、核問題に進みたいわけだ。
 まあ、そんなようなことだろう、と識者がいろいろ解説している。そんなことだろう、と思う確かに。
 うーん、しかしこのところ気鬱のままだ。なんか詰まらないことが多い。詰まらない詰まらない詰まらない詰まらない。ああ、詰まらない。
 更年期なのか、と思う。それにはちょっと早いか、とも思う。恐らく、人生に焦りを感じ始めているのだろう、と思う。やはり年か、と思う。
 若くして活躍する人がある。ランボーは17で文学を捨てた。年を取ってから、という人もある。漱石は40になるまで作家ではなかった。きんさん、ぎんさんは100歳になるまでいわば無名の下積み、死ぬときはタレントだった。最初から最後まで不本意なままだった、という人もある。本人には不本意の極みだろうが、死んで後、発見されるような人もある。山上憶良は、自分は役人として出世できず、無名なまま終わる、くだらない人生だ、といった歌を作っていた。千数百年の後、自分が最も有名な古代人であることを知らない。
 結局、人生いろいろである。それは分かっている。しかし私は詰まらない。詰まらないものはどうしようもない。

2004年2月12日(木)
昨日、夜勤ということでハイヤーを出して貰って帰宅したのだが、午前2時ごろ、我が家のすぐ近くの路上で不自然な止まり方をしているクルマがある。「ジャマですねえ」なんて運転手がいうので、ふと見ると、その車は前に止まっているワゴン車にめりこんで大破している。そして悪いことに、運転手らしき人影が車内にある! 「ああ、こりゃ、酔っぱらい運転で自爆して、そのまま寝てるんですなあ」と運転手が言う。「110番したほうがよくないですか」と勧めるので、携帯電話で警察に通報した。帰宅後、なぜか消防車らしきものが1台、サイレンを鳴らして現場付近に向かっていった。爆発の恐れあり、ということだったのだろうか。
 それにしても、激突したまま、眠り込んでいるというのだから相当なもんである。おそろしきかな、居眠り運転。ああいう暴走車というのは、一種のテロリストである。周りのものは防ぎようがない。どんなに自分が規則を守っていても、向こうは突っ込んでくる。
 社会というものは理不尽なものである。

2004年2月11日(水)
 ゆうべ、帰ってから急に音楽を聴きたくなった、なぜだろうか。実はこのところ、ごく個人的な趣味で、中学、高校時代の記憶をいくらか下敷きにした小説めいたものを書いており、それが回顧気分を誘ったのだろう。
 ブラック・サバスのチルドレン・オブ・ザ・シーを聴き、レインボーの16世紀のグリーンスリーブスを聴いた。ヨーロッパのキング・ウイル・リターンを聴き(ところでこれは、指輪物語の第三部、王の帰還を下敷きにしていたのだと気づいた)、セブン・ドアーズ・ホテルを聴いた。ゲイリー・ムーアのドント・テル・ミー・フォア・ザ・ルーザーを聴き、Y&Tのミッドナイト・インTOKYOを聴いた。マイケル・シェンカーのメイク・ユー・マインを聴き、またレインボーの銀嶺の覇者を聴いた・・・・・。
 1980年代の音楽。メロディアスで、音は素朴で、リズムは跳ねない。
 だが私にとってのロックは、音楽は、ここまでだ。その後の音楽の、独りよがりな袋小路に陥ったこと。
 思うに、未来の老人ホームでは、こういう曲が流れるだろう。ハードロックバンドが慰問に訪れるに違いない。

2004年2月10日(火)
 いよいよソニーの「体感型」ゲームが発売されるということで、プレイベントで山田まりやとかKONISHIKIとか、有名人を呼んでにぎにぎしくやったという。要は、とうとうコントローラを手に持って主人公を操作する形から、自分自身がゲーム世界に入り込む形が開けてきた、ということらしい。
 トータル・リコールとかマトリクスとか引くまでもなく、疑似世界の出来が良くて、王様とか皇帝とかになり、美女でも侍らせて思いのまま、というものが出来てきたら、現実世界に帰ってこれなくなる人も続出するのじゃないか。だれが現実に戻ってサラリーマンなどやりたいだろうか。
 オンラインゲームも、外国じゃ上々の人気で、韓国のIT化はゲームの力が大きかったなどと言うが、日本人はやはり、ファイナルファンタジー11を例に見れば、今のところ参加人口は最大で10万人というところらしい。現実から逃避したい人のためには、わざわざゲームの中で新たな人間関係を構築するようなオンラインは向かない。積極的な出会いを求める外国人とは違うだろうと思う(日本人のそういう人は、ゲームなどではなく、ケータイから出会い系サイトに直行するのじゃないだろうか)。
 居心地の良い疑似世界には、他人は無用。世界の中心に文字通り、なれる。そういうものがあれば、私も帰還できなくなるだろうと予想する。
 

2004年2月09日(月)
昨日は会社の宴会で、東京・根津は上野動物園や東大のすぐ近くにある、串揚げ屋に行った・・・のだが、その構えの古色蒼然たること。昭和の初めごろの建物じゃないだろうか、狭くて急な階段を見るに、なんだか新選組にでも襲われそうな気がした。それにしても、であります。串揚げというのは間が持ちませんなあ。3本ぐらいずつ持ってきて、間が空く。また3本ぐらい持ってきて、の繰り返し。なんか盛り上がらないものではある。
 ぜんぜん関係ないが、今、マイブームとして2.26事件の本など、再び読んでいる。2月だからかな。かなり以前、ショーケンが野中大尉、三浦友和が安藤大尉、竹中直人が磯部元一等主計、仲代達也が杉山参謀次長、加藤武が香椎戒厳司令官、そしてそして、真崎大将に丹波哲郎といった配役の五社監督「2.26」という映画があった。あれについていろいろ批判する人がいたが、今見ても要点をうまく抑えていて(もちろん細かいところは史実と違う)入門編としてみるにはいいと思う。当時の批評で・・・おスギとピーコのどっちかだかが、松方弘樹をけなしておりました。松方は安藤の上官の大隊長を演じていたのですが、詰襟の軍服に肥満した肉がめりこんで、かっこ悪い、と。あんな兵隊さんがいるわけないでしょう、という感じだったのだが、私はそれはむしろ批判のほうがおかしいと思う。あれはまだ太平洋戦争より前のお話で、内地にいる部隊の大隊長、つまり少佐がへろへろに痩せているわけがない。日本兵というと、いつでもへろへろに痩せている、というのも戦後のイメージである。2.26当時、農民は疲弊して、徴兵に応じると豪華な(とにかく当時の貧しい階層から見れば豪華)兵食に服装、学問までつけてくれるし、小作の息子も地主の息子も関係なく昇進できるし、朝早くから演習、などといっても、農村ではもっともっと早くから起きだして仕事がある、軍隊は楽である、ということで軍隊はありがたかった、と回顧する人が多いのである。内務班の陰湿ないじめ、といったことも、都会出のいい生活をしていた人ほどこたえただろう、貧農出の兵隊には、初年兵の1年間、乗り切れば天国だ、というものだったようである。要は民間人よりは痩せていないはずなのだ、兵隊さんは。2.26事件のそもそもの動機というのも、農村出の兵隊があまりに貧しいので、野中、安藤といった一線の隊付将校が憂慮した、というのが大きいらしい。
 今となってみると、「大御心はああであるはずだ」「こうであるはずだ」と忖度するばかりで、実際に天皇は生身の人間としてそこにおり、個人としての意思もあるのに、みんな信仰の対象でもあるから、聞きもしないで勝手に想像しているのが2.26のお話である。滑稽といえば滑稽であり、悲しいといえば悲しい。

2004年2月06日(金)
 モスクワでテロ。会社じゃ、細かい情報が錯綜して大騒ぎになってます。
 こういうものを見せられると不安になりますね。日本でもしやられたら、自分がそこに乗っていたら。テロとの戦い、などと簡単に言ってくれるが、正確にはテロとは戦えません。通り魔や放火犯と同じで、仕掛ける方が常に勝利し、やられた側はやられ損となります。アメリカ正規軍がアフガニスタンとイラクの政権を崩壊させたことと、このテロというものの非対称性はなんらかかわりがありません。あれらの国家の政権をどれだけ潰しても、テロリストが消えてなくなるということはありますまい。というか、たとえばアル・カーイダのような大きな国際テロ組織が、徐々に勢力を減退させたとして(それだって五年や十年ではすみますまいが)、しかし先に挙げたような放火魔や通り魔も一種の志の低いテロリストであり、そういう者を根絶やしにすることなどできるわけがない。
 やはり一番いいのは、世襲財産でもあって、あるいは宝くじでも当たって、通勤電車など乗らなくていいような身分になることか。
 
 

2004年2月04日(水)
なんか知らないけれど、最近は高校生あたりが携帯電話で特殊な絵文字、というかほとんど平仮名まで記号に当ててしまって、外国語の表記のようにしてしまう・・・なんでも「ギャル文字」というんですか。そんなのが流行っているらしい。近頃はとんとカラオケなど行かないので知らないが、若向けのカラオケ店では、そういう表記で歌詞を表示するヴァージョンのところもあるとか。まあ、その昔「丸文字」なんてものが流行ったのが我々の世代ですが、ああいうのとも違う、携帯の挙動を少なくするための工夫と言えば工夫、一種の速記術と言えば速記術。
 携帯メールをやる人間がどのくらいいるのか知らない、私などのようにあくまで「トランシーバー」としてしか使わない人間には、無用の機能です・・・どうも書き出すとある程度まとまった長さの文章にしないと気が済まない、コミュニケートの手段だの、癒やしの効果だの・・・まるで理解できないのですが(そんなに社会、というか友人・知人と結びついていないと不安なんだろうか。どうも私のように人間嫌いな者には、正直分からない。リストカットして疵を見せびらかす若い女性、みたいなのも理解できないのであります)、たとえばこういうところにこういう文章を書く、すると何十人かの方がすぐに見てくださる、あるいはどこかに詩や文章が載る、また何人かが読んでくださる、もちろんそれは嬉しいのですが、読んでつまらないとか、くだらないとか思う人も少なからずいるだろう、何より詩のようなものは特に、さっぱり理解してくれないこともあるだろう、と思うと、それでコミュニケートが取れるとも、癒やし効果を感じるとも、私には受け取れない。
 なにゆえ、そんなにも他人が気になるのだろうか。私のような人間には金輪際わからないのだろうなあ、と思います。いや、別にそういう文化を否定はしませんが。ビジネス的にはねらい目でしょうしね・・・。

2004年2月02日(月)
このところわざと、イラクネタを書いていないんですが、それは国として軍の派兵を決めた以上(「自衛隊」の「平和協力」などと表現だけ和らげる日本人の癖はもう大概にせよ。これは国際的にはなんであれ、日本軍の派兵である)、行く人やその家族を思って、とやかく言わないようにしてきたのである。
 昨日のNHKで、旭川の部隊の人たちが言っていた。「国を守るためなら命も惜しくない。最終的には自分の家族を守るため、と思って死ねる。しかしほかの国、となると。モチベーションを維持するには別の意識が必要になる。複雑な心境がある」と明言していた。
 私はとにかく、兵の気持ち、士卒の気持ちをついつい考えてしまう。そういう人間なのである。政治的なことなどくだらない。派遣隊長の陸自一佐が「武士道の国の部隊として恥ずかしくない行動をとってきたい」と言っていた。立派だと思う。これは別に右翼的な美意識を言いたいのではない。武士の国の兵士として、国際的なデビュー、というメンタリティーでも保持しないと、長期にわたるであろう派遣に耐えられない、ということ。それでなくともこの「新日本軍」は旧日本軍とどう違うのか、と見られているのである。そういう意気込みがないと・・・・であろう。
 聞けば、イラクでは昨年、19人だかのアメリカ兵がストレスから自殺している。いかに精神面が重要か。敵はテロリストばかりではない。
 なにか先遣隊が行っただけで、「なんだ、大したことないじゃないか」と思ってしまっている日本人も多かろう。すぐに忘れてしまうのが日本人である。ほら、大したこともないじゃないか。騒ぐこともない。そしてもう別の話題を求めて右顧左眄する。軽薄な日本人。
 アル・カーイダがたとえば9・11テロをやるのに何年、準備に費やしたか? 米軍も今回、4月に進駐して、被害が急増したのは8月以後である。3か月や4か月、日本部隊の警備状況や弱点を調べ、スパイを潜入させ、といったことをしてからやるのだとして、逆算すれば6月とか7月とかになるまで、行動を起こすまい?
 あっちの人の執念深さは、なにごとも忘れる日本人と違う。日本人は1か月で、は嘘でもせいぜい2,3年でどんな大事件も忘れる。中東では1000年単位で、遺伝子単位で恨みを晴らす。ブッシュ本人にしてからが近頃、「本当のところ大量破壊兵器はどうなってるんだ。私も知りたいのだ」と、これはCIAなどに対する憤懣だろう。はっきり言うようになっている。判断の元になった情報のいい加減さに呆れているのだろうし、開戦理由としての薄弱さに正直、自ら困り果てているのだろう。だがいまさらどうにもならぬ。やっちまった以上、毒を食らわばであるし、日本もそれに乗ったのだからそれで突っ走るべきなのはその通りである。それはその通りだが、覚悟が足りんのではないか、とまだ私は思う。
 今後、五年後でも十年後でも、百年後でも、なにかやられるかもしれないのである。そういうことだと理解すべきだ。むこう三年のことしか知らない、と公言するような首相の理解の及ぶところではないのだ。

2004年1月31日(土)
 NHK大河の新選組!について、まあ賛否が起きるのはいつものことだし、三谷脚本にしてはむしろオーソドックスな大河目指してるジャン、という感想もあり得るわけで、しかしやはりあれです、大河ドラマで歴史の勉強、ということもあるので、近藤勇が江戸で坂本竜馬、桂小五郎と顔見知り、というかかなり親しい仲だった、というのはまずいかもしれません。吉田松陰みたいに黒船に乗り込もうとした、というのもねえ。もちろん嘘が入るのは全然かまわないし、ああいう脚本家を起用するのだから嘘もまた楽し、でもいいのだけど、やっぱり程度があるみたい。
 たとえば海音寺潮五郎原作の大河「風と雲と虹と」などでは、平将門と藤原純友が大江山の頂で出会う、という伝説通りの描き方で史実かどうかは大いに疑問だけど、ドラマじゃここでお互いが何者か分からないままに終わっているわけ。こういう嘘の付き方ならいいんですよね。近藤と龍馬が出会っている、しかしお互いがどういう人間か分からないまま、後になって「そういえばあいつは・・・」なんてお話なら文句はこないんですが。
 結局、戦国時代やもっと前の時代のドラマなら、文句はこないですね。「風と雲と・・・」は大河としては最古の平安時代。単発ドラマで黒岩重吾原作の「聖徳太子」なんてのがありましたが、あのぐらい古いと少々、無理な設定でも文句がこない。むしろよくやるわ、といわれて褒められるところ。「卑弥呼」なんてやったら、そんな人実在するかどうかも分からないんだから・・・。
 幕末ものだと、新選組の連中も顔写真が残ってるような人たち。マニアも多いし、何年何月にどこにいて何してたか、調べもついてしまう。難しいところですな。かつての大河、山田太一の「獅子の時代」が好きでしたが、あれは主人公が架空の人物なので、なにやらせても、どんな有名人とからませても問題なかった。近藤勇となると、そうはいかない。
 架空の隊士の物語にしたほうがよかったのかもしれないですねえ。
 ところで、青色発光ダイオードの問題で中村教授に200億円(!)支払えと言う判決。あの会社は払えるのか。裁判所は「600億払ってもいいところ」だと言う。えらいことですが、そしていろいろな意見があるようですが、中村氏はきっと一匹狼型の人。決してあの会社にいたから発明できた、と言う人ではなく、どこにいてもやったでありましょう。そのへん考えると希有な例。日本人離れした人なんだと思うので、日本の研究風土の美風、みたいなことで反発するような論は無意味かも。それにああいう一匹狼はこれから日本にも増えるよ。会社の電気使ったろう、なんて言ってると完全に見捨てられます。
 そもそも「2万円」という報奨金が、金額がどうのじゃなくてバカにしている、と思ったんでしょう、あれは。確かにバカにしている。
 これから日本も大変なことがどんどん、出てきそうですなあ。

2004年1月30日(金)
1月も終わりますね。あっという間に1か月が終わりますがな。がちょーん。
 還付申告というのを税務署でやっておりますからね、関係ある人、家建てて住宅ローン減税受けたい人は急いだり急いだり。2月になると大混雑らしいですぞ。
 ところで、浦安というところは明らかに裕福で町並みも綺麗、お隣の市川はそれで比較するとちょっとばかり○×△◇な街なんだけど、なにかと「市川・浦安」と括られること多くて、まあそれはそれで共同で市民病院を市境に運営するなんてこともやっている。しかし税務署も市川、法務局まで前は浦安にあったのに市川に持っていかれる、いい加減にして欲しいのであります。これは力のない今の市長になってからのことでしょう。馬鹿市長め。
 確定申告、ことに家を買った人のために書いておきますと、一戸建ての場合、登記簿の謄本を法務局まで取りに行かなければなりません、これが面倒ですねえ。それから売買契約書の写しに、ローン残高証明、源泉票、住民票(家族全部)、確定申告書A様式、それに住宅取得の計算書なんてものをそろえる必要がありますです。
 しかし税務署、不親切です。なにも教えてくれません。取るときだけ熱心で、返すことにはものすごく冷たい。くだらない役所です。威張ってんじゃねえ、必要悪の癖に。
 私は家のほかに、多少の原稿料や講演料の類もあって、面倒でした、雑収入と家の控除と合わさるので計算が変わってきますので。国税庁のHPから自動計算できるシステムもありますが、やはり手計算してみないと不安でありますね。
 面倒といえば、新聞によれば政府がどんどん、「裁判員制度」の骨格とやらを決めてしまっておりますけど、みんないいんですか? くじで無作為で、突然、裁判所に呼びつけられて、それから結審するまで、裁判官でも弁護士でもないのに赤の他人の裁判に付き合うんですぜ。そんなこと、日本人としてできるんですか。私は嫌ですよ、そんなの。
 年間12万人、だそうです。かなりの頻度で回ってきますよ、これは。無責任な人は「なんでもいいから早く死刑にしろ」とか「無罪でいいや、はやく終われ」と言うだろうし。仕返しされそうな犯人に対しては手心を加えたり、買収されたり。そういうのも出てくるよなあ絶対に。裁判員の氏名は絶対にもれないようにするなんていっても、日本の役所など信用できるか? 馬鹿じゃねえの。どんどんハッカーに盗まれるわ、名簿なんぞ。もっと悪いのは日本の役人なんて腐ってるから、どんどん情報漏れますよ、きっと。
 別に役人諸君だけを糞だと言うんじゃない。うちの会社だってどこだって腐ってますよ。しかし役所だから民間より安全だ、などとは誰も思っていないぜ今時、ということよ。むしろ営利を考えない団体のほうが危ないわな。
 職場放棄して裁判員なんてのんびりやっておられる余裕が今の日本社会にあるのか。
 日当を百万円ぐらい出すならみんなやるだろうけどな。
 

2004年1月27日(火)
 新作エッセイと詩を追加。それからマンガ同人誌二冊を、マンガ紹介コーナーに追加しました。まだの方はご覧ください。はい、宣伝でした。
 エッセイというのはメールマガジンの「さがな。」に寄稿したもの。そろそろいいだろうと思い掲載。
 ところで、昨日「現代詩手帖」が送られてきて、まあ期待の若手詩人、みたいなコーナーがあったのですが、それで思い出した。私も何年か前にそういう特集で取り上げてもらった。してみるとあれです。・・・いよいよ私も若手じゃなくなったわけだ、詩人としては。中堅? というか寂しいねえ、なんだか。
 ところで、またぞろ児童虐待というのが話題になっている。が、テレビ人のコメントや新聞のコラムなどになにかと動物が引き合いに出されているのがよく分からない。畜生にも劣る、などというが動物の親は無償の愛情をこどもに注ぐ、とか、こういう親を鬼畜などというと動物に失礼だ、動物の親子の間は(以下同文)・・・。
 て言いますがね、動物の場合、つがいのカップルが変更になると、平然と子殺しする、なんてのはそんなに珍しくないのでは? 今回話題になっている大阪のケースも、ほかにいくつかあったケースも、離婚した親が再婚して、どちらかの連れ子がかわいくなくなったから虐めた、とか殺したというのが多いわけで、してみると動物の本能にきわめて忠実な行動じゃないの、これは。ライオンの群では、ボスライオンが交代する度に、前のライオンのこどもを殺す。猿の群れでもそんなようなことがあるでしょう。猫なんかは、育ちが悪い子どもは殺して喰ってしまう。
 そもそも人間世界でも、王族とか貴族の家では古来、血族こそジャマになれば殺すのがごく当然だったわけだし。日本の皇室も古代や中世にはいろいろ恐ろしい謀殺の匂いがあったり、エジプト23王朝の有名なツタンカーメン王は、血のつながった親族に殺され、その妃も叔父さんに殺されて王統断絶、その後庶民出の将軍が王権簒奪した、という話だし。
 動物の子どもへの献身というのは、あくまで自分の遺伝子を保存しようという本能的動機が基本だから、擬人化してはいかんでしょう。
 児童虐待する親というのは、要するに本能的な連中なのじゃないか、と思うのですが、私には子どもがいないから分かりません。ひそかに恐れるのです、もし自分に子どもがいたら。ジャマだと思えば何をするか分からないじゃありませんか。
 生き物とは何をしでかすか分からないものです。

2004年1月26日(月)
 うちの父親が・・・、在職中はとにかく不精なことをしていて、歯医者にろくに行かないで前歯なんか全部虫歯にしていたんですが、定年退職したとたんに急に熱心に歯医者に通って、ずいぶん高い値段を払って綺麗に直してもらった。綺麗にすることはいいことだが、なんで世間に出ている間は無頓着で、人に会わなくなってから歯など治すんだ、などといいつつも、まあそれはそれでいいかとおもっていたら、今度は「歯を磨きすぎて、健康な歯が欠けてしまった」だと(苦笑)。アホやなあ。なんでも力任せにやる人である。それで腕力、握力は若い時分に鍛えたためか、今でもものすごく強い。
 まあしかし、こんな話も元気な証拠であるから、けっこうなことですわ。
 暇になるとやたら歯を磨く。頻繁に床屋に行く。風呂に何度も入ったりする。だから現役時代より身奇麗である(笑)。案外、そんなもんなのだろうか。
 このところ、民主党の古賀議員の学歴詐称なんて騒いでいる。しかし洗えばもっといろいろあるんじゃないのか。自民党の人でもあやしげな人はいるだろうし。選挙後、それぞれ相手の目に付く議員の経歴を洗いあってるんだろうし、それで注目度の高かった福岡2区で問題が見つかったので、鬼の首とったように快哉を叫んだ人がいたんだろう、そして週刊誌にでも売り込んだんだろうが(その後聞いた話じゃ、初報は朝日新聞の九州地域版だったんですって。じゃあやっぱり出所は現地の自民党県連関係かな)、あの古賀という人、おそらく、本人が言うペパーダイン大「卒業」のころから、親や友人に「卒業した、卒業した」と言ってきたろう、奥さんにも「ぼくはアメリカの大学出てるんだ」と口説いたろう、子供にも「パパは…」と説明してきただろう。いまさら引っ込みが付かなかったんだろうね。本人だって、何十年も卒業、と言ってきたので「俺、卒業したんだよな」と思い込んでしまう状況だったかもしれない。もっとも、ほかに全然通ってもいない学校名がいろいろ出てきたのはお粗末のきわみである。
 いまどき、大学を卒業しているか中退しているかで、投票行動にそんなに影響があるとも思えない。ただこの人、この「詐称」のまま県議にもなってるんだし、今まではだれも何も文句つけなかったんだし、やはり国会議員にもなって、しかも大物ライバルを破ったりして、急に経歴を洗われた訳だ。
 それにしても福岡の人はどう思ってるのか。あの人はエロじじい、この人はうそつき、では。これじゃ選びようがない、というものでしょうね。

2004年1月24日(土)
村上龍の「13歳のハローワーク」というのが売れているそうなんで、立ち読みしました。分厚い本。これがどんどん売れてるのか? 村上さん、最近は完全に企画屋さんですな。で、ちょっと若い者にすり寄りギミかも。でも、この本は大人でもちょっとした職業ガイドとして読める好企画であります。
 で、詩人なんて「職業」も載っている。言葉を用いる抽象芸術につき、これを商売にして生きていくのは難しい、としごくもっともな解説。心が傷ついたときなどに、詩は効用があるとはいえ、それで詩人を仕事に選ぶ、というのは別の問題だ、とありました。
 ついでに「作家」、というのも隣にあって、要するにほかの仕事から転じて最後の仕事としてやるものであって、13歳でこれを目指す人には、とりあえずほかの道を考えて見ろ、とアドバイスしたい、とあります。
 「新聞記者」という項目もある。よく今時、こういうものを入れてくれたなと思う。社会正義を信じる要素が必要な仕事。そして、情報が求められる限り、必要な仕事でもある、ですって。ふーん、じゃあ私はやっぱり向いていない。社会正義を信じないタイプだし、世の中の動きを斜に構えてみるタイプだし。
 とにかく流行ものは、知ってはおきたいけど金は使わない、が私のモットー。だからこの本も立ち読みでおしまい。
 それにしても土曜日の都心の本屋はすいている。買い物にはいいですなあ。

2004年1月23日(金)
 「第三帝国興亡史」というゲームが突然、発売されたので買った。で、やってみたのだが、なんともかんとも・・・。世間のゲーム系サイトの掲示板などでも辛口の意見が多いようですが、私もあんまりいい点数は上げられないなあ、この作品には。RPG風、つまり指揮官が経験を積むと能力が上がる、というのが馬鹿馬鹿しい、という意見も多いようですが、私はかつての大戦略のシリーズの中の異色作「千年帝国の興亡」が好きだったので(大戦略全シリーズで本当に夢中になったのは実はあれだけ。単に兵器を生産して、並べて、戦って、というのはあまり好きじゃない)、というか、戦争には明らかに数値的な戦略以外に個々人の能力や士気もあることであり、その意味で指揮官の能力をRPG的に取り上げることは明らかに意味があるので、そういう処理には違和感はなかった。が、光栄の「決戦」シリーズみたいに、指揮官に「必殺技」があるのはいかがなものだろうか。将軍の運営能力とか指揮能力、統制力の上昇で部隊が強くなるのなら分かるんです、一定回数の必殺技を、たとえばロンメルなら「急降下爆撃要請を3回できます」みたいなのは、どうも奇妙に過ぎる。いかにゲームと言っても。
 それに、ドイツ軍の「軍団」が最大でも3師団、1回の作戦に使えるのが最大でも3軍団、つまり最大で9師団しか動員できない、というのはどういう制約なんでしょう? 一方、連合軍は15師団とか18師団とか繰り出してくるのですが、確かに数の劣性は事実としてあったのですけれどもっと表現の仕方がないんですかねえ。
 あしか作戦を成功させ、イギリスに上陸しても、なぜかすぐさま米軍が大挙、助っ人でやってくるし(あり得ないでしょう、そんなこと)どういうことなんでしょう。すっかりイヤになってしまった。このゲーム、妻がせっかく店先で見掛けて買ってくれたんですけど、どうもなあ。
 と、かなり偏ったお話でした。

2004年1月22日(木)
侵攻と進攻。同じシンコウでありますが、見た感じが違う、意味が違う。日本人の一般的な文字遣いとして、ソ連のプラハ侵攻とか、アフガン侵攻はこっちの字で、米軍のグレナダ進攻とか、パナマ進攻、今回のイラクやアフガンへの進攻はこっちの字だったりするんですな、新聞的には。結局、価値観の問題でしてね。日本の大陸進出とか、南方進出とかいうのも前の教科書検定問題で、中国・韓国ともめたのがこの「進出」という言葉。侵出とすれば問題なかったんでしょうな。
 ブッシュ大統領の一般教書演説をテレビで中継していた。あのわれんばかりの万雷の拍手とスタンディング・オべーションの嵐、あの様はどこかの独裁国そっくりではある。日本の首相など施政方針演説などでも、なにか言うたびに野次られるのだから、全然違う。で、ここが考え方なのだが大統領は国民が直に選んだ人で、日本の首相とは違う、という前提は理解した上で、民主国家、といいながらなにかと挙国一致ぶりを示すアメリカ、という国が、相対的には信頼できるだの、覇権国家としてはましなほうだと、いろいろ説かれてそれはその通り、とは思う。しかし不気味にも見えるのをいかんともしがたい。
 ところで、なんだかこのところ面白くないことが続く。ある通信販売でものを買ったら、宅配業者がなんと前の住所にものを持って行ってしまった。通販会社が、コンピューターに残っていた以前の住所をよく確認しないで流用し、送ったらしい。それ自体けしからないが、宅配会社もけしからない。車で10分ほどの同じ市内なのに「エリアが違うので持っていけません」だと、ふざけている。小役人みたいな答弁が気に入らない。今日は今日で、このサイトのサーバー会社が、すでに年間料金を銀行から1週間も前に振り込んでいるのに、「その後、更新はしないのですか。しないならうち切ります」などとバカなメールを送ってきやがった。メールも返信しているし、向こうの口座には金が入っているはずだ。とてもビジネスとは思えない。それに気に入らないのは、電話番号が分からない。メールアドレスだけでは、取引先として信用できない。個人じゃあるまいし、連絡先電話ぐらい確保すべきだろう。メールなんてしょせん、相手が読んだかどうかわかりゃしないいい加減なものなんだから。
 こうついていないといろいろ迷信深くなる。なんでも姓名判断では、辻元佳史も悪くはないが、吉凶半ばで苦労も多い、実は「辻元よしふみ」のほうが運勢がいいらしい。
 今度、なにかの機会で辻元よしふみ、というのを使ってみようか、などとも思う。13回だか改名して運を開いた五木ひろしなんて例もある。
 なんだか、小さなトラブルとはいえ続くと腹が立つものだ。

2004年1月20日(火)
う・・・眠い。意識が遠くなる・・・。いいえ、別になにかあったわけじゃなくて。新居で迎える初めての冬。しかしずっと暖冬傾向で、日当たりもいい部屋につき、暖房など入れないでもここまでは大丈夫だったわけです。が、雪がちらつくに及んで、暖房入れてみたら。
 最近の建築はきちんとできていること。ドアを閉めたら完全密閉状態。それはいいんですがだんだん、酸欠になって気が遠くなりそう、と思った。そのぐらい気密性のいいこと。
正月以来、なんだか能率が上がらないのも、この気密性の良すぎる環境に原因があるのかも。こりゃ練炭など使えないな(使う気ないです)。
 気密性、といえば自衛隊がサマワに持って行った軽装甲機動車、冷暖房完備のけっこうな乗り物だとか。他国の兵隊さんがうらやんでいるそうで。
 冷気、暖気の気密が保てるのは分かったけど、弾丸はどのぐらい防げるのか。軽装甲、というのだから拳銃弾ぐらいは防げるのか。しかし小銃、機銃だとダメなんでしょうな。
 はやりの食玩(つまりおまけ入りのお菓子、昔のグリコみたいなもの)シリーズ「ワールド・タンク・ミュージアム」は、精巧な各国の戦車や装甲車の模型が人気を呼んでおりますが、その中の一つ、米軍の大戦中のハーフトラック(半装軌車、つまり半分キャタピラで半分が普通の車)M3について、解説を担当するマンガ家のモリナガ・ヨウさんがあるエピソードを紹介しております。米軍の高官が部隊を視察した際、このトラックを見て「どうだ、この新型の装甲車はドイツ兵の機銃弾が貫通しないのかね」と聞いた。それにこたえた説明係、「いいえ閣下、貫通はしません。片側をぶち抜いて、車内ではね回るだけであります!」なるほど。貫通はしないわけだ。しかし車内ではね回られたら、乗員は全滅する。外国らしいブラックジョークである。
 自衛隊の装甲車、冷気を逃さないのはいいが、弾丸が車内ではねまわるようなことはないでしょうな。やたらでかい日の丸つけてます。「やるなら知ってのことだな」と言いたいのでしょう。
 とにかく無事を祈るしかない。行った以上は、ちゃんとやってもらうしかないのである。首相がいい加減だとか、そういう政治家のお話は別次元のことである。

2004年1月18日(日)
阪神大震災から9年。もう9年ですか・・・。地震の巣である首都圏、ほぼ日常的に「もし地震がきたら」と考えているのは事実。ウチにはしかし、非難袋があるわけじゃなし、なんの備えがあるわけじゃなし。ただあれです、先日、タンスや本箱の転倒防止用の突っ張り棒を買いまして、取り付けました。けっこうぐりぐりねじって取り付けるんだなあ、かなり力が要る作業でした。こんなんで効果があるのかないのか、しかし何もしないよりはいいですかねえ。
 地震保険というのも入ってますけど・・・どうですかねえ、実際のところ。
 結局、関東大震災の痛手を乗り越えられず、日本経済はつまずき、政治は力を失い、軍部が台頭して第二次大戦に参戦した、ということがあります。
 次なる震災、などと考えると恐ろしくて気が遠くなります。

 ところで。先日のこの欄で芥川賞などの若年化についてふれましたが、さらに一言杞憂を。出版界がゲームやレコード業界のように、若い才能を育てることなく、話題性と才能の使い捨てに走れば、長期的には才能の枯渇を招きますぞ。漫画なんかその傾向が見られますから。

2004年1月17日(土)
雪ですなあ、雪。とうとう首都圏の平野部も雪ですよ。北海道や東北じゃこのところ大吹雪とのことですが、そちらにお住まいの皆様、大変ですねえ。
 私も小学生時分には新潟とか福井とか、あと意外に知られていないけれど滋賀県も大変な豪雪地帯なんですが、わりとそういうところを転々としていたので、一晩であっという間に雪が積もる地方の苦労は知っております。福井でしたかねえ、私の一家はかなり辺鄙な水田地区の真ん中にぽつんと立っている一軒家で、小学校は3`・bも離れていて、恐らく校区の中でも一番の外れ。そこを歩いていくのはかなり大変だったのですが・・・実際、1時間近くかかってたんじゃないですかね、通学に。雪なんてことになるともう大騒ぎで、母親が朝早く起きて、その水田が切れるまでの何百bを、雪を踏み固めて歩いておいてくれるんです。そうでもしてもらわないと、小学生が新雪を踏んで前進するのはきわめて困難でありました。もう一晩で子どもの膝を超えるぐらいは積もりますから、毎日毎日雪かきしないと生活が出来ない。
 ロシア文学が生まれた理由というのが、長い時間、雪に閉ざされて室内に籠もっているしかない生活が一年の半分を占めるから、というもっともらしい説明があります。
 先の芥川賞の最年少授賞にからんで、近頃は文学賞の低年齢授賞傾向がある、という話を聞きましたが、実は今の若い世代は文学志向がけっこうある、という。これは私は前からそう思っているけれど、また「メール語」時代の文学でもあって、ベテラン世代からするといささか抵抗もあったりする。小説については、選考委員に村上龍さんみたいな人もあって、そういうメール語の文学が認められるようになったのだ、と新聞の解説にありました。
 詩のほうはなかなか、そういうことにならないのだよねえ。私はメール語の時代の詩、というのを開発しているつもりなんですけど、ついてこれない人もあるようだし・・・。
 ところで私は、最近の若い世代が文学志向があるについてはもう一つ、メールの普及とか電子メディアの普及とか言う積極的理由の他に、「職業がない」とか「従来型の進学、就職パターンの人生の先が見えない」というのも明らかにあると思う。まあ「作家でもやってみるか」という動機がそこにあるんじゃないか、と。
 私の予想ですが、一つ、芥川賞が権威じゃなくて普通の新人賞に近づく。二つ、それを避けようという反動で、次とかその次あたりは結構、高齢の人がもらうかもしれない。三つ、しかし総体的には、より若年、ということがはやるし、出版社も若年作品が話題性から売れる、という見込みを得るので、そういう人材を捜すはず、よって数年以内に小学生とか、場合によっては幼稚園児の受賞者も出てくる可能性がある。四つ、すると、高齢の書き手も反発しつつ発憤する。で、総体として一時的に文学界は活性化する。が、どこまでそれでいけるかは不明。
 どうでしょうか、こういう予想は。なんにしても今回、いい意味で「ああ、文学なんてそんなもんか」と思った人は多いはず。なにかしら権威じゃなくて、また長年、修行して苦節何年、ということばかりじゃない、書きたいことを書きたいスタイルで書いていくべきもの、というのを若い受賞者はストレートに出していたのだと思う、それはいいことだと思います(もちろん、その反動もいずれ出てくるとは思います。もっとプロフェッショナルな書き手が欲しい、みたいな話が。これは音楽や漫画の世界などでは常態化している話ですが)。
 が・・・・・・・。詩はどうした、詩は。別に若ければいいとは言わないが、「新型の詩」を生みだそうということはもっと、ないのか。小説に比べてスタイルがまだまだ古いぞ。
 そう思うのであります。
 しかしです、長い冬からロシア文学生まれ、長い不況から平成の若年文学生まれ・・・ですかねえ。

2004年1月15日(木)
 芥川賞が19歳と20歳の若い女流に、それから直木賞が江國さんほかやはり2人に決まったそうでありますね。特にお若い二人は、もちろんそれにふさわしい力を示しているのだろう、とは思いますが、また話題を作ろう、という面ももちろんあるんだろう、そりゃもう一般の人は知らないが業界の人にとっては常識、そもそも芥川、直木賞は本が売れない時期になんとかして本を売ろうという菊池寛の工夫でできた賞ですから。話題性でかなりいけるでしょう、今回も。
 それにしても綿矢さんは、私の大学の後輩なんですね。つまり早稲田。こりゃいいことです。例の強姦サークルにバカなアイドルに、ろくなことがなくてなんとなくじり貧イメージの母校には、久々に朗報。
 ただあれです。まずこの二人、後の仕事が大変になる。それから同世代の作家さんや作家志望者は諦めた方がいい。バランス上、しばらくはこのへんの若い人は出さないでしょう。
 なんにしろ、ぎりぎりのところで両賞だけはなんとか「商業」に載っている。それゆえにいろいろとあるわけだろうけれど。詩の賞なんかは違う論理ですから。こういう若い人にあげてもあまりメリットがないのでなかなかあげない。
 レコード大賞も以前は商業のための装置だったのに、今や歌手のほうで要らない、と平気で言う時代であります。「文学賞」はどこらまでもちこたえますか、さて。

2004年1月14日(水)
それにしても鳥インフルエンザとはなんですかね。今度は鳥かあ。人間、もうなにも食うなということか。どうしてこう、アジアで病菌ができるのか、といえばやはり東南アジアとか中国南部で鳥や豚の飼い方が不衛生なのと、渡り鳥なんだろう。
 そのへん分かっているならなんとかせいや、と言いたいがなかなかそうもいかないのだろう。
 それにしても山口県ですか、鳥を全部処分するそうで、その処分というのは要するに炭酸ガスか何かで殺していくんだと。
 これだけ文明が進んだの何のと、新しい病菌がはやればどうにもならぬ。それでもせめて、今時、インフルエンザの予防接種をしない人を私は理解できぬ。
 科学と言えば。火星探索に気をよくしたブッシュ政権の目玉は「新宇宙政策」だと。スペースシャトルを退役させてもっとすごい宇宙船を作る。火星に人をおろす。
 しかし国民の反応は当然ながらいまいち。世界一ウブで国家に失望した経験の少ない、洗脳されやすいアメリカ人であっても、さすがに宇宙船見上げて国威発揚、なんて低レベルな発想は卒業であろうよ。すると今度は強引にFTAA、つまりアメリカ貿易圏確立を言い出した。これこそ世界一の自由貿易圏、これでうるさいEUも中国も黙らせてやる! ブッシュ君の意気込みが透けて伝わる。
 しかし、けっこういろんな識者とか評論家とかが、相対的に見てアメリカは正義の国であるからそういう国に世界をゆだねることは大局的にいいことだ、という意見が近頃しばしば聞かれ、それは自衛隊派兵が本決まりになってからいよいよ盛んになっているように見受ける。
 だが、今のアメリカにかつてのローマ世界帝国のような度量があるだろうか。ナチスドイツやスターリンソ連よりは、民主国家のアメリカが覇権国でよかったじゃないか、ということを言いたいのかも知れない。少なくとも、独善的で利己的で平気で国民も他国も欺く危険な性質を帯びるとはいえ、まだ話せば通じるかも知れない、という意味でましな覇権国だというのはウソでもないだろう。しかしあまりにも消極的な肯定の根拠ではある。なにしろこちらは原爆をオトされた国なのである。表向きはともかく、心の底から肯定することなどできまい?
 それで、アジアは遅れてますけど。竹島切手で日韓がもめ、今度は尖閣諸島に中国の右翼団体が船を差し向けたとか。北朝鮮は相変わらず。そうそう。今度は歴史認識で中韓ももめだしたそうですね。「高句麗はそもそも中国の一部である」だって。さすがに韓国人激怒。「近代に限られる日本との問題よりずっと深刻。中国の言い分を認めれば韓国のほとんどの歴史はなくなってしまう」といって騒いでいるらしい。そうだろうそうだろう。日本の「妄言」などたかがしれている。
 なにがアジアの世紀か。ウソだったわな。
 


2004年1月12日(月)
今日はなんとなく実家の両親など呼んで、新居を披露してみた。「なーんだ、家具が入ると狭いなあ」とさんざいわれたが、当たり前だ、なにしろ猫の額である。妻が、なんとも久々にピアノなど弾いて(というか母のリクエストで)戦場のメリー・クリスマスのテーマ曲、すなわちメリークリスマス・ミスター・ロレンスを披露していた・・・なんだ、まだまだ弾けるじゃない。さすがにそのへんのちょっとピアノ習ってました、という人とは違う。身びいきで書くのもアホではあるが、やっぱりなかなかのもの。もったいないねえ、あれだけの技術を埋もれさせて(もう漫画家に徹していて、ぜんぜんピアノなんて弾いてないです、最近は)。
 それはそうと、である。にわかに新撰組ブームですね。日曜日の一回目は、見てませんはっきり言って。どうですか、ご覧になった方? 大河的には幕末ものは人気が出ない、ということですが、今回はSMAP人気で乗り切れるか。脚本の三谷氏が強調しておられた、近藤勇にしろ土方歳三にしろ、新撰組結成時にはまだ20代、死んだときでも30半ば。決してこれまでの映画で見てきたイメージ、三船敏郎とか片岡千恵蔵のような重厚な人たちじゃないはず。それはその通り。でもあの当時の30歳と今の30歳は違うでしょ? 人生50年時代の30歳は、今で言ったらやはり50歳前後のイメージではないかな。青春、というイメージはやはり違うかもなあ。なにしろ国論を左右しつつ夜な夜な命がけで斬り合いしているわけでしょ? 第二次大戦のドイツパイロットの写真を見て、キャプションに25歳、などと書いてあって驚いたことがある。どうみても、激戦に疲れ果て命のやり取りにやつれきった彼の表情は50歳前後に見えた。やっぱりSMAPよりも三船敏郎に近いんじゃないかねえ。ところでなんでこのコンピューター、「しんせんぐみ」と打って変換すると「新撰組」になるのか。新「選」組の方が正式らしいんだけど・・・。
 あとこのところのラーメンブームがよく分からない(妙な展開)。並んでまで、一杯に随分高い値段払ってまで(しょせんたかがラーメン、スナックだろうあんなもの)、そしてよく分からないのが頑固オヤジとか、居丈高な店主である。取材拒否の店、だとかいう。馬鹿馬鹿しい。
 私など、「列を見ると避けたくなる」人間である。いわゆる人気店の暖簾をくぐること、死ぬまでないであろうと断言できる。
 思うに、ほかの食文化に比べて歴史が浅く、薀蓄をたれたがり権威ぶりたがる人種には新規参入しやすいジャンルなのだろう。高説をたれるほどの物じゃなくとも、通人ぶりたい向きには格好のもの。寿司や高級レストランで通人ぶるには莫大な出費がかさむ、場合によっては海外取材も必要だが、ラーメンなら列で並ぶ忍耐があれば取材も容易である。テレビ局にとっても一般人にとっても。また権威というほどのものもなく、古いといってもせいぜい戦後の何十年。そこがいいといえばいいのだろうが、なんにしても「頑固オヤジ」だけは不愉快である。威張って金までとるとはよく分からない。芸術家のつもりなんだろうか? ひとつ世界的芸術家という人にあって見るがいい。たいてい威張ってなどいないし、なにより「このラーメンを完成させるのに2年かかりました」だの「3年かかりました」だの、馬鹿らしい、どんな芸術でも音楽、文学でも、20年、30年かかるのが当たり前である。
 いや、とくに世間のラーメン好き一般とかラーメン店一般に文句があるわけじゃありません。テレビ局とか、それに踊らされてる業界のヤツに、通人ぶりたいマニアの心性が、どうもいかにも島国のスケールの小ささを感じて気に入らないだけである。
 正直に言う、スーパーやコンビニで冷凍で売っているラーメンのほうがうまい。とりわけ「○○の名店の味」などというキャッチフレーズのものは、そのぶんの中間搾取があって割高なだけでうまくないものが多い。妙に「こだわりのスープ」だのと、用でもないダシばかりとっていても、ちっともうまくないものもある。なんでもない冷凍ラーメンがいちばんうまい。

2004年1月10日(土)
 あああああ。新年最初の一週間がようやく終わります・・・というか、夜の12時ごろまで今日も仕事なんですけど。にしてもあかん、疲労する。こんなことをあと50回ほど繰り返すと、また1年たつのですなあ。
 そういや、今年はアテネ五輪なんですね。なにより気がかりなのはテロですな、テロ。非常に失礼を承知で言えば、ギリシャ人というのは警備、どうなんだろうか? どっちかというとのんびりした国民性じゃないかとも思うのだけど、しかし忘れちゃいけない、紀元前から戦争繰り返しているお国柄、日本なんかとは違う。海を挟んだトルコとは、本当にそのペルシア戦争とかなんとか以来、ペルシア帝国からオスマン・トルコ、そして近代トルコ国家に至るまでずっと仮想敵国というか、実際に敵国状態。第二次大戦では、こないだも書いた「コレリ大尉のマンドリン」とかもっと前の「ナバロンの要塞」などでも知られるとおり、ギリシャは初めにイタリアの侵略を受けてこれを撃退、そこに加勢に来たわずかな数のドイツ軍に占領される、と。一方、トルコというのは第一次大戦で戦艦をドイツから借り受け、ロシアやイギリスを牽制(これが後々の中東問題のきっかけとなる英仏のでたらめ外交を生むんですな)し、第二次大戦では基本的に枢軸寄り。で、最後にドイツが降伏するとキプロスをギリシャに取られちゃう。その後、キプロス内戦となって今やトルコ側とギリシャ側に分断国家となっている・・・という事実は日本じゃあまり知っていないでしょう。
 つまりそもそも火種のある地帯なんですが、大丈夫なんですかね、というのはありますね。
 いやあ、まだまだ五輪ネタは早いですか・・・。

2004年1月09日(金)
ああ、今年も早くも最初の10日あまりが終わってしまったなあ・・・。などと馬鹿な慨嘆。
 ところで、なんでも報道関係者が自衛隊の訓練に参加したのだとか。しかしそういう自衛隊はどうなのよ。今日の新聞に、お寒い自衛隊の現実が載っていたが、とにかく人手不足で、予備自衛官も訓練不足。おまけに物資の輸送もままならず、いざとなれば民間業者に頼むしかない、ですと(!)。他人に教える資格あるのかや。
 クロネコヤマトのトラックが弾薬運んできたら笑えますな。微妙に迷彩してあったりして。で、おもむろに「ハンコください!」。自衛隊の指揮官はみな、戦場にハンコを携帯するように、ということになるかも。
 予備自衛官を採用してくれた企業には協力金を出す、なんていう制度はあるそうですが、自衛隊の担当者は、企業の採用担当から「国を守るより会社を守る方が先だ!」とどなられるんですと。そりゃ年に30日も演習に出て会社を休む人なんか採用しないわな、わざわざ。
 こりゃやっぱ、徴兵だね、徴兵。若い連中、知らないぞ本当に。
 アメリカなんかでもさすがに志願制は崩せず、かといって兵隊が足りなくて足りなくて、先頃は高校から生徒の名簿を軍に提供する制度が法律で決まったとか。これで、すべての高校生に軍の勧誘が来るわけだ。で、いろいろ「軍に来るとこんなに資格がとれる」「大学にも進める」などなど言葉巧みに勧誘。例のジェシカ・リンチもそんな1人でしょう。
 しかーし。そんなうまい話ばかりじゃないそうでねえ、やっぱり。そもそも軍に入ると大学に行けるなんて話はないわけだろうし? 

2004年1月08日(木)
またこのサイトを見て、新たに中学時代の友人から連絡がありました。Tさん、ありがとう!! 彼は中学時代にすでにタッピング、というかヴァン・ヘイレンのライト・ハンド奏法を披露してくれた人で、私はそれでエレキギターが新時代に移っていることを知った、という、いわば蒙を啓いてくれた旧友です。
 で、その後のお話で、中学時代の同級生の消息も教えてくれましたが・・・かなり驚きました。すでに何人か亡くなっているんですね。40前にして、病死された人がかなりいると聞き、まあ確率としてはもう若いともいえないお互いのこと、当然なのかもしれないけれど14,5歳の元気そのものの姿しか思い浮かばない人が、もうこの世にないとは・・・ショックですな。
 短い人生が、それらの人々にとってどんなものだったのか・・・考えるとなんともいえないものがあります。
 翻って自分は何をしているのか? こんなんでいいのか?
 などと考えてしまいますね、実際。
 いつになくしおらしい私なのであります・・・。
 ところで、仕事がらみで戦後の国際紛争をまとめております・・・、が、なんともかんとも、ほとんど毎年「○○侵攻」「××紛争」なんてものがあって、人類史とは戦争史だと実感しますね。とくにアメリカ軍の侵攻、というのが多すぎるんだよな、本当に。
 ほっといたら独裁者だらけになる、というのがあの国の理屈。しかし独裁国家を生むのは世界一エネルギーを浪費しているあの国などが、貧困を第三世界に強いた結果でもあるのでありましょう? 日本はアングロサクソンについていきさえすればいいんだ、という信念を抱いている人たちは幸せであります。私はどうも、嫌ですがねえ。

2004年1月06日(火)
 私は今日から出社であります・・・うらやむなかれ。大晦日まで出社していたのだし、日曜・月曜は普通の公休。大したことじゃありません。が、それにしても久々の連休ですっかりたるみまくって、本当に何もしないといったら何もしない、着替えて会社に来ること自体、きつかったりしますが、皆様も御同様でありましょう。
 会社に出てみると、曙とボブ・サップの試合の話がやっぱり出て、私も興味本位で見てしまったのですが・・・しかしあの弛んだ身体はひどいもの。視聴率的には、あのごくごく短い試合は、紅白歌合戦の長淵の部分を食ったそうであります。ざまあみろであります(かつて、紅白で15分も延々とワンマンショーを展開してから、この人にあまりいい感じを持っておりません。ロックと言いつつ、まるで演歌みたいなルサンチマンの固まりの歌詞にも共感しません)。
 それにしてもK1、なかなか面白いですね。その後、正月にプロレスをやるボブ・サップも見ましたが、やっぱりK1のスピード感に較べるとなんだか詰まらない。
 まあ、毎日見るようなモンじゃないでしょうが・・・。
 昨夜、桜井よしこ、田原総一朗、筑紫哲也の3キャスターが対談しているのを見ましたが、結局の結論として、小泉さんはもっとちゃんと覚悟を以て政策を決めろ、行き当たりばったりの直観で事を進めていい時代じゃない、もっと勉強して、説明しなさい、ということだった。
 全く同感であります。直観で適当にあれやろう、これやろう、というスタイルはおそらく、彼が好きな時代小説に出てくる信長や秀吉を気取っているんだろうが、あれらの人々は、作り物の小説や映画では超人的、天才的な直観でばしばしとすごい戦略、戦術を編み出していくわけです。しかし本物の彼らがそんな安直な人たちだったのか、もしそうなら天下人になどなれなかったでしょうよ。信長は重商的近代国家を、秀吉は世界帝国型国家を、そして家康は安定的統治国家を目指したという点で興味深いわけです、あの戦国三傑は。というか、武田信玄でも上杉謙信、今川義元、毛利元就でも、有能な武将はあの時代、たくさんいたのだけど、今で言う「国家ビジョン」を持っていたらしいのが信長およびその弟子である二人だけなのですね。要するに信長がそういう人だったので、秀吉、家康も自分なりの感覚を抱いたんでしょう。実際、上洛して、天下取ってからどうするか、という点が、ほかの人には欠落しているわけです。江戸以後の日本人と違って、世界情勢もかなり読んでいるわけですね、彼らは。もし国民投票であの三人の誰を大統領にするか、ということを当時、決めさせたら面白かったでしょう。
 見習って欲しいのはそういう点ですけど。たとえば信長と言えば人生五十年と舞って、一か八かで桶狭間というイメージばかりありますが、実際にはその後、二度とああいうリスクの大きい奇襲はやっておりません。むしろ殲滅戦にこだわるあまり、その後の秀吉や家康などよりずっと侵攻スピードは遅い。妥協しないんですな。すぐに手打ちをして服属させる秀吉とは違う、あるいは何かと策謀で裏切りを求める実利の人・家康とも違う、理念の人であったと思われます。
 改革だなんだというなら、ああいう姿勢を学んで欲しいモンです。すぐに切れて、いい加減な判断してても信長にはなれませんぜ、小泉さん?

2004年1月05日(月)
なーんにしてもですね、元日から軽薄な羽織袴のコスプレ(としか思えないなあ)で靖国神社に「初詣」に行った某首相。相変わらず腰が引けてますなあ。
 信念なき直観政治家に振り回される情けない国。行くならちゃんと行け、行けないなら行くなバカタレ。
 

2004年1月04日(日)
新年あけましておめでとうございます。年末にコミケに出て、その後大晦日まで泊まり勤務。それから後、三が日は本当に寝正月で過ごしました。なんにもしない、と言ったらなんにもしない。コンピューターも一切触りませんでした。
 この間、随分こう、撮りだめてあった映画など見ました。そうそう、今頃になって「コレリ大尉のマンドリン」など見ましたです。ますますイタリア軍が嫌いになった(笑)。歌に酒に女に・・・。しょうもない軍隊です。例によりましてドイツ軍だけが悪者として描かれておりますが、こと地中海地域に関しては、映画の初めのほうで描かれておりますとおり、あくまでイタリアが侵略を始めたのでありますから(それもドイツに無断で、です)、イタリア人は別に被害者なんかじゃありません。そこを間違えるといけないですな、あの映画。でもスツーカが飛来したり、75ミリPAK搭載のハノマーグ兵員輸送車、さらにヘッツァー駆逐戦車まで登場。ちょっとあの時期のギリシャの小島にああいう新型兵器が送られたかどうかは、いささか?ではありますが、まことにすさまじい戦闘シーンで、一級の戦争巨編。食わず嫌いしてました、私。メロドラマとしてはちっとも主人公とヒロインの恋愛に納得できない(要するに単なる浮気だし)のでちっとも感心せず。
 ついでに、その後、久しぶりに「U・ボート」(なんでナカグロが入るのかねえ)も見ました。言うことないですね、こっちは。
 ところで、妻が厄年だというので近所の神社で御祓いをしてもらいました。私は神社の本殿に昇殿したのは初めてですが、ああいう感じなんだなあ。いや、非常に興味深かった。
 今年はいい年であって欲しい、と切に願いましたです、はい。
 ちなみに今年のおみくじは大吉! ここ何年か出てないんですよ私。年末ジャンボはまたまた300円。実家の方は3000円が当たったらしいが、どうしてかこっちは当たったためしがない。
 なんにせよ、今年もよろしくお願いします。

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